カレンダー
プロフィール
作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。
最新のエントリー
リンク集
コメント
検索
2009年03月10日
昨8日(日)に、札幌ドームで仙台戦がありました。 毎日、”Dancing Queen”のCDを繰り返し聴いて、歌詞と振りとは覚えましたが、「原曲より少しテンポが速い」とのことで、果たしてどのくらい速いのか、ドールズの踊りに自分が付いて行けるのかが心配ですから、初回は後方で眺めながら写真を撮っていました。
待ちに待った、2009J2開幕新生ドールズの登場ですっ!ラインになってキックします。 ま~るく広がります。
ところが、ドールズの背後に忍び寄る黒い魔の手が(笑) 幸いにもテンポは懸念したほど速くはなく、「大丈夫だ、この速さなら付いて行ける」という希望を持てました。(←そっちかよ) 手を上げるパンチのタイミングや細かいステップも分かったので、あとは曲全体の振りを通して覚えるだけです。(できるのか?) 衣装も、もう少し手を加えなければ・・まぁ、どっちみち次の試合は年度末の平日ナイターだから、キックオフ50分前には間に合わないので、焦らずにじっくり作業すればいいさ。 昔、ドールズのお母さん達が夜なべして衣装を縫ったのに比べれば、大した作業じゃなかろうし。 左下の「共闘」という文字に反応するところで、年代がバレます。
ゴール裏に現れた星の王子様は何なんだ?
あれを掲げている人も大変だな・・と思っていたところ、 道警のカラーガード隊か?と思ったドールズの前に伊東氏が登場し、
こんな形で生演奏を聴けるなんて、夢のようでした。 続いて、バックスタンドにビッグフラッグが広がり、
クラブの歴史を見返しているようでした。(←今も見てるだろ) ゴール裏には、「北海道」らしく見える人文字(と言うのか?)が現れ、
光って写りが悪いですけど、★は札幌の位置に立っているようです。 (正確には、札幌市豊平区羊ヶ丘1番地に立っている) ハーフタイムのパフォーマンス
これはちょっと覚え切れなかったので、次回のお楽しみ♪
入場前に、南1ゲートに置いてありました。最初は知らないで一般の列(というか、列は1つしか無かった)に並んでいたら、チケットチェックの時に「優先の列はこちらです」と言われて並び直しましたが、指定席なんて優先も一般も変わりありません。 試合終了後、ゴミの分別をお願いするアナウンスがあり、「紙トレイ」と言うべきところを「紙トイレ」と連呼していたのが、作日の一番楽しかった思い出です。 野球の試合では「トイレ・ヒルマン監督」と呼んでいたのだろうか?
2009年03月02日
先日は「チラシ配り」が行われるとのことで、↓こ~んな物でも貰えるのかと期待して丸井さんまで行ったのに(コラ)、何か勘違いしてたようで、実際には雪が舞う寒い街頭に立たされて、スケジュールチラシを通行人に配る布教活動でした。
翌日は、札幌ドームでサポーターの集会がありました。ドームの駐車券って、イベント時には2500円もするのに、今日はタダでもらえました。 サブグラウンドはすっかり雪に埋もれています。
この下にサッカー場があるなんて、知ってる人にしか分かりませんよね・・雪まつり会場として使えるんじゃないか? ドーム本体も、吹き溜まりに埋まってい(るように見え)ます。
善男善女がたくさん集まってきました。
ピッチの一部は芝が出て、ラインも見えていました。
何やら、みんなで話し合っています。
「社長を出せ!」「今年のチームスローガンは何なんだ!」
トラメガで説明:「皆さん、お待たせ致しました。今年のスローガンは『雪上サッカー反対』です。」
「あったりめぇ~だっ! こんな雪の上でサッカーできる訳ねぇべや!」
「誰だ、そんなはんかくさい事こいてるのは・・犬や猫じゃあるまいし。」 説明に賛同しながら口々に罵る群集(が映る扉)
汗だくになり、酸欠でめまいを起こしそうになりながらも、雪上サッカーを阻止すべく頑張った結果、
綺麗なピッチが出ました。これで、雪上サッカーをしなくて済みます。 車からボールを持って来れば良かった・・と後悔
「来年も、みんなで雪上サッカーを阻止しましょう!」「お~!」
報道カメラマンも大変です。こんな写真を撮られるんですから。
今日の出面賃を受け取って帰りました・・最後まで並ぶのか。※何か妙な表現:『コンサドーレ札幌サポーターの方々をはじめ、約320人のボランティアの皆様・・』
2009年01月27日
やっぱり、自分が正月に見た夢は正夢だったようです。 自分に内在する願望が叶えられた気がしたし。(え?) 一生懸命に立ち居振舞いや踊りの稽古して、化粧してかんざしリボン付けたカツラ被って、艶やかな振袖手作りTシャツ着て、手に舞扇ポンポン持って、振りを揃えて踊るんですから、舞妓そのものです。 わずかに違ったことと言えば、お座敷じゃなくて特設ステージだったとか、京都じゃなくてグァムだったとか、見せる側じゃなくて見る側だった・・というだけじゃないですか。
豊平区の某大規模イベント会場にて妖しいパフォーマンスを見た途端に、対抗心がメラメラと「萌え上がって」きたのは秘密です。(笑) ステージが終わった後に、某選手のお母さんが逃げるように立ち去ったと見えたのは、人違いだったのでしょうか。 実は、ドールズと似た衣装を京都の業者に特注して誂えることを密かに企んでいたのに、先を越されてしまいました。 こういうことは、2番煎じでは意味が無いですからね。「一発ゲイ」(←今年のチームスローガン?)と同じで。
次の日から、ユーミンじゃないけど、リフレインが呼んでいます。 原曲:「なのにあなたは京都へゆくの」 by チェリッシュ なぜにあなたは グァムへ行くの グァムの町は そんなにいいの このサッポロの 町よりも チェリッシュのHPを見て、同一人物かを疑うほどビックリ! もっと前から歌ってたと思ってましたが、これがデビュー曲だったんですね。 最近になって、さらに変な夢を見て困っています。 内容は・・ドールズのメンバーの大部分が実は性転換していた事実が発覚・・という甚だ不敬な夢で、これだけは正夢になってほしくないです。 ・・京都方面へ、呪いでも飛んで行きましたかね?
2009年01月24日
今さら知らない人はいないでしょうけど、琉球放送創立55周年を記念して、2月22日(日)に「シーサーマッチ2009」というプレシーズンマッチが北谷(ちゃたん)町で開催されるそうです。→オフィシャルのニュース どうせ行けないし、当日は芝生席でさえ3,500円もボッタクル取るのか?・・などと思っていましたが、この試合を自宅で見ることは出来ないものか? と考えました。(モノグサ)
お決まりの沖縄土産仕事柄、STVのライブカメラ(一覧)を見る機会が多いです。 このサイトでは、マラソンとかサミットなどの大きなイベントがあると、臨時にカメラが増設されたりして、最近は沖縄の画像が増えました。 この寒空に、地元の人達がTシャツ姿で写ったりするんだろう・・と、あまり興味が湧きませんでしたが、カメラを設置してある位置を調べると、北谷町なんですね・・えっ!? 何の目的でカメラが増設されたのかは、この際詮索しないことにして地図を拡大していくと、すぐ近くに「北谷公園陸上競技場」があるじゃないですかっ! ここの美浜アメリカンビレッジライブ中継は、ネットからアクセスしてカメラの向きを変えることが出来るので、試合当日にカメラを競技場に向けておけば、(コマ送り画像ながら)試合を見れるのではないか? と考えた次第です。 北谷公園の中では陸上競技場が最も海側に位置しているようですけど、手前に(背が)高いホテルがあるようだし、低いながらも芝生やスタンドに囲まれた競技場のピッチを、遠くから眺めることが可能かどうかは疑わしいですね。
・・とあっさり諦めて、私の関心は別な方面へと向かいます。 カメラを右の方へ振ると、やや遠方の海岸近くに広がる平地と、さらに遠くには小高い丘が見えます。 この海岸は、かつて戦争中に米軍が上陸した宜野湾の海岸であり、平地は普天間飛行場になっています。 遠くに見える丘は、「嘉数(かかず)高地」とか「前田高地」といった、日本軍が陣地を構えていたために激戦地となった丘で、その背後に首里や那覇が控えています。 海岸に上陸した米軍にとって、首里や那覇を攻略するためには、これらの丘にあった日本軍陣地は難攻な障害になった一方、日本軍の沖縄守備隊にとっては、沖縄(というか日本本土)を守る最後の砦であった訳です。 現在では、これらの激戦地となった丘の多くは、公園として整備されています。例えば→宜野湾市の「嘉数高台公園」 浦添市の「前田高地」は、琉球王朝時代に「浦添城」があった跡であり、現在は「浦添大公園」になっています。城を建てる丘の頂上だけあって、眺望は素晴らしいです。 一番下に掲載されている写真が、ちょうどライブカメラと反対の方角から眺めた景色になり、かつて米軍の艦艇が押し寄せた(というか、埋め尽くした)海も写っています。 20年ほど前、沖縄に旅行した際に「浦添大公園」を訪れ、陣地の跡などを見てきました。公園の脇にある(壊れそうで危なっかしい)急な階段を下ると、慰霊碑が建っています。→広報うらそえ(pdf) なぜ、こんな怪しい場所を訪れたかというと、私の父が戦争で沖縄に行ってて、この慰霊碑に書いてある「山3475部隊」に所属していたからです。 この慰霊碑の近くには、北海道出身の兵士のための慰霊碑も建っており、堂垣内知事(建立当時)の揮毫による碑銘が書かれていました。 満州に行ってた頃で、「17.6.7」(もちろん昭和) と書いてあります。沖縄じゃ、写真を撮ってる余裕など無かったはずですから。
追記(2012/2/8) 22年前に沖縄へ行った時に撮影した慰霊碑の写真が見つかりました。 多分、1989年11月6日だと思います。 「前田高知平和之碑」崖に掘られたトーチカに蔓延る草
足元に学校のような建物が見えますが、これだけ急な崖でした。
右奥に、問題の普天間飛行場が見えます。
2009年01月17日
本来、芸術鑑賞は秋に相応しいテーマですが、私の場合は秋季の週末のほとんどが試合の日程で埋まってしまうので、落ち着いて芸術を堪能できるのは主に冬です。 先週の湿雪が降る中を、前回訪れ損なった「関口雄揮記念美術館」に行ってきました。 ここを訪れるのは(多分)今回が2回目だと思われますが、一度見たからもういいという訳ではなくて、美術館では時々展示替えをするため、作品がガラッと変わっていることもあります。
入館券 最近はあちこちの施設で増えてきた、「リピーター割引き」という制度を設けてありました。 入館券が次回の来館時の割引券になっていて、その割引き率が結構大きいんです。
そういう制度自体は有り難いんですけど、次回までその割引券を無くさずに保管しておく自信がありません・・というか、紛失する自信があるし、仮にしっかりキープしておいたとしても、次回は家に置き忘れてしまうのがオチです。 道立近代美術館では、「ANIMAL FANTASY イヌイト・アート&動物たち」という特別展を開催中です。→案内 この特別展で自分に最も興味があるのはイヌイト関係の彫刻と版画で、展示品の大部分は網走の北方民族博物館に所蔵されている作品でした。 実はイヌイト関係の展示は入口付近の一角だけで、その先は子供向けの動物関係の展示コーナーが続いていました。 冬休みには例年、「A★MUSE★LAND」という・・恐らく「Museum は Amuse な所」を意味・・で、大人も子供も楽しめる(ことを狙った)展覧会が開催されます。 冬季はどっちみち来館者が少ないので、子供を誘えば親も付いて来るという、善人ぶって人を騙してるような後ろめたさを感じる方策です・・コンサの試合でもありそうな。 展覧会のパンフレット(の一部)アザラシかオットセイだと思いましたが、「鮭」と書かれていました。 確かに、哺乳類の足じゃなくて、魚類のヒレであることが分かります。 映像室では、1922年(大正11年)にイヌイトの生活を撮影した、映画(をDVDに焼いた)「極北の怪異(極北のナヌーク)」を放映していました。 それを目当てにして行った訳じゃないですけど、タイミングが良かったし、その辺で暮らしてたことも有るので、じっくり観てきました。78分間の映画なのに、全然退屈しませんでした。 前回(2008.12.10)訪れた時に池の前で
この寒空に、池に入るような物好きなんていないだろ・・ と思いながら通り過ぎようとしたら・・いましたっ!
水が冷たいので、体が赤くなっています。すぐに助け上げなきゃ!
冬になったら外出しないとか、天気が荒れてる時は外出しないというポリシーの人もいますが、私の場合は元々がスキーヤーだったので、天気が荒れると嬉しくなる生活を続けていました。 天気が荒れて大雪が降れば、深くて軽い新雪を(他人が入る前に)滑れるので、荒天は歓迎すべき現象なんです。海が荒れれば波が高くなるので嬉しいサーファーのように。 「スキーヤーだった」という過去形になっている理由は、隠居したからです。 もう、骨が脆くなっているはずだし、過激な滑り方をするので、アスリートの家系ではない自分のフィジカルでは、とても耐えられそうにありません。 かの、エベレストを滑ろうと考えるようなプロ冒険スキーヤーの三浦雄一郎さんでさえ、「歳取ったら、焦らない、無理しない、頑張らない」ことをモットーにしているらしいので、凡人である自分はなおさら無理は出来ないはずだと自重しています。 現役だった頃(笑)
2009年01月15日
精神衛生上の理由により、テレビジョンという器械を居間の重石として置いてあるだけで電源を入れないため、新監督の記者会見の模様は見ていません。 一昨日、オフィシャルのトップページを開いた瞬間には、「関西のお笑い芸人か?」と思う程の軽薄さ親しみやすさを感じました。(←褒めてるつもり)
石崎監督の呼び名として、「ノブリン」は「オカちゃん」と同程度に失礼だと感じるし、「石さん」だと「森の石松」っぽいし・・で、自分の頭の中にある一番近い語句として浮かんだのが、「イーサッキ」でした。 「イーサッキ・ヤルベンパー(Iisakki Jarvenpaa)」というのは、フィンランドで刃物を製造販売している会社です。 フィンランドでなぜ刃物かというと、地理の授業で習ったようにスウェーデンの「キルナ」という土地で鉄鉱石が採れ、その鉄鉱石を原料にして「スウェーデン鋼」という硬い鋼材が出来るので、その辺では良い刃物も作れるんでしょう。 野外での生活時間が多いことから、アウトドアの必需品としてナイフが使われていることも要因かと思います。 20年近く前に買った「イーサッキ」のナイフ見かけよりは薄刃であり、背のギザギザで魚の鱗を取ったり、身を薄くおろすのに適していますが、魚釣りをしない人間なので、実際にはペーパーナイフとして使っています。 このカタログで125番の製品のようですが、鞘も木材(白樺)で作られています。
「いーさっき」という呼び名なんて日本には無いだろうと思ったら、「いっさき」がありました。文字もそのまま「石崎」ですよ。 参考→石崎奉燈祭(いっさきほうとうまつり) ・・で結局、監督の呼び名は今後の課題として、先送りになりました。
民間人にとって、ナイフは道具であり、武器ではありません。 私は子供の頃から、ノコギリとかカンナとか小刀を使っていて、色んな物を作ってきました。 それは非常に創造的な作業であり、様々な工夫をしなければならないので脳の鍛錬にもなるし、「無い物は自分で何とか作ってみよう」という開拓的な精神を発達させます。 そういう刃物を使っていると、必ずケガをします。刃物で切ったらどれだけ痛いかを、繰り返し学習して思い知らされていたら、他人にそんな痛みを与えようという発想は湧いて来ないものです。 痛みを知らない人間に限って、他人を苦しめようと企むようです。 大金を持ったことが無い人(=私)は金の使い方を知らないし、雪が降らない土地に住んでる人は吹雪がどんなものなのかを知らない、ということは止むを得ません。 知らないことが悪いのではなくて、自分が知らない世界も存在し得る、という事実を想像できないことが悲劇の始まりで。
2009年01月07日
何の因果か、自分が舞妓さんになった夢を正月に見ました。 いくら夢の中での出来事とはいえ、羨ましい恐ろしい限りです。 夢の内容を詳細には覚えていないし、思い出したいとは思わないんですけど、正夢になったらどうしよう・・と、余計な心配をしています。(マジメに生きるんじゃなかったのか?) まぁ、修行が大変なので、着物のまま逆立ちしたって自分には無理でしょうけど。
昔(今より少し若かった頃)、仕事で京都に行ったついでに、バスで市内観光をしました。 駅前を夕方に出発して、名所を観光して、京料理を堪能して、舞妓さんの舞踊を鑑賞して、帰ってきました。 その頃は、まさか自分が舞妓さんになるなんて、夢にも思っていなかったのに・・(←だから、無理だって) 今のところ舞妓の養成や資格認定は、その業界の責任と権限で行っているようで、このようなシステムがユース選手やドールズの育成・セレクションにも似ていると感じるのは、悲しい性でしょうか。 舞妓という身分が国家資格になることは(多分)無いとは思いますが、観光ガイドやオタク達の一定レベルの知識などを認定する「○○検定」の類と同様に、「舞妓検定」なる認定試験が登場して、合格することを目的にして実際には就業しないという変な現象が起こるのではないか・・と、これも余計な心配をしています。 そんな試験があったら、受験してみたいとも思いますが。 どの道もプロは厳しくて、生半可な気持ちでは本物の舞妓にはなれないんでしょうね。→舞妓さん募集 by DocW
年末年始休みの最終日に、支笏湖に行って泳ごうかと考え・・るような季節でもないので、「関口雄揮記念美術館」に行ってみました。 ところがまだ休館中で、駐車場に入った途端にタイヤが雪に埋まるほどなので、隣接する芸術の森美術館に変更しました。 芸術の森美術館と関口雄揮記念美術館とは、(怖い)吊り橋でつながっています。 途中の佛願寺前にて涅槃仏(ねはんぶつ)のように見えますが、違います。 寝正月(ねしょうがつ)です。 手前に、小型の雪像も作られています。 確か、恵山の山麓から引き取られて来たバブル時代の遺物で、長さは45mあるそうです。→胎内に入った人のレポ 去年のいつ頃だったか・・まだ各パーツに分かれて置かれてるだけの状態でしたが、そのうち組み合わせられました。 金色とはちょっと違う、黄土色のような色をしています。
2009年01月03日
タイトルが意味深過ぎますかね。(笑) 内容も、ある意味で過激ですから。 先日、家の中を片付けていたら、包装されたままの白い恋人(36枚缶入)が見つかりました。←ヲイ
包装紙やボール紙の箱には、賞味期限が「03.06.30」と印字されています。ということは5年半前ですから、6年近く前に製造されたことになります。 2003年と言えば・・ジョアン・カルロス・・の時代から寝かせておいたことになるので、さぞかし熟成が進んで、芳醇かつ上品な美味しさが増しているに違いありません。 蓋を開けると白い
恋人煙が出てきそうな気もしますが、意を決して開けてみると、2匹の黒い猫が傘を回しながら出てきて・・・「開けまして(以下略)」 これを食べるには勇気と度胸(と医者)が・・いりません、そんなもの。 元々、腐るはずの無いクッキーとチョコレートを密封してあるお菓子ですから。 新しい製品は製法が改良されたとか、舌ざわりが滑らかになったとかの違いを、実際に比較検証するための貴重な試料として味わっています。何しろ、古い製品はもう入手できないんですから。 確かに、新しい製品の方が食べやすくて美味しいです。女房や畳と同じ・・ではないですけど、年月が経ち過ぎて不味くなったのとは違うようです。 元日の夕方に「白い恋人パーク」のHPを見てビックリ!・・「A Happuy New Year」というメッセージが流れていました。 このFlashのダウンロードが完了した時に、「102%」って表示されるのも不思議です。余計な文字までダウンロードしてるから100%を越えるのか?って考えたり、幻覚が見えるようになったのか、と考えたり。 キャラクターねこの名前は、フランス語で「初恋」を意味する「プルミとラムル」に決まったそうですが、「premier amour」をどう縮めても「プルミエラムール」にしかならないので、日本人の造語感覚は恐ろしいです。 シラフでこんな話を書けるのも、正月だけですね。 明日からは、普段通りにマジメに生きなきゃ。
2008年12月26日
かつては、試合に勝ったと言っては仲間と飲み食いし、負けてもやっぱり(なおさら?)集団で飲まずにはいられない時代もありましたが、最近は全く飲んでいません。
2年前に倒れたのをきっかけにして、アルコールを飲まない生活になりました。 別に、医者から禁じられた訳じゃないし、飲んでもどうってことは無いんですけども、数年前から飲み食いに執着が無くなってしまいました。 それならいっそ、飲まずに済ませた方が体のために良いだろう、という悟りの境地に達しています。 加えて、今夏に入院して胆嚢を切除した結果、さらに節制というか摂生に努めることになりました。 退院時に渡された生活指導のパンフレットには食事の指導も書かれていて、「脂肪の過剰摂取が下痢・腹痛を起こす原因となることがまれにあります。」と書いてあり、「動物性蛋白質は脂肪の少ないニワトリのささみ、ブタ・牛のヒレ肉、白身の魚・・・大豆などの植物性蛋白質もとる・・」とも書かれていました。 元々、霜降り肉よりは赤身の肉の方が好きだし、うな重や鮭ハラミが嫌いな人間ですから、淡白な味の食物を勧められるのは願ってもないことです。 ところが最近のスーパーの惣菜売り場ときたら、天ぷらとカツとハンバーグとコロッケばかりで、どれも脂肪たっぷりのおかずです。買える(食べれる)おかずが何も無い・・。 退院した当初は、買う物は全て裏返して成分表を見て、「脂質△.△g」という数値を確かめて買っていました。クリームやチョコレートがたっぷり乗ったケーキなんて、とんでもない! ある日、うどんを食べる時に、トッピングとして添えられるイカ天やエビ天にそそられましたが、天ぷらなんてモロに脂肪の塊ですから避けなければなりません。 でも、どうしてもイカ天を食べたくて、天ぷらの衣を全て剥ぎ取ってから中身のイカだけを食べました。 そのうち、少しずつ(危なそうな)食物を色々と試してみても、別に何事も起こらないんです。 「過剰摂取すれば・・まれに起こる」という話ですから、「普通に食べる分には問題無い」という意味なんでしょうね。 結局、食べ物については何も気にしないで「食べたい物を食べて構わない」という経験則が得られました・・天ぷらの衣を剥ぎ取って食べたのは何だったんだろう・・。 どの食べ物が良いとか悪いとかではなくって、食べ過ぎることが良くないようです。ただしこれも個人差があって、人によって違うらしいですけど。 たとえ脂肪を摂ることは構わないとしても、脂肪は肥満の原因になるという別の理由で、食べないに越したことは無いでしょうし。 ・・という訳で、「飲まず食べ過ぎず、腹八分目」という、自分と地球にやさしい生活が続いています。慣れれば快適なもんですよ。(笑) 入院していた病院の耳鼻咽喉科の受付ハクション大魔王のマスコットが置かれています・・なるほど。
2008年12月21日
昨日(20日)は高円宮杯(U-15)の決勝ラウンドの試合がありましたが、パソコンの前で試合結果を待ってるのは心臓に悪いので、外出してました。 午前中は清田区で用事を足して、午後は雁来を経由して石狩まで行ってきました。 主な目的は、札幌創成高校の人工芝の練習場を視察(偵察とも言う?)することです。
創成高校では今年、奮発して人工芝のサッカー練習場を作りました。→学校のHPの最新情報 場所は、花畔(注*)にある「石狩スポーツ広場」の向かいです。 こちらが「石狩スポーツ広場」で、三種の大会で何度か来たことがありますが、分かり難い場所です。道路を挟んだ向かいに創成高校の練習場があり、立派な看板も設置されています。
練習場を使っていない時は、門が閉じてい(ると思われ)ます。駐車場には、室蘭大谷高校のバスが停まっています。 駐車場の左側にサッカー場があり、自家用車の奥の方で茶色に見える部分は、陸上用のトラックです。 手前右側の舗装部分が駐車場、手前左側はアップ用の砂地です。
夜間照明は結構高い位置にありますが、ゴール裏のネットの高さは5m、両サイドは3mでしょうか。この辺なら、ボールが飛び出してもキツネにぶつかるだけでしょうから。 何やら、練習試合をしているようで、赤チームが創成高校、白チームが室蘭大谷高校のようです。
あまり近付くと、スパイ活動でもしてるように勘違いされかねないので、遠めから眺めるだけにします。ピッチの縞模様が綺麗で、オフサイドの判定がしやすいです。 ここに着いて間もなく、練習試合は終わりました。午前中から続けていたらしいです。
どうせ石狩に来たのだから、以前から気になっていた石狩美術館を見に行きました。練習場の近くにあります・・あら~、冬季は休館するのね~、今年最後のチャンスだった訳か。 この美術館は、内装も照明も観覧方法も独特で、素晴らしいです。並んでいるショーケースが何重にも反射して、何と表現したら良いのか不思議な・・(教えられて気が付いた)「万華鏡を覗いている」ような心境になります。 1階の中央には、「お立ち台か?」とも思えるガラスのステージがあり、貸切で披露宴に使ったらいいんじゃないか・・と思ったら、そういう使途も狙っているとか。 (未調査ながら)レストランも趣向を凝らしてあって面白そうだし、札幌駅北口からシャトルバスも出ているし、団体の観光客も意識しているようです。 ただ、ちょっと自分の趣味には合わなかった、というのが正直な感想です。 ここのコレクションは確かに圧巻なんですけど、美術館というものは、所蔵しているコレクションを並べて見せるだけじゃ、使命を果たしているとは言えない気がします。 何かを感じさせるとか、考えさせるとか、テーマを設定して勉強させるとか・・などの役割があるだろうと思います。ただ単に「すげぇな~!」で終わってしまったら、何も残らないような・・。 3階にあるトイレの洗面ボウル洗剤の容器は素晴らしいんですが、入口の標識は味も素っ気もなく、冴えない代物でした。(←トイレ評論家か?)
(注*) 花畔(ばんなぐろ) 知らない人には、絶対に読めない地名のひとつでしょうね。
カレンダー
プロフィール
作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。
最新のエントリー
リンク集
コメント
検索