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作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。

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一酸化炭素中毒だったのか?

2017年03月31日

かれこれ1年半前の話になりますが、車を運転中に意識を失って中央分離帯に衝突したことがありました。(記事)

その事故の元になった意識喪失の原因が自分では見当がつかないし、病院で検査してもらっても何も分からないしで、困惑や疑惑が渦巻いている心境でした。

最近になって、その原因(ではないか?)と考えられる生体反応に思い当たりました。
もっと早い段階で気付いても良かったかも知れないけれど、何しろ循環器系の内的な不具合が原因だと思い込んでいたので、全くの外的な要因を思い付くほど頭が回りませんでした。


 
当日のミッションは浜厚真から札幌の自宅へ帰るだけだったので、特に急いではいなかったし、他チームの退屈な試合を見ながら一眠りしたので、体調も問題は無かったはずです。

厚真ICから日高道に乗り、沼ノ端東ICで一般道へ降りて国道36号をチンタラ帰って来ようと思っていました。

国道36号へ合流する交差点で右折の信号待ちになりましたが、その信号がいつまで待っても変わらなくて、信号が故障してるんじゃないかと思うほどでした。

前にはトラックが停まっていて、時々ミラーを見ても後続車が来てませんでした。
日曜日の昼下がりだというのに、こんなに交通量が少なくて良いものか?とも思いました。
やっと信号が青に変わり、トラックが右折したのに続いて(対向直進車が来ないのを確かめつつ)私も右折しました。

 
加速しながら少し走ったところで吐き気がしました。
自分が操ってる車に乗ってて吐き気がするなんて、およそ考え難い現象です。
「何なんだ、この吐き気は?」と不思議に思ったのは覚えているんですが、以降の記憶がありません。

目撃者の証言によると、右車線を走っていた私の車がだんだん中央に寄って行ったので、分離帯の切れ目から右折するのかと思ったそうです。
でも予想に反して右折せず、分離帯の切れ目に(神風特攻隊のように)突っ込んで、ガードレールや照明ポール(や自車のフロント部)を撃破したそうです。

私自身の意識が戻ったのは周囲の人達が集まって来た後なので、衝突したこと自体も覚えてなくて、いったい何が起こったのかさえ把握できず、ぼんやり夢でも見てるような感覚でした。

 
右折した交差点から事故現場までの距離を地図で調べると200mほどなので、走行時間にして15秒と20秒の間くらいでしょう。(急がないので、トラックから距離を空けてゆっくり加速してたはず)
事故現場位置図
だんだん中央に寄って行ったということは、衝突する数秒前から意識を失っていたらしいので、吐き気を感じてから意識を失うまでの時間は5秒~10秒ほどだったと推算されます。

そんな短時間だと、何らかの対応策(ハザードを点けてから左に寄って停めるなど)を講じる余裕もありません。大体、どの程度の異常事態なのかも自分で認識できていない状況だったし。

 
今になって考えれば、しばらく信号待ちしていた間に、前に停まっていたトラックの排気を吸い続けていたものと推測されます。
その結果、赤血球に排気中の一酸化炭素が結合して酸素を十分に運べなくなり、脳が酸欠状態に陥って意識を失ったのではないかと。

普通の人なら、その程度のことで意識を失うとは考え難いですが、何しろ私の場合は脳へ行く血管が細いし血圧が低いしで、ただでさえ普段から血流が弱いという不利な条件があります。

そんな人間だから、少量の一酸化炭素を吸っただけで脳への酸素輸送量が足りなくなって、意識を失ってしまうことは十分にあり得る話だろう・・と考える今日この頃です。
吐き気がしたことも一酸化炭素中毒の症状として矛盾が無いし、風が吹けば桶屋が儲かるほどの破天荒な論法でもないでしょう。

 
仮に、このような推測が正しかったとして・・もし渋滞に遭ったら同様に意識を失う可能性がある訳だから、やっぱり車の運転はもう出来ませんね。
というか、しばらく公共交通機関で移動してると、車が無くても大して困らないような移動手段に慣熟するようになります。(昔はみんな草鞋を履いて歩いてた)

せめて原付くらいは運転できないものかとも考えますが、二輪車に乗ってて意識を失ったら対向車線に転がって行くかも知れず、生身の人間がカーリングのストーンのように対向車とぶつかって命を取り止めるほどの自信は全くありません。
せいぜい、電動アシスト付きの自転車に乗るくらいが無難というものでしょう。

運転免許証の有効期限が切れる前に自主返納すれば「運転経歴証明書」という物を発行してくれて、これは免許証と同等の公的な身分証明書として使えます。
発行手数料がほんの少しかかりますが、定期的に更新する必要が無いので、つまり一度取得すれば死ぬまで有効です。



post by 雁来 萌

19:23

雑念 コメント(7)

相次ぐ台風襲来の置き土産

2016年12月06日

今年の夏は珍しく北海道に台風が相次いで接近・上陸し、道内各地で甚大な被害が発生しました。

昭和56(1981)年以来の(に匹敵する)豪雨だと言われても、その頃の体験を覚えているのは40歳以上の世代だけになってしまいました。

気象の世界では30年間の平均値を「平年値」としていますが、それ以上古い体験は覚えていないことも考慮されているのだろうと思います。


折りしも日本クラブユース選手権(U-15)が行われていた十勝地方では、よりによって試合日程に合わせたかのように、繰り返し大雨が降りました。

その度に列車が運休して二度も帰宅難民になってしまったし、準決勝の日には遂に交通手段が無くなって帯広へ行くことさえ出来なくなりました。
まぁ仮に目的地へ行き着けたとしても、また帰って来れなくなっていた可能性もありますが。
JRの復旧状況(PDF)

 
自分の目で見た範囲の被害はともかく、報道された被災箇所の情景などを見ると、まるでゴジラが暴れたのかと思うほどの惨状でした。
いまだに復旧の目途すら立っていない箇所もあり、日勝峠なんて将来的にはルートを変更した方が良いんじゃないかとさえ感じます。
 
ところで、ゴジラは爬虫類ですよね。
爬虫類は鳴かない種類が多いようですが、後代になって鳥類に進化する先祖なんだから恐竜も鳴き声を出せたはずだ、と考えられているとか。
しかし、ゴジラほど巨大な図体に備わっている器官内で共鳴する音ならば、映画などで聞く金切り声のように周波数が高い音は出ないだろうと・・。

 
私の場合、気象現象が原因で災害が起こると、被災箇所の復旧工事に必要な資料を揃える、という仕事が突然発生します。
今夏は全道各地で同時にしかも繰り返し災害が起こったもんだから、例年なら1年かけて片付ける量の作業が、わずか1ヶ月半くらいの間に集中して押し寄せてきました。

先の仕事が片付く前に次の仕事が新たに発生する状況に陥り、どんどん借金が増えるだけの生活のようで、ゴジラの手も借りたいほどです。
雪が降って年を越しても台風の後始末に振り回されるなんてヤだよ。

 
こんな台風の襲来に伴って、珍しい現象も起こっているそうです。

知床方面で蝶を調査していたネイチャーガイドさんが、見慣れない蝶を目にしたので写真に撮って調べたところ、「リュウキュウムラサキ」という南方で生息する蝶だったそうです。

恐らく台風に乗っかって飛んで(流されて)到来したらしく、道東では初見、道内で最北端の観察記録になったそうです。


11月20日の最終戦はとても楽しかったです。(アカデミーOB戦が)
Return to J1

イベントブースでホントはバスソルトを買おうと思ってたのに、間違えてハンドクリームなどの化粧品も含んだセットを買ってしまいました。

返された釣り銭が少なくて間違いに気が付いたというマヌケな事態なんですが、返品するのも恥ずかしいし抽籤券が付いていたので仕方なく引いてみると、深井くん提供のシューズが当たりました。
深い意味は無い
やはり、無欲な人間ほど良い事が起こりますね。え?

サイズは大きめながらも履ける範囲内です・・しかし、このシューズを履いて何をしようかと・・今さら近所を走る気力も体力も無いから。



post by 雁来 萌

22:22

雑念 コメント(8)

瀬戸物に凝縮する芸術意匠

2016年08月26日

どんな内容の記事なのかを想像できなかった人は不幸かも。

久し振りに江別市セラミックアートセンターに行ってきました。

今回のお目当ては、「トイレに見るやきもの文化 ~染付便器の民俗誌~」という展覧会です。(チラシ:PDF)

副題には「百花繚乱 染付便器の粋」とあって、これは美術を愛好するトイレ評論家としては避けて通れません。笑


新さっぽろ駅、あるいは野幌駅から野幌総合運動公園行のバスに乗って、セラミックアートセンター前で下車すれば便利です。
アート引越センターではない

てっぺんにある展望室の中は暑いに違いないと思ったけど、せっかくの晴天だから登ってみました。予想通り蒸し暑かったんですが、景色は良かったです。
夕張岳方面

展示室の入口に掲げられた垂れ幕ポスター・・この時点で既にワクワク
着物文化ではない

陶器の産地である瀬戸地方では、白い瀬戸物の表面に染付技法で花鳥山水の図柄を描く装飾法が発達し、「瀬戸染付」と呼ばれます。

現代の衛生陶器が普及する前に、その高度な技術を食器のみならず便器にまで惜しみなく注ぎ込み、非水洗式の陶磁器製の便器にも瀬戸染付が施されていました。

圧倒的な存在感を放ってトイレ内に鎮座する豪華絢爛な芸術作品が、口に出すのも憚られる狭い個室空間を格調高い美術館に昇華させていたものです。
百花繚乱
「台の上に乗ってはいけません」とは書いてなかったなぁ・・。

たとえ対象が便器であっても手を抜かない意気込みは、日本人が便器にかける情熱とこだわりの象徴と言えます。

かくも華麗な便器を備えることによって、それまで閉ざされがちだった厠の空間を、客人を応接するおもてなし空間へと転換させた効果も絶大です。

 
左から時計回りに、男子小用(朝顔形、厠下駄付き)、同(向高形)、蓋付壷、大用(小判形)、同(角形)
ルーブル美術館「東洋の間」か
向高便器は、元々は木の桶で作ってあった形を模したので、材料が瀬戸物に変わっても相変わらず桶の「タガ」の部分を膨らませてあります。

奥にある蓋付壷は、底に付いた口から水が出て手を洗う、あるいは、水を流しながら用を足して音消しとして使ったのかも・・と説明にあったけど、そんな勿体ない事したかなぁ?

 
どの絵柄も見事で、後代にはエアブラシを使ったボカシの技法も導入され、まるで水墨画や友禅染の作品を鑑賞するような錯覚も感じます。
絵描きの名人もいてブランドになったそうで、印影のようなサイン入りの作品もありました。

しかし考えてみれば、将来は便器として使われるであろう瀬戸物の素材に向かって、朝から晩まで曲率のある器面に緻密な絵柄を描き埋めていく作業は、職人とはいえ極度の集中力と根気を必要とする作業に違いありません。

心血を注ぎ込んで完成させた芸術作品が、やがてトイレに設置されてオシッコをかけられる仕打ちを受けるなんて、堪え難い屈辱ではないんだろうか?

 
時々、古い民家を修復して資料館として公開している屋敷などを訪れると、厠に見事な便器が据えられていることがあります。(もちろん使用禁止)

北海道内にも結構残されていますが、まだ未訪問の場所もあるし、ここに載っていない場所で見たこともあります。
道内に残る染付古便器

逆境に堪えて大役を果たすべく頑張っている(いた)姿を見ると、イジらしくもイトおしくも感じますね。
思わず便器に抱きついて頬擦りしたくなるほどです。←不審者として通報されます

瀬戸物の便器が広く売れるようになったのは、皮肉なことに濃尾大地震とか関東大震災の後だそうで、スクラップ&ビルドの原理そのもの。

このような古い便器を多量にコレクションしてるミュージアムもあって、それがINAX社の関連施設だと聞けば納得します。

比較のためか、奥まった部屋に現代の便器も展示してありました。(これは使用可)
展示品に手をふれないで下さい

最近の便器(というか便座)は必要以上に多機能ではあるけれど、全体が白一色で面白くありません。
もはや温水洗浄便座は、白物家電として分類されているくらいですから。
「白い便器」ではなく「面白い便器」に出合いたいもんです。

 
館内の図書室には、様々な美術関係の文献が揃えられています。
今回の展覧会に因んで、入口にはトイレ関係の書物が並べられていました。
じっくり読んでみたい

展覧会の図録も素晴らしくて買ったんだけど、残念ながら転載は禁じられています。


いつだか書店の商品棚に「トイレ学大事典」という分厚い書物が並んでいました。
・・・トイレって、学問だったのかっ!?

ひょっとして「日本トイレ学会」とかあるんですか?←見あたらない
日本トイレ協会はあるし、日本トイレ大賞なんてのもあるんですねぇ。コンサートホールKitaraも受賞しています。

中国人も買い漁る便座を見ると、技術力もさることながら、日本人がトイレにかける思い入れ(というか執念)は世界一であると断言できそうです。
 ・便座が暖房されています。
 ・温水シャワーが出ます。
 ・温風で乾燥されます。
 ・ノズルが自動洗浄されます。
 ・「ワンダーウェーブ洗浄」・・って何ですか?
 ・消臭・芳香機能があります。
 ・擬音や音楽も出ます。
 ・便座カバーが自動で開きます。
他に何かありま専科?というくらい、至れり尽せりな・・痒い所に手が届くような・・ある意味でお節介な機能が満載されています。

我侭を言えば、他に一つだけ追加して欲しい機能があります。
体重計で(不正確ながらも)体脂肪率を測れるくらいなんだから、排出物の重量を測る機能が便器に備わっていれば、ヘルシーで便利だろうと思うんです。

そんな便器を体重計と共に日々使っていれば、成人病やメタボ体形を解消しやすくて健康増進に役立つんじゃないでしょうか。

自分でもその計測原理を考えてみたんですが、求める変数の数(3)よりも測定できる変数の数(2)の方が少なくて、算出できないという結論に達しました。固形物の比重を一律に仮定するのは現実的ではないし。

誰か、(イグ)ノーベル賞を目指して頑張ってくれませんかね。


次はこれでも見に行くかな?
5時ら



post by 雁来 萌

21:43

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蛍光チケットを携行する

2016年06月10日

もう8ヶ月も経ったのか、というのが正直な心情です。

考えてみると、イナが負傷した千葉戦の試合日は、私が眼を負傷してからちょうど8ヶ月目の日に当たりました。

8ヶ月って、こんな時間なんだねぇ・・と思い返しながらも、まぁ私の場合は、ほとんど試合が無くなった時期からの8ヶ月だったけれど。

何か良くない物が彼の背中に乗り移ってしまったのでしょうか。。お祓いお祓い


ドールズ他による見事なOminiポーズ
黄色は緑のピッチに埋没する

タッチライン近くでも・・そ、それは違うからっ!
似てなくもない
古墳の内部に描かれた、ヒキガエルの壁画を思い出しました。


以前から気になっていたことを試したところ、大正解でした。
シーズンチケットを持ってる方には関係の無い話ですが。

私が通常使っているチケットはコンビニで発行された細長い紙券なので、席種を書いてある文字が細かいし上下の列にも文字が印刷されてるしで、ドームの薄暗いゲートでチケットをチェックするCVSの方が判別し難いようなんです。→体験談

ハタから見ても席種を探す目が泳いでるようだし、年輩のCVSの方などはメガネを外してチケットに見入ることもあり、その気持ちは自分でもよく分かります。

 
そこで昨年の後半に始めたんですが、予め黄色い蛍光ペンでチケットの席種の部分に色を塗っておきました。

これが効果覿面、〆はラーメンで、ゲートを通過する時に手間取ることが無くなりました。
まるでブラックホールに吸い込まれるように、CVSさんの視線が真っ直ぐ席種の部分に向かいます。(枠内シュートの如く)

先日の試合では、通過した後に「すごく見易くて有難いです。」と言われましたから、ゲートで足止めされないためにも、CVSさんの負担を減らすためにも、オススメの方法です。


いつぞやドームで、盲導犬に募金したらスタッフからこの本を勧められて、気の弱い私(←どこが?)は断われずに買い求めました。
ハメをはずして・・ではない
歳とって足腰が弱ったために盲導犬を引退した老犬の世話をする、北海道盲導犬協会の「老犬ホーム」の活動を紹介する話です。
著者:辻 恵子、あすなろ書房、ISBN:978-4-7515-2769-6、1300円+税

引退した老犬はボランティアさんの家で世話を受けながら余生を送ることは知っていましたが、専用の介護施設があることは知りませんでした。

この本は文字が大きいし漢字には読みがなを添えてあるので子供でも読めますが、内容は大人にも訴える力があって、子供だけに読ませるのは勿体ない。

動物があまり好きじゃない自分が読んでも多少そそられるんだから、純粋無垢な子供が読んだらみんな老犬介護の仕事をしたくなるんじゃないかと思うほどの誘引力があり、ある意味で危険な有害図書かも。笑



post by 雁来 萌

20:20

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カラコンでも着けようかと

2016年04月27日

人間、トコトン困った時には、とんでもない名案が閃くものですねぇ。

術後4週間くらい経ったら眼球の変形も落ち着くので、その頃にメガネの度を合わせて下さい、と言われていました。
4週間も過ぎ、5週間ほど経った週末にメガネの右レンズを作り直しに行きました。


レンズの度を合わせると言っても、もう車の運転はしないのだから、はるか遠くまでバッチリ見えるほど度を越して強くする必要は無く、机上の作業に支障が無い程度の度数で十分です。

遠くまで見えるようにすると手許の作業に疲れるから、遠くの方を見たい時には、以前に作った中近レンズを入れたメガネがそのまま使えるし。


左右の目で視力は大体揃っているのですが、右目の虹彩が直径8mmのままで閉じないため、照明が視野に入るとゴーストやハレーションが生じて見難いし、白い背景に書かれた小さい文字はコントラストが飛んで読み難いです。
夜に明るい点光源を見ると、光の輪っかさえ何重にも見えます・・自分は天使か?

晴天時の日中に外出する時は、度入りの調光レンズを入れたメガネを使わなければ、右目に紫外線が入り過ぎて、帰宅後は明かに影響が生じてます。

 
虹彩を絞るには再び三度目の手術を受けなければなりませんから、どうにか他の方法で・・例えば、視力回復用として小さな穴がたくさん開いた「ピンホールメガネ」というのがあり、そんなメガネに度が入っていたら役に立つだろうと思いました。

あのメガネは近視(や遠視)そのものを矯正するのではなく、焦点深度を深くしてピンボケ状態を感知し難くするだけなんだけど、以前に宮の沢のコンサベースで売ってたような記憶があります。
また発売されないかなぁと思いながらネットで調べたりしていたら、たまたま寄った本屋さん!で売ってました。
「向上する」とは書いてない

「製造所」ではなく「印刷所」と書かれているのが、いかにも本屋さんに並んでる商品らしいです。
しかもメガネにISBNが付いているなんて!・・なぜ?
メガネにISBNが付いてるなんて!

「視力向上トレーニングメガネ」と呼んでいるらしく、本を読み過ぎて視力が落ちたのを回復させる(目を休ませる)とか、眼筋のトレーニングを目的とする商品のようです。
小さい穴から覗く・・のぞきメガネって、ウニでも採るのか
だから本屋さんで売ってるのか、と納得。

 
でも使ってみると視野が狭いし像がダブったりして見難く、注意書きの「長時間かけ続けると目の負担になる場合がある」ことを実証できました。


とても実用にはならないから、試行錯誤として黒い紙に瞳孔ほどの穴を開けてその穴から覗いて景色を見ると、かなりはっきり見えます。

そんな紙をメガネの裏側に貼り付ける訳にもいかないから、視界を確保するためには目の直前に置き、可能ならば角膜に貼り付けてコンタクトレンズのように・・中心部だけ透けて見えるコンタクトとか無いのかなぁ?・・あっ! カラーコンタクト!!

カラコンなんてモノは、芸能人か若い女性が使うツールだと思っていましたが、これほど使用目的に合致した用具が世の中にあるとわ・エ・モア。

例えば、の装着イメージを想像・・笑うな!
画像はイメージです、あくまでも

 
先月、目の検査のため通院した時に「カラコンを使ったらどうでしょう?」と医者に尋ねてみました。
今さら目力を強くする必要も無いし期待はしていませんでしたが、回答はやはり「あまり効果はありません。」という予想した結果でした。

私の場合は透き通っている部分の径が小さいカラコンほど都合が良い訳ですが、着色内径が6.5mmという小さめな仕様の商品であっても、径6.5mmまで環状にべったり色を塗ってある訳ではありません。
花びらのような楔形のような模様が中心に向かって伸びているだけだから、実質的な着色内径はもっと大きいので、虹彩を絞る作用に代わるほどの効果はあまり期待できないのです。

たとえ度が入っていないカラコンでも、心臓ペースメーカーのように「高度管理医療機器」だそうで、使い方が適切じゃなくて眼に障害が発生する場合も多いらしく、医者の処方箋か指示書が必要な場合が多いです。処方箋が不要な通信販売もあるけれど。

なおクルマの保険会社によると、虹彩が閉じなくなったのは後遺障害に該当するらしいです。
たとえ給付金を貰えたとしても、元(の木阿弥)に戻らないのなら有難くないし、申請に必要な診断書の発行料も結構な金額だしなー。



post by 雁来 萌

22:32

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さとらんどdeバーベキュー

2016年02月22日

昨年の6月下旬に「サッポロさとらんど」へ行ってみました。
バーベキューしに行った訳ではなく、モエレ沼公園の隣にあるので以前から気になってはいたんですが、訪問する機会がなかなか無かったので。

ここは1995年に開園した、都市と農業の共存を目指して整備された田園テーマパークで、昨年は開設20周年に当たります。面積は74.3 haあるそうな。
正式名称は「札幌市農業体験交流施設」というんだとか。


研修室や売店、レストランがある「さとらんどセンター」
中心にはないセンター

遠くの黄色い部分は菜の花です。
菜の花畑に入り日薄れ

長閑な広場とモエレ山
見わたす山の端 霞ふかし

この建物の名称は「さとらんど交流館」なんですが、分かりやすく言えば「農産物直売所」ですね。
農産物直売所

その手前にある市民農園
大通公園も畑になったなぁ

周囲よりも鮮やかな種のラベンダー株がありました。
ラベンダーをベランダで育てる

その手前には「炊事広場」というのがあって、まるで札幌市民向けの巨大なバーベキュー場というか、広大な炊事遠足広場という趣きに感じました。

牧場もあって羊や牛が長閑に歩いているんですが、それらを眺めながらジンギスカンやステーキを食べるという人間は、なんと罪深い生物であることか。

牛の館の近くに、「創立百年記念之碑」(札幌牛乳搾取業組合)が立っていました。
北海道百年物語
酪農王国・北海道の基礎を築いたのはこの組合だそうで、創立は明治28年に遡るんだそうです。→参考
平成7年で100年ですから、昨年は120年目に当たります。

参考ページに紹介されている「酪農の父・宇都宮仙太郎」とは雪印乳業の基礎を築いた人物で、町村農場を創設した町村敬貴さんが渡米して酪農の実習をする時に世話になったそうです。


さてここからが本命の探索なのですが(えっ?)、さとらんどの中に「丘珠縄文遺跡(H508遺跡)」(←「H」は東区の意味)があって、
平成30年度オープン予定

このエリアを「(仮称)丘珠縄文遺跡公園」として整備するんだそうです。
頭と遺跡は使いよう

フェンスで囲まれた部分が遺跡で、縄文時代には存在しなかった山も遠くに見えます。
ゴミも積もれば山となる
あの山は現代になって築かれた貝塚のようなもんですが。

現在は発掘作業を一休みしていて、再来年?から市民ボランティアによる発掘作業を再開するんだそうです。
ドキドキな調査
参加してみたいけど、しゃがんで作業してる状態から急に立ち上がったら脳貧血を起こして倒れるのは必定だし。

あっ、ホタテの貝殻が出土したっ! ←神の手?
カラスの仕業か

 
そして今年の1月下旬に、「さっぽろの縄文」という丘珠縄文遺跡フォーラムが「かでる2・7」で開催されたので、お勉強してきました。↓パンフ画像
http://www.city.sapporo.jp/kankobunka/maibun/news/documents/okadamajomon_forum2015.jpg
アルツハイマーの発症を防ぐ(遅らせる)には、たくさん勉強して脳内の神経細胞を増やすのが良いらしいですから。

札幌市内の遺跡って丘陵地帯の突端に位置してる場合が多く、川が氾濫しても水に浸からない配慮だろうと思うんですけど、丘珠縄文遺跡は石狩川の本流に近い低地にあるので、ハイリスク・ハイリターンな位置まで進出していたことになります。

住居跡があって炉跡も見つかるそうで・・つまり何のことはない、さとらんどは縄文時代から既に、バーベキューの地であったということか。笑
頭の上を金属製の鳥が飛ぶなんて想像もしなかったでしょうに。


フォーラムの帰りに寄った「チカホ」で、「はまます郷土資料館」が「浜益鰊場物語」というジオラマを展示していました。
かなり忠実に再現
建物の寸法に比して人形が大き過ぎますが、建物を解体した際の図面を基にパーツから作り、鰊漁経験者の監修により作業の様子を再現したという、すんごい力作なので見入ってしまいました。

この資料館は旧白鳥家の鰊番屋を修復した建物で、昔は「浜益村郷土資料館」という名称だったんですが、浜益村が石狩市に合併されたため改称しました。

このジオラマも普段は資料館に展示してあります。
館内にはアメリカ製の古い柱時計も吊るされており、なんと月日と曜日を示すカレンダー機能も備えています。



post by 雁来 萌

22:22

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忘れかけてた3連休の記憶

2016年01月22日

1月も下旬になってしまいました。
まぁ今年はこんなペースで、よほど気が向いた時にしか記事を書きません。

1月の第二月曜日が成人(式)の日に制定されて自動的に3連休となり、この頃に北海道トレセンU-13の冬季交流大会(8人制)が行われます。
私の場合、この交流大会を見ないと年が明けた気がしないようになりました。

今年も、1月9日と10日に「つどーむ」で8チームが参加して大会が行われ、1日目の試合だけを見てきました。
地下鉄に乗ってつどーむに向かうのは久し振りですが、吹雪の日でなければ徒歩でも苦にはなりません。


大会に参加するのは、札幌・道央・道南・道北・道東の各地区トレセンU-13チームと、コンサU-13、北海道トレセンU-12、北海道トレセン女子U-15の8チームで、1日目は4チームずつに分かれたリーグ戦を行い、2日目には上位4チームと下位4チームに分かれたリーグ戦を行いました。→組合せ(PDF)

コンサの赤黒ユニチームの他に、コンサのピステを着たチームもいて紛らわしいのは、コンサ旭川のメンバーを主とする道北トレセンチームでした。
さらに北海道代表の白(+紫)ユニを着た道トレU-12チームにもコンサのメンバーがいるもんだから、ただでさえ落ち着いていない目の視線が定まりません。

おまけに大会で使うピッチエリアの外では、トップチームの若手選手5名が自主トレに来ていて、そっちの挙動にも目を奪われてしまいます。

従って試合内容を詳細に説明するほどの記憶も気力も無く、試合結果はそのうちこちら(PDF)にアップされるだろうと思います。

つどーむの壁には、コンサ(トップチーム)の選手達のサイン色紙が貼られていました。
毎年貼るんだろうか
奥はレバンガ選手のサイン色紙で、ハム選手のサイン色紙も手前に少しだけありました。


翌日は旭川へ行って、道立旭川美術館を見学してきました。
旭川までJRを利用したのは、10年ほど前に出張で行った時以来だと思います。(JR北海道さん、すみません)

旭川まで行くには「L特急 スーパーカムイ」(か、宗谷・サロベツ・オホーツク)を利用するしかなくて、旭川まで通し(や乗り継ぎ)の鈍行列車なんか今時ほとんど無いんですね。

特急はレールの継ぎ目を打つ音が小さいし、振動や揺れをほとんど感じなくて、列車に乗ってる気がしません。
ただでさえ雪で見難い景色が矢のように飛んで行き、持ち込んだ雑誌や車内誌を読み終わらないうちに終点へ到着しそうで、「これは旅ではない」と思いました。
夜行列車の通路に新聞紙を敷いて寝ていたのは夢のような話で。

 
旭川駅東口の奥まった一角に、ステーションギャラリーがありました。
入館無料とは感無量
ここは中原悌二郎記念旭川市彫刻美術館の分館として設置され、彫刻や書籍を落ち着いて眺められます。(しかも無料)
春光にある「旧旭川偕行社」(重要文化財・1902年建築)を修復した本館は、大規模改修・耐震補強工事のため、もうしばらく休館中です。→改修工事状況

ステーションギャラリーの隣には、アイヌ文化情報コーナー「ル・シロシ」がありました。
映像をゆっくり見たい
スペースが狭いし展示品も少ないですが、「ル・シロシ」の意味通り、市内にあるアイヌ文化関連の施設を紹介する入口(訪問するきっかけ作り)という位置付けなのでしょう。

いずれのコーナーも売店の向かいに位置するとはいえ、この場末にあるエリアに立ち寄って見学する旅行者はどの程度いるものなのか。

 
駅からはタクシーで常盤公園の美術館へ。
この女性運転手が少々ヤンキー的で、シフトノブに太くて長い透明アクリルのエクステンションを付けていました。
積雪が多いけど裏道をクネクネ曲がりながら進んで、信号待ちがほとんど無かったのは流石です。

美術館でお目当ての展示は「木と生きる アイヌのくらしと木の造形」なのですが、展示品が良かったのはともかく、会期がかなり残ってるうちに図録が売り切れていたのにはショック。

 
しっとりしたサブレーの蔵生は好きなんだけど大き過ぎて、食べやすいサイズの「蔵生プチ」があったので買ってみました。
いざ生蔵
これはハスカップ味(プレーン3枚とチョコ3枚入り)で、他に苺ミルク味とキャラメル味のパックがあります。
お上品な私の口にもちょうど良い大きさだし、味も好みだから食べ過ぎないように気をつけなきゃ。



post by 雁来 萌

22:06

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開眼手術第二段・冬の陣

2016年01月02日

水晶体を摘出する第一段の手術が済んで一時退院した後は、通院しながら眼底や視力の検査を受けていたところ、医者が「眼底はきれいだ、バッチリ!」と言うほどだし、矯正視力も1.0あるので、12月中旬に入院して眼内レンズを白目(=強膜)に縫着する手術を受けることになりました。

一時退院した直後は虹彩が全開だったし、しばらく経っても虹彩がなかなか閉じないのは、きっと強力な散瞳薬を点眼してたせいだろうと思っていたら、眼に受けた衝撃が原因で虹彩を閉じる機能が失われたんだそうです。何しろ目から ウロコ 水晶体が落ちたほどの衝撃ですから。


虹彩が閉じない(=瞳孔散大)なんて、医者が死亡を判定する際の根拠の一つじゃないですか。
うっかり公園のベンチで昼寝でもしてたら通報されて医師が駆け付け、目にライトを当てて瞳孔が開いたままなのを確認し、「ご臨終です。」と宣告されかねません。
自分の場合は脈も弱いし鼻息も穏やかなので、たまたま意識を失ってた時なら死人とウリ二つでしょう。

虹彩はホントに少しずつ閉じてはきましたが、黒目の周囲で細い環状に見えるだけだから、まるでシマフクロウの目のようです。
きっと暗い物体まで見えるに違いなくて、天体観測には都合が良いだろうと思うんですけど。

外出する時は雪面での反射が強くて紫外線が目に入り過ぎるので、調光レンズを入れたメガネをかけています。こんなところで重宝するとは思わなかったなぁ。

 
果たして、ダルマのように両目が開くものか?
両目が開くように
まぁ、全快して元通りになる訳ではないと諦めてるし、あまりハッキリ見えない方が良い場合もあるだろうし。

眼内に入れるレンズは度数を調節できないので、眼球内の所定の位置(虹彩の後ろ側)に慎重に固定したつもりでも、生体の都合で位置が予定よりズレてしまったり、レンズの度数が合わなくなったりするらしいです。
もし極端に合わなかったら、再手術してレンズを取り換えることもあるんだとか。えぇ~っ?

一時退院中に姪の息子が見舞に書いてくれた絵
セクシーなウインク
プレゼントを受け取る人物(私)の片目がちゃんと閉じています・・そっちは左目なんだけど。笑

 
眼内レンズ縫着手術の具体的な手順をビジュアル的に見たい人は、例えば→こちらなどを参考にしてね。(注意:正月から気分が悪くなったり、目玉おやじの妖怪が夢枕に立ったりしても、当方は関知しません。)

ホントに医者の手術というものは・・「○○△△□□術」というくらいだから奇術や魔術や忍術の一種であって、素人には想像もつかない策を駆使しながら相手(病変や生体)をたぶらかすテクニックである、と痛感しますね。

ただし糸で縫い着ける方法だと、10年もすれば縫い糸が劣化してきて、レンズが傾いたり脱落してしまう場合もあるそうな。
そこで私の場合は、レンズの足(支持部)を白目の裏側に縫い着けるのではなく、白目に開けた穴からレンズの足を外に引っ張り出して、その足を白目の中に差し込んで固定するんだそうです。→参考
手術の動画もあって詳しく分かりますが、これも要注意かな。

 
今回の術式は「眼内レンズ強膜内固定術」と言うんだそうです。←手品としか思えない
執刀医が手術前に両手を合わせて五郎丸のような仕草をした時には、病室に逃げ戻りたいと思いましたよ。(妄想)

術後に眼帯を取り替える時に鏡で目を見たら、白目全体が赤い中に白い部分も少しあるという程度で、切ったり縫ったりした跡が凸凹になってるもんだから、まるで霜降り肉というか牛丼に乗ってる牛肉のような姿でした。

入院期間は10日間~2週間と言われていましたが、入院して4日目に手術を受け、今回も術後に眼圧が上がったため内服薬と点眼薬で落ち着かせ、18日間かかって退院しました。(12/28)

手術は無事に終わったのものの、白目の中に縫い跡が増えました。
フランケンシュタインならまだマシで、これが・・フランケンタイ(腐乱死体)になったら大変です。

私の場合は新年じゃなくて、新目が開けまして、お目出とうございますぅ・・と言ったら、海老一染太郎さんを思い出しますね。あのギョロ目を。

 
術後8日経った日に、目が異常にイズく(というか痛く)なった後、目から黒い物が2個出てきました。
虫メガネで見ないと分からないほどの、極く細い糸の結び目でした。

えっ?目を縫った糸の結び目がほどけたのか?とも思いましたが、黒い糸だったので、これは脱落しても構わない糸だと納得しました。目の中に残るべき糸ならば、黒じゃなくて黄色などの糸を使うはずですから。


術後3日目の昼下がり、売店へ買物に行こうとしたら、エレベーターホールにパネルが立てられており、その前に椅子が並べられていました。
何かの記者会見でも行われるのか?と思って通り過ぎようとしたら、「コンサドーレ・・」とか「サンタ隊・・」とか言ってるのが聞こえたので、慌てて病室に戻って携帯を持ってきました。
ドールズブログの「サンタ隊7日目」の午後を参考にして下さい。

まずはドーレくんが登場・・子供が怖がってる?
子供を威圧している

続いてドールズ2名も加わって踊ります。
一緒に踊りたいんですけど
私も最前列に座りたいんですけど・・大人はダメ。

次に前兄弟が登場して、リフティングのキャッチボールを披露
ドーレくんが窮屈そう

さらにNHKのキャスターと共に「ジャガイモ機関車」とかいうダンス(←私は知らない)をみんなで踊りました。
どういう脈絡か
サッカー選手って、こんなこともやらされるんだぁ・・カメラマンの姿は脳内で消去して下さい。

訪問やプレゼントのお礼に、寄せ書きした色紙が渡されました。
見せしめに吊るされてる感じ
ちょうど良い具合に顔が隠れて・・っていうか、道新の記事にはハッキリ写ってるし、写されたくない人は後ろの方で見てます。
なお、点滴のスタンドに吊るされているのは、ふなっしーではありません。

最後に小児科の病室を訪問するために退場すると疲れがドッと出て、自分は病人だったことを再認識。笑

 
サンタ隊が訪問してくれたせいか、翌日は一変して雪景色となりました。
やっと雪景色

同じ場所が夜になるとこんな景色に
きよしこの夜
クリスマスイブの夕食に小さなケーキが付いてましたが、主食は米の飯とホウレンソウの味噌汁で・・。


トイレ評論家として院内を探索した成果
証拠は残さないように
気持ちは分からなくもないです。中にはとんでもない患者もいますからねぇ。

患者用の男子トイレにも「タバコを吸ってる人を見かけたら通報して下さい」と書いてありました。←痛い注射か強制退院?

女子トイレはどうなっているのか知りませんが、男子トイレの個室のドアは少しだけ開いていました。
およそ個室のドアには、使用中は赤く表示されて空室ならば青く表示される小さな丸窓が付いていますが、何しろ眼科病棟は目がよく見えない患者ばかりですから、そんな小さな丸窓の色なんて識別できません。
そこで、空室の時はドアを少しだけ開けておくのだろうと・・完全に閉まっていれば使用中だから諦める、という使い方なんだろうと。

眼科病棟に限った仕様らしいんですが、病室の番号を示す看板を見易いように、巨大な文字が手書きされていました。
それでも間違えて、隣の女子部屋に踏み入ってしまったことがありました。←通報されるよ



post by 雁来 萌

17:46

雑念 コメント(6)

映画「モルエラニの霧の中」

2015年12月09日

一昨年に「濃霧の中の難読地名域」という記事を書いて、昨年は「五里霧中な芸術の森美術館」という記事を書きましたが、今度は「モルエラニの霧の中」という話です。

私は小説を読まないし、テレビも見ないし映画も見ない人間なんですが、3ヶ月ほど前に「モルエラニの霧の中」という映画の試写会に行ってきました。→ 「室蘭映画製作応援団」の公式サイト

世の中、何が起こるか予想できないものですねぇ。
こんな、映画には全く縁の無い自分の、半世紀以上も昔の姿が銀幕に登場することになっても・・えぇがね?


実のところ、その映画はまだ完成していなくて、全7章のうちの3章分(約4割)の撮影が終わっただけですが、映画製作のサポーターに進捗状況を紹介するのが目的の「撮影中間報告 上映会」というイベントでした。

道の駅の玄関に貼られていたポスター
霧に浮かぶ大黒島
「モルエラニ」とは「小さな下り坂」を意味するアイヌ語で、室蘭という地名の起源になっています。

この映画の第2章「写真館の話」では、主人公が父親の営んでいた写真館を訪ねて、父親が撮った古い写真の束を倉庫で見つけるんですが、その写真の中の一枚に私が写っているという・・自分にとっては現実と物語とが倒錯したようなストーリーで、浦島太郎のような気分です。

室蘭水族館の遊園地で父が撮影した写真
アンパンマンのような顔だこと
うちの父は近所の写真屋さんと懇意にしてて、そこの設備を借りて自分が撮った写真を現像・引伸していたようです。

その写真館は母恋に健在?と言えるのか、少なくとも建物は残っていました。
営業してるのか分からない
2階のバルコニーがオシャレです。

 
どうせだからと思って、映画製作応援団に支援金を振り込んだら試写会に招待されるとのことで、「中間報告会」の案内も届きました。

中間報告会は入場無料ですが、平日に室蘭市内で行われます。
希望者には室蘭市内の数ヶ所で整理券を配布する仕組みなのですが、予め整理券を貰うために札幌から室蘭まで出向くのも二重手間になって辛いです。

幸い(なのか?)、8月に行われた日本クラブユース選手権U-15が途中で敗退したため、5日間ある夏休みのうちの1日分が未消化のまま残っていたので、中間発表会が行われる平日にその夏休み権を行使しました。←食事のクーポン券か?

中間報告会で放映されたのは、第2章のダイジェスト版と第4章と第5章で、全体像はまだホントに霧の中という感じですが、映画製作の意図や雰囲気はよく分かりました。
地元在住(+出身)の人が見たら、どこでロケをしたのか直ぐに分かります。

 
第1章に登場する現在の室蘭水族館
アブラボウズの館

第5章に登場するSL(2013/11/16)
歴史の牽引役だった鉄の塊
青少年科学館の裏に保存されています。

イタンキ浜も映画に出てきます。
椀を燃やした浜

その近くにある「室蘭ユースホステル」は田上義也の設計で1972年に建てられ、海に船が浮かんでるように(というか、船頭多くして陸に上がった船のように)見えます。
船頭多くして船山に登る

これも映画に登場する歴史的建築「旧三菱合資会社」
ろうそく出せ出せよ
旧三菱鉱業室蘭事務所として大正4年(1915年)に建てられ、現在は無線機を扱う「北星」という会社で、1階はキャンドルショップとミュージアムになっています。
ここのキャンドルは道の駅でも売っていて、確かにユニークな作品でした。

母恋駅も登場するらしい(2008/6/8)
全国的に有名になるとは

 
各章のエンディングロールに出演者がリストアップされますが、市民から選ばれた人達はもちろん、劇中に登場する馬やロボットまで実名で記されてて、しかも「市民キャスト」という扱いなので笑ってしまいます。
馬やロボットも市役所に住民登録されてるのか?

撮影開始から1年半ほど経って全体の4割を撮影し終わっただけだから、全編の撮影が終了して編集して効果を加えて映画が完成する時期は・・監督も「長生きして下さい」と言ってました。笑
(現在は全体の半分まで撮影が終了しています)

映画監督なんて、黒澤明しか名前を知らない自分が坪川拓史さんの名前など知る由もなく、「第23回トリノ国際映画祭」長編コンペティション部門でグランプリと最優秀観客賞のW受賞を達成し、世界各国の国際映画祭に招かれるなど、高い評価を得ている・・とか聞いても、失礼ながら未知の世界でした。

出演者のうちで名前を知ってる俳優は、大塚寧々さんと香川京子さん、小松政夫さんくらいですが、写真だけで登場する子役とはいえ、これで私も映画俳優の仲間入りだ。←大きな勘違い

 
室蘭への行き帰り、台風17号から伝播したうねりが胆振の海岸に打ち寄せていてたもんだから、波飛沫が広い範囲に漂って霧になってました。
正に「モルエラニの霧の中」状態で車は塩だらけになり、ミラーがよく見えなくなったほどです。


※間もなく旅に出ます。探さないで下さい。笑

いつ帰れるか分からないと受け取りに行けない可能性もあるから、毎年買っているイシヤのケーキも今年は予約してません。
帰ってきた時に、まだクリスマスが終わっていなければラッキーピエロのチャイチキだな。



post by 雁来 萌

20:22

雑念 コメント(8)

一眼レフの使い勝手と改造

2015年11月20日

「生き馬の目を抜く」と言いますが、自分は騎馬戦以外で馬になったことは無いし、親戚筋にも馬はいないと聞いています。

右目の水晶体を摘出した手術から半月ほど過ぎると眼圧も落ち着いたので、3週間ちょっとの入院でいったん退院しました。

でも第一段階の処置が終わったに過ぎず、右目はまだ節穴状態のままで、二眼レフカメラの一眼が無いようなもんです。

その後は1週間に1回程度通院しながら眼底や視力の検査を受けて、視力がそこそこ期待できるならば度数を合わせた人工レンズを縫い着ける段取りだと説明されました。


まず退院した当日に、富士メガネさんに行って壊れたメガネを修理してもらいました。
ご希望にそえない場合もございます

1~2ヶ月程度の一時凌ぎで良いから、左目用に近視用の凹レンズ、右目用に水晶体の代替として凸レンズを入れてもらおうかと相談したところ、左レンズの度数が「-7」、右レンズの度数が「+7」くらいになるらしく、左右でそんなに度数が違うメガネだと見難いそうです。

仕方が無いから、右レンズを入れない状態のダテメガネで我慢することにしました。
凸レンズである水晶体を抜いた右目に、今まで使っていた近視用の凹レンズをかけたら更にボヤけるから、いっそ素通しの方がまだマシです。

ところが不自由な目に世間の冷たい風が直接当たってしまい、ただでさえ縫い目が盛り上がってイズいのに、乾いてきたら輪をかけて不快です。せめて度の無いレンズガラス板を入れるべきだったかも知れません。
しかし逆に利点もあって、メガネをかけたまま目薬を入れる、というモノグサが出来ます。笑

 
翌日には以前から通っていた神経内科の病院を受診し、事の顛末を説明して脳内のMRI検査と脳波の検査を受けました。

主治医も「吐き気がして意識を失ったなんて何なんだろうねぇ・・」と心配しながら脳の断層画像や脳波のグラフを念入りに調べてくれましたが、案の定、(右目の水晶体が無くなった以外の)病変は見つかりませんでした。

「もし繰り返すようなら、不整脈あたりを詳しく調べてもらったらどうでしょうかね、循環器科で。」と言われたので、似たような現象が起こらないか注意しています。
他にどの科で検査を受ければ良いかなぁ・・小児科か?

 
退院して自由の身になったんだから、札幌ドームで行われたジェフ千葉戦を見に行きました。

双眼鏡の右側の視度を合わせるリングをいっぱいまで回してみると、両目で同じように鮮明な景色が見えたので、右目にレンズを付けさえすれば、こんな風に見えるようになりそうだと期待が持てました。

病み上がりの不自由な身に鞭打ってドームまで来たんだから勝てよ! と思っていたのに2度も突き放され・・た末に3-2の逆転勝ちなんて、いつ以来でしょう。これも 審判 私のお陰です。
勝利のラインダンスなんて久し振り
ロスタイムにゴールした瞬間は、手術した縫い目が切れそうになりましたよ。笑

続く徳島ヴォルティス戦にも快勝してしまい、これも 牛肉や米俵 私のお陰です。
しまふく寮の牛丼になるのか

もちろん最終戦も(たとえ手術中であっても)ドームに駆け付けねば。
お目当ては当然、アカデミーOB戦ですから、前座試合だけで萌え尽きてしまいそうです。

 
執行猶予中の現在、今のところ経過は順調なようです。
退院する前に測った矯正視力は0.3程度だったのに、最近は1.0まで見えるようになり、医者もびっくり喜んでいました。

白内障の手術の場合は、水晶体が入ってる袋に穴を開けて、内部の水晶体を超音波で砕きながら吸い出すんですが、私の場合は水晶体の位置がズレてしまったため、袋もそっくり摘出したはずです。

もし袋が残っていれば、S字形の足が付いた柔らかい人工レンズを袋の中に入れて、その足が突っ張ることでレンズが固定されますが(Newton誌, 2015年11月号より)、
これなら縫わなくて済むのだが
その袋が無い場合には、レンズを目に縫い着ける作業となります。

今は目のどの部分にどうやって縫い着けるのかを勉強してる最中ですが、普通の人が見聞したら恐ろしい作業のように感じるだろうから、今回は紹介しないでおきます。
私は既に、1回目の手術で白目を切開して縫った跡がある(縫い糸も見える)ので、今さら驚かないのですが。

医者は「レンズを付ける手術は急がないから・・」と言うけれど、片目がぼんやりとしか見えない身としては、一刻も早く鮮明な視界を得たいものです。
でもここが辛抱のしどころで、眼球の変形が落ち着かないうちに急いでレンズを付けると、後で度が合わなくなってくる恐れがあります。
何しろ、決まった距離にフォーカスが合う(度を調節できない)レンズを付ける訳で、一眼レフカメラのように度々レンズを交換するために手術を繰り返すなんて事は出来ないので。

 
レンズを付けた後に、たとえ車の運転が可能なほど右目の視力が回復したとしても、次にまた意識を失ったら今度は他人を巻き添えにして死んでしまう可能性も考えられるから、車の運転はもうやめました。

1年しか乗っていないマイカーの登録を抹消したし、任意保険は解約して、マンションの駐車場も今月中に明け渡します。
ディーラーの営業マンは「衝突防止装置付の車に買い換えて下さい。」と言ってますが、そういう類の装置は今一つ(いや、二つ三っつ)信頼できないし。

運転免許証は身分証明書になるので捨て難いけれど、免許証の代わりに健康保険証を見せるとか、そのうち敬老パスが交付されるとか・・それともマイナンバーカードか?

これからは公共交通機関派のペデストリアンになるので、サピカを常時たっぷりチャージしよう・・と考えた末に、それすらも面倒に思えて記名カードのオートチャージを申し込みました。

 
以前にこれを見た時には「こんな物で役に立つのかいな?」と思いましたが、
人の道を踏み外さなくて済む
この赤黄テープが弱視などの視覚障害者には役に立つんですよ。

試しに、よく見えない右目だけを開いて地下鉄の階段を下りてみたんですが、ステップの先端にレール(モール)が付いている階段は苦も無く下りられます。

しかし、のっぺりした模様の階段はステップの先端が分かり難くて怖いけれど、このテープを貼ってあればステップの位置を把握できて、(人の道を)踏み外す心配がありません。

一時的に(軽度の)視覚障害者になって初めて痛感したもんだから、アイマスクを着けて介助者と一緒に歩道を歩いてみるとか、フロアバレーボールとかブラインドサッカーとかを体験してみるべきだと思いました。

遠慮しないで優先席に座れるのも今のうちだけど、外見上は片目が不自由なことに気付かれないだろうなぁ。

試合の日にドームでもらった盲導犬情報誌「With」
ついつい獰猛犬と読んでしまう
思わず寄付金付きのカレンダーを買ってしまった。。。


2005年11月17日にこのブログを開設して、10年が経ちました。歳を取るはずです。

今年いっぱいで更新を終了するつもりでしたが、来年の早々まで延期しそうです。
やっぱり右目にレンズを縫い着けた話まで書いて、(文字通り)目出たしメデタシで終わらないとね。←あくまでも予定

→目出たし



post by 雁来 萌

20:08

雑念 コメント(2)