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作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。
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2013年06月30日
そろそろ、種明かししてもいいかな?笑 アメダス探訪「赤平」の巻(2013/5/25) もう1ヶ月以上前、芦別方面で見聞したい場所が多かったのと、何より空知地方で未踏のまま唯一残っているアメダス赤平を片付けてしまいたいから、悲壮な決意を持って出掛けたのでした。←胡蝶蘭 何度も発見に失敗しているので、新たな候補地を数ヶ所加えてGoogleの写真で上空からも調査したところ、四角い枠に囲まれているらしい土地が2ヶ所見つかりました。 でも1ヶ所は、その枠から伸びている細長い影が、アメダスの施設にしては長過ぎます。ここの観測要素は雨量のみで風速計が無いから、そんな長い影が出来るほど高いポールは立っていないはず。
今回の調査エリアは、赤平バイパスを通した後で通行止めとなった旧道です。ここに車を置いて歩くとすれば登り坂になるので、反対側からアプローチします。 行きが登りか帰りが登りか、という違いだけなんだけど、高いところから見下ろした方が見通しが良いだろうし、反対側に近い方の地点かも知れないし。 しかし結果的には、こっちから登った方がはるかに近い側の地点だったのですが。笑 通行止め区間の反対側の始点:泥が路面に残っています。
ここまでは以前にも調べたんだけど、通行止めの先にアメダスを置いてある訳ない、と思って引き返したのでした。 夜ならば、通行止めを知らない車が突っ込んだりしないかな? ・・って、よそ者が来るような道路じゃないけども。 通行止めの始点となるカーブ付近を振り返った図:泥が流れる状況になるのなら通行止めにすることも納得。
これでも道道で・・よくまぁ昔はこんな狭い曲がり道を走ってたもんだと感心? 路肩が崩れるのを防ぐ目的なのか道路を移設する準備だったのか、杭が打ち込まれていました。
平成18年の工事ですから、その後でバイパスが通って旧道が見捨てられたんでしょうか。 登り坂になった脇道が途中にあり、登るのは大儀だけど崇高な?ミッションのためですから。
看板が見えるのは「熊出没注意」かと思ったら、 カキ貝の化石がある地層だそうで、赤平も大昔は浅い海の時期があったという証拠になります。
確かに、貝化石などが含まれていました。
それを挟む下層の古い時代や上層の新しい時代には植物が堆積していて、それらが数千万年の時間をかけて石炭層に変わった、という歴史絵巻が頭の中に広がる光景です。 おぉ~、あったよ。こんな所に隠(さ)れていたなんて!
空中写真で影が長く写っていたのは、隣に立つ携帯用中継局のアンテナだったんだぁ。 確か4回目となる探索で、やっと巡り会えました。
この山の中で、私が訪れるのを長いこと待っていたんでしょう。←え? 雨量計は結構高い位置に据えてあります。
この道を登り切った山頂部にも何かの施設があるみたいだけど、登るのは疲れるしプーさんに遭いたくないし。 雪融け水で濁った空知川と、赤平の住宅街を旧道から見下ろす光景
向こうに見える赤平山スキー場を滑ったことがあるなぁ。 河川敷にサッカー場がありました。その向こうは百戸地区と茂尻地区です。
川の手前側の低い位置を走るバイパスの道路が左下に見えます。 帰り道は登り坂になるけれど、スミレの花を愛でる余裕も。
スミレの花咲く頃・・宝塚歌劇団を連想したら、原曲の歌詞はスミレじゃなくてライラックだったんですか・・さらにその前はニワトコだったとか・・ニワトコとライラックは似てるだろうけど、スミレは全くの別物なのにどうして?←宝塚にライラックは咲かないから? 結局、公表されている緯度の値が実際よりも0.1分ほど南側で、標高も15mくらい高い値だと思います。 やっと(足かけ3年で)、空知地方のアメダスを全て踏査しました。 残るは、留萌北部・上川北部と、宗谷、網走、根室、釧路・・いつになるんだ。(留萌北部・上川北部は、6月8日~9日に調査しました。)
2013年06月27日
6月23日(日)の10時半から夕張市の平和運動公園で、北海道クラブユース選手権(U-18)の決勝が行われました。 当然ながら、日本クラブユース選手権(U-18)の北海道予選を兼ねています。→北海道サッカー協会の開催要項(PDF)、日本クラブユース連盟の結果(PDF) 今年の参加チームは4チームで、コンサU-18、クラブフィールズU-18、サンクFCくりやまU-18、FCフォルテU-18 から成ります。 1次ラウンドではコンサU-18以外の3チームによる総当たりのリーグ戦を行い、1位のチームがコンサU-18との代表決定戦に進みます。 この大会の特徴としては、今年で第16回となる歴史の中で、未だかつてコンサU-18が優勝しなかった年は無い、ということと、決勝の相手がどのチームなのかは当日に会場へ行ってみなければ分からない、ということです。 主催者である北海道クラブユースサッカー連盟の公式ページは、決勝の1週間前までは去年のバージョンになっていました。 前日に見るとU-12やU-15の大会情報は今年のバージョンに変わったものの、U-18の大会情報は「随時お知らせ致します。」に変わっただけで何も無くなりました。(対戦相手を知らない方が当日のお楽しみでもあるのですが) 試合時間は90分で、代表決定戦では20分の延長戦やPK戦もあり得ます。 ベンチ入りは18名まで、選手交代は4名まで可能です。
決勝の相手は、1次ラウンドで2勝した「サンクFCくりやまU-18」となりました。 コンサU-18(赤黒) vs サンクFCくりやま(水色)コンサU-18のスタメンは、GK:輪島、DF:近藤・進藤・内山・井端、MF:岡田・前・倉持・國分、FW:松尾・平川 でした。 キャプテンマークは内山が巻いており、控えは種村・泉谷・工藤・佐々木・藤井・鈴木・粟飯原のようで、他にお手伝い要員が4名います。 円陣を組んで内山が「気合い入れていくぞ! 来週はプレミアだ! こんな雰囲気じゃダメだ!」と叫ぶのが聞こえたので、観る方も楽勝まったりムードではいけないなぁ・・と反省させられたのでした。
10分の左CKに平川がヘディングを合わせたけど越えて行きました。
続いて左からのフィードを岡田が受けて突破、スルーを出したら松尾がオフサイドでした。
18分に内山が右をえぐったチャンスでCKを得て、前が蹴り入れた右CKにファーからシュート、こぼれ球を松尾が押し込みました。(1-0)
21分にも松尾へ出したらモロにオフサイドでした。右で近藤がフリーだったんだけど。
27分に前が突破して中央からシュート、
これははじかれましたが、こぼれ球を松尾が打ち込みました。(2-0)
31分に右から左へ振って前がシュート、左ポストに当たって外れてしまいます。
35分のピンチを落ちついてクリアした後、37分に松尾が右を独走してクロス、
左から平川が打ち込みました。(3-0)
41分に平川が右から切り込んで倒され、イエローカードが出ます。
Pエリアの右外からのFKはクリアされました。 ロスタイム1分が出た後でボールを奪われ、シュートを打たれたもののはるか上へ飛んで前半が終わりました。(3-0) コンサU-18に交代なく後半が始まります。
左奥のスペースへ出して井端がえぐる場面が何度かありました。
6分のゴール前での攻勢は打ち切れなかったものの、平川の突破からFKを得ました。
右寄り30mくらいの距離からのFKを前が蹴り、これが枠の右上隅に飛び込みます。(4-0)
8分に井端が作ったチャンスが3回続きました。
さらに近藤が右クロスを入れて松尾がヘディング、しかし枠を越えて行きました。
ここで松尾は足を痛めたらしく、担架で運び出されます。
ふくらはぎの肉離れなのか、代わりに藤井が入りました。 16分には右から平川が打ち込み(5-0)、
続いて平川が左から右へ流すと、國分が滑り込んで押し込みました。(6-0)
19分には國分が左を突破して、左ポストの内側へ狙って転がしました。(7-0)
20分に藤井がオフサイドとなったところで、前に代わって佐々木が入りました。 23分に藤井が流すシュートでCKを得て、
左CKから平川がヘディング、しかし左へ外れます。 24分にスルーを國分が受けて、GKを越えるループを打ちました。(8-0)
26分に、平川に代わって粟飯原が左SHに入り、國分がFWに上がったようです。 この1分後、独走を許して失点しました。(8-1)
コンサU-18伝統の、お約束の1失点です。 33分に岡田の右クロスでCKを得たところで、井端に代わって工藤が入りました。 ショートコーナーから再度CKを得たものの活かせず。 35分に右から打ったミドルはバーに当たってしまいます。
37分のスルーを受けた藤井が浮かすシュートを打ったけど、右へ外れました。 しかし40分、近藤の右クロスを藤井が流し込みました。(9-1)
ロスタイム3分が出た後で、粟飯原が左から独走してシュート、惜しくもサイドネットの外でした。
9点取ったものの、1失点が悔やまれます。(9-1)
試合終了後に表彰式が行われ、優勝のコンサU-18に賞状が授与されます。
続いて準優勝のサンクFCくりやまにも授与された後、
北海道クラブユース連盟会長から、はなむけのお言葉がありました。 「アディダスカップ」と呼ばれる日本クラブユース選手権(U-18)は、7月25日から8月3日まで、群馬県などで開催されます。今年は涼しい時間帯に試合が行われるんだとか。 頭の中に「♪ま~えばしへ行こ~ぉ~」というメロディーが流れてきたのは秘密です。笑
試合後に、以前から気になっていた北炭平和鉱の坑口などを探索しましたが、その話は別の機会に。
2013年06月23日
先月の下旬に、赤平(アメダス含む)・芦別方面を見学してきました。 アメダスのレポートは後の記事に回すとして、今回は歴史遺産を巡る紀行文です。 銀座山形屋様の縫製工場(日本ソーイング北海道(株))が芦別市にあり、芦別市は120周年、市制施行60周年を迎える、ということは全く知らなかった頃の旅なので、その方面には立ち寄りませんでした。未知とのソーイングです。←をぃ
まずは、赤平市にある「北海幹線用水路」の「北海頭首工」を見学しました。左側にある道路は関係者用の専用道路なので、右の道路を先へ進みます。 道の脇に神社があって「北海水神宮」というらしく、用水の安全を願っているのでしょう。
水量が豊かな空知川から、少し水を分けてもらいます。
ここが取水口の水門で、結構な幅がありました。
こんな水路に沿って農業用水が流れ下り、赤平市から南幌町までの総延長80kmにも及ぶ水路が、穀倉となる空知の水田や畑を潤します。
途中の砂川市を流れる「北海かんがい溝」の上は「流れのプラザ」として整備されており、以前の記事にも説明があるのでご参考に。 峰延の辺りでは国道12号の脇を流れていて、走ってる車からも水路が見えます。 芦別市の頼城地区にある「星槎大学」まで来ました。
「星槎」とは、中国の伝説に登場する「天空を旅するいかだ」に基く「星のいかだ」のことだそうで・・長さに差がある木でも、組み合わせれば大きな舟となって大海を旅することが出来るという・・ベテランと若手との組み合わせ・・耳が痛い話です。笑 アディダスのマークに似ている校章も、長さが違う3本の木を表しているんでしょう。 隣に石碑が立っており、ここは旧頼城小学校だったんですが、
西芦別小学校に統合されて廃校となった校舎を、通信制の星槎大学が活用しています。 ここの体育館が見事で、大きさも並外れな上に内部の骨組み構造が美しいのです。
参考:文化遺産オンライン(地図中のマークは「星の降る里百年記念館」の位置) レンガ造りの校舎は長さが100mもあって、廊下で徒競走が出来るとか。←走るな
校舎、体育館、校庭・・全てがデカい・・三井芦別炭鉱の城下町だったのは過去の栄光。 生まれた土地が悪いのか、それとも後から生えた木が悪いのか・・
校庭を挟んだ隣には、廃校となった旧頼城中学校の校舎があり、
こちらは「星槎国際高等学校」として使われています。
頼城小学校が統合された先の西芦別小学校に寄ってみると
この秋には廃校となる予定だそうです。 とは言ってもここは、西芦別中学校だった校舎に西芦別小学校が移転した当代の校舎であって、先代の校舎跡が近くにあります。
旧体育館は地元企業の社長さんが改装して美術館にしました。 開校五十周年記念の石碑と旧体育館
校庭と旧体育館との取り合わせがちょっと異様
旧三井芦別駅の駅舎が残っていましたが、倉庫として使われているようでした。
線路跡とホームであることが分かります。
これでも駅前通りですからっ!
旧三井芦別鉄道の「炭山川鉄橋」の上に、ディーゼル機関車と貨車が展示されています。
国道452号にかかる炭山川橋から見えます。 普通は建物の中に保管して展示したいところなのに、風雨に曝す状態で展示するのはメンテナンスに手間がかかるに違いありません。(冬場はしまい込むんだけど) 道の駅「スタープラザ芦別」で買ったお菓子「北海道 星空のムコウ」
これって、星の降る里に相応しいお菓子だと思うし、パッケージが芦別市の紋章に似てて面白いのですが、信州とか白馬とか八ヶ岳とか、那須高原とか、北海道とか函館とか・・地名と販売者が変わるだけでパッケージと中身は同じらしく、あちこちで売ってるお土産らしいですね。
2013年06月20日
渡島半島を巡るアメダス探訪は、5回目の今回が最後です。
木古内を過ぎた後は、北上して大野町の「北斗」へ進みたいんですが、去年、渡島東部を回った時に戸井泊を通過してしまったので、今回は戸井泊に寄らねばなりません。
戸井泊は2003年から観測を開始した比較的新しい観測所で、以前は内陸にある「蛾眉野」(がびの)という地点で雨量を測っていました。
蛾眉野もまた周辺より雨量が多い地点で、千軒や南茅部と並んで渡島半島の悩ましい地点です。
アメダス探訪「戸井泊」の巻(2013/5/5) 少し手前に、旧国鉄戸井線のアーチ橋があります。戸井線は、1937年(昭和12)に軍事物資輸送の目的で着工されたものの、資材不足により残り数kmという地点で建設中断となった「幻の鉄道」だそうです。このコンクリートアーチ橋は、北海道遺産になっています。 役場の支所か、その裏手にある学校か?と思ってたら、その中間にありました。
でも、学校の教員住宅のようです。 日新中学校の校舎と校庭
校庭の隅に地震計もありました。
ここの観測要素は雨量だけです。
海へ下る坂の途中にあるので地盤がかなり傾斜しており、
この辺の海岸線は入り組んでて、魚や海草が採れるんでしょう。 大昔に国道の手掘りトンネルを通ったことがありますが、今は幅広いトンネルで面白くも何ともなくて・・時間に余裕があれば手掘りトンネルに寄り道したいなぁ。
遠回りになるけど南茅部に寄って、道の駅「縄文ロマン 南かやべ」に併設された「函館市縄文文化交流センター」を見学しました。 以前に南茅部周辺やアメダス川汲を訪れた時には開館準備中だったので、今回が初めての訪問となり、国宝の中空土偶「カックウ」については、以前の記事で説明してあります。 函館奉行所といい、縄文文化交流センターといい、オープン直前に訪問するタイミングになってしまうという間の悪さ・・。 訪問したとは言っても、展示物の写真はありません。この種の施設では内部の撮影が禁止されていますから。 代わりにと言ってはなんですが、このサイトが最も得意とする分野の情報を。なかなか斬新なデザインの洗面所です・・鏡に自分が写らないように撮影。笑 コンクリート打ちっ放しの壁は、ラスコーの洞窟を想い起こして
壁画を描きたくなる人はいないかな? え~っ、そんな人(or犬?)がいるのぉ~?
と驚きつつ、人間も動物の一種なんですけど・・。
アメダス探訪「北斗」の巻(2013/5/5) いくら特急列車に名前が付いたとしても、合併してやっと市になった自治体が、歴史ある函館市と争って「北斗」を北海道新幹線の駅名にしようと画策するのは無理な気がしますが・・「新大野駅」じゃダメなの? 以前は「大野」という観測所名で、大野新道に近い農場の中にありました。ここは「地方独立行政法人北海道立総合研究機構農業研究本部道南農業試験場」 (ちほうどくりつぎょうせいほうじんほっかいどうりつそうごうけんきゅうきこうのうぎょうけんきゅうほんぶどうなんのうぎょうしけんじょう)という名称なんだそうです。ふぅぅ。
囲い(や塀)がある土地に立ち入る訳にもいかないし、
大野平野と呼ばれるほどの平地の中で、しかも農場という平らな広い土地の中に立ってるのだから、観測には支障が無いことが分かったので、目的は達せられました。 取りあえずズーム写真を撮って引き上げます。
後で調べたら、この試験場に知人が勤めてることが分かりましたが、手遅れ。
アメダス探訪「森」の巻(2013/5/5) ここは国道から西側に入った田園地帯にあり、空中写真で見ても何の施設なのか推定できませんでした。墓地+火葬場にしては広過ぎるし、牧場にしては敷地が舗装してあるようだし。実際は「JA新はこだて森農産センター」という施設でした。 敷地と測器など
目的が無ければ通る道路でもないし、二度と訪れることが無いかも知れません。 雨量と風速と日照と気温と積雪深を計っています。
向こうには道央自動車道が見えます。 気象観測の他に、地殻変動も測定していました。 何しろ駒ヶ岳の山麓ですから、火山活動を監視する役目があります。
森を発って5号線を北上してる途中で、夕日が沈んでしまいました。
暗くならないうちに八雲へ着かねば。
アメダス探訪「八雲」の巻(2013/5/5) 場所的に駅の裏だとは分かっていても、何の施設の敷地にあるのか判然とせず、除雪センターかも知れないと思っていたら付近は工事中でした。 駅の表側とは違って道が狭いし曲がりくねって見通しが悪いし、知らない街の駅裏なんて方向感覚が狂うもんだから、かなり苦労しました。 どんどん暗くなってくるので、今回は諦めて次に函館へ来た時の途中にでも探そうかと思い始めた矢先に、こんな状況の目的地を発見してしまう嗅覚は犬並みか?ただの空地のようで、向こうが八雲駅と夜行列車です。
車のヘッドライトを上向きにしても照明効果は期待できず、
不審な人物として犬に吠えられる始末。笑 風速計と積雪深計なんて、色調を調整してもこの程度にしかなりません。
結局は大沼トンネルのあたりで花見帰りの渋滞に巻き込まれてしまいましたが、道央道のICを過ぎたら解消しました。 中山峠の土砂崩れ現場も無事に通過して帰宅は夜遅くになったものの、とにかく1泊2日の行程で渡島半島のアメダスを巡回できました。 これで、渡島・檜山地方のアメダスは(離島を除き)全て調査したので、次は留萌北部と上川北部だな・・。
2013年06月16日
渡島半島を巡るアメダス探訪も第4回目となります。 松前を発ってしばらく海岸沿いの道路を進むと、横綱の里・福島町に着きます。ここから国道は山間部に入り、青函トンネル記念館があったとしても、線路は既に地下深くを走っていて見えないので、今一つ実感が湧きません。
アメダス探訪「千軒」の巻(2013/5/5) ここも廃校で、アメダスは校庭の隅にありました。福島町立千軒小中学校は明治34年に開校し、中学校は平成9年、小学校は平成15年に閉校したそうです。 この建物が校舎の面影を残しているのでしょうか。
表札には、福島町活性化センター「あづま~る」と書かれています。 ここは周辺の地点よりも雨量が多いし積雪も多くて、いつも悩ましい地点です。
壊れた百葉箱は相当の年季物らしく、ペンキもハゲハゲで屋根がありません。 時間割が物置に立て掛けてありました。
一年生の時間割・・ではなくて、「一」に見える部分に学年の文字板を貼るんでしょう。 何とも比較したくなる光景です。
旧体育館は「体験交流館」という施設に変わりました。 集会所と思われる「あづま~る」を覗いてみると、
「千軒の自然」が紹介されていました。 最盛期にはこの地区だけで砂金掘り人足の家が千軒もあった、というのが地名の由来だそうですが、現在は福島町全体を合わせても人口が6千人、世帯数は2千世帯ほどだそうです。 砂金は今でも採れることは採れますが、テマ・ヒマ・クマを考えたら、趣味の世界でしかマカタしません。 ここは大千軒岳への登山口に位置し、
隣には千軒神社があります・・両脇に立ってる木が良い感じ。
本殿の内部の様子をガラス越しに撮影
ここは「福島大神宮」の末社らしく、砂金が採れた関係なのか、「金山彦命」(かなやまひこのみこと)も祀られています。 我らがチームの必勝(と金鉱発見)を祈願してきました。←強欲 雪が多かったせいか、欄干が壊れていました。
少し離れた場所で発見(私の仕業じゃないから)
「浅間神社」も「せんげんじんじゃ」ですが、「浅間神社」は浅間山じゃなくて富士山を崇拝するためにあるらしく、富士山頂にある奥宮を訪問したことがあります。
アメダス探訪「知内」の巻(2013/5/5) 国道のバス停に隣接する「上雷生活改善センター」の横にありました。ここでは雨量しか測っていません・・松前へ向かう桜見物の車ばかり。
国道脇ながら見過ごしてしまいそうですが、ストリートビューには写っています。 どう改善するのかよく分からない「生活改善センター」
「知内農業発祥の地」という碑が建てられていました。
エドウィン・ダンの指導の下、明治14年に緬羊主体の牧畜を始めたんだそうです。 碑の土台の陰に発見・・知内町と言えば北島三郎でしょうが、
芸道も地に落ちたのか・・。
アメダス探訪「木古内」の巻(2013/5/5) 国道脇の浜辺に、二宮金次郎かと思う像が立っていました。恐らく「木古内の坊物語」の主人公だろうと思われます。 全く期待を裏切られずに、消防署の前にアメダスがありました。
普通に4要素を測っています。
道路の向かいは漁港になっていました。
ここも国道脇だから、当然ながらストリートビューに写っています。
アメダス見物しながら道草を食ってるうちに、花見遊山から帰る車が周りに増えてきました。 渋滞に巻き込まれないよう、さっさと片付けて逃げ帰りたいところですが、まだ他に4ヶ所を探索する予定です。
2013年06月12日
いくら私でも、それほど古くから工藤光輝くんを見ていた訳ではありません。 しかしながら、彼を最初に見たのが中学3年生の秋であったことに違いは無いのも事実です。 もう7年近く前の話になりますが、2006年の10月に札幌ドサブでU-18チームの練習試合を見ていたら、他チームの練習生(中3)が混じっていました。 その翌週に、高校ユース新人戦の試合で浜厚真の野原サッカー場に行ったら、コンサ側の観客席(と言っても土手)の隅に見覚えのある顔付きの子がいて、ご家族と思われる方と一緒に観戦してました。 ユースサポ仲間と「あの顔は見たことあるよね・・この間、練習生として参加してた顔じゃないかい」と話し合って意見が一致したのでした。
帰宅してから色々と調べると、彼は厚真のASCのメンバーだから浜厚真は目と鼻の先とも言える地元なので、観戦しに来やすかったのだということが分かりました。 その時既に、来年はコンサU-18に入団するんだろうと推測された訳ですが、2月に苫小牧で行われた練習試合にも参加・出場してたから決定的ですよね。 その年の高円宮杯(U-15)選手権・北海道大会のプログラムにミツくんが載っており、最後列・中央の坊主頭がミツくんで、背番号10番のキャプテンでした。 ミツくんを最初に見た前の週に、函館のクラブチームからU-16の練習試合に加わっていた選手(中3)も数名いて、そのうちの1人はコンサU-18に入団して札大へ進学しました。 別の1人は結局ベガルタユースに入り、現在は仙台大学4年生の西村光司くんだと思われます。
最前列の左から2人目(11番)のようです。 彼も東北学生リーグなどで活躍しているようなので、自分はあの頃、後に大学のエースとなる選手達をじっくり眺めるという贅沢な暮らしをしていたことになります。 ユースの練習を見てると良いことがありますよね。←結論 U-18時代で記憶に残っている事といえば、練習中にチームメイトのNくんとイサカイを起こし、非はNくんの方にあると思われるんだけど、殴りかかりそうな勢いでした。 そこに割って入ったのがヨングンで、ミツくんをなだめる一方、Nくんをたしなめてその場を収めたのです・・ヨングンえらい。 今年の春先に、宮の沢でサテの練習を見てたらミツくんが参加してたんだけど、来年入団するかも知れないので近い仲間にだけメールで知らせました。 世間には内緒にしておこうと思ったのに、しまふく寮通信2に顔写真入りで載ってました。笑 「クラスの女の子をかばって先生とケンカした」という記事を読んで、さもありなんと思いました。
2013年06月09日
6月9日。 今日は何の日? 6と9だから「水戸黄門の日」でショ。 ♪じ~んせい 六ありゃ 九もあるさ
GWを利用した渡島半島を巡るアメダス探訪の第3回目は、江差から始まります。 「江差の五月は江戸にも無い」だか「蝦夷にも無い」とか言われますが(←嘘)・・そりゃぁ、江差で桜が満開になる頃には、江戸ではもう散ってますから。 動かないから不動産税がかかる開陽丸は面白いんだけども、以前に見たし今回は急ぐ旅なのでパスします。
アメダス探訪「江差」の巻(2013/5/5) ここしか無いだろう、と思った場所にありました。ここはかつて江差測候所だったので、江差特別地域気象観測所という名称で、観測要素も多いです。 姥神大神宮や横山家の近くにあります。
風速や日照は庁舎の屋上で測っていました。 露場の測器類
背後のフェンスに描かれているイラストは、江差姥神大神宮渡御祭で引き回される山車のデザインだろうと思われます。 標高の基準となる標石
気圧の測定値は海面補正を加えて比較するので、気圧計を置いてある高度を正確に知らねばなりません。 正面の奥が姥神大神宮で、左手前が横山家です。
他の目当ての地点へ向かったら、隣に面白い展示館がありました。
表通りから内部がそのまま見えます。 真ん中にある丸いのが気圧計で、おそらく漁船に積んであった骨董品でしょう。
左は舷灯、右はトランスのようです。 こちらがお目当てのアネロイド気圧計で、
ストリートビューにも写ってます・・時計搭みたい。 気圧計はフランス製で、外側からインチ、cmHg、mb の目盛りが見えて、この時の示度は77.25cmHg(1030mb)と読めます。比較してもしょうがないけど、この時刻における江差の気圧値(現地気圧)は1012.3hPaでした。
天気として、Stormy、Rain、Change、Fair、VeryDry と書いてあるようです。 昔の漁師さんは、これを見てから出漁したそうな。 気圧計は英語で「バロメーター」(barometer)と言い、「bar」は気圧の単位でした。 昔は気圧の変化傾向を基に天気を予想したので、物事の目安となる指標も「バロメーター」と表現します。 昔々、漁師さんが経営する民宿に泊まったら、その漁師さんが日本語の「気圧計」じゃなくて「バロメッター」と呼んでいたのでビックリしました。 こちらは「旧檜山爾志郡役所」(江差町郷土資料館)ですが、まだ朝早くて開いてません。
この辺の通りは「いにしえ街道」と呼び、歴史的な建造物を残して、民家も統一的な景観に配慮しています。
左手前がハネダシの「中村家」ですが、昔は屋敷の裏が海岸だったのに、今は道路が走っています。 さすがにカーディーラーは土壁じゃなくて、明治のハイカラ建築という雰囲気です。
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江差の隣は歴史と遺跡の町・上ノ国で、アメダスは無いけれど面白い物が沢山あるので寄ります。 ここのお目当ての一つは、後背の山麓にある中世の館(砦)跡と墳墓群です。 夷王山の山頂には神社があり、手前に墳墓群が広がっています。案内と学習のための勝山館跡ガイダンス施設が出来ていましたが、朝早過ぎて開いてません。
墳墓が600基もあるんだとか。
どこを掘っても墓になってる感じで、アイヌ人も埋葬されていました。 砦の柵が再現されています。
かなり規模が大きかったようです。
屋敷跡などと上ノ国の市街地を見下ろす光景
もう一つの目当てが「洲根子岬」(すねこみさき)にあります。
ここには気象庁が設置している「沿岸波浪計」があり、
北海道にある沿岸波浪計は上ノ国だけです。→観測値 以前は松前沖で観測していたんだけど、去年の5月から「洲根子崎」に移りました。 鉄塔の頂上部から海面に向けて電波を送受しています。
隣にあった洲根子岬灯台は2008年に廃止となり、代わりにはならないけど電子基準点があります。船もGPSを頼りに航海する時代ですから。
アメダス探訪「石崎」の巻(2013/5/5) 小学校にあるかと思ったら違ったけど、近くでした。パトカーが見えるのは、取締りじゃなくて交番だからです。 その隣のNTTの敷地内に立ってました。
田舎の交番の隣で悪い事する人はいないと思うけど。
さらに走って松前へ向かいますが、檜山地方の海岸を通る道路って、切り立った崖と海に挟まれてる上に信号が無くて、変に疲れますね。 これで、檜山地方のアメダスは全て調査しました・・と言いたいところですが、奥尻島の2ヶ所が残っています。 そのうち1ヶ所(米岡)は奥尻空港内にあるから立入禁止に決まってるので、残り1ヶ所の奥尻(稲穂岬灯台もと)を探索するために船(波)に揺られて島へ渡る気にもなれません。飛行機で渡れば両方見えるかも・・。
アメダス探訪「松前」の巻(2013/5/5) ここは予めストリートビューで見てたから、迷いもせずに到着しました。自衛隊の施設の一部かと思ってたけど。ちょっと植栽が多い敷地です。
松前でゴールデンウィークといえば桜です。
港の方へ行くと、「ディファレンシャルGPS局」という施設がありました。
建物の屋上にあるのがGPSの受信機で、頭上に張ったアンテナから補正値を送信してるのではないかと。
さらに先には「松前灯台」がありました。
ここは「弁天島」というけれど、島じゃなくて陸続きです。 街灯のデザインが素晴らしい。 松前の街の中をうろついてたら花見の混雑に巻き込まれるのは必至なので、道の駅で遅い朝食というか早い昼食を買って車の中で食べ、とっとと立ち去りました。
「あわびごはん」・・昨日からロクな物を食べないで走り続けてるから、少し栄養というか英気を補充しないと。 松前漬やイカが入った揚げ物なんて、イカにもご当地弁当です。 松前を出たら、反対方向からバスや乗用車が数珠繋ぎになって押し寄せて来ました。 翌日に松前で桜が開花したんだとか。例年よりかなり遅いのは・・・きっと地球温暖化のせいでしょう。笑
2013年06月05日
渡島半島を巡るアメダス探訪の第2回目は、大成の道の駅から出発します。 目が覚めたのが3時半頃、朝食を食べて歯を磨いて薄暗いうちから行動を開始しました。 今日は熊石を手始めとして檜山地方の海岸をひたすら南下し、江差を経て取りあえず松前へ向かいます。
熊石町は檜山地方だったのに、八雲町と合併したお陰で渡島地方になってしまいました。 アメダス探訪「熊石」の巻(2013/5/5) 郵便局かと思ったら、熊石漁港前の駐車場にありました。心配したほど山が迫っている訳でもなく、好条件な立地です。 積雪が少ないので、積雪深計の投光部の位置が低いです。
投光部とターゲットとの位置関係
とっくに雪は消えていますが、律儀にレーザー光を発してました。 風向風速計と日照計
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アメダス探訪「潮見」の巻(2013/5/5) 予想通り「明和小学校」にありました。この魚は何ですか? 鮪? 立派な新しい百葉箱まであります。
アメダスの敷地
ここでは雨量だけしか測っていません。 それなのに、この熱心さ・・学校が自前で付けた看板だと思われます。
とにかく、何にでも看板を付けたいようです。
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現在の校舎は新しいですが、開校が明治37年という歴史ある学校です。
鳥がドラミングする音が続くので、木立の方へ回って探すといました。
夢中で虫を探してるのか、全く逃げる様子がありません。 後で調べたらこの学校は、愛鳥活動が農林大臣から表彰されるなど5回も受賞し、野鳥保護指定校となったり愛鳥モデル校に指定されたりしてるそうです。 鳥も逃げないはずですね。 学校は、国道がトンネルを通ってる岬の上にあります。
この岬は「鮪ノ岬」(しびのみさき)と言って、安山岩の柱状節理から成っており、天然記念物に指定されています。→参考 近くに記念碑があって、安山岩の原石(手前の黒っぽい岩)も展示されていました。
さらに先に進むと、「館の岬」(たてのみさき)という岬があって、地層が見事に見える露頭があります。→参考
遠くから見ると、ドーバー海峡か? と思うくらいの白い壁なんですが、雨降りなので黒ずんで見えます。 ↓参考 http://www.minami-hokkaido.jp/sites/default/files/u16/spot/ya.jpg
アメダス探訪「鶉」の巻(2013/5/5) 少し内陸に入って寄り道になりますが、ここを飛ばす訳にもいきません。およそ、予想した場所にありました。看板には「清流と緑の里 水車公園」と書かれています。 「うずら温泉」のホテルの隣にあり、
周囲は市民農園になっています。(だから緑の里)
積雪深(超音波式)も測っていますが、敷地は何も生えていない土の地面でした・・その方が正確かも。 こっちから見ると開けていますが、
ホテルの搭の方が明らかに高い。
もう一つの目玉は、水車と清流です。
この水車を回転させているように見える小川は、左奥から右手前に向かって流れて来ています。 なのに、水車は時計回りに回転しています。 水車を回転させる力は小川の清流ではなくて、水車の上から注ぎ落とされている水流であり、その水は・・ポンプで汲み上げているんでしょう。 つまり、電気で水車を回していることになります。(かなりの上流からパイプで水を引いているのでもない限り) 左奥の水源だって不自然に湧き出てるし。 水車小屋の内部に据えてあった挽き臼を窓の外から
搗き臼もありましたが、早朝でまだ小屋が開いてないので写真は撮れません。 懐古的な雰囲気に浸りながら水車小屋の向かいにあるトイレに入ったら、内部の設備が近代的で現実の世界に引き戻されました。 風力発電用の風車って、回転軸が自動的に首を振って風上に向く訳ではなくて、「ナセル」と呼ばれる発電機の部分をモーターで振り廻して、回転軸を風上方向に向けるんですよね。 風が強くてプロペラ(ブレード)が回転すれば発電するけども、風が弱ければ発電しない上に風上へ向けるための電力を消費するし、風が強過ぎると危険だから止めるし、被雷して壊れるとか亀裂が入って倒れるとか、色々と想定外の事が起こるようです。
2013年06月01日
先月の下旬に、10日間ほどかけて藻岩山の山頂まで行ってきました。 普通ならば1時間半もあれば登れるはずなのに・・。 その登頂記を以前の記事に付け足していましたが、追記をまとめて独立させました。 紙も積もれば山となる「やまつみ」の札幌藻岩山の地形を積み上げただけですけど。
標高100m面まで積みました・・まだ先は長い。(2013/5/22)作り始めてみると、色々とコツがあることが分かります。 手と頭を使って細かい丁寧な作業を必要とするから、ボケ防止に役立ちそう。笑 失敗しないように親切な配慮を感じる作りの商品になっていますが、良く言えば親切、悪く言えばバカチョン。 難点としては、糊の粘着力が強過ぎる感じなのと、位置合わせ用の棒がもう一本欲しいこと。 台座にも位置合わせ用の穴を掘った方が良いけれど、出荷前に加工すると木材は変形して位置がズレるから、この作業は自分でやるべきでしょう。 標高200m面まで積みました。(2013/5/25)
右下の円山は、あと2枚積めば山頂です。 説明書には「のりやカッターは必要ありません。」と書いてありますが、両方とも必要です。笑 迫力を出すためか高さ方向に誇張されているけど、ワタシ的には実際のアスペクト比(1:1)の方が好きだな。 標高300m面まで積みました。(2013/5/27)
だんだん複雑になってきましたが、焦りは禁物です。 さすがに、ゴマ粒のようなパーツを飛ばして無くしてしまうので、紙の余白を利用して似た形のパーツを作りました。(←だから、カッターや糊が必要) 標高400m面まで積みました。(2013/5/29)
上空から見下ろしてるような気分になります。 よそ見しながらセスナ機を操縦してたら、藻岩山の斜面に衝突したことを思い出しました。フライトシミュレーターの話だから生きてますけど。笑 標高500m面まで積みました・・が、今日は「藻岩山の日」なので、勢いで山頂まで到達しました。登頂成功です。(2013/5/31)
まるで、
天にもエベレストにも登る気分です。 藻岩山の標高って531mだと思っていましたが、536.6mと書いてあります。山頂付近にある三角点の標高が530.82mで、山頂自体の標高は536.6mだとか・・どっちみち、最後のパーツは530m面なんだけど。 斜め方向(正午の太陽の位置)から光を当てて凹凸を強調してみる地下から噴出した山体と、それらを削った雨水による造形ですから、地球の歴史が手に取るように分かります。 汚れ防止と表面保護のため、クリアラッカーを薄く塗りました。 何しろ材料がリサイクル紙なのでほぐれやすく、積む作業に集中してると既に積んであった頂上部や尾根の先端などに触れて、山体崩壊を起こさせてしまうこともあります。笑 ディイスプレイ用に作品を収納する専用のアクリルケースも売ってるけど、そこまでするほどの作品じゃないしな。 札幌ドームから見た藻岩山(2009/10/18)
ドーム・サブグラウンドが「ドサブ」ならば、ドーム本体は「ドメイン」か。
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作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。
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