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作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。

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クラセンU-15北海道大会

2015年07月20日

日本クラブユース選手権(U-15)の北海道予選となる、北海道クラブユース選手権(U-15)が6月20日から7月12日まで開催されました。

コンサ札幌U-15とコンサ旭川U-15は、北海道カブスリーグの1部に属しているので、4回戦までシードされます。

この大会の上位2チームが日本クラブユース選手権へ出場できて、続く4チームがインターシティカップEASTへ出場できます。


クラセンU-15・4回戦(7/4)
4回戦は、夕張市のサングリンスポーツヴィレッジ(平和運動公園)で行われました。朝は雨がぽつぽつ落ちてきました。

多目的広場の芝生は見た目には綺麗ですが、左半分に剥げた部分が結構ありました。
隣の芝生は美しい・・が剥げている

アプリーレ札幌U-15(水色) vs コンサ札幌U-15(赤黒)
はじまり はじまりぃ・・

ずいぶんと大胆なダンマクだこと・・意気込みは大事だ。
天下無双だって?

前半20分に得た右CKで、ニアから池田がヘディングで流し、味方か相手かに当たって入りました。(1-0)
ニアからのヘディングで先制

後半3分に右クロスをパンチされたこぼれ球を西村が押し込んで1点を加え、(2-0)で勝ちました。
チャンスは沢山あったものの、ラストパスやフィニッシュの精度がムニャムニャ。


午後には第1球技場で、コンサ旭川U-15(赤黒)と帯北アンビシャス(グレー)が対戦しました。
夕張までなら同じような距離か

コンサ旭川9期生の保護者会が作ったダンマク
行け旭川 勝利信じ 最後まで戦え

不思議な体勢の円陣で相手を幻惑します。←そうなのか?
相談かお祈りか

惜しいチャンスもありましたが、前半は得失点なく折り返しました。(0-0)

後半にもFKがバーに当たって越えてしまいます・・が直後の21分、前線の谷口(明)へ出したフィードがオフサイドにならず抜け出し、GKの頭上を越えるシュートで先制しました。(1-0)
明典が狙い打ち

ところが30分に、GKが出ていた場面でDFがボールを奪われ、無人のゴールに打ち込まれてしまいました。(1-1)

後半もタイムアップとなって、PK戦が行われます。

旭川は順調に得点を重ねたのに対し、相手の1人目は左ポストに当てて外し、2人目はバーを越え、3人目のキックをGK山田が止めて、あっけなく終了しました。(3-0)
当たった


翌日に行われた準々決勝は、プレミアリーグU-18の試合が宮の沢で行われたため夕張には見に行けませんでした。

コンサ札幌はスプレッド・イーグFC函館を(6-1)で降したものの、コンサ旭川はSSSジュニアユースを相手に(1-3)で敗れました。


7月11日の準決勝からは会場を札幌に移し、準決勝は東雁来公園・西ピッチで行われました。
暑くて風が弱いので、前後半とも半分の20分を過ぎたあたりで給水タイムを取りました。

この部屋で大会プログラムを売っている訳ではありません。ここはトイレですから。
有料トイレでもない

準決勝のコンサ札幌U-15(赤黒)の相手は、ASC U-15(白)となりました。
前半だけで山保の4点など合計6点を上げました。これは前半24分に得た右CKでファウルを取られた場面
危な気なく得点を重ねる

後半にも5点を加え、(11-0)で大勝しました。
これでコンサ札幌は、8月3日から始まる日本クラブユース選手権(帯広市など)に出場することになりました。


準々決勝に勝って準決勝で負けた2チームは、既にインターシティカップへの出場が決まっていますが、準々決勝でSSSに負けたコンサ旭川U-15(白)は、インターシティカップへの出場権(残り2枠)をかけて、FC DENOVA(エンジ)と戦いました。

決定力が伴わずオフサイドも多くて、前半は得失点なく(0-0)で終わりました。

後半25分に右から石澤などが攻めるチャンス
足が攣る
足が攣った渡部が中央に蹲っています。

後半の終盤にはCKが3回続いたものの得点できず(0-0)で終わり、またもやPK戦となります。
PK戦で先攻のコンサ旭川は3人目のキックがはじかれた他は全て決め、対するDENOVAも2人目のキックがバーに当たって越えた他は決めていきます。

DENOVAの9人目のキックをGK鴨川が足で止め、決着が付きました。(8-7)
際どくインターシティカップへ出場

これでコンサ旭川は、8月4日から6日まで茨城県で行われる、インターシティカップへ出場することになりました。


翌12日に行われた決勝では、準決勝でSSSに勝ったアンフィニが相手となりました。

アンフィニ MAKI.FC(白) vs コンサ札幌U-15(赤黒)
いよいよ決勝

前半5分、アンフィニの右クロスをファーでトラップして打ち込まれました。(0-1)

しかし10分、船戸が右から切り込んで倒されたPKを、自身が右に蹴り込んで同点としました。(1-1)

ところが32分、アンフィニの左から打ったボールが右ポストに当たって入ってしまいました。(1-2)

さらに38分、アンフィニが右からのフィード受けて、右へ流れながら左へ打ち込まれました。(1-3)

すかさず39分、宮脇がドリブルで深くまでえぐってシュート、1点差まで迫って前半を折り返します。(2-3)

 
1点を追う後半の2分、船戸の突破で得た右CKのこぼれ球をスルー、坂下が打ち込んで同点とします。(3-3)

9分には左CKから船戸が右クロスを入れ、左から西村が打ち込んで逆転しました。(4-3)
右クロスを受けて歩夢が打ち込む

22分にDFが外されて失点しましたが(4-4)、23分にフィードを受けた船戸(右端)が出てきたGKの頭を越すループを打ち、ゴール中央の上部に入りました。(5-4)
ループが納まる

さらに攻め続けたんですが、惜しいシュートは多いだけで追加点を上げられず、なんとか優勝できてホッとした・・という印象です。



post by 雁来 萌

22:22

闘う若梟 コメント(0)

桜井家と山鼻記念会館

2015年07月07日

前回は栗山の泉記念館と小林家、今回は美唄の桜井家と札幌の山鼻記念会館を紹介します。
以前に美唄へ行った時には、桜井家に寄るのを忘れてしまって。


先月に旭川へ行った途中、今度は通り過ぎないように注意して、美唄の桜井家を見学しました。
美唄市指定文化財

ここは、明治34年に屯田兵として沼貝村(現美唄市)に入植した桜井良三氏が、昭和8年に兵屋の位置に建てた母屋と離れ座敷などを、ご子息の桜井省吾氏の遺族の方が敷地と共に美唄市へ寄贈したものです。
古いことは分かるが・・
逆光になって母屋の構造はよく分かりませんが、昭和初期の和風建築を基本として、洋風の技術も取り入れています。

植木が多くて、屋敷全体の姿を撮影するのが難しいですが、左側の離れ座敷が良い感じです・・流石に床が傾いていたりしますけど。
国道に\面した広い庭

内部には、豪華な染め付け陶器製の便器が残されており、「美唄市立公民館桜井邸分館」として利用できる部屋もあって、一般公開されています。

庭には、桜井良三氏と省吾氏の胸像が並んでいました。
親子の碑

 
屋敷の裏へ回ると、周辺を巡るフットパスになっていました。
フッとパスしたくなる道

北海道指定有形文化財「美唄屯田兵屋」が保存されています。
リユース・リサイクル建築
ただしこれは、二軒分の用材を用いて一軒の兵屋を復元したもので・・以前は他の場所にあったように記憶しており、移設したようです。

隣に美唄市指定文化財「美唄屯田騎兵隊火薬庫」も残っています。
延焼して硝煙が上がりそう
火薬庫って防火のためレンガで造られることが多いですが(参考)、ここは木造で火事や洪水を考えるとちょっと心許ないです。


先月の20日、東光ストア行啓通店の隣にある、山鼻屯田記念会館を訪れました。
遊園地のお城みたい
とんがり屋根がメルヘンチックで、一階にはケーキ屋さんが入居しています。

これは1876(明治9)年に入植した山鼻屯田兵村(240戸、1114人)を記念する会館で、2階の資料室には屯田兵に関する資料や写真類を展示してあります。土曜日と日曜日の限られた時間帯にしか開館しないのが難点ですけど。

東屯田通と西屯田通の両側に並ぶ兵屋の配列(左の方が北)
向こう三軒両隣どころではない

かなり精巧に作られた兵屋の模型で、屋根も横に置いてありました。
大工さんの仕事だね

壁に掲げられた屯田兵司令官・永山武四郎の「論告」を見上げる
整った綺麗な字だ

 
行啓通と東屯田通の交差点を挟んだハス向かいに、広々とした「山鼻公園」があります。
樹がどれもデカい
この公園のあたりに第二中隊本部があって、現在の山鼻小学校の場所は練兵場だったそうな。

兵村開設20周年を記念して明治27(1894)年に建立された「山鼻兵村開設碑」
120年前から鎮座している
題字は永山武四郎の揮毫です。

街路樹の2倍もあるようなプラタナスが何本も聳えています。
寄らば大樹の陰と言うけれど広過ぎる

公園の隅に石碑があり、野口雨情が作詞した「赤い靴」の歌詞が刻まれていました。
2番の歌詞が省略されている
「♪赤い靴はいてた女の子」・・この女の子の母親と野口雨情が共に山鼻に住んでいたそうで、母親から娘の話を聞いたことが童謡誕生のきっかけになったというのが「定説」だそうな。(定説があれば「異説」もある)

歌詞のモデルとなった「きみちゃん」という女の子は、横浜から船に乗ってアメリカへ連れて行かれることもなく、結核のため東京の孤児院で世を去ったんだとか(9歳)。

「♪今では青い目になっちゃって」・・異人さんに連れられてアメリカへ行っただけで眼の色が青く変わるなんて・・カラーコンタクトか、それとも遺伝子操作かっ!?・・当時は、キリスト教の洗礼を受けると眼の色が青く変わるとも噂されていたとか。

石碑の外形は藻岩山の稜線を象っているらしく、全く知らなかったんですが、この前日に除幕したばかりらしいです。



post by 雁来 萌

21:49

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