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作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。

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鉄道公園とサロマ湖と木芸

2014年05月30日

網走地方はそう頻繁に来れる訳でもないから、去年見過ごした場所や新たにリストアップした箇所を訪問しました。

今回の宿営地は、津別町にある道の駅「あいおい」にしました。
昔は近くのチミケップ湖にアメダスがあったし、湖畔の佇まいも浮世離れしてて良い雰囲気で眠れるのですが、湖に通じる道路が通行止めになることもあるので避けました。


ここは、旧相生線の終着駅だった北見相生駅の跡地で、
ぷらっとホームに来た

「相生鉄道公園」となっています。
ご案内
線路を挟んで駅舎と反対側に道の駅があるのは珍しいかも。

客車をライダーハウスとして無料開放している他、
仮面ライダーも泊まれる

構内除雪車や貨車・緩急車なども展示してありました。
色々と1両ずつ

正面側から見た駅舎
こっちが正面

機関庫も残ってはいるんですが、扉が倒壊して向こうを見通せるくらい、無残な姿を曝しています。
ゴーストステーション

ターンテーブルの跡が分かるけど埋められています。
まぁるい輪

トロッコも漕いで動くのかどうか・・
車輪が無ければ気が付かない

官舎も残されてますが、人が住まないと荒れるものです。
公園の一部とは思えない

津別町営バスの待合室に変わった駅舎内から事務室を撮影
あまり道具が多くない

時間外で店じまいしてた道の駅には「クマヤキ」という幟が立ってて、クマヤキとは・・くまモンでも焼いた物なのか・・と思ったら、黒い羆と白熊の色・形をした「たいやき」のペアで、ここの名物らしいです。

2日後にドームで熊本と引き分けたのは、このたいやきを食べなかったせいに違いない・・熊本には羆も白熊もいないけど。


翌朝は早い時間に津別峠からの眺望でも・・と思ったら、展望台へ登る道路はまだ冬期間の通行止めでした。
寄り道が無くなったもんだから網走に早く着き過ぎて、世間が活動を開始するまでの時間を利用して小清水の原生花園駅へ行きました。

童話チックな原生花園駅
オホーツクはまだ花の季節ではない
この駅はSTVのライブカメラ「小清水原生花園」によく写っています。

オホーツク海の手前に広がる砂丘地
荒涼たる風景

内陸側には花と野鳥があふれる(←想像)涛沸湖
鳥はわずかしか見なかった

網走へ向かう列車を見送ったのに、戻る途中で追い抜いてしまいました。笑
再び遭うとは思わなかった


能取湖の南岸にあった旧湧網線・卯原内(うばらない)駅の跡地も交通公園になっています。
ここも公園

保存状態は良好で今にも走り出しそうなSL(49643号)
客車の中に座敷があった

これは多分、線路跡だろうと思います。
サイクリングに良いかも

バス停が「網走市鉄道記念館、卯原内小・中学校資料館」となっていましたが、入館できないし、内部を撮影した写真を見せるほどの価値はありません。(参考何のための記念館・資料館


サロマ湖南岸の幌岩山に、「サロマ湖展望台」があります。
新車だったら走りたくないような、細くてカーブと傾斜がきつい砂利道をしばらく登ると、展望台に着きます。
砂洲が遠くに見える

常呂方面とキムアネップ岬
なかなか良い景色

砂洲が切れた湖口部分
出入り口

漁港と道の駅「サロマ湖」を見下ろす光景
下界は混雑
道の駅はちょうど(というか運悪く)お祭で混雑してました。


湧別町の旧湧網線・計呂地(けろち)駅の跡地も交通公園になっています。
新しめな外観

屋根を掛けられて静かに余生を送っているSL・C58139号
退役車両
ナンバープレートはオリジナル品じゃないみたい

対称的な構造の跨線橋がオシャレっぽいです。
比較的綺麗な跨線橋が良い感じ

ホーム側から見た駅舎も塗り直されたようです。
塗装も綺麗

駅舎内部の展示品を窓越しに撮影
保線の道具が多い

駅舎の隣に「駅長の家」(not官舎)という小屋がありました。元は保線区の詰所だった建物で、大人500円で泊まれるらしいです。

道の駅「愛ランド湧別」は観覧車もある遊園地そのもので、黒山の子供だかりに辟易して早々に立ち去りました。


北見方面には危険なトラップ(notネズミトリ)が何ヶ所かあって、迂闊に入り込むとしばらく脱出できなくなるし、何も買わずに店を出ると警察に通報されそうな気がするし。笑

まずは置戸のオケクラフトセンター(森林工芸館桶のクラフトではない・・と思ったら桶の意もあるとか
門柱に立ってるのはフクロウのような・・。

工房の内部を見下ろすことが出来ます。(今日の作業は終了)
削りかけ

他にも色々あって、丸瀬布の木芸館は、道の駅「まるせっぷ」そのものです。

津別の「木材工芸館」には今回は寄らなかったけど、建物の中に大木が聳えています。

遠軽の「木楽館(もくらくかん)は初めて訪れましたが、建物自体が遊んでる感じで面白いかも。



post by 雁来 萌

20:31

蝦夷の細道 コメント(2)

先史時代の白滝・遠軽・常呂

2014年05月24日

本命のミッションとしてアメダスの佐呂間と置戸常元を探索するついでに、遠軽町や網走市、北見市の周辺にある遺跡を見学してきました。

ほとんどの施設は、かな~り昔に見学したことがあるんですけど、予習・復習は(老化防止のため)大切ですから。

昔はぐにゃぐにゃだった北見峠を越えて、天狗岳にあった北大雪スキー場まで何度も行ったし、高山植物が多い平山に登ったこともあります。


直線になった分、退屈にもなった旭川紋別道を白滝ICで降りて、遠軽町の白滝地区(旧白滝村)にある「白滝ジオパーク交流センター」を訪れました。
役場支所には見えない
ここは昨年オープンした遠軽町役場白滝総合支所で、2階に「遠軽町埋蔵文化財センター」があります。

白滝地区の周辺には古代に黒曜石を採取していた露頭があり、黒曜石(主成分はSiO2)の石器工場や石材の一大産地だったから、文字通り「シリコンバレー」と呼ぶべきハイテク地域だったはずで、ここの黒曜石はサハリンや新潟県にまで運ばれているくらいです。

他にも、地質鉱物や地理、文化などを現地学習できるジオサイトがたくさんあります。
地質・文化・自然のお勉強
露頭から黒曜石を採取するのは禁止されているけれど、河原を歩けばいくらでも黒曜石が転がっています。それが黒曜石だと見分けられれば、の話ですが。

玄関前の柱は表面に黒曜石を貼り巡らしてありました。白滝産の黒曜石には、茶色の石も多いのが特徴です。
柱の石は一昨年の五月五日に拾った石
道内では他にも、有珠山や三笠、アポイ岳にジオパークが設けられています。

館内を巡ってると、見覚えのあるポスターが。笑
昇格したはず 決めつけないで もう一度
これは一昨年の防火ポスターですが、幸いにもここに写ってる選手達は今期も在籍しており、背番号も同じなので違和感なく使えています。(祝!J1昇格!・・という文字は見て見ぬフリ)

当然ながら石器時代の遺跡がたくさんあって、膨大な石器が出土しています。右奥の山頂部に描かれているのが黒曜石の露頭だろうと思います。
父ちゃん!象が来たよ!
しかし川の中州のようなぬかるみは、重たい象ならば足を取られて歩けないはずで・・そんな恰好の獲物を見過ごして石槍なんか作ってる場合ぢゃないですよ。

溶岩が噴き出して冷え固まり、黒曜石が出来る様子を説明する映像が、壁と床をスクリーンにしたシアターに投影されます。
噴火だ 溶岩だ 羊羹だ よう噛んだ

展示室の床に作られた黒曜石の道
Road to Kodai

出土した石器の破片をジグソーパズルのようにつなぐと、元の石の形を復元できます。
神経衰弱な作業
気が遠くなるような作業ですけど、どうやって石の塊から石器を打ち欠いたかが分かり、地域によって技法が異なります。

遠間栄治氏が発掘した資料を展示していた、私設の遠軽郷土資料室の看板が残っていました。
古代文字か
そもそもここに展示されている遺物は、遠軽町の「太陽の丘えんがる公園」にあった資料館で見た気がします。


そこで、遠軽まで足を伸ばして「先史資料館」に行ってみると、閉館していました。
現在は研修施設
やはり、展示していた資料は白滝の埋蔵文化財センターへ移管したとのことで、資料が出土した白滝村へ里帰りした形になります。

以前は、白滝村で出土した遺物を隣の遠軽町で展示していたことになりますが、現在の白滝地区は市町村合併で遠軽町の一部になったし産地のジオパークに近いし、という理由なんでしょうか。

ついでに、遠軽町の郷土館も見学しました。
岩の直下
背後の大岩は遠軽のシンボルである「瞰望岩(がんぼういわ)」で、アイヌ語の「インカルシ」(見晴らしの良い所)という呼び名が遠軽町の地名になったという由来だそうです。

田舎町の古い郷土館にしては(という言い方は失礼なほど)、丁寧に説明を付して整然と展示してありました。これで入館料150円では安過ぎる。

JR関係の工具:上の2本は、レールの間隔を測る軌間ゲージです。
道具は使う人次第
元々は精密なゲージなんですが、それを使う人間が40mmの違いを放置しておいたんだから・・。

戦争中の遺物:かなり揃ってるし、今でも使えそうな保存状態。
集団的自衛権という名目で使うのか

町内の医師が使っていた医療器具
使ってる光景を想像すると怖い
器具の名称を読むだけで怖いです。笑


町外れに、「六號野上驛逓跡」という碑があり、
越歳・端野・相の内・留辺蘂・佐呂間に次いで6番目
その隣に「愛馬四號之碑」という墓もありました。

瀬戸瀬(せとせ)地区の国道脇に、「山神」と刻まれた石碑が立っていて、
エゾエンゴサク満開
屋根まで設けられている石碑は珍しいです。

「山の神建立の由来」と書かれた碑文によると、
山の神は恐い
ここも前報で紹介した中央道路(囚人道路)ですから、突貫工事による犠牲者が多く出ました。
後に駅逓の管理人として入った人物が旧囚人宿舎を住居にした時には、裏手に67本の墓標があったとか。
夜毎に「助けてくれ」という声やうめき声が聞こえるし、洪水で墓標が流されてしまったので、山から運び出した石で碑を建てて供養しているそうな。

夜は道の駅「あいおい」で寝てましたが(続報)、そんな声は聞こえませんでした。霊感の無い人間ですから。


翌日は朝早く起き過ぎたので、時間調整を兼ねて方々に寄った後、昨年リニュアルした網走市の「モヨロ貝塚館」を見学しました。
ホタテ貝には見えないし
ここは「網走市立郷土博物館」の分館という位置付けですが、旧貝塚館は昭和40年に開館しています。

本館の方は「北見郷土館」として昭和11年に開館し、モヨロ貝塚からの出土品などが基礎になっています。設計は田上義也で、当時は画期的な建築だったんでしょうが、以前の訪問時には歩くと床がギシギシ言ってました。

「貝塚館」自体が貝塚の上に立っているので、周囲には遺跡が残っています。
最寄りの貝塚
奥に見えるのは復元住居で、オホーツク文化と類似したニヴフ人に依頼して建てたとか。

竪穴住居の発掘跡
六角形の住居
右隅に集合しているのは熊の頭骨で、オホーツク文化人が熊を崇拝する精神が、アイヌ文化に継承されたとも言われています。

竪穴住居の跡地は、埋まり切らずに窪みが残ります。
住居跡

これは墓地を再現したもので、
ここに墓地あり
オホーツク文化では仰向け・屈葬の姿勢で埋葬し、頭に甕を被せます。その甕の底だけが地表に出て、墓の目印になっていたとか・・。

貝塚館で買った書籍などを入れてくれたビニール袋には、「モヨロ座」というシールが貼られていました。
物は見ようで
どうみてもカシオペア座の形ですが、その並びを「M」に見立て、背景にはオホーツク式土器に貼り付けられた「ソーメン文」と呼ばれる特徴的な文様を描いてあります。


続いて、北見市常呂(旧常呂町)にある常呂遺跡も見学しました。
これは「ところ遺跡の館」で、外観は竪穴住居をイメージしています。
室内展示は多くないが学習しやすい

周辺の「ところ遺跡の森」の中には、埋蔵文化財センターや復元住居が配置されています。
中に入れないの?

なぜに立入禁止なのかと思ったら、崩壊していました。
確かに危険だ

こっちの住居から古代人が出てきたと思ったら現代人でした。
タイムトンネル



post by 雁来 萌

23:19

蝦夷の細道 コメント(1)

リベンジ佐呂間・置戸常元

2014年05月18日

昨年は発見できずに積み残してあった、アメダスの佐呂間と置戸常元をリトライしました。→ルクシ峠の事故と竜巻災害鹿ノ子ダムと旧武華駅逓

冬の間に十分な下調べをしておいたから確信を持てるし、峠道の雪も融けたので北見峠を越えて網走地方へ向かいました。

遠いとは言えたった2ヶ所だけだから1泊すると行程に余裕が出来てしまうので、ついでに他の地点もフォロー調査し、周辺の文化施設も見学してきました。


アメダス探訪「佐呂間」の巻(2014/5/3)

町の中心部に近い西富地区の研修所が立つ角を曲がり、畑地になった丘の上で並木の先に立ってました。
丘を越えて行こうよ

ただし並木からは十分に離れていて、ほぼ畑に囲まれています。
何の畑か、まだ分からない

逆光になってるけど敷地の全景
丘と林
雪が積もったら美瑛や富良野のような景色になるかも。

オホーツク海側だというのに、積雪は90cmくらい積もるようです。
温度計はまだ高い位置
住宅地が迫ってきているけれど、当分は大丈夫か。

風向風速計など:並木との距離はこの程度
向こうはルクシ峠

 
前回は通過した、竜巻災害の慰霊碑に寄りました。
7年半経ちました

裏に立つ碑文と犠牲者9名の名簿
自然災害の猛威

向かいの丸太を積んである空地に、プレハブの工事事務所がありました。
何事も無かったかのような

被災現場を峠の方向から:右端に写ってる柱とは別物ですが、道路の向かい側に立ってた道路標識の柱が、暴風で根元からポッキリ折れました。
田園地帯の平穏な光景
直径が30cm近くあるポールなのに、引きちぎられるように折れていて衝撃的な写真でした。

 
置戸へ向かう急勾配な丸山峠の手前に、傾いた怪しい案内柱が立っていて、
35度ほど傾いている
広い空地の端に碑が立っていました。

中央道路とは旭川から北見へ向かう道路のことで、昔は白滝・遠軽を経由して、生田原を通らずにこの峠を通って留辺蘂から北見に通じていました。
亡霊の影が写ってるよ←それは自分の姿
別名「囚人道路」とも呼ばれ、網走監獄の囚人を使役して過酷な土木工事を行なったため、多くの犠牲者が出ました。
北見地方には、この種の慰霊碑があちこちにあります。中には「鎖塚」とか「山神」と名付けられた碑もあります。


アメダス探訪「置戸常元」の巻(2014/5/3)

旧鹿の子温泉の少し手前で、道道から北側へ入る道があって、
白樺の道
既に正面の突き当たりにアメダスが見えています。

突き当たった広場に立つアメダス
ひっそりと佇むアメダスと碑
左側には石碑が立っています。

ここに置戸町の常元小学校がありました。→参考
50年以上も前の話
昭和37年に廃校となっています。
上にリンクしたページには教員住宅と思われる家屋が写っていますが、今回はありませんでした。

ここに校庭があったのかなぁ?
周りは全部グラウンドのようなもの

さてアメダスですが、ここでは雨量だけを測っています。
こっちが本命のミッション
北見地方って全般に雨量が少なく、北見や網走では年間800mm前後しか降りません。(札幌では1100mm、胆振中部では2000mm前後)

地形図に記されていた神社がここにあったんでしょう。
鎮守の森というか林
この地域の鎮守だったはずです。

 
道路に近い場所に廃屋が残っていました。
間もなく倒壊
でも、近くに新しい生ゴミが散乱していたりで不可解な光景。
鹿の子という地名になるくらいだからか、鹿の糞も落ちていました。

園芸植物が生えているのは明らかに人間が生活していた痕跡で、
自然には生えない植物
周囲には洗面器や湯呑茶碗、水道管、電柱などが残っていました。


翌日に、前回はあずましく写真を撮れなかった湧別に寄りました。

アメダス再訪「湧別」の巻(2014/5/4)
地震計と隣り合わせ
左横にある建物は地震計でした。

周囲は畑地で開けています。
畑ばかり・・タマネギか

風向風速計など
薫風香る爽やかな天候


さらに帰宅途中に、旭川空港にも寄りました。

アメダス再訪「東神楽」の巻(2014/5/4)

ターミナルビルの向かい側からアメダスに接近しました。
発着便も無く暇な時間帯

左側が雨量計と温度計など、右側が風向風速計(ダブル)で、
やはりここだった

これでも十分に近いけれど、双眼鏡で拡大します。
雨量計も2種類

大雪山を背景に左が視程計、右は計器着陸誘導装置(ILS)です。
仰角3度のグライドパス



post by 雁来 萌

07:11

気象細事記 コメント(0)

キューピー人形の七変化

2014年05月12日

ヤマトナデシコ七変化~ by 小泉今日子 とは関係がありません。
・・それって、いつの話?←30年も昔の歌らしい。

いつも地下鉄の駅へ向かう途中(・・つまり、試合へ行く途中)に、キューピー(株)札幌支店の前を通るんですが、その事務所の窓際に、キューピー人形が外を向いて立っているんです。

キューピー人形っていつも裸だと思ったら大間違い、ちゃんと衣装を持ってるどころか着たきり雀じゃなくって、服装が季節に合わせて変わるんですよ。ドーレくんより衣装持ちかも。

たった3分で料理を作れるんだから、着替えなんて1分もかからないんでしょう。
残念ながら、その生着替えの場面を目撃したことは無いんですけど。


JR北海道バスの停留所前に立つ札幌支店
キューピーアヲハタ
アヲハタの下に、いつも注目する窓があります。

ベースというか、デフォルトというか、オーソドックスなお姿。←実は、透明な衣装を着ている。
裸一貫
モミジのようなお手手?

春のイースター時期(注釈付き)
イースター → 卵 → マヨネーズ

こちらは前年の掲出状況
メイドさんっぽい
さっぱり意味不明なので、問い合わせが多かったから注釈を付けたのかも。

2013年の運動会シーズン
おでこにバンソウコウ・・ではありません
ここにもいる右上の人形は何の添え物?

微妙に鉢巻の色が違う2014年バージョン
ステージが無くなっちゃって見難い

風呂上がり夏祭りというか花火大会の浴衣姿
作るのにも着せるのにも手間がかかります

秋の収穫というイメージ
ブドウのようなお目目
葡萄を見るとワインを連想してしまう悲しい性

もちろん、冬は寒いから重装備です。
北風ピューピュー
写真を撮る方も大変なんですが。笑

この窓はちょうどバス停の前に当たり、バスを待ってる間に眺めてると退屈しないんでしょう。
壁の下にある花壇の縁が腰掛けるのにちょうど良くて、重宝されてるだろうと思います。
こういう地域貢献の仕方もあるんだなぁ・・と。



post by 雁来 萌

11:18

雑念 コメント(2)

500m美術館で見た赤と黒

2014年05月06日

去年の春に、500m美術館で「質感覚 -Sensitivity to Texture-」展という展覧会がありました。

ここで面白かった作品をいくつかと、現在開催中の「北の脈 -North Line-」展(~6/27)からも作品を少し紹介します。
もちろん、独断と偏見に基いて取り上げているので悪しからず。


渡邊希(のぞみ)さんの作品:「女こゝろ」
赤いシリーズ
たわませた麻布に漆を塗る「乾漆技法」を用いているそうで、横から見ると凹凸がよく分かります。
乾漆とは仏像を作る時などに使われる技法で、軽いけど頑丈な像を作れます。

こっちは黒いシリーズ←上は「赤いシリーズ」か?
黒いシリーズ
漆は基本的に黒と赤が基調色ですから。
ピカピカに光るモジュールと艶消しのモジュールとを交互に並べてありました。

 
吉田茂さんの作品:「風が吹いて」 と 「波が来て」
波風を立てる
表面にわざと「ひび割れ」を作る手法だそうで、これが難しいらしい。

 
中橋修さんの作品:「内包」- 時と場と人の内に包まれて 今 ここにいる -
本物はどっちだ
近くで見るとよく分かるんですが、見る角度によって赤くも見えるし黒くも見える作品です。

 
最近の展示から
杉山留美子さんの作品:「HERE-NOW あるいは妙光」
妙な光
平らなキャンバス上で微妙に色が変わっていて、こういう感じの作品をあちこちの展覧会で見かけます。

 
磯崎道佳さんの作品:「モップの生活」
ありそうな気がする
モップを材料にしてつなぎ服と帽子を作るだけじゃ飽き足らなくて、これを着て帽子を被って「モップマン」となり、部屋の中を歩き回っている映像を右下に映していました。

辞書で調べたら、「a mop of hair」と言えば「ぼうぼうと生えた髪の毛」を意味するんだそうです。
作者によると、モップの使われ方は人間の一生と似ているんだそうで、なるほどと思いました。

 
野又圭司さんの作品:「遺跡」
あり得る状況
「城壁に守られた高層ビルとその周辺に広がる難民キャンプ」という説明があり、色々な解釈が可能でしょう。

 
ここの連絡通路のタイル壁って、周到にデザインしてあるに違いない。
几帳面なデザイン
大通駅とバスセンター前駅のテーマカラーを連続的に切り替える工夫なんでしょう。
初めて気が付いて写真を撮ったつもりなのに、以前にも同じ写真を撮っていたというマヌケさよ・・。

 
こんな作品もありました。(一種の常設展示?)
カメラ目線の練習をしよう



post by 雁来 萌

08:28

雑念 コメント(0)