カレンダー
プロフィール
作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。
最新のエントリー
リンク集
コメント
検索
2014年03月28日
今回のアメダス調査旅行も、4日目の午後となりました。 予定していた21ヶ所のうち、残るは置戸町の「境野」と「置戸常元」、北見市の「留辺蘂」だけになり、時間的には順調に進んでいますが・・。
アメダス探訪「境野」の巻(2013/10/14) 生田原からちょっとした峠を越えて留辺蘂に下り、さらにちょっとした丘を越えて境野に着きました。 地図上では大きな道路から少し離れてくねくねした道の近くにあるらしいですが、目印になるような建物はありません。 頼るとすれば端野町と北見市との境界や、名前が分かってる橋くらいだけど、その橋も車が無事に渡れるのか?と思うほどの簡素な橋で、ランドマークとしては役に立ちませんでした。 少し手間取ったけど、置戸町立境野小学校の隣にありました。いかにも教員住宅という佇まいです。 敷地の全景:向こうに校舎が見えます。
測器の配置:自然の植生の延長という感じ
創立百周年(平成19年)の記念碑が立っており、
左側に、境野小学校七十周年と境野中学校三十周年の記念碑も立っていました。(昭和52年の建立で、この年に中学校が閉校しました。) 小学校は平成21年に閉校したから、102年の歴史という勘定になります。 校歌の一番は「青い山垣 匂う土」で始まるからいいんだけど、三番なんて「冴える北風 凍る路 吹雪は狂う 冬の夜も」ですから・・今冬は暴風雪が多かったかな。 校舎の全景:中央部だけ2階建てという趣きのある校舎です。
境野駅の跡地が、バスターミナルというか集会所のようになっていました。
境野駅、永遠に・・網走本線、池北線、ふるさと銀河線の駅として、95年の歴史に幕を閉じたそうです。(平成18年)
![]()
アメダス探訪「置戸常元」の巻(2013/10/14) 置戸常元は最近(2006年)から観測を始めたばかりで、近くの「北見中山」から移転してきた観測所です。 地図上では、鹿の子温泉か、向かいの神社か、という選択肢が考えられましたが、電源や電話線の使用を考えたら温泉しか考えられない状況です。しかし温泉は廃業していて、この橋も通行禁止でした。 無理して橋を渡ったら、常呂川が三途の川になりそうだし。 この場所が違うのならば神社に向かおうとしたけれど、神社にある可能性は少ないと考えていたので、入口をマジメに調べておかなかったから入口が見つかりません。 アメダスは諦めて上流へ進み、「鹿ノ子ダム」が作った「おけと湖」を見物しました。
このダムは「鹿の子ダム」と書かれる場合も多いけど、正式には「鹿ノ子ダム」なんだそうです。 周辺はちょうど紅葉の時期で、紅葉狩りに良いはずなのに人影も無く・・
帰宅してから調べ直したら、某サイトにアメダスの雨量計が写ってる写真がありました。今度行ったら簡単に見つかるはずです。
アメダス探訪「留辺蘂」の巻(2013/10/14) 「ルベシベ」とは「峠を下りて平地に出たところ」という意味らしいです。 道の駅があって賑わう地区から少し石北峠側に登り、大和小学校の裏にありました。校庭(だった場所)から見た観測サイト:ここも教員住宅
後ろは牧場なので、牛が歩いています。
峠に近いけど北見側だから、積雪は60cmくらいしか積もりません。
牛が寝そべっています・・食事して直ぐに寝たんでしょう。 風向は北東くらい・・ならば峠へ向かって吹き上げる風です。
大和小学校の校舎の全景:比較的新しい感じ
手前に立つ校門には小学校と中学校の名前が書かれており、
その横には大和小中学校の閉校記念碑が立っていました。
平成23年(って今から3年前)に閉校したばかりだそうです。 あらまぁー、看板まで打ち捨てられて・・
![]()
北見地方で2ヶ所が未調査のまま残ってしまったのは思わぬ誤算でしたが、今日の予定箇所を全て回り終えたこともあり、少し寄り道して帰ります。 近くにある旧武華駅逓(留辺蘂町開拓資料館)の建物標準型なので、最近訪れた「上藻別駅逓所」の造りにそっくりです。 武華の読みは「むか」で、ここは何度も寄っているし写真も撮っていますが、改めてじっくり調査します。
横から見てもそっくり
1階の台所と勝手口と応接室、2階は客室でしょう。 裏に回ると、土台は自然石を使っていました。
勝手口から内部を覗いてみると、資料館として当時の道具などを展示してありました。
まるで当時から時が止まっていたかのような光景です・・時計が止まっていたし。
これで(時間も距離も)長かった調査旅行が終わり、北見地方に2ヶ所を残してしまったけど帰宅します。 道内(本土)の未調査地点は6ヶ所となり、離島の6ヶ所を加えると12ヶ所が残りますが、昨年中にこの内2ヶ所の調査が済んだので、今年への積み残しは10ヶ所となりました。 今年は離島をどの程度片付けられるかなぁ・・。 昨年は、夏タイヤだけで1万km以上走ってしまいました。 数年前から帯広まで3回も往復する用事が続いてるし、北海道の南西端・北端・東端まで走り回った上に、1回だけの予定だった函館まで行く用事が2回も発生してしまったし。 その結果、今年の1月には走行距離が10万kmに達しました。![]()
マイカーは車令11年になるし不具合も生じているので、今年の車検を取りたいとは思わないけれど、気に入った車種が無いんですよ。 スポンサー様のディーラーから乗り換える訳にもいかないしで、悩ましい限りです。 バッテリーも突然へたバッテリーになってしまい、再起を試みたけど救済できず、タクシーで最寄りのホ○マッ○まで買いに行きました。 あと3ヶ月だけ頑張ってくれれば良かったのに・・。
2014年03月24日
うちのチームでは、経費節減のためアウェイに帯同する選手の数を減らしたこともあるとか。 ・・ならばベンチ入りメンバーの空いた枠に、松山光くんを登録することは出来ないんだろうか? 選手証が無いんだから無理だろうし出場するはずも無いんだけど、毎回もらう「VOCS」の選手データには光くんの「出場数/得点数/警告数」の欄まであるから、これをそのまま「ベンチ入り数/被弾数/撤去数」と読み替えて・・
現実的な方法としては、ドームで見たカキワリにビブスを着せてベンチの横に立てておくとか。 ベンチ内に千羽鶴を吊るしても構わないんだから、カキワリが立ってても構わないだろ? ビンボーチームの体裁を取り繕えるし・・背が高いカキワリは持ち運びに不便だと言うならば折り畳み式にするとか・・いつか見たミシュラン人形のような風船をベンチに座らせる方法もあるだろうし・・ こんな人形が立ってるくらいだから。
光くんの誕生日は6月21日なんですか。 試合日程を見ると・・ちょうどホームゲームがあるから、その日こそを「松山光デイ」に設定するんだろうなぁ。 いっそ、ススキノから札幌ドームまでの道を「松山光通り」と名付けてしまえば?
年度末の多忙さで頭が疲れてる(というかハイになってる)と、突拍子もない
名案妄想が浮かぶものですな。 ・・そういえば、まだハチマキが届いてないなぁ・・と思っていたら「認定書」(メンバーズカード)が届いて、ハチマキは追加発注中につき暫く待てとのこと。仕方が無いのでマタンブシを買いました。
試合前に寄ったチ・カ・ホ「北から暮しの工芸祭」で入手した作品輪切りにした白樺の木口を焦がしてシマフクロウを描いてあります。 ひょっとして、ホスンの身内なのかな。
みんな16番で、黄色いGKユニがもう1人並んでいました。 私が座ってるエリアって、いつも紙コップやゴミ(や忘れ物)が置き去りにされてて回収するのが大変なんだけど、先日は1個も残っていなかったのが不思議・・一見さんが少なかった(から入場者数も少なかった)ということか。 地下鉄の福住駅にて:いのちの問題となる危険な兆候はありませんか?
先日寄った、札幌ドーム近くの某カフェにて
たったこれだけの表示しか無いのに間違える人はいないから、シンプルイズベスト。 こちらは新千歳空港国際線のトイレ
一目瞭然、傍目八目 女子トイレは多分、同じデザインで色違いではないかと。←見てきたようなウソかも
2014年03月20日
3月1日(土)・2日(日)に野幌総合運動公園の総合体育館で、全道フットサル選手権2014(U-14の部)が開催されました。→結果(PDF) 道内各地区代表の24チームを8グループに分けて1次ラウンドのリーグ戦を行い、各グループ1位のチームで決勝トーナメントを行います。 そして各グループ2・3位になったチームは、フェニックストーナメントを行います。 大会には、コンサ札幌U-15とコンサ旭川U-15が参加しています。
1日目(2014/3/1) 1次ラウンド第1戦 泊SC(小樽地区・青) vs コンサ札幌(赤黒)前半に鹿内が右から得点します。(1-0)
後半に菅野の左クロスを大屋が押し込み(2-0)、
佐藤からのパスを大古場が押し込んで(3-0)
クリアボールを奪われて失点したものの(3-1)、
追加点を上げて突き放しました。(4-1) 北見市立東陵中(網走地区・青) vs コンサ旭川(赤黒)
前半に先制されましたが、佐々木が打ち込んで同点とし(1-1)、後半は得失点なく引き分けに終わりました。 食事タイムとなりましたが、持参した軽食で済ませました。 館内のレンガの壁に、レストラン(未調査)のメニューをPRするポスターが貼ってありました。
えべつB級グルメ「EBE-1 グランプリ」の金賞に輝いた「えべつ レンガライス」を「omu de レンガライス」と名付けて提供しているようで、オムライスの中身のライスがレンガの形に成形されている、という趣向かと。 ここのトイレって、1階も2階も表示が目立たなくて所在地が分かり難いです。
午後の1次ラウンド第2戦・・の前に作戦会議
ボードで説明する相川コーチと関監督 左上は、コンサU-18→道都大→クラブフィールズ→コンサ札幌U-15とカムバックした中村拓朗コーチです。 コンサ札幌(赤黒) vs 伊達市立伊達中(室蘭地区・黄)
前半に藤村が2得点、山本が追加点を上げた後に失点し、(3-1)で折り返します。 後半のFKに佐藤がヒールを引っ掛けて追加点を上げ(4-1)、
失点した後に加藤が打ち込んで突き放し(5-2)、GK西も攻撃に参加します。
終盤に失点したものの(5-3)で勝ちました。 伊達中の横断幕
今年コンサU-18に入団した鈴木理久くんは、伊達少年団→伊達中という経歴で、岩内町長杯(U-10)で対戦しています。カブスリーグではどうだったか・・旭川U-15は対戦したことがありますが。 コンサ旭川の第2戦は遅い時間帯だったので見ませんでした。 結果はSC釧路に(1-2)で敗れてグループ2位となり、当日の夜に行われたフェニックストーナメントの1回戦で札内東中(十勝地区)に(3-3)からPK(3-1)で勝って、翌日の2回戦に進みました。
2日目(2014/3/2) フェニックストーナメント2回戦 帯広FC(十勝地区・白) vs コンサ旭川(赤黒) 前半は得失点なく、後半に大西が打ち込んで先制しましたが(1-0)、終盤に立て続けに失点して敗退しました。(1-2)
決勝トーナメント1回戦 コンサ札幌(赤黒) vs LIV FC(札幌地区・白)
前半に失点しましたが、
大屋の右クロスを山本が押し込んで同点に追い付きました。(1-1)
後半にも失点しましたが、大屋の左クロスを藤村(10)が押し込んで何とか同点で終わりました。(2-2)
PK戦となり、LIVは3人目が外してコンサは4人目の宮崎まで全員が得点、
LIVの4人目が外して勝ちました。(PK4-2) 決勝トーナメント準決勝 コンサ札幌(赤黒) vs 枝幸町立枝幸中(宗谷地区・白)
準決勝からはベンチメンバー全員が整列します。 前半の左からの攻撃で勢い余って壁まで届く
この後に相手の左から狭いシュート打たれて失点しました。(0-1) 後半に佐藤のシュートがバーに当たる
この後、さらに失点して点差が広がります。(0-2) 続いてFKを与えたピンチは凌ぎ、
GK西がここまで上がってシュートを打ったりするものの活かせず、
焦っているせいか決定力が無くて敗退しました。(0-2) 決勝は、札幌地区のSSSが(2-1)で枝幸中に勝って優勝しました。 会場内で見かけたOB:もんじゃ(阿部哲也)氏
現在は苫小牧の「WINGS」というチームの、U-15監督・U-12総監督を務めているようです。
なお、2月22日・23日に帯広市などで行われた全道フットサル選手権(U-12)は、コンサU-12が優勝しています。→結果(PDF) 2月16日に準決勝・決勝が行われた札幌フットサル(少年団)は、6年生が優勝したものの、5年生と4年生は全市大会で途中敗退しました。
2014年03月14日
常呂アメダスの次は、佐呂間へと向かいます。 北見市仁頃のハッカ御殿に立ち寄った都合上、山間部の仁頃トンネルと新佐呂間トンネルを経由する国道333号を通って佐呂間町へ抜けることになりました。 昔は、仁頃トンネルの次にサロマトンネルを通ってルクシ峠を越えるルートでしたが、2001年にルクシ峠で土砂崩落が起こって2名が死亡しています。 峠付近には同様な地質が残っているため旧ルートを放棄し、仁頃トンネルの先に別の「新佐呂間トンネル」を掘削するルートに変更されました。この新しいトンネルは全長4,110mで、当時は道内の国道で2番目の長さになる長大トンネルでした。(現在では黄金、穂別、野塚の各トンネルに次いで第4位) 新佐呂間トンネルの工事は2004年に着工して2007年に貫通する予定で、両側から掘削を進めて中央部の1,000mほどを残していた2006年11月7日、オホーツク海側の地域としては珍しい竜巻が佐呂間町若佐地区に襲来しました。 トンネルの工事事務所や宿舎となっていた2階建てのプレハブが跡形も無く崩壊し、工事関係者9名が死亡しました。 トラックが横転したり車が空中を飛んだほどの激しさで、竜巻の強さを示すランクである「藤田スケール」は「F3」と判定されました。→気象庁の竜巻災害データベース、札幌管区気象台の調査報告 死者の他にも重症6名、軽傷25名、住宅被害25棟となり、被害のほとんどが若佐地区に集中しています。飛散物は15km以上先まで運ばれて落下していました。(その先はサロマ湖だから落下地点が分からない) たまたま他へ移転したばかりだった旧若佐小学校跡の校舎に工事事務所・宿舎が間借りし、空き家となっていた教員住宅で被災住民が避難生活を送りました。
これがまず「仁頃トンネル」の入口(というか出口)続いてちょうど5年前の3月14日に開通した「新佐呂間トンネル」の入口(同上)
トンネルの右側に旧道が伸びています。
アメダス探訪「佐呂間」の巻(2013/10/14) ここが街の復旧とトンネル工事の再開に役立った、旧若佐小学校です。学校の前には大木があり、この辺は同じ町内でも竜巻の被害が少なかったようです。
竜巻が起こる年の春に若佐中学校が閉校し、夏にはその跡地へ小学校が移転していました。 大樹の陰には開校百年の記念碑などが立っていました。
この左側に教員住宅も残っていました。 工事事務所となった校舎の玄関と校章
その後、校庭に新事務所・宿舎を建ててトンネル工事は1ヶ月後に再開され、予定より2ヶ月ほど遅れた2007年秋に貫通し、遺族などが参加して慰霊式や貫通式が行われました。 アメダスはこんな感じで立っているはずでしたが、
グラウンドは災害の廃棄物集積所として使われた後、現在はメガソーラー発電所のパネルが広がっています。
アメダスは太陽光パネルの右寄りの奥に見つかるつもりが結局は発見できず、アメダス佐呂間は翌年への積み残しとなりました。 竜巻は若佐地区の中心部を通過した後、奥の山麓に立つ若佐神社の方へ向かったそうです。
この日は折りしも神社の祭礼日、屋根が飛ばされたコミュニティーセンターの駐車場(左)も賑わっていました。 毎年11月7日には慰霊式が行われており、日本風工学会主催による「強風災害フォーラム」もここで開催されたそうです。 昨年12月付けで気象庁から発表された位置データには変更されたアメダス佐呂間の位置が載っているし、佐呂間町の街中を2時間ほど捜し回って土地勘もできたので、次回は簡単に見つかるだろうと思います。
アメダス探訪「生田原」の巻(2013/10/14) 佐呂間でかなり時間を費やしてしまい、昼近くになってしまったけど気を取り直して先へ進み、オモチャの町・生田原へ着きました。 地図上では、街外れに造成した運動公園のような場所にあるらしく、途中の道はくねくねしてたけど無事に辿り着けました。奥は野球場のようです。 田舎町の郊外だけあって、障害物などもありません。
道路の向かいに並んでるのは公務員住宅のような雰囲気です。
風向計は南を指していました。
さて次は、置戸町のアメダス「境野」へ向かいます。
2014年03月08日
みんなで自分たちのクラブを作ろう! コンサドーレ札幌『松山 光プロジェクト』・・「みなつくプロジェクト」か。 今シーズンは、U-18から内山裕貴くんと前寛之くんの2名がトップチームに昇格しました。 最近入手した今年のオフィシャルガイドブックには、二人で先輩のゴメスをいぢくってる様子が存分に窺えます。 その対談の前に載ってる、ヒロ・拓郎・ミツの対談も面白いけど、うっち・ゴメス・ヒロくんの対談は退屈しない内容でした。
その二人の若かりし?時代の写真を探してきました。これは、2007年6月に滝川の河川敷サッカー場で行われた、「全日本少年(U-12)サッカー大会」の北海道予選で優勝した時の記念写真です。 前列中央のトロフィーの後ろが岡田洋平くんで、その右で賞状を立ててるのが内山くん、左隣のカップの後ろが前くんです。 コンサU-18まで進んだ選手では、鈴木くん・輪島くん・平川くん・井端くんなども見えます。 中央部を拡大した図
さて、オフィシャルガイドブックの58ページに載ってる寛之くんは、他の選手と違ってわざとらしいポーズを取っていませんが、奇しくもこれが60ページの松山光のポーズに最も似てるように見えます。 さらにU-15チームの名簿を見ていたら、コンサU-18出身(3期生)でクラブフィールズのコーチを務めていた中村拓朗くんが、コンサ札幌U-15のコーチになったようです。 先週末に行われた「全道フットサルU-14」の大会でも見かけました。 クラブフィールズU-15からコンサU-18に入団した濱くんの
お目付け役介添え役なのか・・という冗談はさておき、これも一種のサーモンでしょう。 アカデミーのスタッフも着々と道産子率が高まっていますが、トップチームも含めると今年はタクローが3人になりました。 ずいぶん前に、村田コーチが東京ヴェルディへ移籍する話が発表されましたが、こういうことだったんですね。 しかし、今年のアカデミーのスタッフの全容はまだ発表されていなくて、例年より発表時期が遅れています。
ドールズのメンバーも新しくなって、もうじき引退かも知れないとは思っていたものの、そのメンバーが実際にいなくなると寂しいですな。 代わりに入ったメンバーの「ふわふわsmile」とは言い得て妙で、笑ってしまいました。 今年の新人はドールズOGの誰かに似てるなぁ・・と思いつつ、古新聞を片付けてる時に出てきた2003年の新聞記事を眺めてたら、ディレクターの上田(旧姓・渡部)藍さんがこの年のキャプテンだったんですね。結婚して子供を持ってるOGもいるそうだから、そろそろドールズOGの二世がドールズになってもおかしくないほど歴史が流れたのだと・・。 「親子二代でドールズですっ!」って言えたら、すごい事だよね。
2014年03月03日
アメダス小清水から常呂を経て佐呂間へ向かう途中に、あちこちで少し寄り道しました。
網走市内の港に近い「ポンモイ」地区に、柱状節理が明瞭に見える崖があります。崖の写真を撮影するため向かいの空地に車を停めると、妙なモニュメントがありました。
右手前に横たわっているのが(多分、崖から剥れて落ちた)柱状の岩石です。上の写真で崖の中ほどに黒っぽい(風化していない)部分が見えるので、そこから最近落ちてきたのではないかと。 ここは、明治30~31年に現・北見市に入植した野付牛屯田兵が上陸した地だそうです。
裏面には、入植者594名の名簿も記されていました。
北見市と屯田兵といえば、信善光寺の屯田兵人形が思い浮かびます。 隣の端野町には歴史民俗資料館があって、屯田兵屋が保存されています。
次いで、能取湖の南岸にある卯原内サンゴ草群生地に寄りました。サンゴ草の正しい植物名は「アッケシソウ」で、丸太の看板には「日本一サンゴ草群生地」と記されていますが、赤い珊瑚の絨毯のように群生してるどころか、ぽやぽやとしか生えていません。 駐車場に立ってた説明板などによると、日本最大級というサンゴ草の色付き不良を改善しようとして、観光協会が土砂を搬入したのが原因で群生地が大幅に縮小してしまったとか・・ずいぶんとお粗末な話です。
群生地回復に向けて原因調査と対策を進めていると言っても、そんなことは土砂を搬入する前に済ませるべきこと。 木道から見る干潟はこの程度の惨状で、これでも綺麗に色着いている部分を探した結果です。
近年になって、流氷がサロマ湖へ流入しないように、オイルフェンスのような仕切りを湖口に張り巡らしたらしいです。 しかし流氷というのは底面にプランクトンが沢山生育していて、それらの養分を海岸へ運ぶ役目を果たしているとも言えるのに、それを拒否してしまったら養分の供給が無くなると思うんですけど・・。 オホーツク海へは、網走地方の河川や大陸のアムール川などから陸上の養分が供給されているので、海を育てるためには森を育てなければなりません。 「海は海、川は川、森は森」という単独に閉じた回路ではなく巧みに連鎖してるのに、その連鎖を断ち切ってしまったらどうなるか・・よく調べないうちに軽率な改変を加えてはイケナイはず。
常呂から佐呂間へ向かうのに遠回りして、北見市の仁頃地区に寄ります。 ここには「仁頃はっか公園」(北見名水公園)という長閑な田園公園があって、ハッカの町・北見らしく「ハッカ御殿」と呼ばれる屋敷が修復・移転されています。 ハッカ商で財を成した五十嵐弥一氏が昭和12年に建てた自宅の建物で、
世界シェアの7割を占めていたという北見のハッカも今は昔、化学合成品に取って代わられました。 こちらは脇玄関と勝手口だろうと・・出入口が3つも。
屋敷を修復する様子がパネル展示されていました。
どうせだから屋敷の隅々まで見学します。
なぜに婦人用だけ使用禁止なのか。 仕方がないから殿方用の内部を激写
屋敷の周囲には物置や納屋なども保存されています。
その中に展示してあったハッカの蒸留装置
桶の中にハッカの草を入れて蒸し、右側の冷却塔で液体に凝縮させて甕の中に溜めます。 溜まった「ハッカ油」を精製して結晶として抽出するという工程で・・一字違いだから余市のウヰスキー工場を思い出します。 公園の周囲は「北見田園空間博物館」として整備され、
左奥の建物は北見田園空間情報センター「にっころ」だそうです。 さて次は、今回のアメダス調査予定も残り5ヶ所となった、佐呂間と生田原、境野、置戸常元、留辺蘂を巡回して帰ります・・ロスタイムに思わぬどんでん返しが待っていることはママある。
カレンダー
プロフィール
作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。
最新のエントリー
リンク集
コメント
検索