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作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。
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2012年01月30日
宮の森にある本郷新記念札幌彫刻美術館では、本館の前庭で「さっぽろ雪像彫刻展2012」が21日から29日まで開催されていたので、22日(日)に行ってみました。 以前に「北の作家たちの抽象彫刻」という記事を書いたことがあり、その時は「抽象彫刻30人展」が開催されていて、その次に「具象彫刻30人展」が開催され、そして今回は「抽象・具象彫刻60人展」という・・何だか騙されたような気がするのは・・気のせいでしょう、きっと。
本館の門と看板本館と前庭に作られた雪像作品
お遊び用のイグルーと雪像作品と記念館(旧アトリエ)
前庭:元々あったガーデンライトを、ベニヤ板で囲ってあります。
会場の全景
この日は気温が高くて、雪像には心地良くなかったようです。 埋もれた作品を発掘する?
この雪像彫刻展は、数名の彫刻家や大学・高校のグループなどが制作するもので、少なくとも2年前から続いているようです。→2011年、2010年 館内の控室には、それぞれの作家が普段どんな作品を制作しているのか、という説明パネルなどもあって、ちょっと意外な作家もいました。(←知らなかっただけ?) 多分、夜間に見た方が綺麗だろうとは思うものの、わざわざ寒い思いして見るのもなーとか、どうせ写真写りも良くないだろうなーとかいう、悪魔の囁きに挫けてしまいました。 名寄市では、「なよろ国際雪像彫刻大会 JAPAN CUP」という催しが毎年行われているそうで、その実行委員会である「NPO法人なよろ観光まちづくり協会」が技術指導やサポートをしているような感じでした。
2012年01月27日
最近は休日でも、遠出せずに自宅の中を片付けてることが多いんですが(←死期が近い?)、捨てるに捨てられないモノが出てきて困ります。 なるべく形あるモノを新規に買わないようにして、古い物から順に捨てていかなければ財産が増えるばかり・・とは思うものの、古い物ほど捨て難いもんです。どうせ、二度と使いもしないのに。
今は亡き「北海道テレメッセージ」の商品「コンサマニア」の広告チラシ一世を風靡していたポケベルの機能を利用して、試合速報を流してしまおうという代物でした。 今では、オフィシャルの試合速報もあるし、携帯にチャオ!コンから届いたりして試合経過を追うのに困らないけど、昔は情報を得る手段が無かったんですから。
でも、裏情報って何ですか? これは、1997年のファンクラブ入会案内書です。
懐かしい人達がいますね。 厚別のゴール裏が芝生だった時代ですから、ちゃんと緑色に写ってます。 当時は北陸銀行の隣にあったオフィシャルショップ
HFCの事務所は、丸井の立体駐車場がある小路に面したビルの中にあって、狭い通路とエレベーターが印象に残りました。 その後に東区の工場跡へ移り、さらに札幌ドームの敷地内へ移って・・現在に至る。
2012年01月23日
まぁ、「高嶺の花」という意味ですから。 昨年までは、フィルムを使って写真を撮影していました。 ディジタル写真に対して、アナログ写真とは言わずに「銀塩写真」と呼んで区別することを知ったのは、近年になってからです。銀塩って・・明治時代の乾板写真か? こんなワタシでさえディジタル写真に切り替えたことが、きっとコダック社を凋落させる原因になってしまったのでしょう。←?
高校時代に天体写真を撮り始めたころから、リバーサルフィルム(ポジフィルム=スライド用)を常用していました。 リバーサルの方が、ネガフィルムよりはるかに発色が正確だからです。 その流れで、観光写真にも全てリバーサルを使っていたんですが、往時のスライド発表にはリバーサルの方が便利だったものの、最近のプレゼン方式には却って不便になりました。 仕方なくネガフィルムを使うようになり、コンパクトカメラとかレンズ付きフィルムを使っていた時代もありましたが、やっぱり中途半端なので一眼レフに戻った経緯があります。 コダクロームの発色は、確かに鮮やかで良かったです。でもその鮮やかさが、何となく不自然に感じたので国産のフィルムを使っていました。この辺は、日本人の感性に基く選別だったのでしょうか。 モノクロフィルムの「Tri-X」(トライ・エックス)はよく使っていたけど。 今でも、イ○ンに持って行けばフィルムを現像・同プリしてくれるし、街中のあちこちにも「カメラのキ○ムラ」などの写真(現像)屋さんがあるから、今のところ現像に不自由はしません。 最近になって、コダックのフィルムをを投げ売りのような安価で売っていました。 期限切れが近い品物でもないから、何度か試してみて特に問題は無いので、店頭に在庫があった時には使っていました。コダックのパトローネ ディジタル写真の場合、背景になってる空などのハーフトーンの部分に、色調の段差が出来てしまうことがあります。 まるで迷彩色に塗り分けたような境界が目に付いて不愉快だけども、どうすることも出来ません。 銀塩写真ならばそんな現象は起こらずに、スムーズに色調が変化していくんですけどね。 3原色の組合せの階調が1段階違うだけで、地図の等高線ごとに色分けしたような帯になってしまうんです。 例えば、ホームページの背景を滑らかなグラデーションにしようと思って苦労したらしいけど、縞々模様に見えてしまうサイトがありますね。 オートマでも変速時のショックがあるようなものかと。 (写真家が使う大判のフィルムは別として)たとえ現像の作業は無くなったとしても、プリントの作業は(当分は)無くならないだろうと思います。 携帯で撮影したデジタル写真でも、最後はどうしても紙に印刷しないと気が済まない(最近はフォトフレームというモノあるけれど)とか、知人にあげる時も有形の紙じゃないと物足りないとか。 官庁や企業の書類は全て電子化して保管すると言っても、最後は紙に印刷して読まないとあずましくない場合もあるようなもんですかね。 「ディジタル」で検索すると、「デジタルではありませんか?」と聞いてくる・・アホらし。
2012年01月20日
日曜日は、札幌ドームへ行く前にイシヤに寄って(←まるで逆方向だろ)、新しい商品の「i・ガトー」(あい・がとー)を買い求めてみました。 イシヤのお菓子だから「i」と「ガトー」、そして「ありがとう」を連想させるネーミングさすがに「面白イ・ガトー」なんて出てこないだろうと思われ・・。
「白いバウム」や「白いロールケーキ」のイメージを持ってたので、もっと軽いかと思ってたら結構詰まってて、食べ応えがありました。箱は赤黒、包装も赤黒・・中の色は、もっと白いと思っていましたけど。
グァムドールズ3期生ですか・・歩き方を見れば、どれが誰なのか分かったね。
今年のハーフタイムパーティー(もしあれば)が、かなり心配になってきたな~。 HFCオフィシャルの「必勝お守り」ですが、どうして裏に「コンサドーレ神社」と書かないのかな?並んで買うのが嫌だから様子を見てるうちに、完売になってしまいました。 コンサバスを見に行く途中で:バックスタンドを収納するカラクリ
あらー
雪の結晶は六角形なのに、レプユニに描かれた八角形の模様を「雪結晶」と連呼されたら不愉快になってきました。
2012年01月17日
3年前に、「5年間放っておいた恋人」という記事を書いたことがありますが、その程度ならまだ序の口でした。 昨年の暮れに自宅の中を片付けていたら、災害用の非常持出袋が出てきました。 出てきたというより、そこに入れておいたことは認識していたんだけど、中身をチェックしたことが無かっただけです。 袋の中にはペットボトル入りの飲料水やら、飴やらビスケットやらチョコレートやら缶詰やら、ラジオやら懐中電灯やら固形燃料やらロウソクからロウソク立てまで入っていて、このまま背負ってキャンプや災害派遣にでも行けそうな道具が揃っていました。
ただし中身をチェックしていなかっただけあって、食料品のどれもが賞味期限を15年以上過ぎていました。←役に立たんだろ! まぁ、非常時にはそんなこと気にしてられないし・・と考えて、ビスケットなどは年末年始の休日を食いつなぐ食料として活用されました。 チョコレートなんて腐るもんじゃなかろうと思ったけど、油脂分が変質した味になっていたので諦めましたが。 普段から災害を意識した訓練を行っていないと、イザという時に役に立たないだろうから、おせち料理なんかより食べ応えがありますよ。たとえお腹を壊したって、どうせ休日だから寝てれば済むし。 こんなことなら、正月用の餅なんか買っておく必要は無かったな・・と。 さすがに飲料水は飲む気にならず、キッチンに置いて消火用に役割を変えました。 ラジオも予備電池まで使えなくなっていたので、勤務先から配られた手回し発電式のラジオ(兼懐中電灯)を入れ替えておきました。 ついでに救命胴衣も入れておけば、高さ50mの津波が襲来しても大丈夫です。(ちなみに救命胴衣は、万一に備えて風呂場に置いてあって・・←そんな所で溺れるかっ!) かなり昔に入手した「北海道大地震に生き残る手引き」(北海道新聞社刊・1995年5月)というハンドブックを持っており、昨年の夏場に読み返してみたら役立つことが色々と書かれていました。この年の正月に起こった阪神大震災を念頭に置いて書かれたんでしょうけど、昨年の震災を体験する前に読んでいたら、避難生活はもっと楽になっていただろうに、と思われます。自分は(給料が遅配した以外は)被災しなかったけど。 本の内容は地震への対応がメインになっているのは当然として、火災の防止や避難の仕方も具体的に書かれています。 自宅にいて地震に遭ったら鍋を被って頭を守るとか、スーパーでは買い物カゴを被るとかいうのは新しい知識でした。 避難した後の生き残りの知恵として、避難先での生活の仕方や、野宿の方法や雪洞の作り方まで載っています。
さすがに15年以上前の書物なので絶版だし現在とは事情が異なる部分もありますが、この本を熟読して内容を記憶していたら、無人島に漂着しても生きていけるんじゃないかと思われます。 その時代にこの程度のボリュームで800円というのは高めな気もしますが、この本のお陰で生き残れるのならば、葬儀費用の一部を前払いしたと考えることも出来ます。
代わってこちらは、文字通り掌の中に収まるハンドブック(というよりポケットブック)ですが、平成8年刊で180円です。 地震の発生メカニズムから始まって、色々な予備知識が書いてあります。でもどっちかというと、大きめな本には予備知識が書いてあって普段から勉強しておき、逃げる時に非常持出袋に入れるかポケットに突っ込める小さな本には避難先で役立つ知恵が書かれていた方が、補完的に役立つだろうと思いました。 世の中にはサバイバルブックの類の本が色々と出ていて、自分でもある程度のことは出来るつもりですが、便利な生活に慣れ親しんでいると忘れてしまいがちなテクニックだから、時々反芻して頭の中に備えておいた方が良かろうと思いす。(←いつまで生き延びるつもり?)
昨年の11月に職場で防災総合訓練が行われましたが、内容は近年になくユニークなものでした。 いったん駐車場へ避難してから屋内に戻り、短い座学の後に非常食を試食してみたり、伝言ダイヤルを使ってメッセージを録音してみるという段取りでした。 1斗(18リットル)缶入りのカンパンとか、水やお湯に浸けたアルファ米を食べて、紙コップに移した長期保存用の飲料水を飲んでると、おかず(つまみ?)も欲しくなります。 カンパンは昔のより美味しくなりましたね。あまり美味しいと、すぐに食べ終わって長持ちしないから役に立たないんだけども。 水道が止まった場合のトイレの始末についての講習もあり、食べた後はこっちだな、と実地訓練を始めそうになりました。 最近は米軍のレーション(戦闘糧食)も、かなりグルメチックになったんだとか。 自衛隊で「ミリメシ」の試食会まで行われるそうだから、どんだけ飽食な時代になったのか(キャンプや災害には役立つんだけど)・・まぁ、ワタシが評論すべきは食べる事ではなくてトイ・・
2012年01月14日
移籍の情報なんてアテにならない噂話もあるから、ワタシの場合はここを見ることにしています。え? 第4火曜日なら「余暇の日」じゃないのか? というご意見もあるでしょうが、毎月第4火曜日はエゾシカ肉を食べる「シカの日」なんだそうです・・なんだ、そうですか。 →「シカの日」オフィシャルサイト、エゾシカ肉を食べよう(北海道)、エゾシカ協会 毎月4日を「シカの日」としても良いような気もしますが・・。
道内では鹿が増え過ぎて、食害や交通事故の問題が深刻になっています。 ・・と言うけれど、そもそも人間の身勝手でオオカミを絶滅させたり、鹿がいなかった地域に放したりしたからエゾシカが増えたんでしょう、きっと。 従って一番悪いのは人間自身であることは疑う余地が無く、人間が責任を持ってエゾシカの個体数を調節しなければならないはずです。 そんなハンカクサイ人間が安直に「オオカミを導入しようか」と考えるのも危険極まりない話で、エゾシカの数を減らすには、オオカミよりも豪雪の冬が続く自然淘汰の方が効果的なんだとか。 餌になる草が雪に埋もれるとか、餌を求めるために移動し難いとかで、鹿は大量に餓死してしまいます。 考えてみれば、オオカミは肉を食べるために鹿を殺すのであって、趣味で鹿を殺す訳ではないのだから、自分の腹を満たすのに必要な頭数しか殺しませんね。 鹿を1頭仕留めれば、オオカミの家族にとって数日分の食料を賄えるでしょうから、オオカミが殺す鹿の頭数なんてタカが知れています。熊だって頼りにならないし。 ところが人間は、肉を食べたり売るために鹿を仕留める場合もあるし、ハンティングの趣味で鹿を撃つ場合もあるから、可能ならばいくらでも殺戮できます。 増え過ぎた鹿の頭数を制限するには、人間が最も適任(というか義務がある)と考えることができます。 毎年、数万頭という桁のエゾシカを捕獲していますが、それでも足りなくて鹿は増えてしまいます。 取りあえず、正しいエゾシカ標識をもっと増やそう、エゾシカをもっと効率的に捕獲しよう、捕獲した鹿の肉をもっと食べよう、皮や角を有効に利用しよう・・ということかと。 道内で生息しているエゾシカの頭数は、30万頭とも50万頭とも言われています。 それと同程度の数(30万頭)の肉牛が道内で飼われていて、乳牛の数はその2倍くらいなんだとか。 牛の体重はエゾシカの10倍あって、それだけ大きな体を育てるために、外国から飼料をたくさん輸入して食べさせているんだから、コストがかかり過ぎるのは明白で・・。 一方、エゾシカは森の中で勝手に育ってどんどん繁殖する(毎年20%増=4年で2倍!)のだから、増える分のエゾシカを捕獲するだけでも相当な量の食糧を確保できます。 鹿には畜舎も餌もいらないし、車の燃料と弾丸くらいの経費で肉や皮を入手できるのだから、その肉を地産地消するなり内地や外国へ売るなりすれば、これほど安上がりで儲ける地場産業なんて他にあるだろうか? 牛肉やジンギスカンなんか食べてる場合じゃないですよ・笑。 鹿肉は高蛋白・低脂肪で鉄分が多いからヘルシーだし、角や皮は加工すれば役に立つし、中国では鹿の角を漢方薬に使うから高く買ってくれるしで、うまく利用すれば北海道が経済的に潤うかも。 鹿肉は臭みがあるという先入観を持ってるかも知れないけれど、殺した後の処理がマズいと臭みが出ます。最近は鹿肉の処理マニュアルがあって、そのマニュアルに則って適切に処理すれば肉の味は落ちません。 だいたい、主食のようにジンギスカンを食べてる人達が鹿肉の臭みをどうこう言うはずも・・内地の人達が喜んでジンギスカンを食べてる光景なんて、昔は想像できませんでしたよ。 北海道にとってこんな有用な資源を、ただ撃ち殺してトロフィーを飾るだけじゃ勿体ないし殺した鹿に対して失礼ですから、捨てず残さず隅々まで・・骨の髄まで食べましょう。 道内の縄文時代の遺跡からは、当時の人々が食べた動物の骨が出土しますが、当然その中には鹿の骨もあって、しかも(←not joke)骨は割られているそうです。つまり、当時から髄には栄養があることを知っていて、わざわざ骨を割って中の髄を食べていたんですね。 トナカイの足の骨(髄を食べた残り)髄はゼリーのような食感でした。
2012年01月11日
♪もぉ~ い~くつ寝ると~ キックオフゥ~ キックオフには蛸揚げて~ ドールズ舞わして 遊びましょ~ は~や~くぅ 来い来い キックオフ~
榊翔太くん、前貴之くんに続いて、今日は中原彰吾くんを取り上げます。 今のところ、後続の予定はありません。 彰吾くんがU-12に入団してきて初めて見た時から、マジで女の子だと思い込んでいました。(←ワタシも赤ん坊の頃は女の子に見られていたから、他人のことは言えない) U-12ならまだいいとしても、U-15に上がったらどうするんだろう? と思っていました。当時はコンサが女子チームを持つという話など、カケラも無かったですから。
2005年のオフィシャルガイドブックより中央でドリブル突破を狙っているのが彰吾くんで、左下に当時の選手名鑑に載っていた顔写真を重ねてあります。 左奥は深井一希くんで、右手前が堀米悠斗くんに見えます。 この写真は多分、2004年11月23日に札幌ドームで大宮戦の前座試合として行われた、「かんきょうみらいカップ」の様子だろうと思います。→オフィシャルのニュース その日はゴール裏に遊びに行って、知り合いのサポから「誰か面白い選手はいますか?」と聞かれたので、「ポニーテイルにしてる子を見ててごらん。」と答えたことがあります。 そのサポは、しばらく見てたら口あんぐりになって呆れていました。何しろ、最後尾でボールを奪ったら、ドリブルで数人を抜き去ってシュートまで行ってしまうんですから、痛快この上ないプレイでした。 ドリブルも良いんだけど、2・3年前からミドルシュートを積極的に打つようになって、たとえ入らなかったとしても相手のDFやGKを下げさせる効果があります。
2012年01月08日
この時期には例年(またか)、「週間アクセスランキング」を集計して、「年間アクセス順位○○」とか「総合アクセス順位2007~○○」という集計結果を紹介していました。 しかしこの作業は、結構な手間がかかります。 しかも昨年には短期的なサーバー障害の他、5月には2日半にも及ぶ障害が起こってデータの信頼性が落ちました。 2011年5月25日のオフィシャルブログに表示された画像
翌日にログインした時のアクセス数さらには、集計作業の元資料となるアクセスランキングが更新されなくなったもんだから、しめたっ! これで作業をしなくて済む・・と思ったのも床の間、アクセスランキングがこっそり復活してしまいました。 一応は集計作業を続けていて結果も出ているんですけど、今年は趣向を変えて、コンサドーレオフィシャルブログ全体へのアクセス数の変遷について紹介します。 この数字は、コンサドーレオフィシャルブログへの世間からの注目度を示す目安になるとは限らないし、内輪だけでの盛り上がり度を表しているに過ぎないのかも知れません。
【作業内容】 アクセスランキングの週ごとのアクセス数を2007年の春から2011年の暮れまで調べて、その変遷を順位別の折れ線グラフに表しました。 正確に言うと最近になって調べた訳ではなく、元からあったデータセットに基くグラフを公表するだけなんですけど。 順位ごとのアクセス数のみを表示しているだけであって、どこがどのサイトなのかは関知しません。 上から1位、2位、・・10位のサイトのアクセス数、それ以下は込み合うので間引きして、10位ごとに50位まで示してあります。全体の変化傾向を把握するには、10位か20位あたりの線の上下動を見れば良いかと。 【考察】 ・前半と後半とでは、かなり様子が違います。 前半は1位のサイトのアクセス数が飛び抜けていて、どのサイトなのかは関知しないとは言いながらも、「しまふく寮通信」であることは明白です。 たまに1位と2位のアクセス数が近くなったり、サイトが入れ替わったりしたこともありました。 ・2008年の暮れに「しまふく寮通信」が終了してからは、ドングリの背比べというか、群雄割拠の状態になりました。 ・コンサドーレブログ全体の変化を見ても、それまで継続的に漸増していたアクセス数がガタッと落ちています。 ・2009年の暮れから2010年の春にかけて、ブログ全体のアクセス数が急に増えており、当時から不思議に思っていましたが、この理由は分かりません。(ホントは分かってるんだ・笑) 同様な傾向は2010年から2011年にかけても見られますから、移籍情報などへの関心からでしょうか。 ・2010年も2011年も、シーズン中は増え続けてオフになると減る、という傾向が見られます。 ・どの順位も全体にストンと落ちてる週が時々あり、これらはサーバー障害が起こった時期です。 ・2011シーズンは、昇格が決まる前にアクセス数が減り始めました。 オフに入って緩やかに下降した後、移籍情報に伴うらしい盛り上がりが見られ、もう大方は出揃ったから落ち付いたんだろうと解釈しています。
2012年01月05日
新党「きづな」を「つなぎ」と読んでしまった人が他にもいないかな。 ずいぶんと昔の話になってしまいましたが、今回は昨年の11月に胆振中部の登別から苫小牧にかけて巡ってきた話です。 平地ではまだ積雪状態になっていなかったけど、山間部の道路は既に圧雪状態となっていました。 何となく、お遍路さんが霊場を巡礼するような雰囲気になってきましたが・・。
アメダス探訪「森野」の巻(2011/11/26) 昔のアメダスは森野小学校の校舎前にあったんだけど、この学校も9年前に閉校して、ふるさと体験館「森野」という施設に変わりました。→白老町体育協会の施設案内大滝村へ通じる道のゲート前にある「ホロケナシ駐車公園」
今日のようにゲートが通行止めになった場合の転回場として便利で、昔はここに駅逓があったそうな。 公園の駐車場のトイレ(未調査)など
トイレ(左)も物産館(右)も閉まっていて、観光案内板はブルーシートで覆われていました。 公園の近くにアメダスがありました。
測器類
風向風速計:南西くらいか
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アメダス探訪「白老」の巻(2011/11/26) 終末処理場の敷地内かと思ったら、バイパスの反対側にありました。ここの積雪深計は超音波式のようです。
浜風が強い以外は立地に支障が無さそうです。
風向は西北西 白老には、史跡「白老仙台藩陣屋跡」があります。
道内の陣屋跡の中でも最大規模で残っており、国の史跡に指定されています。 正面の外門を隠す二重の土塁
外門を入ると、遠くに内門が見えます。
内門の内部に本陣があり、円形の土塁で囲まれています。 これはトイレ・・じゃなくて厠と呼ぶべきか。(未調査)
この辺は住所も「陣屋町」という地名らしく、室蘭にも「陣屋町」があって南部藩の陣屋跡が残っています。 この史跡がとりもつ縁で仙台市と白老町は歴史姉妹都市となり、 陣屋の持つ歴史的意義を広く世に紹介するために「仙台藩白老元陣屋資料館」が開館しました
アメダス探訪「カルルス」の巻(2011/11/26) 緯度・経度の値を基に地図で見ると川の中に位置していますが、そんな場所にアメダスを設置するはずが無いです。 向かいにある郵便局の敷地じゃないのか? と半信半疑で滑る圧雪路を走って行くと、ほぼ地図通りの場所にありました。 「カルルス温泉」のバス停:寂しい待合室だなぁ。一応、支笏洞爺国立公園内ですから、観光案内板もありますが・・。
バスの転回場の脇に、立派なトイレがあります。
内部はごく普通のトイレでした。 そのトイレの隣に雨量計が立ってるんだもの。
知らない人が見たら、トイレの換気扇に見えるかも。笑 ここは夏場に雨が多いし、太平洋側としては珍しいスキー場があるくらい、冬場は雪も降ります。
トイレの後方が崖になってて、その下には「登別」の地名の基になった「登別川」(ヌプリベツ)が流れています。
アメダス探訪「登別」の巻(2011/11/26) 目的地に向かう途中で:バブル期の遺物「天華園」の廃墟(立入禁止)どーするんでしょうかね。伊達時代村は存続してるようですが。 地図上では何も記されていないので、どんな畑の中にあるのかと思ったら、札内小中学校の校庭の脇にありました。
校庭と道路との間の、一段低い土地に立っています。 ここも夏場に雨が多い所で、積雪深計は超音波式ですね。
風向は西南西かな。
学校にしてはコンテナ車が停まってて変な雰囲気だなぁと思ったら、この学校も14年前に閉校し、現在は「のぼりべつ酪農館」としてチーズやソーセージ、ソフトクリームなどの地場産品を作る施設に変わったそうです。
年間利用者は約1000人で、定期的な試食会などを開いて地域住民と都市住民との交流が盛んになり、文部科学省の『廃校リニューアル50選』に選ばれたんだとか。 そう言えば、室蘭で試合が行われた時に「のむチーズ」というのを見たような気が・・これだ。 校門には「札内小中学」まで残ってるけど、「校」は欠け落ちて左側に置かれています。
昔はロボット雨量計が登別山の山頂にあって、他の用事で行ったことがあります。 以前はあちこちの山頂にロボット雨量計を設置して、太陽電池で作動して無線でデータ送信するようにしていましたが、山頂まで登ってメンテナンスするのは大変だし、現在はレーダーを使えば山間部の降水量も推定できるので、ロボット雨量計はどんどん廃止されています。
アメダス探訪「苫小牧」の巻(2011/11/26) 糸井駅の近くにあります。敷地がかなり広くて、色んな測器が並んでいます。
ここはかつて「苫小牧測候所」だった施設で、その時代に訪れたことがあります。
アメダスの正式名称は「地域気象観測所」ですが、測候所が無人になった箇所は特別で、その名も「特別地域気象観測所」と呼ばれます。 特別地域気象観測所はアメダスよりも観測要素が多くて、気圧や湿度、視程も測っています。
太平洋岸は海霧がかかりやすいです。 測風搭も高くて立派です。
都市部では、周囲の建物による影響も受け兼ねないので。
結局、今回の探訪でも2ヶ所が廃校跡でした。 アメダス探訪を始めてから、あちこちで廃校跡に遭遇しています・・みんな、どこへ行っちまったんだ?
2012年01月02日
以前に中学生の頃の榊翔太くんという記事を書きましたが、今回は前貴之くんを取り上げます。 貴之くんは高校に入った頃から、すっかり感じが変わってしまいました。 よく弟の寛之くんとそっくりだと言われますけど、現在はあまり似ていないと思います。それほど、小学生の頃はウリ二つの顔立ちで、どちらか片方だけを見かけると混乱しそうでした。
この写真は、(財)札幌市スポーツ振興事業団が発行した「sportslife」という雑誌の、56号(2004年1月)の表紙です。もう2012年に変わったから、ちょうど8年前の写真になりますね。 U-12チームの冬場のトレーニングとして、中島公園内でクロスカントリースキーをしている光景です。 当時は屋内体育館を毎日使える訳でもなかったし、体力づくりや気分転換にもなるので、冬休みはクロカンのトレーニングも行っていました。 一度は見に行きたいと思いながら、結局は一度も行けなかったんですけど。 この雑誌の中には、懐かしい選手達の写真が色々と載っています。 当時の貴之くんは小学4年生で、1期生の先輩達とトレーニングをしています。
中央が平川力樹くんで、その後ろが貴之くんですね。 他に8年間の毎年の顔写真もあるんだけど、事情があって載せられないのが残念です。 彼はやはり器用な選手でした。当時から色んなポジションをこなしていたように記憶しています。
変わってこちらは、幼かった頃の寛之くんの写真を・・(←ウソだよ)
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