カレンダー
プロフィール
作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。
最新のエントリー
リンク集
コメント
検索
2015年09月30日
ウチから出たマコトが、岐阜戦で挨拶して回ってました。 CONSA BASE でリラ・コンサの公式マスコットを売ってたので、喜んで買ってきました。 差し当たって1個だけですけど。 リラックマ・コンサドーレのキーチェーンえ? 公式マスコットじゃないの? 他に無いっショ。
以前に冗談で「リラ・コンサのマスコットはリラックマだ」と書いたことがありますが、そんな見当違いの熱望を斟酌してリラ用に新しいマスコットを作ってくれたようです。←違 横に並んでたドーレくんの羽根でひっ叩かれたら、ひとたまりも無くブッ飛ばされそうなクマですが・・。 リラ・コンサは「Lira」だし、リラックマは「Rila」だという違いはあるけれど、そこはそれ、「L」と「R」の区別がつかない日本人ですから。 そのリラ・コンサは、札幌なでしこリーグを2位で終えました。→結果 優勝した北斗高校は7戦全勝し、リラ・コンサは北斗高校に負けただけで残り6勝、しかも北斗高校の唯一の失点はリラ・コンサが奪ったものだから、負けたとはいえ一矢を報いたどころか先制したんだもの。
【仁義好かん ぬいぐるみ】 シースペースで、ジンギスカンのジンくんのお友達である、ギスくん、カンくんのぬいぐるみを予約販売するとのこと。 道民なら、この御神体を神棚か仏壇に飾らなきゃ。 うちには(コンサバージョンじゃない)ジンくんが既にいるので、もう一体を養子にしようと思って予約しました。 ユメミを選ぶかゴメスを選ぶか、だな・・どっちかと言うと、持ってるキャラが逆のような気もするけど・・案外違うのかも。 どっちの子を予約したかはナイショなの。 どうせなら、ジンギスカン鍋を象って肉や野菜を乗せた帽子を作って欲しいな。←笑われるよ
【新監督就任記念コラボ商品】 ハーフタイムパーティーで入手した宮の沢銘菓その名も「コンサドーレせんべい」
厚別でも追加販売ぃ~!・・即完売かと思ったらドームでも売ってて、毎試合限定200箱なんでしょうか。 オフィシャルのせんべいを作るのなら・・四方田新監督の就任を記念して、ローソン様あたりから新商品など出ないもんかなぁ。 小野伸二バージョンの抹茶シュークリームに似せて緑色に変わりは無いけれど、抹茶じゃなくてヨモギを使ったシュークリームとか作らないかなぁ。 ネーミングは当然・・「よもシュー」がいいな。←怒られるよ
【何かが起こる天皇杯】 天皇杯の1回戦では、ゴールネットが外れるアミューズメントハプニングがありました。 この間、主審はロスタイムが何分になるのか分からなくなってしまったような・・。 2回戦で、雨上がりの空を背景にしてバックスタンドのポールに翻る旗たちでも、NHKの旗が何か変だな・・ロシア語なら「インク」と読めそうだ。 左右逆かと思ったら上下方向にひっくり返されてて、つまり逆さ吊りにされてるような・・これって嫌がらせ? 大会プログラムの表紙に「ジャイアント・キリングを起こせ」と書いてあるけれど、籾井会長が怒って暴言を吐きそうな・・。 ハーフタイムにトイレへ行って席に戻って来たら、正しい向きに直ってました。 せ、千円札も落ちてたんですってぇ? 3回戦でも、忘れられないほど強烈で試合内容より記憶に残るような、楽しいパフォーマンスを期待します。
【和風のしょうゆ】 先日、ショッピングセンターでパック入りのサラダを買ったら、底の方にドレッシングの小袋が入ってました。(いらないのに) その小袋には「和風しょうゆドレッシング」と書かれていました。でも・・しょうゆって、元々が和製の調味料じゃないの? 和の調味料の頭にさらに「和風」を付け加えるって、どういうことなの? これが例えば、洋辛子やサラダオイルなんかを混ぜてあったら「洋風しょうゆ」という言い方もあろうけど・・。 ドレッシングの小袋を開けてみると、オイルが混じっててドロドロしながら出てきました。 一体、これのどこが「和風」なんだか・・これこそ「洋風しょうゆ」と呼ぶべきであるし、精々「しょうゆ風味ドレッシング」あたりしか妥協できないけどなぁ・・。
秋ですねぇ。(ハローウィン)→パンプキンンパイ・・ぢゅる。秋ですねぇ。(山ぶどうの実)→ワイン・・ぢゅる。
秋ですねぇ。(栗のイガ)→モンブランケーキ・・ぢゅる。
秋は食べた分だけ燃焼させなければ太る、と分かってはいるのですが、食欲に勝る運動なし。
王子様がシンデレラ姫を探しておられます。可及的速やかにお城までお越し下さいませ。
2015年09月19日
日本クラブユース選手権U-15に伴う帯広遠征Part2として、ノックアウトステージに宛てていた3日間のうち、2日目で敗退してしまったため、翌日も費やしてゆっくり帰宅することにしました。 今回は十勝地方と日高地方の観光地などを紹介します。 太平洋に突き出た襟裳岬を巡るルートを「とんがりロード」と表現することは最近知ったんですが、他に「日勝半島」という言葉も創られたらしいです。 新しい物を創ったつもりでも、実は模倣だった・・という場合もありますが。
旧国鉄広尾線の広尾駅には、広尾線鉄道記念館という資料室があるけれど、以前に「国道が途切れた先は渡し船」という記事の折に訪れた時には朝早過ぎて開いてなかったので、今日はリベンジです。 軌間ゲージなどの鉄道用品が展示されていました。
旧駅舎の向こうに見える大丸山森林公園には展望台があるので、
久し振りに(車で)登ってみることにします。 展望台からは、こんな景色が見えるはずで、
左下の中腹に見える三角屋根は「サンタの家」です。 今日はちょっと霞んでましたが、広尾市街と十勝港を見下ろせました。
日頃の行いが良いから晴れる・・のであれば天気予報はいりません。笑 黄金道路をひた走って、襟裳岬まで来ました。
日高山脈は北海道の背骨に喩えられるので、ここは尾底骨に相当するんでしょう、きっと。 世の中を明るく照らす襟裳岬灯台も、今は昼行灯状態
アメダス「えりも岬」・・傾いてないか?
この岬には「風の館」という施設があって、結局、南極、「風極の地」とされています。
襟裳岬って、風と岩と波と灯台が見物だろうと思うんだけど、なんだかアザラシが主役になっているようで、変な感じ。 捕獲されることになったんだから、のんびり岩の上で寝そべってる場合じゃないのに。 恐怖じゃなくて、強風を体験する風洞室
風速25m/sって、そんなに極端な強風じゃないけれど、この扇風機を回すようになってから、反作用で地球の自転速度が少し早くなったとか。←ウソです。 ガラス壁に描かれているマリリン・モンローのようなキャラは何者か? を調べたら、説明がありました。 「岬 襟萌」(みさき えりも)と、「千島 霧夏」(ちしま きりか)という女子中学生だそうで・・「襟萌」ちゃんの方は何でスパッツ姿なの? と思ったら、ラクロス部(部員2人)に所属してるんだそうです。 えりも町の「郷土資料館」「水産の館」に寄りました。
昔の道具を展示してあるし水槽で魚を育ててるしで、資料館と水族館がゴッチャになったような施設ですが、地元の歴史や産業を学習するには良いと思いました。 アポイ岳の麓・様似町にある「アポイ岳ジオパークビジターセンター」を訪れました。
背後に聳えるアポイ岳には大昔に登ったことがあります。 施設名を刻んだ緑色のモニュメントは「かんらん岩」で出来ていて、普通は地球内部のマントルでしか見られない「かんらん岩」が、日高山脈の造山運動によってこの辺では地表に露出しています。 日高山脈という背骨が圧迫されて軟骨が飛び出した「椎間板ヘルニア」のような現象かも。 周辺の地形や地質に関する展示はユニークだし、近隣のジオサイトには説明板が立っていて分かりやすいです。 かんらん岩は、北大総合博物館のモニュメントなどにも使われています。
三石まで来て夕方になったので、みついし昆布温泉「蔵三」に浸かって旅の疲れを癒し、道の駅で眠りました。
昔は坂の上にあった温泉ですが、平地に移転してきました。 翌朝に明るくなって間もなく、蓬莱山(ほうらいさん)を巡検しに行きました。
三石川の傍に屹立した小山が取り残されています。 麓には漢詩を嵌め込んだ石板と、北海道文化財百選「蓬莱山の岩」という碑があり、
岩山の基部には祠もありました。
この岩山は珍しい岩石で出来ているそうで(北海道地質百選「三石蓬莱山の角閃岩」)、北大構内にある「聖蹟碑」は、わざわざ三石から(三っつの?)石を運んで作ったらしいです。
この後、苫小牧から札幌へ向かわずに、室蘭で行われるノルディーアのチャレンジリーグの試合を見に行きました。
選手と手をつないで入場するはずの女の子が嫌がってしまい、仕方なく母親が引率して入場したという・・GKだけユニの色が違うもんねぇ・・頭を撫でられても近寄らない。笑 試合は(1-0)でリードしていたのに、後半のロスタイムに失点して同点となってしまいました。(1-1) しかも天候は霧雨で寒かった。 この看板の背景画は、ライトアップされた測量山の写真だということに気が付きました。←今ごろ
この2・3日後、火災になったフェリーが曳航されてきて、しばらく埠頭に繋留されていました。 帯広から札幌の自宅まで帰るだけなのに、540kmも走ってやっと辿り着いたという・・まぁ、アジア人が北米を経由して南米まで到達したグレートジャーニーに比べればミニトリップですけど。
2015年09月07日
前回の記事に書いた日本クラブユース選手権U-15の折に、十勝地方や日高地方などを探索してきました。 二回に分けた紀行文のうちの第一弾として、今回はグループステージの試合の合間に見聞した、十勝地方の歴史的建造物などを紹介します。
定宿である道の駅「しかおい」の前にいたシカ朝早く清水町へ向かう途中で、どう見ても駅逓の雰囲気なので寄ってみました。
「クックガルデン」という特産品販売所で、甘味処でもあるらしいです。 ここは「クテクウシ駅逓」があった跡に駅逓を模した建物を再現したらしく、東ウリマク駅逓の看板(の写真)も見えます。
周囲には「鹿追発祥の碑」もあり、この辺が鹿追町発祥の地なんだそうです。 「ク・テク・ウシ」とは「仕掛け弓でいつも鹿を捕る処」という意味らしく、それが鹿追の地名になったとか。 芽室町の奥にある「松久園」(まつひさえん)の建物を見学
この家は、岐阜県より渡ってきた松久さんが大正7年に住宅として建て、現在はニジマス料理店として古民家をほぼそのままの形で転用しています。
夕方に大樹町の海岸へ向かい、生花苗沼の近くに晩成社跡入口がありました。この藪をこいで進む訳ではなく、 車が通れる道を進むと「晩成社史跡公園」があります。
十勝開拓の祖・依田勉三の晩成社は、こんな配置になってたそうです。 物置のような開拓小屋が建っていました。
「依田勉三翁住居」と書かれた標柱が寄り掛かっています。
依田勉三は大正4年までここに住んでいたそうですが、今は豚もいません。 玄関正面の台所と風呂場・・流しの下に置かれているのが、ひとつ鍋でしょうか。
その右手には四畳の居間と茶ぶ台
開拓初期は生活が極端に苦しく食事も粗末で、客人が豚の餌と勘違いするほどだったとか。 ここは井戸の跡
そして天然の省エネ冷蔵庫である室の跡
現在の牧場・・豚も成長して牛になったようです。
などと見学して車に戻ったら蜂が飛び回っていたので、急いで乗り込んで窓を閉め、退散しました。
日中に暑くて汗をかいたから、海岸にある晩成温泉に浸かります。向かい(手前)に晩成の宿「原生花園」という安い宿泊施設もあるし、キャンプ場もあります。 眼前に太平洋を眺められます。浴室はもっと海に近いですが、さすがに防水じゃないカメラを浴室までは持ち込めません。
いい気分で風呂から上がると・・最速で降格した2012年の防火ポスターを貼ってありました。
食堂があったので海鮮の丼を食べてると、珍しい知人に遭って互いに「なんでこんな所で・・」と。 彼は仕事で来てて晩成社史跡公園の近くでスズメバチに刺され、病院で点滴を受けたそうです・・まさか、あの蜂じゃあるまいな。
翌日の早朝に、♪花咲く六花亭の「六花の森」に寄ったら、入場券のスタンプが前日の日付のままでした。 「マルハナバチ」が花粉を集めていました。こんな図体のデカい蜂が飛んで来たら大抵の人は逃げますけど、この蜂は花を愛する優しい蜂であって、掴んだりしない限り刺しません。 夕方に訪れた「士幌町発祥の地記念公園」にも開拓史跡があります。
「美濃の家」と呼ばれる岐阜様式の屋敷
以前に見た田守邸(富山様式)などと似ており、松久園が岐阜で川西町の川原家と中札内村の開拓記念館が富山となると、十勝って中部地方からの流れ者が多いのか・・? 時間外なので玄関の外から土間とカマドと台所を写す
窓の外から覗く居間と茶箪笥
庭に井戸がありました・・依田勉三の住居と同じ展開。
「この公園内での洗車はご遠慮願います」と書かれています・・そんな人がいるんだぁ。 隣に「伝統農業保存伝承館」という体験学習館?もありました。
![]()
帯広市の電信通りの商店街には面白い建物が多いです。大正2年に建てた旧岩野商店
モダンな銭湯の「櫻湯」・・営業再開しないかな。
広告にしては目立たないデザインと色だなぁ・・と思ったら、
芽室町の「高嶋コンクリート工業株式会社」の広告で、コンクリート打ちっ放しの壁面を表現してるようです。会社のHPには、このバスの写真も出てきます。
なかなか開館時間が合わなくて未訪だった「本別町歴史民俗資料館」に来れました。通常は本別町の歴史的な資料を展示していますが、この時期だけに広島原爆の遺物を展示してあり、特別展として本別空襲の資料もありました。 昭和20年にホントは帯広を空襲する予定だったんだけど雲に遮られていたので、代わりに雲の隙間から見えた本別を空襲したんだそうです。爆撃した本人達もそこは隣の池田だと勘違いしていたとか。 1932年のロサンゼルスオリンピックの馬術競技で金メダルをもらった「バロン西」こと西竹一の貴重な資料もあります。 彼は軍馬補充部十勝支部に配属されて、本別町に滞在していたことがあるそうな。 暗くなる前に、急いでナイタイ高原牧場へ行きましたが、予想通り濃霧の中でした。 ここは行き止まりにある「レストハウス」
晴れていれば景色が良いらしいですが・・ 「家畜感謝の碑」が立っていました。
![]()
以前にふざけて「十勝ではケーキを鍋で買う」と書いたことがありますが(記事)、ホントにカレーライス用のカレーを(タッパーじゃなくて)鍋で売ってくれるんですよ。 半信半疑でしたが、「鍋で売ります」という表示をコンビニで確かに目撃しました・・おでんだったかな。 考えてみれば、家族4人分のおでんをスチロール丼に分けて渡すなんて、合理的じゃないですよね。 具材を必要なだけ鍋に入れてもらい、帰宅してそのまま火にかけて温めれば良いんですから。
カレンダー
プロフィール
作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。
最新のエントリー
リンク集
コメント
検索