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作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。
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2013年09月30日
釧路町や標茶町のアメダスに続いて、今回は鶴居村から釧路市阿寒町にかけてのアメダス4地点を紹介します。 巷では「丹頂鶴」と呼ばれたりしますが、「タンチョウヅル」という名の鳥はいなくて、「タンチョウ」が正しいのです。 「ナベ」や「マナ」だったら何の動物の名前か分からないけれど、「タンチョウ」と付くのは鶴だけだし。 昔、釧路で「丹頂湯」という銭湯に入りましたが、今でも営業してるみたい。
アメダス探訪「鶴居」の巻(2013/8/16) 予想通り、鶴居中学校のグラウンドの脇にありました。鶴はいませんけど。グラウンドにネットの囲いが無くて、ボールが飛んで来そう・・ もっと素朴な佇まいを想像してたんだけど、立派な敷地です。
積雪深(超音波式)も測っています。
風速計と日射計:ここのポールも低くて6.5mみたい。
隣に地震計と電子基準点もありました。
これだけ揃っている地点は珍しいです。
アメダス探訪「中徹別」の巻(2013/8/16) 地名の読みは「なかてしべつ」です。 あっという間に通り過ぎてしまうような集落だから、ここの学校だと思うんだけどなぁ・・と探しても見つからず、しばらく周辺をさ迷って駐車場のような場所で降り立つと、林の向こうに見えました。用事が無ければ分け入りたいとは思わないような草深い道を進むと、中継局のアンテナの隣に立っていました。
敷地内には結構な草が蔓延っており、そろそろ刈り込み時かも。
近くに高い樹があって、ちょっと気がかりです。
元々は別の場所にあって、2002年にここへ移転したのかも。
アメダス探訪「阿寒」の巻(2013/8/16) 阿寒町の中心街に役所を集約した、行政センターの右奥にありました。ここは「スポーツトレーニングセンター」という施設のようです。
雨量だけを測っていますが、この立派な芝生は何に使うのでしょう。
道の駅「阿寒丹頂の里」の天井に、怪鳥が飛んでいました。 電気仕掛けで羽根や足が動くのでしょうか?
とても鶴には見えませんけど・・。
アメダス探訪「鶴丘」の巻(2013/8/16) 鶴丘という観測点は、実は「たんちょう釧路空港」の敷地内にあります。空港ビルの正面に立つタンチョウのモニュメント(と観光客)
当然ながら敷地内は立入禁止なので送迎デッキから双眼鏡で探すと、画面中央の草地に気象測器がありました。
空港の滑走路の横だもの、観測の支障になるような高い建物や樹木など立ってるはずがありません。 千歳からの朝一の便らしく、ちょうど到着しました。(撮影時刻は09時16分)
これも怪鳥みたいなもんだけどさ・・操縦席の屋根を赤く塗って、フラップを黒く塗ったらカッコイイと思うのだが・・。
2013年09月26日
8月中旬に日本クラブユース選手権(U-15)を観戦するため十勝地方に滞在してた折、どうせ十勝まで行くんだから、「ちょっと」足を伸ばせば釧路まで行けると考えて、釧路地方のアメダスを探索してきました。
試合が終了した夕方に、中札内から近道を通って豊頃に出ました。
浦幌で夕食を食べたら暗くなってしまい、釧路を通過して海岸沿いの道路(道道142号)をひた走り、翌朝の目的地である知方学へ向かいました。
この辺は地名の読み方が難しく、難読地名が多いことで知られています。
霧が濃くて見通しが悪いから、あまりスピードを出せません。鹿が飛び出してくるかも知れないし。
そんな濃霧の中に突然、地名が書かれた看板が出現する訳で、何と読むんだったか思い出してる余裕はありません。昼間だったら1枚ずつ写真に撮るんですけど。
地 名(よみがな)・・・・私的連想
又飯時(またいとき)・・・三度の飯
宿徳内(しゅくとくない)・最上徳内の宿営地
来止臥(きとうし)・・・・バイアスロン
十町瀬(とまちせ)・・・・新潟県の十日町
浦雲泊(ぽんとまり)・・・先斗町で鞠つき
冬窓床(ぶいま)・・・・・雪が吹き込む寝床
初無敵(そんてき)・・・・ショムニのライバル
入境学(にこまない)・・・越境入学
餞夫向(せきねっぷ)・・・夫の小遣い
分遣瀬(わかちゃらせ)・・バレバレのヤラセ
老者舞(おしゃまっぷ)・・月下美人
知方学(ちぽまない)・・・風水の知識
去来牛(さるきうし)・・・牧場経営
よほど几帳面な・・というか、極度にマニアックな人物が漢字を選んで当てたのでしょう、3文字に拘って。
これに比べたら、以前に出題した「判じ物シリーズ」なんて幼稚なもんです。
暗い夜道の運転と頭の体操にいい加減疲れてきた頃に知方学へ到着しましたが、目的地を下見しようにも真っ暗な中に濃霧がかかってたら、下見というほどの役には立ちません。 諦めて先に進み、曲がりくねった4kmほどの砂利道をゆっくり走って、尻羽岬(しれぱみさき)の展望台に着きました。 照明が何も無いので真っ暗です・・有ったとしても濃霧だから電気の無駄ですけど。 意外なほど広い駐車場の隅にマトモな造りのトイレが立ってたので、今夜はこの駐車場で宿営することにしました。携帯が圏外になること以外、問題はありません。 翌朝、海から吹き付ける風に揺すられながら目が覚めても相変わらず濃霧で、展望も何もあったものではなく、遊歩道の写真を撮る気にもなりません。
アメダス探訪「知方学」の巻(2013/8/16) この小学校以外に考えられないんだけど、校門から校舎が見えないほどの濃霧だから、アメダスがなかなか見つかりません。まだ朝5時過ぎだし・・多分、あれだよね。
近寄って確認します。
測器は普通に4要素です。積雪なんか測るほど積もらないし。
風速計のポールが低く、古い時代の標準だった6.5mのようです。
函館海洋気象台の管内で使われていた、お古なのかも。
校庭も霞む濃霧・・夏場は毎日こんな感じなんでしょう。
塗装が剥げた「郷土資料館」という看板が付いています・・中に何があるのかな。
校舎の前には、廃船を利用した花壇がありました。
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アメダス探訪「太田」の巻(2013/8/16) 厚岸の手前の「門静」から内陸に少し入り、太田に着きました。 ここは屯田兵が入植した土地なので、太田屯田開拓記念館があり、かなり昔に見学したことがありますが、こんなに立派な施設じゃなかったなぁ。内陸の台地だから海霧も解消しています。 近くに「太田屯田兵村中隊本部跡」という碑が立っていました。
そもそも「太田」という地名は、屯田兵が入植する適地としてこの地を紹介して開拓に尽力した、「太田紋助」という人物の功績に拠っています。 少し離れた場所に「太田屯田兵事業所跡」も・・事業とは馬産?
後方の建物は浄水場です。 この道路の脇だろうからと少し探して、見つかりました。
民家の土地のような・・
トウキビ畑の隣です。
少ないながら、積雪も測っています。立地に問題は無いみたい。
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アメダス探訪「標茶」の巻(2013/8/16) 途中に信号が1ヶ所しか無い退屈な田舎道を35km走って、標茶に着きました。 地図上の下調べでは近くに広い土地があって大きな建物が立ってるようだったけど、何の施設なのか地図には書いてなくて心配でしたが、道路脇に見つかりました。向かいにあった大きな建物はJAの施設でした。
広い草地の中に立っています。
小雨で草が濡れてるから長靴に履き替えて接近
内陸なせいか風は弱く、プロペラが回りません。
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アメダス探訪「塘路」の巻(2013/8/16) 釧路川に沿って国道を南下し、塘路に着きました。 小学校か消防署だろうと思ってたら小学校には無くて、消防署の分団と住民センターとが並んだ施設にありました。駐車場の脇に「塘路地域自主防災用品格納庫」と書かれたプレハブがありました。
ここでは雨量だけを測っています。
隣に草ぼうぼうの地震計もありました。
街の中に、釧路集治監の事務所として建築された建物を利用した「標茶町郷土館」があって、大昔に見学したことがあります。
確か、昆虫のコレクションが素晴らしかったと記憶・・ 近くに、「塘路教育所之跡」がありました。
明治39年の創設だそうで、駅逓があったくらい早くから開けた土地だし、住民の多大な寄付によって設備が整えられたとか。 町内では、集治監の看守の子供達の為に、明治19年に開校した標茶簡易小学校が最初の学校で、集治監の構内に建てられたそうだから、教育にも熱心だったんでしょう。
2013年08月26日
6月上旬の出来事だった留萌・上川のアメダス探訪も、3ヶ月近く経った今回が最終の4回目となります。 今回は美深と下川と名寄を紹介し、松浦武四郎の亡霊に導かれるように辿った(←耳なし芳一かっ!)天塩川遡行の旅はやっと終点に到達します。 とはいえ、その後に調査した釧路や網走などの二十数地点が出番を待っているのですが・・それは10月頃に紹介する予定です。
アメダス探訪「美深」の巻(2013/6/9) 美深町役場の裏にありました。役場とは言っても、学校のような雰囲気
裏に川があって、土手から見下ろせます。
役場なので、隣に地震計もありました。 積雪深も測っています。
風向風速計と日射計
隣の樹の方が高いかも・・。
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アメダス探訪「下川」の巻(2013/6/9) まるで、産廃置き場のような土地の片隅にありました。奥に見える隣の土地は水田になっていました。
積雪深計の投光部と基準面
風向風速計と日射計
下川と言えば・・スキージャンプですが、「万里長城」という構築物があります。
桜ヶ丘公園をぐるっと囲む塀は、全て町民などが人力で石を積み上げて作ってあり、石には積んだ人の名前やその年月日等を刻むことがで出来るそうで、実際に色々な文字が刻まれていました。 夏期には毎月1回「町民石積みの日」を設け、15年間で15万個以上の石が積まれて、延べ13万人以上が石積みに参加したんだそうです。 2000年には全長2,000mの塀が完成して築城を終えたんですが、公園の拡張に伴って2011年から石積みが再開されたんだとか。 当初は本家に遠慮して「ミニ万里の長城」と呼んでいましたが、ミニを付けずに「万里長城」と称することが、中華人民共和国駐札幌総領事館から許可されたとは驚きです。 「千里の道も一歩から」、「衆志成城」、「人は城、人は石垣」と言いますが、私は諸事情により、飛び越えられないような高さの塀で囲まれた敷地って、絶望感を抱くので嫌いなんです。笑
アメダス探訪「名寄」の巻(2013/6/9) およそ、空中写真で見当を付けていた場所にありました。でもなんだか、妙な敷地に立ってます。
周囲は畑ばかりなのに、ここだけ草がぼうぼうです。 横に壊れた百葉箱があったし、近くに「薬用植物資源研究センター」という施設があったので、以前はその関係の土地だったのかと思ったり。 測器・・ここは寒いし雪が深いですよね。
この日は6月上旬だというのに30℃まで上がったけど。 風向風速計と日射計
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今日のミッションも無事に終了したので、「サンピラーパーク」という公園内の「星見の丘」にある、名寄市立天文台「きたすばる」に寄ります。でも施設自体は、北大の理学研究院付属天文台らしいです。 まだ朝8時前なので閉まっているから、外観を観察するだけで終了。 公園から名寄市街を見下ろした景色。
この盆地に
霊気冷気が溜まるんです。 次なる目的地へ向かう途中の市街地に、「西田直次郎邸」という和洋折衷の建物が保存されていました。久し振りで名寄公園にある北国博物館を見学しました。
博物館前の旧名寄本線の線路上に、列車が保存展示されています。
全長は75mあるんだとか。 「キマロキ」と呼ばれる編成で、機関車、マックレー車、ロータリー車、機関車を順に連結した、前引き後押しの排雪列車です。
先頭の機関車
マックレー車(左)とロータリー車(右)
後尾の機関車と車掌車
こうい編成があることは子供の頃に父から聞いて知っていましたが、実際に見たのはここの博物館でした。 名寄の道の駅「もち米の里☆なよろ」に寄り、前回は開店時刻前で買えなかった「ソフト大福」を8個(も)買い込みました。これを毎食1個ずつ食べて、3日間も楽しめました。←もち肌の餅好き かつて名寄周辺では品種改良を重ねながら一生懸命に米を作っていたんだけど、軌道に乗った頃に減反政策が施行されて途方に暮れることになりました。 仕方がないから「うるち米」をやめて「もち米」の栽培に転換し、遂には「もち米の里」と呼ばれるまでに当地の名産品になったんだとか。 下川鉱山が閉山して寂れたから地域起こしに長城を築くとか、減反政策で米を作れなくなったからもち米に転換するとか・・窮すれば通ず、瓢箪から駒、神棚からボタもち・・と言いますが(←言わない)、知恵と気力があれば道は開けるものだと感じる次第です。
このペースだと夕方までに帰宅できそうだし、どうせ途中だからと思って寄ってみました。確かに小学校の裏門の前ですね・・帰宅途中の子供が寄りやすいかも。ホントにアメダスが見えるし。 しかし、本日は休診です。車が見当たらないから不在らしいとは思ったんだけど。 さらに旭川で、思い立って「アイヌ文化の森・伝承のコタン」に寄ろうとしたら、看板も何も出てないので嗅覚に頼って彷徨してるうちに「ゴローソ」の前を通りました。 多分、通行止めになってた橋を渡った先に目的地があったのではないかと。
2013年08月14日
留萌・上川のアメダス探訪も日が改まって2日目となり、3回目の記事では音威子府と小車を紹介し、北海道開拓の歴史に思いを馳せながら天塩川(沿いの国道)を遡ります。 昨夜は恐竜が出てくる夢にうなされることも無く、中川町にある道の駅「なかがわ」(の駐車場)で宿営しました。 松浦武四郎の一行が蚊の襲来を避けるため川に浮かべた船の上で眠ったことを考えれば、温泉に浸かってから動かぬ地面の上で眠れるなんて極楽です。
短い初夏の夜も間もなく明け・・遠くに見えるパンケ山だかは、なかなか良い形をしています。夜遅くに着いて夜明けに去るので、道の駅の内部がどうなっているのかは分かりません。
トイレの中だけはよ~く分かりましたが。笑
次なるアメダス「音威子府」へ向かう途中、天塩川沿いの「物満内」(ものまない)という土地でUターンするように河原へ下ります。川霧が立ち込めて水墨画のように幽玄な雰囲気
増水すれば水に浸かると思われる河川敷の中に小高い土地があって、看板などが立っています。
まずは「北海道命名之地」という木碑(書は高橋はるみ知事)
元々この碑は1995年に立てられましたが、古くなって傷んできたため、一昨年(2011年)に立て直されました。樹齢150年ほどのトドマツということは、ちょうど松浦武四郎が天塩川を調査した頃に芽吹いた樹です。 武四郎がここでアイヌの長老から聞いた話を基に、「北加伊道」という名を思い付いたそうです。
北海道のゴッドファーザーと言えるかも。 武四郎の略年譜も添えられています。
お伊勢参りのように、全ての道産子は修学旅行で必ずここを訪れなければならない・・みたいな条例でも作ってはどうか。 河原には多数の貝が散らばっていて、水中にもたくさん見えました。
ここで宿営したという確かな証拠も残っていました。笑
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直ぐ近くの「筬島」(おさしま)にも寄ります。左奥が緩急車を利用した駅舎です。 近くには廃校となった筬島小学校があります。→学舎の風景
校舎というより、農家の納屋にも見えますが。 この校舎は木彫家の砂澤ビッキがアトリエとして使っていましたが、現在はエコ・ミュージアムおさしまセンター「BIKKYアトリエ3モア」という記念館になっています。
なぜ「3」なのか・・彼の代表作品に「午前3時の玩具」というシリーズがあるんですが、そんな夜中に面白い着想が湧くようです。少し朦朧としながらもハイな、一種のトランス状態なのでしょうか・・その「3時」の「3」を施設名に付けたとか。 前庭には「オトイネップタワー」というトーテムポールのような作品が立てられていましたが、永年の風雪に曝されるうち、遂に倒れてしまいました。 彼は「朽ちるのも自然現象だからそのままに」という意向だったそうですが、壊れたタワーを館内に安置してあります。(未確認) 札幌芸術の森にも4本の柱が立っていましたが、順に倒れています。 ここにも立ち寄ってるのか・・「トンベツホ」という地名だったらしい
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アメダス探訪「音威子府」の巻(2013/6/9) 寄り道はここまでで、やっと本来のアメダス探訪ですよ。 古い資料には「音威子府高等学校」と書いてありましたが、地図で見ると「おといねっぷ美術工芸高等学校」の付近にあるようです。 校庭の隅に立ってました。アメダスが移転したのではなくて、学校の方が2002年に改称したそうです。 まぁ、周辺環境に問題は無さそうです。
隣に中学校、その向かいに小学校がありました。 積雪深も測っています。(超音波式)
なかなかユニークな教育で、アーティストを育成しているようです。
向かいに建ってる住宅も、なかなかの作品です。
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アメダス探訪「小車」の巻(2013/6/9) 地図で見ると交差点の近くですが、建物らしい建物が無さそうで、信号機の代わりにアメダスが立ってるのかと思ったら、建物と駐車帯がありました。でも、こんな所に停まる車がいるのか? 建物には「美深町公民館小車分館」と書かれていました。駐車場なの?
その横というか裏に雨量計が設置されていて、周辺は畑地になっていました。
次の目的地である美深へ向かう途中に、廃校となった「恩根内小学校」の校舎があって、現在はカフェとして利用されているようでした。
さらに国道への近道らしい田舎道を進むと、今にも壊れそうな体育館と校舎らしき建物がありました。
一応は美深町の史跡の一つで、かつては「恩根内中学校」だったそうです。
美深中学校へ統合されるまでの、わずか34年間の利用で、現在は農家の倉庫として使われている雰囲気。 もう無いかと思ったら「厚生小学校」の廃校舎があり、「伝承遊学館」として郷土の歴史資料を展示してあるようです。
寄って見学したかったけど、まだ朝6時前ですから。隣接するグラウンドは薬草園になってました。
2013年08月07日
留萌中部・北部~上川北部のアメダス探訪の第1回目に続き、2回目は遠別から中川までを紹介します。
アメダス探訪「遠別」の巻(2013/6/8) 予想通り、遠別中学校(の隣)にありました。ここは遠別町民農園だそうです。
まだ季節が早いので作物は育ってませんが、畑地の手入れをしてる人がいました。 測器の後方に農園が広がっています。
海からの西風か・・な~んにも障害はありません。
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アメダス探訪「天塩」の巻(2013/6/8) 国道が直角に曲がる交差点の近くなんですが、何の施設にあるのかは知りませんでした。試験場があったという資料も見たけど。 確かに、道路から見えました。でも、どうやって近付けば良いのか・・ぼうぼうに生えた草で腹を擦られながら進み、現場まで来れました。
畑地の真ん中だから、何も障害はありません。
どうにも不思議なので、反対側からアプローチしてみました。
「畑地かんがい実践センター 天北ほ場 町民農園」と書かれた看板がありました。これこそが、試験場だった施設なんでしょうか。 農園というより、畜産品評会の会場という雰囲気です。
獣魂碑まで立ってたら、益々怪しい(←何が?)です。
な~んだ、こっちの道から進めば簡単だったんだ。
近くに家畜診療センターがあったので、この辺に畜産試験場のような施設があったのではないかと・・。 鏡沼海浜公園に寄りました。
利尻島は見えたけど空が霞んでたので、見せられるほどの写真は撮れませんでした。 ここにも松浦武四郎の銅像が立っています。
彼はここから天塩川を遡って、源流まで往復して1ヶ月近く調査したんだそうです。 この先のアメダス探訪は、期せずして彼の足跡を辿るようなルートになります。 犬が溺れるからではなく、名産のシジミを採集する沼だからです。→しじみまつりの様子、てしお仮面とは
シジミは見えなかったけど、タニシがたくさん這い回っていました。 この後、上川北部の観測点を辿るつもりでしたが、調査が順調に進んで時間に余裕が出来たので、宗谷側の2地点にも寄ることにしました。
アメダス探訪「幌延」の巻(2013/6/8) 北緯45度の町・幌延町の街外れにある総合スポーツ公園に立ってました。幌延町は元々は留萌地方だったんですが、最近の振興局改編のタイミングで宗谷地方に変わりました。 パークゴルフ場(まなビック:右側)の駐車場の脇にあります。
雨量だけを測っており、立地条件は悪くはないけど良くも・・。 道路の向かいには、サッカー場や野球場などがありました。
松浦武四郎が記した「天塩日誌」には、天塩川遡行調査の1日目に宿営した地がここだと書かれています。
実際に宿営したと推定される対岸の「サコカイシ」:作返(サクカエシ)には人が行き難いので、町内外の多くの人に知ってもらえるよう、現在地に説明板を立てたんだとか。(嘘も方便?)
幌延には、「金田心象書道美術館(心象館)」という日本初の書道美術館があって、かなり昔に訪れたことがあります。
アメダス探訪「豊富」の巻(2013/6/8) 高レベル放射性廃棄物を深い穴の中に貯蔵する試験をしている施設を横目で通り過ぎ、豊富温泉も今回は素通りして市街地に入り、豊富中学校の隅に見つかりました。寄るつもりが無かったので大まかにしか位置を調べておらず、少し手間取ってしまいました。夕暮れになってきて、今日はこれが最後の地点かな。 なかなか凝ったデザインの校舎です。
反対側は何の建物だったか忘れてしまいました。
積雪深も測っています。
今日は朝から晩まで、どこに行っても風が弱かったです。
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アメダス探訪「中川」の巻(2013/6/8) どうせ今夜は中川の道の駅に泊まるので、暗くなり過ぎたら翌朝に探そうと思ってたのに、あっさり見つかってしまいました。でも、ここは何の施設なんでしょう。 「中川町営牧場管理事務所」と書かれています。
牛に蹴飛ばされたりは・・普通に4要素を測っています。
ついに日没となってしまい、長かったミッションも終了です。
今日は、全部で9ヶ所も確認できました。 晴天で暑かったので、公共温泉施設「ポンピラアクアリズイング」に浸かって汗を流した後、道の駅で眠る前にトイレへ行ったら、恐竜の化石が発掘された街なせいか道の駅のトイレにも恐竜が棲んでいました。 壁の中を歩いてるのはもちろん、
個室の扉でも泳いでるし、
目の前で我が物顔に飛ばれたら、落ち着いて用を足せないだろっ!
歯を磨こうとすれば足元にもっ!!
感心するのは、全てに種名と棲息時代と体長を書いてあることと、一応は陸海空に分類してそれらしい背景色を塗ってあることです。 でも、夢に現れて起こされそうだな・・。
2013年08月03日
もう2ヶ月前になる6月8日~9日に、留萌中部・北部と上川北部のアメダス地点を探索してきました。 2泊3日になるかも知れないと思ってたのに、ミッションが順調に捗ったもんだから1泊2日で済んでしまい、さらに宗谷南部の2ヶ所もついでに見てきましたけど。 今回は、全4回に分けたうちの第1回で、留萌から初山別までを紹介します。 留萌地方の海岸を走る「オロロンライン」って、留萌市あたりから始まるのかと思ってましたが、始点は石狩市なんですね。ロードマップを見ると小樽駅前から始まっているし、広義には天塩町を越えて稚内まで含める場合もあるとか。
アメダス探訪「留萌」の巻(2013/6/8) ここは以前にも簡単に紹介したし、一応は留萌南部なので簡単に。 岩見沢や倶知安と同様に、測候所が廃止された後はハローワークが同居した合同庁舎にありました。露場のフェンスと測器など
右奥に測候所の庁舎があったような雰囲気でした。 測候所だったので観測要素が多く、視程(アパートの手前)も測っています。
風向風速と日照は庁舎の屋上で観測しています。
留萌には、上空の風を測る「ウインドプロファイラ」もあります。(道内では他に室蘭と帯広)
黄金岬に立つ「海のふるさと館」の横に、烽火台があって気象観測もしていたそうです。
ベタ凪ぎの日本海と暑寒別岳
留萌観光連盟では、「オロロンマップ」という手書きのガイドマップを発行しています。 去年は留萌市の地図を見てその芸の細かさに感心したし、さらに北方の市町村の地図も事前には見ていたんですが、現地の道の駅や観光案内所などに無料で置いてありました。 ↓ダウンロードサイト http://rumoifan.net/map/ A3サイズの両面印刷なのでファイルサイズが大きいpdfだけあって、この緻密さがすごい・・留萌管内の地図を全部つなげることが出来て、全長が約3mになるそうです。 この地図の製作を請け負った、「町谷パース工房」の仕事もすごいですね。(清田区北野にあるらしい)
鬼鹿で一休みしがてら、食料を買い込みました。 夜明けが早い時期だけに、空が明るくなった頃に家を出てからずいぶんと遠くまで進み、ちょうど開店する時刻になりました。 左側の道の駅を番屋だった建物だと勘違いした人もいるようですが、右側の巨大な屋敷が旧花田家番屋です。「にしん街道」というのは、渡島半島の松前町から稚内市まで続いており、奥尻島や利尻島・礼文島の海岸線も含まれています。(と定義されている) その総延長は約700kmで、当然ながら国内最長の街道になります・・まぁ、名付けるのは勝手ですから。 その街道に沿って「にしん街道」という標柱を設置してもらうよう、沿線の市町村に要請しているそうで、そういう「にしんルネッサンス」のネットワークを作ろうとしているんだとか。 そのうち、にしん街道を巡る遍路旅が盛んになって、標柱には「第○○番札所」と併記され、道の駅で集印帳に印判を押してもらうようになるかも知れません。 その場合、「同行ニ人」というのは弘法大師のことではなくて、松浦武四郎でしょう、当然。 今回の旅を象徴するような松浦武四郎、人呼んで「タケちゃんマン」(嘘)が何やらメモを取っている像が立っています。
番屋をスケッチしているように見えるのは気のせいでしょう。
アメダス探訪「古丹別」の巻(2013/6/8) 古丹別は、「羆嵐」で有名な三毛別へ向かう道路の途中にあります。 小学校の敷地にあるだろうと思ってたら、向かいの駐車場の脇に立っていました。ここは「古丹別川 水辺の楽校(がっこう)」というらしく、一種の親水公園なんでしょう。
積雪深も測っていますが、駐車場の脇だと排気で気温が上がるよなぁ。
公園の小山から小学校を眺めた図
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苫前でも一休みして軽食を取り、羽幌へ向かいます。 アメダス探訪「羽幌」の巻(2013/6/8) 羽幌は測候所だった観測所なので、旧庁舎の横に露場があります。大昔の測候所は、海岸の断崖の縁に立っていたらしい。 測定要素が多くて視程計や気圧計などもあり、
観測データは衛星通信で送信しています。
今は街外れとなった突当りに、かつては羽幌駅がありました。
右の建物は沿岸バスの羽幌バスターミナルです。 裁判所だった建物を利用しているという、郷土資料館にも寄ってみました。
展示物には羽幌炭鉱や炭鉱鉄道の資料もあり、ニシン漁関係の資料もあり、地元の資産家の資料もありと多種多様ですが、中でも白眉なのがアンモナイトのコレクションです。
田舎の資料館にしては(と言っては失礼ながら)きちんと分類して整然と展示してあり、これはもっと人目に触れなければもったいないと思いました。 道の駅の近くに「北海道海鳥センター」があります。
環境省の施設として整備される前に、有志が「オロロン基金」を創設してオロロン鳥(ウミガラス)の保護活動を行っていたんですが、その頃から会員になってました。入館料が無料だから大したメリットは無いんですけど。
アメダス探訪「初山別」の巻(2013/6/8) この地名を「はつやまべつ」と読んだ知人がいたなぁ・・地図で見ても付近には建物らしい建物が無くて石碑のマークしか記されてないし、空中写真で見ても線路跡と草原しか見当たらないので、ちょっと疑心暗鬼でした。 国道の脇に少し入って双眼鏡で見ると、間違いなくアメダスの観測所です。でも、横にあるのは何の建物なのかな?・・太い煙突が立ってるようだけど・・ 細い道を進むと疑惑が次第に膨らんで、ありゃりゃ、ひょっとして・・
もう、脱力して笑っちゃいましたよ。
積雪深も測っています。
周囲は開けているから良いけれど、
こんな近くで火を焚いたら気温が上がりそう・・
まぁ、そう頻繁に焚くほどの稼動率じゃないでしょうけど。 石碑かと思ったのは墓石でした。(石の碑には違いない)
どうせだから、窓から内部を調査すると、玄関から入った中央の部屋に祭壇があり、右側に遺族の控室、左端の作業室にはバーナー室に通じる送風ファンが見え、骨(灰)を掬うシャベルや篩などの専用道具、消火器、ママさんダンプもあります。
私の頭の中ではもう、「初山別=火葬場」という強固なリンクが出来てしまいました。 昔々田舎に住んでいた頃、日中に使った火の後始末が悪かったのか、夜になって火葬場が炎上してしまいました。 夜が明けてから現場を見に行ったら、建物はすっかり焼け落ちていて、レンガの窯と煙突だけが残っていました・・そりゃぁ、窯や煙突が燃えるようなら火葬は出来ませんよね。 少し先の岬は公園になっててロウソクの形をした金比羅岬灯台が立ち、「しょさんべつ天文台」があります。
アポロ計画で使われた月着陸船をモデルにしたデザインだそうですが、私の目には、足を広げて浜辺に干されている蛸に見えるんですけど。 現代は灯台の光源も高輝度LEDなんだそうで・・航海の安全のためには、電球切れしない方が良いに決まってますから。 それにしても、灯台から22km先まで届くという8500カンデラの眩しい光線を天文台の横で発したら、肉眼の8600倍もの集光力を持つ65cm反射望遠鏡による天体観測の邪魔にならないのか心配です・・灯台下は暗いから平気なの? ここの地名は「豊岬」・・といえば、沿岸バスの萌えっ子キャラ「豊岬あゆみ」でショ・サンベツ
展望台からの眺めは確かに絶景領域です。
白い海食崖がドーバー海峡の如し
遠くまで来たけどまだ午後2時・・今日はどこまで行けるやら。
2013年06月30日
そろそろ、種明かししてもいいかな?笑 アメダス探訪「赤平」の巻(2013/5/25) もう1ヶ月以上前、芦別方面で見聞したい場所が多かったのと、何より空知地方で未踏のまま唯一残っているアメダス赤平を片付けてしまいたいから、悲壮な決意を持って出掛けたのでした。←胡蝶蘭 何度も発見に失敗しているので、新たな候補地を数ヶ所加えてGoogleの写真で上空からも調査したところ、四角い枠に囲まれているらしい土地が2ヶ所見つかりました。 でも1ヶ所は、その枠から伸びている細長い影が、アメダスの施設にしては長過ぎます。ここの観測要素は雨量のみで風速計が無いから、そんな長い影が出来るほど高いポールは立っていないはず。
今回の調査エリアは、赤平バイパスを通した後で通行止めとなった旧道です。ここに車を置いて歩くとすれば登り坂になるので、反対側からアプローチします。 行きが登りか帰りが登りか、という違いだけなんだけど、高いところから見下ろした方が見通しが良いだろうし、反対側に近い方の地点かも知れないし。 しかし結果的には、こっちから登った方がはるかに近い側の地点だったのですが。笑 通行止め区間の反対側の始点:泥が路面に残っています。
ここまでは以前にも調べたんだけど、通行止めの先にアメダスを置いてある訳ない、と思って引き返したのでした。 夜ならば、通行止めを知らない車が突っ込んだりしないかな? ・・って、よそ者が来るような道路じゃないけども。 通行止めの始点となるカーブ付近を振り返った図:泥が流れる状況になるのなら通行止めにすることも納得。
これでも道道で・・よくまぁ昔はこんな狭い曲がり道を走ってたもんだと感心? 路肩が崩れるのを防ぐ目的なのか道路を移設する準備だったのか、杭が打ち込まれていました。
平成18年の工事ですから、その後でバイパスが通って旧道が見捨てられたんでしょうか。 登り坂になった脇道が途中にあり、登るのは大儀だけど崇高な?ミッションのためですから。
看板が見えるのは「熊出没注意」かと思ったら、 カキ貝の化石がある地層だそうで、赤平も大昔は浅い海の時期があったという証拠になります。
確かに、貝化石などが含まれていました。
それを挟む下層の古い時代や上層の新しい時代には植物が堆積していて、それらが数千万年の時間をかけて石炭層に変わった、という歴史絵巻が頭の中に広がる光景です。 おぉ~、あったよ。こんな所に隠(さ)れていたなんて!
空中写真で影が長く写っていたのは、隣に立つ携帯用中継局のアンテナだったんだぁ。 確か4回目となる探索で、やっと巡り会えました。
この山の中で、私が訪れるのを長いこと待っていたんでしょう。←え? 雨量計は結構高い位置に据えてあります。
この道を登り切った山頂部にも何かの施設があるみたいだけど、登るのは疲れるしプーさんに遭いたくないし。 雪融け水で濁った空知川と、赤平の住宅街を旧道から見下ろす光景
向こうに見える赤平山スキー場を滑ったことがあるなぁ。 河川敷にサッカー場がありました。その向こうは百戸地区と茂尻地区です。
川の手前側の低い位置を走るバイパスの道路が左下に見えます。 帰り道は登り坂になるけれど、スミレの花を愛でる余裕も。
スミレの花咲く頃・・宝塚歌劇団を連想したら、原曲の歌詞はスミレじゃなくてライラックだったんですか・・さらにその前はニワトコだったとか・・ニワトコとライラックは似てるだろうけど、スミレは全くの別物なのにどうして?←宝塚にライラックは咲かないから? 結局、公表されている緯度の値が実際よりも0.1分ほど南側で、標高も15mくらい高い値だと思います。 やっと(足かけ3年で)、空知地方のアメダスを全て踏査しました。 残るは、留萌北部・上川北部と、宗谷、網走、根室、釧路・・いつになるんだ。(留萌北部・上川北部は、6月8日~9日に調査しました。)
2013年06月20日
渡島半島を巡るアメダス探訪は、5回目の今回が最後です。
木古内を過ぎた後は、北上して大野町の「北斗」へ進みたいんですが、去年、渡島東部を回った時に戸井泊を通過してしまったので、今回は戸井泊に寄らねばなりません。
戸井泊は2003年から観測を開始した比較的新しい観測所で、以前は内陸にある「蛾眉野」(がびの)という地点で雨量を測っていました。
蛾眉野もまた周辺より雨量が多い地点で、千軒や南茅部と並んで渡島半島の悩ましい地点です。
アメダス探訪「戸井泊」の巻(2013/5/5) 少し手前に、旧国鉄戸井線のアーチ橋があります。戸井線は、1937年(昭和12)に軍事物資輸送の目的で着工されたものの、資材不足により残り数kmという地点で建設中断となった「幻の鉄道」だそうです。このコンクリートアーチ橋は、北海道遺産になっています。 役場の支所か、その裏手にある学校か?と思ってたら、その中間にありました。
でも、学校の教員住宅のようです。 日新中学校の校舎と校庭
校庭の隅に地震計もありました。
ここの観測要素は雨量だけです。
海へ下る坂の途中にあるので地盤がかなり傾斜しており、
この辺の海岸線は入り組んでて、魚や海草が採れるんでしょう。 大昔に国道の手掘りトンネルを通ったことがありますが、今は幅広いトンネルで面白くも何ともなくて・・時間に余裕があれば手掘りトンネルに寄り道したいなぁ。
遠回りになるけど南茅部に寄って、道の駅「縄文ロマン 南かやべ」に併設された「函館市縄文文化交流センター」を見学しました。 以前に南茅部周辺やアメダス川汲を訪れた時には開館準備中だったので、今回が初めての訪問となり、国宝の中空土偶「カックウ」については、以前の記事で説明してあります。 函館奉行所といい、縄文文化交流センターといい、オープン直前に訪問するタイミングになってしまうという間の悪さ・・。 訪問したとは言っても、展示物の写真はありません。この種の施設では内部の撮影が禁止されていますから。 代わりにと言ってはなんですが、このサイトが最も得意とする分野の情報を。なかなか斬新なデザインの洗面所です・・鏡に自分が写らないように撮影。笑 コンクリート打ちっ放しの壁は、ラスコーの洞窟を想い起こして
壁画を描きたくなる人はいないかな? え~っ、そんな人(or犬?)がいるのぉ~?
と驚きつつ、人間も動物の一種なんですけど・・。
アメダス探訪「北斗」の巻(2013/5/5) いくら特急列車に名前が付いたとしても、合併してやっと市になった自治体が、歴史ある函館市と争って「北斗」を北海道新幹線の駅名にしようと画策するのは無理な気がしますが・・「新大野駅」じゃダメなの? 以前は「大野」という観測所名で、大野新道に近い農場の中にありました。ここは「地方独立行政法人北海道立総合研究機構農業研究本部道南農業試験場」 (ちほうどくりつぎょうせいほうじんほっかいどうりつそうごうけんきゅうきこうのうぎょうけんきゅうほんぶどうなんのうぎょうしけんじょう)という名称なんだそうです。ふぅぅ。
囲い(や塀)がある土地に立ち入る訳にもいかないし、
大野平野と呼ばれるほどの平地の中で、しかも農場という平らな広い土地の中に立ってるのだから、観測には支障が無いことが分かったので、目的は達せられました。 取りあえずズーム写真を撮って引き上げます。
後で調べたら、この試験場に知人が勤めてることが分かりましたが、手遅れ。
アメダス探訪「森」の巻(2013/5/5) ここは国道から西側に入った田園地帯にあり、空中写真で見ても何の施設なのか推定できませんでした。墓地+火葬場にしては広過ぎるし、牧場にしては敷地が舗装してあるようだし。実際は「JA新はこだて森農産センター」という施設でした。 敷地と測器など
目的が無ければ通る道路でもないし、二度と訪れることが無いかも知れません。 雨量と風速と日照と気温と積雪深を計っています。
向こうには道央自動車道が見えます。 気象観測の他に、地殻変動も測定していました。 何しろ駒ヶ岳の山麓ですから、火山活動を監視する役目があります。
森を発って5号線を北上してる途中で、夕日が沈んでしまいました。
暗くならないうちに八雲へ着かねば。
アメダス探訪「八雲」の巻(2013/5/5) 場所的に駅の裏だとは分かっていても、何の施設の敷地にあるのか判然とせず、除雪センターかも知れないと思っていたら付近は工事中でした。 駅の表側とは違って道が狭いし曲がりくねって見通しが悪いし、知らない街の駅裏なんて方向感覚が狂うもんだから、かなり苦労しました。 どんどん暗くなってくるので、今回は諦めて次に函館へ来た時の途中にでも探そうかと思い始めた矢先に、こんな状況の目的地を発見してしまう嗅覚は犬並みか?ただの空地のようで、向こうが八雲駅と夜行列車です。
車のヘッドライトを上向きにしても照明効果は期待できず、
不審な人物として犬に吠えられる始末。笑 風速計と積雪深計なんて、色調を調整してもこの程度にしかなりません。
結局は大沼トンネルのあたりで花見帰りの渋滞に巻き込まれてしまいましたが、道央道のICを過ぎたら解消しました。 中山峠の土砂崩れ現場も無事に通過して帰宅は夜遅くになったものの、とにかく1泊2日の行程で渡島半島のアメダスを巡回できました。 これで、渡島・檜山地方のアメダスは(離島を除き)全て調査したので、次は留萌北部と上川北部だな・・。
2013年06月16日
渡島半島を巡るアメダス探訪も第4回目となります。 松前を発ってしばらく海岸沿いの道路を進むと、横綱の里・福島町に着きます。ここから国道は山間部に入り、青函トンネル記念館があったとしても、線路は既に地下深くを走っていて見えないので、今一つ実感が湧きません。
アメダス探訪「千軒」の巻(2013/5/5) ここも廃校で、アメダスは校庭の隅にありました。福島町立千軒小中学校は明治34年に開校し、中学校は平成9年、小学校は平成15年に閉校したそうです。 この建物が校舎の面影を残しているのでしょうか。
表札には、福島町活性化センター「あづま~る」と書かれています。 ここは周辺の地点よりも雨量が多いし積雪も多くて、いつも悩ましい地点です。
壊れた百葉箱は相当の年季物らしく、ペンキもハゲハゲで屋根がありません。 時間割が物置に立て掛けてありました。
一年生の時間割・・ではなくて、「一」に見える部分に学年の文字板を貼るんでしょう。 何とも比較したくなる光景です。
旧体育館は「体験交流館」という施設に変わりました。 集会所と思われる「あづま~る」を覗いてみると、
「千軒の自然」が紹介されていました。 最盛期にはこの地区だけで砂金掘り人足の家が千軒もあった、というのが地名の由来だそうですが、現在は福島町全体を合わせても人口が6千人、世帯数は2千世帯ほどだそうです。 砂金は今でも採れることは採れますが、テマ・ヒマ・クマを考えたら、趣味の世界でしかマカタしません。 ここは大千軒岳への登山口に位置し、
隣には千軒神社があります・・両脇に立ってる木が良い感じ。
本殿の内部の様子をガラス越しに撮影
ここは「福島大神宮」の末社らしく、砂金が採れた関係なのか、「金山彦命」(かなやまひこのみこと)も祀られています。 我らがチームの必勝(と金鉱発見)を祈願してきました。←強欲 雪が多かったせいか、欄干が壊れていました。
少し離れた場所で発見(私の仕業じゃないから)
「浅間神社」も「せんげんじんじゃ」ですが、「浅間神社」は浅間山じゃなくて富士山を崇拝するためにあるらしく、富士山頂にある奥宮を訪問したことがあります。
アメダス探訪「知内」の巻(2013/5/5) 国道のバス停に隣接する「上雷生活改善センター」の横にありました。ここでは雨量しか測っていません・・松前へ向かう桜見物の車ばかり。
国道脇ながら見過ごしてしまいそうですが、ストリートビューには写っています。 どう改善するのかよく分からない「生活改善センター」
「知内農業発祥の地」という碑が建てられていました。
エドウィン・ダンの指導の下、明治14年に緬羊主体の牧畜を始めたんだそうです。 碑の土台の陰に発見・・知内町と言えば北島三郎でしょうが、
芸道も地に落ちたのか・・。
アメダス探訪「木古内」の巻(2013/5/5) 国道脇の浜辺に、二宮金次郎かと思う像が立っていました。恐らく「木古内の坊物語」の主人公だろうと思われます。 全く期待を裏切られずに、消防署の前にアメダスがありました。
普通に4要素を測っています。
道路の向かいは漁港になっていました。
ここも国道脇だから、当然ながらストリートビューに写っています。
アメダス見物しながら道草を食ってるうちに、花見遊山から帰る車が周りに増えてきました。 渋滞に巻き込まれないよう、さっさと片付けて逃げ帰りたいところですが、まだ他に4ヶ所を探索する予定です。
2013年06月09日
6月9日。 今日は何の日? 6と9だから「水戸黄門の日」でショ。 ♪じ~んせい 六ありゃ 九もあるさ
GWを利用した渡島半島を巡るアメダス探訪の第3回目は、江差から始まります。 「江差の五月は江戸にも無い」だか「蝦夷にも無い」とか言われますが(←嘘)・・そりゃぁ、江差で桜が満開になる頃には、江戸ではもう散ってますから。 動かないから不動産税がかかる開陽丸は面白いんだけども、以前に見たし今回は急ぐ旅なのでパスします。
アメダス探訪「江差」の巻(2013/5/5) ここしか無いだろう、と思った場所にありました。ここはかつて江差測候所だったので、江差特別地域気象観測所という名称で、観測要素も多いです。 姥神大神宮や横山家の近くにあります。
風速や日照は庁舎の屋上で測っていました。 露場の測器類
背後のフェンスに描かれているイラストは、江差姥神大神宮渡御祭で引き回される山車のデザインだろうと思われます。 標高の基準となる標石
気圧の測定値は海面補正を加えて比較するので、気圧計を置いてある高度を正確に知らねばなりません。 正面の奥が姥神大神宮で、左手前が横山家です。
他の目当ての地点へ向かったら、隣に面白い展示館がありました。
表通りから内部がそのまま見えます。 真ん中にある丸いのが気圧計で、おそらく漁船に積んであった骨董品でしょう。
左は舷灯、右はトランスのようです。 こちらがお目当てのアネロイド気圧計で、
ストリートビューにも写ってます・・時計搭みたい。 気圧計はフランス製で、外側からインチ、cmHg、mb の目盛りが見えて、この時の示度は77.25cmHg(1030mb)と読めます。比較してもしょうがないけど、この時刻における江差の気圧値(現地気圧)は1012.3hPaでした。
天気として、Stormy、Rain、Change、Fair、VeryDry と書いてあるようです。 昔の漁師さんは、これを見てから出漁したそうな。 気圧計は英語で「バロメーター」(barometer)と言い、「bar」は気圧の単位でした。 昔は気圧の変化傾向を基に天気を予想したので、物事の目安となる指標も「バロメーター」と表現します。 昔々、漁師さんが経営する民宿に泊まったら、その漁師さんが日本語の「気圧計」じゃなくて「バロメッター」と呼んでいたのでビックリしました。 こちらは「旧檜山爾志郡役所」(江差町郷土資料館)ですが、まだ朝早くて開いてません。
この辺の通りは「いにしえ街道」と呼び、歴史的な建造物を残して、民家も統一的な景観に配慮しています。
左手前がハネダシの「中村家」ですが、昔は屋敷の裏が海岸だったのに、今は道路が走っています。 さすがにカーディーラーは土壁じゃなくて、明治のハイカラ建築という雰囲気です。
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江差の隣は歴史と遺跡の町・上ノ国で、アメダスは無いけれど面白い物が沢山あるので寄ります。 ここのお目当ての一つは、後背の山麓にある中世の館(砦)跡と墳墓群です。 夷王山の山頂には神社があり、手前に墳墓群が広がっています。案内と学習のための勝山館跡ガイダンス施設が出来ていましたが、朝早過ぎて開いてません。
墳墓が600基もあるんだとか。
どこを掘っても墓になってる感じで、アイヌ人も埋葬されていました。 砦の柵が再現されています。
かなり規模が大きかったようです。
屋敷跡などと上ノ国の市街地を見下ろす光景
もう一つの目当てが「洲根子岬」(すねこみさき)にあります。
ここには気象庁が設置している「沿岸波浪計」があり、
北海道にある沿岸波浪計は上ノ国だけです。→観測値 以前は松前沖で観測していたんだけど、去年の5月から「洲根子崎」に移りました。 鉄塔の頂上部から海面に向けて電波を送受しています。
隣にあった洲根子岬灯台は2008年に廃止となり、代わりにはならないけど電子基準点があります。船もGPSを頼りに航海する時代ですから。
アメダス探訪「石崎」の巻(2013/5/5) 小学校にあるかと思ったら違ったけど、近くでした。パトカーが見えるのは、取締りじゃなくて交番だからです。 その隣のNTTの敷地内に立ってました。
田舎の交番の隣で悪い事する人はいないと思うけど。
さらに走って松前へ向かいますが、檜山地方の海岸を通る道路って、切り立った崖と海に挟まれてる上に信号が無くて、変に疲れますね。 これで、檜山地方のアメダスは全て調査しました・・と言いたいところですが、奥尻島の2ヶ所が残っています。 そのうち1ヶ所(米岡)は奥尻空港内にあるから立入禁止に決まってるので、残り1ヶ所の奥尻(稲穂岬灯台もと)を探索するために船(波)に揺られて島へ渡る気にもなれません。飛行機で渡れば両方見えるかも・・。
アメダス探訪「松前」の巻(2013/5/5) ここは予めストリートビューで見てたから、迷いもせずに到着しました。自衛隊の施設の一部かと思ってたけど。ちょっと植栽が多い敷地です。
松前でゴールデンウィークといえば桜です。
港の方へ行くと、「ディファレンシャルGPS局」という施設がありました。
建物の屋上にあるのがGPSの受信機で、頭上に張ったアンテナから補正値を送信してるのではないかと。
さらに先には「松前灯台」がありました。
ここは「弁天島」というけれど、島じゃなくて陸続きです。 街灯のデザインが素晴らしい。 松前の街の中をうろついてたら花見の混雑に巻き込まれるのは必至なので、道の駅で遅い朝食というか早い昼食を買って車の中で食べ、とっとと立ち去りました。
「あわびごはん」・・昨日からロクな物を食べないで走り続けてるから、少し栄養というか英気を補充しないと。 松前漬やイカが入った揚げ物なんて、イカにもご当地弁当です。 松前を出たら、反対方向からバスや乗用車が数珠繋ぎになって押し寄せて来ました。 翌日に松前で桜が開花したんだとか。例年よりかなり遅いのは・・・きっと地球温暖化のせいでしょう。笑
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プロフィール
作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。
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