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作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。
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2014年06月29日
6月22日(日)の10時から夕張市の平和運動公園で、北海道クラブユース選手権(U-18)、つまり日本クラブユース選手権(U-18)北海道大会が行なわれました。 今年で第17回となるこの大会の歴史でコンサU-18が優勝を逃した前例は無く、毎回優勝して全国大会への代表権を得ています。 他の参加チームは昨年と同じく、クラブフィールズU-18、サンクFCくりやまU-18、FCフォルテU-18で、この3チームで1次ラウンド(ブロックリーグ)を闘った後、最上位チームがコンサへの挑戦権を得ます。 その1次ラウンドの結果は事前に公表されなくて、代表決定戦の当日に現地へ行ってから判明するのが通例になっています。 もう、当日まで対戦相手が分からないのが歯痒いとかいう心情にも到らず、「今年の相手はどこかいな?」という楽しみは後に取っておく境地に入ってきました・・サッカーは大人を紳士(or淑女)にする。笑
試合前の整列:コンサU-18(赤黒) vs サンクFCくりやま(水色)コンサのスタメンは、GK:種村、DF:鈴木・泉谷・濱口・本塚、MF:高嶺・倉持・杉山・久保田、FW:藤井・平川 でした。 雲は少ししかなく、北西の風は涼しいですが気温そのものは暑いです。 17分にゴール前まで攻め込み混戦となるチャンス。
一方、相手は深追いしてきません。 23群に泉谷から久保田へ渡って左クロス、右から平川がヘディングしたら右ポストに当たって戻りました。 35分に右クロスが入って、左から平川がヘディングしたボールを
相手GKがキャッチし損ねてファンブル、これがポストに当たったのかDFに当たったのか、GKが掻き出せずに転がり込みました。(1-0) これはオウンゴールか・・とメモしてる間に異様な雰囲気を感じて顔を上げると、
本塚が左を駆け上がって打った(←想像)シュートが右隅に刺さりました。(2-0) スクワットのようなトレーニングをしてる、調整中の進藤くん
こんなピンチもありましたが、前半は(危険な)2点リードで折り返します。
後半に向けて、平川に代わって粟飯原、鈴木に代わって仁科がそれぞれ同じポジションに入りました。 藤井は前半から盛んにドリブルで切り込んでは潰されていました。ナイスチャレンジではあります。
9分、懲りずにエリア内まで切り込んで粘ります。
シュートも打ちますが惜しくも外れて行きます。 16分に、倉持に代わって按田が左SBに入り、本塚が右SHへ、高嶺が右ボランチに移りました。キャプテンマークは種村へ渡ります。 直後の17分、粟飯原がハーフウェイライン付近からロングシュート、GKが戻るのも間に合わずすっぽり入りました。(3-0)
続く18分には粟飯原が抜け出てGKと1対1になり、落ち着いてかわして流し込みました。(4-0)
21分に按田が左クロスを入れて、ファーで誰かが触って入りました。(5-0)
23分には種村に代わって三森が入り、杉山に代わって工藤が入って、キャプテンマークは濱口へ渡されました。 36分に工藤の左クロスでCKを得たシーン
40分に粟飯原が倒されて得たFKはリスタートを素早く左寄りに放り込み、弾んだボールを久保田がボレーで打って右上に入りました。(6-0)
これで終わらないのがサッカー。笑 相手の左寄りでボールを受けた駿足の選手が駆け上がってそのままシュート、右隅に入りました。(6-1)
スタミナを温存してたのか?・・水戸黄門のテレビドラマでも見るようなお約束のシーンが訪れると、間もなく一件落着して終了と相場が決まっています。(6-1) 近年は失点していなかったのにと思ったら、昨年もサンクFCくりやまに1点取られてました(9-1)。その前は3シーズン無失点だったんだけど。 あまり間を置かずに表彰式が行なわれました。優勝です。
準優勝のサンクFCくりやま・・が入り切らない。
日本クラブユース選手権へ向けての訓示もありました。 大会プログラムの表紙を見ていたら、初めて気が付きましたよ。
「CLUB」と書くべき文字列が「CULB」になっています。 ひょっとして・・と過去のプログラムを引っ張り出して調べてみると、10年分が全て同じ間違いをしてました。だから、チーム名の間違いなんて大したことじゃない・・のか?
さて会場の平和運動公園ですが、2010年から命名権を募集していたところ、買い手が現れて7月からは「サングリンスポーツヴィレッジ」に改名されるそうです。→道新ニュース、(株)サングリン太陽園のニュース サン+グリン+スポーツ+ヴィレッジ・・広く覚えてもうらうためには、つなげる単語の数は3つが限度だろうと思います。もっと覚えやすい名前には出来ないものなのでしょうか・・例えば「サングリンランド」とか。←鼠の国か?
シューパロダムの上流に、夕張岳とダム湖と橋を見渡せる展望台が出来ています。ここに、鹿島小学校・鹿島東小学校・鹿島中学校・夕張高校の閉校記念碑が集められて並んでいました。 夕張岳の山頂は、右寄りのなだらかな稜線の左端です。
新しくなった白金大橋を渡って登山口へ向かう道を進んでみると、「白金望郷之碑」と「奥鹿島分校ゆかりの碑」が立っていました。
帰りの道端に何か落ちてたのでバックして近くに停め、車から降りた途端に・・臭いっ! 肉が腐った臭いが辺りに立ち込めていました。
どうやら小鹿の脚のようです。 脚が一本だけ、しかも大腿部は白骨化してるのに、ふくらはぎに肉がたっぷり残ってるのは不思議です。他の場所で殺害されて運ばれたのか? 卸したての新車に腐臭が移りそうだし、鹿肉ステーキやジャーキーを食べる時にこの臭いが蘇りそうなので、息を止めて写真を撮った後は検死もそこそこに逃げ帰って来ました。
2014年06月23日
以前の記事に関連して調べ物をしていたら、野幌の屯田兵中隊本部にも被覆庫が残っているということを知ったので、見学に行きました。 野幌の屯田兵第二中隊本部の建物は以前に訪問したことがありますが、その時には被服庫に気が付きませんでした。 春になって雪が融け切る前に下見しに行ったら、記憶の場所には中隊本部がありませんでした。
地図をよく調べて5月にリトライしたら、建物は見つかったものの、以前に立ってた場所とは明らかに違って、錦山天満宮の隣に移転したようです。内部は屯田資料館として公開され、調度品や兵屋の模型などが展示されています。 急な階段ですね、と解説員に言ったら、仕切りを外して二階に登らせてくれました。
二階から見下ろすと天守閣の階段のようです。 武器の貯蔵庫だった二階の屋根裏部屋
四角い蓋を開けて武器を上げ下ろししたと推定されています。 古くなった棟飾りが保存されていました。
当時の窓は上下に上げ下げするギロチン式が多かったけれど、これは違って斜めの切り込みがあります。
向こうに見えるトイレの窓も同じ構造です。 こんな風に回転して開閉する方式の窓でした・・これは珍しい。
お約束ですから
本屋の後方に被服庫がありました。
良い感じのフォルムですが、
内部は物置として使われています。
周辺ではエゾエンゴサクが満開でした。
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ちょっと足を伸ばして江別市に行くと、 北電江別火力発電所の専用線路跡地を活用して遺物を展示した「四季のみち」という遊歩道がありました。→参考石炭を運ぶ貨車とディーゼル機関車 石炭から電気を発生させる仕組みを説明した看板もありました。
長大な蒸気タービン
巨大な軸受けかと思ったら、粉炭に砕く機械だとか。
そう言えば昔(30年ほど前)、発電所の構内にお邪魔したことがあり、粉炭や石炭ガラが山積みになってました。 産業廃棄物として厄介物だった石炭ガラは、セラミック材の原料として再利用する方法もあるんだとか。 とある場所の公衆トイレ
MとWの文字を巧に使ってあります。
2014年06月17日
たまには試合の話もせねば。 ゴールデンウィークから、北海道カブスリーグU-15と同U-13が始まっています。 1部・2部ともに8チームからなり、各チームがホーム&アウェイの14試合ずつを闘い、9月23日に最終結果が出ます。 6月15日に第6節まで終了しましたが、コンサ札幌U-15と同U-13だけは第5節の試合日が6月21日なので、試合数が少ない状態です。 それでも、コンサ札幌U-15が2位、U-13が3位に付けており、今週末には1位になる予定です。 今年1部に復帰したコンサ旭川U-15は5位、同U-13は4位と、意外なほど(と言っては失礼ながら)、健闘しています。ある程度は予想していたものの、ここまで食い込めるとは思いませんでした。 先週末までに観戦した試合について、簡単にまとめておきます。なおコンサ旭川の試合は、会場の都合もあってあまり観れていません。
例年、第1節は前年の1位チームと8位チームとが対戦するカードがあり、コンサ旭川は前年8位の扱いですから、コンサ札幌と当たります。 第1節(4/26@東雁来・東) コンサ旭川U-15(白) vs コンサ札幌U-15(赤黒)こういう対戦って、両チームのメンバーを見なければならないから大変です。旭川の3年生選手はほとんど分かりますが、一冬見ない間に印象が変わってしまって戸惑う選手もいます。 両チームともシーズン初めだから勘が戻っていないのか、暑くて動きが鈍いのか、眠くなるような展開で前半は(0-0)のまま終了しました。 後半26分に山保がドリブルで突破を狙うチャンス
40分に加藤の左クロスからヘディングが入ったけど、オフサイドでした。
結局は(0-0)の引き分け、前年の1位と8位との試合らしくはありませんでした。 まだ4月だというのに日射が強くて暑く、春だから油断してて腕が日に焼けてしまいました。 4月29日に行われたカブスリーグU-13の第1節は、コンサ札幌U-13(7-0)コンサ旭川U-13だったようです。
第3節(5/24@コンサG) コンサ札幌U-15(赤黒) vs 札幌ジュニアU-15(紫) 凹凸に波打つ見応えのある雲に覆われていて、南東風が冷たいです。 前半20分に宮崎が右からエリア内に入って打ったシュートが決まって先制しました。(1-0) 35分にFKを与えるピンチとなりましたが、GK西が直接キャッチしました。後半29分に左寄りから打ったシュートがGKを越えて入りました。(2-0) 42分に右から攻め上がるチャンス
(2-0)で勝利しました。 午後に行なわれた、コンサ札幌U-13 vs 札幌ジュニアU-13の対戦では、時々小雨が落ちてきました。 前半4分に抜け出して打ったシュートが右に入って先制しました。(1-0) 20分の右CKがバーに当たり、こぼれ球を押込んで追加点を上げました。(2-0)
終了間際のビッグチャンスはオフサイドになりました。
後半は3点を加え、トータル(5-0)で勝ちました。
第4節(6/1@コンサG) 空が霞んでいて、北西が肌寒いです。札幌市の鳥であるカッコウが鳴いていました。 コンサ札幌U-15(赤黒) vs クラブフィールズU-15(オレンジ) 前半は攻め込まれるシーンが多く、カウンター主体の攻撃になっていました。得失点なく(0-0)で折り返します。 後半9分に得た右CKが風で曲がってGKがはじき、再びCKとなったけどファー側の角に当たって出ました。 15分に佐藤の突破から得点して先制しました。(1-0) 21分に相手のハンドでPKを得て、大屋が蹴ったボールはGKにはじかれましたが、
こぼれ球を自ら押し込んで追加点とします。(2-0) 30分に右から船戸がキープしながら攻め込むチャンス
32分に佐藤の右クロスから大屋がシュート、DFがクリア出来ずに入りました。(3-0)
5月31日に行なわれたカブスリーグU-13の第4節は、コンサ札幌U-13(6-0)クラブフィールズU-13 だったとか。
第6節(6/15@石狩SSS) 時々、雨がポツポツ落ちてきます。ここではウグイスの鳴き声がしきりに聞こえました。 SSSは、石狩市にある創成高校人工芝グラウンドの隣に、専用の人工芝グラウンドを作ったらしいので、ひと月ほど前に偵察に来ました。 チームカラーのプレハブが立っています。コンサ札幌U-15(赤黒) vs SSSU-15(黄青)の試合は、9時開始だと思っていたら30分ほど早く始まったようで、会場に着く前に1点先制していたようです。 20分に菅野が左から打ち込みました。(2-0) 26分の左CK
36分にSSSの左クロスからシュートを打たれて失点しました。(2-1) 39分に左から山保が打ったシュートは左へ外れます。
後半19分に攻め込まれて、至近距離から打たれたシュートは正面でキャッチできました。
25分にはGKをかわして右から打ち込み(3-1)、38分にFKからの混戦で押し込んで突き放しました。(4-1) 他の用事があったのでU-13の試合を観ずに帰りましたが、コンサ札幌(1-2)SSS だったそうです。
コンサ札幌U-15は5節まで終了して4勝1分、同U-13は4勝1敗です。 コンサ旭川U-15は6節まで終了して2勝1分3敗、同U-13は4勝2敗です。
2014年06月11日
千歳市の蘭越に「さけの里ふれあい広場」という施設があるとどこかで見たので、ついでがあった時に寄ってみました。 この施設は「千歳サケのふるさと館」とは違って、「千歳中央孵化場」だった施設に併設されています。
千歳市内から支笏湖に向かって千歳川沿いに支笏湖公園線を遡り、もうそろそろかと思った頃にそれらしい施設があったけど、パンフレットに載っていた写真とは少し雰囲気が違います。ここは千歳市の「蘭越浄水場」でした。この周辺は「名水ふれあい公園」になっています。 トイレに寄ったついでに施設内を覗くと、ロビーに飛行機が展示されていました。
「北海1号機」の原寸大模型だそうで、元々は千歳空港に展示されていた再現機体が、持て余されて千歳市に寄贈されたそうです。余ったから譲るというのは、少し失礼な話かと感じますが。笑 前庭では雨量と気温を測っているようです。
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さらに支笏湖方面へ進んで「烏柵舞橋」(うさくまいばし)から右手に入り、サイクリングロードに沿って進みます。 川の傍に「さけの里ふれあい広場」があり、展示館と体験館(背後)という建物がありました。 こちらが展示館
最近、水産試験場が統合されて、水産総合研究センター北海道区水産研究所・さけます資源部の「千歳さけます事業所」と変わったようです。 歴史的なお勉強は、サケの増殖事業3「千歳ふ化場の建設」あたりを参考にして下さい。 展示館のロビー中央にあった混種水槽
魚種別の水槽もありました。
ショーケースに収まっていた、字体からして古い時代物の看板
新しい標板も展示されていました。
これは和人が作った法律であって・・
体験館の方は、時期外れなので特に面白い仕掛けはありませんでした。 前庭には、「鮭鱒人工孵化発祥記念碑」が立っています。
川沿いに立つ孵化施設群
これは下流側の半分で、上流側にも色々とありました。 雨量や水位などを測っていました。
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これが目当てじゃなかったんだけど、近くの道沿いに「ウサクマイ遺跡群」の看板が立ってたので見学しました。ウサクマイ遺跡群は、千歳川支流の内別川周辺と千歳川沿いに広がっており、孵化場があるくらいだから昔から遡上する鮭が採れたんでしょう。 しかし内別川の周辺は、名水100選に選ばれている「ナイベツ川湧水」という水源地(蘭越浄水場の上流)なので立入禁止になっており、見学できるのは千歳川沿いのウサクマイC遺跡だけです。
遺跡の大部分が内別川の流域にあって、見学できるのはウサクマイ遺跡群の、ごく一部に過ぎません。 プチ原始林のような佇まいで、あまり人工的な手が加えられていない様子。
苔むした倒木もあちこちにあります。
遺跡群の一部といっても、かなりの数の住居跡が分布しています。
ここも別の住居跡
写真では分かり難いですが、案内板が立っていなくても住居跡だと分かる窪みがたくさんありました。←土地家屋調査士か?
オオバナノエンレイソウとか、ニリンソウとか、春の花が満開でした。
2014年06月05日
先月、後述の用事で日高の平取町・二風谷(にぶたに)へ行きました。 ここには「二風谷アイヌ文化博物館」があり、この博物館については以前に「馬と木彫りの里に春の訪れ」という記事で紹介しました。 今回は「萱野茂二風谷アイヌ資料館」の方を訪問しました。 そもそも、「萱野茂資料館」に展示してあった収蔵品を平取町に寄贈して「文化博物館」が開館したという経緯ですから、こちらの方が先輩というか本家に当たります。
交通費・宿泊費の10万円に比べたら、入館料の400円は安いもんだと・・大昔にここを訪れた時には、こんな看板は無かったような・・その頃は、受付に萱野さん本人が座ってました。 萱野茂さんは、アイヌ初の国会議員となりました。
そのお陰か、アイヌ民族を取り巻く環境がずいぶんと変わった気がします。国際的に先住民の権利が認められるようになったことにも後押しされているんでしょう。 萱野さんの言葉なんですが、 『アイヌ民族の考えでは、天から役目なしに降臨した物は一つもない。虫でも、鳥でも、どんな生き物であっても、食べ物を奪い合うことをせずに分け合って食べていたものでした。しかし、今生きている人たちは、その心を忘れてしまいました。その挙句に、原子力と言う悪魔の火。これは人類全部が天に向って唾を吐き続けている様なもの。その唾が、私共の顔に戻るであろう事を案じています。』 と案じながら7年前に亡くなって、(3年前に原発事故が起こって、)現在は息子さんが資料館を継いでいます。 館内の写真撮影は自由なので自由に撮影していると、次第に写真を撮るのが面倒になってきました。
もっぱら個人的に興味がある種類:マキリ(小刀)・タシロ(鉈)
ゴザで囲まれた小屋の中で、熊が昼寝をしてるのか、死んだフリをしているのか
資料館の二階には、世界の珍しい(怪しい)文物が展示されていました。何か珍しい物があったら当館に寄贈して下さいとも・・ 上は2mほどの大きなチョウザメですが、下は中国に棲む世界最大の淡水魚で「鰉魚:ホアンイユ(エンペラーフィッシュ)」と呼ばれる魚だそうです。
チョウザメと似てますが、口が下を向いてて、サイのような角が出ています。 資料館と続いてる別棟の建物は「顕彰記念館」的な広い部屋で、萱野さんの功績とか足跡とかを記したパネルが貼られ、壁にはスクリーンがあったので、ビデオなども上映するのでしょう。 蝦夷鹿の角を組み合わせて作った椅子とテーブル・・座り心地を確かめてみれば良かったかな。
資料館の横には丸木舟が三艘重ねてあり、裏には怪しげな小屋が保管されていました。
想像するに、これは「奉安殿」ではないかと・・後述の小学校が建て替えられた時に、捨てるに捨てられなくて資料館に寄贈されたのかも。
さて今回の主目的ですが、以前の記事で紹介したイタの作者である藤谷憲幸さんが6年前に亡くなって、その奥さんがご主人の作品を手許に集めておきたいと言っていた、という話をどこかで読んだので、このイタは奥さんにお返しした方が良いのではないかと考えていました。 私が持っていても宝の持ち腐れになる恐れがあるし、必要とする人の手許にあるのが一番良いだろうと思われます。 そうは思い立っても暦がなかなか吉日にはならず(笑)、伸び伸びになっていました。 憲幸さん(木彫り)と奥さん(機織)は、萱野茂資料館の裏にあった「ポロチセ」という小屋でアイヌ工芸の実演をしていたんですが、その小屋は火事で焼失してしまったので、現在はどこで作業をしているのか分かりません。 萱野茂資料館の受付でポロチセがどの辺にあったのかを尋ねたところ、藤谷さんの居場所を教えて頂きました。 二風谷の中心街というか工芸品店が集まる「匠の道」に沿った、「藤谷民芸」で作業しているとのことなので、お邪魔して奥さんに事情を説明しました。 かなり驚かれましたが(そりゃそうでしょう)、間違いなくご主人が彫った作品でした。 以前は作品に自分の名前を入れてなかったそうですが、萱野さんに言われて名前を入れるようになったそうです。「名前を入れたお陰でこうして戻って来た」と喜ばれました。 何だか、肩の荷が下りた気がします。 イタと引き換えに、ご主人の作品を掲載した写真集を頂いたのですが、
私自身もこの写真集を発行したことは知っていたので、どこかに売ってないか(あるいはネット上で閲覧できないものか)と探していたけれど、自費出版のような非売品なので見つかるはずもなく、大きな図書館などには納入されている程度でした。 私としては、この写真集は頂いたのではなくお預かりしたもので、全ページをスキャンしたらお返ししようかと考えています。発行部数も少ないので、また別の人に見てもらえる方が役に立つだろうと。 昨年、二風谷の工芸品「二風谷イタ」(盆)と「二風谷アットゥシ」(樹皮糸の反物)が、北海道で初めて経済産業省の「伝統工芸品」に指定されました。 以前からそういう申請はしていたんですが、「日本は単一民族の国家だ」とか言う政治家がいるほどの国ですから、日本の伝統工芸品は指定されてもアイヌ工芸品は指定されていませんでした。 アイヌ工芸品はやっと日の目を見る時が来たけれど、憲幸さんは間に合わずに59歳で亡くなってしまいました。 写真集の中に古い建物が写ってたので、どこにあるのか教えて頂いて見てきました。
明治44年に二風谷尋常小学校が新築されるのに伴って建てられた、「旧二風谷青年会図書館」だそうです。 後で調べると、北海道で2番目に建てられた図書館とのことで、それがこの町にあること自体が驚きなほどですが、かなり傷んでいます。 この玄関の屋根に跨っている棟飾りも、後に藤谷憲幸さんが彫ったそうです。
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作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。
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