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作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。
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2012年11月09日
9月中旬に北海道カブスリーグU-15の試合へ行く途中の日高地方のアメダス4地点に続いて、翌日のU-18ブロックリーグ決勝大会の試合から帰る途中でも日高地方のアメダス4地点を調査しました。 どっちが主目的で、どっちがついでの寄り道なのか、分からなくなりつつありますが・・。
アメダス探訪「中杵臼」の巻(2012/9/16) 帰りは襟裳岬に用が無いから、天馬街道(野塚トンネル)を通ります。 坂本直行さんが描いたような日高山脈を眺めながら田舎道を進み、よくこんなトンネルを作ったもんだと考えると、黄金道路が通行止めになった場合の迂回路として重要であることが分かります。 日高側へ降りて来て、目印となる橋を渡って峠の方を振り返った景色ここの交差点で様似方向へ入り、近くには牧場や農場や石灰の鉱山などがあります。 草むらの向こうに見つかった・・んですが・・
横には神社があって、バス終点の転回場になってる広場なのかな。
鳥居の前には「上杵臼神社」という幟、社の前には「開拓神社」という幟が立っていました。 神社の隣には老人ホームという雰囲気の施設がありました。
ちょうど秋祭りの時期で、お年寄りが集まって祭りの準備をしてました。 周囲に高い樹木も無く、環境に問題は無いでしょう。
積雪は60cmくらい積もる土地です。 神社の鳥居や幟が場違いな印象を受けることを除けば適地かと。
上杵臼神社については、このブログ記事を参考にして下さい。 もしかしたら、ここは国鉄バスの「開拓学校前」という終点だったのかも知れません。開拓学校とは「上杵臼小学校」のことで、閉校後はバス停の名前が「地震観測所前」に変わったそうです。 浦河へ向かって下る途中に「オロマップ展望台」というポイントがあって、眺望はさほど良くはなかったけど、大きな花崗岩を据えてあり、
これは野塚トンネルを掘削した際に出た岩だそうで、この路線の早期開通を念願したモニュメントなんだとか。
アメダス探訪「浦河」の巻(2012/9/16) 浦河は測候所だった観測所で、国道からも測風搭などが見えます。 測候所が廃止されたため、本来の登り口だった道路は立入禁止になっていました。やむなく、公園になってる裏山へ通じる急な階段を登ります。
息が切れて足がダルくなる頃に平地に出ると、浦河灯台がありました。
右奥の建物が旧測候所の庁舎です。
金網に貼られた標板
露場内には測器が並んでおり、左後方は測風搭です。
海を見つめて並ぶ姿はモアイ像の雰囲気
気温計と、右奥の白い小屋は地震計かな。
これは別の金網の中にある視程計で、
鉄条網のトゲが喉に刺さりそうです。笑 そして測風搭と通信アンテナ
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アメダス探訪「三石」の巻(2012/9/16) 予想した場所には無かったけれど、そこから観測所が見えました。季節は稔りの秋です。 農家へ通じる道の脇にありました。
私道のようなので、長居はせずに写真だけ撮ります。
風速計も問題なし
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アメダス探訪「笹山」の巻(2012/9/16) 観測地点は静内の二十間道路桜並木の奥にあるはずですが、懸念した通り北大の実験牧場の敷地内で、家畜伝染病予防のため関係者以外は進入禁止になっていました。道路に消毒用の石灰?を撒いてあるし夕暮になったしで、スゴスゴと退散して帰宅します。 アメダスは正面に見える小山の左手にあるはずで、あと1kmも進めば辿り付ける(はずな)んだけどなぁ・・まぁ、雨量しか測ってないし、敷地は広いから余計な物も立ってないだろうし・・と自分を納得させます。
これで日高地方のアメダス13地点は、どうにも無理な笹山を除いて踏破しました。 次は上川北部の2地点、その次は留萌南部の3地点を紹介する予定です。
2012年11月03日
記事のタイトルに使っている「橄欖岩(かんらんがん)」とは、地球表面の「地殻」の下にある「マントル」の上層を構成する岩石です。 マントルは地球内部で発生した熱によってゆっくり対流しており、その表層部が移動するため上に乗ってる地殻も一緒に移動し、大陸が移動する原動力になったり、大陸の縁辺でプレートが沈み込む(=地震が起こる)原因にもなったりします。 地球内部にある岩石だから普通は見ることが出来ませんが、激しい地殻変動(造山運動)によって地表に押し出されたりすると、稀に見ることが出来ます。 日高山脈ではそんな激しい地殻変動が起こったので、橄欖岩さえも所々で地表に露出しています。(*1) 日高中部・東部のアメダス地点が未踏のまま残っているから、いつかは襟裳岬を回るルートで十勝へ行かねばならないな・・と思っていたところ、意外に早くその機会が訪れました。 9月中旬に、北海道カブスリーグU-15の試合へ行く前日に途中の日高地方のアメダス4地点を調査し、帰りにも残った4地点を調査しました。 今回はまず、往路に寄った4地点を紹介します。
アメダス探訪「静内」の巻(2012/9/14) 今日の最終目的地は日高東部の目黒で、日が暮れる前に目黒へ着くには途中で余計な寄り道はしていられませんが、国道から近くて分かりやすい地点は先に片付けておきます。 自宅を出てから3時間ちょっと過ぎて静内に着き、静内中学校の隣に見つかりました。左の白い箱形の建物には地震計が入っているようです。 電柱や街灯や信号が何本も立ってるけど、観測には支障が無いでしょう。
後方が中学校で、ここは積雪深が20cmにも達しない土地です。
高さを競うように立つポール類
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アメダス探訪「幌満」の巻(2012/9/14) 浦河は測候所だった地点なので位置が分かり切ってるから復路に寄ることにして通過し、蝦夷三官寺の一つである様似の「等樹院」を横目で撮影して通り過ぎます。(ちょうど信号待ち)(※等樹院の正しい字は、「樹」のキヘンをサンズイに代えた字) その先にある幌満(ほろまん)まで来ました。自宅を出て5時間ほど。 アメダスは学校(幌満小中学校)の裏手にありました。
ここでは雨量だけを測っています。
学校は例によって閉校となり、「コミュニティーセンター」に変わっていました。
正面玄関の左横に石碑が立っていますが、これが橄欖岩を磨いた岩で出来ていました。 さらに離れて左側のアポイ岳ジオパークの説明板を貼ってある岩も橄欖岩です。
橄欖岩は黄緑色というかオリーブ色をしており、それを構成する橄欖石の英語名は「Olivine(オリビン)」です 校門に嵌められている石も、橄欖岩や、それが変成した「蛇紋岩」(*2)ばかりです。
右側の校門の銘板は中学校で、左側は小学校でした。 鹿が昆布干し場で餌を探していました。
こんなに近寄っても逃げず、シャッター音に振り向いただけでシカトされ・・少しは人間を恐れろよ。 今の国道はトンネルを通っていますが、昔は海岸縁の崖の下を通っていました。
今年の夏の大雨で、この崖の一部が崩れました。こんな危険な場所に駐車する人はいないと思うけどな。 道路が波を被ってるし、ずっと南風だったので、車の窓ガラスが塩で曇ってしまいました。 とてもこんなことをしてるヒマは無いから、先を急ぎます。
アメダス探訪「えりも岬」の巻(2012/9/14) 十勝へ行くなら天馬街道(野塚トンネル)を通る方が近いし早いけど、目的が目的ですから遠回りして襟裳岬に寄って行きます。アメダスは襟裳岬灯台の横にありました。
ここはハンパ無く風が強いですから、風速計のポールにステーを張る都合上、敷地を広く取ってあります。
向こうの海岸が黄金道路になり、ここの次に黄金道路の真っ只中にある目黒へ向かいます。 雨はそれなりに多い場所なはずだけど、風に流されて雨量計に入り難いです。
でも、雨量計に風除けを付けると風除け自体が風に煽られて飛ばされてしまうから、最初から付けていないようです。 他の場所では、こんなステーは張らずに済むんだけど。
「寒極」などの言葉に倣って、倉嶋厚さんが「風極」と名付けたようです。
風の館も見学したかったけど、9月は17時に閉まるので間に合わず。
土産物屋も店じまいの準備をしていました。
アメダス探訪「目黒」の巻(2012/9/14) 自宅を出て6時間以上が過ぎました・・思えば遠くへ来たもんだ。 ここはいつも雨量が多くて悩ましい地点なんですが、南東に向いた沢の出口に位置しており、気圧の谷が接近する時の南東風が山地の斜面を上昇したり、気流が収束する(=集まる)ことによって、降水が増強されるものと説明されます。 地図上では郵便局の近くらしいですが、誤差を考慮しても離れ過ぎており、しかも河川敷に近いので疑わしいです。 どこに行っても廃校はあるものらしく、旧目黒小中学校があったので寄って行きます。目黒小学校は17年前に開校百年を迎えたらしいですが、中学校共々平成17年度(開校110年)で閉校しました。
ここはアンコールワットかっ!と思うほど草に埋もれてて、近付けません。
校章は恐らく、山と波を表しているのでしょう。↓往時を偲ぶ写真 http://www.town.erimo.hokkaido.jp/meguro.jpg 「生活館」の前で曲がると、広大な昆布干し場がありました。 海岸は狭くて昆布を干し切れないので、集落内の河川敷に干し場を設けたようです。 少し戻るとアメダスが見つかり、日没サスペンディッドにならずに済みました。
こんな遠くまで、日を改めて探索し直しに来るのは御免ですから。 何の施設の前なのか分かりません。
夕暮になってから「今晩はぁ、ここは何ですか?」などと尋ねたりしたら怪しまれるし。←うろうろ探し回ってるだけで十分に怪しいって! ここでは雨量と積雪深を測っていて、平年値では雪が70cmほど積もります。
日高地方の沿岸部は一般に積雪が少ないんだけど、春先や晩秋に低気圧が北海道の南岸を通る場合には、十勝地方などで大雪になります。 ここは襟裳岬よりも東側だから、十勝地方と似たようなものかと。 これで今日のミッションを完遂したから、夜は大樹町でゆっくり休みます。翌朝の歴史探索話は次回に。
(*1):「橄欖岩」は、日高町の道の駅の後ろにある「日高山脈博物館」や、「北大総合博物館」などで標本を見られます。旭川の神居古潭あたりでも露出しています。 (*2):「橄欖岩」が地下の水分(熱水)と接触して変成すると、蛇の皮のような模様になるので、「蛇紋岩(じゃもんがん)」」と呼ばれます。夕張岳は蛇紋岩の山です。
2012年10月27日
札幌市手稲区のマスコットって、顔が手の形をした犬で、その名も「ていぬ」と呼ばれるんですか?→「ていぬの部屋」 「ていぬ」っていう犬の実物をまだ見ていないけども、手というより・・子供用の野球グローブに見えるのは気のせいかな。 軍手で「ていぬ」を作って投げる「ぐんていぬペタンク」という遊びがあるそうです。ペタンクって、カーリングのようなゲートボールのようなビー玉パチンコのような、結構難しい遊びですが。 豊平区のマスコットは、ご存じ「こりん & めーたん」ですよね。 東区は「タッピー」で、西区は「さんかくやまベェ」、白石区は「しろっぴー」、そして厚別区の「ピカットくん」までは知ってたけど、清田区の「きよっち」なんて聞いたことが無かったよぉ。 清田区が誕生した1997年11月4日に生まれたそうだけど、隠し子だったのか? ならば、中央区のマスコットって何?・・というか、中央区にマスコットっていたっけ?? もしかして、「テレビ父さん」や「マルヤマン」ですか?・・まさか、「大通ヘップバーン」とか、「狸幸治郎」とか、「ススキ飲んべぇ」なんていないよね?
などと考えながら、手稲山に登ります。(車で) ドーレくんのブログに「ネッツトヨタ道都 トヨタ86を試乗!~動画~」という記事がありますが、そもそも、J1定着という願い事を叶えてもらうために手稲山へ行ったのに、下調べ不足のため山頂の奥宮まで行けなかったのが、今季の成績不振・降格の原因だったのかも知れません。←責任転嫁 昔はスキーや仕事で頻繁に手稲山頂まで登っていたので、この山は自分の庭のようなもんです。(広い庭でショ?) 山頂まで行かなければならない日に強風でロープウェイが止まってしまい、つぼ足でスキーコースを登ったこともありました。 アメダス探訪「手稲山」の巻(2012/9/2) 冬期オリンピック札幌大会(1972年)のために設置された、手稲山ロープウェイ(休止中)の山麓駅に着きました。後方は手稲山の山頂(1024m)で、放送局のアンテナが林立しています。 アメダス点は地図上ではロープウェイ山麓駅の近くのようだし、電源の供給を考えたら山麓駅の裏あたりかなぁ、と思ってました。 山麓駅の裏に回ると相変わらずゴンドラが吊るされており、正面に描かれたオリンピックのマークが誇らしげです。
恐らく、百という桁の回数も乗ったはず。 雨量計は予想に反して、横の駐車場にありました。
ここでは雨量だけしか測っていなくて、昔の観測点は山頂の近くにありましたが、近年になって山麓に下山してきました。 手稲山ロープウェイが営業を休止してしまうと山頂までメンテナンスしに行くのも不便だし、今はレーダー観測で山間部の雨量もかなり分かりますから、下界に降臨するのも止むを得ないんでしょう。 移転に伴って統計が切断されましたが、引き換えに冬期も降水量を観測できるようになりました。 アメダスの位置から山麓駅を振り返った景色
遠方の左手は男女回転バーンです。 こじんまりした敷地で、ここは雨量が多いし雪も沢山積もります。
雨量計を見上げた心掛けだ。
山頂へ登る林道にはゲートがあり、関係車両以外は進入禁止です。
昔は関係車両を運転してたので鍵を持ってましたが、今は無し。 ヒグマの目撃情報というのは、「○月○日に熊が△△を通過した」という情報であって、「この次は●月●日に▲▲を通る」という情報ではないから、あまり役には立たないんですよね。
ホントに重要な情報は、「不意に熊と遭遇しないためにはどうすれば良いか」という案内のはずですが。 ようやく秋の装いになったスキー場の斜面を少し歩いてみました。 ワタシの好きな花の一つ:トリカブト(有毒)・笑
食用になる山菜の「ニリンソウ」と葉の形が似ているので、たまに中毒事故が起こったりしますが、ワタシ的にはそれほど似てるとは思えない。 トリカブトの類を古来から「附子(ぶし)」と呼んでいました。寒くて唇が紫色になったり打撲して青タンが出来た場合に、「ぶすいろ」とか「ぶしいろ」とかいう語源になったそうな。 石狩湾を背景にして立つレストランというか、ショップというか、救護センターというか・・「スキーセンター」が正しい名前らしいです。
これもオリンピックの遺物の一つ:センターハウス
大昔はこの中に食堂があったと記憶していますが、今は資材置き場のような感じでした。 ボブスレーのゴールハウスは廃墟になってました。 三浦雄一郎&スノードルフィンスキースクール
この建物の中でスキーを教える訳ではないです。笑 三浦雄一郎の滑り方って独特で面白かったなぁ。
2012年10月07日
前々回、ふるさと銀河線の記事を書いた日のアクセス数が、(ちょうど)999だったので笑っちゃいました。8月中旬に帯広へ行ったついでに調査した、アメダス探訪・十勝編の紹介は今回が最終回となります。 2ヶ月近くも時を経ると、かなり記憶に霞がかかりつつありますけど、忘れかけた事を思い出そうとすれば頭の体操(というか、ボケ防止)になりますから。
アメダス探訪「芽室」の巻(2012/8/15) 昨年はアバウトな準備だったため見つけられずに日没サスペンディドとなって引き返しましたが、位置をマジメに調べるとトンチンカンな地域を探してたことが分かってリベンジに向かいました。 地図では何の施設かは分からなかったけど、広い敷地を持つ芽室南公園の角に立ってました。西隣の区画にあるかと思ってたら、そっちは生垣に囲まれた霊園でした。
折しも8月中旬ですから、1年のうちで最も賑わう時期です。 郊外だから交通量は少ないし、南隣は住宅街になってました。
ここの平年の最大積雪深は70cm程度です。 立地には全く問題が無いでしょう・・線香臭いことを除けば。
運動場との間には、「馬頭観世音菩薩」(中央)と「鳥獣供養碑」(左)と「獣魂之碑」(右)が建てられていました。
馬頭観世音菩薩碑の脇に墓誌があって、下美生と美生と上美生にあった馬頭観世音菩薩碑をここに合祀したようです。 家畜の供養という記事もあるけれど、昭和15・16年に建てたということは、軍馬として徴用されたんじゃないかと。(例えば) 馬は軍馬として、兎は防寒服の毛皮として、伝書鳩も通信用として戦争に利用されました。 人間向けの霊園の隣に建てたのも、不憫に思ってのことでしょう。
アメダス探訪「糠内」の巻(2012/8/17) ここは数年前にも訪れたことがありますが、少し様子が変わっていました。幹線道路の脇に立っています。 奥の草地は牧場で、前回はすぐ近くまで牛が来て草を食んでいました。
左に牧舎の残骸がありますが、使われてはいないようです・・多分、道路向かいの牧場に集約されたのではないかと。 道路の分岐点にあるから、結構分かりやすい場所です。
牧場の柵(左)と隣り合わせになってて、周囲の草は踏まれてるような。 周辺の環境に問題は無いですが、ダンプが通ったら風が乱れるかも。
これで、十勝地方のアメダス24地点は(足掛け2年で)全地点を踏破しました。 ただし「帯広泉」は、帯広空港の中にあるので立入禁止です。元々、空港の敷地内に観測の障害となるような地物など立ってるはずが無いから調査は不要だし。
アメダス探訪「日高」の巻(2012/8/17) 十勝からの帰りに、日高町のアメダスに寄りました。ここは(道東道の全線開通で寂びれつつある)道の駅「樹海ロード日高」の裏にあります。
後ろの建物は確か図書館で、以前は隣に植えられていた樹が伸びて風の観測に支障があるだろうなぁと思っていました。 最近になって伐採されたのか他へ移されたのか、樹が無くなりました。消火栓は生長しないから大丈夫だけど、ホースをつなぎ損ねて飛び散った水滴が雨量計に入るかも・・。 レーザー光を発する積雪深計
いい雲だなぁ・・←悪い雲ってあるのか?
2012年10月01日
8月中旬の十勝滞在の3日目の朝に、陸別方面のアメダス探訪を続けました。
前日に足寄の探索を終えた後は、(行く所も無いので)早めに足寄湖の近傍で休息しましたが、前日ほど疲れてない割には熟睡できました。
アメダス探訪「上螺湾」の巻(2012/8/16)
前日の夕方に調査しておいた上螺湾(かみらわん)は、ラワンぶきの群生地へ行く途中にあります。(群生地には行ったことが無いけど)
上螺湾の集落と言っても広くはないので、楽に見つかりました。上螺湾集会所の敷地にあり、ここは環境美化モデル集会所だそうです・・何それ?
確かに花壇には花が植えられていますけど、環境を汚すような物は元々こんな所には無いだろうに。 これがその美化された(のか、美化すべきなのかの)モデル集会所らしいです。
雨量計がぽつんと・・阿寒の周辺で大雨が降る時には、この辺も足寄市街より雨量が多くなりがちです。
隣に古びた鳥居が立っていましたが、この奥に神社としての建造物があるのかは疑わしいな・・神隠し?
向かいの牧場の木陰から牛が歩み寄って来ました。
牛って、人間を襲うつもりで寄って来るんじゃなくて、人間に親しみを感じて寄って来るんですよ。 途中の道路で・・横断中は回転灯が点くんだろうか。
こんな崩れかけた廃屋もありました。
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アメダス探訪「小利別」の巻(2012/8/17) 雨上がりの早朝に足寄湖を出発し、陸別を通過してさらに奥にある小利別(しょうとしべつ)を先に回り、旧小利別駅に寄りました。集会所のようになっている旧駅舎の中には、ふるさと銀河線だったことを示すプレートがありました。
銀河線の線路跡の方向ですが、草ぼうぼうです。
駅前にはモニュメント(温度計)が立っており、気温は1桁目が消えてるけど16.9℃でした。日中の帯広は30℃だったのに。
その台座に描かれたレトロな車は、ラジエターに1932と書かれていることからして、ダットサン1号車(11型フェートン:1932年)ですかね。
そう、ここは日産の街なんです。街と言えるほどの人口は・・むにゃむにゃ。 何かが建っていた跡地に雨量計がありました。
左奥は「乳牛感謝之碑」と「馬頭観世音」で、右奥の建物も使われてはいないようです。 雨量計の右下にある屋根の架かった土管は、古井戸かも知れませんね。
向かいに小利別小学校の校舎がありましたが、閉校しました。
「学舎の風景」の小利別小学校を参考にして下さい。一時期は民宿だったとか。 ゴーストタウンのように人も通わぬ駅前通りの突当りに神社がありました。
石段の上の道路を北見へ向かって牧歌的な風景に浸りながら走ると、突然、都会的な看板が出現しました。
ここは寒冷地なので、日産のテストコースがありますが、
ゲートが閉まってるし早朝(6時)だし、自車の耐寒性能を(真夏に)試したいというだけでは、入構する正当な理由になり得ないので引き返します。 でもね、放射冷却すると盆地の底は冷えるけど、丘の上はあまり冷えないんですよ。 盆地の底は土地代が高くて広い敷地を確保できないから、街外れの安い丘を買わざるを得なかったということかな。 陸別へ戻る途中にあった旧「川上」駅→参考
線路跡は、目に見える範囲だけ草を刈ってありました。
窓から待合室の中を覗くと、手配10年後の(似てない)ポスターが。
逃亡して隠れてる人間がこんな田舎に来るとは思えない・・余所者が来たらすぐに目立つんだから。
アメダス探訪「陸別」の巻(2012/8/17) 地図では何の施設か分からなかったけど、老人ホームの向かいにありました。今は平地に下りてきたけど、昔の老人ホームは山の方にあったそうです・・それって姥捨て山じゃね?
立地に問題は無さそうです。交通量もほとんど無いし。
ここは内陸の沢沿いだから冷え込みが厳しく、宗谷の沼川、上川の朱鞠内や占冠や江丹別と並んで、北海道の寒極の一つです。 陸別では、「しばれフェスティバル」という耐寒我慢会のような催しが行われ、寒さに強い自分としては参加してみたいところですが、冬道を陸別まで走って行く大儀さ故に実現していません。 元天文少年としては、陸別に来たら銀河の森天文台は外せません。
空はもちろん、地上の見晴らしも良かったです。 科学館の展示室がこんな早朝から開いてる筈はないし・・夜のお仕事なんですから。
道の駅「オーロラタウン93りくべつ」で一休み(まだ開いてない)
よくある置き物の列車です。 ホームに置いてあったプランター(の入れ物)がいいね
トイレの窓に嵌められたステンドグラスが、4枚合わせて「開町九十年記念」になってました。
どの窓の前に立つかはお好み次第 帯広へ戻る途中で見た学校跡→上利別小学校を参照
裏(正面)へ回ると、中央の玄関からトラックが顔を出してました・・農家が倉庫として使ってるらしいです。 学校の後輩に上利別の出身者がいて、彼もこの学校に通ってたんだろうなぁ。
2012年09月17日
十勝滞在の2日目の夕方も、足寄方面のアメダス探訪を続けました。 今回の記事では、朝に訪問した2ヶ所と夕方に訪問した1ヶ所を紹介します。
アメダス探訪「本別」の巻(2012/8/16) 明治乳業の向かいだろうと予想していたものの何の施設にあるのかは不明で、探しながら通りすがりに見えた景色の一部にヒットする形状を認識しました。左手前の建物は「子育て支援センター」って、保育所ですか? バックするのは嫌なので、少し先でぐるっと回れば行き着けるだろうと思ったら、かなり迂回するハメになりました。
遠くは霧で少し霞んでいます。 広い空地で障害は何も無いですが、何の土地だったのかは分かりません。
積雪深計と温度計と雨量計
南西の風・・って、川の流域沿いに遡る風向です。
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アメダス探訪「押帯」の巻(2012/8/16) 押帯(おしょっぷ)は、本別町勇足(ゆうたり)から士幌町下居辺(しもおりべ)へ向かって道道134号を山間部に入った地域です。 またまた廃校かよっ!体育館は残っていますが、右手にあった校舎は取り壊されて新しい施設になっています。 →「学舎の風景」の中にある押帯小中学校を参考に。 校門に乗っていた門灯?
「本別町立押帯小学校」と書かれていた跡が分かり、反対側は多分「本別町立押帯中学校」だったんでしょう。 校庭の隅に、閉校記念の「懐郷」という石碑と「押帯小中学校のあゆみ」という碑が立っていました。
「~あゆみ」の碑文によると、昭和3年に新校舎落成の記念祝典や祝賀会が開催されたそうで、そのアトラクションとして飛行機が校庭に着陸したそうです。 ・・こんな狭い校庭に着陸できたの? 飛行機なんて見たこともない時代のことですから、
地面にひれ伏して拝んだとか今でいえば宇宙船が着地したようなもんでしょうか。 そんな風に開校した学校も、昭和56年に閉校しました。 体育館の窓から中を覗いてみましたが、使ってる気配は無いものの急いで解体する必要も無かったんでしょう。 さて、肝心のアメダスは体育館の左後ろにあり、ここでは降水量だけを測っています。十勝地方って、陸別から足寄、池田、帯広にかけての川沿いは雨量が少ないんです。 道路を挟んだ向かいに「押帯神社」がありました。
ステンレス製の鳥居と小さな祠だけ・・。 追記(2012/10/7) 『押帯神社が完成した』という、2002年の記事がありました。→本別めーる
アメダス探訪「足寄」の巻(2012/8/16) 道の駅「あしょろ銀河ホール21」は一昨年にも訪れましたが、内部はかなり変わりました。 館内に線路とホームを再現し、入線する列車も再現してあります・・ただし、列車を正面から撮影した写真を壁に貼ってあるだけですけど。 展示物は、ムネオ色が一掃されて千春色になってました・・参院選に出馬するとかしないとか。 道の駅の横に、昔の足寄駅を復元してあります。ただし、昔は右側に玄関があったような・・。駅舎の屋根に乗ってるように見える看板は、後方に建ってる地元資本のショッピングセンターの看板です。 アメダスは、役場や消防署の向かいにありました。
白い小屋のような建物には地震計が設置されています。 立地は利別川に架かる橋の袂で、気温と降水量と風を測っています。
後方は「町民センター」という施設らしく、公園でもないのに芝生が良いなぁ。
秋の空っぽい雲が広がっています。
街の入口に、歴史を感じる建物がありました。
門の表札には「足寄高等家政学院」と書いてありました。 なんとなく役場の雰囲気に似てるよなぁ・・と思って調べたら案の定、元々は足寄村役場として建設された建物で、西足寄町と合併した後は足寄高等家政学院として利用されて、後に足寄町郷土資料館に変わったそうです。 資料館も入場者が減って、保存する予算を工面できずに解体する予定で調査したら、天井裏から棟札が見つかったそうです。 道の駅の横にでも置けば入場者は増えると思うがのぅ。
2012年09月11日
・・諸国漫遊の旅に相応しい、松尾芭蕉のような句だな。笑 十勝滞在の2日目は、広尾からアメダス探訪を始めました。 前日の夜に三股から走ってきて広尾に着きました。南の方ほど降ると思っていた雨も、幸い大したことはありませんでした。 この日の試合は第二試合で13時キックオフなので、1時間前に会場へ着くように帯広まで戻らねばならないから、夜明けと共に行動を開始します。
アメダス探訪「広尾」の巻(2012/8/16) 広尾中学校の隣にありました。以前は広尾測候所だった地点で、廃止になった測候所は「特別地域気象観測所」という名称になります。
中学校の避難階段に登って、敷地全体を見下ろしました。
特別地域気象観測所では、視程(や気圧)も測っています。
測風搭も随分と立派です。
周囲の樹木より低いということはあり得なくて。 港の周辺は標高が低いので、津波襲来時の避難経路を書いた看板があちこちに立っていました。 この町は山があるからまだマシだけどね。 広尾町はサンタランドなので、雨水舛の蓋までサンタデザインでした。
旧広尾駅はバスの待合所になっていますが、広尾線の終着駅だったので「広尾線鉄道記念館」も併設されているようです。
まだ朝5時なので玄関が開いてなくて、窓から覗いたけどメボシイ展示物は見えませんでした。 緑と赤とを使った広尾町のシンボルマークは、クリスマスツリーと長靴(と柊の葉?)がデザインされています。 駅の裏には鉄道記念公園がありました。
C11の動輪とか信号機とか転轍機とか
動輪の直径は1520mm、重量は2.8トンだそうです。
アメダス探訪「大津」の巻(2012/8/16) 「ナウマン国道」と呼ばれる国道336号を走って大津の街に着くと、霧がかかった浜を背にして「十勝発祥之地」という碑が立っていました。 ここは十勝川の河口ですから、開拓時代はこの辺から北海道に上陸したり川を遡ったりしたんでしょう。しかし上陸しやすいということは、津波が押し寄せやすいということでもあります。 稲荷神社の裏にひっそりと佇んでいました。
ここは大津中学校が閉校した跡のようです。
石碑の裏には校歌が刻まれていました・・十勝文化の黎明ですか。
「学舎の風景」というサイトにあちこちの閉校(跡)の写真が載っていて、大津中学校もあります。 測器類も寂し気に感じます。
南東風と共に海から霧が押し寄せる
大津小学校のグラウンドの脇に、漁船が置かれていました・・なんで?
船頭が多かった訳でも津波で打ち上げられた訳でもなく、創立130周年記念の運動会や学芸会が催されたそうなので、その名残でしょうか。
アメダス探訪「浦幌」の巻(2012/8/16) 大津から浦幌へ向かうには、336号に戻って十勝川の河口橋を渡りますが、今ではすんなり渡れる川(橋)だけど昔は渡れなかったんです。 少し上流側の「旅来」(たびこらい)という場所で、国道が川の堤防にぶつかると国道番号を示す「336」という標識が立っているのに、そこでブッツリ国道が行き止まりになっていたんです。 その先はどうするかというと、さすがに堤防を乗り越えて川に突っ込む車はいなかったけど、人は船に乗って川を渡っていました。 川の向こう岸からまた道路が始まっていて、交通路としては1本につながっていたんです・・渡し舟の航路も国道の一部で。 船と言ってもフェリーじゃなくて人しか乗れない小さな船だから、車だったら豊頃まで迂回して十勝川を渡るしかなかったんです。わずか20年前までの話だけど、車が通れない国道ってのがあったんですよ。 国道38号から少し入った消防署の向かいの空地?にありました。隣は町役場でしょうか・・7時近くなのに人気が無い。
街中にしては珍しく、障害物が何もありません。 積雪深も測っています・・この辺は少ないけど。
ここも南東風で街が霧に包まれていました。
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アメダス探訪「留真」(るしん)の巻(2012/8/16) 浦幌から田舎道を12kmほど走って、留真温泉へ分岐する交差点の近くにありました。予想通りに郵便局の隣でしたが、簡易郵便局を委託されてる家の敷地のようです。
樹の葉から雨滴が落ちるほど接近してはいません。風が強くなければ。
2012年09月08日
十勝地方のアメダス探訪の2回目は、いよいよホントの十勝北部です。 十勝中部から十勝南部にかけては、去年かなりの箇所を調べ終わりました。 クラセン(U-15)の大会1日目は第三試合となり、真夏とはいえ試合が終わる17時頃から暗くなるまでの時間が短いので、あまり多くの地点は回れません。 予定してる最後の地点は場所さえ分かれば御の字、たとえ暗くなっても車のヘッドライトで照らせば取りあえずの写真は撮れるさ・・と思っていたら、その通りになってしまいました。
アメダス探訪「上士幌」の巻(2012/8/15) JAの施設内にあり、場所は分かりやすかったです。ところが、もう夕方なのでゲートは閉まっています。 しかも畜舎内は立入禁止でした。
畜舎内ばかりじゃなくて農場自体が立入禁止なんだから、這ってでも・・という訳にもいきません。
病気を伝染されたくありませんから。←逆だろっ! やむなく、ズーム写真を撮って退散しました。
翌日に別の用事で通りがかった時には晴れていたので、再び撮影しておきました。
ゲートは開いてたんだけど、立入禁止だからなぁ。(未練がましい) ・・食後に昼寝して、牛になれば入れるんだ!爆
アメダス探訪「ぬかびら源泉郷」の巻(2012/8/15) ここは去年も探しましたが、事前の調査が不十分で発見できずに撤退しました。今日はリベンジ出来るはずですが、何しろもう夕暮になってしまってます。 細い道の行き止まりの横にありました。この道は前回も調べたけど、先は行き止まりだと分かったから引き返したのです・・去年は惜しかったんだな。 しかし、どう見ても風速計より樹高の方が高いです。 敷地の全景・・街灯が点いてるし
雨量計の電源ランプが光っています。
風速計の向こう側(温泉街)の方角は開けているけれど、北側の方角はダメです。
そろそろ薄暗くなって探索も時間との競争となり、次の地点は足元が明るいうちには辿り着けそうもありません。
アメダス探訪「三股」の巻(2012/8/15) すっかり暗くなって周囲の様子がよく分からないけど、ここは雨量だけしか測ってないから周囲の環境条件はシビアではありません。 かつては士幌線の終着駅だった「十勝三股」駅がありましたが、利用者が減ってバスの代行運転に変わり、しかも便数がだんだん少なくなっています。 一応はバス停や廃屋?の周囲を調査した後、今はレストランを経営している「三股山荘」の脇に見つかりました。電源が通ってるような施設はここだけだから選択の余地は無く、迷いようがありません。 右側の山荘の脇には薪を積んであります。 照明(車のライト)の向きを調節して雨量計に接近
暗闇に動物の目でも光ったら怖いよ。 「上士幌町観光協会」の三股山荘ページの、4枚目の写真に雨量計が写っています。 夜にライトを点けてこんな写真を撮ってたら怪しまれるかな。
決して怪しい者ではありませんが。←十分に怪しいって! これで今日のミッションは完了し、この後で「しほろ温泉」に浸かって汗を流しました。少し熱かったけど、モール湯なのでお肌がつるっつる。嬉 その後、翌日の出発点である広尾まで走りました。・・三股から広尾までって、ほとんど十勝縦断だよね。
アメダス探訪「柏倉」の巻(2012/8/16) 翌朝の探訪箇所は次に回すとして、地理的に近い柏倉を先に紹介します。 だんだん細い道に枝分かれして距離を測りながら走り、そろそろだと思った交差点の横にありました。道道468号の方を見返す風景・・柵が狭いね。
ま、こんな所に好んで来る人はいないから、イタズラもされないでしょう。 ここは「柏倉集落センター」の前庭というか駐車場のようです。
この建物が満杯になるほど人が住んでいる集落なんだろうか? アメダスの横に三角点がありました。
集落センターの隣は神社です・・手入れは良い感じ。
2012年09月02日
名は体を表し、タイトルは本文の内容を表す・・とは限らない。笑 日本クラブユース選手権(U-15)大会で十勝方面に2泊3日滞在した折、私の場合は飲み食いや温泉の楽しみとは無縁なので、試合の無い時間帯(早朝や夕方)に十勝地方のアメダスを探訪してきました。 実はアメダス探訪というのは表向きの名目であり、本命のミッションは諸国を漫遊して、庶民を苦しめている悪代官などを懲らしめるという・・。 今回は全部で21ヶ所を探訪し、それらを地域別に6回に分けて試合レポの合間に紹介するとなると、いつになったら終わるのか自分でも分かりません。 実際のところ初回の4地点は、十勝へ行く途中と帰りの途中に立ち寄った、上川南部の観測所です。
アメダス探訪「占冠」の巻(2012/8/15) ワタシって占冠村の市街地に入ると、方向感覚が180度近く回転してしまうんです。 恐らく、占冠村の近辺に隕石の破片が埋まっていて、その周辺では磁場が歪んでいるに違いありません。 伝書鳩でさえ、占冠村の上空を通ると不必要に迂回したり、同じ場所をぐるぐる回って疲れてしまうんじゃないかな。(妄想) 去年訪れた時には、その異常な方向感覚に従ってトンチンカンな方向を探してしまったため見つけられませんでしたが、今回は地図を頭の中に叩き込んでおいたので、すんなり辿り着けました。 細い道を進んだら広い草地に立ってるのを見つけたんだけど、道が行き止まりになってて近付けず。反対側の道から回ってアプローチ:奥の山は村民のスキー場?
ここは内陸の盆地状地形だから、冬の朝にかなり冷え込みます。
雲に日暈がかかっています。
隣のトマムスキー場では、ゴンドラ終点でお茶を飲みながら寛いで雲海を見下ろす「雲海テラス」に人気があるようです。 自分のいる場所に雲がかかってなくて、眼下にだけ雲がかかるという条件に遭遇する強運が必要ですが。(←運かい?) 大昔、スキーに行った時にそういう光景を見たことがあります・・まぁ、山登りしてたら雲海を見るのは珍しくはないんだけど。 当初の予定では占冠だけに寄るつもりでしたが、自宅を出発する時刻が早かったのと途中の走行が順調だったので、金山と幾寅にも寄ることにしました。 金山へ向かう峠道の脇に、開けた平地と怪しげな石碑がありました。
石碑には「峠下茶屋之跡」と刻まれており、説明札も立っています。
茶屋が二軒あったそうです・・二軒茶屋?
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アメダス探訪「金山」の巻(2012/8/15) 金山の街に着いて、空知川に架かる橋の袂から横に入った道路の脇にありました。反対側から:特に支障は無し
ここは雨量だけを測っています。
近くに根室線の金山駅がありました。
このレンガ倉庫は物置に使っているのでしょうか。
ホームには積雪深計と思われる板状の物指が・・でも今は真夏ですぜ。
空知川を堰き止める金山ダム
かなやま湖の沿岸を通って南富良野町へ向かいます。
夕張岳と思しき山影:金山側からの登山道もあるけど大変らしいです。
途中でJRの鉄橋が対岸に渡っていました。
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アメダス探訪「幾寅」の巻(2012/8/15) 南富良野町・幾寅の市街地の南側に、南ふらのスキー場があります。大昔に、サホロへ行く途中に寄って滑ったことがあるなぁ。 アメダスは公園や老人ホームの横にありました。
環境は良さそうだけど、隣接する林の樹高が風速計よりも高いのはマズいっショ。 おまけに駐車場の脇で気温を測ってるなんて。
雨量、気温、積雪深の測器
風速計(東南東?)と日射計
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アメダス探訪「麓郷」の巻(2012/8/17) 8月17日の帰りに麓郷に寄って、小さな市街地を探してるうちに、ほどなく見つかりました。ここは東大演習林の森林資料館だそうです。
もう夕方だから、資料館もゲートも閉まってて見学できません。
国の施設の敷地だけあって、理想的な立地です。
電柱より高いので大丈夫・・そろそろ日が暮れるから速やかに帰って、明日の神戸戦の用意をしなきゃ。
そして明後日は再び帯広に来て、勝てば1泊できるけど、負けたら日帰りになるかも・・結果は悪い方に。泣
2012年08月31日
この時間は予定を変更して(笑)、地震に関連して起こった超常現象を紹介します。 2012年8月25日の23時16分頃、十勝地方南部を震源とするマグニチュード5.9の地震がありました。 大きな地震が起こると、雨が降っていないのに雨量計で信号をカウントしてしまうことがあります。 雨量計の構造は観測機器の説明に書いてあるように、「転倒ます」というカップに一定量の降水が溜まると、「ししおどし」というかシーソーみたいに倒れるようなっていて、倒れる時に電気信号を出します。
アメダスの降水量分布図は日にちが経つと見れなくなるので、北海道南西部の画像を保存しておきました。 8月25日23時:占冠で1.5mm8月25日24時:あちこちで0.5mm
8月26日01時:笹山で1.5mm
つまり24時の雨量(23:00~24:00に降った雨)だけ、渡島から十勝にかけての多くの地点で信号をカウントしています。 雨量計が土台の地面ごと揺すられて、転倒ますが余分に倒れたものと推測されます。 降水量分布図を下の震度分布図と比較してみると、偽の雨量信号をカウントした地点は揺れが大きかった地域に対応しています。
この日は実際に弱い雨も降っていたらしく、降雨によるカウントと地震によるカウントとの識別は難しいので、「レーダー・ナウキャスト」の画像も調べてみました。 8月25日23時15分
8月25日23時20分
23時15分と23時20分の画像を比べても特に違いは認められないので、降水現象には変化が無かったと考えられます。 雨量信号をカウントした時間帯を詳しく調べるため、過去の気象データ検索ページで、例えば支笏湖畔における8月25日の10分ごとの値を見ると、ちょうど23時20分に0.5mmの信号をカウントしています。 他にも、登別や上富良野、鹿追、糠内、留真、大沼、川汲で、見事に同じ時刻に0.5mmの信号をカウントしており、これは自然に起こる降水現象だとは考えられません。 一方、鵡川や三石、中杵臼、帯広泉では、複数の信号が入ったのかデータ通信の障害なのか、23時10分以降は欠測とされています。 国土交通省の「川の防災情報」ページに「観測データについてのお知らせ一覧」(北海道分)というページがあるんですが、北海道などが設置している雨量計でも、帯広・札幌・室蘭・函館方面では信号をカウントしました。 もう削除されちゃったけど、「8月25日23時16分に発生した十勝地方南部の地震の影響により、次の○○管内の各雨量観測所において観測された23時20分の値は異常値と思われます。」という情報文が発表されていました。 このような地震の振動のみならず、強風が吹いた場合にも雨量計が揺すられて、偽の雨量信号をカウントする場合があります。
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作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。
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