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作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。

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父の日に考える自分の寿命

2010年06月19日

アメリカ発祥の「父の日」が、いつの頃からか日本でも習慣になってきました。

日本での「父の日」は6月の第3日曜日なので、今年は6月20日になります。
母の日が5月10日で父の日が6月23日、と覚えていた私は古い人間ですかね。

5月10日は根拠があるとしても、6月23日の根拠は何なのか・・太平洋戦争中(1945年)のその日に、沖縄守備隊の司令官と参謀長が自決して組織的な戦闘が終わったため、沖縄では6月23日を「慰霊の日」と定めています。(最終的に武装解除して投降し終わったのは、終戦の詔勅が発表されて2週間経った8月29日)


父が幼かった頃の写真・・どれでしょう?
似た者同士
後ろに立っているのが祖父で、左から2番目が父です。
昭和4年10月に生まれた次女が祖母に抱かれているし、昭和6年12月に生まれた四男が(写って)いないので、昭和5年頃の写真だと思われます。

祖父は私が生まれる2ヶ月ほど前に54歳で亡くなり、祖母はその半年後に53歳で亡くなったので、どちらも私の記憶にありませんでしたが、この写真に写っている祖父は父に似ています。(←順序としては、父が祖父に似ているのだが)

父が小樽の某高等小学校に入学した頃(昭和9年4月)の写真・・どれでしょう?
卒業写真の面影が そのままだったから
私が中学生になってこの写真を見た時は、あまりにも自分にそっくりなので驚きました。(←だから、順序としては逆だって!)
諸事情により、父は英語を喋れたのです・・その話はまた別の機会に。

かなり嘘っぽい蹴球のポーズ(昭和12年6月)
演技力が無い
頭に巻いた手拭の「中」の字に見覚えがある人は同窓生です。

千秋庵の「山親爺」かっ!(昭和32~33年)
石狩川だと思うが
これは旅行先ですが、父は兄弟が集まって宴会などをしてると、酔って色々とおどけたことをしていました。
この親にして・・と思ったアナタ・・正解です。私は素面でも出来ますから。(爆)

ついでに、50年前の函館山・・未舗装だよ。
ガイドさんまでスニーカーだよ


父方の祖父母が54歳と53歳で亡くなり、母方の祖父母は64歳と95歳で亡くなりました。
父は70歳で亡くなり、母は来月で84歳になる予定です。

それらのデータを基に、私自身の寿命を推定してみます。

①父はその両親の平均寿命より、16.5年長く生きました。
②母はその両親の平均寿命より、(少なくとも)4年長く生きています。

・・この等差級数を大胆に延長すると、
③私は両親の平均寿命より10歳以上長生きする(はずだ)から、(少なくとも)87歳までは生き延びる計算になります。(計算式は省略)

私の寿命がどこまで延びるかは、母が今後どれだけ長生きするかにかかっています。(笑)
更にあと10年生き長らえたとすると、
④私の寿命は97歳まで延びると計算されます・・そんなに生きていなきゃならんのか?(←義務は無い)

しかし、この推定方法に無理があることは明白で、何代か前の先祖まで遡れば寿命がマイナスになってしまいます。
父方の曽祖父は69歳、曾祖母は71歳で亡くなりましたから、祖父の寿命が54歳だった時点で既に手法の信頼性が破綻しているし。


日本人の平均寿命は、どんどん長くなっています。

最近の医学(医術)の進歩は目覚しく、以前ならポックリ死んでいた病気も、とにかく一命だけは取り止める(手品のような)処置が施されます。
まさに「急死に一生を得る」とでも言えば良いんでしょうか。

従って寿命が延びる現象の内実としては、人間の体が丈夫になって長生きするのではなくて、簡単には死なせてもらえないから(結果として)長生きさせられている・・ようにも思えます。

極端に言うと、元気に暮らせる年数は変わっていないのに、寝たきりで過ごす年数が増えただけ・・かも知れないので、寿命が延びることを素直に喜んでいいものかどうか?



post by 雁来 萌

08:47

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札幌ドームでビールを飲む

2010年06月10日

多分・・いやきっと、勘違いされてるだろうと思います。

以前に、「ビールによる地球温暖化」というタイトルで思考実験のような記事を書いたことがあります。

今回は、札幌ドームのレストランやスタンドでビールを飲む話・・ではありません。
ジョッキや紙コップでビールを飲む話でもありません。

札幌ドーム  ビールを飲むことを想像する話です。
英語ならば "Drinking beer with SAPPORO Dome" になるんでしょうか?

私自身はアルコールを(ほとんど)飲めなくなったし、元々ビールは好きじゃなかったので、何か事あるごとにビールを飲みたくなる人の気持ちが分かりません。
乗り物に乗ったらビールを飲まずにはいられない、という切羽詰まった心境も想像できません。


 
さて、例えば日本全国での1年間のビールの消費量を表す場合に、昔は「霞ヶ関ビルを桝にして○○杯飲んだ」という表現が使われました。

でも、霞ヶ関ビルを見たことが無い人には、どの程度の量なのか想像のしようがありません。
たとえ普段から見慣れている人であっても、霞ヶ関ビルにビールを満たして飲んだ経験が無いから、どの程度酔えるものなのか想像できません。

もっとも最近は、霞ヶ関ビルじゃなくて東京ドームあたりを新しい計量カップとして採用する場合が多いようです。
東京ドームの屋根を裏返しにしてビールを満たし、大相撲の優勝力士のように両手で抱えてグビグビと飲んでる姿を想像してみると、どんな巨人が飲むのかと思いますよ・・巨人だから東京ドームなのか? って妙な納得はしますけど。

 
そろそろ分かってきたでしょう。
これがもし、北海道内でのビールの消費量を表す場合ならば、札幌ドームが引き合いに出されます。

札幌ドームの屋根をひっくり返してオープンアリーナに置き、その脇にタンクローリーが何十台も横付けしてサッポロビールをナミナミと注いで、両手で抱えてでも顔を突っ込んででも構わないから、ゴクゴクと飲んでる光景が今日のタイトルですよ。
羊ヶ丘のクラーク先生に見つかったら大目玉を食らいそうな行為ですが、幸いにも後ろを向いたままですから。

その例えさえも、札幌ドームを見たことが無い人には想像できないんでしょうから、本物の札幌ドームだと見なして想像してみて下さい。
一杯いくら?

 
一方、高さとか長さを表す場合には、「全部積み上げると東京タワーの△△倍の高さになる」とか、「全部繋げると東京から○○までの距離になる」などの物指しが使われます。

東京タワーを見たことが無い人には、どの程度の高さなのか想像のしようが無いし、東京タワーのてっぺんまで登ったことが無い人には、どんだけ空気が薄くてどんだけ太陽に近いのか分かりません。
階段を歩いて登れるのは、半分以下の高さ(150m)しかない展望台までですから。

現在建設中の新しくて高いタワー(634m)が完成した暁には、物差しが交替することになるんでしょうか。第2展望台の高さが450m(気圧は約960hPa)だとか・・。

これがもし、北海道の場合ならば札幌テレビ塔が引き合いに出され、テレビ塔のてっぺんまで登ったことが無い人には(以下略)・・私は展望台(90m)まで階段を登ったことがあります。

 
そもそも、ビルの中にビールを満たすことは現実には不可能だし、途中で倒れないように数百mの高さまで積み上げることも不可能なのだから、あまり説得力のある説明にはなっていないと感じるんです。

ひょっとしてこういう例えって、量や高さの大きさをイメージさせようとする意図ではなくて、「簡単には想像し難いほどで、ハンパな量じゃない」ことを表したいから、わざと煙に巻くような物差しを使うんでしょうか。

今日の記事も、煙に巻くような内容のままで終わります。


札幌ドームのコーナーフラッグ付近
もっと濃~く
すっかり周囲の景色に埋没しており、全く存在感がありません。何か工夫が必要では?



post by 雁来 萌

22:04

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光は地球を7回り半する?

2010年06月02日

テレビのアナログ放送が2011年7月24日までに終了し、地上テレビ放送はディジタルに移行することが決まっているらしいです。

あと1年くらいしか残っていませんね。
これで困る事が・・私には何もありません。

地上放送がディジタルに変わるだけで衛星放送は変わらない(らしい)し、元々、テレビそのものを全く視ていないんですから。
テレビに向かって番組を見てる時間が惜しいので、36インチのディジタルハイビジョンテレビが居間の置物に成り下がっています。

宣伝に煽られて新しいテレビやチューナーを買う気も、サラサラありません。
テレビって、無くても何も困らないんですよ。困ると思ってしまう強迫観念から脱却すれば、平穏で優雅な生活を送ることが出来ます。

 
「地上波」って聞くと、あたかも電波が地球の表面を伝わるように考えがちですけど(←それは地震の「表面波」)、そうじゃなくって電波は空中を伝わっているだけです。
アンテナのことを「空中線」と呼ぶのも、違和感を感じますけど。

扇子のようにスマートなデザインの、テレビのリモコン(手前は単4電池)
確変スイッチ・オン!
以前は丸井にあった、「札幌スタイル」のお店で購入しました。

デザインが優れた物は少々値段が張りますが、財布の中身とは裏腹に豊かな気分になれます。(←でも使わないから、役に立ってない)




よく、「光が伝わる速度は秒速30万kmなので、1秒間に地球を7回り半する」と教えられます。
しかし一方で、「光は直進する」とも教えられます・・どっちがホントですか?

直進するはずの光線が、曲がりながら地球の周囲を7回半も回る、と(ご丁寧に図まで付けて)説明されるんだから混乱します。
学校では、間違ったイメージを抱いてしまうような概念を、堂々と教えていることになります。

もしこれがテレビやラジオの電波ならば、電離層で反射されながら進むから地球を回ることも可能でしょう。
光も電磁波の一種だけれど、波長が短いので電離層では反射せず、突き抜けて宇宙空間に去ってしまいます。(だから星が見える)

空気の密度が大きい地表付近ほど屈折率が大きいので光も少しは曲がりますが、その曲率で地球の表面に沿えるほどは曲がらないのに、どうやって地球の周囲を7回り半もできるのか??

 
最近になって、このカラクリが分かりました。

地球の表面(海底を含む)には、世界中を取り巻くように通信用の光ケーブルが張り巡らされています。
光ケーブルの中ならば、光が地球を何回りでも出来るんです(笑)・・ケーブルが途切れないで繋がっていればの話だし、ガラスの中では光の速度が少し遅くなるんですけど。

そこまで考えずに、7回り半すると信じられる人は幸せです。

 
おいしおすえ~・・飲み過ぎると、地球が自分の周りを回っているように感じます。


post by 雁来 萌

21:56

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どこまで続く判じ物・4

2010年05月29日

このブログに「判じ物」というカテゴリーが必要か?・・とまでは思いませんが、第4回目になります。
3度あることは4度ある・・今回のパーツは2個です。

パーツの数が少ないから分かりやすい・・とは限りません。
単純なだけにむしろ分かり難いだろうと思うので、回答者の裏をかいて(笑)・・答えを先にお見せします。(おぃ!)


答え:「ほっけスティック」
スティックタイプほっけ
前回の食材は肉だったので、今回はヘルシーな魚にしました。(でも揚げ物だから油っこい)
これも北海道のソウルフードで、さすがは「おおーい北海道」の品揃えです。

おかずとしては、ちょっと量がおおーい(←のか?)と感じました。ワタシ的にはこの半分で足りるので、その分だけ安価(=薄利)な方が有難いです。

スタジアムでは、もちろん食べる目的で食品を買う訳ですが、品物を受け取ってから食べ始めるまでの間に、「これは使える」と気が付いて「写真を撮っておこう」と思い付かないと、写真を撮るだけのために後でもう一つ買わなければならなくなります。笑

 
素材その1:日蓮宗の「団扇太鼓」(うちわだいこ)
法華太鼓
直径30cmの革を貼った太鼓で、胸の前に掲げて「南無妙法蓮華経・・」と唱えながら、棒で「ドンツク ドンドン」と叩きます。
太鼓にしては携帯に便利なコンパクト形状で、外見の割に意外と大きな音が出ます。

なぜ自宅にこれがあるのか、は詮索しないことにして・・またの名を「法華(ほっけ)太鼓」と呼びます。
ホッケという魚の漢字も、魚へんに花(華)と書きます。

厚別では恐らく許可されないと思いますが、競技場で皆がこれを叩きながら「コ~ンサドーレ! ドンツク ドンドン」とやったら、相手チームがビビるんじゃないかと・・。

 
素材その2:口紅タイプの糊(直径25mm)
ルージュの伝言ゲーム
もしこれが口紅だとしたら、こんな太い口紅を塗る唇がどんだけ分厚いのか(笑)、は詮索しないことにして・・またの名を「スティックタイプのり」と呼びます。

今となっては、青いプラスチックの瓶?に入っててヘラで掬う「ヤマト糊」が懐かしいです。

ヤマト糊の原料はデンプンなので、当時は防腐剤としてホルマリンを添加してあり、目に入ると痛くなりました。
糊の臭いだと思っていたのが実はホルマリンの臭いだったという事実に、実験でホルマリンを使うようになってから気付きました。(←何の実験?)


「おおーい北海道」のメニューにある「鮭はらす」って、昔は食べてませんでしたねぇ。こういうメニューが出てきたのは、最近の流行ではないかと思います。

「はらす」とは、美味しい切り身の縁に付いてるから仕方なく食べる部位であって、好んでそれを単独に食べることは無かったように記憶しています。

来客へのお持て成しとして食膳に出すことは無かったし、カネを払ってまで注文する食べ物ではないと認識していました。

我が家は、そんな珍しいシェフ料理を食べるほどグルメではなかったし、「はらす」しか食べられないほどプアでもなかった、ということか・・?

どうせなら、「サーモインステーキ」とでも命名すれば?

魚の中でも鮭の皮は、煮ても焼いても食べ難いし、乾いた皮は丈夫で軽いので、アイヌや沿海州あたりの民族は縫い合わせて衣類を作ったり、の材料としても使っていました。

虎のみならず鮭さえも、死して皮を残すのです。

韓国では、ウナギの皮で財布を作ったりして、頂いたウナギ製の財布が自宅にあったはずです・・はずですが・・はずでした。(悔)



post by 雁来 萌

22:53

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北方自然教育園@南区白川

2010年05月27日

先週の土曜日は、札幌市南区の白川にある「北方自然教育園」を訪問してみました。

この施設は以前、「白川野外教室」という名称だったそうですが、自分としては「昆虫館」という名称の古ぼけた校舎みたいな建物で昆虫標本を展示している、という程度の認識しか無かったものの、一度は訪れたいと思っていた施設です。(丸瀬布の昆虫館も立派になってビックリ)

沿革を見ると、どうやら「旧白川小学校」の校舎を利用していたようで、他の施設も少しずつ充実してきたようです。
色んな種類の施設や体験農場などがあることも、名称が「札幌市北方自然教育園」に変わったことも、最近まで知りませんでした。

まぁ、主に子供の教育とか体験学習のための施設なので、大人が知らなくても困りませんが、せっかくある学習施設を利用しないと宝の持ち腐れになるし、脳の老化も急速に進みますから。

 
周辺には果樹園や家庭菜園などが多く、自然が豊かというか多過ぎるとさえ感じます。
いかにも虫が多そう
向かいの山が藤野の「Fu's スノーエリア」で、豊平川を挟んだ手前には「白川浄水場」があります。敷地内で熊の足跡が見つかったことがあるという話も納得できそう・・。



メインとなる「学習館」の正面は、アメリカあたりの美術館みたいな外観をしています。
ギリシャ神殿か
この建物は新規に建設したようですが、館内は小学校の教室だった部屋をそのまま利用したような造りになっています。
入口を入ってすぐの受付はまるで職員室のようで、他の部屋もそれぞれ学校の教室だったように見えます。

1階は標本の展示室などになっており、植物や昆虫や寄贈された鉱物や貝を展示した部屋と、蝶を専門に展示した部屋とがあります。
展示の説明の一部が少し古くて、一般の市民(子供)にはあまり馴染めないのではないかと心配になりました。

 
2階には工作室や作品の展示室、学習や研修に使える多目的教室などがあります。

実習室では魚や昆虫が飼育されており、水槽や虫籠に入ったまま黒板に向かって授業を受けているように見えました。(笑)
実習室

アリジゴクとかウグイとかサンショウウオとかザリガニとか、昔ならアタリマエに捕まえられた虫や魚も、札幌市の中心部ではお目に掛かれなくなりましたから、こういう教育施設が役に立つのでしょう。

鶏卵を梱包する緩衝材を利用して、コオロギなどを飼育していました。
飼~育 イン! ←マルヤマンかっ
蓋をしないコンテナで事足りるということは、これ以上の高さまでは飛べない、ということなのでしょう。

コオロギの高層住宅・笑
いったい、何匹いるんだ?
写真を撮ろうとすると、一斉に裏側に隠れて身動きしなくなりました。

 
学習館の裏側には「標本園」という畑や「体験農場」が広がっていて、季節になると種や苗を植えたり収穫する体験が出来るようです。
シラカワ・土・ファーム

池に水草が生えた「水生植物園」があり、夏には多分、トンボなども集まって来るのでしょう。
ビオトープだぜ

小屋に網を被せて昆虫を放し飼いにする「昆虫観察園」は、当麻町の「パピヨンシャトー」の小型版です。
出られなくなったらどうしよう
虫になったつもりで中に入ってみると、まだ昆虫はいなくて濁水が溜まった池が何個かあり、一見、露天風呂のようにも見えました。

この他、市内の学校などに植物の種を提供する「温室」などもあります。

園内では、桜やモクレンの樹が花盛りになっていました。
まるで友禅染めのようなボカシ
目の錯覚なのか、立体的に見える写真になっています。

裏山の展望台まで登れる遊歩道を歩いてみると、寄って来る虫が鬱陶しく感じたのは忘れていた感覚です。
自然が豊かで裏山しい
最近、山登りもしなくなったからなぁ。

この部分だけロープを張ってあるのは、路肩が崩れそうだからじゃなくて、道端にウルシが生えているからのようです。
うるし生いし彼の山
ウルシにカブれることも自然学習のうちなのだから、遠ざけて済ませるのではなくて説明を書くべきじゃないかと・・。


藤野まで来たついでに、後日に再訪する準備として、簾舞周辺で古い本願寺道路が残っている部分を下見してきました。
札幌ふるさと文化百選・・残り99ヶ所はどこ?

じっくり徒歩で探索した後に紹介するかも知れません。
街道を行く・・のはまた今度



post by 雁来 萌

21:04

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ちゃんと泊まれる宿を探せ

2010年05月23日

本屋さんで旅行コーナーの本棚を眺めながら通り過ぎようとしたら、「ちゃんと 泊まれる宿」という背表紙が目に飛び込んできました。(目に入ったら痛いよ)

日頃から道の駅の駐車場を定宿としている身にとっては、自分のことを言われてるようで、目じゃなく耳が痛いテーマです。
車中泊のノウハウを解説したオススメ本なんて必要ないどころか、自分でその種の本を書けてしまいそうなくらいですから。

・・やっぱり、ちゃんとした宿に泊まった方が体には優しいよなぁ・・と納得しながらよく見ると、頭に「ワン」が付いていて「ワンちゃん と 泊まれる宿」・・つまり、ペット同伴が可能な宿泊施設を紹介するガイドブックだったんです。

「な~んだ、自分のことじゃないや」と、後ろめたい心境が少しは和らぎました。


宿泊施設の案内には、こんなページやこんなページもあるんですね。
「ペット同伴じゃないと泊まれない」という意味ではありません、という旨の注釈まで書いてあったりして、そんな説明が果たして必要なんだろうかと呆れたら、「1室犬1匹以上及び大人2名様以上でお申込み下さい」という宿もあるとは。
これがもし「1匹様」なんて書いてあったら、呆れるを通り越して怒りますよ。

お犬様
お猫様


 
一方で、「ニャンちゃん と 泊まれる宿」という本は見当たりませんでした。
「ワンちゃん」単独や「ワンちゃん・ニャンちゃん」という表題はありますが、「ニャンちゃん」単独の場合はほとんど無いようです。

その違いの理由は、ペットを飼いたいとは思わない自分には分からないし知りたくもないので、「猫は枕が変わると寝付けない」とか(笑)、そういった類の理由だろうと考えておきます。

そう言えば、猫を連れて旅行してるシーンはあまり見かけないですね・・猫が駅長になってる場合はあるようですけど。

 
自分のペットでありさえすれば、ワニやヘビでも良いんだろうか? とか、「ペット同伴可」という条件で宿泊料が割高になっていたり「ペットの入館料」が設定されている場合の超過分って、ペット自身が払うんだろうか? などと考えてしまいます。

旅のお伴「P.E.T.ボトル」
♪あなた~の似顔を ボトル~に書きました
・・そのペットじゃないから。


「faura」(ファウラ)というネイチャー系の雑誌があります。(HP)

たまにしか買わないので本棚に並んでるのを見て初めて気付いたんですが、毎号の背表紙を順序通りに並べると、繋がった一枚の風景写真が出来るカラクリになっているんですね。
その景色を繋げるためには、毎号欠かさずに買わなければならないという・・楽しみなのか苦しみなのか。(笑)

ところが最近、その背表紙の装丁に手違いがあって違う画像を使ってしまい、背表紙の景色が途切れてしまったそうです。→お詫びと対応



post by 雁来 萌

09:12

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健康診断の経過観察ツール

2010年05月15日

毎年、午前中で終わる程度の健康診断を夏期に受けています。
色々な検査が終わった後に医師からの簡単な説明を受け、1ヶ月ほど経ってから詳しい検査結果が送られてきます。

昨年から検査結果をWebページ上に入力してくれて、自分のパスワードを入力すれば検査結果をいつでもどこでも見られるようになりました。
→例えばこんなページ


検査結果の報告書なんて、とかく行方不明にしてしまいがちなので、このシステムは便利です。
しかも、このシステム(というかツール)の利点は、数値の変化をグラフ表示できることです。

毎回の検査項目ごとの数値の変化が可視化されるので、味気ない数字の比較だけでは(数字が嫌いな人は特に)ピンと来ない体調の変化を、強制的に思い知らされます。

さらに、他の日付や別の診療機関で受けた検査結果を、自分で追加することが出来ます。
そんなことが出来るのなら、過去の受診記録が6回分あるので、これらを入力してみようと思いました。

他にも、通院してる病院で受けた血液検査の結果もあるから、表示できる数値のデータセットを10回分まで増やせることになり、この入力作業は自分にとっておもちゃが増えるのと同様な喜びを享受できます。

 
例えば下図は、肝臓の障害を示す酵素「γ-GTP」の値で、異常が無ければいつも似たような値を示すだけだから、その変化を見ようとしたって面白くも何ともないのが普通です。
γ-GPT
ところが一昨年の入院直前に受けた検査の際は見事に(?)突出していて、1桁以上大きな値になっています。
参考までに、この酵素の基準値は「85以下」だそうです。

その時の入院生活とその後の節制・摂生の効果によって、体調が元に戻ったどころかメタボ気味の体質まで解消しました。(→参考記事)

体重値が直接分からないように「BMI」値で示すと(笑)
Bijin Maid Index 値
羨ましいですか?
「BMI」(Body Mass Index)値は、体重(kg)を身長(m)の2乗で割った値で、日本では25以上を「肥満」と定義しています。
この値も万能ではないので、基準値以下だからと言って健康に問題が無いとは限らないんですけどね。

確か、少し太り目の方が長生きしやすい傾向があると記憶していますが、そんな確率論的な傾向は生命保険会社が料率を計算する時に使えば良いのであって、バラツキがある個々人の寿命には適用出来ませんから。

考えようによっては、ソクラテスになって悩むよりもになって空を飛ぶ方が楽しいかも知れないし・・飛べれば、の話ですが。

 
昨年から、メタボレベル判定のために腹回りも測られるようになりました。
腹囲を測っただけでメタボか否かの判定を下すのは大雑把過ぎると思うけども、メタボ判別フローチャートの【Step1】で即「メタボに非ず」と判定されました。

何段階かの分岐を経て最終的に「白」と判定されたのならば(たとえ「黒」でも)納得しますが、最初の設問で即座に決め付けられると、何だか門前払いにされたようで物足りない心境です。

相撲の新弟子検査?
出べその場合は?
こんな体形だったら、わざわざ測るまでもなく判定を下せるんじゃないかと・・。



post by 雁来 萌

00:05

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ドールズの夜間公開レッスン

2010年05月07日

人を騙すつもりは無いんですけど、実際の体験なので正直に白状します。

コソサドールズのレッスン状況を紹介する目的とメンバーの募集案内とを兼ねた、夜間公開レッスンが行われるとのことで、見学に行ってみました。

夜遅くにレッスンが始まって夜明けまで続くという、24時間テレビのようなイベントが行われると聞いたら、レプユニを質に入れてでも見学に行かねばならないでしょう。(←参加は無料なのに)

会場は札幌市内の某小学校で、体育館の夜間開放を利用して行われたようです。
目的の場所には辿り着いたものの、住宅街の中にあるので東西南北がよく分からず、帰りは道に迷いそうになりました。

例えばススキノの場合、夜ならば酔ってても迷わないのに、昼間は景色が違うので迷ってしまう・・ような感覚です。
♪夜のススキノ 裏通り
北海道無料写真素材集 DO PHOTO



こんな非常識とも思えるイベントにもかかわらず、一体どこで聞き付けたのか、物見高い沢山のサポ(と思われる人達)が集まっていました。
不思議と知った顔が少なかったけれど、(本人の名誉のために実名は伏せますが)ヨー○ルさんには会いました・・道理で、みんなに知れ渡ってる訳だ。

良い席を確保するために朝早くから校舎の周囲に大勢で並んでいたのだとしたら、ひどい近所迷惑だったに違いありません。

トップチームの不甲斐ない試合の憂さを晴らすためなのか、それとも新しいダンスの振りを覚えるためなのか、はたまたレッスンがハネたドールズを誘って夜明けのコーヒーでも飲もうという魂胆なのか・・。

私自身の目的はその何れでもありません。竜宮城で鯛や平目の舞い踊りを眺めるような、優雅な体験を出来る気がしたからです。(決して、変な下心・・あれば魚心)

 
土台、既にシーズンが進んでるこんな時期に新曲のレッスンを行うというのも手遅れだろうし、ドールズの振りを覚えられない不器用なサポ達向けに、短期集中的な講習の場を設けてくれたというのが実情なのでしょう。

準備の良い私は、ストロボ付きのカメラどころか、夜間の調査・観測に使う強力な懐中電灯を持ってきました。(←どこが優雅?)
そんな、サーチライトのような眩しい光線を照射したらイベント進行の妨げになるので、結局は使えませんでしたけど。

 
振りは確かに速くて、素人には難しかったです。
レッスン会場内では撮影禁止(個人使用を除く)だったので、代わりの写真で雰囲気を感じて下さい。
Dolls
どうしても見たいのなら→こちら

新曲の振りを覚える努力はとっくに放棄してたんですが、ドールズが直に教えてくれるのならば覚えなきゃならないと思い直してレッスンを受けたものの、肩に何かが乗ってるみたいで体が思うように動かないし、足も上がらないんです。

レッスンが終わって帰宅しようとしたら、さっき知らされたばかりの新曲の歌詞を印刷して、校門の横で配ってるサポもいました・・何という手回しの良さでしょう。

これから帰って少しでも寝なきゃならないけど、今日は午前中からユースの試合があるのに起きれるかなぁ・・と考えながら、その歌詞カードを受け取ろうとしたところで目が覚めたんです。

長時間にわたってドールズからレッスンを受けていたことと、動かない体を動かそうとしていたせいで、かなりの汗をかいていました。

 
おかしいぜ・・舞妓ミュージカル、ドールズ・・何でこんな夢ばかり見るかな?
「夢は叶う」って言うけどさ、どう考えても無理な注文だと思うよ。

次に見る夢は「月下美人」かも知れないと考えると、恐ろしくて夜眠れなくなっちゃいます。
月下美人


この夢を分析してみると・・

★大人の夜遊びである「ナイターリーグ」を見に行きたい ←夜間レッスン

★郵便受けに入っていたダンス教室の案内チラシ ←振りの講習
中高年のためなのか・・

★室蘭の道の駅「みたら」(水族館の隣)で応援イベント ←竜宮城

★入江競技場で見かける、道新の速報印刷車
ヘタレな熊?

★歌詞カードの配布 ←N郷さん
かなり古いな・・進也がいるもの



post by 雁来 萌

06:36

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叩けよ、さらば開かれん

2010年04月26日

日曜日に所用があって札幌ドームまで行ったんですけど、不思議な光景をいくつか見ました。

地下鉄・東豊線のホームにて・・あちこちでこんな注意書きを見かけますよね。
注意1秒毛が無いっしょ
確かに、不意に開かれるとぶつかって危険です。



でも、ホントに開くんでしょうか・・こんな状態で。
戸締り用心火の用心
内側から叩いたくらいじゃ、開かないだろうと思うんです。
開くかも知れないと思ったら落ち付いて座ってられないし、「ここに座ってる時に扉が開いて怪我しても、当方に責任はありません」と言われてるようで、迂闊に座っちゃいけないように感じます。優先席みたいに。

もっとも、「開くことがあります」という表現だから、「開かないこともあります」と解釈すればいいのでしょうか。

 
ドームの客席に入ろうとして天井を見上げると、ポッカリと穴が開いていました。
まさに天井桟敷
今までは単なるデザインくらいに思って気にもしてませんでしたが、考えてみれば、これは上段の客席の床(の裏側)が見えていることになり、客席で飛び跳ねたりすると床が抜けて落っこちて来ないかと心配になりました。

 
ピッチ上では、親子で参加する「掘りだそう、子供たちの力。キッズファンサッカー」というイベントが行われていました。
指導などの担当はスクールのコーチ陣で、小川睦史コーチを久し振りに見かけました。
お久しぶ~り~ね
ボールがたくさん入ったネットを背負って運んでたのに、そのオイシイ場面を撮れなかったのが残念です。

 
サッカーって、シュートを打たなければ入らないのは当然ですが、○○なシュートはいくら打っても入らないんですねぇ。

とかく、自チームの側だけから見てしまいがちですけど、相手チームからすればこんな組しやすいチームはないですよね、きーやんに言われるまでもなく。
ユースの試合でも、「この相手になら負けるはずがない」と思う場合があるんです。
攻撃のパターン・・、ボールの出どころ・・、ドリブル・・、パスを出す先・・、シュートを打つタイミング・・などが分かりやすくて、傾向と対策が明確です。

 
ストレスを受けた時には体が甘い物を欲するので(言い訳)、負けた腹いせに買ってしまいました。

萌えるちんすこう「琉Q銘菓 もえちん琉Q銘菓
地下街・オーロラタウンの「わしたショップ」に入荷してました。



post by 雁来 萌

22:28

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他力的に本願寺展を鑑賞

2010年04月21日

北海道立近代美術館では、4月17日から5月23日まで、「本願寺展-ひもとかれる壮大な歴史絵巻」が開催されています。

この展覧会は、宗祖・親鸞聖人の750回大遠忌を控えた記念事業の一環として開催され、2007年から各地で開催されています。

「大遠忌」(だいおんき)とは50年毎の命日だそうで、平成24(2012)年が750回目の命日に当たるため、大規模な法要が営まれるらしいです。→西本願寺の大遠忌ページ(音が出ます)

親鸞の祥月命日は1月16日だそうですが、法要は平成23(2011)年4月から24年1月にかけて、年をまたいで行われることになっており、法要まで既に1年を切ってカウントダウンが始まっています。

・・などと受け売りの知識で宣伝しておいて、実際には300ページもある分厚い図録をゆっくり読みながら勉強し直します。


自宅のすぐ近くにある「西本願寺札幌別院」では、かなり前から展覧会のポスターと看板とを塀に掲げてありました。
ゴ~ン・・祇園精舎の鐘の声
金色の襖絵をあしらったポスターは、紙かと思ったら防水のテント地のような丈夫な材質です。

「世のなか安穏(あんのん)なれ」「平成23年親鸞聖人750回大遠忌」と書いてあり、「世のなか安穏なれ」は、大遠忌法要のスローガンだそうです。

「カウントダウン」とか「スローガン」と表現するあたり、確実に世のなか変わって来ているのでしょう。諸行無常・盛者必衰(弱者必勝?)の理です。

僧房の窓にも、最近になってポスターが掲示されました。
襖ではありません
元々、室内の様子は見えなかったので、目隠しの目的ではないでしょう。

 
展覧会の方は、前々から楽しみにしていたこともあって見応えは十分でした。
金ピカが眩しい文物を集めた展覧会だと混雑するため、ざわつくので落ち着いて鑑賞し難かったり、人の背中を見るために行ったような場合も多かったりします。
でも今回は、会期当初の日曜日にしては込んでいなくて、あずましかったです。

仏教関係の展覧会ならば観覧者の客層や心構えも違うので、静かで心地よいです。展示物(仏)を拝みながら鑑賞する人もいたりします。今回は仏像じゃなくて、肖像画や題字の掛軸とか巻物が多かったんですけど。

どうせ会期途中で展示換えもするだろうから、見切れなかった作品は再び来て見れば良い、という程度のおおらかな気持ちで鑑賞する方が、後々まで印象に残るものです。(一度に全てを詰め込めない脳ですから)

日本史の授業で出てきた「教行信証」とか「歎異抄」とか「栄花物語」とかの、鎌倉時代や室町時代の文物が残っているのも凄いですが、戦国時代には大名との争いや駆け引きにも苦労したようで、その戦乱の世をかいくぐって宝物を保存し続けた努力も驚異てす。

掛軸の軸木の中央部を刳り抜いて親鸞の遺骨を隠していたなんて・・確かに、軸木を掛軸から外して中を改める人なんていませんよね。
勢力争いの過程で、遺骨を奪取するという事件もあったそうですから、驚いてしまいます。
だからこそ、「世のなか安穏なれ」という願いなのでしょうか。

 
昔は「紙」が貴重だったので、何度も書き直して使いました。(リユース)
いよいよ使えなくなった紙(反古)は、ほぐしてから漉き直して再生紙としてリサイクルしたそうです。そのため真っ白じゃなくて、墨が混じった灰色の紙になってました。

この紙を「宿紙」(すくし)と呼ぶことを今回初めて知り、この「モッタイナイ」は見習わなければなりませんね。
紙は表も裏も余白まで使うし、1回鼻をかんだだけでティッシュを捨ててはいけないし、1回拭いただけでトイレットペーパー・・

 
よく、音声ガイドのヘッドフォンを貸してくれますけど、あれを使うと知識を押し付けられる感じがするし、聞いた事しか頭に入らないので、使わないことにしています。
音声が、いぃど
ラジオを聞きながら勉強するように、番組の内容は覚えてるけど勉強した(はずの)内容は覚えてないみたいな。(複数の作業を同時にこなせない脳ですから)

現場では、「学習すること」よりも「感じること」や「考えること」が重要だと考えています。学習ならば帰宅してからでも出来ますから。

 
最近、別な場所で「寺の社務所」という言葉を見ました。
神社ならば「社務所」で良いでしょうが、お寺の場合は「社務所」ではなくて「寺務所」(じむしょ)じゃないのか?・・と冗談で考えていたら、ホントに「寺務所」なんだそうです。
また一つ、賢くなってしまいました。これ以上賢くなっ・・

 
この展覧会の関連事業として、4月25日に記念講演会「本願寺の歴史と北海道」も開催されます(が、当日はドームで水戸戦があります)。 

※いわゆる「遺骨問題」については、ここでは軽々しく言及しません。


北海道の側から見た本願寺との関わりとしては、何をおいても「本願寺道路」でしょう。
伊達から札幌までの道路を開削したのは東本願寺(真宗大谷派)であって、西本願寺(浄土真宗本願寺派)とは別なんですけど、私にとっては、どっちの宗派でも一向一揆に構いません。

中山峠を越える国道230号線の基となる道路を開削して頂いただけで、有難いことです。当時の経路は、現在の国道が通っているルートとはかなり違うんですけども。

豊平区平岸の某所に建つ「本願寺道路終点」の碑
終点の碑
平岸街道に面するこの場所が、道路の終点というよりも札幌の市街地(当時はむしろ奥地)と繋がった場所、という目安なのでしょう。(実際にここが終点だったという確証は無いらしい)

由緒を説明する「とよひら”ふるさと再発見”」プレートも併設されています。
この道は・・いつか来た道

  平岸開基110年を記念して、昭和55年11月に
 建立。明治3年7月、伊達市オサルベツで起工
 し、翌4年10月、平岸まで完成した道路の終点
 を明確にした碑である。この道は札幌が他と
 通じる初めての道らしい道で本願寺道路と呼ば
 れた。
   平岸地区とよひら”ふるさと再発見”委員会・札幌市豊平区

※注:
オサルベツ=尾去別
現在の地名は「長和」(ながわ)で、旧名が「長流」(おさる)でした。
川の名は今でも長流川(おさるがわ)だけど、「お猿の学校」と間違われる長流小学校は地名と共に改称されました。

長和側に建つ「起点の碑」も場所が分かったので、ついでの時に行ってみようかと。



post by 雁来 萌

21:17

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