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作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。
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2015年11月30日
札幌管区気象台の露場の背後(南側)に、以前は官舎らしいアパートがあったんですが、数年前から空き家の状態が続いていた後、去年の秋だかに取り壊されて更地になりました。
標本木が並ぶ草地から南側の空地を見た図ここに植えられている桜の標本木などに日当たりが良くなって、以前より桜の開花が早まるんじゃないかと思っていたんですが、
秋になって通りがかったら工事をしてました。(2015/9/23)
隣の空地に囲いが出来ちゃって 背が高いマンションなどが建ったら日当たりが悪くなって、逆に桜の開花が遅くなるかも知れないから、何が建つのかと思って看板を見たら、公園を作るようです。
12月9日までに完成するということか・・杭を打つ必要も無いしね。 その名も「北2条おてんき公園」だなんて!
あまりにも安直なネーミングですね。 「はれるん公園」の方が良いと思うのだが・・毎日晴れるとは限らないからか。 公園内に気象観測値の表示板とかが設置されたら面白いですけど。 敷地の基礎工事(2015/11/3)
最近の公園は地面を舗装するんですか?
奥は近代美術館だから、「美術館西公園」とか・・。 気象台の露場側から見た公園(2015/11/11)
奥に遊具などが見えます。 完成に近付いてきました。(2015/11/14)
植栽の根元に用土を入れてるのかな。 あずま屋の仕上げ工事らしい。(2015/11/21)
水道もありますが、昼休みに来るには少し遠過ぎます。 看板も立ちました(2015/11/23)・・あれ?
北1条にあるのに「北2条おてんき公園」と言うんですか?
確かに、北1条と北2条にまたがってると思いますが。 樹も植えられて公園らしくなりました。
再来週には供用開始かな・・ ・・と思っていた翌々日の情景がこれですから。
11月に積雪深44cmとは62年ぶりだとか。
四方田修平監督に因んで、ヨモギを使ったシュークリーム「よもシュー」なんて発売されないかな? な~んて考えていたら、柳月からコラボ商品が発売されました。 幸福よもぎ饅頭「四方草(しほうそう)」えっ? コラボ商品じゃないの? 「よもそう」じゃないの? 調べると以前からあったそうで、11月22日(いい夫婦の日)に因んで今年も発売された、期間限定(~11月22日)の季節商品らしいです。 「濃い白バウム」と注釈が付いた三方六の「濃い白小割」もあるようで、「やわら濃い 白いバウム」と・・ちょっとヤバくね?
今年は未(ひつじ)年で来年は申(さる)年。 猿は馬の守り神とされており、日光東照宮の神厩舎に三猿が掲げられているのも、そんな由来です。 清らかな心を保つためには、「人間の醜い行いを見ない、無益な妄語や汚い言葉を発しない、他人を貶める評価や悪事の誘惑に耳を貸さない」ことが肝要です。 試合観戦時にも当てはまる心掛けですが、人間万事、塞翁がうまくいかないもんですね。
追記(2015/12/31) これが12月2日の状態で大晦日に買物へ行く途中で寄ってみました。(2015/12/31)
こんなことがあるんですねぇ。笑 札幌管区気象台の庁舎は北2条にありますが、この公園の敷地は大部分(あるいは全部)が北1条側に属しています。 従ってこっちの名称の方が正しいんでしょうけど、最初に命名する時はどうして「北2条~」になったんでしょう? そもそも西15丁目から西19丁目までは「北2条通」に当たる道路が無くて、北1条と北2条との境界が曖昧です。 工事の道路占有許可も「北2条西18丁目」になってました。 J1とJ2も取り違えてくれないかな・・
2015年11月20日
「生き馬の目を抜く」と言いますが、自分は騎馬戦以外で馬になったことは無いし、親戚筋にも馬はいないと聞いています。 右目の水晶体を摘出した手術から半月ほど過ぎると眼圧も落ち着いたので、3週間ちょっとの入院でいったん退院しました。 でも第一段階の処置が終わったに過ぎず、右目はまだ節穴状態のままで、二眼レフカメラの一眼が無いようなもんです。 その後は1週間に1回程度通院しながら眼底や視力の検査を受けて、視力がそこそこ期待できるならば度数を合わせた人工レンズを縫い着ける段取りだと説明されました。
まず退院した当日に、富士メガネさんに行って壊れたメガネを修理してもらいました。1~2ヶ月程度の一時凌ぎで良いから、左目用に近視用の凹レンズ、右目用に水晶体の代替として凸レンズを入れてもらおうかと相談したところ、左レンズの度数が「-7」、右レンズの度数が「+7」くらいになるらしく、左右でそんなに度数が違うメガネだと見難いそうです。 仕方が無いから、右レンズを入れない状態のダテメガネで我慢することにしました。 凸レンズである水晶体を抜いた右目に、今まで使っていた近視用の凹レンズをかけたら更にボヤけるから、いっそ素通しの方がまだマシです。 ところが不自由な目に世間の冷たい風が直接当たってしまい、ただでさえ縫い目が盛り上がってイズいのに、乾いてきたら輪をかけて不快です。せめて度の無い
レンズガラス板を入れるべきだったかも知れません。 しかし逆に利点もあって、メガネをかけたまま目薬を入れる、というモノグサが出来ます。笑 翌日には以前から通っていた神経内科の病院を受診し、事の顛末を説明して脳内のMRI検査と脳波の検査を受けました。 主治医も「吐き気がして意識を失ったなんて何なんだろうねぇ・・」と心配しながら脳の断層画像や脳波のグラフを念入りに調べてくれましたが、案の定、(右目の水晶体が無くなった以外の)病変は見つかりませんでした。 「もし繰り返すようなら、不整脈あたりを詳しく調べてもらったらどうでしょうかね、循環器科で。」と言われたので、似たような現象が起こらないか注意しています。 他にどの科で検査を受ければ良いかなぁ・・小児科か? 退院して自由の身になったんだから、札幌ドームで行われたジェフ千葉戦を見に行きました。 双眼鏡の右側の視度を合わせるリングをいっぱいまで回してみると、両目で同じように鮮明な景色が見えたので、右目にレンズを付けさえすれば、こんな風に見えるようになりそうだと期待が持てました。 病み上がりの不自由な身に鞭打ってドームまで来たんだから勝てよ! と思っていたのに2度も突き放され・・た末に3-2の逆転勝ちなんて、いつ以来でしょう。これも審判私のお陰です。ロスタイムにゴールした瞬間は、手術した縫い目が切れそうになりましたよ。笑 続く徳島ヴォルティス戦にも快勝してしまい、これも
牛肉や米俵私のお陰です。もちろん最終戦も(たとえ手術中であっても)ドームに駆け付けねば。 お目当ては当然、アカデミーOB戦ですから、前座試合だけで萌え尽きてしまいそうです。 執行猶予中の現在、今のところ経過は順調なようです。 退院する前に測った矯正視力は0.3程度だったのに、最近は1.0まで見えるようになり、医者もびっくり喜んでいました。 白内障の手術の場合は、水晶体が入ってる袋に穴を開けて、内部の水晶体を超音波で砕きながら吸い出すんですが、私の場合は水晶体の位置がズレてしまったため、袋もそっくり摘出したはずです。 もし袋が残っていれば、S字形の足が付いた柔らかい人工レンズを袋の中に入れて、その足が突っ張ることでレンズが固定されますが(Newton誌, 2015年11月号より)、
その袋が無い場合には、レンズを目に縫い着ける作業となります。 今は目のどの部分にどうやって縫い着けるのかを勉強してる最中ですが、普通の人が見聞したら恐ろしい作業のように感じるだろうから、今回は紹介しないでおきます。 私は既に、1回目の手術で白目を切開して縫った跡がある(縫い糸も見える)ので、今さら驚かないのですが。 医者は「レンズを付ける手術は急がないから・・」と言うけれど、片目がぼんやりとしか見えない身としては、一刻も早く鮮明な視界を得たいものです。 でもここが辛抱のしどころで、眼球の変形が落ち着かないうちに急いでレンズを付けると、後で度が合わなくなってくる恐れがあります。 何しろ、決まった距離にフォーカスが合う(度を調節できない)レンズを付ける訳で、一眼レフカメラのように度々レンズを交換するために手術を繰り返すなんて事は出来ないので。 レンズを付けた後に、たとえ車の運転が可能なほど右目の視力が回復したとしても、次にまた意識を失ったら今度は他人を巻き添えにして死んでしまう可能性も考えられるから、車の運転はもうやめました。 1年しか乗っていないマイカーの登録を抹消したし、任意保険は解約して、マンションの駐車場も今月中に明け渡します。 ディーラーの営業マンは「衝突防止装置付の車に買い換えて下さい。」と言ってますが、そういう類の装置は今一つ(いや、二つ三っつ)信頼できないし。 運転免許証は身分証明書になるので捨て難いけれど、免許証の代わりに健康保険証を見せるとか、そのうち敬老パスが交付されるとか・・それともマイナンバーカードか? これからは公共交通機関派のペデストリアンになるので、サピカを常時たっぷりチャージしよう・・と考えた末に、それすらも面倒に思えて記名カードのオートチャージを申し込みました。 以前にこれを見た時には「こんな物で役に立つのかいな?」と思いましたが、
この赤黄テープが弱視などの視覚障害者には役に立つんですよ。 試しに、よく見えない右目だけを開いて地下鉄の階段を下りてみたんですが、ステップの先端にレール(モール)が付いている階段は苦も無く下りられます。 しかし、のっぺりした模様の階段はステップの先端が分かり難くて怖いけれど、このテープを貼ってあればステップの位置を把握できて、(人の道を)踏み外す心配がありません。 一時的に(軽度の)視覚障害者になって初めて痛感したもんだから、アイマスクを着けて介助者と一緒に歩道を歩いてみるとか、フロアバレーボールとかブラインドサッカーとかを体験してみるべきだと思いました。 遠慮しないで優先席に座れるのも今のうちだけど、外見上は片目が不自由なことに気付かれないだろうなぁ。 試合の日にドームでもらった盲導犬情報誌「With」
思わず寄付金付きのカレンダーを買ってしまった。。。
2005年11月17日にこのブログを開設して、10年が経ちました。歳を取るはずです。 今年いっぱいで更新を終了するつもりでしたが、来年の早々まで延期しそうです。 やっぱり右目にレンズを縫い着けた話まで書いて、(文字通り)目出たしメデタシで終わらないとね。←あくまでも予定 →目出たし
2015年11月10日
自分でも何がなんだか分からないまま、あちらの世界に引き込まれてしまった事故の翌日に、苫小牧の救急病院で言われた通り、某大学病院の受付にCDと紹介状を提出して外来を受診しました。 入院しなければならないのは明らかだから、生活用具なども準備してきました。
診察室で目の状態を正面から撮影すると、水晶体は角膜や虹彩と同心円上に位置してるはずなのに、円の中心位置が2割程度ズレてました。天文現象に親しんでいる身としては、「これは月食だ」と思いました。 即日入院して、翌日には手術の内容について説明を受けました。病名は「右)水晶体脱臼、硝子体出血」と言うらしいです。こんな場合も脱臼って言うんだねぇ。 (多分、ハンドルにぶつかった)衝撃で水晶体が奥に押し込まれ、周囲から支えている毛様体の一部も切れてしまったため、少し下がった位置に移動しています。 メガネの右レンズが割れて、フレームも曲がったくらいの衝撃ですから。 このまま放っておくと水晶体が腐るので摘出する必要があり、手術の内容は加齢によって水晶体が白く濁った場合(白内障)と同様の手順になります。 眼球内で出血してて眼底の様子を見れないので、水を循環させて洗浄してから眼底の状態を調べます。 もし網膜の一部が剥離していたら(右上の波形部分)、眼球内にガスなどを注入して網膜を眼球の内側に押し付けて癒着させますが、癒着するまでの2週間程度はうつ伏せの姿勢を保って寝てる必要があり、患者にとってはこれが一番つらいんだそうです。←想像しただけでつらそう 医師から「医者は手術で頑張るので、患者さんはうつ伏せ寝に頑張って下さい。頑張りましょう!」と言われたら、一希くんのように「僕は元気なので大丈夫です。頑張ります!」と答えざるを得ませんよ。 前途を祝福するのか、病室から虹が見えました。
どこの病院なのかバレバレですが。 入院当時は顔の右半分が傷だらけで、眼窩は腫れてるし瞼も腫れてて、まるでお岩さんの顔みたいだったらしいです。 直ぐに手術を行うことも可能ですが、皮膚の傷がジュクジュクしてる状態で目の手術を施すと感染する危険があるので、それらの傷が固まった4日後に手術を受けました。 手術は1時間~1時間半程度で終わるけれど、顕微鏡下で行う手術中に体や眼球が動いたら大変なので、全身麻酔になります。 術後の説明によると、幸いにも網膜剥離は無かったそうですが、そんなこと医者は手術前から分かっていたし、私も勘付いていました。 たとえ眼球内で出血してて眼底の様子を見れなくても、瞼の上から超音波を当ててエコーを見る装置があり、網膜の状態は分かるんですね。 ただ患者に対しては、最悪の状況まで説明しておかねばならないものでしょうから。 手術の翌日に眼帯を外したら、右目でも景色が見えました。 ただし、レンズの無いピンホールカメラで撮影した写真のように大ボケな画像で、オブラートを通して眺めてるような景色でした。 水晶体を取り除いたのだから、もし「オマエの目は節穴か?」と問われたら、「ハイ、その通りです。」と答えるしかありません。 節穴であることを隠すために眼帯を付け、金属の保護板も装着します。
自分は独眼竜政宗か、カリブの海賊か 上瞼から下瞼にかけて、割れたメガネレンズで切れた傷が縦に伸びてました。 まるで丹下左膳のような傷で、もしこれが横向きの傷だったなら・・(右だけ)二重瞼になってたかも知れないのに。笑 病院の食事にデザートとしてライチが付いてくることがあり、きれいに皮を剥くと、自分の目玉を食べるような錯覚を感じました。 「大目玉を食らう」とは、このことか。←違 ベッド脇の床頭台には、テレビの他にDVDプレイヤーも備わっていたので、雑誌の付録として付いていたCDを聴きながら眠りに付こう・・
・・としても無理です、21時に就寝なんて。 手術後の数日間は、1日に4~6回も看護師が点眼して回りました。 感染を防ぐためにまず両手を消毒して、使い捨てグローブをはめて、眼帯を外して目の回りを清浄綿で拭いて、所定の点眼薬を入れて、新しい眼帯をテープで貼って、グローブを捨てます。 次の患者に移ると、また両手を消毒して(以下、同様)・・つまり、患者の数だけグローブを捨てるから、それに1日の点眼回数を掛け算すると、恐ろしい数の廃棄物が発生します。 次のステージとして、患者自身が点眼を行えるように訓練が始まりました。
時刻別にどの目薬を使うかというスケジュールで、取り違えないようにキャップの色を塗ってくれます。 自己点眼するのは廃棄物を減らす意味もありますが、受動的に治療を受けるのではなくて、自分自身で治すんだという自覚を持ちつつ能動的な姿勢で治療に取り組む効果があると思います。 私の場合は普段から疲れ目の目薬を使っていたので点眼は難しくありませんが、初めての人には意外と難しくて、結構厳しい教育的指導を受けてました。 感染を防ぐための訓練だから厳しくて当然なのですが、普通は目薬を入れない方の目を閉じるもので(しかも余計な口まで開ける)、目薬を入れる方の目がよく見えないんだから狙いを定めるのが難しくて、うまく目の中に落ちません。 夜寝る前に鏡を覗き込みながら、目の回りを丹念に拭いて目薬を入れ、眼帯を貼り付ける作業は、あたかもナイトメイク。笑 やがて眼帯を付けなくても良い許しが出ましたが、まだ右目が十分に開きません。
目を閉じた状態を続けてると、瞼を開く筋肉も衰えるそうです。へぇー・・ということは、瞼の筋肉を鍛えれば、お目目パッチリになるのかも。 凸レンズである水晶体を取り除いた代わりに虫メガネを通して景色を見てみたら、結構ハッキリ見えました。 かなり瞼を開けるようになってきました。目力もアップ?
兎の目のように赤かった白目も、だいぶ色が引けてきました。 途中で眼圧が上がったりして、退院が少し先延ばしになったようです。 眼圧が上がると網膜の神経細胞が圧迫されて壊死していき、網膜の神経細胞は再生しないので、そのまま失明する危険があります。 もしかして、ゴーストライターになれるかも・・次回へつづく
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