2005年12月21日
過去の記憶 VOL1
「今日はいい天気だなあ。」唯志は雲の向こうの空を見上げた。ポカポカ陽気でボールを蹴る音や、仲間を呼ぶ声がBGMとなって眠気を誘われる至福の時だった。……
「おい、唯志、今日は12台だぞ」
父の声が冷たいコンクリートに響きわたる。
「行きたいんだけどな。」あきらめきれずに唯志がつぶやいた。
「今日は無理だって。」
「しゃあないな。ラジオをつけるよ。」
唯志は20年前に父親が買ってくれたラジオを作業台に置き、スイッチを押した。
「やっぱりあんまし聞こえないな。」
受信状態が悪い上、ラジオが旧式のため、聞こえる言葉はたどたどしい。
【ここ…は、…な一戦を迎え、サポーターの応援で盛り上がっております。…対…結果が求められる重要な戦いです。解説の…さん。今日の…の状況は…ですか。】
「おい、ラジオを聞いても良いけど手を動かせよ。」父の声が嫌みに聞こえる。
「わかってるよ。」
仕事で行けないことはわかっているけど、今日の一戦だけは行きたかった。
10年間のサポーター歴の唯志は、これまでいろいろな試合を観てきた。
vゴール勝ち、逆転勝ち、大差での負け。ロスタイムでの失点。胃の痛くなるような接戦。
喜び、涙、怒り、大声。このチームの歴史は、そのまま唯志のサポーターとしての歴史だ。
チームには10年分の思いがある。降格の時は涙したし、昇格の時は思いっきり祝杯をあげて、居酒屋で見知らぬ人と抱き合った。
下げたくない頭を下げて父に頼み込んでサポートシップ・スポンサーにもなってもらった。もう自分のチームだ。
それだけにこの試合は本当は10年分の思いを乗せて応援しなければならなかったのに。
【いよいよ…オフです。…さあロングボールだ。いきなり…キックです】
ねじを持つ手が動かない。
【ク…した。そのまま…だ。】
いったいどっちだよコンサは。唯志はラジオのアンテナを延び縮みさせ、方向をいろいろと変えてみた。
posted by asa3804 |23:02 | コンサドラマ | コメント(0) | トラックバック(0)
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