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作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。
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2009年01月31日
最近は記事をあまり書かないで、いたずらをしています。 ブログの記事を、一括してダウンロードするプログラムを作ってみました。 保存したい文章を、コピーしてテキストファイルに落とすことは手作業でも可能ですけど、記事の番号を一つずつ打って表示するのは大儀なので、あるだけ全部の記事を連続的に保存してしまうツールを作りました。
これがあれば、自分が書いた記事を全て保存することが出来ます。 私の場合は既に自分の記事を全て保存してあるので、あまりメリットはありませんが・・例えば、「この話は過去に書いたことがあったかなぁ」とか、「いつ頃書いた記事だったかなぁ」などと記憶が曖昧になった場合に、検索して見つけることが出来ます。 ブログポータルにも検索窓はありますけど、あまり役に立つ道具ではなさそうだし。 さらに例えば、他の作者の記事を全て保存したいような場合にも、一々探して画面に表示させる手間が省けます。 既に「スタッフブログ」のポータルに表示されなくなってしまった「コンサ社長日記」や「カドテツブログ」とか、もしかしたら見えなくなってしまうかも知れない人気サイトとかも、保存しておいて後でゆっくり読み返すことができます。 今のところ、文章だけは簡単に保存できますが、行頭のスペースが落ちてしまう不具合や、アルファベットにスペースが挟まったりすると途中で文章が切れてしまう不具合もあります。 もしかしたら、画像の保存も工夫すれば自動で出来るかも知れませんけど、文章のどの部分にどの写真が貼られていて、ファイル名や写真の説明はどうなってるかも確かめるとなると、やっぱり手作業の部分が避けられないようです。 ※「そのプログラムを提供して下さい」というご要望には沿えかねます。注文が殺到して対応しきれない恐れがありますから。
他にも、「飼い犬につける薬」とかいうシリーズを始めたいと思ってはいますが(笑)、集中して執筆する余裕がありません。
ドールズの2次募集の申込用紙を印刷したのは秘密だ。
2009年01月27日
やっぱり、自分が正月に見た夢は正夢だったようです。 自分に内在する願望が叶えられた気がしたし。(え?) 一生懸命に立ち居振舞いや踊りの稽古して、化粧してかんざしリボン付けたカツラ被って、艶やかな振袖手作りTシャツ着て、手に舞扇ポンポン持って、振りを揃えて踊るんですから、舞妓そのものです。 わずかに違ったことと言えば、お座敷じゃなくて特設ステージだったとか、京都じゃなくてグァムだったとか、見せる側じゃなくて見る側だった・・というだけじゃないですか。
豊平区の某大規模イベント会場にて妖しいパフォーマンスを見た途端に、対抗心がメラメラと「萌え上がって」きたのは秘密です。(笑) ステージが終わった後に、某選手のお母さんが逃げるように立ち去ったと見えたのは、人違いだったのでしょうか。 実は、ドールズと似た衣装を京都の業者に特注して誂えることを密かに企んでいたのに、先を越されてしまいました。 こういうことは、2番煎じでは意味が無いですからね。「一発ゲイ」(←今年のチームスローガン?)と同じで。
次の日から、ユーミンじゃないけど、リフレインが呼んでいます。 原曲:「なのにあなたは京都へゆくの」 by チェリッシュ なぜにあなたは グァムへ行くの グァムの町は そんなにいいの このサッポロの 町よりも チェリッシュのHPを見て、同一人物かを疑うほどビックリ! もっと前から歌ってたと思ってましたが、これがデビュー曲だったんですね。 最近になって、さらに変な夢を見て困っています。 内容は・・ドールズのメンバーの大部分が実は性転換していた事実が発覚・・という甚だ不敬な夢で、これだけは正夢になってほしくないです。 ・・京都方面へ、呪いでも飛んで行きましたかね?
2009年01月24日
今さら知らない人はいないでしょうけど、琉球放送創立55周年を記念して、2月22日(日)に「シーサーマッチ2009」というプレシーズンマッチが北谷(ちゃたん)町で開催されるそうです。→オフィシャルのニュース どうせ行けないし、当日は芝生席でさえ3,500円もボッタクル取るのか?・・などと思っていましたが、この試合を自宅で見ることは出来ないものか? と考えました。(モノグサ)
お決まりの沖縄土産仕事柄、STVのライブカメラ(一覧)を見る機会が多いです。 このサイトでは、マラソンとかサミットなどの大きなイベントがあると、臨時にカメラが増設されたりして、最近は沖縄の画像が増えました。 この寒空に、地元の人達がTシャツ姿で写ったりするんだろう・・と、あまり興味が湧きませんでしたが、カメラを設置してある位置を調べると、北谷町なんですね・・えっ!? 何の目的でカメラが増設されたのかは、この際詮索しないことにして地図を拡大していくと、すぐ近くに「北谷公園陸上競技場」があるじゃないですかっ! ここの美浜アメリカンビレッジライブ中継は、ネットからアクセスしてカメラの向きを変えることが出来るので、試合当日にカメラを競技場に向けておけば、(コマ送り画像ながら)試合を見れるのではないか? と考えた次第です。 北谷公園の中では陸上競技場が最も海側に位置しているようですけど、手前に(背が)高いホテルがあるようだし、低いながらも芝生やスタンドに囲まれた競技場のピッチを、遠くから眺めることが可能かどうかは疑わしいですね。
・・とあっさり諦めて、私の関心は別な方面へと向かいます。 カメラを右の方へ振ると、やや遠方の海岸近くに広がる平地と、さらに遠くには小高い丘が見えます。 この海岸は、かつて戦争中に米軍が上陸した宜野湾の海岸であり、平地は普天間飛行場になっています。 遠くに見える丘は、「嘉数(かかず)高地」とか「前田高地」といった、日本軍が陣地を構えていたために激戦地となった丘で、その背後に首里や那覇が控えています。 海岸に上陸した米軍にとって、首里や那覇を攻略するためには、これらの丘にあった日本軍陣地は難攻な障害になった一方、日本軍の沖縄守備隊にとっては、沖縄(というか日本本土)を守る最後の砦であった訳です。 現在では、これらの激戦地となった丘の多くは、公園として整備されています。例えば→宜野湾市の「嘉数高台公園」 浦添市の「前田高地」は、琉球王朝時代に「浦添城」があった跡であり、現在は「浦添大公園」になっています。城を建てる丘の頂上だけあって、眺望は素晴らしいです。 一番下に掲載されている写真が、ちょうどライブカメラと反対の方角から眺めた景色になり、かつて米軍の艦艇が押し寄せた(というか、埋め尽くした)海も写っています。 20年ほど前、沖縄に旅行した際に「浦添大公園」を訪れ、陣地の跡などを見てきました。公園の脇にある(壊れそうで危なっかしい)急な階段を下ると、慰霊碑が建っています。→広報うらそえ(pdf) なぜ、こんな怪しい場所を訪れたかというと、私の父が戦争で沖縄に行ってて、この慰霊碑に書いてある「山3475部隊」に所属していたからです。 この慰霊碑の近くには、北海道出身の兵士のための慰霊碑も建っており、堂垣内知事(建立当時)の揮毫による碑銘が書かれていました。 満州に行ってた頃で、「17.6.7」(もちろん昭和) と書いてあります。沖縄じゃ、写真を撮ってる余裕など無かったはずですから。
追記(2012/2/8) 22年前に沖縄へ行った時に撮影した慰霊碑の写真が見つかりました。 多分、1989年11月6日だと思います。 「前田高知平和之碑」崖に掘られたトーチカに蔓延る草
足元に学校のような建物が見えますが、これだけ急な崖でした。
右奥に、問題の普天間飛行場が見えます。
2009年01月22日
今日も相変わらず、役にも立たない「気象細事記」をお送りします。 しばしば誤解されて使われている言葉に、「気象庁から○○注意報や△△警報が発令された」という言い方(書き方)を見かけますが、これは間違いです。 正しくは「発表された」という言葉を使います。
「注意報」というのは、「災害が起こる恐れがある」(だから注意する必要がある)ことを「報じる」、つまり「知らせる」ことです。 「警報」も同様に、「重大な災害が起こる恐れがある」(だから警戒する必要がある)ことを「知らせる」ことです。 「知らせる」だけであって「命令」ではないから、「発令」にはなりません。 これらの、「災害が起こる恐れがあるよ」という「お知らせ」を受けて、自治体(市町村長)は住民に対して「危険だから避難した方が良いですよ」という【避難勧告】や、「避難しなさい」という【避難命令】を出します。 こちらは強制力を伴う権限を発動する「命令」になるから、「発令する」と言っても構わない訳ですけども。 自治体(の長)には、住民を「避難させる責務と権限」があります(だから、選挙という手段で互選します)が、気象庁には住民を避難させる権限が無いので、「危険性を知らせる」だけです。 「知らせる」だけしか出来ないのだから、知らされた方は自己責任で行動しなければなりません。 命令じゃないので注意する義務は無いからといって、 雷注意報が発表されている時に注意しないで雷に当たったりしたら、死んでも笑われるだけだし、 洪水注意報が発表されているのに川の中州でキャンプしてたら、救助に向かわされる人達はいい迷惑だし、 なだれ注意報を無視して雪に埋まっても誰も助けに行けなくて、春になったら腐った死体が川に流れて魚に食われます。 厳密に言うと、「報」という言葉には「知らせる」という意味が含まれているし、「発表」という言葉は「公衆に周知させる」という意味ですから、「○○報を発表する」と言ったら「お知らせを知らせる」という意味になり、「馬から落ちて落馬する」のと同じ言い回しになってしまいます。 なので、「注意報をする」とか「警報をする」と言うのが正しい日本語であり、法律の文言では「予報及び警報をしなければならない。」とか、「警報をしてはならない。」と書かれています。 そんな日本語、誰も使わないですけどね。 新聞などでは、相変わらず「発令」が使われています。もしかしたら、「空襲警報発令」の時代からの名残なのでしょうか。 「空襲警報」なら、「避難しろ」とか「応戦しろ」ですから「発令」でもいいんですけど・・狩猟民族ではない故に主体性が備わっていない民族の気質として、自分で判断するよりもお上から命令された方が安心なんでしょう。不都合が起こったら他人の所為にすれば気が済むんですから。 他にも、「立春になったら暖かくなる」とか、「大寒の日は一年の中で一番寒い」などと、勘違いな解釈がされている場合もありますが、後日に機会があれば説明するかも知れません。
日高地方・某町のアメダス観測所この横に樹が植えられていましたが、だんだん伸びて観測に支障を及ぼしそうになり、伐採されたのか移植されたのか・・無くなりました。
2009年01月19日
2月7・8日に「全道フットサル(U-14)選手権」が開催されます。→開催要項(pdf) これに出場する札幌地区代表を決める「札幌地区予選」は、まずクラブチーム(6グループ)と学校チーム(13グループ)とに分かれた予選リーグを行いました。(1月10・12日) コンサU-14は「DENOVA」と「CASCAVEL」とのグループに入り、1勝1分ながらグループ1位となって全市大会へ進めました。 各グループ1位の19チームとシード2チームとを合わせた21チームで「全市大会」を行い、札幌地区代表の4チームが決まりました。(1月17日) 観戦したのは、1月17日(土)に北栄中学校で行われた、札幌地区代表決定戦のみです。 中学校に駐車場が十分あるとも思えないし、普段の運動不足を(わずかでも)解消するためもあり、バスと地下鉄を乗り継いで行きました。
試合時間は12分・2分休み・12分で、代表決定戦なので5分×2の延長戦、さらにPK戦もあります。 試合メンバーは5人、ベンチ入りできるのは14名以内で、ベンチの人数にはスタッフ(4名以内)も含まれます。 全市大会の組合せが分かった段階で、札幌ジュニアと当たる公算が大きいと思われたので、楽観はできませんでしたが、いずれは対戦しなければならない相手でしょうから、避けては通れません。 出来ることと言えば、コンサの1回戦の開始時刻より早めに会場へ行って、1つ前に行われる札幌ジュニアの試合を見ておくことです。(私が見ても役には立たない) 札幌ジュニアの初戦(vs真駒内南中)を見た限りでは、予想(心配)通りの試合内容で、大差を付けて相手を降しました。
全市大会1回戦の相手は、清田中学校でした。 コンサ(赤黒) vs 清田中(緑)前半のメンバーは、福永、深井(佐々木)、堀米(月館)、中原、永坂(稲田) でした。 前半の攻撃シーン
堀米2、深井、中原、月館が得点し、前半は(5-0)で終わりました。 後半のメンバーは、阿波加、福田(堀米)、佐々木(深井)、林、永坂(稲田) でした。 後半の攻撃シーン
これは入っていません。審判より深い位置から贔屓目に見ても、ラインを越えませんでした。 後半は林と稲田が得点し、ピンチはあったもののGKのナイスセーブで逃れて(2-0)、トータル(7-0)で勝ちました。
全市大会2回戦(代表決定戦)の相手は、札幌ジュニアでした。 コンサ(赤黒) vs 札幌ジュニア(紫)前半のメンバーは、福永、深井、堀米、林(稲田、佐々木)、中原(福田) でした。 前半は中原の得点で先制したものの直後に追い付かれ、さらに中原が追加点を上げて(2-1)で終わりました。 後半のメンバーは、阿波加、佐々木(深井)、月館(堀米)、中原、永坂(林) でした。 この試合は緊迫して写真を撮る余裕が無く、DFの交代も気が付かなかった程なので、交代した位置が逆かも知れません。 後半開始早々に失点して追い付かれ、さらに失点して逆転されました。 堀米のシュートがポストに当たったこぼれ球を深井が押し込んで、一旦は同点にしましたが、終了直前のこぼれ球に詰められて失点しました。 後半(1-3)、トータル(3-4)で負けてしまい、全道大会への札幌地区代表(4チーム)には入れませんでした。
札幌ジュニアの4得点のうちの3点は、いずれもコンサ右サイドのゴールライン近くの狭い角度から打った、(打つのが)難しいシュートでした。特に2点目は、諦めずにゴールラインまで追って拾ったチャンスで、相手の方が上手だったと言わざるを得ないかも。 既に旭川U-15も旭川地区予選で敗退しているので、今年の全道フットサル(U-14)は兄弟揃って討ち死にしてしまいました。 これで、全道大会には行かなくて済むことになり、代わりにトレセンU-11交流大会とか、札幌フットサル全市大会などに行けるという、果たして喜んでいいんだか分からない結果になりました。
なお、全道フットサル選手権の「少年の部」(U-12)は1月17・18日に全市大会が行われました。 札幌地区の代表(7チーム)決定戦は18日(キックオフイベントの日)に行われましたが、決勝トーナメントに勝ち上がった8チームのうちの1チームだけが脱落する争いであり、そんな争いに負けるとも思えないので見に行きませんでした。 艶かしい偽ドールズを見て笑い転げてるうちに、コンサU-12は無事に札幌地区代表になったようです。先輩達の本性を見ずに済んだことは、将来ある若梟達のためには良かったのかも知れません・・5年生が何人か来てたけど。
2009年01月17日
本来、芸術鑑賞は秋に相応しいテーマですが、私の場合は秋季の週末のほとんどが試合の日程で埋まってしまうので、落ち着いて芸術を堪能できるのは主に冬です。 先週の湿雪が降る中を、前回訪れ損なった「関口雄揮記念美術館」に行ってきました。 ここを訪れるのは(多分)今回が2回目だと思われますが、一度見たからもういいという訳ではなくて、美術館では時々展示替えをするため、作品がガラッと変わっていることもあります。
入館券 最近はあちこちの施設で増えてきた、「リピーター割引き」という制度を設けてありました。 入館券が次回の来館時の割引券になっていて、その割引き率が結構大きいんです。
そういう制度自体は有り難いんですけど、次回までその割引券を無くさずに保管しておく自信がありません・・というか、紛失する自信があるし、仮にしっかりキープしておいたとしても、次回は家に置き忘れてしまうのがオチです。 道立近代美術館では、「ANIMAL FANTASY イヌイト・アート&動物たち」という特別展を開催中です。→案内 この特別展で自分に最も興味があるのはイヌイト関係の彫刻と版画で、展示品の大部分は網走の北方民族博物館に所蔵されている作品でした。 実はイヌイト関係の展示は入口付近の一角だけで、その先は子供向けの動物関係の展示コーナーが続いていました。 冬休みには例年、「A★MUSE★LAND」という・・恐らく「Museum は Amuse な所」を意味・・で、大人も子供も楽しめる(ことを狙った)展覧会が開催されます。 冬季はどっちみち来館者が少ないので、子供を誘えば親も付いて来るという、善人ぶって人を騙してるような後ろめたさを感じる方策です・・コンサの試合でもありそうな。 展覧会のパンフレット(の一部)アザラシかオットセイだと思いましたが、「鮭」と書かれていました。 確かに、哺乳類の足じゃなくて、魚類のヒレであることが分かります。 映像室では、1922年(大正11年)にイヌイトの生活を撮影した、映画(をDVDに焼いた)「極北の怪異(極北のナヌーク)」を放映していました。 それを目当てにして行った訳じゃないですけど、タイミングが良かったし、その辺で暮らしてたことも有るので、じっくり観てきました。78分間の映画なのに、全然退屈しませんでした。 前回(2008.12.10)訪れた時に池の前で
この寒空に、池に入るような物好きなんていないだろ・・ と思いながら通り過ぎようとしたら・・いましたっ!
水が冷たいので、体が赤くなっています。すぐに助け上げなきゃ!
冬になったら外出しないとか、天気が荒れてる時は外出しないというポリシーの人もいますが、私の場合は元々がスキーヤーだったので、天気が荒れると嬉しくなる生活を続けていました。 天気が荒れて大雪が降れば、深くて軽い新雪を(他人が入る前に)滑れるので、荒天は歓迎すべき現象なんです。海が荒れれば波が高くなるので嬉しいサーファーのように。 「スキーヤーだった」という過去形になっている理由は、隠居したからです。 もう、骨が脆くなっているはずだし、過激な滑り方をするので、アスリートの家系ではない自分のフィジカルでは、とても耐えられそうにありません。 かの、エベレストを滑ろうと考えるようなプロ冒険スキーヤーの三浦雄一郎さんでさえ、「歳取ったら、焦らない、無理しない、頑張らない」ことをモットーにしているらしいので、凡人である自分はなおさら無理は出来ないはずだと自重しています。 現役だった頃(笑)
2009年01月15日
精神衛生上の理由により、テレビジョンという器械を居間の重石として置いてあるだけで電源を入れないため、新監督の記者会見の模様は見ていません。 一昨日、オフィシャルのトップページを開いた瞬間には、「関西のお笑い芸人か?」と思う程の軽薄さ親しみやすさを感じました。(←褒めてるつもり)
石崎監督の呼び名として、「ノブリン」は「オカちゃん」と同程度に失礼だと感じるし、「石さん」だと「森の石松」っぽいし・・で、自分の頭の中にある一番近い語句として浮かんだのが、「イーサッキ」でした。 「イーサッキ・ヤルベンパー(Iisakki Jarvenpaa)」というのは、フィンランドで刃物を製造販売している会社です。 フィンランドでなぜ刃物かというと、地理の授業で習ったようにスウェーデンの「キルナ」という土地で鉄鉱石が採れ、その鉄鉱石を原料にして「スウェーデン鋼」という硬い鋼材が出来るので、その辺では良い刃物も作れるんでしょう。 野外での生活時間が多いことから、アウトドアの必需品としてナイフが使われていることも要因かと思います。 20年近く前に買った「イーサッキ」のナイフ見かけよりは薄刃であり、背のギザギザで魚の鱗を取ったり、身を薄くおろすのに適していますが、魚釣りをしない人間なので、実際にはペーパーナイフとして使っています。 このカタログで125番の製品のようですが、鞘も木材(白樺)で作られています。
「いーさっき」という呼び名なんて日本には無いだろうと思ったら、「いっさき」がありました。文字もそのまま「石崎」ですよ。 参考→石崎奉燈祭(いっさきほうとうまつり) ・・で結局、監督の呼び名は今後の課題として、先送りになりました。
民間人にとって、ナイフは道具であり、武器ではありません。 私は子供の頃から、ノコギリとかカンナとか小刀を使っていて、色んな物を作ってきました。 それは非常に創造的な作業であり、様々な工夫をしなければならないので脳の鍛錬にもなるし、「無い物は自分で何とか作ってみよう」という開拓的な精神を発達させます。 そういう刃物を使っていると、必ずケガをします。刃物で切ったらどれだけ痛いかを、繰り返し学習して思い知らされていたら、他人にそんな痛みを与えようという発想は湧いて来ないものです。 痛みを知らない人間に限って、他人を苦しめようと企むようです。 大金を持ったことが無い人(=私)は金の使い方を知らないし、雪が降らない土地に住んでる人は吹雪がどんなものなのかを知らない、ということは止むを得ません。 知らないことが悪いのではなくて、自分が知らない世界も存在し得る、という事実を想像できないことが悲劇の始まりで。
2009年01月13日
スキーやスケートじゃなくて、フットサルの季節になりました。 冬開催を唱えている人達は、室内でフットサルをしてるのを見て、「冬でもサッカーできるぢゃん!」と勘違いしているのではないか? とも考えたくなります。
この時期には、小学4年・5年・6年のそれぞれの「札幌市サッカースポーツ少年団フットサル大会」が行われ、現在は「東区予選」が行われていたり、東区予選は終わって「全市大会」に移ろうとしている学年もあります。 5年生は12月に東区予選が終わっていて、コンサは東区の代表(4チーム)になっています。 4年生は1月11・12日に東区予選が行われ、コンサは東区の代表(5チーム)になりました。 6年生は1月10日に東区予選リーグが行われており、31日に東区代表決定リーグが行われます。 いずれの学年も、全市大会が2月1・7・8・11日に開催され、運営の当番は東区のようです。 さらに2月7・8日には、全道フットサル選手権(U-14)もあり、この札幌地区予選のクラブ・学校リーグが1月11・12日、全市大会(札幌地区4代表決定)が1月17日に行われます。 全道フットサル選手権には「少年団の部」もあり、この全市大会(札幌地区7代表決定)が1月17・18日に行われて、全道大会は2月21・22日です。 これらの日程と(わざわざ代表決定戦の日に)重なって、キックオフイベントとかサポーター集会が開催される訳で、その上「トークショー」やら「コンサドーレカップ」も重なってしまうと、まるで嫌がらせとしか・・。
最近買った腕時計(試合用ストップウォッチ)安物ですが、文字が見やすくて良いです・・役に立ちそうな予感。 他の配色もあったけど却下。
2009年01月09日
U-18チーム所属の鶴野太貴くんが、2009年に水戸ホーリーホックへ新加入することになりました。 →コンサドーレのニュース、水戸公式のニュース 鶴野くんは、小学時代からトレセンに参加している選手で、U-15チームの頃には既に落ち着いた雰囲気が感じられて、年代別代表選手にも選ばれています。
U-18チームに上がった2006年には、1年生ながらプリンスリーグに出場して得点を上げるなど、堂々としたプレイや自信が身に付いてきたように見えます。 学年が上がるにつれて次第に指導的な役割も果たすようになり、試合中にチームメイトを落ち着かせる声はもちろん、不利な戦況の中でも最後までファイトを促すリーダーシップも発揮していました。 練習でも先頭を切って走り出すし、後輩への気配りも見られる選手です・・と、披露宴で新郎を紹介するような言葉になっていますが・・。 強く印象に残っているのは、今年のプリンスリーグ第5節(6月28日@浜厚真)で旭川実業と対戦し、竹内くんのボレーシュートで先制しながら旭実に追い付かれ、窮地のロスタイムに鶴野くんが見事なシュートを打ち込んで勝ち越した試合です。 これが無かったら今年も全勝優勝を逃すことになり、6年目になるプリンスリーグでも、未だ全勝優勝したチームが現れないという事態になっていました。 プリンスリーグの表彰式(2008年7月20日)で優勝カップを受ける鶴野くんアシスト賞も獲得しました。 過去の紹介記事が、ここにもあります。それ以降は試合の中での登場が多いものの、特に取り上げては紹介していなかったようです。 彼がJリーグなどで活躍するようになった時に、買い戻すだけの資金力がうちのチームにあるのかどうか、心配になります。
2009年01月07日
何の因果か、自分が舞妓さんになった夢を正月に見ました。 いくら夢の中での出来事とはいえ、羨ましい恐ろしい限りです。 夢の内容を詳細には覚えていないし、思い出したいとは思わないんですけど、正夢になったらどうしよう・・と、余計な心配をしています。(マジメに生きるんじゃなかったのか?) まぁ、修行が大変なので、着物のまま逆立ちしたって自分には無理でしょうけど。
昔(今より少し若かった頃)、仕事で京都に行ったついでに、バスで市内観光をしました。 駅前を夕方に出発して、名所を観光して、京料理を堪能して、舞妓さんの舞踊を鑑賞して、帰ってきました。 その頃は、まさか自分が舞妓さんになるなんて、夢にも思っていなかったのに・・(←だから、無理だって) 今のところ舞妓の養成や資格認定は、その業界の責任と権限で行っているようで、このようなシステムがユース選手やドールズの育成・セレクションにも似ていると感じるのは、悲しい性でしょうか。 舞妓という身分が国家資格になることは(多分)無いとは思いますが、観光ガイドやオタク達の一定レベルの知識などを認定する「○○検定」の類と同様に、「舞妓検定」なる認定試験が登場して、合格することを目的にして実際には就業しないという変な現象が起こるのではないか・・と、これも余計な心配をしています。 そんな試験があったら、受験してみたいとも思いますが。 どの道もプロは厳しくて、生半可な気持ちでは本物の舞妓にはなれないんでしょうね。→舞妓さん募集 by DocW
年末年始休みの最終日に、支笏湖に行って泳ごうかと考え・・るような季節でもないので、「関口雄揮記念美術館」に行ってみました。 ところがまだ休館中で、駐車場に入った途端にタイヤが雪に埋まるほどなので、隣接する芸術の森美術館に変更しました。 芸術の森美術館と関口雄揮記念美術館とは、(怖い)吊り橋でつながっています。 途中の佛願寺前にて涅槃仏(ねはんぶつ)のように見えますが、違います。 寝正月(ねしょうがつ)です。 手前に、小型の雪像も作られています。 確か、恵山の山麓から引き取られて来たバブル時代の遺物で、長さは45mあるそうです。→胎内に入った人のレポ 去年のいつ頃だったか・・まだ各パーツに分かれて置かれてるだけの状態でしたが、そのうち組み合わせられました。 金色とはちょっと違う、黄土色のような色をしています。
2009年01月03日
タイトルが意味深過ぎますかね。(笑) 内容も、ある意味で過激ですから。 先日、家の中を片付けていたら、包装されたままの白い恋人(36枚缶入)が見つかりました。←ヲイ
包装紙やボール紙の箱には、賞味期限が「03.06.30」と印字されています。ということは5年半前ですから、6年近く前に製造されたことになります。 2003年と言えば・・ジョアン・カルロス・・の時代から寝かせておいたことになるので、さぞかし熟成が進んで、芳醇かつ上品な美味しさが増しているに違いありません。 蓋を開けると白い
恋人煙が出てきそうな気もしますが、意を決して開けてみると、2匹の黒い猫が傘を回しながら出てきて・・・「開けまして(以下略)」 これを食べるには勇気と度胸(と医者)が・・いりません、そんなもの。 元々、腐るはずの無いクッキーとチョコレートを密封してあるお菓子ですから。 新しい製品は製法が改良されたとか、舌ざわりが滑らかになったとかの違いを、実際に比較検証するための貴重な試料として味わっています。何しろ、古い製品はもう入手できないんですから。 確かに、新しい製品の方が食べやすくて美味しいです。女房や畳と同じ・・ではないですけど、年月が経ち過ぎて不味くなったのとは違うようです。 元日の夕方に「白い恋人パーク」のHPを見てビックリ!・・「A Happuy New Year」というメッセージが流れていました。 このFlashのダウンロードが完了した時に、「102%」って表示されるのも不思議です。余計な文字までダウンロードしてるから100%を越えるのか?って考えたり、幻覚が見えるようになったのか、と考えたり。 キャラクターねこの名前は、フランス語で「初恋」を意味する「プルミとラムル」に決まったそうですが、「premier amour」をどう縮めても「プルミエラムール」にしかならないので、日本人の造語感覚は恐ろしいです。 シラフでこんな話を書けるのも、正月だけですね。 明日からは、普段通りにマジメに生きなきゃ。
2009年01月01日
今年は久し振りに、1月1日9時0分0秒に「うるう秒」が挿入されることになりました。→総務省の報道資料 以前は毎年のように「うるう秒」で調整していた時代もあって、地球の公転がどんどん遅くなっていることを実感してたのに、最近は聞かないなぁと思ったら、3年前が最後だったそうです。
「うるう秒」とは何であるかを勉強すると、以前に使っていた「グリニッジ時(GMT)」または「世界時(UT)」と、最近の「協定世界時(UTC)」との違いがよく分かります。(分からない?) 1月1日の9時(UTCの0時)に調整するというのも、世界的に統一(協定)して調整する必要があるからですね。 第1回目の調整が行われた1972年以来、今回で24回目の調整になり、これだけ調整が繰り返された結果、どんな影響が出るかというと・・寿命が縮まります。 なぜなら・・仮に、1972年の1月1日に生まれた人がいたとすると、2009年1月1日0時0分0秒にはちょうど37歳になるはずだったのに、うるう秒の調整のお陰で、その瞬間はまだ37歳の24秒前でしかありません。 法律上は、「生年月日の応当日」の前日満了時(24時0分0秒)に加齢することになっているので、37歳まで生きられたはずの人が、36歳で死んでしまう現象も起こり得ます。 もっとも、そんなことを言い始めたら、うるう年は他の年よりものんびり生きなきゃならない、という論理にもなりますが。 2000年のJ2優勝記念グッズ・・まだ動いてます![]()
「うるう」という言葉の呼び方が統一されていない、という問題を感じます。 「うるう秒」とは、いつもより多い「余分な秒」であり、太陰太陽暦の「うるう月」は「余分な月」です。 ところが「うるう年」とは「余分な年」ではなくて、「余分な日(2月29日)がある年」(または「余分な月がある年」)を意味します。 2月29日のことを正しく「うるう日」と呼ばれることは少ないし、「今年はうるう年だ」と言った場合、2008年と2009年との間に挟まった、「閏2008年」という年を意味するのではないので、用語として統一されていないと思います。 もし・・というか、確実にそうなるはずですが・・地球の公転がもっともっと遅くなって、太陽の周りを1周するのに50年もかかるようになってしまったら、夏(または冬)ってどんな季節かを知らない人が多くなり、次の夏(または冬)が来る前に死んでしまうことがあるかも知れませんね。 そうなる頃には、地球の自転も遅くなっているはずですから、1日の長さが今の1ヶ月くらいに伸びて、昼間は夏(夜間は冬)みたいな気候になるでしょう。 正月の話題として相応しい、壮大なお話ですね。
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