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作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。
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2014年06月17日
たまには試合の話もせねば。 ゴールデンウィークから、北海道カブスリーグU-15と同U-13が始まっています。 1部・2部ともに8チームからなり、各チームがホーム&アウェイの14試合ずつを闘い、9月23日に最終結果が出ます。 6月15日に第6節まで終了しましたが、コンサ札幌U-15と同U-13だけは第5節の試合日が6月21日なので、試合数が少ない状態です。 それでも、コンサ札幌U-15が2位、U-13が3位に付けており、今週末には1位になる予定です。 今年1部に復帰したコンサ旭川U-15は5位、同U-13は4位と、意外なほど(と言っては失礼ながら)、健闘しています。ある程度は予想していたものの、ここまで食い込めるとは思いませんでした。 先週末までに観戦した試合について、簡単にまとめておきます。なおコンサ旭川の試合は、会場の都合もあってあまり観れていません。
例年、第1節は前年の1位チームと8位チームとが対戦するカードがあり、コンサ旭川は前年8位の扱いですから、コンサ札幌と当たります。 第1節(4/26@東雁来・東) コンサ旭川U-15(白) vs コンサ札幌U-15(赤黒)こういう対戦って、両チームのメンバーを見なければならないから大変です。旭川の3年生選手はほとんど分かりますが、一冬見ない間に印象が変わってしまって戸惑う選手もいます。 両チームともシーズン初めだから勘が戻っていないのか、暑くて動きが鈍いのか、眠くなるような展開で前半は(0-0)のまま終了しました。 後半26分に山保がドリブルで突破を狙うチャンス
40分に加藤の左クロスからヘディングが入ったけど、オフサイドでした。
結局は(0-0)の引き分け、前年の1位と8位との試合らしくはありませんでした。 まだ4月だというのに日射が強くて暑く、春だから油断してて腕が日に焼けてしまいました。 4月29日に行われたカブスリーグU-13の第1節は、コンサ札幌U-13(7-0)コンサ旭川U-13だったようです。
第3節(5/24@コンサG) コンサ札幌U-15(赤黒) vs 札幌ジュニアU-15(紫) 凹凸に波打つ見応えのある雲に覆われていて、南東風が冷たいです。 前半20分に宮崎が右からエリア内に入って打ったシュートが決まって先制しました。(1-0) 35分にFKを与えるピンチとなりましたが、GK西が直接キャッチしました。後半29分に左寄りから打ったシュートがGKを越えて入りました。(2-0) 42分に右から攻め上がるチャンス
(2-0)で勝利しました。 午後に行なわれた、コンサ札幌U-13 vs 札幌ジュニアU-13の対戦では、時々小雨が落ちてきました。 前半4分に抜け出して打ったシュートが右に入って先制しました。(1-0) 20分の右CKがバーに当たり、こぼれ球を押込んで追加点を上げました。(2-0)
終了間際のビッグチャンスはオフサイドになりました。
後半は3点を加え、トータル(5-0)で勝ちました。
第4節(6/1@コンサG) 空が霞んでいて、北西が肌寒いです。札幌市の鳥であるカッコウが鳴いていました。 コンサ札幌U-15(赤黒) vs クラブフィールズU-15(オレンジ) 前半は攻め込まれるシーンが多く、カウンター主体の攻撃になっていました。得失点なく(0-0)で折り返します。 後半9分に得た右CKが風で曲がってGKがはじき、再びCKとなったけどファー側の角に当たって出ました。 15分に佐藤の突破から得点して先制しました。(1-0) 21分に相手のハンドでPKを得て、大屋が蹴ったボールはGKにはじかれましたが、
こぼれ球を自ら押し込んで追加点とします。(2-0) 30分に右から船戸がキープしながら攻め込むチャンス
32分に佐藤の右クロスから大屋がシュート、DFがクリア出来ずに入りました。(3-0)
5月31日に行なわれたカブスリーグU-13の第4節は、コンサ札幌U-13(6-0)クラブフィールズU-13 だったとか。
第6節(6/15@石狩SSS) 時々、雨がポツポツ落ちてきます。ここではウグイスの鳴き声がしきりに聞こえました。 SSSは、石狩市にある創成高校人工芝グラウンドの隣に、専用の人工芝グラウンドを作ったらしいので、ひと月ほど前に偵察に来ました。 チームカラーのプレハブが立っています。コンサ札幌U-15(赤黒) vs SSSU-15(黄青)の試合は、9時開始だと思っていたら30分ほど早く始まったようで、会場に着く前に1点先制していたようです。 20分に菅野が左から打ち込みました。(2-0) 26分の左CK
36分にSSSの左クロスからシュートを打たれて失点しました。(2-1) 39分に左から山保が打ったシュートは左へ外れます。
後半19分に攻め込まれて、至近距離から打たれたシュートは正面でキャッチできました。
25分にはGKをかわして右から打ち込み(3-1)、38分にFKからの混戦で押し込んで突き放しました。(4-1) 他の用事があったのでU-13の試合を観ずに帰りましたが、コンサ札幌(1-2)SSS だったそうです。
コンサ札幌U-15は5節まで終了して4勝1分、同U-13は4勝1敗です。 コンサ旭川U-15は6節まで終了して2勝1分3敗、同U-13は4勝2敗です。
2014年06月11日
千歳市の蘭越に「さけの里ふれあい広場」という施設があるとどこかで見たので、ついでがあった時に寄ってみました。 この施設は「千歳サケのふるさと館」とは違って、「千歳中央孵化場」だった施設に併設されています。
千歳市内から支笏湖に向かって千歳川沿いに支笏湖公園線を遡り、もうそろそろかと思った頃にそれらしい施設があったけど、パンフレットに載っていた写真とは少し雰囲気が違います。ここは千歳市の「蘭越浄水場」でした。この周辺は「名水ふれあい公園」になっています。 トイレに寄ったついでに施設内を覗くと、ロビーに飛行機が展示されていました。
「北海1号機」の原寸大模型だそうで、元々は千歳空港に展示されていた再現機体が、持て余されて千歳市に寄贈されたそうです。余ったから譲るというのは、少し失礼な話かと感じますが。笑 前庭では雨量と気温を測っているようです。
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さらに支笏湖方面へ進んで「烏柵舞橋」(うさくまいばし)から右手に入り、サイクリングロードに沿って進みます。 川の傍に「さけの里ふれあい広場」があり、展示館と体験館(背後)という建物がありました。 こちらが展示館
最近、水産試験場が統合されて、水産総合研究センター北海道区水産研究所・さけます資源部の「千歳さけます事業所」と変わったようです。 歴史的なお勉強は、サケの増殖事業3「千歳ふ化場の建設」あたりを参考にして下さい。 展示館のロビー中央にあった混種水槽
魚種別の水槽もありました。
ショーケースに収まっていた、字体からして古い時代物の看板
新しい標板も展示されていました。
これは和人が作った法律であって・・
体験館の方は、時期外れなので特に面白い仕掛けはありませんでした。 前庭には、「鮭鱒人工孵化発祥記念碑」が立っています。
川沿いに立つ孵化施設群
これは下流側の半分で、上流側にも色々とありました。 雨量や水位などを測っていました。
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これが目当てじゃなかったんだけど、近くの道沿いに「ウサクマイ遺跡群」の看板が立ってたので見学しました。ウサクマイ遺跡群は、千歳川支流の内別川周辺と千歳川沿いに広がっており、孵化場があるくらいだから昔から遡上する鮭が採れたんでしょう。 しかし内別川の周辺は、名水100選に選ばれている「ナイベツ川湧水」という水源地(蘭越浄水場の上流)なので立入禁止になっており、見学できるのは千歳川沿いのウサクマイC遺跡だけです。
遺跡の大部分が内別川の流域にあって、見学できるのはウサクマイ遺跡群の、ごく一部に過ぎません。 プチ原始林のような佇まいで、あまり人工的な手が加えられていない様子。
苔むした倒木もあちこちにあります。
遺跡群の一部といっても、かなりの数の住居跡が分布しています。
ここも別の住居跡
写真では分かり難いですが、案内板が立っていなくても住居跡だと分かる窪みがたくさんありました。←土地家屋調査士か?
オオバナノエンレイソウとか、ニリンソウとか、春の花が満開でした。
2014年06月05日
先月、後述の用事で日高の平取町・二風谷(にぶたに)へ行きました。 ここには「二風谷アイヌ文化博物館」があり、この博物館については以前に「馬と木彫りの里に春の訪れ」という記事で紹介しました。 今回は「萱野茂二風谷アイヌ資料館」の方を訪問しました。 そもそも、「萱野茂資料館」に展示してあった収蔵品を平取町に寄贈して「文化博物館」が開館したという経緯ですから、こちらの方が先輩というか本家に当たります。
交通費・宿泊費の10万円に比べたら、入館料の400円は安いもんだと・・大昔にここを訪れた時には、こんな看板は無かったような・・その頃は、受付に萱野さん本人が座ってました。 萱野茂さんは、アイヌ初の国会議員となりました。
そのお陰か、アイヌ民族を取り巻く環境がずいぶんと変わった気がします。国際的に先住民の権利が認められるようになったことにも後押しされているんでしょう。 萱野さんの言葉なんですが、 『アイヌ民族の考えでは、天から役目なしに降臨した物は一つもない。虫でも、鳥でも、どんな生き物であっても、食べ物を奪い合うことをせずに分け合って食べていたものでした。しかし、今生きている人たちは、その心を忘れてしまいました。その挙句に、原子力と言う悪魔の火。これは人類全部が天に向って唾を吐き続けている様なもの。その唾が、私共の顔に戻るであろう事を案じています。』 と案じながら7年前に亡くなって、(3年前に原発事故が起こって、)現在は息子さんが資料館を継いでいます。 館内の写真撮影は自由なので自由に撮影していると、次第に写真を撮るのが面倒になってきました。
もっぱら個人的に興味がある種類:マキリ(小刀)・タシロ(鉈)
ゴザで囲まれた小屋の中で、熊が昼寝をしてるのか、死んだフリをしているのか
資料館の二階には、世界の珍しい(怪しい)文物が展示されていました。何か珍しい物があったら当館に寄贈して下さいとも・・ 上は2mほどの大きなチョウザメですが、下は中国に棲む世界最大の淡水魚で「鰉魚:ホアンイユ(エンペラーフィッシュ)」と呼ばれる魚だそうです。
チョウザメと似てますが、口が下を向いてて、サイのような角が出ています。 資料館と続いてる別棟の建物は「顕彰記念館」的な広い部屋で、萱野さんの功績とか足跡とかを記したパネルが貼られ、壁にはスクリーンがあったので、ビデオなども上映するのでしょう。 蝦夷鹿の角を組み合わせて作った椅子とテーブル・・座り心地を確かめてみれば良かったかな。
資料館の横には丸木舟が三艘重ねてあり、裏には怪しげな小屋が保管されていました。
想像するに、これは「奉安殿」ではないかと・・後述の小学校が建て替えられた時に、捨てるに捨てられなくて資料館に寄贈されたのかも。
さて今回の主目的ですが、以前の記事で紹介したイタの作者である藤谷憲幸さんが6年前に亡くなって、その奥さんがご主人の作品を手許に集めておきたいと言っていた、という話をどこかで読んだので、このイタは奥さんにお返しした方が良いのではないかと考えていました。 私が持っていても宝の持ち腐れになる恐れがあるし、必要とする人の手許にあるのが一番良いだろうと思われます。 そうは思い立っても暦がなかなか吉日にはならず(笑)、伸び伸びになっていました。 憲幸さん(木彫り)と奥さん(機織)は、萱野茂資料館の裏にあった「ポロチセ」という小屋でアイヌ工芸の実演をしていたんですが、その小屋は火事で焼失してしまったので、現在はどこで作業をしているのか分かりません。 萱野茂資料館の受付でポロチセがどの辺にあったのかを尋ねたところ、藤谷さんの居場所を教えて頂きました。 二風谷の中心街というか工芸品店が集まる「匠の道」に沿った、「藤谷民芸」で作業しているとのことなので、お邪魔して奥さんに事情を説明しました。 かなり驚かれましたが(そりゃそうでしょう)、間違いなくご主人が彫った作品でした。 以前は作品に自分の名前を入れてなかったそうですが、萱野さんに言われて名前を入れるようになったそうです。「名前を入れたお陰でこうして戻って来た」と喜ばれました。 何だか、肩の荷が下りた気がします。 イタと引き換えに、ご主人の作品を掲載した写真集を頂いたのですが、
私自身もこの写真集を発行したことは知っていたので、どこかに売ってないか(あるいはネット上で閲覧できないものか)と探していたけれど、自費出版のような非売品なので見つかるはずもなく、大きな図書館などには納入されている程度でした。 私としては、この写真集は頂いたのではなくお預かりしたもので、全ページをスキャンしたらお返ししようかと考えています。発行部数も少ないので、また別の人に見てもらえる方が役に立つだろうと。 昨年、二風谷の工芸品「二風谷イタ」(盆)と「二風谷アットゥシ」(樹皮糸の反物)が、北海道で初めて経済産業省の「伝統工芸品」に指定されました。 以前からそういう申請はしていたんですが、「日本は単一民族の国家だ」とか言う政治家がいるほどの国ですから、日本の伝統工芸品は指定されてもアイヌ工芸品は指定されていませんでした。 アイヌ工芸品はやっと日の目を見る時が来たけれど、憲幸さんは間に合わずに59歳で亡くなってしまいました。 写真集の中に古い建物が写ってたので、どこにあるのか教えて頂いて見てきました。
明治44年に二風谷尋常小学校が新築されるのに伴って建てられた、「旧二風谷青年会図書館」だそうです。 後で調べると、北海道で2番目に建てられた図書館とのことで、それがこの町にあること自体が驚きなほどですが、かなり傷んでいます。 この玄関の屋根に跨っている棟飾りも、後に藤谷憲幸さんが彫ったそうです。
2014年05月30日
網走地方はそう頻繁に来れる訳でもないから、去年見過ごした場所や新たにリストアップした箇所を訪問しました。 今回の宿営地は、津別町にある道の駅「あいおい」にしました。 昔は近くのチミケップ湖にアメダスがあったし、湖畔の佇まいも浮世離れしてて良い雰囲気で眠れるのですが、湖に通じる道路が通行止めになることもあるので避けました。
ここは、旧相生線の終着駅だった北見相生駅の跡地で、「相生鉄道公園」となっています。
線路を挟んで駅舎と反対側に道の駅があるのは珍しいかも。 客車をライダーハウスとして無料開放している他、
構内除雪車や貨車・緩急車なども展示してありました。
正面側から見た駅舎
機関庫も残ってはいるんですが、扉が倒壊して向こうを見通せるくらい、無残な姿を曝しています。
ターンテーブルの跡が分かるけど埋められています。
トロッコも漕いで動くのかどうか・・
官舎も残されてますが、人が住まないと荒れるものです。
津別町営バスの待合室に変わった駅舎内から事務室を撮影
時間外で店じまいしてた道の駅には「クマヤキ」という幟が立ってて、クマヤキとは・・くまモンでも焼いた物なのか・・と思ったら、黒い羆と白熊の色・形をした「たいやき」のペアで、ここの名物らしいです。 2日後にドームで熊本と引き分けたのは、このたいやきを食べなかったせいに違いない・・熊本には羆も白熊もいないけど。
翌朝は早い時間に津別峠からの眺望でも・・と思ったら、展望台へ登る道路はまだ冬期間の通行止めでした。 寄り道が無くなったもんだから網走に早く着き過ぎて、世間が活動を開始するまでの時間を利用して小清水の原生花園駅へ行きました。 童話チックな原生花園駅この駅はSTVのライブカメラ「小清水原生花園」によく写っています。 オホーツク海の手前に広がる砂丘地
内陸側には花と野鳥があふれる(←想像)涛沸湖
網走へ向かう列車を見送ったのに、戻る途中で追い抜いてしまいました。笑
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能取湖の南岸にあった旧湧網線・卯原内(うばらない)駅の跡地も交通公園になっています。保存状態は良好で今にも走り出しそうなSL(49643号)
これは多分、線路跡だろうと思います。
バス停が「網走市鉄道記念館、卯原内小・中学校資料館」となっていましたが、入館できないし、内部を撮影した写真を見せるほどの価値はありません。(参考)
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サロマ湖南岸の幌岩山に、「サロマ湖展望台」があります。 新車だったら走りたくないような、細くてカーブと傾斜がきつい砂利道をしばらく登ると、展望台に着きます。常呂方面とキムアネップ岬
砂洲が切れた湖口部分
漁港と道の駅「サロマ湖」を見下ろす光景
道の駅はちょうど(というか運悪く)お祭で混雑してました。
湧別町の旧湧網線・計呂地(けろち)駅の跡地も交通公園になっています。屋根を掛けられて静かに余生を送っているSL・C58139号
ナンバープレートはオリジナル品じゃないみたい 対称的な構造の跨線橋がオシャレっぽいです。
ホーム側から見た駅舎も塗り直されたようです。
駅舎内部の展示品を窓越しに撮影
駅舎の隣に「駅長の家」(not官舎)という小屋がありました。元は保線区の詰所だった建物で、大人500円で泊まれるらしいです。 道の駅「愛ランド湧別」は観覧車もある遊園地そのもので、黒山の子供だかりに辟易して早々に立ち去りました。
北見方面には危険なトラップ(notネズミトリ)が何ヶ所かあって、迂闊に入り込むとしばらく脱出できなくなるし、何も買わずに店を出ると警察に通報されそうな気がするし。笑 まずは置戸のオケクラフトセンター(森林工芸館)門柱に立ってるのはフクロウのような・・。 工房の内部を見下ろすことが出来ます。(今日の作業は終了)
他にも色々あって、丸瀬布の木芸館は、道の駅「まるせっぷ」そのものです。 津別の「木材工芸館」には今回は寄らなかったけど、建物の中に大木が聳えています。 遠軽の「木楽館」(もくらくかん)は初めて訪れましたが、建物自体が遊んでる感じで面白いかも。
2014年05月24日
本命のミッションとしてアメダスの佐呂間と置戸常元を探索するついでに、遠軽町や網走市、北見市の周辺にある遺跡を見学してきました。 ほとんどの施設は、かな~り昔に見学したことがあるんですけど、予習・復習は(老化防止のため)大切ですから。 昔はぐにゃぐにゃだった北見峠を越えて、天狗岳にあった北大雪スキー場まで何度も行ったし、高山植物が多い平山に登ったこともあります。
直線になった分、退屈にもなった旭川紋別道を白滝ICで降りて、遠軽町の白滝地区(旧白滝村)にある「白滝ジオパーク交流センター」を訪れました。ここは昨年オープンした遠軽町役場白滝総合支所で、2階に「遠軽町埋蔵文化財センター」があります。 白滝地区の周辺には古代に黒曜石を採取していた露頭があり、黒曜石(主成分はSiO2)の石器工場や石材の一大産地だったから、文字通り「シリコンバレー」と呼ぶべきハイテク地域だったはずで、ここの黒曜石はサハリンや新潟県にまで運ばれているくらいです。 他にも、地質鉱物や地理、文化などを現地学習できるジオサイトがたくさんあります。
露頭から黒曜石を採取するのは禁止されているけれど、河原を歩けばいくらでも黒曜石が転がっています。それが黒曜石だと見分けられれば、の話ですが。 玄関前の柱は表面に黒曜石を貼り巡らしてありました。白滝産の黒曜石には、茶色の石も多いのが特徴です。
道内では他にも、有珠山や三笠、アポイ岳にジオパークが設けられています。 館内を巡ってると、見覚えのあるポスターが。笑
これは一昨年の防火ポスターですが、幸いにもここに写ってる選手達は今期も在籍しており、背番号も同じなので違和感なく使えています。(祝!J1昇格!・・という文字は見て見ぬフリ) 当然ながら石器時代の遺跡がたくさんあって、膨大な石器が出土しています。右奥の山頂部に描かれているのが黒曜石の露頭だろうと思います。
しかし川の中州のようなぬかるみは、重たい象ならば足を取られて歩けないはずで・・そんな恰好の獲物を見過ごして石槍なんか作ってる場合ぢゃないですよ。 溶岩が噴き出して冷え固まり、黒曜石が出来る様子を説明する映像が、壁と床をスクリーンにしたシアターに投影されます。
展示室の床に作られた黒曜石の道
出土した石器の破片をジグソーパズルのようにつなぐと、元の石の形を復元できます。
気が遠くなるような作業ですけど、どうやって石の塊から石器を打ち欠いたかが分かり、地域によって技法が異なります。 遠間栄治氏が発掘した資料を展示していた、私設の遠軽郷土資料室の看板が残っていました。
そもそもここに展示されている遺物は、遠軽町の「太陽の丘えんがる公園」にあった資料館で見た気がします。
そこで、遠軽まで足を伸ばして「先史資料館」に行ってみると、閉館していました。やはり、展示していた資料は白滝の埋蔵文化財センターへ移管したとのことで、資料が出土した白滝村へ里帰りした形になります。 以前は、白滝村で出土した遺物を隣の遠軽町で展示していたことになりますが、現在の白滝地区は市町村合併で遠軽町の一部になったし産地のジオパークに近いし、という理由なんでしょうか。 ついでに、遠軽町の郷土館も見学しました。
背後の大岩は遠軽のシンボルである「瞰望岩(がんぼういわ)」で、アイヌ語の「インカルシ」(見晴らしの良い所)という呼び名が遠軽町の地名になったという由来だそうです。 田舎町の古い郷土館にしては(という言い方は失礼なほど)、丁寧に説明を付して整然と展示してありました。これで入館料150円では安過ぎる。 JR関係の工具:上の2本は、レールの間隔を測る軌間ゲージです。
元々は精密なゲージなんですが、それを使う人間が40mmの違いを放置しておいたんだから・・。 戦争中の遺物:かなり揃ってるし、今でも使えそうな保存状態。
町内の医師が使っていた医療器具
器具の名称を読むだけで怖いです。笑
町外れに、「六號野上驛逓跡」という碑があり、その隣に「愛馬四號之碑」という墓もありました。 瀬戸瀬(せとせ)地区の国道脇に、「山神」と刻まれた石碑が立っていて、
屋根まで設けられている石碑は珍しいです。 「山の神建立の由来」と書かれた碑文によると、
ここも前報で紹介した中央道路(囚人道路)ですから、突貫工事による犠牲者が多く出ました。 後に駅逓の管理人として入った人物が旧囚人宿舎を住居にした時には、裏手に67本の墓標があったとか。 夜毎に「助けてくれ」という声やうめき声が聞こえるし、洪水で墓標が流されてしまったので、山から運び出した石で碑を建てて供養しているそうな。 夜は道の駅「あいおい」で寝てましたが(続報)、そんな声は聞こえませんでした。霊感の無い人間ですから。
翌日は朝早く起き過ぎたので、時間調整を兼ねて方々に寄った後、昨年リニュアルした網走市の「モヨロ貝塚館」を見学しました。ここは「網走市立郷土博物館」の分館という位置付けですが、旧貝塚館は昭和40年に開館しています。 本館の方は「北見郷土館」として昭和11年に開館し、モヨロ貝塚からの出土品などが基礎になっています。設計は田上義也で、当時は画期的な建築だったんでしょうが、以前の訪問時には歩くと床がギシギシ言ってました。 「貝塚館」自体が貝塚の上に立っているので、周囲には遺跡が残っています。
奥に見えるのは復元住居で、オホーツク文化と類似したニヴフ人に依頼して建てたとか。 竪穴住居の発掘跡
右隅に集合しているのは熊の頭骨で、オホーツク文化人が熊を崇拝する精神が、アイヌ文化に継承されたとも言われています。 竪穴住居の跡地は、埋まり切らずに窪みが残ります。
これは墓地を再現したもので、
オホーツク文化では仰向け・屈葬の姿勢で埋葬し、頭に甕を被せます。その甕の底だけが地表に出て、墓の目印になっていたとか・・。 貝塚館で買った書籍などを入れてくれたビニール袋には、「モヨロ座」というシールが貼られていました。
どうみてもカシオペア座の形ですが、その並びを「M」に見立て、背景にはオホーツク式土器に貼り付けられた「ソーメン文」と呼ばれる特徴的な文様を描いてあります。
続いて、北見市常呂(旧常呂町)にある常呂遺跡も見学しました。 これは「ところ遺跡の館」で、外観は竪穴住居をイメージしています。周辺の「ところ遺跡の森」の中には、埋蔵文化財センターや復元住居が配置されています。
なぜに立入禁止なのかと思ったら、崩壊していました。
こっちの住居から古代人が出てきたと思ったら現代人でした。
2014年05月18日
昨年は発見できずに積み残してあった、アメダスの佐呂間と置戸常元をリトライしました。→ルクシ峠の事故と竜巻災害、鹿ノ子ダムと旧武華駅逓 冬の間に十分な下調べをしておいたから確信を持てるし、峠道の雪も融けたので北見峠を越えて網走地方へ向かいました。 遠いとは言えたった2ヶ所だけだから1泊すると行程に余裕が出来てしまうので、ついでに他の地点もフォロー調査し、周辺の文化施設も見学してきました。
アメダス探訪「佐呂間」の巻(2014/5/3) 町の中心部に近い西富地区の研修所が立つ角を曲がり、畑地になった丘の上で並木の先に立ってました。ただし並木からは十分に離れていて、ほぼ畑に囲まれています。
逆光になってるけど敷地の全景
雪が積もったら美瑛や富良野のような景色になるかも。 オホーツク海側だというのに、積雪は90cmくらい積もるようです。
住宅地が迫ってきているけれど、当分は大丈夫か。 風向風速計など:並木との距離はこの程度
前回は通過した、竜巻災害の慰霊碑に寄りました。
裏に立つ碑文と犠牲者9名の名簿
向かいの丸太を積んである空地に、プレハブの工事事務所がありました。
被災現場を峠の方向から:右端に写ってる柱とは別物ですが、道路の向かい側に立ってた道路標識の柱が、暴風で根元からポッキリ折れました。
直径が30cm近くあるポールなのに、引きちぎられるように折れていて衝撃的な写真でした。 置戸へ向かう急勾配な丸山峠の手前に、傾いた怪しい案内柱が立っていて、
広い空地の端に碑が立っていました。 中央道路とは旭川から北見へ向かう道路のことで、昔は白滝・遠軽を経由して、生田原を通らずにこの峠を通って留辺蘂から北見に通じていました。
別名「囚人道路」とも呼ばれ、網走監獄の囚人を使役して過酷な土木工事を行なったため、多くの犠牲者が出ました。 北見地方には、この種の慰霊碑があちこちにあります。中には「鎖塚」とか「山神」と名付けられた碑もあります。
アメダス探訪「置戸常元」の巻(2014/5/3) 旧鹿の子温泉の少し手前で、道道から北側へ入る道があって、既に正面の突き当たりにアメダスが見えています。 突き当たった広場に立つアメダス
左側には石碑が立っています。 ここに置戸町の常元小学校がありました。→参考
昭和37年に廃校となっています。 上にリンクしたページには教員住宅と思われる家屋が写っていますが、今回はありませんでした。 ここに校庭があったのかなぁ?
さてアメダスですが、ここでは雨量だけを測っています。
北見地方って全般に雨量が少なく、北見や網走では年間800mm前後しか降りません。(札幌では1100mm、胆振中部では2000mm前後) 地形図に記されていた神社がここにあったんでしょう。
この地域の鎮守だったはずです。 道路に近い場所に廃屋が残っていました。
でも、近くに新しい生ゴミが散乱していたりで不可解な光景。 鹿の子という地名になるくらいだからか、鹿の糞も落ちていました。 園芸植物が生えているのは明らかに人間が生活していた痕跡で、
周囲には洗面器や湯呑茶碗、水道管、電柱などが残っていました。
翌日に、前回はあずましく写真を撮れなかった湧別に寄りました。 アメダス再訪「湧別」の巻(2014/5/4)左横にある建物は地震計でした。 周囲は畑地で開けています。
風向風速計など
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さらに帰宅途中に、旭川空港にも寄りました。 アメダス再訪「東神楽」の巻(2014/5/4) ターミナルビルの向かい側からアメダスに接近しました。左側が雨量計と温度計など、右側が風向風速計(ダブル)で、
これでも十分に近いけれど、双眼鏡で拡大します。
大雪山を背景に左が視程計、右は計器着陸誘導装置(ILS)です。
2014年05月12日
ヤマトナデシコ七変化~ by 小泉今日子 とは関係がありません。 ・・それって、いつの話?←30年も昔の歌らしい。 いつも地下鉄の駅へ向かう途中(・・つまり、試合へ行く途中)に、キューピー(株)札幌支店の前を通るんですが、その事務所の窓際に、キューピー人形が外を向いて立っているんです。 キューピー人形っていつも裸だと思ったら大間違い、ちゃんと衣装を持ってるどころか着たきり雀じゃなくって、服装が季節に合わせて変わるんですよ。ドーレくんより衣装持ちかも。 たった3分で料理を作れるんだから、着替えなんて1分もかからないんでしょう。 残念ながら、その生着替えの場面を目撃したことは無いんですけど。
JR北海道バスの停留所前に立つ札幌支店アヲハタの下に、いつも注目する窓があります。 ベースというか、デフォルトというか、オーソドックスなお姿。←実は、透明な衣装を着ている。
モミジのようなお手手? 春のイースター時期(注釈付き)
こちらは前年の掲出状況
さっぱり意味不明なので、問い合わせが多かったから注釈を付けたのかも。 2013年の運動会シーズン
ここにもいる右上の人形は何の添え物? 微妙に鉢巻の色が違う2014年バージョン
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風呂上がり夏祭りというか花火大会の浴衣姿秋の収穫というイメージ
葡萄を見るとワインを連想してしまう悲しい性 もちろん、冬は寒いから重装備です。
写真を撮る方も大変なんですが。笑 この窓はちょうどバス停の前に当たり、バスを待ってる間に眺めてると退屈しないんでしょう。 壁の下にある花壇の縁が腰掛けるのにちょうど良くて、重宝されてるだろうと思います。 こういう地域貢献の仕方もあるんだなぁ・・と。
2014年05月06日
去年の春に、500m美術館で「質感覚 -Sensitivity to Texture-」展という展覧会がありました。 ここで面白かった作品をいくつかと、現在開催中の「北の脈 -North Line-」展(~6/27)からも作品を少し紹介します。 もちろん、独断と偏見に基いて取り上げているので悪しからず。
渡邊希(のぞみ)さんの作品:「女こゝろ」たわませた麻布に漆を塗る「乾漆技法」を用いているそうで、横から見ると凹凸がよく分かります。 乾漆とは仏像を作る時などに使われる技法で、軽いけど頑丈な像を作れます。 こっちは黒いシリーズ←上は「赤いシリーズ」か?
漆は基本的に黒と赤が基調色ですから。 ピカピカに光るモジュールと艶消しのモジュールとを交互に並べてありました。 吉田茂さんの作品:「風が吹いて」 と 「波が来て」
表面にわざと「ひび割れ」を作る手法だそうで、これが難しいらしい。 中橋修さんの作品:「内包」- 時と場と人の内に包まれて 今 ここにいる -
近くで見るとよく分かるんですが、見る角度によって赤くも見えるし黒くも見える作品です。 最近の展示から 杉山留美子さんの作品:「HERE-NOW あるいは妙光」
平らなキャンバス上で微妙に色が変わっていて、こういう感じの作品をあちこちの展覧会で見かけます。 磯崎道佳さんの作品:「モップの生活」
モップを材料にしてつなぎ服と帽子を作るだけじゃ飽き足らなくて、これを着て帽子を被って「モップマン」となり、部屋の中を歩き回っている映像を右下に映していました。 辞書で調べたら、「a mop of hair」と言えば「ぼうぼうと生えた髪の毛」を意味するんだそうです。 作者によると、モップの使われ方は人間の一生と似ているんだそうで、なるほどと思いました。 野又圭司さんの作品:「遺跡」
「城壁に守られた高層ビルとその周辺に広がる難民キャンプ」という説明があり、色々な解釈が可能でしょう。 ここの連絡通路のタイル壁って、周到にデザインしてあるに違いない。
大通駅とバスセンター前駅のテーマカラーを連続的に切り替える工夫なんでしょう。 初めて気が付いて写真を撮ったつもりなのに、以前にも同じ写真を撮っていたというマヌケさよ・・。 こんな作品もありました。(一種の常設展示?)
2014年04月30日
4月19日(土)・20日(日)に東雁来公園と札幌アミューズメントパークで、JFAプレミアカップ2014 supported by NIKE(U-15) の北海道大会が開催されました。→開催要項、結果(いずれもPDF) この大会は世界大会が頂点で、その前に日本大会があって、さらに北海道大会があります。文字通り「北海道とともに、世界へ」という標語を手短かに実現できる(かも知れない)、稀な大会です。 北海道大会に出場できるのは、前年の高円宮杯(U-15)北海道大会で上位だった4チームです。 昨年の高円宮杯ではコンサ札幌U-15が優勝し、準優勝がアンフィニ、3位がスプレッド・イーグル、4位が札幌ジュニアとなって、この4チームでトーナメントを行います。 決勝が行われた20日はトップチームの試合があったので、19日に行なわれた準決勝しか見ていません。
コンサ札幌U-15の横断幕(左)とNIKEのバナー(右)準決勝@東雁来公園・東ピッチ(2014/4/19) 札幌ジュニア(紫) vs コンサ札幌U-15(赤黒)
コンサ札幌のスタメンは、GK:櫻庭、DF:加藤・佐藤有・山本・宮崎、MF:佐藤大・原田・菅野・飯野、FW:山保・大屋 でした。 試合時間は40分ハーフです。 雁来の寒さを忘れてた訳ではないけれど、雲は無いながら北西の向かい風が冷たく、目から涙が出てきます。 7分に大屋が打ったシュートの跳ね返りを、佐藤大が余裕のヘディングで押し込んで先制しました。(1-0) 10分にCKを与えたものの、当方のCKとなるチャンスが少なくとも5回ありました。 16分のCKにファーからヘディング
ゴール前で弾んだボールが惜しくもバーを越えたりしましたが、前半の得点は1点のみで折り返します。(1-0) 後半に向けて交代は無く、7分には右サイドから突破を許したピンチは、打たれたシュートが右ポストに当たって助かりました。 直後に飯野が左を突破して深い位置からシュート、右隅に入って追加点となりました。(2-0)
13分に、加藤に代わって船戸が入り、22分には原田に代わって大古場が入りました。 27分に船戸が右を突破してシュート、これは弾かれたものの左から佐藤大が押し込んで点差を広げます。(3-0)
この後で、飯野に代わって鹿内が入り、山保に代わって馬場が入りました。 後半もCKのチャンスが多く、32分に得た右CKでタイミングが外れたように弾んだボールがGKの頭上を越えて入った・・と思ったらオウンゴールだったようです。(4-0)
ここで櫻庭に代わって西が入り、菅野に代わって福田が入ったようで、さらに終盤には、宮崎・佐藤大・大屋がアウトして宮下・竹本・田中が入ったようです。 無難に勝って決勝へ進みました。 20日に行なわれた決勝は見てませんが、コンサ札幌U-15が(3-0)でスプレッド・イーグルを降して優勝し、5月3日から5日までJ-GREEN堺で行われる全国大会へ出場します。
東雁来公園の東側(豊平川の方向)で、市営住宅の建設が始まりました。ここは、「東雁来団地」(仮称)と呼ばれるようです。H28年までに3号棟まで建設し(各5階40戸)、そのうち今年の秋までに1号棟と集会所が完成する予定らしいです。→1号棟の完成予想図 市の資料(PDF)によると、「子育て支援住宅」という位置付けだそうで、就学前の児童がいる世帯が、小学校を卒業するまで入居できるそうです。
やっぱり地下鉄を延伸せねば・・「雁来団地」という(当てずっぽうな)名称も当を得ていたんですねぇ。笑 病院の向こうでは、排水ポンプ場の建設も始まりました。 サッカー場ならともかく、市営住宅が水に浸かったら大変ですから。
2014年04月24日
昨年の秋に新千歳空港と函館空港を訪問し、最近になって旭川空港を訪問しました。 海外旅行に行くとか、飛行機の写真を撮影するとかの目的ではなくて、単にアメダス探訪です。
アメダス探訪「千歳」の巻(2013/10/26) アメダス千歳は新千歳空港の「新千歳航空測候所」にありますが、緯度・経度を基に地図上で探したりGoogleの写真で調べると、送迎デッキからは遠過ぎて見難いはず・・ならば、国道から入った方が撮影しやすいだろうと思って某所に行き、フェンス越しに撮影しました。ここはSTVライブカメラの「新千歳空港(滑走路側)」という地点で、航空機写真の撮影家が集まる「生コンポイント」です。たまに脚立を使ってフェンス上から撮影してるシーンもライブカメラに写ってたりします。 双眼鏡を通して写した観測器群と鶴丸のJAL機
ロビー内から札幌方向を眺めると、政府専用機の格納庫と気象レーダーが見えます。
まるで、サッカーボールかモスクのような外観をした気象レーダー
国際線のロビーにて:良いアイディアだな
どうせ、持ってたって自国の通貨に換金できないんだから、身ぐるみ置いていけと?・・紙幣まで入ってるよ。
アメダス探訪「高松」の巻(2013/10/29) アメダス高松とは、函館空港出張所のことです。 函館へ行かねばならない用事が急に発生してしまったので、ついでに空港へも寄りました。ここが観測サイトのようです。
双眼鏡でズームアップすると、
奥は海上保安庁の格納庫で、到着したHAC機が横切っています。 右遠方には函館山が望まれます。
空港内には、アイヌのニマ(鉢)などの彫刻作品がディスプレイされていました。貝澤徹さんの作品です。
左はフクロウがトンボの尻尾を咥えている構図のようです。 逆光だから見難いけど、エムシ(刀)とマキリ(小刀)
函館らしいと言えばらしいヒラメ
この空港も北海道の玄関口ですから、新千歳空港や札幌駅のようにイランカラプテ仕様になっています。
函館まで行くんだから、昨年は暗くなって周囲の状況がよく分からなかった八雲をリトライしました。 アメダス再訪「八雲」の巻(2013/10/29)駅裏のマーケットの駐車場の脇にあります。 そこに停めないで駐車場の仕切りの中に停めて欲しいのですが。
JR八雲駅の跨線橋と測器
風向風速計と日射計と超音波式積雪深計
太平洋側なのに、平年の最深積雪は80cmも積もるんですねぇ。 ついでに「木彫り熊」発祥の地・八雲町の郷土資料館に寄りました。→参考(音が出ます)
展示品を撮影できないのが残念ですが、ここのコレクションがすごいです。 徳川さんが欧州旅行の折に現地で買い集めた土産物品や、木彫り熊のモデルとなった民芸品などが並んでいて、垂涎物でした。 しかしなまじ入場無料なせいで、付近の幼稚園から大挙して散歩にやってきて、展示室まで入ってきて喧しいしまとわり付くしで、折角の価値あるコレクションを落ち着いて見ていられません。やっぱり有料にすべきだと思いました。 森町の鷲ノ木にも寄りました。 箱館戦争の時に榎本軍が上陸した地点(の近く)は歴史公園になっており、石碑が立っています。
詳しい説明文ですが、
例えば、かつて城郭とか陣屋が有ったけど今は無い・・のであれば「跡」という表現も適切だろうけど、「上陸地」自体は昔も今も同じ位置なのだから、「跡」は不要なのでは? 上陸した海岸には着船の図もありました。こっちは「上陸地」のみ。
ここの近くに津波堆積物の層が見える崖があるらしいですが(北海道地質百選)、近付けませんでした。 次回は鷲ノ木で発掘されたストーンサークルも見学せねば。
アメダス探訪「東神楽」の巻(2014/4/13) アメダス東神楽とは、旭川空港出張所のことです。送迎デッキから見て右の方にあるだろうと思っていたら、左の方にありました。
向こう側の外周を回る道路があるようだから、次回は近くから確かめてみようかと。 駐車場の横にある空港レーダー(not気象用)
東神楽まで来たら、隣町・東川町のコンサフィールドに寄りますよ。
まだ雪が残っていて、練習に使える状態ではありませんでした。 名峰・大雪山の勇姿・・まだまだ滑れる
大雪アリーナや道の駅、旭川市博物館の前を通る道路は行き止まりだったのに、新しい橋(クリスタル橋)が出来てJR旭川駅の横へ出られるようになりました。
この橋の上からは、JR駅と忠別川と大雪山とが並ぶ素晴らしい景色が見えたんだけど、橋の上で止まる訳にもいかないし、駐車場に入れて橋まで歩いて戻るのもなぁ、と思ってるうちに撮影の機を逃してしまいました。 なんとなくクリスタルな橋だから、略して「なんクリ橋」と呼ばれるんだそうです。(滝川クリステル談)←大ウソ
これで、道内に残ってる未踏のアメダス地点は、離島の6ヶ所を合わせて9ヶ所のみとなりました。 生きてる間に「日本百アメダス」踏査は難しいかな?などと思っていたのに、既に200ヶ所をかなり超えてしまいました。 最後まで残るであろう日高地方の1ヶ所は立入禁止だからどうしようもなく・・まぁ、敷地が広い施設内だから観測に支障があるとも思えないし、観測要素は雨量だけだし・・。 現代はリモコンのヘリを飛ばして上空から撮影する、という奥の手もありますが、牧場内で寛いでいる動物を驚かせてはマズいだろうし。
ブラジル人DFのパウロンが不用意なパスから先制点を許し、おまけにオウンゴールも献上して自ら交代を申し出たとか・・うちのチームの話かと思ってしまいましたよ・・夢に出てきそう。
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作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。
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