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2012年09月11日

国道が途切れた先は渡し船

・・諸国漫遊の旅に相応しい、松尾芭蕉のような句だな。笑

十勝滞在の2日目は、広尾からアメダス探訪を始めました。

前日の夜に三股から走ってきて広尾に着きました。南の方ほど降ると思っていた雨も、幸い大したことはありませんでした。
この日の試合は第二試合で13時キックオフなので、1時間前に会場へ着くように帯広まで戻らねばならないから、夜明けと共に行動を開始します。


アメダス探訪「広尾」の巻(2012/8/16)

広尾中学校の隣にありました。
お誂え向きの避難階段がある

以前は広尾測候所だった地点で、廃止になった測候所は「特別地域気象観測所」という名称になります。
海岸部にしては錆びてない

中学校の避難階段に登って、敷地全体を見下ろしました。
津波もここまでは上ってこないだろう

特別地域気象観測所では、視程(や気圧)も測っています。
竹槍のような視程計

測風搭も随分と立派です。
船のマストにも似てる
周囲の樹木より低いということはあり得なくて。

港の周辺は標高が低いので、津波襲来時の避難経路を書いた看板があちこちに立っていました。
この町は山があるからまだマシだけどね。

 
広尾町はサンタランドなので、雨水舛の蓋までサンタデザインでした。
雨水までローマ字かよ・・トナカイの角の形が違う

旧広尾駅はバスの待合所になっていますが、広尾線の終着駅だったので「広尾線鉄道記念館」も併設されているようです。
朝5時3分の広尾駅
まだ朝5時なので玄関が開いてなくて、窓から覗いたけどメボシイ展示物は見えませんでした。
緑と赤とを使った広尾町のシンボルマークは、クリスマスツリーと長靴(と柊の葉?)がデザインされています。

駅の裏には鉄道記念公園がありました。
待合室の椅子まで並んでる

C11の動輪とか信号機とか転轍機とか
枕木が不釣合いだけど・・
動輪の直径は1520mm、重量は2.8トンだそうです。


アメダス探訪「大津」の巻(2012/8/16)

「ナウマン国道」と呼ばれる国道336号を走って大津の街に着くと、霧がかかった浜を背にして「十勝発祥之地」という碑が立っていました。
ここは十勝川の河口ですから、開拓時代はこの辺から北海道に上陸したり川を遡ったりしたんでしょう。
ここより十勝始まる
しかし上陸しやすいということは、津波が押し寄せやすいということでもあります。

稲荷神社の裏にひっそりと佇んでいました。
空地を回った奥

ここは大津中学校が閉校した跡のようです。
潮騒が聞こえる校庭

石碑の裏には校歌が刻まれていました・・十勝文化の黎明ですか。
太平洋は世界に通ず学舎の風景」というサイトにあちこちの閉校(跡)の写真が載っていて、大津中学校もあります。

測器類も寂し気に感じます。
訪れる人も無し(自分以外に)

南東風と共に海から霧が押し寄せる
海は見えるか

大津小学校のグラウンドの脇に、漁船が置かれていました・・なんで?
渡りに船?・・津波時の避難用かも
船頭が多かった訳でも津波で打ち上げられた訳でもなく、創立130周年記念の運動会や学芸会が催されたそうなので、その名残でしょうか。


アメダス探訪「浦幌」の巻(2012/8/16)

大津から浦幌へ向かうには、336号に戻って十勝川の河口橋を渡りますが、今ではすんなり渡れる川(橋)だけど昔は渡れなかったんです。

少し上流側の「旅来」(たびこらい)という場所で、国道が川の堤防にぶつかると国道番号を示す「336」という標識が立っているのに、そこでブッツリ国道が行き止まりになっていたんです。

その先はどうするかというと、さすがに堤防を乗り越えて川に突っ込む車はいなかったけど、人は船に乗って川を渡っていました。
川の向こう岸からまた道路が始まっていて、交通路としては1本につながっていたんです・・渡し舟の航路も国道の一部で。

船と言ってもフェリーじゃなくて人しか乗れない小さな船だから、車だったら豊頃まで迂回して十勝川を渡るしかなかったんです。わずか20年前までの話だけど、車が通れない国道ってのがあったんですよ。

国道38号から少し入った消防署の向かいの空地?にありました。
見張られてる気がする

隣は町役場でしょうか・・7時近くなのに人気が無い。
遊休地なの?
街中にしては珍しく、障害物が何もありません。

積雪深も測っています・・この辺は少ないけど。
拍子抜けするほど何も無い

ここも南東風で街が霧に包まれていました。
霧をもたらす南東風


アメダス探訪「留真」(るしん)の巻(2012/8/16)

浦幌から田舎道を12kmほど走って、留真温泉へ分岐する交差点の近くにありました。
田舎の郵便局・・ここしかない

予想通りに郵便局の隣でしたが、簡易郵便局を委託されてる家の敷地のようです。
牛や熊は来ないの?

樹の葉から雨滴が落ちるほど接近してはいません。風が強くなければ。
二度と訪れることも無いであろう


posted by 雁来 萌 |07:23 | 気象細事記 | コメント(2) |

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この記事に対するコメント一覧
Re:国道が途切れた先は渡し船

ご存知かも知れませんが、動輪はC-11 176号機の第2動輪ですね。
C-11 176号機は保存の話もあったのに解体されてしまった不運な機関車です。
もしもご興味ありましたら、以下をご覧ください。
http://www.geocities.jp/atsushio016/c11176dourin2.html

posted by かもめ| 2012-09-11 17:21

実は詳しくないんです

この分野は興味はあるけど、詳しくはないんです。

去年見たのが第1動輪なんですね。
http://www.consadole.net/kariki/article/945
第3動輪は音更町の大通交通公園にあるんですか・・探しやすいですね、来年も帯広に行くだろうし。

「北海道の静態保存SL」
http://www45.tok2.com/home/penta/hokkaido/hokkaido.htm
とか
「全国保存動輪リスト」
http://www.geocities.jp/atsushio016/hozondourin-risuto-top.html
いうサイトも横目で見ていますが、この世界に足を突っ込むと深みにはまりそうだから写真を見るだけ。笑

親が鉄道員だとSLの煙がかかる場所にしか住めないもんだから、「SLとは一定の距離を置いて暮らしたい」という根性が三つ子の頃から染み付いてしまい、却って鉄の方面にはのめり込まないもんです。

動輪デザインのボタンやバッジが付いた制服とか制帽が自宅にあります。(親の形見)

posted by 萌| 2012-09-11 21:24

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