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2016年08月03日

意外に手近な浜厚真の原野

昨年の10月以来になる、浜厚真の野原公園サッカー場へ行ってきました。
5月の末頃に北海道女子リーグのリラ・コンサの試合があり、7月にはU-18プリンスリーグの試合がありました。

公共交通機関で野原公園までなんて、どーやって行けばいぃんだろう?と思っていましたが、JR日高線の浜厚真駅は野原公園から歩いて10分程度の距離にあるんですねぇ。

千歳線と日高線を乗り継いで浜厚真駅から歩けばいいんだけど、日高線の列車本数は少なくて時間を有効に使えないのが辛いです。試合が終わったら速攻で帰らないと次の列車まで駅で2時間以上待つとかいう状況になり、乗り鉄にはたまらなく調べ応えのあるダイヤになっています。笑

浜厚真へ行くには、札幌-苫小牧の往復割引きっぷを買ってオプションの自由席特急券を買い足し、日高線の運賃は別に払うのが安上がりです。

行きは特急(すずらん or 北斗)に乗って苫小牧で日高線に乗り換え、浜厚真で札幌→苫小牧の乗車券と特急券、および日高線の運賃を運転手に渡して下車します。

日高線のワンマンカー
山と馬の国
車体には、日高山脈と馬の頭部をデザインしたマークが描かれています。

自宅を出て2時間ほどで無事に目的地へ到着
まあつはま とも読める?
当初の駅名は「はまあづま」でしたが、国有鉄道に移管して「はまあつま」に変わりました。高校時代に厚真から汽車通していたクラスメイトは、昔ながらに「あづま」と言ってました。

浜厚真駅は、こんな車掌車を転用した駅舎です。
サーフィンの名所ですから

あまりにも簡単な時刻表
単純明快

この駅舎は海抜5mに立っているので、津波時の避難経路が示されていました。
そんな遠くまで逃げれないよ

駅のホームから、野原公園の看板や売店が見える距離です。
開かずの売店

ローカル線の車両を見送る長閑な風景
旅番組のような光景

勇払原野を貫いてどこまでも続く線路
線路は続くよ地平線までも

駅の近くに浜厚真八幡神社がありました。
複雑な経緯がある神社

 
振り返ると手前に「浜厚真小中学校」と書かれた門柱がありましたが、なぜか学校の敷地だったと思われる土地から外向きに立っています。
手前が敷地じゃないの?

帰ってから調べると、線路の向こうに広がる原っぱの中に学校があったそうです。
何も無い原っぱ

昔の空中写真では、確かに駅舎の向かいに校舎と校庭が写っています。
信じ難い写真

右下に写ってる踏切には名前が残っていました。
歴史の証人

駅から10分も歩けばサッカー場に着きます。
これはリラの全員ダンマク
リラダンマク
キックオフが10時なのに8時過ぎに着く列車しか無いので、試合が始まるまで公園のベンチで横になってました。

プリンスリーグ第一高校戦では、CKから鈴木理久(背中6)がボレーシュートで先制
見事な得点

 
帰りに駅へ向かう途中で、カッコウが電線に止まっていました。
身を隠す枝葉が無い状態で囀っているなんて、何と無防備な個体でしょう。カメラを構えたら逃げられるだろうと思い、立ち止まって暫く眺めていました。

札幌の鳥であるカッコウも、郊外の雁来や石狩の辺りでは盛んに囀っていますが、中心部では鳴き声を聞けなくなってしまいました。カラスさえ駆逐して我が物顔で飛び回っているカモメのせいかも。

自分以外にこの駅から乗る客はいません。
まるでマカタしないね

7月下旬にはカブスリーグ(U-15、U-13)の試合が「日本製紙勇払グラウンド」で行われるので、地図上で位置を確認しておいて、日高線の車窓から場所を確かめました。
このグラウンドも隣の勇払駅から歩ける距離で、試合後はまた勇払資料館に寄ってこようかな・・と思っていたら、当日はU-18札幌ブロックリーグの試合と重なって行けなくなりました。


帰りに悩ましい疑問が発生。

日高線はワンマン運転とはいえ終点の苫小牧で降りるのだから、運賃は運転手ではなく苫小牧駅の改札窓口で払うことになります。

ところが乗り換えて札幌へ向かう各駅停車の列車は、既にホームに入って(私を待って)いるはずだし、乗り換え時間も長くありません。

となると、跨線橋を渡って改札に出入りする時間を省略して、乗り換え列車にそのまま乗ってしまいたいところです。
降車前のアナウンスでも、乗り換え時間が短い場合には乗り換えた列車の乗務員に日高線の運賃を払えば良い、と言ってました。

でも、特急列車に乗り換えたならば車掌が検札に回って来るけれど、各駅停車の列車では検札など来ません。
自分は乗り換える列車の乗車券を持っているのだから、下車する札幌駅でその乗車券だけを改札機に通せば、日高線の運賃を払わなくて済むような気がします。←耳許で悪魔の囁き

 
とは言え、もし無賃乗車が発覚したら運賃の3倍を払わなければならないはずだし、(都知事でもない)元国鉄職員の息子がそんなセコいことをするほど厚顔(の美少年)でもありません。

止むなく急いで苫小牧の改札窓口に整理券と日高線の運賃を渡し、回れ右して札幌までの切符を改札機に通し、ホームに戻って各駅停車の列車に乗り込みました。

朝は早く起きたから、乗り換えた列車の中ですっかり眠り込んでしまい、たとえ車掌が回って来たとしても気が付かなかったと思います。

もし日高線の列車が遅れて、ホントに乗り換え時間が短かったら・・札幌駅か桑園駅で持ってる切符や整理券を全て出して精算するしか無いよね。


現在は鵡川から先なんてバスの代行運転だし、そのうち鵡川までの区間も廃止になるんじゃないかと心配しています。
どぉーしてもバスが嫌なら、トロッコを貸すから自分で漕いで行け・・とか。


昨年の10月に浜厚真へ行った時って、帰路に不慮の事故で右目を負傷した日です。
ちょうど10ヶ月が経過しました。

視力はかなり戻りましたが、明るい場所でも虹彩が閉じない症状は後遺障害と認定されました。

ただでさえ入院・治療費は全て保険で賄われ、病院には(診断書の発行を除いて)1銭も払っていないのに、保険会社からは負傷の部位や症状に応じた給付金の他に、後遺障害に対する保障金も出ます。

おまけに個人の生命保険からも入院期間や手術の種類に応じた給付金が出るんだから、当たり屋稼業を思い付く人の気持ちが理解できなくもない・・。

たとえ金を貰えるとしても不可逆的な怪我など負わないに越したことはないのですが、収入が無くてホントに困窮してる人ならば、そういう発想に到るのも不思議ではないかなぁ・・と想像を巡らせています。


posted by 雁来 萌 |22:18 | 蝦夷の細道 | コメント(0) |

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