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作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。
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2011年03月31日
2011年の「北海道カブスリーグU-15」について、開催要項が発表されました。 →北海道サッカー協会の開催要項(PDF) 今年のカブスリーグU-15は、昨年のU-14のリーグ戦およびブロックカブスでの成績に基き、1部(6)、2部A(6)、2部B(6)の、計18チームが参加します。 1部のチーム: SSS、コンサ札幌、アンフィニ、スプレッド・イーグル、札幌ジュニア、帯北アンビシャス 2部Aのチーム: ユニオン、プログレッソ十勝、DOHTO、旭川緑ヶ丘中、サンク栗山、フォーザ 2部Bのチーム: フロンティアトルナーレ、コンサ旭川、ASC、帯広FC、伊達中、クラブフィールズ 2部のA・Bの振り分けは、Aが北東寄り、Bが南西寄りにも見えますが、旭川や帯広のチームは両方の部に分かれています。
大会の会期は4月29日から9月25日までで、各部とも3回戦総当りのリーグ戦を行います。(40分ハーフ) 今年の開催要項にはU-14のことが何も書かれていないので、U-15の最終成績で翌年の降格・昇格を決めるものと解釈されます。 →参考:2010年の開催要項(PDF) 今年の2部A・Bの最終成績で1位になった2チームは、来年の1部へ自動昇格します。 1部で6位のチームと2部で2位の2チームと(計3チーム)で入れ替え戦を行い、このうちの1チームが来年の1部に入ります。 ということは、2012年の1部は8チームに増える計算になります。 一方、2部で6位になった2チームは自動降格します。 2部で5位の2チームと各ブロックリーグからの6チームと(計8チーム)で入れ替え戦を行いますが、このうちの何チームが北海道カブスリーグに加わるのかは明記されていません。 これがもし2チームだとすると、2012年のカブスリーグ2部は10チームに減ることになります。 もし4チームだとすると、入れ替え戦に加わる8チームのうちの4チームが昇格(or 残留)できるとことになるから、ずいぶんと楽な入れ替え戦だな・・と。 なお、1部リーグの優勝チームは、高円宮杯全日本ユース(U-15)への出場権(義務)を得ます。 昨年までの北海道カブスリーグでは、翌年の降格・昇格に関係するのはU-14のチームだけでした。 U-15のチームは高円宮杯の出場権に集中すれば良かったし、出場権争いから脱落したチームでも降格が無いから、残り試合を消化するだけという雰囲気を醸す恐れがありました。 しかし今年は降格もあり得るので、最後まで真剣勝負のサバイバル戦が続くでしょう。
雁来ショッピングセンターの向かいで、いかにもコンビニと思われる建物を建築中です。ローソン様の札幌東雁来10条店らしく、5月上旬にオープンするようです。 雪面上に残された生物活動の痕跡
半径20cmくらい・・丸く縁取りされるメカニズムを知りたいな。
2011年03月30日
U-18チームの荒野拓馬くんが、トップチームの活動に帯同することになりました。 →HFCオフィシャルのニュース 荒野くんは昨年からトップチームに2種登録されてリーグ戦にも出場しており、今年も2種登録で出場する見込みのようです。 このブログで荒野くんを紹介した最新記事は「選抜:U-18日本代表候補」ですが、最初に荒野くんが登場したのは、2006年7月13日に投稿した「北海道クラブユース選手権(U-15)」の記事です。 さらに写真入りでクローズアップされるのは、2006年12月3日の「選抜:荒野 拓馬くん(U-15)」という記事で、ここに使った写真が上記の試合に出場するシーンです。 1年生ながらクラセン(U-15)の試合で途中出場する荒野くん(2006/7/9@夕張)当時は、古田くんが中学3年生、三上くんが2年生、荒野くんが1年生でした。 スマートな体形もあってフィジカルの強さがイマイチな感を受けていたものの、最近はかなり強くなってきたように見えます。 ボランチが本職ながら、昨年あたりからFWで使われることもあり、積極的に攻撃参加するようになりました。 相手をかわしてボールを運ぶ技を「酔拳」と表現したことがありますが、とにかく相手のタイミングを外す詐欺的なテクニックと(←褒めてる)、パス出しのセンスが優れています。
時節柄、控えめなお祝いを・・縁起が良さそうな配色の大福餅です。昨日、勤務先の大阪支社長が来札したんですが、 その手土産がこの「白々しい恋人」←嘘
1枚ずつ机へ配りに来た女性に、「喧嘩売る気かっ!」と言いそうになりました。 彼女に罪は無いんだけど・・あの支社長はシバいたる・・いや、白い恋人をダンボールで10箱分ほど送り付けてやるっ! 一口だけ食べた後、ハンマーで粉々に潰しました。
2011年03月28日
HFCから示された数字に基き、今年の観客動員数と興行収入およびグッズ売上げの目標値を考察してみました。 それらの目標値が良いとか悪いとかいう類の議論をするつもりはありません。 2010年までの実績と2011年の見込みについて、年ごとに、試合数と、観客動員数(人)、1試合あたりの観客動員数(人)、興行収入(千円)、1人あたりの収入単価(円) を以下に並べてみます。 年 試合 動員数 1試合 興行収入 単価 2009 26 265,376 10,207 355,113 1,338 2010 18 193,280 10,738 305,385 1,580 2011 19 210,000 11,053 345,000 1,643
2009年から2010年にかけてどう変わったかを比べると、 観客動員数は 72,096人減って、これを率にすると -27.2% になります。 興行収入の方は 49,728千円減って、率にすると -14% になります。(しか減ってない?) チケットの販売にも原価がかかるから簡単に計算してはいけないんだろうけど、減った観客数で興行収入の減少額を割ってみると、1人あたり 690円 という値になります。 つまり目安として、690円の入場料を払っていた客が 72,096人減った、という計算になり、「安い客が減った」と見なせる気がします。 誤解を恐れずに言い方を変えると、招待券をもらって見に来てた一見さんが減っただけであって、コアな客は減ってないんじゃないの? と言えなくも・・。 2010年から2011年にかけてどう変わる(予定)かを比べると、 観客動員数は 16,720人増えるので、これは率にすると +8.7% になります。 興行収入の方は 29,615千円増えて、率にすると +13% になります。 増える観客数で興行収入の増加額を割ると、1人あたり 1,771円 という値になります。 単純に言うと、去年は 690円の客が 72,096人減ったけど、今年は 1,771円の客を 16,720人増やす、という目標を掲げていることを意味します。 マトモに金を出して見に来るような人を増やすんだから、これは相当な努力が必要になるでしょう。 去年までの観客動員数の数え方は、ハーフタイム終了時までにもぎったチケット(の半券)を集計して、その数字にシーズンチケット保有者の人数を足していたんだろうと思います。(もし違ってたら教えて下さい) 「シーズンチケットを持ってる人は(当然)全ての試合に来ている」と見なして加算していましたが、今年はワンタッチパスが導入されるので、来場履歴が白日の下に曝されます。 シーズンチケットを持ってるけど実際には試合会場に来なかった、という人が多ければ、ただでさえ苦しそうに見える観客動員数の目標値が、風前の灯火になってしまいます。 ただ、ハーフタイム終了以降に入場した人も計数される(かも知れない)、という期待はありますけど・・焼け石に雀の涙かも。 ではサポーターは何をなすべきか? と考えるに、サポートシップスポンサー(件数)と、パーソナルスポンサー(口数)と、グッズ売上げ(百万円) を並べてみます。 年 サポスポ パソスポ グッズ 2009 201 711 70 2010 202 844 65 2011 210 850 70
サポートシップスポンサーの件数は、ほとんど変化がありません。(1千万円程度) この制度は、一度入ったら足抜けし難いのではないかと想像します。店の売上げが減るというよりも、仕返しが怖い?(と脅す・笑) パーソナルスポンサーの口数は、かなり健闘して増えています。(800万円前後) これも、一度入ったら足抜けし難いのではないかと・・オフィシャルガイドブックに実名が載ってたりしますから。(以下略) グッズ売上げは、やや減りました。(6千5百万円程度) これは反省すべき費目でしょう。金額は1桁大きいけれども、グッズには原価がかかってるので純益は少ないですから。 2010年の予算では 8500万円のグッズを売上げる見込みだったのに、6500万円余(77%)しか売れませんでした。しかも原価が 6900万円余かかったので、グッズに関しては 370万円余の赤字になっています。 アレも作れコレも作れ、と口で言うほどには購買力を伴っていないから、シーズン終盤になって叩き売りしなければならないのでは? 今年はグッズを買ってもファンクラブのポイントが付かないので、購買意欲をそそられないことも予想されます。 クラブ創立15周年記念グッズなども作るらしいけど、最低限の数量だけに絞ってよほど安く仕入れ、催眠商法を使ってでも高く売りつけない限り、マカタしないべさ。
育成の世代では、楽に勝てる相手と試合をしても成長しないから、1つ上のカテゴリーのチームと試合をすることがあります。 たとえ相手が強敵であっても、最初から(0-5)で負けることを目指して試合を始めることなど、あり得ません。 「うちのチームは弱くて下手だから、5点の失点は覚悟して下さい。」と断って始める試合だったら、誰も応援しないでしょう。 試合はいつも、(2-0)や(3-0)で勝つつもりで始めるのが当然で、最悪の場合でも(1-0)で逃げ切って勝点3を稼ぐことを目指すでしょう。 もし途中でリードされたとしても、ロスタイムで同点に追い付いて引き分けに持ち込み、あわよくば逆転を狙うものです。 この相手には敵わないと思っても、試合を放棄して逃げる訳にはいかないのは、選手もサポーターも同じでショ。 うちのクラブは、難しい目標を達成するために努力して、借入金を返済していかねばならない身の上にあります。 その目標値は無理だ、と言って放り投げるだけでは何も解決しないのは明白です。 HFCの広報資料なのかな?「"札幌"という名の"北海道"のチームです」と書かれています・・そのチーム名が五大陸に轟いているという意味なのか、世界中から安上がりな選手を発掘してくるという意味なのか・・。 「希望という名のあなたをたずねて~」by 岸洋子 を思い出してしまいました。
2011年03月26日
1週間ほど前に用事があって苫小牧方面へ行った折、鵡川の周辺を彷徨ってきました。 道の駅「むかわ四季の館」の前に・・これは見飽きたから、もういい。
ロビーには、鈴木先生が汽車通学していた苫小牧の建物模型が並んでいました。木工芸愛好家が作ったそうで、かなり忠実に再現しています。 駅前にあった渡辺食堂は覚えています。
よく行ったのは、食べ物の店じゃなくて君島書店ですが。 道の駅のレストラン「たんぽぽ」に、ゲテモノ趣味(怖いもの見たさ)で期待した「カップリング丼」などというメニューはありませんでした。(実在するの?) ただし売店(というか、ホテルや温泉のフロント)で「ノーベル商品券あります」という張り紙を見たけど、どうせ地域通貨だろうから検分もしませんでした。 記念ギャラリーも作るとか・・知的なギャラリーの脇でシシャモや漬物を売るんですか? 鵡川の市街を外れて、津波が押し寄せた海岸に向かいました。 このコンクリートの塊は、戦時中に作られた「トーチカ」です。
以前に書いたこの記事を参考にして下さい。不気味な穴は銃眼です。 その内部:手前の台は銃座でしょう。
中の人が銃眼から覗いた外の景色
周辺の情景・・畑の隅にあります。
右遠方に海岸があり、銃眼は海上ではなくて苫小牧の方角を向いていました。 当初は米軍の上陸を水際で迎え撃つ作戦でしたが、消耗が多いとの判断から、後には内陸に後退した位置で迎撃するように変更したそうで、内陸部にもトーチカが残っています。 戦時中の陣地の地図を見て最近分かったんだけど、浜厚真の野原サッカー場のあたりに細長い戦車壕が掘られていて、その位置がサッカー場の敷地のすぐ隣に当たるように見えます。 付近の砂浜の海岸は、(津波とは関係なく)浸食されて後退し続けています。
再び地震や津波が来たら大変だから、携帯ラジオを聞きながら撮影しました。 先日の津波の高さは、苫小牧東港で最大2.5m以上だったそうで、最近の調査結果(PDF)によると、鵡川漁港で3.1m、苫小牧西港で3.8mだったと報告されています。 堤防の上に丸太が打ち上げられていました。
樽前山を背景にして遠くに見える建物は?・・近くに行ってみよう。 最近、時々こんな建物を見かけるんですけど、
これは原子力じゃなくて、火力発電所ですから。
アメダス探訪「鵡川」の巻牧草地?の隅にあり、ポールは低めです。(古いのかな) 雨雪量計の受水部(白い部分)
周囲の灰色の円筒部分は、「除炭」(じょたん)と呼ばれる風よけです。 風向風速計(上)と日照計(右下)
左側のステンレスの筒には、気温計が入っています。
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この日に苫小牧西港から被災地へ向けて、燃料(を積んだタンクローリー)を積んだ大型貨物船が出港したそうです。 函館港からは、支援物資を積んだ高速フェリー「ナッチャンWorld」が出港したそうで、お荷物になった「ナッチャン」や、退役しつつある「74式戦車」(気密性を活かした汚染物質処理)がこんな所で役に立つなんて・・。 災害時用の簡易トイレの作り方が載っていました。→こちら(PDF) 被災地でこれだけの材料をそろえるのは難しいだろうとは思いますが、有り合わせの廃材でも作れる気がします。 「日本赤十字への義捐金が1週間で223億円集まった」という記事を見て、「赤字による欠損金が223億円になった」と見えてしまった自分が哀しいです。 どこまで貧乏性なんだ・・。
2011年03月24日
3月21日(月・祝)の午後に北大の総合博物館で、「ポプラチェンバロ演奏会 Vol.10 ~チェンバロのある風景~」と題したチェンバロ主とするコンサートがありました。 この演奏会は、3月19~21日に行われる「博物館まつり」に伴う企画演奏会だったのに、15日になって「一旦中止のお知らせ」が発表されました。 この時期に、「まつり」という名称のイベントを開催する訳にもいかなかったのでしょう。 これで、チェンバロのコンサートも延期されてしまった・・と落胆していたら、
3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震で被害に遭われた方々に心よりお見舞い申し上げます。被害のあまり及ばない地域の方々におかれましても心安く過ごすことが難しい中、このような時にこそ音楽が求められると考え、演奏会を実施いたします。
というアナウンスが書かれていてホッとしました。 音楽で元気をもらって働き、たくさん稼いで、たくさん募金せよ・・と。
主役のポプラチェンバロ・・個人的には「ハープシコード」という呼び名の方が好きなんですけど。表面は塗装していないのか、木の肌がそのまま見えます。 このチェンバロは「ポプラチェンバロ」と呼ばれ、2004年に襲来した台風18号に伴う暴風で倒された、ポプラ並木やハルニレの木材を再利用して作られています。 →横田ハープシコード工房の製作過程、チェンバロアカデミーのコンセプト ポプラって、成長が早いから並木として植えられるはずなので、そんなスカスカな木質が楽器の骨組みとして適材なのかどうか疑問でしたが、意外にも『北大のポプラは軽さと固さのバランスが楽器用材として理想的な感触、往時のヨーロッパの名工達が好んで使ったポプラと大変よく似た材』なんだそうです。 床には、水琴窟かと思うようなバケツが並んでいます・・保湿効果?
チェンバロはピアノと違い、湿度の変化によって弦の張りが狂うので、演奏家自身が調律もこなすそうです。 考えてみれば、ほとんどの弦楽器は自分で調律して使うんだけど。 演奏会に備えて天板が開かれています。
弦は細い真鍮で作られていました。 椅子の座面は優佳良織のようです。
演奏は3部からなって全部で2時間近く、各部の合い間に休憩(調律を兼ねる)が挟まります。 チェンバロのみならず、リコーダーやビオラ・ダ・ガンバ、バイオリンなどが加わる他、声楽や朗読もありました。 昔、NHK-FMに「バロック音楽のたのしみ」という番組があって聴いていたけど、朝早いせいで随分と遠ざかっていましたが、しばらく振りに再会した気分です。 休憩時間には、内部の構造や音を出す仕組みを解説してくれました。 「弾いてみてもいいですよ。」と言われましたが、下手なのがバレるから遠慮しました。
白鍵の材料は柘植、黒鍵は黒檀だそうで、ここは流石に倒木ポプラを使う訳にはいかないでしょう。 倒木でチェンバロを作ってしまったことも凄いですが、その「モノ」を飾っておくだけじゃなくて、「動態保存」するための演奏ボランティアが組織されており、札幌以外に旭川や釧路、足寄から駆け付けるというのも驚愕(ハイドン)です。 台風18号の被害状況の写真集「烈風一過 北大キャンパスの樹々」
当時は、市内のあちこちで色んな被害がありました。 →道新の写真集「台風18号 道内での被害」 倒木ポプラの木材を再利用して作られた作品は、他にも色々とあります。 壺、ラブフルート、額縁、トレイ、ペン立て、造形作品・・
とぼけた顔をした梟の彫刻:これはハルニレ
ミュージアムショップでは、携帯ストラップになったプレートや黒板消しも売っています。 当日は春分の日でした。
暖かくなった陽射しがエルムの幹を(向こうから)照らしています。 北大の「すべり止め」ですから、効果は覿面ですよ、きっと。
・・でも、油断は禁物です。
2011年03月22日
昨日は春分の日、明日は「世界気象デー」だそうです。 →世界気象デーについての気象庁の報道発表資料 今年の世界気象デーのキャンペーンテーマは、「気候、あなたのために。」だとか・・英文では「Climate for you」という、どこかで聞いたような標語です。 春分の日とは春分になる日で(アタリマエ)、正確に言うと21日の08時21分に春分点を通過しました。 この瞬間は計算だけで決められる結果じゃなくて、あくまでも観測結果に基づく予測です。(予測も軌道計算だけど) なぜなら、春分点というのは宇宙空間に固定されている方向じゃなくて、少しずつズレていきます。 しかも、地球の公転や自転だって他の天体の重力や、海流や地震の影響などもわずかに受けるので、厳密には近くにならないと春分(の日)は確定しないんですね。 従って、何十年も先の春分の日を予め発表しておいても、途中で変わる可能性が無い訳でもないです・・が、来年のカレンダーに祝日を入れる作業を進められなくて困る、というほどの不確定さでもないです。
簡便的に春分の日の日付を知るには、「閏年とその次の年は3月20日(その他の年は21日)」と覚えておけば、西暦2025年までは間に合うことになります。 ついでに秋分の日は、「9月23日(ただし閏年だけは22日)」と覚えておけば、西暦2044年までは間に合います。 そんな記憶方法を知ったとしても、1年も経たないうちに忘れてしまうのがオチですけど。 春分の日の夕暮(2011/3/21@札幌管区気象台)どこだかの印刷会社で、(サムライが東を向いたためか)11月が31日まであるカレンダーを作ってしまったそうです。 次の鬼門は西暦2100年かな・・この年は閏年じゃないのに、2月29日を加えるミスをしでかしそうで。 自分がそこまで長生きしてるとも思えないから、2月29日が有ろうと無かろうと構いませんが。
春分といえば彼岸で、彼岸といえば棚からぼたもち墓掘りですよ。 今冬は北区や東区の方では雪が多かったんだろうけど、清田区の方は「ひょっとして多めかも・・」という程度でした。 →札幌管区気象台の降雪・積雪旬別グラフ(PDF) 上旬のドーム除雪で数日間は腰が役に立たなくなったのに懲りて今回は無理しませんでしたが、墓(というか植木)を掘り出すのに問題はありませんでした。 日が長くなったせいか、最近は夕方まだ明るいうちに職場のチャイムが鳴ってしまい、「もうこんな時刻なのかっ!」と焦ることが多いです。 チャイムが鳴ったからって帰宅する訳じゃなくて、宵っ張りになってしまうから困るんですけど。
2011年03月21日
U-18チームの堀米悠斗くんが、3月20日から4月6日まで行われる、「U-17日本代表 メキシコ遠征」のメンバーに選ばれました。 →JFAのトピックス、HFCのニュース JFAの方では「3/20~4/6」となっていますが、20日と21日に何をするのかは(私には)分かりません。 原発の事故によって避難指示の範囲が半径20km以内に広げられた時、Jヴィレッジはどうなるんだろう? とか、JFAアカデミー福島はどうなるんだろう? と思いました。 その後、アカデミー福島のメンバーなどは避難したと報じられて一安心はしたものの、代表のメンバーにはアカデミー福島の松本昌也くんも含まれています。 彼の出身地は大分の中津らしいので被災地の地元ではないにしても、通ってる学校は被災しただろうしトレーニングにも不自由しているだろうと思っていたら、アカデミー福島はトレーニングの環境を確保できており、引き続き協力をお願いするとのトピックスがJFAから発表されました。
雁来練習場の隣にある雨水貯留池では、積んであった雪を崩して路面に広げ、融雪を早めてるようでした。お好み焼きを連想してしまいます。
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ユースの選手達も、土曜日に駅前通の「地下歩行空間」で募金集めの呼びかけをしていました。 自分としては、壁や床などに使われている石材に最も興味を感じたんですが、何か変? 避難所としても利用可能ではないかと思える地下歩行空間(誰か、良い通称を考えて下さい)には、各地の市町村の物販ワゴンが並んでいました。 これは「JAなかさつない」のお店で買いました。(えだ豆3兄弟?)左側の「フリーズドライそのまま黒えだ豆」は、ビールのつまみに良いです。 中央の「えだ豆カレー」はボリュームがあり、災害時の非常食にもなります。 右側の「枝豆タマフクラ甘納豆」は、昨年頂いたら絶妙な味だったので、また買いたいと思っていたオススメ品です。 羊のまち「士別」のワゴンで買った「サフォーク種」のストラップ
黒い部分が羊ヶ丘←羊顔か? 地上に出ると、地震で信号機が倒れてて・・
と思ったら工事中なだけのようです。電球をLEDに交換するのかな。 時計の針は強い揺れが始まった時刻で止まってて・・
と思ったら1時間早いです。雪の形をデザインした素敵な作品です。 早く給料を振り込んでくれぇ~!
義援金の振り込みのせいで募金の資金を引き出せなくなったりしたら、シャレにならないよ。
瓦礫の荒野、離れた土地への疎開、天皇のお言葉、食料の買い出し、水運び、炊き出し・・まるで終戦後のような状況ですね。 土曜日に買い物に行ったら、「電池1人○本まで」とか「カップめん△個まで」などと細かくレジ横に書かれていました。 いつも買ってる何でもない品物1個でさえ、カゴに入れて並ぶのに気が引けてしまいます。 近いうちに、「リンゴの歌」(not ビートルズ)でも再び流行するんじゃないかと・・。
2011年03月19日
3月21日(月・祝)の午後に北大の総合博物館で、チェンバロのコンサートが行われます。 →案内 当日は、3月19~21日に行われる「博物館まつり」(実は一旦中止)の期間中だから込むだろうと思って、一足先に「豊平川と私たち その生いたちと自然」という展示などを見に行きました。
地震に伴って、英語のテストが中止されていました。総合博物館(旧・理学部本館)の正面に掲げられた横断幕
イベントの看板が左右に立てられています。 肝心の「豊平川」関係の展示の写真はありません。 資料に見入っていて写真を撮るのを忘れていたし、展示室の中は撮影し難いですから。 代わりに、パンフレットの裏側をお見せします。
明治6年の風景で、藻岩山、砥石山、円山、百松沢山、三角山、手稲山(とわずかの市街地)が識別できます。 海底から噴出した藻岩山の成り立ちや、石狩低地帯の形成とか、支笏湖火山の噴火に伴う火砕流とか、札幌周辺の扇状地の形成などを、パネルをたくさん使って分かりやすく説明されていました。 歴史的にかなり下って、豊平川の流路の変遷とか、市街地の変化とかも面白かったです。 特に古い札幌市街の地図を見ると、由緒ある古い建物などが描かれていて、現在の情景と比較すると隔世の感があります。 因みに、雁来練習場の北方にある豊畑神社は、大正初期の地形図には既に記されていました。 札幌監獄(参考)は、もっと昔から苗穂村にあったし。 館内の一室に、鈴木章先生が受賞したノーベル賞の、メダル(右下)と賞状(左)が展示されていました。→案内(展示期間は21日まで)
3個作られた公式レプリカのうちの1個ですから、本物のメダルであるような、ないような・・。 見えない振りも出来ない注意書きがあったので、
残念ながら、メダルに接近した写真は撮れません。 代わりに、これ・・はメダルじゃなくって、一等重力点です。
近くの床下に、地球の重力を測る基準点(の一つ)の「札幌GS」があります。→全国マップ
重力加速度は、大まかに9.8 m/sec^2 と覚えているでしょうけど、細かく言えば場所によって変わります。 ここでの重力値は、980.47757 Gal(ガル=cm/sec^2)だそうです。 梟が止まる「アインシュタインドーム」の北壁
朝は果物、昼は向日葵、夕方は蝙蝠、夜は梟が象徴してるんだとか。(1日4交代勤務?) 正門近くの歩道に、こんな表示がありました。
発熱する布を「カーボンナノチューブ」を用いた技術で作った・・らしいですが、気付かず足げにしてしまいました。 ヨドバシカメラの斜め向かい(北東)の一角にあるビルの中に、石川啄木の下宿があったことを示すコーナーが設けられています。
昔はこの位置に「北七条郵便局」があって、局舎の前に「石川啄木の下宿跡」という看板が立っていました。 昔の郵便局の局舎がここに写っていて、懐かしいです。 鈴木先生が今月11日に母校で受賞記念講演を行っていたら、その最中に先日の地震が来たそうです。
2011年03月18日
最近、自宅でパソコンに向かっている間、BGMとしてゴスペルや賛美歌を聞いています。 声楽は好きじゃないんだけど、何となくしっくりくるので。 元々私はテレビというものを全く見ないし、真冬でも暖房を使わないし、天体観測をしてたから暗がりも平気だし、野宿もするし・・という、かなり省エネな人間なので、今さら改めてエネルギーの使用量を減らす余地はあまり思い付かなくて困ります。 まるで、地獄の苦行のような災難に襲われている地域もあります。 以前に「他力的に本願寺展を鑑賞」という記事で書いたように、今年は「世のなか安穏(あんのん)なれ」という年だったはずですが、安穏どころか(Unknown な)暗澹たる状況に陥っています。
予告もなく突如として、こんな状況に置かれた被災者の境遇を慮るに、HFCのスローガンロゴ決定のニュースを見直すと皮肉に見えなくもないですが、そこは考え方次第でしょう。
説明文によると、「中央の縦に“11 for 12”と並べることで、クラブを支えるサポーター(12)のために、選手たち(11)がチャレンジをするということを表しています。」という意味らしいので、選手の皆さんには募金でも何でもチャレンジしてもらいたいところです。 ところで最近、この「11」が「11日」に見えてきました。 3月11日に遭遇した試練に立ち向かい、安堵の笑顔で迎えられる(であろう)復興の日に向けてチャレンジする、という意味にも解釈できるかな?と。 被災の当事者にしてみれば、他所の自治体の知事から「天罰だ」と言われるのに等しいかも知れませんが、当分の間は、前向きな強い気持ちで(たまには力を抜いた方が良いけど)堪えて頂きたいと、遥か遠くからもどかしく念じています。 山口百恵の歌にありました・・「秋桜」でしたっけ。 「苦労はしても 笑い話に時が変えるよ 心配いらない」 過酷な運命の下で起こった事は元に戻せないけど、復興した後になってから現在の苦境を思い出して笑えるかどうか(スマイル for チャレンジ)、それは現在の努力にかかっているかも知れません。 高校時代に、よりによって地学の授業中に震度5という地震に遭いました。(当初は震度6と発表されたけど、後で修正された) 教室が1階だったからみんな窓から飛び出したんだけど、真っ直ぐに立ってられないし、夜は余震であまり眠れなかったし、校舎は傾くしで散々な目に遭いましたが、その経験がクラスの結束力を強めたと思います。 試験勉強が好きな人って、そんなに多くはいないだろうと想像します。 勉強してる時は「こんな苦労して、一体、何の役に立つのか」と思うけど、将来になって役に立ちます。←立ってない? これは元々、こちらの記事を読んで作った紛い物なんですけど・・
そろそろカウンセリングも必要だろうと思っていたら、メンタルケアのスタッフも派遣されたらしくて、被災者は心強いでしょう。 香山リカさんによる「私たちができること」というアドバイスは、(今は)被災していない我々にも役立ちます。 天皇が映像で国民にメッセージを発したそうで、被災者や支援活動に携わる人達を励ましたいという希望からだとか。 真っ先に連想したのは、 「・・しきりに無辜を殺傷し惨害の及ぶ所まことに測るべからざるに至る・・職域に殉じ非命に倒れたる者及び其の遺族に想いを致せば・・時運の趨く所堪え難きを堪え忍び難きを忍び・・任重くして道遠きをおもい総力を将来の建設に傾け道義を篤くし志操を固くし・・」(現代の文字にアレンジ) という「終戦の詔勅」でした。 なんか、惨状や呼びかけの内容が、デジャ・ヴュのように似通っていると感じるんです。 それなのに残念ながら、やっぱりこうなるんですか? それこそ、 「・・やたらと事件を起こしたり、仲間を押しのけたり陥れたりして互いに世情を混乱させ、人の道を誤って世界の諸国から信頼を失う・・」(現代語訳) ような事態になりかねませんが。 買い物に行って荷物をたくさん運べるような人は、2・3日食べなくたって飢え死になんかしないのにね。
自分は被災していないと思い込んでいたら、勤務先の給料が連休明けまで遅配する見込みだそうです。 営業成績が悪いのでもなく、地震の直接的な影響でもなく、義援金の振り込みが集中したために銀行でシステム障害が発生したんだとか。 災害ってホントに、いつ・どこで・何が起こるか予測できません。
被災地での放射線被曝検査に大勢の住民が殺到したそうで、この様子を見て、いずれ「放射線」と「放射能」と「放射性物質」との違いを説明しなければならないかな・・と思っています。 あの検査は、個人がどの程度「被曝したか」という検査ではなくて、どの程度「放射性物質を身に付けているか」、つまり「放射性物質がどの程度飛散したか」を測る検査になってます。 検査の時点で「放射性物質が付着していない」ということと、過去に「放射線を浴びなかった」ということとは、全くの別問題です。 付着していたら洗い流す(その必要は無かったらしい)けど、過去に浴びた放射線量を「無かったこと」には出来ません。
2011年03月16日
アミューズメントパークの敷地内に建設中の「北海道トレーニングセンターハウス」は、正月明けから愛称を募集していましたが、応募締切の頃は忙殺されていて申し込めませんでした。(どうせ、大した名案は浮かばなかったし) →道協会の記事、完成予想図と周辺施設(PDF) この施設は3月末に完成して4月から使用開始する予定らしいので、そろそろ工事用のネットも撤去されて、ベールを脱いだ全体像が明らかになるはずです。 ・・はずですが、まだ明らかにはなっていません。 なお、4月15~16日に東雁来公園サッカー場で、「2011 U-13・U-14 HOKKAIDOトレセンキャンプ前期」と、「2011 北海道U-15・U-16 トレセンキャンプ前期」が行われます。 →道協会の開催要項(U-13・U-14、U-15・U-16:共にPDF) このうちのU-13・U-14の方は「北海道トレーニングセンターハウス」を宿泊場所とするようで、このあたりが、この施設の柿落としになるのかも知れません。 このブログでは、少なくとも愛称が発表されるまでは、名称を「トレセンハウス」と略することにします。
アミューズメントパークの南隣に建設中のトレセンハウス(2011/2/26)緑色のネットがトレセンハウスで、右隣がクラブハウス、右端が屋内競技場です。 これは最近の様子で、工事の進捗状況を以下に順を追って紹介します。 土台のパイルを打つ穴を掘っているのかな?(2010/11/27)
基礎工事用のシェルターがかかりました。(2010/12/18)
1階部分の外壁の骨組みが見えます。(2011/1/22)
緑色のネットに覆われました。(2011/2/12)
左下は勝手口なのか非常口なのか?(2011/2/26)
この頃、道路脇でガス(厨房用?)の配管工事も行われていました。 少し経って西側から見た図(2011/3/5)
写真では分かり難いですが、2階の窓枠が設置されています。 東側から見た図(2011/3/5)
道路の雪は融けてきたけど、外観はあまり変わっていない?(2011/3/12)
毎週のように・・いえ、あっちの方面へ行く用事があるだけです。 アミューズメントパークの北側の空き地も、今冬は雪の堆積場になっていました。(2011/2/26)
今年は雪が多いようで、道路脇に植えられている街路樹が、雪に引き摺り下されて折れたり曲がったりしていました。 練習場の方向を示す看板も除雪作業のせいか壊れてしまい、跡形も無くなっています。
追記(2011/3/19) ついに、秘密のベールが除かれました。・・こんな色なんですか? 赤黒とは言いませんが、ジャパンブルーとか、ラベンダーとか・・。
2011年03月15日
ちょうど半年前に仙台空港を利用した時には、綺麗で近代的な空港施設だったのに、今は泥の海に覆われてしまいました。 国土地理院が撮影した空中写真などを見ると、あれまぁ・・と呆れても、これが現実ですから逃げられません。 仙台近郊に住むサポ友は「命は無事」と伝え聞くので、それ以外の事は二の次、という状況なんだろうと想像されます。 今の自分は、来るべき支援活動に備えて体力と財力を蓄えておくとか、次に訪れる災害に備えて防災の知識を提供することに努めています。 災害は必ずやってくるし、災害は(子供の誕生日や親の命日のように)忘れてはいけない事柄ですから。
「船頭多くして船山に登る」と言いますが、船頭がいなくても船が山屋根に登ってしまったようです。元々、船(や車や飛行機)は水の上に浮く乗り物ですから、津波に流されるのも道理ではありますが。 車に乗ってて川や海に落ちてしまった場合でも直ぐには沈まないし、居住空間が水で満たされない限り逆さまにはなり難いはずだから、慌てないで安全に脱出する方法を考えるべきでしょう。 窓を開けて脱出する・・バッテリーが水に浸かったらパワーウィンドウは使えなくなりますが、室内に水が入ってきてからの方が、ドアは開けやすくなるはずです。 パニックになったら、そんな理性は吹き飛んでしまうんでしょうけど、予備知識や覚悟があるのと無いのとでは慌て方も違うはずだろうし。 北大の地震火山研究観測センターの「地震・火山イベント速報」のページに、今回の津波の伝播をシミュレートした画像がありました。 ちょっと重たい(838kB)gifアニメですが、敵を知り己を知るために役立つと思って紹介します。
震源域から広がった津波が海岸ではね返り、海上へ戻る波と震源域から来る波とが複雑に重なり合っていることが分かります。 こういうシミュレーションは、各地で観測された津波の波形をうまく説明できるように、断層モデル(断層面の大きさや向きや傾きや、ズレの移動量など)を色々と仮定して、その震源域で起こったズレによって海水が押され(引かれ)て生じた波の伝播を計算するものです。 画像のオリジナルURLは↓こちらです。 http://www.sci.hokudai.ac.jp/isv/assets_c/2011/03/tohoku-thumb-200x283-357.gif どんな船よりも速いスピードで、高さ10メートルの水の壁が押し寄せてくるんですから、この敵にはちょっと敵わないな・・というのが正直な感想ですけども。
2011年03月13日
取りあえず自分の役目として、金曜・土曜は地震そのものの資料や報道記事などを収集していましたが、発表される情報の頻度が少しずつ下がって余裕が出てくるに連れ、どうにも「腑に落ちない感」が強くなりました。 今回の地震は、「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」と命名されました。 →気象庁の報道発表資料 ところが報道機関などでは、「東日本大震災」とか「東日本巨大地震」などと記されています。 大きな被害をもたらした地震の名称は、震源の位置や被害状況などを総合的に判断して決められるんだろうと思いますが、気象庁と報道機関とでの呼び方の不一致について以下に考えます。
まず「震源地」について: 気象庁が地震情報で用いる「震央」の地名は、地域ごとに呼び方が決まっています。 「震央」とは、「震源」を真上に移動させて地表とぶつかった地点(=深さ0km)なので、その緯度・経度は震源と一致します。 「震央」の地名のうちの、東北・関東・北陸・東海地方の地図がこちらにあり、今回の震源は北緯38.3度、東経143.3度(牡鹿半島の東160km付近・深さは約10km)だから、震央は「三陸沖」とされました。(後の詳報ではそれぞれ、38.1度、142.9度、120km付近、20kmに変更) 「三陸沖」とは、「青森県東方沖の南部と、岩手県沖と、宮城県沖とを合わせた地域」の東方海上です。 さらに、「三陸沖と、福島県沖とを合わせた地域」の東方海上は、「東北地方東方沖」と呼ばれ、青森県から福島県までが東北地方なんだから、震源については「東北地方太平洋沖地震」で何も矛盾を生じないはずです。 次に「被災地」について: 今回の地震や津波による被害が最も大きかったのは、疑いなく宮城県でしょう。 日本国内の地域名も呼び方が決まっていて、宮城県は当然ながら東北地方に含まれます。 原発が被害を受けた福島県も、東北地方です。 その東北地方は、「北日本」(=北海道+東北地方)に含まれます。 それなのになぜ、「東日本大震災」とか「東日本巨大地震」と呼ぶんでしょう?? この「東日本」というのは、関東甲信地方と、北陸地方と、東海地方とを合わせた地域名です。 「関東甲信地方」には、東京都、および栃木、群馬、埼玉、茨城、千葉、神奈川、長野、山梨 の各県が含まれます。 ・・どこにも宮城県がありません。 最も被害が大きかったと思われる宮城県が含まれていなくて、地震の震源や壊滅的な被害が、関東地方を中心に起こったかのような呼び方になっています。 茨城県沖でも地震が起こったのは事実ですが、規模は1桁以上小さな地震であり、宮城県沖の「つっぺ」が外れてしまった為に、茨城県沖の断層面も動かざるを得なかった・・ようにも思えなくも・・。 こんな、余りにも我田引水的で間違った印象を与えるような呼称を使われたら、東北地方の被災者は憤慨するんじゃないでしょうか。 被災の当事者はそんなクレームを言ってる余裕が無いだろうから、自分に出来る事として(北日本に含まれる)北海道から言ってる訳ですが。 復旧のための融資を受けるにしても、地震の名称に自分の地域名が含まれていなかったら不利になるだろうし。 救援物資が東北地方を通過して関東地方に届くとか・・外国からの援助物資だって、まずは東京に着くんだろうから、ちょっと心配になりました。 羽幌港の験潮所(2008/4/24)験潮所で観測した潮位の記録から、津波の高さを読み取ります。
以下も自分の役目として: プレート地震の巣とも言える日本に住んでいる以上、同じような大地震が歴史的に繰り返し起こることは避けられず、「生まれて初めて体験した惨事」とか「観測史上最大の地震」とかいうのは、歴史の中のほんの一部分しか見ていないために生じる錯覚なのでしょう。 北海道の太平洋岸の地層中には、大津波によって押し寄せた砂の層が何層も残っており、今後も(何度でも)津波は押し寄せるものだと想像されます。 災害というものは、いつ、どこで、何が起こるか分からないので(分かっていて必要な対応を取れば災害にはならないから)、普段から(ほとんど起こり得ないと思われる事態まで)かなりの想像力を働かせておく必要があります。 試合が中止(延期)になることまでは、考えが及ばなかったんですけど。
2011年03月12日
他のスポーツチームのことは関知しませんが、コンサドーレのホーム開幕(と勝利)を前祝いして、『サッポロクラシック 2011年コンサドーレ開幕応援缶』が数量限定で3月8日に発売されました。 →HFCのスポンサーニュース 開幕試合が中止になるなんて夢にも思わないから、これは買わない訳にはいかん、と思いますよ。 いくらビールを飲まない人間でも、前回のお礼参りの意味も含めて大量に(ドラム缶で?)買うべきでしょう。 その上「数量限定」などと煽られたら、新調したばかりの15周年記念レプユニを質に入れてでも買わなければならない気になります。(させられます?) ドラム缶と言わず、タンクローリーでもいいぞ?
・・とは思うものの、数量限定なのであればなおさらのこと、欲しい人みんなが入手出来るように・・一人占めしたりせず控えめに・・自分で消費できる程度に慎ましく・・などと考えた結果が、こうなりました。↑これがドラム缶? これがタンクローリー?? スケールが無いので分かり難いですが、実はこれは200リッタードラム缶の6本パックなんです。上に乗ってるのはエンブレムをデザインした羽毛掛け布団で、タオル32枚分の保温力があるので「三二タオル」と書かれています。 350ml缶×24本入りのカートンには三二タオルが付いてなくて、自分にとってはビールそのものよりも三二タオルの方に魅力があったんだもん。 明日に予定されていた試合で、ゴール裏はこんな趣向になる(or せよ)という意味だったんでしょうか。
ドームの天井まで赤くできたら、さぞかし壮観だろうけど。 ところで、ホントに来るんですか?
と疑っていたら、やっぱり来れなくなりました。河童の崇りがあったようです。
今週の水曜日は病院に行く日だったので、休みを取りました。 (決して、サッポロクラシックを買うためではありません) ティータイムに白恋パークへ行くと、白い恋人の製造ラインをメンテナンス中で見学が出来ないらしく、そのお詫びとして白恋缶デザインのメモパッドも頂きました。何度も見てるから今日は見なくてもいいし、無料入場なのに申し訳ない。 せめてものお礼に、ラウンジでしまふく寮を遠くに眺めながら、
雪が消えて緑色になったピッチを見下ろしながら、
3時のおやつに「白いロールケーキ」を頂きました。
ついでに「ケーク・パレット」(オランジェ)を買ってきて、これを夕食にしました。←変?
そのおかずが「ホッケの開き」だったなんて、口が裂けても言えない。
2011年03月10日
U-18チームに昇格する國分将くんが、3月15日から21日まで福岡で行われる「U-16日本代表強化試合(サニックスカップ)」のメンバーに選ばれました。 →JFAのトピックス、HFCオフィシャルのニュース また、U-15チームの倉持卓史くんが、3月14日から18日まで静岡で行われる「U-16ナショナルトレーニングキャンプ」のメンバーに選ばれました。 →JFAのトピックス 國分くんは新入団選手紹介(U-18)で紹介したばかりなので、今回は省略します。 倉持くんは頼り甲斐のある選手で、ボランチ専門かと思っていたら去年はSBもやって、盛んにオーバーラップしていました。 共に、選抜:ナショナルトレセンあたりの記事も参考にして下さい。
雁来練習場の横にある「雨水貯留池」が、冬の間は排雪の堆積場になっていました。よいこはそりあそびをしてはいけません。夏の間に降る雨を貯める池なのであれば、冬の間に降る雪を積み上げても不自然じゃないですね。
最近は、もっと高く積まれています。(ホーマックから見た図)
緑色のネットは、建設中のトレセンハウスです。(近日堂々?紹介予定) 練習場の駐車場への入口は、こんな感じに閉ざされています。
こっちの地域では、今冬は何回かまとまって降りましたからねぇ。 用具庫は半ば埋もれています。
今年は、いつ頃から練習に使えるのかなぁ・・。
2011年03月09日
前報のU-18に続き、HFCオフィシャルの選手名簿(U-15)に掲載された来期のメンバーのうちの、主にU-12チームからU-15チームに昇格した選手について紹介します。 U-15チームの1年生には20名の新人が加わり、このうち10名がU-12チームからの昇格ですから、新たに覚える必要がある選手は10名ということになります。 【札幌U-12からの昇格】 U-15チームに昇格する選手は、凡そナショナルトレセンU-12北海道(前期および後期)のメンバーがほとんどです。 岩田 佑成くんは長身でDFとなってますが、フットサルではFWでした。 岩上 彩太くんは、小柄だけど走り回って汗をかくタイプです。 岩﨑 航太くんはテクニシャンで、自在に切り返す点取り屋です。 菅 大輝くんはパワー系のFWで、相手に威圧感もあるでしょう。 高田 界斗くんは後ろ目が多いですが、攻撃にも参加します。 武井 洸流くんは、目立たないけどちゃんと働くという感じ。 畠山 航太くんはテクニックと・・キャラクターがウリかな。 本多 大聖くんは、なぜか人懐っこく感じるんです。 毛利 圭吾くんはフィジカル系のDFで、頼りにしてます。 吉田 圭吾くんは「ヨッシー」と呼ばれる後ろ目の選手です。
【札幌U-12の新人】 U-12チームには新4年生が17名いますが、このうちの7名は去年から所属していた選手なので、ニューフェイスは10名だけになります。 ところが困ったことに、5年生にも見知らぬ顔が3名います。
ユースは4カテゴリーを合わせると総勢188名の大所帯で、このうち(完璧ではないにしても)既知のメンバーが145名、初対面が43名という配分になります。 いずれ、最近のセレクションに受かった小学3年生も加わるとなると、新たに覚えなければならない顔は50名ほどでしょう。(4分の1か・・)
取りあえず材料を用意して作り始めたけど、今年は単語帳を作るだけじゃとても心許ないから、選手データをUSBにも格納して持ち歩き、必要な時に耳に差せばデータが脳内へ転送されるという方法を(笑)・・あるいは、試合中に携帯でヤ○ー知恵袋に問い合わせるとか・・その節はよろしくお願いします。
2011年03月08日
HFCオフィシャルの選手名簿およびオフィシャル・ガイドブックに来期のユースのメンバーが掲載されたので、今回は主に札幌U-15からU-18に昇格した選手について紹介します。 U-18チームの1年生には10名の新人が加わり、このうち7名がU-15チームからの昇格ですから、残り3名の顔を覚えるのに苦労はしないでしょう。 しかも見事に、各ポジションに1名ずつ分かれているんだから、覚えやすいったら歌志内。 【札幌U-15からの昇格】 U-18チームに昇格する選手は、去年からU-18の練習などに加わったりしているので、ほとんど想定の範囲内です。 一応、オフィシャル・ガイドブックに掲載されている順序・・と思ったけど、五十音順で紹介します。 井端 純ノ輔くんは体格が良くてCBが多かったんですが、最近はボランチもやってます。 内山 裕貴くんはCBが多く、上背があるのでCKのチャンスには上がってターゲットになったりします。「うっち」と呼ばれてるようです。 岡田 洋平くんは中盤の右サイドが多いようで、テクニック系の器用な選手です。 蒲生 幹くんは「ミキ」と呼ばれ、ガメツく点を取ってくるセンスがあり、微笑を湛えた口元と細い目は「円空仏」を彷彿とさせます。 國分 将くんは「マサシ」と呼ばれ、何が何でもゴールに向かうという姿勢がウリです。 前 寛之くんは「ヒロ」と呼ばれ、中盤でゲームの組み立てを任されています。 輪島 稜くんはGKで、闘志があります。 このうち、井端くん・内山くん・岡田くん・前くん・輪島くんは、コンサU-12時代からの生え抜き選手です。 今年も、旭川U-15からの昇格者はいませんでした。 【他チームからの加入】 近藤 諒大くん(DF)と佐々木 大輔くん(MF)はアンフィニ出身で、ナショナルトレセンなどに選ばれています。 共に、濱下賢くんの1年後輩ということになります。 松尾 雄斗くん(FW)はプログレッソ十勝の出身でMFに登録されていたようですが、彼もナショナルトレセンに選ばれています。 次回は主にU-12からU-15に昇格した選手について紹介し、旭川U-15とU-12の新入団選手については紹介できるほどの情報が無いので省略します。
今年も単語帳を作らねばな・・今週末からホームゲームが始まるから、取りあえず真っ先に、こっちを覚えなきゃ。笑
2011年03月06日
札幌ではいったん雪がかなり融けて暖かくもなりましたが、そうは問屋が鹿児島線。 楽しいはずの暇な釣り雛祭りの日、札幌では降雪の深さの日合計が31cmになって、JRや航空便に大きな影響が出ました。 この降雪の量は、1953年の観測開始以来、3月としては第5位の記録となりました。(1位は47cm) 3月5日(土)に、今シーズンの開幕を告げるチラシ配りが、丸井今井様の周辺で行われました。 今年は人通りが少なかったように感じました。降雪後の週末とあって、自宅周りの雪かきに忙しい人が多かったのでしょうか。
チラシ配りの加勢に訪れた、ドーレくんのくんはひらがなですさんそれに見とれていた訳じゃなかろうに、荷物を運んで横断歩道を渡っていた配送業者が、路上に荷物をぶちまけてしまいました。
「プロでもミスを犯す」という啓示だったんですね。←愛媛で?
上の方の空袋入れに、ポケットティッシュが入っていました・・「ご自由にお使い下さい」と書いてあるし。
チラシを受け取ってくれたんだけど、よく見ればピカチュウを被った娘と尻尾を生やした狐・・用心用心。
碧空を切り取って雲を映すガラスの壁面(シャンテ)
ついでに、Cスペースでレプユニを受け取ってきたら、肩口にはドールズの衣装のような金ラインがっ!
これで今年の踊りは完璧だな。←今だから言える 雪結晶?の地模様・・これなら八角形であって、雪結晶は六角形なんですけど・・。
「CS」という文字が見えるのは素晴らしい。 生地の裏側から見た方が分かりやすいです。
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翌3月6日(日)に、例年の如く札幌ドーム・ホヴァリングステージの除雪が行われました。 雪の量は例年より多めですが、最近になって降った雪なので柔かく、作業は楽でした。ぬかって歩き難かったけど。ドーレくん(略称)も、手羽伝う?ようです。
「この雪をオ~レくんだと思って退治して下さい。」との社長のお言葉に息を荒げるドーレくん
作業中に何度か酸欠になったので、しゃがみ込みながら息を整えました。 ハーフタイムにサッポロ様から頂いた飲物で喉を潤してから、改めて後半が始まります。
以前はスコップ作業よりも橇運びの方がキツいと思っていましたが、スコップは前屈みになるので呼吸が出来ないのに対し、橇運びの方は有酸素運動なのでむしろ楽なことが分かりました。 いずれにせよ、年寄りに無理は禁物です。(と手抜きする) 魔のロスタイムを含めて後半も終了し、説教を受けるために重い足取りで集合します。
汗をかいてるんだから早く開放して欲しかったのに、立ったまま音楽をフルで聞かされてるうちに体が冷えてきました。
ヨー○ル管主によって創作された御詠歌が吟じられた後、「昨日の試合は?」と聞かれて「お手上げ」のポーズを取る信徒達
誰の仕業だ、これは・・すいか隊員としては補修して帰りたいところです。
オープンアリーナの周壁では雪が融けてきたものの、北海道にはいつ春が訪れるのか?
トンネルに入ったままのコンサドーレに、果たして出口はあるのか??
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※文中の一部に、事実とは異なる解釈も含まれています。
2011年03月03日
宮崎県と鹿児島県との境にある霧島山の新萌岳新燃岳が今年1月から活発な火山活動を続けており、噴火に伴う火山灰や火山弾が周囲に飛んでいるようで、警戒が必要な状態が続いています。 →気象庁の霧島山(新燃岳)噴火関連情報 新燃岳という名前からして、最近に噴火した山という意味だろうと思ったら、平安時代にも活動が記録されていました。 →同火山活動の記録 元々活動が活発な山だったとしても、火山活動の時間スケールから見れば新参者の部類に入るんでしょう。
もう三十数年前になりますが、霧島山に登ったことがあります。 山麓の「えびの高原」で群発地震が起こっていた時期があり、その少し後に訪れたことになります。 北麓の小林市からバスに乗ってその「えびの高原」まで行き、そこから韓国岳(からくにだけ:1700m)へ登るのは標高差が500mほどだから大した苦労でもありません。 登ってしまえばあとは獅子戸岳・新燃岳・中岳と歩いて行けばいいだけなので、大雪山のお鉢巡りをするように長閑なトレッキングになります。 確かに秋ではあったけれど、九州南部なのに野宿した前夜はかなり寒かったし、登山道には霜柱が出来ていました。 当時の新燃岳には火口湖があり、鮮やかな緑色の水が溜まっていました。 水が溜まっただけなら青く見えるんでしょうが、そこに湖底から噴出した硫黄が混じって、青色+黄色=緑色になったんだろうと納得しました。 火口壁の数ヶ所から噴気が上がっていたように記憶していますが、それ以上は何事も無かった時期でした。 最近の航空写真などを見ると、地下から上昇してきたマグマの熱で火口湖が干上がってしまい、火口に溜まったマグマが直接見えるようになっています。 霧島山からいったん下って、ついでに向かいの高千穂峰にも登りたかったものの、時間が足りないし再び登り直すのも大儀なので諦めました。頂上の「天逆鉾」(あまのさかほこ)を見たかったんだけどなぁ。 小林市には、霧島火山の溶岩が造った奇岩があって「陰陽石」と名付けられ、付近は公園になって神社もあり、宮崎観光遺産に選定されています。 興味がある人は自分で調べて下さい。(例えば)←書くな
2011年03月01日
2月5日から道立近代美術館で「浮世絵細見 いきな女の江戸ぐらし」が催されていますが、その関連事業として(というより、これくしょん・ぎゃらりぃ「日本の美」開催記念として)、2月26日(土)の午後に「木管五重奏」のコンサートがありました。 最近、コンサートを聴くために美術館を訪れているような気がしないでも・・音楽も美術と同様に、腹は膨れないけど脳細胞が満たされるから同じジャンルです。 この演奏会は「春を呼ぶコンサート『展覧会の絵』」と題され、奏者は木管五重奏団「ウィンドアンサンブル・ポロゴ」というグループでした。 外の天候は時折吹雪模様になり、音楽だけで春を呼べるとは思えないような厳しさでした。
ロビーに集まってきた聴衆いくら入場無料でも荒天だからこの程度だろうと思ったら、後からどんどん集まって席が全く足りず、ベンチやパイプ椅子を次々に足しても「立ち聴き客」がかなり出ました。 あれ・・木管五重奏なのに、演奏者用の折り畳み椅子が6脚ありますよ。 開演が近くなり、2階の控室からエレベーターに向かう演奏者達
拍手の中を颯爽と奏者が入場します。
所定の位置に付きました・・暗くてブレてますが、左からフルート、オーボエ、ホルン、ファゴット、クラリネットです。
ホルンは金管だから木管は4本だけじゃないの?とか、フルートは金属で作られてるから金管じゃないの?とかいう疑問は自分で解決して下さい。 余った椅子は、ワイヤレスマイクを置くために用意されたものでした。 このワイヤレスマイクが曲者で、度々音声(電波)が途切れるし音が篭もるしで、少々お粗末でした。地声でも十分に聞き取れたけど。(笑) 曲はドビュッシー、シューベルト、クライスラー、ムソルグスキー、ロジャースの曲(抜粋も含む)を合わせて十数曲でした。 中略:演奏中の写真はありません。 1時間弱で演奏が終了し、花束を受け取って引き上げます。
このグループは出張演奏や講習会に出向くことが多いようですが、近々自主公演も行われるそうです。→公演予定 聴衆はこの後、特別展を観たり常設展を観たりするなど、冬場の端境期の割には入場者数が多かったようで、集客のイベントとしては功を奏したようです。
さて主目的?の浮世絵ですが、実は先々週も鑑賞したので今日は2回目です。 浮世絵は現代でいうファッション雑誌とか商品カタログのような役割を果たしていた訳ですから、そこに描かれた江戸時代の美女の基準を覗い知れるのはもちろん、当時の庶民の生活様式を垣間見ることが出来ます。 展覧会のパンフレットをスキャン展示品に当美術館所蔵の作品が多いのは当然ですが、函館市中央図書館や市立函館博物館、道立函館美術館などの所蔵品が多くて意外でした。 浮世絵以外の展示品としては、化粧道具や着物や装身具が多く、凡そお洒落に関する庶民(および武家や花魁など)の調度品を各地から集めた感もあります。 果ては、旅の道具として実物の駕籠も展示されていました。 化粧道具と雛人形は伊達市開拓記念館や松前城資料館からも出品され、着物は旭川市の国際染色美術館からの出品もあって、企画も工夫したんだろうと思われます。 薄暗くて遠くに置いてある刺繍の模様を双眼鏡で見ていたら、デジカメと勘違いされてスタッフが注意しに寄って来たという・・。 着物の柄として友禅や小紋は珍しくないし、更紗があることも知っていましたが、「友禅と更紗」という組合せや「小紋と更紗」という組合せで縫い合わせた着物があることに、少々驚きました。何でもあり、みたいな。 花魁の着物なんて、これでもか!っていうくらいド派手で、小林幸子の衣装を連想しました。 もうすぐ楽しい雛祭りですが、普段は伊達市開拓記念館に所蔵・展示されている貴重な雛人形が札幌に出張しているため、本家ではお留守になっていることを知らずに期待して享保雛を見に行く人がいたら気の毒ではあります。 個人的に最も頭を悩ませたのが「江戸の地名の判じ絵」で(笑)、隣に掲示されている解答を見ないで考え当てるのが醍醐味です。 簡単に分かる問題もあれば、よくこんなことを考えるもんだと(他人事のように)思う判じ絵もあって、東京(江戸)の地名をよく知らない人間にとっては苦しい作業でした。 美術館の前庭にある黒御影石の彫刻:「雲の砦Jr.」by 流 政之
これは「グラウンド・ゼロ」に立っていた彫刻「雲の砦」のミニチュア版で、片側にだけ雪が乗っていて面白かったんです。(撮影:2010/12/18)
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作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。
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