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作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。
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2014年07月29日
数年前になって気付いた、不思議な現象があります。 今まで自分が買った車の型式を調べてたら、自分でも呆れてしまいました。 最初に買った車の型式は「HN12」(パルサー)、その次が「RNU12」(ブルーバード)、続いて「TNP12」(プリメーラ)と、全ての型式番号が「12」だったのです。 それに拘った訳じゃないし、(キャプテン)翼の道でもないけれど、最近買い換えた車が「NY12」(ウイングロード)です。 これならまるで、「型式番号12の日々」じゃないですか。笑 三十年以上も昔でサポーターになる前から続いていた話だし、意識して12番の車を選んでいた訳でもないのに恐ろしい偶然。 この次に買い換える車の車種が限定されて、選択肢が無くなってしまうのが怖いです。
今まではシルバー系の色を選んでたけど、今回は少し変えてみました。 車名も全て偶然に「ハ行」で始まってたけど、今回は「ア行」で始まるから車名別の検索ではカナの先頭の方に出てきます。 道の駅で車中泊する機会が多い都合から、これまでは車幅が広いことが重要だったけど、今回は発想を変えて縦長に寝れば車幅が狭くても構わないと考え、後部座席を倒せるミニバンにしたのです。 標準仕様ではフットレストが付いていなくて左足があずましくないので、「フットレストカバー」を買ってきて取り付けました。元々何も付いていなかったのだから、「~カバー」じゃなくて、「~そのもの」なのですが。角材を楔形に加工し、塗装した後に附属のタッピングビスでカバーを表面にネジ付けました。
底面にはマジクロスを張り付ければ、フロアのマットに押し付けるだけで固定できます。
あたかも標準装備として付いていたような・・
手縫いする赤黒い革のステアリングカバーも取り付けました。
1か月点検に出したら営業マンがビックリして、ステアリングごと交換したのかと思ったらしいです。←そんなことしたらエアバッグが・・ 綺麗に仕上げるコツは色々とありますが、最初は仮縫いして、全体に糸を通し終わってから締めていくとか、縫い終わったら革を水で濡らすとか。←乾く時に締まって形が馴染む 革と同じ色の糸も別売りしてることを後で知ったけど、最初っから2色の糸を附属してくれれば良いのにな。 荷物室のカバーが気に入らないので、自作しました。
型紙で形を決めてからベニア板をカットし、塗装してマットを貼りました・・まるで本物の仕上がり。 そのうち、この部分をイタズラしようかと思っています。(詳細はヒミツ)
この車、アクセルの踏み加減によって燃費がどうにでも変わるようで、私の走り方だと満タン(45リッター)で600km以上走ることが出来ます。 1日に600km走るって大変な作業だから、1日に1回給油すれば走り続けられる勘定になるので、自分的にはこれで不足はありません。 市街地での燃費は悪いだろうけど、市街地で1日に500km走るなんてあり得ないし、市街地なら夜間も開いてるスタンドがあるしで、何も困ることは無いはず。 まだ、あまりステッカーの類を貼っていません。 理想としてはこんな・・笑(NEEDS様の車両:2014/5/6@札幌ドーム)
2014年07月23日
6月28日から7月20日まで、夕張市の平和運動公園、改め「サングリンスポーツヴィレッジ」で、北海道クラブユース選手権(U-15)、つまり日本クラブユース選手権(U-15)北海道大会が行なわれました。 北海道カブスリーグに参加している(伊達中を除く)15チームは途中までシードされており、カブス1部の8チームは大会5日目(7月12日)の4回戦(ベスト16)までシードされているので、コンサ札幌U-15とコンサ旭川U-15はこの日から出場します。 この日、世間ではハーフタイムパーティーという楽しいイベントが催されたらしいですが、このイベントにはいつも試合が重なってしまい、いまだ参加したことがありません。しかも今年は夕張で雨に降られたという行ないの悪さ運の悪さで・・傘は持ってましたけど。 北海道大会の上位チームは、8月15日から24日まで帯広市と中札内村で開催される「日本クラブユース選手権(U-15)(アディダスカップ)」に出場でき、今年の北海道枠は2チームです。 続く下位のチームは、8月5日から7日まで茨城県つくば市で開催される「インターシティカップ(U-15)EAST」に出場でき、北海道枠は4チームです。 昨年までは「デベロップカップ」と呼ばれていて(開催地もアディダスカップと同じ)、全国の16チームが参加していたんですが、今年は東西に分かれてEASTは北海道・東北・関東の16チーム、WESTは32チームが参加します。
4回戦(7月12日) 最近、この第1球技場での試合はしばらく無かったです。コンサ旭川(赤黒) vs フロティアトルナーレ(緑)
相手は北海道カブスリーグ2部・5位のフロティアトルナーレとなりました。試合時間は40分ハーフです。 開始2分の左CKはクリアされました。
19分の攻撃:この試合はオフサイドが多かったです。
24分に左から山岸が打ったシュートは、ゴール前を横切って右へ流れて行きました。
後半14分に左から谷口明が突破するチャンス
25分に渡部が競り勝って突破するチャンスから
櫛部がGKをかわして打ち込みました。(1-0)
この時間帯になってやっと得点できました。 相手は3バックにして同点を狙いますが、33分に佐々木がGKと競り、こぼれ球を右から阿部が打ち込んで追加点を上げました。(2-0)
しかしロスタイムに入る頃に右CKを与えて、ファーからヘディングを合わされて失点しました。(2-1)
トップチームの試合でよくあることですが、何とか逃げ切れました。(2-1)
コンサ札幌(赤黒) vs 泊SC(青)試合開始の10分ほど前から雨が降り始めました。 20分に得た左からのFKにファーから飛び込んだけど、これはファウルを取られました。
スコアレスでハーフタイムとなりましたが、こんな天候です。
後半開始とほぼ同時に雨が上がり、ピッチから湯気が上がりそうな天候で、虹も出たらしいけど見逃しました。 雨男でもいたんでしょうか・・ハーフタイムでアウトしたのは馬場ですが。笑 7分に左から宮崎が攻め上がるチャンスで、菅野が突っ込んだけどセーブされました。
18分に菅野が倒されたけどプレイオン、右クロスに山保が当てたヘディングは惜しくもバーを越えました。
21分に宮崎が突破して左クロスを入れ、ファーから鹿内がスライディングしたけど届かず流れ・・と思ったら、鹿内がファウルを受けたとの判定なのか、PKを得ました。 このPKを宮崎が落ち着いて左隅に蹴り込みました。(1-0)
27分には本間が左手前からフィードのようなクロスを入れて、鹿内がファーに飛び込み、体で押し込んだように見えました。(2-0)
この日に勝ち残った8チームのうち、カブスリーグ以外のチームは3チームあります。 一時は結構な強さで雨が降ったのに夕張のアメダスでは1mmしかカウントしておらず、局地的な降雨だったようです。
準決勝(7月19日) 準々決勝が行なわれた13日にはU-18プレミアリーグの試合があったので見てませんが、コンサ札幌もコンサ旭川も勝ったので、両チームともアディダスカップかインターシティカップのどちらかに出場出来ることは決まっています。 今日の会場は多目的運動広場・・こんなに早くから来て座ってる人がいるのかと思ったら・・笑確かに、芝には入っていません。 コンサ札幌(赤黒) vs プログレッソ十勝(黄)
北海道カブスリーグ2部・2位のプログレッソ十勝が相手になりました。 エンドを交代して、9分のチャンスはゴール前を横切る
16分に山保からボールを受けた大屋のトラップが流れてしまう。
手前側に芝がかなり荒れている部分があります。 19分に山保がエリア内へ切り込んで倒されますが笛は鳴らず。
スコアが動かないまま後半も33分まで経過し、延長なんか嫌だよ~と思い始めた頃、左からパスを受けた飯野が右から左隅へ打ち込みました。(1-0)
ロスタイムに入りそうな40分、浮き球にGK櫻庭が出たけど触れずに後ろへ流れ、戻ったDFが危うくクリアしました。
ギリギリ勝てたという感じ。
SSS(白) vs コンサ旭川(赤黒)隣のコートで少し遅れて始まったのでこんな写真を撮れましたが、試合内容はよく分かりません。 後半にPエリアの右角でFKを与え、左隅に直接蹴り込まれて失点したシーンは見てしまいましたが。 さらに失点して(0-2)で敗れました。
久し振りに(今年は初めて)夕張の道の駅「メロード」に寄ると、郷土資料の展示コーナーが出来てました。夕張市内の学校の帽章など・・懐かしいだろうね。
運動公園の周辺にあった平和炭鉱で坑内火災が発生した時の
炭化した坑木、融けかかった構材?、変質した岩石だそうです。 珍しい三弦橋も水没してしまいました。
夕張名産のメロン検査員の帽子だそうで、左からそれぞれ、検査補助員、一般検査員、検査責任者の帽子なんだとか。
どうせなら帽子を黄緑色にしてネット模様を付け、つばをオレンジ色にするとか・・メロン熊を思い出しちゃった。
翌20日に行なわれた決勝では、コンサ札幌がSSSに(0-1)で負けて準優勝となったようです。 この2チームがアディダスカップに出場し、インターシティカップには、コンサ旭川・プログレッソ十勝・DENOVA・LIV FC の4チームが出場することになりました。
2014年07月17日
もう、何の用事で訪れたのか忘れてしまいましたが(笑)、6月に室蘭へ行ったついでに、追直(おいなおし)漁港の沖合いに出来た人工島を見学してきました。 この人工島は「Mランド」と呼ばれ、昨年出来たことは知っていましたが、見物しに行った11月には既に夏場の公開期間(5月~10月)を過ぎていました。Mは室蘭のMですよね、当然。
室蘭駅の近くから、追直漁港へ向かう道を進みます。生まれ故郷なので、地図を見なくても適当に曲がれば行き着けるから便利。 島へ繋がる橋の入口が漁港の傍にありました。
まるで自動車専用道に入るような気分です。 こんな橋を渡って進みますが、橋上での停車は禁止なので途中の写真を撮れません。
セントレア空港や長崎空港へ向かう感じ 島にある駐車場から、今来たこの道を振り返ってみます。
これが追直漁港の防波堤ですが、
追直漁港の沖合いと言うよりも、室蘭人にしてみれば「電信浜」の沖合いと言った方が適切です。
島の正面に測量山が見えて、景色が良いです・・こんな景色は船の上からしか楽しめなかったのに。
参考→北海道地質百選の「測量山」 測量山から見ると、Mランドは↓こんな感じに見えるらしいです。 http://www.geosites-hokkaido.org/images/lightboxphoto/0711sokuryouzan4.jpg 形としては、MではなくてJに見えますが。 駐車場の先に、漁網を干してありました。
陸上の浜には網を干すスペースも無くなってしまったということか。 フェンスの頂部には、鳥除けと思われる針金が植えられていました。
鳥にとっては・・針の筵かも知れません。 照明だって、これほど防御しなければ止まり木(=トイレ)にされてしまうことは必定
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続いて、御崎駅に寄りました。御崎に住んでいた時期がありますが、この駅で乗降したことはほとんどありません。 ここの駅の近くに「室蘭線発祥の地」という標柱が立っているはずなんですが、マジメに下調べをしなかったので発見できませんでした。でも、その後の調べで場所は分かりました。(遂に倒れたらしい)
ホームの脇で勾配標が草木に隠れていて・・いーんでしょうか。
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さらに、東室蘭にある中嶋神社に寄りました。手水の使い方を教えなければならない時代です。
本殿の前に丸い輪が見えますが、これに火を点けてライオンがくぐるショー・・ではなく、これは「茅の輪(ちのわ)」と言って、半年間の穢れを祓う「茅の輪くぐり」神事に用いられる輪らしいです。→参考
横に立ててあった説明看板を読んで、よっぽど、今年前半の試合成績の厄を祓ってもらうためにくぐろうかと思いましたが、(清廉な身の)私がくぐってもご利益は期待できませんから。 本命のミッションは、境内に保存されている「輪西屯田兵旧火薬庫」(明治19年建設)を見学することです。
室蘭市の指定有形文化財第2号で、火薬庫だからというより、木造だから火気厳禁というのが心細いです。江別の火薬庫はレンガ造りだったけど。←江別だけ特別? 裏に回ると、不審者を検知する人感センサーらしきものが。
これは床下の換気口のようです。
近くに輪西屯田兵記念碑が立っていました。明治42年建立で、こっちの方が新しいのに有形文化財第1号です。(指定日は火薬庫と同じ)
この碑は青銅製で、断面が三角形の鉾の形をしています。屯田兵△ そもそも、明治20年に屯田兵が入植した頃に、この神社の基となる兵村社(円山神社)が建立されたそうな。 開拓期には湿地の中に小高い丘があって、海に浮かぶ島のように見えたのが「中島」の由来だとも言われています。
2014年07月11日
タイトルに深い意味はありません。 昔、仕事で羽幌に滞在してた時、仲間が虫歯になって困ってたので「歯ボロのタタリだ」と言ったことがあります。←薄情なヤツ 1か月ほど前に焼尻島と天売島を探訪した折り、朝早く起き過ぎたので、苫前と羽幌の周辺を散策してきました。 苫前といえば、開拓期に起きた羆の事件が知られていますが、そもそもあんな山奥まで開拓したら羆の生活領域を侵略することになるのだし、食事の仕度で美味しそうな匂いを振り撒いていたら、餌不足で空腹の羆はたまりませんよ。 一方の羽幌といえば、羽幌炭砿とか築別炭砿を擁する炭鉱の町でした。 それぞれ、オロロンまっぷの「苫前」と「羽幌」を参考にして下さい。
まだ朝5時前・・高台に登って、苫前漁港を見下ろしてみました。右手に見える白い建物が道の駅「風W(ふわっと)とままえ」です。 海岸は海食崖になっていて、風力発電の風車が並んでいます。
天売・焼尻の両島も見えたんだけど、霞んでて写りが悪いので省略。 手前に見える防波堤まで行ってみました。
ここの防波堤は2段の構造になっています。 港の近くに「岡田番屋」が残っているらしく、内部は公開していないので外見だけでも・・と思って探したところ、やっと見つかりました。
岡田商店の水産加工場の奥にありましたが、かなり失望しました。 気を取り直して、三毛別ヒグマ事件が目玉展示の「苫前町郷土資料館」へ向かいます。
この施設は苫前町役場として建てられましたが、役場新庁舎の完成に伴って郷土資料館に変わりました。 まだ開館時刻前だし、かな~り昔に見学したことがあるし、三毛別の事件現場まで行ったこともあるので、羆の案内には応じず裏手へ回ります。 資料館の裏には「古代資料館」が繋がっていて、
裏庭には「古代の里」として復元住居が並べられています。 これは縄文文化の住居で、
時代別にモデルハウスの特徴が説明されています。 こちらは擦文文化の住居で、
入口には現代の鍵がかかっていました。(昼間は公開) さらにアイヌ文化のチセ、
初期の開拓小屋(屋内展示を窓の外から撮影)と時代は流れます。
資料館へ向かう道路は「古代ロマンロード」と名付けられ、
埴輪とか「かがり火」形の街灯が並んでいたりします。
何でもかんでも一緒くた・・と感じなくもない。
このまま真っ直ぐ羽幌へ向かってもフェリーの出港時刻には早過ぎるので、先に奥地の炭鉱遺構を見学しました。 かつて羽幌の奥地には炭砿があって栄えていましたが、今は昔の話、現在は廃墟のみが残っています。 これは羽幌本砿の遺構で、後方に櫓が見えます。煙突がポツンと立っていました。
ホッパーの廃墟に近付いてみます。
その横に説明看板が並んでいましたが、誰も立ち入りたくはないよ。
築別炭砿は遠回りになるので寄りませんでしたが、時間的には周って来れる余裕があったみたい。 旧羽幌炭礦鉄道の線路跡とか橋も残っていました。 炭鉱が閉山になったら学校も閉校になるもので、特に探した訳でもないのに道路脇に次々と現れるんです。 これは北辰中学校
曙小学校
幌北小学校
築別中学校
さらに光洋小学校もあったけど、さほど古くはなかったし、写真を撮るのに飽きてしまいました。 炭砿関係の資料については、「羽幌町郷土資料館」に展示されています。→以前の記事
2014年07月05日
もちろん、ウソですよ。まさか信じる人はいないだろうけど。 「焼売」と書いて「しゅうまい」うまい。 それぞれの漢字の読みを合成すれば「しゅうまい」と読めなくもないけれど、この漢字を見ただけで食品の姿を想像するのが難しいです、個人的には。 一方、「餃子」と書いて「ぎょうざ」。 ところが片仮名では「ギョーザ」と書く場合がほとんどのようで、「ギョウザ」という表記は稀にしか見かけないのが不思議です。 「ぎょうざ」と入力して変換すると、「餃子」や「ギョウザ」は出てくるけど「ギョーザ」は出てこなくて、余の辞書にはありません。なのに、飲食店の看板やメニューにはほぼ「ギョーザ」と書かれています。 正直言って、最近までそんな表記に違和感を覚えなかった自分の神経もどうかと思いますけど・・気付いただけマシかも。 お店と本文とは直接関係がありません。
さて、本題。←おぃ 北海道本土のアメダス(219地点)は、立入禁止になってる1ヶ所を除いて踏破したので、次なる目的地は離島に散在する6ヶ所です。 最も簡単なのが焼尻島で、ここは車をフェリーに載せたりレンタカーを借りたりする必要も無いから、我が身一つで(可能ならば泳いででも)島に渡って手っ取り早く片付けられます。 焼尻島に渡るんだったら天売島にも寄りたいし、さほど混雑しない割に船の便数が多めな今の時期ならば羽幌からの日帰りも可能なので、6月上旬に両島を巡ってきました。 四半世紀ほど昔の冬に、仕事で何代目かの「天羽丸」に乗って焼尻島に渡った時は、ホントに「木の葉のように揺れる」という表現が実感できるほどで、防波堤を出たらすぐ横になって死んだフリをしてたものです。 翌日も海が荒れて、1泊余計に滞在しました。 今回は天候も穏やかな(日を選んだ)ので、船の動揺が苦手な自分でも快適なクルーズでした。 両島の観光情報については、留萌観光連盟が作成したおろろんマップの「天売島・焼尻島」(PDF:1.3MB)を参考にして下さい。(222kBのjpg画像:http://www.rumoiclub.net/map/images/teuriyagisiri_l.jpg) アメダス探訪「焼尻」の巻(2014/6/7) 金曜日の夜に自宅を出て苫前の道の駅で1泊し、羽幌港から朝一(8:00)の船便で焼尻島に渡ります。 羽幌沿海フェリーの埠頭とフェリーターミナルは、移転して新しくなりました。フェリー(おろろん2)の船体は新造ごとに大きくなり、
昨年は高速船(さんらいなぁ2)も新しくなりました。
所要時間はフェリーの半分くらいですが、料金は高めで、車両を積めません。 舷側に描かれているのは、沿岸バスのキャラクター「観音崎らいな」です。
「観音崎」とは天売島の景勝地であり、「らいな」は高速船「さんらいなぁ」から拝借しているので、この船体に
取って付け打って付けなキャラです。羽幌港連絡バス「観音崎らいな号」にも使われています。 フェリーターミナルの窓口で、萌えっ子缶バッジの「天羽みなと」を買いました。窓口の職員は・・このキャラには似てませんでしたが、怪しまれたに違いない・・だんだんコレクションが増えていくような・・。 新しい高速船の就航を記念して昨年の6月は3割引きの料金だったんですが、今年も6月中は3割引きでした。予約が必要だと言われる高速船も乗客は疎らで、6月は狙い目かも知れません。 あちこちの施設にオロ坊(OROBAH:ハボロの逆読み)のぬいぐるみが置いてあって、実物は茹で蛸よりも真っ赤な色と真っ黒な色の取り合わせでそそられたのですが、(幸い)どこにも売ってませんでした。 高速船なら35分、フェリーなら60分、泳いだら1昼夜? で焼尻島に着きます。 島で6段変速のレンタサイクルを借りたんですが、それでも普段の運動不足が祟って登り坂がしんどく、スクーターを借りた方が良かったかも。 自宅を出てから半日経って目的のアメダス地点に到着しました。この自転車で。
白亜の焼尻島灯台の近く、綿羊牧場の入口に立ってます。 アメダスの敷地全景と「津波地震検地網」の観測局(左)だそうです。
温度計(左)と雨量計(右)、後方が綿羊の牧舎です。
風向風速計と日射計
ついでに焼尻島灯台も見学します。
さらに牧場の綿羊も見学・・やや警戒されました。
少し先に、白浜野営場があります・・キャンプにはジンギスカン。笑
ここはアメリカ人「ラナルド・マクドナルド」が上陸した地だそうな。
漂流を装って焼尻島に上陸し、更に利尻島に渡って捕えられ、長崎へ送致されました。幽閉の身ながら、日本人にネイティブの英語を教えて、開国の交渉に役立ったとか。 今回の旅行における第二の目的地:焼尻郷土館(旧小納家住宅)
手前の出っ張り部分は郵便局だった部屋で、現在の郵便局は向こう隣にあります。 反対側から見ると蔵も立派です。(内部は見学できます)
風雪に堪えて削られた板や柱
一階には生活用具、二階に郵便局や電話局で使われた文物などが展示されていて、(頬擦りしたくなるような便器とか)色々と面白い物があったんだけど、内部は撮影禁止なので写真を撮ってません。→参考(1、2) 羽幌町役場の焼尻支所だそうですが、診療所のような雰囲気です。
近くに会津蕃士の墓がありました。
こんな所まで(さらに宗谷まで)、北方の警護のために派遣されたなんて。 最重要のミッションを無事に果たしたので、天売島にも渡ります。 出港まで時間があるので港近くのトイレに入ったらびっくり・・
間違えて女子トイレに入ってしまったのかと焦りましたよ。 小さな島だから水は貴重なのですが、何のために?
天売島を訪れたのは初めてで、ここは野鳥の島です。オロロン鳥(ウミガラス)やウミスズメ、ウトウ、ケイマフリの乱舞が見られて、ヒッチコック映画の世界を堪能できます。 港にある「おろろんレンタル」でママチャリを借りて(3時間1000円)、その2階に怪しい郷土資料館(もどき)があったので見学しました。(入館料の300円は免除) 「天売ふる里館 森脇洋三コレクション」と表示されています・・ワクワク。骨董品というか、近所でいらなくなった物を引き取って集めたそうです。
この雑然さがたまらない。笑 こんな物、持ってていいのか?
訪問の目的地その1: 昔の郵便局だった建物を利用しているそうで、「天売海鳥研究室」というアカデミックな施設です。
夏の間だけ、学生が滞在して海鳥の調査研究をするんだそうです。→参考:天売島海鳥研究発表会 - 北海道海鳥センター(PDF) 訪問の目的地その2: 鰊御殿が残っていましたが、内部は非公開で、
隣に立ってた蔵は崩壊寸前でした。 何だか分からないけど、造り酒屋だったような屋敷もありました。
開校120年となる天売小・中学校では運動会をしてました。
これが高校の校舎だとは信じ難いけれど、天売高校です。
一般住宅に見えますが、羽幌町役場の天売支所です。
「海の宇宙館」という命名からして不思議ですが、
モンゴルのゲル(パオ)のような外観の建物は、自然写真家・寺沢孝毅氏が私費を投じて建てたギャラリーだそうで、館内に写真を展示してあり、屋外にも写真パネルを並べてありました。 館内にはカフェもあって、どうせだから外の庭のテーブルでお茶しました。草地はキャンプサイトになっています。 なんだか夢のような光景と環境で、こんな長閑な所で暮らしたい・・とは思いませんが(きっとボケるから)、1年に1度くらい来るのも悪くはないと思ったのでした。 天売港の防波堤と灯台、遠方は焼尻島
港で海底を覗いてみたら、水中メガネを使ってないし偏光フィルターを使ってる訳でもないのに、海底が手に取るように見えるんですよ。
ウニがゴロゴロ転がってるし、魚が泳いでるのが見えるんです。 室蘭生まれの人間なもんで、港といえば「油やゴミが浮いてる汚い水溜り」というイメージしか持ち合わせていない身には新鮮な光景でした。 夢のような半日を過ごした後、天売島(中央)を後にして焼尻島(左)に寄ってから羽幌港に戻ると、
文字通り地に足が着いたというか、現実の世界に引き戻された気がしました。浦島太郎のように。
古地図上では、焼尻島の名は古くから「ヤンケシリ」と記されており、エハンケシリ(=近い島)が語源だとか。 天売島は「テウレ」(=魚の背腸)だと言われても不可解だし、チェウレ(足)だと解釈すれば納得できても真偽の程は不明で、焼尻島の形だって足跡に見えます。 かなり古い時代から蝦夷の地図には羽幌沖に島が二つ描かれていて、昔は両方を合わせて「ヘウレ島」だと解釈されていた節があります。 そのうち、手前にある島を「ヤンケシリ」と呼ぶようになったと考えられますが、時代によっては奥にある島に「ヤンケシリ」と書かれて手前の島に「テウレ」と書かれていたりします。まぁ、蝦夷ヶ島の沖合いに浮かぶ小島など、どっちがどっちでも構わないという程度の扱いだったのかも。
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