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作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。
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2009年07月11日
プリンスリーグのために帯広へ行ったついでに、帯広市から中札内村にかけての地域を見学してきました。 今回は、中札内村に今春オープンした宿泊施設付きのサッカー場である、「中札内交流の杜」を紹介します。 昨年の秋の様子については、奈々子さんによる「潜入レポ」があります。
ここは、昨年の3月に閉校した中札内高校の敷地を利用しており、旧校舎を研修棟や食堂やシャワー室として改修・再使用するとともに、その東側に宿泊施設を新築して、グラウンド跡地には天然芝のサッカー場を4面新設しました。中札内村は帯広から
はるか南に28kmの距離に位置する隣村で、車なら30分も走れば一瞬にして市街地を通過して道の駅「なかさつない」に到着します。 交流の杜は道の駅から1kmほど手前の左奥にあり、通行料無料の帯広・広尾自動車道の中札内ICを降りて中札内市街に向かえば、墓地の隣(農業倉庫の向かい)に見えてきます。 旧校舎を再利用した研修棟・・チャイムが聞こえてきそう地域おこしの一環を担うべく、合宿機能を備えたスポーツと文化芸術の総合施設として活用されることを狙っていますが、今のところ「文化芸術」に該当するアイテムとは何なのか、不透明ではあります。 知らない人には(知ってればなおさら?)辺鄙な片田舎に思えるでしょうけど、とかち帯広空港からは近い位置なので、道外のチームが夏場に北海道で合宿するなどの目的には適っているのかも知れません。 サッカーに限らず、アリーナ(旧体育館)などで行う屋内スポーツのチームも利用しているようです。 7月下旬には、U-15カテゴリーの「中札内交流大会」というサッカー大会が行われるそうで、夏休み中のトレーニングのために参加する札幌のチームもあるらしいです。 新築した宿泊施設(110人収容だとか)
実は、ここに泊まってみるかとも考えて調べたけど、施設を利用せずに宿泊だけというのは目的外使用に思えるし、二段ベッドの8人部屋にでも放り込まれたら悲惨だし、時間に制約されると行動範囲が狭くなるしで、廃案となりました。(その結果が公園の駐車場かよ) 敷地の隣は墓地なので、夏場の肝試しには最適です。
すいか隊員の目から見ても、なかなか良さげなピッチです。
用具庫とトイレかな
近隣の住宅地(笑)
![]()
中札内村は、一時は帯広市に合併されるという噂もありましたが、実現しませんでした。むしろ、「六花亭村」と改称した方が知名度が上がるからだとも言われて・・いますか? 当村の特産品は、ホエー豚と地鶏(肉&卵)と枝豆などで、通称として「枝豆村」とも呼ばれる(←妄想)ほどの枝豆の産地であり、茹でて急速冷凍した「そのままえだ豆」は札幌市内のスーパーなどにも並んでいる他、「えだ豆カレー」とか「えだ豆ぎょうざ」とか「えだ豆そうめん」とか「えだ豆そば寿司」、果ては「えだ豆納豆」まで開発しています。 そのうち、「えだ豆コーヒー」とか「えだ豆チョコレート」とかも開発されそうで怖い・・食べ物に対する人間の執念は底無しですからねぇ。 コインロッカーのような、鶏卵の自動販売機(道の駅)昨日の分はほぼ売り切れて、後で今朝の分を補充しに来ました。 近郊の各所に「JAなかさつない」の直売所があり、ここは道の駅の敷地内にある直売所です。
先にあった屋根の下にスーパーハウスを押し込んだらしく、どう見ても灼熱地獄としか思えない労働環境で、何かを買わないと気の毒に感じる仕組みになっています。 今回のお試しとして、「えだ豆羊羹」を選んでみました。
これが鬼と出るか蛇と出るか・・お茶受けのスィーツの類なのか、ビールのつまみに適している渋さなのか・・まだ試食していないので想像の域を出ません。 当日は、清流・札内川にかかる「ピョウタンの滝」周辺の札内川園地で「ピョウタンの滝やまべ放流祭」が催されるそうで、
やまべの稚魚を放流し、それを合図に渓流釣りをスタートするとか。 ・・ん? 当地らしいイベントの「えだ豆まき」って、何ですか?
食べ物を粗末にしたらバチが当たります。 節分に落花生を撒くようにサヤ付きの枝豆を撒いて、拾い集めた枝豆に食らい付いてる光景を想像しますが・・。 拾い残した豆が翌年になって芽を出すとか・・アリエナイ。
2008年11月03日
かねてお知らせした通り、ユース新人(U-17)大会が行われるので、釧路まで行ってきました。 釧路に向かう途中から引き返す事態は避けられましたが、負け試合を1つ見ただけで帰るハメになってしまいました。(泣) お陰で?予定より1日早く帰ることになり、諦めていた芸術展を堪能することができました。 試合の話は次回のエントリーで説明することとし、今回は札幌を発ってから翌日の試合が始まるまでの(楽しい)旅行の話です。
札幌から釧路までの距離は、「北の道ナビ」で調べると330kmほど、約7時間かかって1日仕事になるので、大会初日の試合観戦(2回戦)は断念しました。 行きは日中に日勝峠を越えるので問題はありませんが、大会最終日の帰り(3日の夜)は雨や雪が降りそうなので、天馬街道(野塚峠)を回って帰ることにしました。(まだ夏タイヤだから) 天馬街道はかなりの遠回りになるように思えますけど、想像するほど無駄ではなくて、距離で50kmほどだから1時間くらい余計にかかる程度です。 日勝峠を下りて、芽室町を走っている途中で見た教習車音別町の道路標識
太平洋岸は津波が押し寄せますから、低地を通っている道路には標高を記してあり(ここは5.9m)、高台へ避難しなさいという呼び掛けに説得力があります。 途中、すれ違った車の「屋根に角が生えてる!」と思ったら、撃ち獲った鹿を屋根に載せて運んでいるところでした。 この辺の道路は夜でも鹿が飛び出してくるので危険です。横断する時も前足に旗を持たないし、角に旗を縛れば・・目立って撃たれます。 朝に札幌を出て、8時間後にやっと釧路の競技場に到着すると、ちょうど日没になりました。
大会本部で今日の試合結果を調べ、無事に勝ち残って翌日も試合があることを確かめました。 夕食のために釧路の某ショッピングセンターに寄ると、駐車場で南西の空に輝く三日月と金星(宵の明星)が見えました。
釧路の街の秋の月かな・・石川啄朴 昼食は豚肉だったし、ここは釧路だから海産物をたっぷり食べて、翌日の食料を調達して、隣にあるスーパー銭湯に入って、夜は鶴居村に行って泊まりました。 雲一つなく晴れて、田舎の星空は綺麗でした。 寒い夜が明けて空も白み・・ここは「鶴見台」という場所で、畑に集まるタンチョウを観察するのに適したポイントなので、駐車場もトイレも自販機もあります。(だから泊まれる)
空耳ではなくて確かに、遠くでタンチョウが群れて鳴いているのが聞こえたものの、美しい姿は確認できませんでした・・恥ずかしがっているのでしょうか。←鶴の恩返し? 周囲の畑には霜が降りており、昨夜は-2℃まで冷えました。
夜明けが近くなり、雲の下面に日光が当たって色付いています。
タンチョウ畑(仮称)に昇る太陽
今日も良いことがありそうな気がしたんですけど・・。 釧路市街へ戻る途中の展望台から見た釧路湿原では、
霧が層状に漂っていました。 釧路市街に入って、新釧路川にかかる「鶴見橋」を渡ります。
街灯が鶴・・というより「ペリカン」に見えますが、 欄干の鶴は素晴らしい作品です。
新聞を買ってみても、道東面には道東チームの成績しか書いてありません。
競技場に行くには早過ぎるので柳町公園に立ち寄ると、さすが釧路ですね。
柳町リンクでは、こんな朝っぱらからスケートの練習に励んでいました。前日の11月1日から営業を開始したそうです。 そろそろ陸上競技場へ行って、準々決勝の第一試合から見るとするか・・。
2008年08月04日
私が卒業した高校の校歌は、「勇払原野末遠く~」で始まります。 まさか、「ガタ」の同窓生なんて・・。 苫小牧から千歳に向かって36号線を走ると、車窓から眺める風景には大して物寂しさを感じませんが、室蘭本線に乗って岩見沢方面へ向かう列車から眺める風景は、正に「原野」と呼ぶに相応しい悲壮感があります。 こんな、夏でも霧がかかって肌寒いし、冬には木枯らしが吹きすさぶような悪条件の土地に、米を植えようとか、芝を植えてサッカー場を作ろうとかいう発想は、すんなり出て来ないのが普通でしょう。 でも、そんな困難に立ち向かおうとする人物がいたお陰で、「厚真米」を献上するほどになったし、浜厚真にサッカー場が出来て、毎年プリンスリーグの試合をしています。
浜厚真の野原公園サッカー場へ向かうには、日高自動車道にしろ235号線にしろ、沼の端から柏原を通って浜厚真へ行くのが通常ですが、今年は勇払を通る海岸沿いの道を行き来してみました。いかにも勇払原野らしい風景です。特徴が無いので、どこを撮影したのかは本人にしか分かりません。 この道は、ほとんどJR日高本線と並行して走っていて、勇払からは海岸を見ながら厚真火力発電所の横を通り、フェリーターミナルの横を過ぎて、厚真川と線路を渡ればすぐサッカー場に着きます。 特徴としては・・直線です。信号が無いです。交通量も少ないです。建物が無いので、景色が良いです。 実は、2日連続で浜厚真に日帰りするのは時間とガソリンの無駄使いのような気がして、浜厚真の近くに泊まろうかと考えました。 しかし思い付いたのが直近で、しかも世間は3連休ですから、空室などありません。苫小牧や千歳に泊まるくらいなら札幌まで帰って来た方が早いからなるべく近くに・・と探したら、勇払に結構な数の宿があるんです。 こんなちっぽけな街に宿ばかり沢山あってもしょうが無いだろうに、と思って調べてみると、食事はボリュームたっぷり、駐車場は大型車可、ただしバス・トイレは共用という、私の好みとは方向違いの宿で、どうやら、フェリーターミナルに上陸したトラックの運転手が泊まるための宿のようです。元々は、苫東開発や日高道の工事関係者を当てにした宿だったのかも。 河口にある勇払は、かつて(江戸時代に)「会所」が置かれていました。 付近の勇払川で獲れた鮭や、日高地方で取れる昆布などを取り引きする場所で、遺跡に埋蔵していた生活用具も発掘されています。
土台の石は痛んでいたので、修復したらしいです。
近くの一帯は「勇払開拓史跡公園」として整備され、埋蔵物などを収納・展示し、体験学習する「勇武津資料館」があります。
私は、あんまり整備された施設は嫌いで、道端に無造作に立ってる方が有難味を感じるんですけど。 会所の警備の為に入植した「八王子千人同心」の説明看板もあり、
彼等の墓所も立派になりました。
土台、関東地方の人間が蝦夷地に入植したとしても、無事に食料を栽培したり冬を越すのは難しかったに違いありません。
「八王子千人同心」の名は、苫小牧市民なら知らない人はいないほどの「苫小牧開拓の祖」ですが、ちょっと街外れの位置なので、今まで訪れる機会がありませんでした。 この開拓が縁で、苫小牧市と八王子市とは姉妹都市になっています。製紙工場の「王子」の由来は別ですけど。 また勇払には、開拓使が北海道を測量する際の基線となった片方の起点があります。→この辺を参照してね。 そんな歴史を訪ねながら、道端の植物の写真を撮って回りました。 現地に泊まるのなら時間もあったんですが、札幌に帰るためにはじっくり構えてる余裕が無いので、写真としては粗末なデキになっています。 ノハナショウブ
シロヨモギ
ナミキソウ
フウロソウ:ゲンノショウコの仲間
キバナカワラマツバ
ヤマブキショウマ
カヤ・・をよじ登る毛虫(笑)
2008年07月12日
アメリカの「グレートプレーンズ」を訳すと「大平原」になりますが、大平原と言っても十勝地方のお菓子や、温泉宿や、味噌汁の名前ではなくって、帯広で行われたプリンスリーグのついでに探索してきた、十勝地方の南部の風物を紹介します。 帯広へ遠征する際には、道の駅(の駐車場)などで車中泊するのが通常でしたが、最近は2泊のうちの1泊はマトモな宿に泊まることにしています。車中であれホテルであれ、どっちにしても連泊は(体力 or 財力が)辛いので。 今回は大樹町の道の駅「コスモール大樹」・・の近くにあるホテルを選びました。 帯広市の近郊には温泉地もありますが、私は長湯ができないので、温泉宿だからという魅力は特に無いし、豪華な食事にも興味が無くて、それらの付加価値のために宿泊料が割高になっている宿は願い下げです。
このホテルは建物のデザインとか調度品のセンスが良かったし、部屋やバスルームが広くてあずましかったし、朝定食はちょうど良い味と量でした。 窓の外には草原・・の中に見えるのは、かつてのJR広尾線「大樹駅」のホームです。
朝起きて爽やかな空気を入れようと窓を開けたら、大樹ならぬ堆肥の臭いでした。(爆) 廊下は外光で照らされますが、朝日が差し込む時間帯は、ちょっと蒸す感じでした。
プリンスリーグの2日目は、駐車場に入れなくなる恐れもあるので早めに会場に着きたいとすると、早朝には寄り道してる時間があまり無いので、主に1日目の夕方にあちこちを見て回りました。 大樹町へ向かう途中の忠類村に「萌和山」という小山があって、地名の語源は多分、「藻岩」と同じだと思われます。
すれ違えない狭い林道を登った展望台から、南の方を見る眺めは十勝らしい風景ですが、展望台よりも高いところから西の方を見る方が良さそうでした。
ただし、もやがかかった畑地が逆光になってしまう時間帯なので、何が何だか分からない景色でした。 道端に咲くウツボグサ
大樹町の海岸近くには「多目的航空公園」があって、
高層の観測や実験をしたり、ロケットを打ち上げたりしています。
つい先月に飛んで来た飛行船用の巨大な格納庫がある他、遊覧飛行もできます。
なぜか場違いに牧草ロールが置いてあって、
よく見ると滑走路の両側に並べてあることから察すると、
霧が濃い時にはこれに火を点けて滑走路の目印にする・・←映画の影響? 間もなく日没になり、寄り道もこれで時間切れです。
夕方に帯広を出た時は28℃くらいあったのに、大樹に来たら18℃になってて、慌ててエアコンを切りました。 大樹と言えば・・大器晩成・・そう、晩成社です。(違) 「ひとつ鍋」で飢えを凌ぎながら十勝の開拓に尽力した、依田勉三の住居が「晩成社史跡公園」に再現されていますが、再現した住居だし時間的に無理なので諦めました。 もう一つ、大樹と言えば・・雪印乳業の大樹工場
全国的に有名になった工場が、ホテルのすぐ近くにありました。
さらに、大樹と言えば「砂金堀り」ですよ。(ワクワク) 道の駅では砂金掘りの道具を貸してくれて、掘り方まで教えてくれますが、そんな時間も無いし、目が眩んでサッカーの試合などそっちのけになりそうで・・。 この中に描かれている「カッチャ」という道具(イラストは間違っている)が、私の実家にありました・・ってことは、私の先祖は山師だったのか? 確かに、祖父は鉄砲を担いで山の中を歩き回っていたらしいので、砂金を探してたとしても不思議ではないです。変なハンマーもあったな、そう言えば。 旧JR大樹駅の右に立っているのは、町名の由来になった大樹(嘘)
現在はバス停になっていて、駅舎内の壁面には宇宙関係のパネルを展示してあったのに、時刻が早過ぎるせいか入口は開きませんでした。
裏の線路跡は、カートレースにでも使っているのかな・・。 中札内美術村は何度も訪れたことがあるので今回はパスし、中札内の市街近くにある「六花の森」を見たかったんですけど、朝早くて社員用の駐車場しか開いておらず、その辺に停めて森の中を散策してる時間も無いので、また今度(っていつだ?)にしました。 かつて美術村の方にあった坂本直行の絵画を収めた記念館が、こっちに移ったようです。 中札内の道の駅に立つ怪しい「ひよこ」(には見えないな)
十勝地方の道路って、視界を遮る物が無いし、真っ直ぐだし、信号が無いし、対向車が来ないし、警察が○○し・・で、走りやすいから「十勝型事故」が起こり易いのも然りかと。
2008年06月15日
七飯でカブスリーグを見た翌日に室蘭でプリンスリーグを見るためには、当日中に室蘭へ移動してしまう方が楽だと思われたので、惜しい気はするけども手早く退散しました。 トルナーレ周辺の探索結果と、室蘭までの移動の途中で見た景色などを紹介します。
トルナーレから見る駒ケ岳試合よりも山の方に見入ってしまいそうです。 敷地内には「トレーニング三兄弟」とも呼ぶべきモニュメントが立っていて、
後方には石柱のような物も並んでいます。 その一つ:これは岡田監督の手型です・・生命線は? 勝負運は?
無理な約束をしすぎて小指が曲が・・ 他にも、トルシエの手型やブッフバルトの足型などがありましたが、手の形や足の大きさでサッカーをやる訳じゃないですから、有難味は感じませんでした。 最寄りのJR「銚子口」の駅舎:歩いて5分くらい
入口には「虫が入るので戸を閉めて下さい」と書いてありました。 時刻表は、まるでバス停のような立派なフレームに入っていましたが、
上り・下りの便を合わせても、1日に14本しかありません。 駅へ向かう道の脇に、ハート形の葉をしたマイヅルソウが咲いていました。
林の中ならどこにでもあり、秋になると赤い実をつけます。 隣の駅は「流山温泉」ですけど、昔、函館でJリーグの試合が行なわれる数日前だったか、「カチバチ」という彫刻の除幕式がありました。→参考ページ 確か試合の前日に流山温泉(の駐車場)に泊まって、トルナーレも探索してから千代台に行ったことがあります。 大沼公園の駅前商店街に、合宿を歓迎するバナーが下がっていました。
札幌ではこんなことは可能かな?・・チーム公式の記事 赤いチームは夕張で合宿するそうで、赤いダイヤが黒いダイヤの町に・・。 少し進んで、八雲町にある「噴火湾パノラマパーク」からの眺め
函館で試合があった日の帰りにも寄りましたが、その時は閉館時刻を過ぎていました。 「パノラマ館」に入ると、愛想の悪い熊が迎えてくれました。
「熊の木彫り」は、別にアイヌが昔から作っていた伝統工芸品じゃなくって、八雲町が発祥の地なんです。 今でいう「産業振興」や「農家の副収入」のために「木彫りの熊」を商品化しました。それを木彫りが得意なアイヌも彫るようになって、創始者だと勘違いされる観光みやげになっています。 八雲町の郷土資料館には、初期の頃の小さい木彫り作品を展示してあったんですけど、見たいと思っても開館の日時が合わなくて、私にとっては幻の作品でした。(この大きな熊とは違います) さらに進んで、道の駅「あぷた」から見た「噴火湾」の夕景
200年ほど前に、英国の「プロビデンス号」が船火事を起こして右の方の入り江に上陸しましたが、その艦長が有珠山や駒ケ岳の噴煙に囲まれた湾を「噴火湾」と呼んだので、内浦湾の別称になっています。 七飯から室蘭までの直線距離って大したこと無いんですけど、何しろ間は海ですから、噴火湾をぐるっと回らなければなりません。 噴火湾を囲む四辺形の一辺だけを移動すればいいはずなのに、遠回りして残りの三辺を移動してるようなもんです。 室蘭からは駒ケ岳が目と鼻の先に見えるので、森(または鹿部)まで海底トンネルを掘る計画・・なんて無いでしょうね。
2008年05月15日
5月10日(土)に、秘密の目的(笑)で夕張の奥の方へ探索に行きました。 夕張川の流れを大夕張ダムが堰き止めてダム湖を作っており、農業・治水などに利用されています。春先には融雪水を湛えて満水状態になっていますが、この大夕張ダムのすぐ下流にもっと高い「シューパロダム」を建設し、貯水量をさらに多くする工事が進んでいます。参考→ダムの工事 2013年度の完成を目指して、現在は堤体の工事や国道の付け替え工事などをしています。現在の道路や旧い集落、大夕張ダムさえも水面下に沈む予定で、もったいない気がします。
ダム湖に沿って上流側へ進むと、晴れて空気が澄んでいて夕張岳が綺麗に見えました。もっとも、夕張岳は北広島あたりからでも遠望できますが。 この山は登ったことがあり、珍しい高山植物が豊富です・・と書くと盗掘する人達の目に留まるしな。 明日に架ける橋
シューパロダム完成の暁には水位が上がるので、国道も高い位置に移されます。 黄泉の国への入口?
旧大夕張鉄道のトンネルが塞がれていて、鉄な人には線路や駅舎の跡地が容易に見分けられます。 鹿の足跡ですね、これは
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今頃になってヤマザクラが満開だったりしたので、本来の目的とは別に、かなり寄り道をしてきました。 小さな沢から水が流れ込む湿地には、ミズバショウやエゾノリュウキンカなどが咲いていました。ミズバショウ
湿地の代表的な植物で、白い部分は花びらじゃないんです。茶色い「ザゼンソウ」は見かけませんでした。 エゾノリュウキンカ(ヤチブキ):おひたしなどにして食べます。
バイケイソウの若株:毒があります。
ユキノシタ
ネコノメソウ:水がかかる場所に育ちます。
エゾエンゴサク:林の中の草地などに群生します。
エンレイソウ:湿った草地などで見れます。
シロバナエンレイソウ
花が大きい種は「オオバナノエンレイソウ」で、北海道大学の校章になっています。 ニリンソウ:花が二輪ずつ出るという意味
下流の地域では満開でしたが、上流の方ではまだ蕾でした。 食べられる山菜ですけど、有毒のトリカブトの葉がこれに似てるので、たまに中毒事故が起こります。 フッキソウ・・
林床に密生し、葉が厚くて光沢があります。
廃校になった、旧鹿島小学校の校庭に(今回の目的ではない)アメダス鹿島があります。 旧富野小学校・・さすが夕張です。
たとえ幹は倒れて枯れるとも、枝や葉は生きています。教育的な配慮からか、校庭で大切に育てられていました。(廃校になったんですけど) 枯れてしまった枝は
金次郎さんが拾い集めて、薪として利用します。 夕張にはもっと集落や廃屋が残ってるかと思ってたんですが、市街地から外れた地域には何も残っていませんでした。余計な物を残しておいたら、後でダム湖に浮かんで困るんでしょうから。 一般的に、人間が住んでいた場所は平坦になっていて、水仙とかルピナスなど(の生命力が強い園芸品種)が生えているので、一見してすぐに分かります。 兵どもの夢の跡です。
2008年05月09日
先月の下旬に、仕事の用事で羽幌と留萌に行きました。日帰りはさすがに無理なので、1泊2日の行程にしました。 今回の仕事の目的の一つである、「羽幌特別地域気象観測所」ここにはかつて「羽幌測候所」がありましたが、合理化で無人になりました。
器械にいたずらすると、罰せられることがあります。
宿泊したのは、羽幌の道の駅にもなっているホテルでした。 この建物は豪華客船をイメージして造られ、外観はもちろん客船風、エントランスホールは客船のロビーのようで、客室の部屋番号は丸窓になっているし、ベランダに出ると手摺が付いたデッキ風になっています。 大浴場には救命胴衣と浮き輪が備えられて・・って、それはウソですよ。 ホテルのすぐ隣に「海鳥センター」という施設があって、元々は激減したオロロン鳥を繁殖させるために、集めたカンパでデコイを購入して岩場に据えるというプロジェクトを続け、その活動が認められて環境省の施設に昇格したものです。 私は友の会の会員になっているので、ぜひとも館内を見学したかったんですが、夕方に着いて早朝に出発するスケジュールでは、どうしようもありません。次はプライベートでこの辺をじっくり回りたいと思っています。 冬場に焼尻島に渡って仕事をしたことがありますが、海が荒れると何日も足止めされるので、生半可な覚悟では行けない離島です。 夕餉の膳・・和洋中華のコースだそうです。この他に、焼き物と揚げ物とお茶漬けと味噌汁とデザートが出てきます。 別に、高い料金を払ってこんな豪華な晩餐を食べたくはなかったんですけど、私が予約した訳じゃないので仕方なく頂きました。(←バチ当たり) お品書きによると・・
前浜で獲れた(らしい)甘海老は、確かに美味しかったです。 「えびタコスープ餃子」という、得体の知れない鍋がありました。 八角の姿揚げ・・私の分だけ、ヒレで腕立て伏せをしてました。
こんな雑魚を有難がって食べる人の気が知れません。 十分過ぎるほど食べたので、かなり腹がきつくなりました。 次の日の朝食も大きなお膳におかずが沢山乗っていて、それらのおかずを無くすためには、ご飯もお代わりしなければならず、完全に食べ過ぎました。 羽幌フェリーターミナルの横にある(トイレじゃない)変な小屋
何だ、あのバレーボール? 恐竜の卵?
立ち入り禁止の怪しい建物
・・などで仕事を済ませてから以前の食堂に入り、昼は軽く済ませたいので、スパゲティーを注文しました。 今回は間違いなくスパゲティーが出てきましたが、スパゲティーの脇に小皿があって、オニギリが乗っていました・・拷問か、これは。
しかしねー、おかしな言い方です。 終了のお知らせってのは、「終了しました。」とアナウンスする時に使う言葉でショ。 この場合は、「締切日のお知らせ」とか「締切迫る!」と書くのがフツーじゃないでしょうか・・ひょっとして、タイトルを読んだ人を焦らせる作戦だったりして。 持株会では週明けの12日に応募口数を集計するでしょうが、持株会からHFCへ出資する手続は19日の週に行なわれれるので、16日までに持株会へ入金されれば間に合う、というケーサンですね。
2008年02月19日
2月16日(土)にアミューズメントパークで、「第4回“Cold Cup”キッズ(U-6、8、10)スノーサッカーフェスティバル in 札幌」というイベントが予定されていて、本州のチームも参加することになっていました。→昨年のイベントの際に行われた交流試合の様子 当日はU-15の雪中トレーニングも雁来で行われるらしく、冬場にこんな1粒で2度美味しい日は滅多に無いので、楽しみにしていました。 ところが当日は猛吹雪で、飛行機は飛ばないし、小学生を吹雪の中で走らせるのは児童虐待になると思われる(悪天候の場合は屋内開催)し、第一、大人だって雁来に辿りつく前に遭難しそうな天候でした。 通い慣れてるはずの道順なのに、曲がるべき交差点を通り過ぎてしまったくらい、視界がほとんど無かったんです。 吹雪の景色を撮影してる余裕はありませんでした。仮に撮ったとしても雪以外は何も写らなくて、全面が真っ白い画像にしかならなかっただろうと思います。 開催目的の中に「雪のない本州の人にも冬の北海道の魅力を感じてもらい・・」という文面があるんですけど、果たして吹雪を魅力と感じるかどうか・・このイベントが屋内で行われたのか、延期になったのか中止になったのか、まだ確認していません。
吹雪と言えば、14日(木)に仕事で留萌に行きました。 先週火曜日の段階で既に、当日は暴風雪になることが予想されていたので、早めに出発しました。 高速道路は50km規制ながら何とか走れましたが、深川ジャンクションから先は(無料だから?)マジメに除雪していません。しかも風向が道路に直交しているので、横風で車体が流されるし吹きだまりが出来てる・・らしいんですけど、出来てるのか出来てないのかさえ分かり難いほどの視界不良で、路肩の雪堤がどこにあるのかもよく見えないんです。 3時間半くらいで留萌に着いたからまぁ善しとして、仕事の打ち合わせが順調に30分間で終わり、昼食のために食堂に入りました。 留萌に来たら魚だろうと考えて「焼魚定食」を選び、「魚は何ですか?」と尋ねたら「ニシンです。」とのこと。 ぶ厚い身のニシンが塩焼きになってる姿を想像し、多過ぎて食べ切れなくても困るので「結構大きいんですか?」と確認すると、「そうですね、このくらい、開きになってて・・」という説明でした。(←この時点で気付くべきだった) ほどなく他の2人の料理は出てきたのに、自分の料理はなかなか出てきません。そりゃぁ、ぶ厚い身のニシンを焼いてるんだから時間がかかるだろう、と思ってました。仕事の目的は先に済んだのだから慌てる必要も無いし。 やっと運ばれてきた皿には、確かに開きになって焼かれた魚が寝ていました・・でも、ニシンにしては体形がスリムだし、数の子も白子も無いし、身の表面が黄色っぽい茶色になってます。 さすが、黄金岬の近くで獲れるニシンは黄金色をしてるのか、とツマラナイ事を考えながら食べてみると、悪い予感は当たっていました。 これは、我々が「ホッケ」と呼んでいる魚であって、何のことはない、ただの「ホッケの開き」を焼いた郷土料理ですよ。内地から来た観光客なら珍しいかも知れませんけど、子供の頃から食べ(飽き)てる魚ですからね。(←なら早く気付けよ) キャンセルして焼き直してもらう、という方法も考えられますが、ニシンの在庫があるのかどうかも怪しいし、もう一度焼き直してたら、さっきより余計に時間がかかってしまいますよ。ぶ厚い身のニシンですから。 こんな悪天候の中を走って戻るんだから、いつ札幌に帰り着けるか分からない・・ならば、速やかに食事を済ませて立ち去る方を選ぶべきです。 帰りは高速が所々で通行止めになってて、4時間半くらいかかって着きました。ぶ厚い身のニシンを諦めて正解だったんです。(←まだ言うか) 恐らくですけども、留萌地方の方言では、我々が「ホッケ」と称している魚を「ニシン」と呼ぶんでしょう。(爆) 群来の再来を夢見て、手近にいる見慣れた魚をいつしか「ニシン」と呼ぶようになったのではないか、と推察されます。 地元の人間同士で言い合ってる分には誤解を生じませんが、初めて聞いたよそ者は誤解してしまったのだろう、と考えて(無理に)納得しました。 ・・でもそれじゃぁ・・留萌地方の方言では、数の子の親魚を何と呼ぶのだろうか?という疑問が湧いてきます。 小平町鬼鹿の海岸に聳る「旧花田家番屋」に展示されてる「モッコ」に付着している銀色の鱗を持った、油を搾り取った魚糟を肥料にする、ぶ厚い身の魚を何と呼ぶのだろうか? 「数の子の親」なんだから「カズ」ですかね。 別に、留萌に恨みを抱いてる訳じゃないんですよ。 ワタシ、食べ物の事はどうでもいいタチなので。 「萌」という字が入ってるだけで光栄なんですから。
2007年10月06日
先日、洞爺湖町へ行ってきました。 虻田町と町村合併する前の「洞爺村」だった頃から、「洞爺村国際彫刻ビエンナーレ」という国際彫刻展が、文字通り2年毎に開催されています。→関連記事 合併で自治体名が変わっても、世界的なイベントの名称を変える訳にはいかない(変えたくない)ので、今後も「洞爺村~」あるいは「TOYAMURA International Sculpture Biennale」のままです。(*注) 今年は第8回に当たるので16年間続いていることになり、私は第1回から毎回見に行ってます。 片田舎の小さな村(当時)なのに、国際彫刻展を企画して、世界に向けて作品を募集して、応募作品が到着したら審査をして受賞作品を決め、図録を作って、作品を展示して・・という作業を毎回続けているんです。 サミットの開催地に決まった今でこそ、洞爺湖で国際的な活動を行うのは不自然ではありませんが、初回当時は「なんで洞爺村で?」と思ったもんです。作品展会場の玄関に掲げてあったサミットグッズ(笑) 確かに、洞爺湖の周囲には色々な彫刻作品を据えてありますが、それらは日本人の作品がほとんどで、わざわざ世界中から作品を募集して展覧会を開く、ということが不思議でした。 東洋の端に位置する小さな島国の、北の端にある小さな島の中の、小さな村が企画した小さな展覧会に、果たして応募する芸術家がいるのかどうか、応募があったとしても誰がどうやって審査するのか、展示できるような施設はあるのか、と、疑問ばかり湧いてきました。 運営も施設も小じんまりで、手作り感たっぷりなのが、却って良いのかも知れません・・その作品展を見るためだけに洞爺村まで行く、という人間もどうかと思うでしょうけど。 作品展は10月21日まで開催されており、無料です。 会場は、洞爺湖温泉とは対岸にある「洞爺総合センター」の中の1室で、場所は分かり難いですが、「とうや・水の駅」を目指して行けば、看板が立ってます。
会場前から見た雷雲 前日に続いて今日も雷雨で、昼間なのに電光が見えました。
順序としては、札幌を出て小金湯にある「サッポロピリカコタン」をまず見学しました。 ここは、展示品に触ってもいいし写真を撮ってもいい、という変わった施設です。でも、展示してある品は昔に作られた物ではなく、新たに作られたようです。![]()
アプローチにあるレリーフは、シマフクロウが魚を捕まえて飛んでいる姿のようです。
入口の前でシマフクロウが迎えてくれます。
屋外展示:男のトイレ(左)と女のトイレ(右) 展示用なので使えません。
こっちの現代風なトイレを使うこと・・似てるかも。
これは・・トイレではなくて祠のようです。
ピリカコタンの場所は、小金湯温泉の「桂不動」の隣です。
そこを出発して間もなく、道路が全く流れなくなりました。道路工事かと思ってしばら~く待つと救急車が中心部の方へ走り去って、少し進んだ先で事故がありました。(最近、よく出くわすなぁ)
留寿都の道の駅にある、浪越徳治郎さんの胸像 命の泉ではなく、飲み水が出るようです。 帰りは、豊浦、虻田、伊達、壮瞥、大滝の道の駅に寄って帰ってきましたが、途中のあちこちで道路工事をしてました。 サミットが行われるんだから、こんな縁石も無い道路じゃだめだ、って工事してるんだろうなぁ・・と最初は思ってましたが、光ケーブルらしき物を敷設してる工事もありました。これって、サミットの取材拠点から全世界に報道するための通信ケーブルなのか?? 道の駅でも観光案内所でも、サミット関連グッズを売ってました。饅頭とか、Tシャツとか、帽子とか、絵葉書とか・・ サミット会場のホテルは、ホントに山のサミットにあります・・昔は確か、ゴルフ場のちっぽけなクラブハウスだったのに。 近付いたり写真を撮ったりすると、官憲から怪しまれるから・・
*注(作品展の案内パンフレットより): 平成18年3月27日に洞爺村は虻田町と町村合併をし、「洞爺湖町」となりました。洞爺湖町となりましても、「洞爺村国際彫刻ビエンナーレ」の名称で継続します。
2007年09月21日
先週末に士別へ行った折、ホテル「道の駅」で寝てると(騒音や寒さで)朝早く目が覚めるので、17日の早朝に幌加内方面へ散策に行ってきました。途中で見た、霧がかかる山林と畑地の風景 近くの路上には、トンビ1羽とキタキツネ1匹が横たわっていました。酔って寝込んでいた訳じゃないだろうと思いますけど。 エゾリスが横切ったりもして・・この辺は横断歩道が無いので止むを得ません。 道の駅「森と湖の里ほろかない」のすぐ手前に、
何やら怪しい看板と石碑が立っていたので、堀 淳一先生になった気分で調査しました。こういう手作りの怪しい看板は大好きです。
旧深名線の「第三雨竜川鉄橋」を建設する工事で犠牲者が出たことと、深名線が廃止になって鉄橋も撤去されるのが惜しくて保存されることになったこと、などが書かれていました。 詳しく知りたい方は↓拡大画像(420KB)を読んで下さい。 http://www.consadole.net/account/kariki/images/20070921-13.jpg
保存運動の甲斐あって鉄橋は残されましたが、レールはありません。堀先生が向こうから歩いて来るような錯覚を感じます。
道路脇の斜面の上から眺めると・・良い感じの霧に包まれて、廃虚に相応しい雰囲気です。 幌加内町は、(非公式に)日本一寒い町であり、蕎麦の栽培面積が日本一広いし、日本最大の人造湖(朱鞠内湖)がある町です・・自慢していいのかどうか迷う話ばかりですけど。(蕎麦は嫌いだし) 道の駅の物産館は8時に開館するので仮眠しながら待っていましたが、懸念した通りに(蕎麦関連の商品以外は)何もありませんでした。
物産館の屋根には、雪結晶を思わせる六角形の模様が軽く?あしらわれています。
何となくクリスタル:物産館の扉にも雪結晶のオブジェが付いています。内側の扉では、巨大な蛾が羽を休めていました。
幌加内町の街灯にも、雪結晶が使われています。 ここにも蛾が止まってるし。 「せいわ温泉ルオント」という温泉施設はすぐ隣にあって、
壁や柱に雪結晶が描かれています。
しかし、ここの売店が開くのは10時で、それまで待っていては試合に遅れてしまうので諦めました。 士別へ戻る途中の郊外にトヨタのテストコースがあって、「士別試験場」と言うらしいです。 高い柵で囲まれた構内は撮影禁止なので写真はありませんが、昔、道路脇に雪が積もっていた時期に雪の上を歩いて小高い丘まで登り、写真を撮ったことがあります。(撮影禁止って知らなかったから) 士別市の隣の剣淵町は「絵本の里」であり、今度の週末でオープン一周年を迎える道の駅の名前も「絵本の里けんぶち」となっています。 「絵本の館」の入口にあるモニュメント
この施設のテーマは「たまご」のようです。建物の形も卵形だし、卵形をした部屋もあるし、その部屋の中に「木の砂場」があって、卵形をした木の玉砂利が10万個も入った平たい桶の中で、木の玉をかき回したり滑り台から滑り込んだり出来ます。 昔、この「絵本の館」が旧役場庁舎を利用していた頃にも訪れたことがあります。その建物のドールハウスのような雰囲気も捨て難かったんですが、宇宙船や潜水艦のようなカラクリっぽい現在の建物も良い味を出しています。
以前にも訪れたことがある屯田兵屋は修復・復元された建物であり、板壁は現代の材料を使って古臭い色に塗装されています。 明治の建築であるはずなのに、最近訪れた「明日萌駅」(昭和初期という設定)よりも新しく見えるのは、著しい違和感を生じさせます。(屯田兵の末裔の感想) この辺の地域にはスキー場が多く、 ・ぴっぷ(北嶺)スキー場 ・和寒東山スキー場 ・剣淵びばからすスキー場 ・名寄ピヤシリスキー場 と、それぞれの町毎にスキー場があって、昔は週末に2泊3日とかして5・6ヶ所のスキー場を武者修行して回ったもんです。 スキー場の駐車場で車中泊するのは結構寒く(冬だから当然)、それに比べたら最近の道の駅には売店や温泉まで揃っていて、極楽浄土か竜宮城か、と思うほどの快適(怠惰)な時間を過ごせます。
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作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。
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