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2018年12月31日

私的コンサドーレ史12(宏太のゴールパフォーマンスがサポーターを熱くさせた。)

 前年、不条理なルールのせいもあってJ2に降格したチームで気を吐いたのが吉原宏太だった。

 岡田新監督の下、1年でJ1に返り咲く強い意志をもって臨んだJ2リーグだったが、岡田監督も慣れないJ2リーグで苦戦し、なかなか勝ち点が伸びない状態。J1昇格はかなり難しくなった1999年10月17日アウェイFC東京戦。場所は江戸川区陸上競技場だった。

 その競技場は1997年にも行っており2回目とあって、行きも帰りもスムーズだった。当時宏太はU-22代表に選ばれ、アジア予選を戦い得点を量産して、ゴンの離脱によりコパアメリカの日本代表に選ばれ、パラグアイ戦に出場、キャップ1を記録していた。

 押しも押されぬチームのエースになった宏太。日本代表にもなったことで世間から注目され、サポーターの期待も大きかった。

 当日は雨は降っておらず、曇りだったような記憶がある。

  妻と私はバックスタンドに陣取った。コンサのサポーターはバックスタンドに約半分くらい集合していてかなりの人数がいた記憶がある。

 当時のFC東京はワントップのアマラオを中心に守備が堅く攻撃力もあって、この年J1に昇格するのだが、かなり強かった。確かその時には首位か2位だったと思う。
当時からFC東京サポは相手を挑発するのが好きで岡田監督のあだ名ののび太をモチーフにしただんまくを張り出していた。

 しかし、この試合はアマラオが負傷欠場していなかったことが幸いした。

 前半は押されながらも0-0で折り返し、後半、どんなゴールかは今となっては思い出せないが、とにかく宏太のゴールが66分に出た。その時のゴールパフォーマンスがサポーター、
 特に女性サポを熱くさせた。そのパフォーマンスは機関銃を打つポーズ。それもたくさんのコンササポーターがいるバックスタンドをめがけて機関銃を左右にふる動作をしたのだ。

 当然コンササポは大盛り上がり。そこまでのリーグ戦の苦戦を忘れさせるかのような盛り上がりだった。

 試合はその1点を守って勝利した。帰路は意気揚々と帰った記憶がある。

 その年はJ1昇格がかなわなかったが、再び立ち上がる気配を見せた年でもあった。

  翌年は爆発的な攻撃力と堅い守備力で勝ち点を積み重ねてJ1昇格することになるのだが、その開幕戦、2000年3月12日鳥栖スタジアム。
 鳥栖サポーターが「幼稚園児の中に大人がいるのは反則だ」と言わしめたエメルソンのハットトリックを見ることになる。


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posted by 孔明 |11:33 | コンサドーレ の思い出 | コメント(0) | トラックバック(0)

2017年12月30日

私的コンサドーレ史11(室蘭入江のスタジアムが静寂で覆われる。)

 1998年12月5日。いよいよ最後のJ1参入戦が室蘭で行われることになった。

 神戸とホーム&アウェイで連敗し、神戸にJ1参入を譲った。しかし福岡との参入戦が残っており、まだまだ大丈夫と思っていたら、12月2日福岡での対戦で0-1で敗れて土俵際に押し込まれた。

 しかし、まだサポーターにはまだ余裕があった。ただ、「まだホームでやるから有利だろう。1点さえとればいいんだ。」と言い聞かせ札幌から室蘭へ車を走らせた。

  参入戦は今考えるとなぜあんなに余裕があったんだろうと思う。その年のJでの終盤戦の戦いは決して悲観する物ではなかった。神戸戦、福岡戦とトータル同点で終われば順位が上のコンサはJ1残留できるシチュエーション。これにみんながごまかされていたようにも思う。

 室蘭入り江競技場は降雪があって、雪がちらちら降っていた。かなり気温も下がっていたのだろう。しかし以外にも寒かったという印象はなかった。それだけ試合に集中していた。

 試合に向けて一つ心配があるとすればマラドーナが怪我で出場できないこと。しかし、代わりのバウテルがきっとやってくれる。バルデスがゴールを決めてくれると思っていた。試合は前半から攻撃を仕掛けるコンサと守備からカウンターを仕掛ける福岡。
しかし、攻め込むも点がとれないコンサ

 惜しいシーンはあった。パウテルのFKはポストを叩く。クロスから棚田のどんぴしゃヘッド。これはわずかにバーを超えてしまった。そしてバルデスが得意の個人技でシュートまで持っていくもGKに防がれる。

前半は0-0
前半、チャンスが多くあったのでさすがに後半には点をとってくれるだろうと思った。
しかし、点が入らないと焦ってくる。後半8分、福岡のカウンターから勢いよく後ろから上がってきた西田。ボランチのフェルナンドにミドルをボレーを打たれ、こぼれ球に西田が詰めてそのこぼれ球に上野が詰めて福岡に1点をとられてしまった。

 福岡に思ってもみない1点を入れられ点を2点とるしかなくなったチームは。パルデスにいかにボールを回すかばかり考えてくる。バルデスにロングボールばかりが増える。

 しかし焦りからか攻撃は単調で決定的なシーンは生まれない。前掛かりになったところを、福岡に39分、44分と追加点を許し0-3。

 もう絶望的な状況。しかし、スタジアムでは応援する声は途切れない。そして終了のホイッスル。スタジアムが静寂でおおわれる。そして選手が泣きくずれ、ばたばたと倒れる。「そんな」としばし呆然。

 いったいどうなるんだこのチームは。と頭をよぎる。まだ現実を受け止められない自分がいた。

  そうするとゴール裏から「コンサドーレ」「コンサドーレ」の声。そこで初めて我に返った。来年からJ2か。
 帰りの車の中。「必ず来年優勝してJ1に戻る。」という何の根拠もない空元気で自分を奮い立てるしかなかった。

 翌年1999年は岡田監督の下、心機一転。必ずJ1に上がるという目標でJ2を戦った。 しかし、なかなか攻守がかみ合わず思ったような成績を上げられない。上位との差がついた10月17日江戸川区陸上競技場でのFC東京戦。押しも押されぬエースに育った吉原宏太のゴール後のパフォーマンスが飛び出す。


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posted by 孔明 |20:46 | コンサドーレ の思い出 | コメント(0) | トラックバック(0)

2016年12月25日

私的コンサドーレ史10(寒かった神戸ユニバー)

 J1参入戦。J1参入戦は最長で4試合あって、その4試合に1つでも勝てばいいという優位な中か、初戦は1998年11月22日神戸ユニバーで迎えた。

 そのときにはなんとか力になろうと神戸に遠征して現地で応援していた。

 一番の思いでは底冷えがするほど神戸が寒かったこと。

 ナイターだったから弁当を買ってスタジアムで食べたのだが、その冷たたかったこと。とにかく印象に残っているのはその弁当の冷たさだった。昼は神戸観光で長い時間歩いていたから疲れもあったのか一緒にいっていた妻の機嫌が悪くなるほどの寒さだった。
試合はペナ内で誰だったか忘れたが反則を犯してPKをとられる。そのPKを永島に決められ失点。

 そのときゴール裏で応援していたが、必死に立って永島の気をそらそうと手を振ったり動き回ったが功は奏せず、きっちりと決められてしまった。
そして前半また失点。後半は攻撃を仕掛けるもなかなか点がとれなかったが、ようやく棚田のゴールで1点を返した。そして追撃と思ったが同点にできずに敗戦。
アウェイで1敗してしまった。

 しかし、そのアウェイはまだ余裕があった。ホームで帰って勝てばいいさと高をくくっていた。その後3連敗するとは思っても見なかった。

その時にはまあアウェイだから仕方がないと思って終わった神戸遠征だった。

しかし、その後室蘭で0-2で敗戦。
苦しくなった。

そして参入戦3戦目。アウェイの福岡戦で敗戦。いよいよ土俵際に追い積まれた12月5日室蘭での戦い。小雪がふり本当に凍えるなかでの試合だったが。意外と寒かったという印象はない。それほど、試合にのめり込んでいたのだろう。その福岡戦をいよいよ迎える。



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posted by 孔明 |19:10 | コンサドーレ の思い出 | コメント(0) | トラックバック(0)

2016年04月24日

楽しかったOB対リラコンサドーレ

 昨日のOB戦。こと前座試合になると本番の試合は勝ったことがなかったと記憶しているが、OB対リラコンサドーレの試合も楽しかった。

 さすがに元プロ。試合が開始してからOBチームがボールを所有していきなり、ゴール。バルデスのヘッドでのゴールや相川のゴール、宏太のゴールなどが決まって5-2で勝った。
リラコンサドーレも奮闘した。
1点こそ洋平がアシストして得点を入れものだったが、1点は見事なシュートで得点した。
  仕込みもあった。洋平がペナの外で手を使ってレッドカード。曽田がゴールを守った。
 

 昨日は昔懐かしい選手がたくさんいて興奮した。
ノノ社長。ペレイラ、バルデス、曽田、深川、大森、洋平、相川、宏太、砂川、後藤、西谷、田渕、智樹の面々が勇姿を見せた。

 後半は宏太とバルデスのコンビも見せてくれた。
 
ペレイラとバルデスは本当にスリムな体型を維持している。ペレイラは今でもサッカーwやっているらし、バルデスは監督として体型管理をしているのだろう。
 JAに勤めていると思っていた相川が自動車工場で働いていたり、後藤が大学でサッカーを教えていたり、近況がわかって良かった。

 今日の日刊スポーツにはバルデスのインタビューが載っている。
「札幌ドームは初めてだったけど再び札幌のサポーターの前で試合ができて感激した。」
パルデスももうすぐ50歳らしいがそんな年をみせない動きだった。

 本当に懐かしい面々。30周年はどんなメンバーがきてくれるのか、10年後だが楽しみ。
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posted by 孔明 |11:47 | コンサドーレ の思い出 | コメント(0) | トラックバック(0)

2016年04月20日

OB戦はすごく楽しみ

 C大阪戦に前座で行われるOB戦は楽しみだ。過去に何度もやっているので多少食傷ぎみではあるが、今回は20周年にふさわしいゲストがたくさん。

なかでもペレイラやバルデスがきてくれるのはうれしい。

 考えてみればあっという間の20年。

 最初にコンサを厚別で見たのが20年前。感動してやみつきになってしまったことを思い出す。
 こうして過去のメンバーが集まってくれるのは嬉しい限り。

 ペレイラは相変わらずスリムなのだろうとか、バルデスは相変わらずトリッキーなのだろうかとか考えるだけ楽しくなる。

  後藤とか田渕とか西谷とか職人技の選手達もきてくれる。JAに勤めている相川とか

  洋平は世代別のGKコーチだったか。

 そういえば厚別で「た~ぶ~ち」とよく叫んでいたおじさん?のサポーターはくるのだろうか。また「た~ぶ~ち」と叫んでくれるだろうか。

 USにお願いしたのだがそれぞれのチャントをコールしてほしい。
 昔の選手のチャントを聞きたい。

 バルデスのチャントは今も耳に残っている。

 相川のチャントは今は上原のチャントになっている。

  選手の声も聞きたいものだ。

 それから対戦するリラコンサドーレの選手達をみるのも楽しみ。
 初めて生で見るのだが、どんな選手がいるのかもすごく楽しみ。

 リラコンサドーレの選手達にも頑張ってほしい。



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posted by 孔明 |20:24 | コンサドーレ の思い出 | コメント(2) | トラックバック(0)

2015年12月30日

私的コンサドーレ史9(鈴なりの室蘭)

 1998年4月25日対平塚戦。その日はJリーグに上がって2試合目の室蘭開催、また中田英が海外に移籍するということで中田英見たさに1万人以上のサポーターが集まって室蘭の入江競技場はごった返していた。

 まざに鈴なり。

 個人的にはチケットを買い忘れ、指定席は売り切れ。自由席をやむなく買って、試合開始ギリギリに到着。さすがに自由席もよい場所がなく、メインスタンド側の端の芝生席で見ていた。

 試合はスリリングだった。オウンゴールで先制され、中田英に追加点をとられて0-2だったが、バルデスと宏太のコンビネーションで追いついた。その日の宏太は切れていた。

  バルデスのラズトパスをゴールで2ゴール。

  初めは中田英のプレーに歓声を送っていたサポーターの声もコンサの応援が徐々に大きくなってきた。
 しかし、相手の途中出場のリカルジーニョで決められ2-3

 これで終わりかと思ったロスタイム。

 なんとマラドーナの相手GKをあざ笑うかのようなループシュートが決まり3-3

  ぎりぎりで追いついた展開にスタジアムは完全にコンサを応援する声であふれた。
当時は90分で決着がつかないと延長があり、それでも決着がつかないとPKで勝負を決めるという試合方式だった。

 そして延長でも決着がつかずにPK戦に。

 PKのメンバーは覚えていないが、4ー5で負けた。覚えているのは黄川田がポストに当てて失敗したという記憶。

 たくさん集まったサポーターは盛り上がったが最後は残念というため息がスタジアムを覆った。しかし、それでもよい試合をしたと言うような充実感があった試合だった。

  そしてこの年、不条理なルールによりJ1参入戦を戦うことになってしまい。アウェイのJ1参入戦の神戸戦を向かえる。1勝すれば残留ほぼ決定だったが。その試合、なんとか力になろうと神戸遠征をした。


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posted by 孔明 |20:07 | コンサドーレ の思い出 | コメント(2) | トラックバック(0)

2014年12月28日

私的コンサドーレ史8(みんなで行こうJリーグ)

 1997年10月22日厚別のナイター。これも忘れることができない試合だ。

 初めてのJリーグ昇格を決めた試合。

 今でも思い出すのは当日、厚別へ行くバスでのスポーツ新聞。一面は安室奈美恵の結婚をすっぱ抜いた記事だった。センセーショナルな話題が日本中を賑わしていた日だ。

 その日は寒かった。10月のナイターだから当然なのだが、しかし、寒さよりも大観衆が押し寄せる熱気が厚別を覆っていた。

 昇格が決まるかもしれない試合。なにもかも初めての経験。試合がはじまるまで、祭りを迎えじっと固唾を飲んでいる雰囲気があった。

 相手は大分。大分には木島、川合、加藤、後藤静臣と前年、コンサにいたメンバーが揃って出場していた。最後にピッチにいたのはこの全員というのもなにか因縁めいていた。

 試合は決めなければいけない試合と言うことで動きがぎこちなく、なかなか決定的なシュートが打てなかった。前半を終わって0-0。重苦しい感じだったがやはりバルデスがそんな雰囲気をぬぐってくれた。後半豪快なキックで均衡を破り、追加点もバルデス。その後1点を返されたが2-1で勝利した。もう厚別はお祭り状態。 

 たくさんのサポーターの歓声が鳴り響いた。これで初めてのJリーグ昇格。
このときのことを思い出すたびHTBアナウンサーの佐藤さんの言葉を思い出すのだが翌日のTVで「みんなで行こう!Jリーグ」という言葉はとてもインパクトがあり、印象に残っている。本当に一つの目標をクリアした感じ。

  とにかく北海道中がJリーグという熱にうなされていた感じだった。

  そして初めてのJリーグ。鈴なりの室蘭での平塚戦を迎える。


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posted by 孔明 |11:31 | コンサドーレ の思い出 | コメント(0) | トラックバック(0)

2013年10月16日

最終戦のOBマッチは今から楽しみ

 最終戦の北九州戦のスペシャルイベントとしてコンサドーレ札幌OBマッチが行われることになった。

 これは嬉しい話題。

  前回は7年前神戸戦での事だったと思うが、野々村社長や外国人もペレイラなど出場して盛り上げてくれた。川合も解説をして盛り上げてくれた気がする。

 今回は日刊スポーツによれば野々村社長はもとより吉原宏太や西谷にも声をかけているとのこと。ゴンの出場が目玉らしい。またあのエメルソンにも声を掛けているとのことだがどうなることか。

  7年前OB戦に出場したペレイラはまったく変わらないスリムな体型。驚いたものである。

 長年経って選手が今どんな様子なのかも興味深い。

 まさかエメルソンはこないと思うが、来たら相当な話題になるだろう。

 他の外国人も呼ぶのだろう。

 個人的にはバルデスやウーゴ・マラドーナを見たい。マラドーナがどんな体型になっているのか心配ではあるが。

 外国人ではウィルも見てみたい。ウィルは今現役なんだろうか?

 現在のコーチ陣はでるだろう。名塚コーチや赤池コーチ、村田コーチ、関コーチなど
 日本人では和波も見たい選手だ。いまだ現役でやっている。和波と田渕のサイドバックなどやってくれたらたまらない。

 そして日本人では農協に勤めている相川にも声をかけてほしい。

 元気がでるならゴンと合わせて中山2トップもおもしろそう。

 なにやら想像すると非常に楽しみ。

 どんな選手が出てくれるのか。今からワクワクしている。


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2012年01月03日

私的コンサドーレ史7(バルデスのゴールは鳥肌が立った)

 コンサドーレ史上、一番印象深い試合といえばやはりこの試合をおいて他にはないだろう。

 1997年の5月25日の厚別での川崎F戦。

 もはやサポーターの間では伝説になった試合となったが、今思うと本当に鳥肌が立った試合だった。

 そのときのサポーターの声援、拍手は凄かった。足を踏みならす音もすさまじく厚別競技場から出た音はもの凄かったのではないだろうか。

 そのときも厚別のS席で見ていたが、2点リードされて、1点を返した当たりから周りのボルテージは一気に上がった。

 そしてロスタイムの左サイドのコーナー

 ディドが上がってきて本当に最後のプレ-だと感じた。
  しかし、その時の会場はやはり何かが起こる雰囲気で満ちていた。

  ウーゴのセットプレーから渡辺卓がなんとかすらしてバルデスのヘッドでゴール。

 会場の雰囲気は最高潮に達していた。

  そして延長戦。延長戦は完全にこちらのペース。会場の声援もVゴールがいつ決まるかと行った雰囲気を後押ししていたように思う。

  バルデスはVゴールの後、ゴール裏に一直線。

  会場全体が歓喜に包まれた。

  おそらくこの試合はコンサの試合のなかで一番忘れない試合になるような気がする。それだけ試合自体がミラクルもの。

 伝説になった試合と言われるのも十分にわかるような気がする。

 
  そして1997年10月22日厚別のナイターで初めての昇格を決定づける夜を迎える。

posted by 孔明 |19:57 | コンサドーレ の思い出 | コメント(2) | トラックバック(1)

2011年01月03日

私的コンサドーレ史6(ウーゴ・マラドーナのFKは芸術的だった。)

 やはり、ウーゴマラドーナのフリーキックは凄かった。  

 本田技研戦は厚別での対戦。

 ナイターでの首位攻防戦だった。試合前にはよさこいのチームの演舞があった記憶がある。

  ナイターなのに相手が強敵と言うことでかなりの観客がきていた。

 試合は膠着状態だったような記憶がある。相手もなかなか強く攻め手がなかった。それが鳥居塚を中吉に変えてDFを1枚減らしそれまでの3バックから4バックに変えて活性化した。

 次々と攻撃を仕掛け、バーやポストにあたる惜しいシーンも演出して得点は後一歩のところまできていた。そしてゴール前のよいところで、ファイルをもらいウーゴのFKの場面となる。その年のウーゴのFKは冴えていた。ゴール前でファウルをもらえば後はウーゴに任せておけば得点になりそうな安心感がいつもあった。

 そのときも試合の緊張感はあったが、なぜかしらウーゴのキックが決まるという確信があった。

 FKは左45度の位置 当時の新聞にウーゴは「壁が動いたのが見えた」と書いてあったが壁のいなくなった位置を狙ってニアに蹴ったボールは見事にゴール左隅に突き刺さった。先制点。ウーゴが手を水平に上げて喜びを表す。厚別はお祭り騒ぎ。座っていた席ではウエーブが起こる。見事な得点だった。その後相手の攻撃を抑えて見事に勝利。前節東京ガスに敗れたので連敗を免れた大事な一戦となった。

 この年のウーゴのFKの得点は何点か忘れたが、かなり得点をとったような強いインパクトを与えてくれていた。まさに彼のFKは芸術だった。

  そして今では伝説になった厚別での川崎フロンターレとの対戦でバルデスのヘッドを見ることになる。

posted by 孔明 |20:09 | コンサドーレ の思い出 | コメント(1) | トラックバック(1)