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作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。
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2012年11月30日
11月23日(金・祝)の14時から宮の沢サッカー場で、Jユースカップ決勝トーナメントの2回戦となる、コンサ札幌U-18とアルビレックス新潟ユースとの試合が行われました。 ・・と書くつもりだったんですが、会場が変更になったのか(最初からその予定だったのか)、ホームゲームどころか中立地とも言い難い愛知県刈谷市で行われることになり、せっかく空けておいた3連休の初日がフリーになってしまいました。→オフィシャルのニュース しかも、その試合に勝ってしまった(ニュース)上に、11月25日に行われた準々決勝でセレッソ大阪U-18にも勝ってしまったんですから(決勝トーナメント表、オフィシャルのニュース)、こうなったらもう、空想で試合の展開をレポするしかないですね。←おぃ
・・正気を取り戻して・・職場で組織替えと模様替えがあり、私の机を置く階も変わりました。 机を運び上げたり下ろしたりするのは大変だし、机の規格が同じなんだから、文房具や書籍を入れたまま引き出しごと引き抜いて自分で運び、移動先の机に差し替えます。 今回の模様替えは規模が大きいので共有備品も整理し、古くなって使わなくなったり傷んだオフィス用品や作業道具などは、当然ながら捨てることになります。 使いそうもない道具類をまとめたダンボール箱の中に、36色の色鉛筆セットや、三角定規や特殊な製図道具も入ってて、それらに混じって大きな計算尺が見つかりました。 これが、そんじょそこらの計算尺とは違って、幅は自宅にあるヘンミ計算尺の1.5倍くらいあり、両端の固定金具やカーソルも頑丈だし、三角関数も含めて表も裏も10種類ずつの目盛りが並んでいます。裏側の目盛りの隅には「MADE IN GERMANY」と刻まれていました。 萌:「こ~れは、すんげぇ高級な計算尺だっ!」 と叫んだら、 あまり若くない女性社員H:「これが計算尺という物ですか?」 だって。 萌:「あぁ、計算尺を知らないか・・だろうなぁ。」 H:「計算尺という名前の道具があるという話は聞いたことがあります。」 萌:「むぅ・・」 Y:「どうやって使うんですか?」 萌:「こうやって使うんだよっ。」ボカッ! Y:「いってぇ~・・」 (一部に妄想というか願望?が含まれています) そうだよねぇ・・自分が学生の頃に電子式卓上計算機が世に出てきたんだから、それより若い世代は電卓しか知らないのも当然だよな。 そう言う私だって、タイガー計算機は見たことがあるし回して仕組みを調べたことはあるけれど、計算する目的で使ったことはありませんから。 某博物館に展示してあったタイガー計算機
横に使い方の説明書も置いてあり、実際にハンドルを回して動作を確かめられます。 昔は商店に手回しレジスターという代物があって、金額のボタンを押し下げてハンドルを回すとチーンという音がしたなぁ・・タイガー計算機と似たようなメカなんだろうな。
2012年11月27日
北海道女子リーグのノルディーア北海道は、来年のチャレンジリーグに参入すべく、入替戦を闘っていました。 参入できる最後のチャンスとして、チャレンジリーグ12位の「JSCL」(JAPANサッカーカレッジレディース)と闘うことになり、その第1戦(ホームゲーム)が11月10日(土)に室蘭市の入江運動公園陸上競技場で行われました。 主目的は後半の段なので、試合経過を思い出しておさらいする程度のレポとします。
室蘭から元気を!!・・今年は室蘭で試合が無くて済みません。室蘭は工場夜景の鑑賞ツアーで脚光を浴びてるようですが、省エネ・節電の時代にどうなるんでしょう・・目玉の精油所も稼動停止するらしいし。 今年もやって来ました、通い慣れたる入江のサッカー場。
ピッチが綺麗だなぁ・・雲はほとんど無く、西寄りの風が強くて寒いです。 ノルディーア(ピンク) vs JSCレディース(白)
半袖と長袖との闘いになりました。 スコアボードはありますが、名物の手動時計はありません。 困りましたね。 まさか苗字で「○○くん」とは書けないし「○○さん」はピンとこないし、名前で「△△ちゃん」と書くのは失礼に当たりそうな選手もいるしで、従来通り敬称略で書くしかありません・・少女A? 6分のチャンス・・と言ってもまだ中盤での展開
26分に左サイドを上がるチャンスとなり、最後に丁が打ったシュートはサイドネットでした。
39分に鈴木がインターセプトして右サイドを突破します。
43分にも左から高橋利・丁・冨田で攻め上がったけど明らかにオフサイド
前半は得失点なく(0-0)で終わりました。 後半5分に、右クロスを押し込まれて失点しました。(0-1) 15分に有田が左奥に迫るチャンス
しかし16分にも左から打ち込まれて失点し(0-2)、
33分にはループ気味のシュートで失点し(0-3)、 41分の左CKはクリアされて、
(0-3)で敗れました。 入替戦の第2戦は、11月18日にJSCグラウンド(新潟)で行われ、JSCLが(1-0)でノルディーアに勝って残留を決めた一方、ノルディーアのチャレンジリーグ参入はなりませんでした。
アメダスならぬ「室蘭地方気象台」は3年前の試合の帰りに寄ってきたけど、後から考えると、室蘭には「ウインドプロファイラ」があるはずなのに見当たらなかったよなぁ、と不思議に思いました。 気象台は丘の上の狭い土地に建ってるから、庁舎の周辺にウインドプロファイラを置けるような場所は無いはずで・・だとすれば、他所の土地に設置してあるんでしょう。 ウインドプロファイラの標高を調べたら3mなので、ならば眼下にある追直漁港の近くかな?と思って航空写真を調べても見当たらず。 緯度経度を調べ直すと、入江競技場の近くに並ぶ埠頭の周辺に当たるようです。 その辺りの航空写真から丸くて白い構造物を探すと見つかり、場所が分かりました。 試合開始には間があるし、天気は下り坂の予定なので試合よりも先に寄りました。 ウインドプロファイラ観測所の全景(2012/11/10)検疫所の隣で、左は洗車場でした。 送受信部を覆うドーム・・バレーボールのような継ぎ目
右側の小屋に、電源や演算処理・データ格納・通信などの装置を収納していると思われます。 説明と注意書き
航空標識とか防衛設備とかにも勘違いされそう。 道内で他にウインドプロファイラを設置してある地点は、留萌と帯広です。 留萌のウインドプロファイラは→オロロンラインでの責め苦、帯広のウインドプロファイラは→ぬかびら源泉郷と馬事公苑に掲載してあります。
2012年11月23日
前回のニセコと蘭越に続いて、今回は黒松内と寿都のアメダスを紹介します。 地名の「歌棄」は「うたすつ」と読みますが、昔は原語に近い「ヲタスツ」と呼ばれていました。 札幌市内の、ある博物館(のような施設)を見学に行った折、解説付きツアーの一行が近付いて来て学芸員の説明が聞こえ、「うたすて」と言ってましたよ。ぶったまげたなぁ。 江差追分の一節に「忍路高島およびもないが せめて歌棄磯谷まで」という歌詞がありますけど、この意味が一般に流布しているロマンスな説明とは全く違って、商圏の拡大を狙う強欲な縄張争いに由来していることが判明したそうです。 それでも、真相は敢えて伏せられたまま歌われ続けて今日に至っているという・・。
アメダス探訪「黒松内」の巻(2012/11/4) 蘭越から黒松内に向かって道の駅「くろまつない」に着いたらちょうど正午になったけど、かなり込んでたので食事をせずに退散しました。 黒松内の市街地へ入る手前で、朱太川沿いにきれいな崖が見えました。地質の世界では「黒松内層」と命名された地層があり、ここがその代表的な露頭です。 不整合の見本もあって、ちょうど歌才ブナ林駐車公園の対岸にあるので、観察しやすいです。 アメダスは、何かの官舎が並ぶ街角に立っていました。
真後ろが消防署、右奥が除雪センター?のようです。 俗に4要素と呼ばれる、気温・降水量・風・日照の他に、積雪深も測っています。
道路には近いけど、幹線道路じゃないので交通量は少ないです。
どんよりした小雨の天気なので、ブナ林散策などの道草はせずに寿都へ向かいます。
寿都湾の海岸沿いに、風車がたくさん並んでいました。
長万部から寿都に向かって低地が伸びており、南東風や北西風がこの地峡を通る時に収束されて(=集められて)、強い風が吹きます。 その強風を利用して発電しようという企みですが、これらの風車は罪の無い渡り鳥を虐殺するための死刑台になっています。 種類は識別できなかったけど、強風に抗して羽ばたく鳥の群れ
カモメは強風を利用してホバリングし、人間を見下ろしながら遊んでました。 低気圧の通過後なので北西の風が強く、かなり海が荒れていました。
アメダス探訪「寿都」の巻(2012/11/4) 寿都測候所は廃止されて特別地域気象観測所に変わり、庁舎も無人になっていました。奥の建物は裁判所です。ここは道内でも比較的古い1884年に開所され、最近の1989年に現在地へ移転しました。 寿都測候所で観測された最大風速の記録は49.8m/s(1952/4/15)で、これは道内全ての気象台・測候所の中でも最大の記録です。 露場のフェンスに貼られた標板
雨雪量計と温度計と視程計
積雪深計:平年値で70cmくらいは積もります。
測風搭の風速計と日照計と通信アンテナ
観測所の緯度・経度・標高の基準となる標石
現在地に移転する前の測候所は、この岬にありました・・と言っても岬なのか何なのか分かり難い写真ですが。
突出した岬の上だから風が相当に強かったのに、内陸側に移転した後は風が弱くなり(平均風速で3m/sくらい、最大風速で10m/sくらい)、風向の特性も変わって統計が切断しました。 寿都の道の駅「みなとま~れ寿都」に寄ったら期待外れでガッカリ・・空腹になってきたけど我慢して、郷土の歴史資料を買いました。 寿都では、珍しい運動会が行われていたんですねぇ。→むしろ小屋の並んだ運動会
この記事のタイトルに使っている「歌棄」地区に寄ります。商家だった橋本家の屋敷があります。まるで本陣。
ここは鰊漁の網元ではなくて、流通業で財を成した家です。 その建物を活かして「鰊御殿」という旅館を経営していましたが、女将さんが高齢になったため最近になって廃業しました。 正面に掲げてあった「鰊御殿」という看板を外した後も、バス停の名前は相変わらず「鰊御殿」のままです。
屋敷の向かいに神社があり、「~せめて歌棄磯谷まで」と刻まれた石碑が立てられています。
その隣には船が出入りしたり繋いだりする波止場と、
鰊が入ったまま網を保管しておく「袋澗」も残っています。 寿都湾の方向を見返すと、先ほどの風車が見えます。
海は今時期の低気圧でもかなりの荒れようですから、台風や冬の季節風時にはどうなるか・・。 少し離れた場所に「佐藤家」という網元の屋敷があります。
屋根に乗せた六角窓がオシャレですが、改修中でした。(そもそも非公開) 由来を説明する看板
裏手に増築した物置部屋(土蔵?)は崩壊していました。
この辺はバス停留所も鰊御殿を模してあります。
後ろの家のケバいこと・・ さらに種前地区には、レンガ造りの倉庫がありました。
旧岡田家倉庫なんだそうです。 昔風のレンガ蔵も残されており、こっちは貴重品庫だったとか。
なんだか、タイムスリップして自分が網元になったような錯覚に陥ります。←船酔いする人間が網元に?
昼食のチャンスを逃してかなり空腹になったので、最近発行された?見知らんガイド2012年版に掲載されている(←また歯周病か)、レストラン「toit vert」(トワ・ヴェール)に寄ります。「toit」は屋根、「vert」は緑という意味で、そのまんまの外観(というか命名)をしています。
正式な施設名は「黒松内町特産物手作り加工センター」というらしく、ここはずっと昔から訪れていますが、2階にレストランが併設されるようになって昼食に寄ったら混雑してたので諦めたことがあります。 天気は雨降りだし昼時もとっくに過ぎた時間帯だったので、客はワタシ1人だけの貸切状態、ワンマンショーでも披露宴でも好きなことが出来そうでしたが、お上品に食事します。 メニューの種類は多くないですが、かぼちゃグラタンとチーズサラダを所望しました。 すると、加工場謹製のベーコンのエキスだけで味付けしたスープが無料で飲めるというサービスがあり、ランチセットなどを注文するよりもお得でした。 窓の外の景色も・・雨天でなかったらさぞかし・・。
スタッフの対応が良く料理も美味しかったので、お礼のつもりで加工品のソーセージを買い求めてしまい・・そういう戦略なのか。笑 道の駅「くろまつない」に併設されて、「toit vert II」(トワ・ヴェール ドゥー)という施設があり、こちらの正式名称は「黒松内町特産物展示販売施設」というそうです。 そんなに漢字をたくさん並べるなんて、フランス語の愛称とは相容れない表現だろ。
これで、後志地方のアメダス13地点は全て踏査しました。 現在までに、石狩・空知・後志・胆振・日高・十勝は(空知の赤平を除いて)全て終わり、空知の沼の沢は今日やっつけて、既訪は111ヶ所(半数以上)になりました。 八十八ヶ所巡りを超える道内百アメダスなんて、何年先になるのかと思ってましたが、要領が分かってくると1日に何ヶ所も捗るものです。 今年中に探訪するとすれば留萌中部・北部と上川北部が一番近いけれども、それぞれ日帰りで往復するのはアホらしいし、両地域を一筆書きで回ると泊りがけの旅になってしまうので、来年の課題として先送りになるかも。 渡島や檜山ならばついでの機会もありそうだけど、宗谷とか網走とか根室なんて、生きてるうちに訪れることが出来るかどうか・・未練を残して死にたくはないな。
2012年11月21日
風雨が強かった11月の第一日曜日に、後志地方のアメダス4ヶ所を探索してきました。 今回はニセコと蘭越、次回は黒松内と寿都を紹介します。 前日の土曜日は一日中雨が降りそうだから、さすがに出歩かず引き篭っていました。 日曜日は朝に雨が降るけれど天気は回復する見込みだから、まだ雨が降ってた早朝に家を出ました。 倶知安のアメダス(特別地域気象観測所)は以前に「赤井川カルデラにも黒曜石」という記事で紹介済みですが、合同庁舎に移る前の測候所時代の建物があったことを思い出して、今回の途中で寄ってみました。 他にも、鉄道関係の遺物などを見学してきました。
倶知安測候所は、かつて街の中心部近くの国道脇にありました。 奥が測候所の庁舎だった建物で、今は寮か下宿かという雰囲気です。手前の土地に百葉箱が立っていて、積雪が深くなった場合には、百葉箱の高さを変えられる仕組みになっていました。 国道を挟んだ向かい辺りに営林署があったのに、今はパチンコ屋に変わっていました。 次に、「六郷鉄道記念公園」を訪れました。 倶知安風土館や小川原脩記念美術館の近くにあります。(赤井川村へ通じる道路の近く) これが、旧・国鉄胆振線の線路跡だと思われます。
ここを進めば目的地に行き着けるはずなのに途切れてました。 胆振線の六郷駅だった跡地が公園として整備されています。
小学校の頃は倶知安に住んでいたけど、倶知安駅を出たらすぐに次の六郷駅に着く感じで、隣町の駅というよりは街外れにある駅という認識でした・・札幌駅の隣にある苗穂駅のような感じ。 客車と緩急車を展示してありますが、機関車がありません。
次の駅は参郷だったよな・・後方は東小学校です。 SL(9669)の動輪だけを展示してありました。
ホームはオリジナルではなくて、後で作ったものです。 中心部の文化福祉センターの前に保存されているSL(79615)は、前照灯が両側に付いている型で「2つ目羊蹄」と呼ばれるらしいですが、気にしたことがありません。
運転席に座れて、釜にも触れます・・ヤケド注意。
ニセコに登る道路の陸橋から倶知安駅の構内を眺めるの図
胆振線のレールが無くなったので、右側のホームが使われることはありません。 今年の冬のJRダイヤ改正で、遂に「スキー列車」という臨時列車が無くなったそうです。 駅の裏に総合体育館がありました。
昔はここに機関庫があって、手前の駐車場の位置に自宅(官舎)がありました。その頃は陸橋じゃなくて踏切だったんですけど。 向こうの山が、レルヒ少佐がスキーを紹介したという「旭が丘スキー場」です。
・・というか、私が毎日のように滑って上達したゲレンデ、と言った方が分かりやす・・くはないか。 昔はスキー場の麓に「伊井オブラート工場」(現:伊井化学工業株式会社)の煙突が立っていたので、その辺りに行ってみると、創業者「伊井億右衛門」の銅像が立っていました。
さらに下の方に工場があるんだけど、寄らないで引き返しました。
羊蹄山の麓にある道栄紙業の工場に敬意を払いつつ通過し、 ・・やっと、 アメダス探訪「ニセコ」の巻(2012/11/4) ニセコの道の駅を通過してさらに進むと、ニセコ連峰を背にして虹が架かっていました。山麓には雪が積もって白くなっていました。 予想してた道が行き止まりになってたので少し戻り、
宮田小学校と書いてある校門を入ると、郵便ポストが脇にありました。 でも、平成15年に開校百周年となり、平成18年に閉校してました。
自分の行く所、学校は閉鎖される運命にあるのか? 校舎の左側にある体育館は、珍しく片流れ屋根の構造でした。
ここは多雪地帯ですから、積もった雪を落ちやすくする設計なのでしょうか。 アメダスは校庭の隅に立っていました。
左側の住宅は、いかにも教員住宅だった雰囲気です。 ここでは雨量だけを測っています・・トイレの横なのかっ!
引き上げようとすると、将棋の駒のような形をした青いトタン板がうち捨てられており、落ち葉に埋もれていました。 草を払うと・・「二宮さんにも まけないよい子に なりましょう」と書いてあるようです。
人の気配を感じて顔を上げると・・「おい、こら! そこで何してる?」
わっ! ・・と聞こえたのは他人の空耳だったようで、小学生になんか負けまいとタブレット端末で勉強してるだけでした。
しかし、金次郎くんの看板がうち捨てられているようでは、道徳も地に落ちたのでしょうか。 旧校舎を調査・・ハイカラな時計搭があり、スキーの風景が描かれていますが、時刻は全く合っていません。
正しくは11時28分で、虹の手前ですから。横側の時計は4時45分を指してたし。 この施設は、地域特産品を開発するために提供されたようです。→参考
ニセコビールって知らなかった。 体育館と郵便局が同居してるなんて、初めて見ました。
だから校門の脇にポストがあったんですね。
アメダス探訪「蘭越」の巻(2012/11/4) アメダスは街外れの運動公園にありました。後ろにある温室のような建物はプールです。
周囲には公営住宅のような建物が沢山ありました。
北北西の風が冷たいよぉ。
駐車場(とトイレ)の横にあるのが難点かな。
さらに、ブナ北限の町・黒松内へと向かいました。 つづく。
2012年11月18日
今年になって霊園内で見かけた、興味ある墓石などを紹介します。 題して、ハカ・ウォッチング2012・・ハガでもバカでもないし、毎年続くとは限りませんけど。 もうそろそろ雪が降って、積雪状態になったら霊園は閉鎖されます。 正確に言うと、閉鎖はされないけど道路を除雪しないから、自家の墓地まで行き着けなくなるのです。 車で入れないのなら歩くスキー・・は禁止されています。墓石などを破損させる恐れがあるからでしょう。 春まで墓参出来ないどころか納骨も出来ませんから、今の時期に亡くなった人は、春まで自宅待機を強いられます。
隙間に生えた木で押し広げられて、納骨口が開きそうです。来年あたりは内部が見えるかも。←天岩戸? トトロ風な梟の置き物:灯篭になってるのかな?
やさしい人に 会うと 心がぽかぽか ぽかり
全く別の場所なんですが・・似てる。
霊園内のトイレだって断水します。
停電になったら、火葬も出来なくなると思うんだけど・・棺を火葬炉に入れるのも電動だし、バーナーだって電子制御だから、停電になりそうな時間帯は火葬を避けるんじゃないかと思われ・・。 雲からも風からも土からも 透明な力が そのこどもにうつれ by かずゆき
哲学だな~ こっちは不死鳥だぜ
その裏側にはサッカー少年
他の場所で:祝卒業 ○○サッカー少年団
見えねぇーよ
でも放置中ではなく、ちゃんと花が供えられていました。 ガラスが曇ってるけど、内部に仏様が鎮座しています。
宇都宮家という邸宅の横に、珍しく英語の碑文があったので読んでみ(ようと努力し)ました。
Tsutomu Utsunomiya さんが、永年にわたるホルスタインの生産と後進の育成を通して酪農業界に果たした貢献に対し、World Dairy Expo から表彰された、ようなことが書かれているらしいです。 向かい合って立ってるレリーフには、
町村農場かエドウィン・ダン牧場か、と思うような風景が描かれていました。 へぇ~・・と思いながら碑文を読み直したら、最後には代表者のサインに続いて Ronald Reagan President United States of America と書いてあるじゃないですかっ!
アメリカの大統領から連名で表彰されたって、どういうことなのか帰宅してから調べましたが、あまり多くの情報はありませんでした。 World Dairy Expo,Inc. のHPなどには、ウイスコンシン州のマディソンで毎年開催される「世界最大の酪農産業ショウ、セール、及びイベント」という説明が見られ・・酪農の祭典ということは、畜産共進会(博覧会)のような催しでしょうか? 日本からこれを視察しに行く、酪農家のツアーも組まれるようです。 歴代の表彰者のリストの下の方(International Person of the Year, 1984)に見つかりました。 漢字では「宇都宮 勤」と書くようです。 あまり詳しく調べてると牛になってしまいそうなので、次なるお宅へ移ります。 その隣には、大野精七・北大名誉教授の邸宅がありました。
茨城県生まれで、スキーの普及に努めて札幌近郊の山々にヒュッテを建てたり、大倉山シャンツェの建設や札幌オリンピックの開催を実現するなどして、大倉山に顕彰碑があります。→人物紹介 近くには原田與作・元札幌市長の邸宅もありました。
栃木県生まれですが、札幌オリンピックを招致した市長ですから、栄誉市民になっています。 この辺は広い敷地に大きな屋敷ばかりで、しかも有名な人が多くて、迂闊に歩けないな。 ・・かと思えば、こんな簡素なお宅もありました。
色々と考えさせられます。 自然の恵みに感謝して・・
美味しゅうございました。←まさか・笑 この日と前日は、飛行機雲がよく出来ていました。
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火葬場って、奥が深いんですねぇ。色んな意味で。 詳しく知りたい方は、「西野神社 社務日誌」というブログに「火葬場」という記事があります・・すんげぇ。
2012年11月15日
・・北海道にそんな地名はありません。 by セルジオ・メンデス もう、いつの話だったか・・記録的な暑さもようやく収まって秋めいてきた日、上川地方のアメダス地点に続いて、留萌南部のアメダス地点を調査しました。
アメダス探訪「幌糠」の巻(2012/9/23) お寺の境内にあるかと思ったら違ったけど、遠くに見えました。ここだと思う・・以前は農協だった、という雰囲気の建物です。
裏に回ると・・屋根の棟と同じ程度の高さかな。
測器の近景、左奥がお寺です。
風速計と積雪深計の投光部
星霜百年、開拓の歴史
例によってパークゴルフ場があります。
アメダス探訪「達布」の巻(2012/9/23) 朱鞠内から霧立峠を越えて来ると、小平蘂川を小平ダムが堰き止めた「おびらしべ湖」がありました。この山って、手前側が崩れ落ちたように見えます。
道内一長い、湖上橋だそうです。 途中に、天塩炭鉱の遺構がありました。
薪の時代、石炭の時代、石油の時代、原子力の時代・・次は? 巨大なホッパーの廃墟で、近過ぎて画面に収まりません。
アメダスは倉庫に隠れていました。
ゆとりのある敷地です。倉庫の屋根もあまり障害にはならないみたい。 測器類と地震計(左)
風速計
向かいに「達布地区活性化センター」がありました。
その右横にバスが見え、隣は「てんてつ(天塩炭鉱鉄道)バス」のターミナルになっていましたが、営業所の建物があまりにもボロいので省略。 元々はここに、てんてつ終着の達布駅がありました。
この先、増毛に寄って帰るので、途中で必然的に留萌を通ります。 留萌に来たなら、このお店に寄らなければ世間の義理を欠くというものです。聖地参拝、メッカ巡礼のような気分です。 ついに入手できましたっ! 沿岸バスの萌えっ子缶バッジ
市内には萌えっ子ペイントのバスも走ってたけど、不意を突かれて撮影できず。 礼受地区にいい感じの番屋があったので、帰宅してから調べたら「佐賀番屋」というそうですが、普段は非公開らしいです。
アメダス探訪「増毛」の巻(2012/9/23) 以前に来たことがある「リバーサイドパーク」の入口の近くにありました。「下水道管理センター」という施設の敷地内です。
周囲は畑などになっていて、環境は極めて良好です。
風速計も問題無いけど温度計の位置が低かったかも。
近くに、開拓を記念する石碑と鳥居がありました・・石碑が御神体なの?
今日のミッションも完遂したので、増毛灘(マシュケナダ)に沈む夕陽を眺めつつ、雄冬岬を回ってワタシは帰ります。 by 石川さゆり
最近、「シュ」を「シ」と発音したり、「シ」を「シュ」と発音するようになったのは、歯周病になりかけなんでしょうか。
日頃、色んな迷惑メールが届いて鬱陶しいですが、笑ってしまったメールがありました。 タイトルが「萌さんから招待状が届いています」というもので(笑)、・・招待状であることは分かったけど、いったい誰に宛てて送ってるつもりなんだよ? ・・・あ、ワタシ自身はそんな招待状を出しませんから、喜んで返信しないように気を付けて下さい。←誰が?
2012年11月12日
幌加内町観光協会あたりから怒られそうなタイトルだけど・・ 9月下旬にU-18ブロックリーグ決勝大会の試合で旭川へ行ったついでに、上川地方と留萌地方のアメダスを調査してきました。 今回は上川北部の「幌加内」と「朱鞠内」を紹介し、次回は留萌南部の3地点を紹介します。 今回の2地点は、以前は北空知に属していましたが、気象特性が上川北部に似ていることや支庁再編(振興局設置)に伴って、上川北部に編入されました。
アメダス探訪「幌加内」の巻(2012/9/23) およそ予想通りの街外れに見つかりました。ここは町の除雪センターの敷地内です。
少し離れて樹が立ってる他は何もありません。
目をわるくすることがあります。
積雪深計のターゲットに向かってレーザー光を発していますから。
これが投光部で、腕木を出してるのは珍しいです。ここは積雪が多くて2m近く積もるから、高い位置から照射するんでしょう。
向こうの山は「ほろたちスキー場」かな。 風速計と投光部
国道へ戻る途中に、歴史を感じるレンガ倉庫がありました。
旧JR深名線の幌加内駅がこの近くにありました。手前を横切っている道が線路跡じゃないかな。 次の目的地である朱鞠内へ向かおうとすると、
「そば日本一の牙城」と書いてありました(参考)・・牙城とは大胆不敵な。 この先の雲行きが怪しいと思ったら案の定、道の駅「森と湖の里ほろかない」に寄って買い物をしてるうち、土砂降りの雨になってしまって外に出られず。
「天気のいい日はバイクに乗ろう!」 by レッドバロンという看板を見かけますが、二輪車は大変ですよね・・この程度のことでめげるくらいなら二輪車に乗ってられませんが。 少し進むと日本一の蕎麦畑を見渡せる展望台がありましたが、既に収穫が終わった後だし雨天だしで通過しました。(参考)
アメダス探訪「朱鞠内」の巻(2012/9/23) 朱鞠内の市街地?に入ると学校がありました。幌加内町立朱鞠内小学校です。 ここは閉校になっていない現役のようです。
と思ったら、中学校が閉校になってました。
昭和61年というと・・26年前だから台座にひび割れが。 アメダスの敷地には何があったんでしょう?
郵便局長さんの官舎のような佇まいだけど無人で、郵便局は少し離れた場所にありました。 ここは幌加内よりさらに雪が多くて、平年の最深積雪が236cm、雪が積もらないのは6月~9月のみ、最低気温の極値は-35.8℃という土地柄で、食物を凍らせないために冷蔵庫で保存するという・・。
奥にある白い小屋は地震計でしょう。 集落の中心街を見下ろすの図
右下は防災放送のスピーカーかな?
この奥に進むと、日本一の人造湖である
締まりない子朱鞠内湖がありますが、先を急ぐので寄らずに引き返します。
2012年11月09日
9月中旬に北海道カブスリーグU-15の試合へ行く途中の日高地方のアメダス4地点に続いて、翌日のU-18ブロックリーグ決勝大会の試合から帰る途中でも日高地方のアメダス4地点を調査しました。 どっちが主目的で、どっちがついでの寄り道なのか、分からなくなりつつありますが・・。
アメダス探訪「中杵臼」の巻(2012/9/16) 帰りは襟裳岬に用が無いから、天馬街道(野塚トンネル)を通ります。 坂本直行さんが描いたような日高山脈を眺めながら田舎道を進み、よくこんなトンネルを作ったもんだと考えると、黄金道路が通行止めになった場合の迂回路として重要であることが分かります。 日高側へ降りて来て、目印となる橋を渡って峠の方を振り返った景色ここの交差点で様似方向へ入り、近くには牧場や農場や石灰の鉱山などがあります。 草むらの向こうに見つかった・・んですが・・
横には神社があって、バス終点の転回場になってる広場なのかな。
鳥居の前には「上杵臼神社」という幟、社の前には「開拓神社」という幟が立っていました。 神社の隣には老人ホームという雰囲気の施設がありました。
ちょうど秋祭りの時期で、お年寄りが集まって祭りの準備をしてました。 周囲に高い樹木も無く、環境に問題は無いでしょう。
積雪は60cmくらい積もる土地です。 神社の鳥居や幟が場違いな印象を受けることを除けば適地かと。
上杵臼神社については、このブログ記事を参考にして下さい。 もしかしたら、ここは国鉄バスの「開拓学校前」という終点だったのかも知れません。開拓学校とは「上杵臼小学校」のことで、閉校後はバス停の名前が「地震観測所前」に変わったそうです。 浦河へ向かって下る途中に「オロマップ展望台」というポイントがあって、眺望はさほど良くはなかったけど、大きな花崗岩を据えてあり、
これは野塚トンネルを掘削した際に出た岩だそうで、この路線の早期開通を念願したモニュメントなんだとか。
アメダス探訪「浦河」の巻(2012/9/16) 浦河は測候所だった観測所で、国道からも測風搭などが見えます。 測候所が廃止されたため、本来の登り口だった道路は立入禁止になっていました。やむなく、公園になってる裏山へ通じる急な階段を登ります。
息が切れて足がダルくなる頃に平地に出ると、浦河灯台がありました。
右奥の建物が旧測候所の庁舎です。
金網に貼られた標板
露場内には測器が並んでおり、左後方は測風搭です。
海を見つめて並ぶ姿はモアイ像の雰囲気
気温計と、右奥の白い小屋は地震計かな。
これは別の金網の中にある視程計で、
鉄条網のトゲが喉に刺さりそうです。笑 そして測風搭と通信アンテナ
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アメダス探訪「三石」の巻(2012/9/16) 予想した場所には無かったけれど、そこから観測所が見えました。季節は稔りの秋です。 農家へ通じる道の脇にありました。
私道のようなので、長居はせずに写真だけ撮ります。
風速計も問題なし
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アメダス探訪「笹山」の巻(2012/9/16) 観測地点は静内の二十間道路桜並木の奥にあるはずですが、懸念した通り北大の実験牧場の敷地内で、家畜伝染病予防のため関係者以外は進入禁止になっていました。道路に消毒用の石灰?を撒いてあるし夕暮になったしで、スゴスゴと退散して帰宅します。 アメダスは正面に見える小山の左手にあるはずで、あと1kmも進めば辿り付ける(はずな)んだけどなぁ・・まぁ、雨量しか測ってないし、敷地は広いから余計な物も立ってないだろうし・・と自分を納得させます。
これで日高地方のアメダス13地点は、どうにも無理な笹山を除いて踏破しました。 次は上川北部の2地点、その次は留萌南部の3地点を紹介する予定です。
2012年11月06日
9月中旬に行われた北海道カブスリーグU-15の試合日の朝に十勝地方を走ってて、ある建物の壁に「豚毎」と書かれていたので何だろう? と思いました。 ・・「豚丼を毎日食べよう!」ってか? ・・と考えながらよくよく見たら「勝毎」という字で、そこは十勝毎日新聞社の社屋でした。達筆だから似てたんだよぅ。 ↓これの一部を遠くから見たんだからさぁ・・ http://kachimai.jp/img/logo.gif 当日は早朝(というか夜明け前)から、十勝海岸(具体的には大樹町)の防御陣地を探索してきました。
戦時中の遺物であるトーチカが海岸に並んでいるそうなので探索する訳ですが、一般の人はあまり知らないだろうと思っていたら、道の駅にも案内が貼ってありました。(右側、夜なので暗い)ただしこれは、少し内陸側の防霧林の中で数年前に発見されたトーチカで、しかも、場所を知りたければ特産品カウンターで尋ねよ、と書かれています。 道順は大まかに調査済みだし海岸へ行く途中の防霧林にあるので、これも見学していくことにします。 東の空が焼けてきて、いい感じの風景になってました。
ご丁寧にも、主な曲がり角に案内標識が立っています。
「旭浜トーチカ」と呼ばれますが、防霧林の中からは浜が見えません。 牧草地の中に鹿が4頭いましたが、撃たれると思ったのか逃げられました。
車道からトーチカへ向かう歩道が整備されていて、歴史教育の目的で積極的に活用するようです。
内部構造の説明(道の駅に貼ってあった図と同じ)
まぁ、当然ながら立入禁止ですよね。立ったままの姿勢で入るのは無理だし。
銃眼の縁は少し風化していますが、まだ使えそうです。←何に?
屋根に登ると防霧林を見渡せ、防霧林が無ければ海までも。(多分)
手前は植樹したばかりで背が低いですが、この中でも鹿が走り回っていました。だから、鹿を駆除するシャープシューティング用のシェルターとして使えそう・・ 隣接する広尾町の防霧林にも似たようなトーチカがあるそうだし(参考)、十勝地方の海岸には沢山のトーチカが残っています。→「十勝海岸の防御陣地」 大樹海岸の「旭浜トーチカ群」は全部で8基あるそうですが、そのうちの1基は最近になって崩れたらしく、行方不明だという記事も見られます。→参考 旭浜トーチカへ通じる道について詳しく書かれた資料が無いので、まずは旭浜漁港に向かってみます。
港を見下ろして海難慰霊碑が立っていました。
確かに説明し難い細い未舗装路(4駆向け)で、分岐する入口もよく分からなかったけど、自分の嗅覚は劣化していませんでした。 すれ違うのも難しい小道を進んで、海岸を見下ろせる広場に出たところ、漁の安全を願うため(と推定する)鮮やかな神社が立てられていました。
恐らく、沖からもよく見えるに違いない。 十勝海岸の夜明け:少し霧が漂っています。
この海岸からは朝日が見えるけど、夕日は見えないから旭浜なのか。 これは多分、番号でいうと6号のトーチカだろうと思われます。
こっちは7号と思われ、いずれも太平洋の荒波が押し寄せて足元が掬われています。
傾いている上に内部には砂利が入り込み、確かに積極的には公開したくないでしょう。 反対方向の海岸には残りの5基が並んでいて、釣り人の(と思われる)車が何台も海岸に停まっていました。
砂利の海岸に踏み入れられる車でなきゃ、途中の未舗装路を走る気にはならないでしょう。 でもね、海岸にトーチカを並べて機関銃を据えたところで、米軍なんか徹底的に艦砲射撃や空爆をした後で上陸して来るんだから、敵を機銃掃射するような事態に至る以前に、木っ端微塵にブッ飛ばされてしまいますよ。
朝飯前の散歩を終えて大樹町の市街地へ戻る途中に、廃校になったらしい学校がありました。ずいぶんとモダンな造りですが、時代の流れには逆らえません。 中島小学校というそうで、開校から112年経った去年に閉校したばかりです。→大樹町内の学校一覧
大樹町の役場の前にある柏林公園には、SLが保存されています。
番号が「59611」の9600形(クンロク)です。
233万5千kmも走ったらしい・・毎年、地球を一回りしてた勘定。 いつもとは違う裏道を通って上札内へ向かう途中にも、廃校かと思った学校がありました。
尾田小学校という名前で、来春に閉校する予定だそうです。
砂金採りで有名な歴舟川沿いの集落にあります。 中央で屈曲している珍しい構造でした。
子供用のサッカーコートとゴールマウス
ここもパークゴルフ場などに変わるんでしょうか。
2012年11月03日
記事のタイトルに使っている「橄欖岩(かんらんがん)」とは、地球表面の「地殻」の下にある「マントル」の上層を構成する岩石です。 マントルは地球内部で発生した熱によってゆっくり対流しており、その表層部が移動するため上に乗ってる地殻も一緒に移動し、大陸が移動する原動力になったり、大陸の縁辺でプレートが沈み込む(=地震が起こる)原因にもなったりします。 地球内部にある岩石だから普通は見ることが出来ませんが、激しい地殻変動(造山運動)によって地表に押し出されたりすると、稀に見ることが出来ます。 日高山脈ではそんな激しい地殻変動が起こったので、橄欖岩さえも所々で地表に露出しています。(*1) 日高中部・東部のアメダス地点が未踏のまま残っているから、いつかは襟裳岬を回るルートで十勝へ行かねばならないな・・と思っていたところ、意外に早くその機会が訪れました。 9月中旬に、北海道カブスリーグU-15の試合へ行く前日に途中の日高地方のアメダス4地点を調査し、帰りにも残った4地点を調査しました。 今回はまず、往路に寄った4地点を紹介します。
アメダス探訪「静内」の巻(2012/9/14) 今日の最終目的地は日高東部の目黒で、日が暮れる前に目黒へ着くには途中で余計な寄り道はしていられませんが、国道から近くて分かりやすい地点は先に片付けておきます。 自宅を出てから3時間ちょっと過ぎて静内に着き、静内中学校の隣に見つかりました。左の白い箱形の建物には地震計が入っているようです。 電柱や街灯や信号が何本も立ってるけど、観測には支障が無いでしょう。
後方が中学校で、ここは積雪深が20cmにも達しない土地です。
高さを競うように立つポール類
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アメダス探訪「幌満」の巻(2012/9/14) 浦河は測候所だった地点なので位置が分かり切ってるから復路に寄ることにして通過し、蝦夷三官寺の一つである様似の「等樹院」を横目で撮影して通り過ぎます。(ちょうど信号待ち)(※等樹院の正しい字は、「樹」のキヘンをサンズイに代えた字) その先にある幌満(ほろまん)まで来ました。自宅を出て5時間ほど。 アメダスは学校(幌満小中学校)の裏手にありました。
ここでは雨量だけを測っています。
学校は例によって閉校となり、「コミュニティーセンター」に変わっていました。
正面玄関の左横に石碑が立っていますが、これが橄欖岩を磨いた岩で出来ていました。 さらに離れて左側のアポイ岳ジオパークの説明板を貼ってある岩も橄欖岩です。
橄欖岩は黄緑色というかオリーブ色をしており、それを構成する橄欖石の英語名は「Olivine(オリビン)」です 校門に嵌められている石も、橄欖岩や、それが変成した「蛇紋岩」(*2)ばかりです。
右側の校門の銘板は中学校で、左側は小学校でした。 鹿が昆布干し場で餌を探していました。
こんなに近寄っても逃げず、シャッター音に振り向いただけでシカトされ・・少しは人間を恐れろよ。 今の国道はトンネルを通っていますが、昔は海岸縁の崖の下を通っていました。
今年の夏の大雨で、この崖の一部が崩れました。こんな危険な場所に駐車する人はいないと思うけどな。 道路が波を被ってるし、ずっと南風だったので、車の窓ガラスが塩で曇ってしまいました。 とてもこんなことをしてるヒマは無いから、先を急ぎます。
アメダス探訪「えりも岬」の巻(2012/9/14) 十勝へ行くなら天馬街道(野塚トンネル)を通る方が近いし早いけど、目的が目的ですから遠回りして襟裳岬に寄って行きます。アメダスは襟裳岬灯台の横にありました。
ここはハンパ無く風が強いですから、風速計のポールにステーを張る都合上、敷地を広く取ってあります。
向こうの海岸が黄金道路になり、ここの次に黄金道路の真っ只中にある目黒へ向かいます。 雨はそれなりに多い場所なはずだけど、風に流されて雨量計に入り難いです。
でも、雨量計に風除けを付けると風除け自体が風に煽られて飛ばされてしまうから、最初から付けていないようです。 他の場所では、こんなステーは張らずに済むんだけど。
「寒極」などの言葉に倣って、倉嶋厚さんが「風極」と名付けたようです。
風の館も見学したかったけど、9月は17時に閉まるので間に合わず。
土産物屋も店じまいの準備をしていました。
アメダス探訪「目黒」の巻(2012/9/14) 自宅を出て6時間以上が過ぎました・・思えば遠くへ来たもんだ。 ここはいつも雨量が多くて悩ましい地点なんですが、南東に向いた沢の出口に位置しており、気圧の谷が接近する時の南東風が山地の斜面を上昇したり、気流が収束する(=集まる)ことによって、降水が増強されるものと説明されます。 地図上では郵便局の近くらしいですが、誤差を考慮しても離れ過ぎており、しかも河川敷に近いので疑わしいです。 どこに行っても廃校はあるものらしく、旧目黒小中学校があったので寄って行きます。目黒小学校は17年前に開校百年を迎えたらしいですが、中学校共々平成17年度(開校110年)で閉校しました。
ここはアンコールワットかっ!と思うほど草に埋もれてて、近付けません。
校章は恐らく、山と波を表しているのでしょう。↓往時を偲ぶ写真 http://www.town.erimo.hokkaido.jp/meguro.jpg 「生活館」の前で曲がると、広大な昆布干し場がありました。 海岸は狭くて昆布を干し切れないので、集落内の河川敷に干し場を設けたようです。 少し戻るとアメダスが見つかり、日没サスペンディッドにならずに済みました。
こんな遠くまで、日を改めて探索し直しに来るのは御免ですから。 何の施設の前なのか分かりません。
夕暮になってから「今晩はぁ、ここは何ですか?」などと尋ねたりしたら怪しまれるし。←うろうろ探し回ってるだけで十分に怪しいって! ここでは雨量と積雪深を測っていて、平年値では雪が70cmほど積もります。
日高地方の沿岸部は一般に積雪が少ないんだけど、春先や晩秋に低気圧が北海道の南岸を通る場合には、十勝地方などで大雪になります。 ここは襟裳岬よりも東側だから、十勝地方と似たようなものかと。 これで今日のミッションを完遂したから、夜は大樹町でゆっくり休みます。翌朝の歴史探索話は次回に。
(*1):「橄欖岩」は、日高町の道の駅の後ろにある「日高山脈博物館」や、「北大総合博物館」などで標本を見られます。旭川の神居古潭あたりでも露出しています。 (*2):「橄欖岩」が地下の水分(熱水)と接触して変成すると、蛇の皮のような模様になるので、「蛇紋岩(じゃもんがん)」」と呼ばれます。夕張岳は蛇紋岩の山です。
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プロフィール
作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。
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