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作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。
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2013年12月12日
滝上から紋別へ向かう途中で脇道に入り、上藻別を目指します。 この脇道は、ひょっとしたら初めて通るのかも知れません。 海岸や内陸のアメダスを効率良く回るためには、なるべく一筆書きになるようなルートを辿りたいんですが、ここだけは盲腸のような寄り道になります。
アメダス探訪「上藻別」の巻(2013/9/29) かなり番号が大きな道道の脇に立っていました。向こうに見える赤い屋根は、「旧上藻別駅逓所」(次回に紹介予定)の横にあるサイロです。 ここでは雨量しか測っていないはずで・・廃屋らしい建物が・・。
立入禁止だけじゃ驚かないけど、随分と荒れてる様子。
もしかして、それが雨量計ですかっ?!
かろうじて、草葉の陰から出てますよ。
こんな場所は初めて見ました。 離農したらしく、崩れそうな廃屋が残っています。
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アメダス探訪「紋別」の巻(2013/9/29) ここは旧測候所だった観測所ですから、簡単に見つかります。手前の土地に庁舎があったんでしょうか。 無人になったせいか、いずれ売りに出される雰囲気。
露場の周辺に高い建物はありません。
車を撮るつもりは無いんだけど、標板がピカピカ過ぎて、回りの景色を映しています。
流氷を見下ろせる露場の測器達
標石は厳重に守られています。
測風搭と風速計、日射計、通信アンテナ
背後の建物は確か、保健所でした。 紋別には「流氷科学センターGIZA」という科学館があって、何度か見学したから飽きちゃった・・現在は道の駅にもなっています。 最近まで北大低温研究所附属の流氷観測施設もあったんだけど、2004年に廃止されてしまいました。 流氷の時期に漁師番屋に泊まって、凍える暮らしを体験出来るんだそうで、いかが?
アメダス探訪「紋別小向」の巻(2013/9/29) アメダス「紋別小向」とは「オホーツク紋別空港」のことです。「小向」はコムケ湖と同じ語ですが、地域名は「こむかい」と読みます。 ターミナルの前に立つ、くねくねしたモニュメント
「とかち帯広空港」、「たんちょう釧路空港」ときたら、「クリオネ紋別空港」だろうし、考えればいくらでも湧いてくるよ・・たまねぎ丘珠空港、だいせつ旭川空港、サハリン稚内空港、おおぞら女満別空港、サーモン中標津空港、うにまる奥尻空港、ひなげし利尻空港、あつもり礼文空港、イカめし函館空港、さっぽろ新千歳空港←まんま 送迎デッキに上って測器を探すと、斜めの方角に見つかりました。
双眼鏡で拡大します。
空港では、滑走路の両端に吹流しがあります。
アメダス探訪「湧別」の巻(2013/9/29) 目印になるような施設が無くて、国道の曲がり角から北東の方角へ、老人ホームの南・・という感じで辿り着きました。畑の中に立ってます。 付近で農家が(多分)息子と一緒に作物を運搬するためのケージを組み立てていたので、邪魔しないように遠くから撮影するのみ。
どうせ、周囲には何も無いし。 反対側から見ると逆光になって見難く、隣にある小屋は浄水場らしいです。
次は再び内陸に入って、遠軽へ向かいます。
2013年12月04日
雄武から南下して昨夜と同じ道を再び進み、アメダス興部を探索します。 地図上では興部川の左岸にある長い丘陵の麓に当たるんだけど、目ぼしい施設は何も見当たりません。
アメダス探訪「興部」の巻(2013/9/29) 丘の麓に沿って伸びる道を進むと見つかりました・・が、懸念した通り農家のようです。やっぱり農家の私有地ですね、これは。
倉庫の屋根の向こうに立ってて、かなり遠いです。
脇から覗いてもこの程度で、敷地が見えません。
向こうに見える川の土手に渡れば見晴らしが良いだろうと思ったけど、土手の入口は通行止め・・牛を放牧してるようでした。 多分、土地は開けてるんだろうし、風速計は屋根より高いし、熱の発生源なんて無いだろうから、これで退散します。 欲を言えば、背後の丘陵の陰になって北西風が弱まるかな。
アメダス探訪「西興部」の巻(2013/9/29) 内陸へ進み、西興部の市街地を少し過ぎて、国道の脇に見つかりました。左横に電子基準点も立っています。 どうやら滞在型の体験農園らしく、その奥にあります。
周囲に支障となる物体は特にありません。
草も枯れる時期になりました。向こうに国道が見えます。
農園の入口近くに管理棟があって、宿泊用のコッテージも何棟かありました。
国道から川に向かって左方向へ緩やかに傾斜しています。 風速計と日射計と積雪深計の投光部
電子基準点の写真を撮ってみます。
西興部村には「赤岩の滝」と「黒岩の滝」とがあるそうですが、沢を入った奥にあるらしいのでスルー。 次の滝上へ向かう途中にウェンシリ岳方向へ分かれる道があり、ウェンシリ岳の沢に残った雪渓が底から融けて、真夏に「氷のトンネル」が出来る場所があります。
昔はトンネルの中を自由に歩けたのに、そのトンネルが崩れたことがあったせいで、年に一度の開放日以外は立入禁止になってしまいました。→参考 かなり昔に、トンネルへ向かう途中でスズメバチが2匹寄ってきたことがあります。 ただ追い払うつもりで帽子を振り回したら1匹の蜂に当たってしまい、もう1匹が向かってきたもんだから止むなく叩き落としました。 手前のキャンプ場では、村祭りとして焼肉パーティーなんかやって騒ぐのだから、蜂にとっても迷惑な話です。
アメダス探訪「滝上」の巻(2013/9/29) 北見滝ノ上駅の跡地はバスターミナルになっています。街外れの一本道の脇に立ってました。
風速計と同じような高さの樹がたくさん立ってます。 手前は草薮が深いけど、廃屋らしい屋敷に向かう道は歩けました。
人が来ないから柵は必要なさそうだけど、草が倒れかかっています。
まだ朝早いから内陸から吹き出す南風
・・などと考えていたら、蜂が哨戒しに飛んできました。 戦意は無いから遠くに退却して・・樹が高いよなぁ。
この屋敷の軒下あたりに蜂の巣があるのかも知れません。 市街地へ戻る途中の道端に「滝上北特別教授所跡」という石碑が立っていました。
明治43(1910)年に「渚滑第二教育所所属滝上北特別教授場」として開所し、5年後に白鳥尋常小学校へ昇格したようです。→町のあゆみ 住所が「滝上原野三線」で、その3年前に「滝上」の地名が初めて北海道地図に載ったばかりという開拓初期に学校を作ったとは、教育熱心だった証拠でしょう。 次は上藻別へ向かいます。
2013年11月30日
内陸の歌登から海岸を目指し、オホーツク海に出ると枝幸町です。 9月下旬だから日も短く、もう夕方だから今日の探訪は9ヶ所で終わりそうな見通し。
アメダス探訪「北見枝幸」の巻(2013/9/28) ここは旧測候所だった観測所なので、迷いようがありません。左手前に庁舎があったんでしょうか。 バス停にも名を残していますが、今は測候所ではなく「特別地域気象観測所」です。
はがれ落ちた時刻表をフェンスに引っ掛けてあるなんて!
海岸なせいか、標板もかなり腐食しています。
雨量計は地面に置いてありますが、雪が積もる頃には支柱に乗せるんでしょう。
測風搭の風向風速計と日射計
目立たないけど、測量用の標石
そこに落ちてるのは、鳥の死骸のような・・
不吉ながら、これで宗谷地方(本土)のアメダスは踏破しました。 バイパス沿いに(写真で)見覚えのある面白い建物があったので、開館時間ギリギリだけど寄りました。(帰る時には17時06分)
「オホーツクミュージジアムえさし」という博物館で、ここではオホーツク文化期の「目梨泊」遺跡から発掘された遺物などを展示しています。 オホーツク文化はオホーツク海を舞台に活動した海洋狩猟民族の文化なのですが、続縄文時代から擦文時代にかけて一世を風靡したのに忽然と消えてしまいました。大陸文化の影響も受けているせいか、他の地域の文化とはちょっと違っていてエキゾチックです。 ロビーには子供用の遊戯スペースが設けられていました。
土器の中で遊ぶなんて楽しそう。 次の雄武も旧測候所でしたが、枝幸からの距離が50kmほどと長くて、この間は海岸にも山間部にもアメダスが無い非観測地帯となり、いつも不便です。 途中にある道の駅「マリーンアイランド岡島」は建物が船の形をしてるから寄ろうと思ったけど、17時に閉まってしまいました。
ようやく雄武に着いた頃にはすっかり暗くなって、今日のミッションは強制終了。 ここの道の駅「おうむ」は高い搭の途中にホタテ貝の形をした展望台が張り出していて面白いのですが、国道の横にあって騒々しそうだったので、翌日は逆戻りになることを承知で興部まで進みました。 途中の日の出岬にあるホテルで日帰り温泉に入ろうと思ったのに、大浴場の改修工事中(~11/30)で日帰り温泉は営業しておらず残念。
翌朝、興部の道の駅「おこっぺ」で目が覚めてトイレに行ったら隣に銭湯があった・・後の祭り。 道の駅には鉄道資料館もあるし、「ルゴーサ・エクスプレス」という客車が置かれていて、ライダーなどが無料で宿泊できるらしいです。でも、自前のテントで寝てるライダーがいました。 SLの車輪も展示してあって、駅の跡は広い公園になっています。
このお宅は「米田御殿」と呼ばれるらしく、興部町が指定した歴史的遺産の第1号だそうです。
1922年に、皇族の伯爵が当時の興部村を訪れる際に、実業家の米田常作氏が私財で迎賓館を建てたというから痛快です。建物のみならず庭も素晴らしかった。
雄武までの半分ほど戻った位置にある「日の出岬」での日の出の光景この岬に立つ展望台「ラ・ルーナ」はガラス張りで、異様と言えるほどユニークなデザインです。
夜間には照明を点けるんだそうですが、それじゃぁ外の景色とか漁火とか見えなくなるんじゃ・・ トイレも後から設置したように、不思議な構造と配置をしてました。
手洗いも間に合わせな感じの造作
向こうが日帰り温泉に入ろうとしたホテルで、
手前の小山は、アイヌ民族の蜂起を通報するための烽火台だそうです。
1789年に国後島や根室地方で「クナシリ・メナシの乱」という事件が起こり、その影響なのか道内に6ヶ所の烽火台が設置されたそうですが、実際に使用された記録は残っていないとか。
アメダス探訪「雄武」の巻(2013/9/29) 橋の隣にあって分かりやすいですが、昨夜は暗くて気付かずに通過しました。フェンスではなく小屋に貼ってあります。
お行儀よく並ぶ測器達
標石はご丁寧に守られていました。
朝日に輝く測風搭は神々しい雰囲気を醸し出しています。
手前の草地に庁舎があったのかなぁ。
興部へと続く・・
2013年11月23日
宗谷岬を発って牧場(と牛)を眺めながら宗谷丘陵をのらくら走り、オホーツク海岸に出た後は単調な風景に堪えながら海岸の一本道を南下しました。 アメダス探訪「浜鬼志別」の巻(2013/9/28) 地図で見ると工場のような広い敷地があるんだけど、何の土地なのか疑問でした。
太い丸太で作られた門柱の片方には「猿払農協総合事務所」、もう片方には「猿払村営牧野」と刻まれていました。 牛舎などが並ぶ敷地をぐるぐる回ってもなかなか見つからず、入った門の近くまで戻ったら見つかりました。なんと国道のすぐ脇に位置していて、門に入らず国道をもう少し先まで進めば見えたのでした。
カモメが飛んでる以外は何もなく、積雪も測っています。
雨量計の高さが低いのは、風が強いからでしょうか。
この日は大したこと無かったけど、普段は海から吹き付ける風が強いに違いない。
牧場の敷地内に「誓いの碑」と「獣魂碑」が立っていました。
牧場ならば獣魂碑が立ってるのは珍しくありませんが、誓いの碑の方は、かつて村内で家畜伝染病が発生して多くの乳牛を処分した悔恨を後世に伝えるものです。 かつて道の駅だった建物から、現在の道の駅「さるふつ公園」(ホテル併設)周辺を見下ろす光景
遠くに「風雪の塔」や「農業資料館」も見えます・・昔はこれしか無かった。 撮影した建物(日ロ友好記念館)の内部には、「インディギルカ号遭難」関係の資料が展示されています。
昭和14年12月の吹雪の日に、浜鬼志別の沖でソ連の貨客船「インディギルカ号」が座礁転覆して700名以上が死亡しましたが、猿払村民が荒れ狂う海で救助活動を行い、400名以上を救助しました。 日本近海における海難事故としては、洞爺丸事故に次ぐ惨事です。 下が「インディギルカ号」の模型で、お礼にロシアから贈られた文物がたくさん陳列されており、
国際親善と海難事故防止の願いを込めて、サハリンを望む海岸には慰霊碑が建てられています。
アメダス探訪「浜頓別」の巻(2013/9/28) クッチャロ湖へ向かうと手前に温泉がありますが、その手前の運動公園にありました。周辺は開けていて、見つけやすい所にあります。 反対側は野球場で、ここまでファウルボールは飛んで来ないだろう。
奥がプールで、ここまでは水飛沫も飛んで来ないだろう。
昼下がりの風速計と日射計
ゲートボール場の奥には電子基準点も立ってました。 ついでだから「白鳥の湖」も見物しますが、白鳥は1羽もいません。
この地域に来て「ニコット」という店を初めて見ました。ロゴはどこまでが小文字なのか分かりませんが、ホーマック系列のホームセンター+コンビニらしく、最近は伊達の近くでも見かけました。
アメダス探訪「中頓別」の巻(2013/9/28) 浜頓別から内陸に入って中頓別に向かいます。寿スキー場で滑ったことがあるけど、すぐに飽きるようなコースでした。 地図上の下調べでは、国道の脇に大きな建物があるようだけど施設名は書かれていませんでした。近付くと中頓別農業高校の閉校記念碑が立っていました・・高校まで閉校かよ。
かつて前庭だった植栽の隣にあり、向かいは養護施設のような趣き
自分の背中の方にかなり立派な校舎があったらしいですが、今は想像するのみ。 校庭だったのか実習用の農地だったのか他所の土地なのか、草地が広がっています。
道路脇の並木が少し高いかも知れません。
中頓別といえば、鍾乳洞と砂金採りですね。 鍾乳洞は2回ほど探索したことがあります。最近は鍾乳洞の周辺が随分と整備されたようですが、今回は寄りませんでした。 代わりに、中頓別町の郷土資料館に寄ってみました。
教育委員会の管理という親戚だからなのか、「青少年柔剣道場」と同居しています。 郷土資料館ならばフツー、入館券が領収書代わりになります。
でもここでは、入館券の他に領収書も渡すと言うのです。 帰りに渡された領収書は入館券よりもはるかに大きく(同倍率)、入館料わずか120円の領収書としては大袈裟過ぎます。来訪者名簿に記入した私の名前まで印刷してあるし。
しかも「この領収書は5年間大切に保管してください。」と書かれています・・誰が120円の領収書を後生大事に5年間も保管するのか・・。
アメダス探訪「歌登」の巻(2013/9/28) 小頓別を経由して歌登に出ると、「総合センター」という名の役場支所(左)の奥というか向かいの草地にありました。特に問題は無く、左隣には地震計もあります。役場ですから。
投光器が日陰になってるけど積雪も測っています。
今日はどこに行っても穏やかな天候です。
日が傾いてきたから先を急いで・・北見枝幸へと続く・・
2013年11月08日
9月に入って、道内(本土)のアメダス地点のうち、宗谷地方や網走地方、根室地方と、遠い地域ばかり残っていました。 次はどっちの方面から手を付けようかと考え、この間は釧路方面を回ったから、今度は北を目指そうかと思いました。 もう1ヶ月以上前の話になりますが、2泊3日で宗谷地方と紋別地方を巡回してきました。2泊と言っても1泊目は金曜日の夜なので、目的地を探索したのは実質的に土・日の2日間です。 アメダス地点20ヶ所を5回に分けて飛び飛びに紹介し、アメダスの他に周辺地域での見聞を紹介する紀行文の記事も加わります。 そろそろ試合も無くなってきたから、マイペースで丁寧に作文出来るはずです・・が、薄れてきた記憶を呼び戻すのに不自由しそうです。
名寄の道の駅を夜明けに発ち、北緯45度を越えて最初の目的地である沼川に向かいました。 アメダス探訪「沼川」の巻(2013/9/28) 沼川は、道内で最も冷え込んだ地点になることが時々あります。 事前の想像では、盆地になっているのかと思ってましたが、そんなに低い土地でもありません。 内陸で放射冷却した冷気が、沢の上流から流下してきて合流する地形になっているようです。 沼川駅の跡地に案内板が立っていました。その隣家では、外から見える窓際に鉄道グッズを陳列してありました。 地図で調べたら、アメダスは神社の付近か、横の廃校跡にあるようです。 通りすがりの天北中学校に地震計があったもんだから、そっちかと思ってしばらく探したけど見つからず、神社の横にも無いし・・今日は10ヶ所ほど回りたいのに、初っ端からこんなに手間取ってたら、先が思いやられます。 確かに神社の近くで、少し離れた見遠しの悪い場所にありました。
校庭だったと思われる草地の端に当たります。←競馬場だそうです。
沢筋よりは高い位置にあり、それなのに冷え込みが厳しいということは、沢筋ならばもっと冷えるんでしょう。 子供達が遊んでいたと思われる長閑な広場の風景
測器の周囲に問題はありません。
背後に校舎があったのではないかと思われ、右後ろに神社がありました。 風向風速計と日射計:内陸から海に向かって吹く風です。
時間はかかったけど無事に見つかって晴々とした気分。
アメダス探訪「声問」の巻(2013/9/28) 声問とか恋問とか小糸井とか、語源は同じで「波が崩れる所(=ここまで波が来る)」なんでしょう。暴風雪の状況下では波も川を遡るのだろうと。 アメダス声問とは、稚内空港のことです。早速、2階の屋上にある送迎デッキに登って探すと見つかりました。
ここのフェンスにはカメラ(レンズ)を出す穴が開いていて親切です。
さらに4階にある展望室に登ると、稚内の市街地が見えます。
そこに無料の双眼鏡があったので、利用してみました。
でも納得がいかず、隣に有料の双眼鏡があったので、50円玉を入手するために自販機で飲み物を買いました。
窓ガラス越しでもこれだけ鮮明・・やはり金をケチってはいけないと痛感。 間近から管制塔を撮影しながら階段を降ります。
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アメダス探訪「稚内」の巻(2013/9/28) JR稚内駅は道の駅と一緒になって、「キタカラ」というビルに入っています。車止めの先(手前)にも線路が伸びて、昔は港まで繋がっていました。 南側の壁面にソーラーパネルを貼ってありました。
室内には発電量を示すコーナーもあります。
さて本命の稚内地方気象台は、港湾合同庁舎内にあります。
何やら工事中の様子 かまわず露場を観察しますが、フェンスから遠くて分かり難いです。
最北端(の官署)の測器も元気です。
風向風速計に引っ掛けないでね
稚内港には「北防波堤ドーム」という構築物があります。
かつて、稚内から樺太(サハリン)の大泊まで連絡船が往復していて、稚泊航路と呼ばれました。線路がここまで伸びてて列車から船へ直接乗り移れたんですが、高波や流氷を防ぐために、もったいないくらい優美なドーム形の防波堤が建設されました。 屋根の上がどうなっているのか知りたいから、階段を上ります。
驚くような仕掛けはありませんでした、当然ながら。
アメダス探訪「宗谷岬」の巻(2013/9/28) 宗谷岬を回る国道から高台に登ると、宗谷岬公園があります。左寄りが宗谷岬灯台、右端が「祈りの搭」です。 ここの近くにある宗谷港にも、似たようなドーム形の防波堤(てっぺんドーム)がありました。 アメダスは宗谷岬灯台の横にありました。
横と言っても、草藪をかき分けて辿り着くんですけど。
風が強いと雨量計には入り難いだろうなぁ。
周囲の草が防風柵の役目を果たしているような感じ。 今日は穏やかな天候だから良いようなものの、
春風吹いて~・・ません、秋風です。 丘の上に風車があって、隣接したレストラン「アルメリア」で一休みします。
このレストランには、宗谷名物・黒牛のステーキやハンバーグもあったけど、普通の定食にしました。 BGMとして、ダ・カーポの「宗谷岬」が流されているんですが、流氷が融けたのは半年以上も前の話です。 たまたま来た観光客には、最果ての地の旅情を誘う心地良い曲かも知れませんが、レストランの従業員にとっては、毎日朝から晩まで「♪流氷とけて~・・」と聞かされてたら堪りませんね。 恐らく海鳴りじゃなくて耳鳴りが響き、ハマナスじゃなくて足元が揺れて、流氷どころか脳みそが融けてしまうんじゃないかと気の毒になりました。 背後に広がる宗谷丘陵は周氷河地形が発達していて、なだらかな丘は牛の牧場になっています。
この風景を見せるために狭い道を観光バスが走り回っており、牛にとっては迷惑な話ではないかと思うんですけど・・最後には観光客に食べられるんだし。 草原に寝転がってる牛を眺めながら牛ステーキに舌鼓を打つとか、無心に草を食んでる羊を眺めながらジンギスカンを頬張るとか、水槽で泳いでる魚を眺めながら刺身をつまむとか、人間って甚だ罪深い生き物だと・・人間が何を食べてるのか知られていないから良いようなものの、バレたら復讐されるよね。
2013年10月27日
網走地方に続いて今日は、峠を越えて釧路地方に寄り道し、阿寒湖を経由して十勝回りで帰宅する予定です。 立ち寄る所はどこも温泉地ばかりですが、ゆっくり湯に浸かってるヒマはありません。
東藻琴から峠へ向かう道路を登り、アメダス探訪「山園」の巻(2013/8/20) 昔は「藻琴山」という観測点が近くにありました。 東藻琴には、シバザクラを斜面一面に植えた芝桜公園があって「藻琴山温泉」という宿泊施設がありますが、こちらはもっと峠に近い「藻琴山高原温泉」です。アメダスを挟んで温泉の反対側に、別荘のような建物がありました。
雨量計のみです。以前はこの辺に露天風呂があったらしいです。
入浴中にこんな写真を撮ってたら疑われること間違いなし。 向こうが峠の方向で
こっちが下界を見下ろす牧草地・・な~んにも無い。
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峠を越えて屈斜路湖に向かって下り、着いた街が川湯温泉です。 川湯といえば横綱大鵬の出身地で、「川湯相撲記念館」は大昔に訪問したことがあります。 アメダス探訪「川湯」の巻(2013/8/20) 温泉街から少し離れた旧川湯駅前小学校の校庭の脇にありました。向かいは硫黄の臭いがするアトサヌプリです。
積雪深も測っていて、奥の広場はパークゴルフ場になりました。
風向風速計と日射計
校門と校庭(消火訓練のような道具が並んでいました)
川湯駅前小学校の跡地を示す「学舎の碑」が立てられていました。
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川湯から真っ直ぐ弟子屈へ南下した方が近いんだけど、屈斜路湖の湖岸に沿った道路を(キャンプ場や露天風呂を横目で見ながら)進みます。 屈斜路湖畔のコタン地区に、松浦武四郎の歌碑が立っています。これを建立した磯里明さんとは、「松浦武四郎ゆかりのピエロ」の記事で紹介した、磯里博巳さんのお父さんです。
近くに「アイヌ民俗資料館」があって、何度か見学しました。
この建物も毛綱毅曠(もづなきこう)氏の設計だそうで、入口に並ぶ列柱は宇宙の時間を象徴し、円形ドームは宇宙の建築構造を象徴し・・と言われても意味不明。 湖畔に設けられた祭壇「ヌササン」
熊送りに使う仔熊を育てておく檻「ヘペレセッ」
鐺別温泉のある街に下って、アメダス探訪「弟子屈」の巻(2013/8/20) 地図で見ると摩周湖へ登る道路の脇のようだけど、周辺には目印になりそうな施設が無くて、ユースホステルも離れ過ぎているから、何の施設があるのかと思っていました。 確かに道道52号の脇にありました。
ドーム屋根の施設の門には「弟子屈上水道 摩周配水池」と書かれていました。 周囲は牧草地で、何も障害がありません。
測器の近景:浄水場って4ヶ所目かな。
風向風速計と日射計
昔は「欧羅巴民芸館」だった施設が道の駅「摩周温泉」になってますが、自動演奏のオルゴールはどうなったんだろう?と思って調べたら、残念。
アメダス探訪「阿寒湖畔」の巻(2013/8/20) 温泉街の外れにある学校の近くだろうと思ったけど見つからず、午後に発達した雷雲から土砂降りの雨が落ちてきました。 学校では部活中だった生徒達が道具を持って逃げ帰っていました。自転車で帰宅中の子供達もズブ濡れです。 学校の近くにある、駐車場のような敷地に入ると見つかりました。何かの事務所のような建物が立っていて(撮影し忘れた)、ゴーカートのコースのように舗装された道路があったので、自動車教習所の雰囲気に似てますが、信号も無くてコースの規模が小さいです。 そこへ通じる道路が無いし、そのコースをよく見ると楕円形になっていて、こりゃ冬にはスケートリンクになるんですね。建物は競技本部で。 夕立の後なので、草地はビショビショでズブズブぬかるみます。
四要素と積雪深(レーザー式)を測っています。
風向風速計と日射計
16時を過ぎたし雨雲のせいもあって暗くなってきたところで、今日のミッションもちょうど終了しました。 これで、クラセンU-15のついでに回った、北見・網走方面の探索は終了しました。 その後、9月下旬に宗谷地方と紋別地方を回り、10月中旬に根室地方と知床方面などを回りましたが、それらは少し間を置いてからボチボチ紹介する予定です。
2013年10月23日
ホントは津別から美幌へ向かうはずだったのに、道を間違えて北見に着いてしまったもんだから、北見と仁頃山に寄ってから美幌へ来ました。 気分としては・・♪この道~は、いつか北見~ちっ、遠回りになっちまったぜぃ。
気を取り直して、アメダス探訪「美幌」の巻(2013/8/20) 市街地から少し離れた国道243号沿いにありました。福豊小学校の校庭の脇にあります。
立地にさしたる問題も無いようだし、
風速計と日射計も支障ない・・
校舎はともかく、奥の体育館は古そうです。
来年の3月には101年の歴史に幕を閉じるんだとか。
校門の脇に工事車両が停まっていたのは、閉校記念の石碑を設置するためでした。
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次の目的地である女満別へ向かう途中で、「美女橋」と記された橋を渡りました。 美幌と女満別との間にあるから「美女」なだけであって、誰が渡っても構わない橋です。←をぃ ところがこの橋は、「みめばし」と読む偽物?らしいです。そして別の場所に(本物の?)「美女橋(びじょばし)」があるんだそうで紛らわしい。 道路脇に立ってる交通標語で「この辺に美人多し、スピード落とせ」というのもあり、そんなトンチに引っかかった気がしました。 「スピード落とせ」よりも「わき見するな」だと思うのですが、言われると却って・・などと妄想しながら美幌バイパスを走って、 アメダス探訪「女満別」の巻(2013/8/20) 女満別といえば「女満別空港」であって、「地磁気観測所」を思い浮かべる人は稀でしょう。正面にはホタテのモニュメントがあったんですが、ステンレス製で鏡のように反射するので、自分が映ってしまうから撮影しませんでした。 空港内の滑走路近くだから立入禁止なので、送迎デッキから双眼鏡で探します。 見え難いですが、滑走路の奥に立っていました。
ここの送迎デッキはフェンスが設置されてしまって、写真家には不評を買っています。レンズを出す穴が開いてる空港もあるし、こんなに目が細かい(≒10cm)必要も無いだろうと思うんですけど。 ロビーには、新装なったモヨロ貝塚館の案内コーナーがありました。
今回は寄りませんが、そのうち訪問しようと思っています。
アメダス探訪「網走」の巻(2013/8/20) 道順に従うと、まず天都山にある「道立北方民族博物館」に寄りました。天都山というか、網走に来たらここでショ、監獄じゃなくて。 アイヌやインディアン、イヌイット、サ-ミ、中国大陸の少数民族など、北極を囲む地域に暮らす緒民族の生活用具や歴史、文化などをまとめて学習できる施設です。 会員になってるので無料で観覧できますが、そう頻繁に来れる距離ではないので、10年ぶりくらいかも。 北方の空気を十分に堪能した後、網走地方気象台に寄りました。(こっちが本命だろ)
車が突っ込みそうな交差点にあるんですけど。 露場の測器たち:気象台では雨量計を地面に置きます。
生物季節の観測に使うアジサイが右奥に咲いています。 風速と日射は屋上で測っています。
隣にある瀟洒な建物は裁判所でした。
なんとなく、形に共通点がある気がします。
アメダス探訪「東藻琴」の巻(2013/8/20) 街外れの道路から畑の向こうに見えましたが、距離はあります。運動公園やチーズ工房がある「ふれあいパーク」の駐車場の横(右はテニスコート)に当たり、植栽の手入れは良好です。
雨量だけだから、特に問題もなし。
敷地の周囲は芝を刈り過ぎてるように見えます。雨が少ないから枯れるよ。 さらにもう1ヶ所回ってから峠を越えて、弟子屈・阿寒湖方面へと続く・・
2013年10月20日
真夏のお盆の頃に行われた日本クラブユース選手権(U-15)で、コンサ札幌U-15は8月15日から17日までの1次ラウンドを(意外にもグループ1位で)通過し、休息日を挟んで19日から始まる決勝トーナメントへ進みました。
決勝トーナメントも数日間ある予定だったんだけど、初日のラウンド32で敗退してしまったため、スケジュールが空白になった翌日は、北見・網走方面のアメダスを探索してきました。
道の駅「足寄湖」のチーズ工房「エーデルケーゼ館」で、翌朝の食料を買い込みました。ここの道の駅はダム湖を見下ろせて好きなんですが、大抵は夜に着いて朝早く立ち去るもんだから、スタンプを押すことがほとんどありません。 寝る前に、網走南部の山間部にある公園のトイレに寄ったら、
ま、田舎にしてはモダンだけれど、珍しいというほどの物ではなかろう・・ ・・と思ったら、何これ!?
迷路のように入り組んで立ってる個室が全部、円筒形なんですよ。 しかも、円筒の上には白い布のような覆いが天井まで伸びています。 掃除用具入れや手洗いコーナーまで、円筒と白い布の組み合わせ
何かの芸術作品なのか、虫を寄せ付けないための蚊帳なのか、不思議な光景です。 大通公園ならばあり得るとしても、こんな山間部の公園に置いておくのはもったいない・・建物ごと引き摺ってでも持ち帰りたいと思いました。
白い壁に囲まれる夢を見ることもなく、煌煌とした月夜が明けて、 アメダス探訪「津別二又」の巻(2013/8/20) 地名の通り道が二又になった場所で、霧に霞みながらも見つかりました。建設発生土の仮置き場ということでしょうか。
トラックなどが引っ掛けないよう、四隅にポールが立っています。
雪が積もったら柵が見えなくなるだろうし。 土を積み上げた小山の背後には、廃校となった校舎がありました。
その名も「二又小学校」だったとか。 玄関はまだ原形を保っていますが、校舎の一部をブチ破って倉庫として使われていました。
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20kmほど下って、アメダス探訪「津別」の巻(2013/8/20) この町は道が複雑な上に高低差があって、探し難い場所にありました。なんと、「つべつ霊園」の向かいに当たります。
初山別に次いで墓地は2ヶ所目ですが、実はもう1ヶ所、地図で見ただけでも墓地(+火葬場)だと想像できる地点があります。 朝霧が漂う市街地を見下ろすように立っています。
霊園とは本来、そのような場所に設けるものだし。 風速計と日射計
線香の煙が流れてくる以外は問題なし。 津別町には「木のつべつの木」という木材工芸があり、手になじんで扱いやすい作品です。 まさに今日、津別の新しいキャラの名前と着ぐるみが披露されるんだとか。
次に美幌へ向かうつもりが、市街地に着いたらそこは北見(爆)、戻るのも面倒だから、予定外だった北見と仁頃山に寄ることにしました。 アメダス探訪「北見」の巻(2013/8/20) 地図で調べていた段階では、市の中心部に近い結構大きな交差点の近くで、大型の商業施設のような建物も記されていました。ホントにそんな街中にアメダスがあるものなのか?と心配でした。 幹線道路と住宅街との間に、ここだけ広い草地が広がっていて、この雰囲気は浄水場のようです。 確かに浄水場でしたが、浄水場って、もっと上流の山麓にあるもんじゃないの?
北見地方って降水量が少ないから、水質の悪化を察知するため浄水場に雨量計を設置してある・・という訳でもないでしょうが。 敷地が周囲よりも若干低めなこと以外は問題ないです。
左後方は大型電気店、その後方はショッピングセンターでした。
こういう立地も珍しいです。
アメダス探訪「仁頃山」の巻(2013/8/20) 富里ダムが造ったダム湖の対岸にあるらしいんですが、ダムへ向かう道が地図上に記された道と違っていたりで手間取り、しかも途中に廃校となった小学校があったもんだから、この先だと確信するのに時間がかかりました。ダム湖に架かる橋を渡った対岸にキャンプ場があるはず。
夏場だから水位はかなり低いです。左奥の山が仁頃山だろうと。 道の脇にありました・・もう少し離した方が良いんじゃね?
道路と駐車場との間に立っています。
雨量だけだから、これでも構わないんだけど車がぶつかりそう。 左側から走って来て現在地は赤印、右奥の上流側には他にも色んな施設があるようです。
橋を振り返る図:紅葉の時期には景色が良さそう
さらに、網走方面の探訪へと続く・・
2013年10月16日
クラセンU-15の1次ラウンド3日目(8/17)の午前中に、昨年は暗くなってマトモな写真を撮れなかった「ぬかびら源泉郷」と「三股」を1年ぶりに再訪しました。
まずは漢字で書きたい糠平に寄って、 アメダス再訪「ぬかびら源泉郷」の巻(2013/8/17)草丈は問題ない程度です。
問題の(屋根より高いが樹よりは低い)風速計
ここは元々、強風が吹く地域ではありませんが。
三国峠まで行きました。昔は未舗装の砂利道でしたが、現在は快適なルートになっています。この峠は、降った雨が日本海に流れ下るか、太平洋へ下るか、それともオホーツク海へ下るか、という運命の分かれ道になっています。昔はこの近くにも雨量計を置いてありました。 中央の三股盆地にもやが漂っています。
夜間の放射冷却によって盆地に冷気が溜まり、かなり冷え込む地形になっています。
アメダス再訪「三股」の巻(2013/8/17)柵すら無いけど、誰も来ないような場所だから・・アーチ橋探訪や鉄な人は来るんだけど。 レストラン「三股山荘」の横にあります。
近くに、十勝三股駅の付随施設だったような廃墟がありました。
三股山荘の横に駅名板を立ててあります。
向かいのバス停の中に・・そりゃぁ、泊まりたくなるだろな。
帯広へ戻る途中で、優美な橋が見えました。
この辺に旧国鉄士幌線のア-チ橋がたくさん残っていることは知ってるけど、わざわざ歩いて見に行くのは時間がかかるので敬遠してましたが、走ってる車から見えたら寄って行かざるを得ません。 道路の脇から遊歩道が伸びてて、橋の近くまで行けました。ただし頑丈なフェンスに妨げられて橋までは行けません。
いくらコンクリート製とはいえ、叩いたら壊れそうな橋を渡りたいとは思わないです。 調べたら「第五音更川橋梁」という名称のようです。
次回からは、北見・網走方面のアメダス探訪が(間欠的に?)続きます。
2013年10月04日
クラセンついでのアメダス探訪・釧路編も、今回が3回目になります。 たまに変換を間違えそうになりますが、十勝北部の三股、網走南部の津別二又、釧路南西部の二俣は、それぞれ漢字が違います。 二俣は白糠町の一部のように思ってたけど、釧路市音別町の一部だったんですね。白糠郡音別町が市町村合併で釧路市音別町となり、釧路市阿寒町などとの間に白糠郡知らぬ課長白糠町が挟まって飛び地になっています。 しかしまぁ、阿寒湖温泉まで釧路市内だと言われてもなー・・違和感を覚えます。
アメダス探訪「白糠」の巻(2013/8/16) 京都大学の演習林の延長なのか、隣接する牧草地なのか、草原の向こうに見えました。近くにあったのは浄水場(工事中)でした。
柵までが浄水場の敷地のようです。
積雪深も測っています。40cm程度ですが。
風向は東南東くらいか・・少し臭いことを除けば問題なし。
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アメダス探訪「二俣」の巻(2013/8/16) 音別から内陸に入り、道路の分岐点らしく「二俣」という地名です。 郵便局か学校かと思ったら郵便局は閉局してて、二俣小中学校の校舎で郵便業務を受け継いでいるようでした。学校が閉校した後は「音別町体験学習センター」として活用されているようです。 まだ新しい校舎なのにね。
道路脇に残る古い校門からの眺め
ここに違いないと確信を持っても、雨量計だけだし目立たないもんだから、ぐるぐる回って校庭の脇(というかゴミでも焼くような場所)にやっと見付けました。
右手前に錆びたミルク缶が放置されていました。
あまり恵まれた環境とは言えませんが、ここは山間部なせいか周辺に比較して雨量が多いです。
帯広へ戻る途中で:大平原ばかりのように思える十勝にも、トンネルはあります。
向こうまでお見通しなのが面白い光景
アメダス探訪「帯広泉」の巻(2013/8/17) 「帯広泉」というアメダス地点は、帯広空港のことです。 黒川紀章さんがデザインした「とかち帯広空港」のターミナルビル到着ロビーには、クラセンU-15大会開催を歓迎する看板と参加チームの旗が・・
うちのチームの旗もちゃんとありました。
アメダス測器を探すため、チェックインカウンターのグラウンドクルーには目もくれずに送迎デッキへ向かいます。
こんな椅子に座って離着陸機を眺めれるなんて極楽です。飲み物は自前ですけど。 航空大学校がある空港らしく、色々な教育的展示物がありました。 送迎デッキから外へ出られそうなドアが1ヵ所あったんですが、危険から逃れるために避難する出口なはずなのに、避難口の外が危険で立入禁止だったら役に立たないと思うのだが・・。
避難ハシゴの横には、百葉箱と温度計らしき物が見えます。
建物の壁際で気温を測ったって、何を測ってるのか分かったもんじゃないよ。 本命のミッション:気象測器はここに設置されていました。
滑走路の手前の芝地で、ちょうど管制塔の正面に当たります。
釧路地方のアメダス探訪は、遠過ぎる地点を別の機会に残したまま、いったん中休みします。
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作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。
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