カレンダー

プロフィール

作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。

最新のエントリー

月別アーカイブ

リンク集

カテゴリー

コメント

検索

チェンバロのコンサート

2011年03月24日

3月21日(月・祝)の午後に北大の総合博物館で、「ポプラチェンバロ演奏会 Vol.10 ~チェンバロのある風景~」と題したチェンバロ主とするコンサートがありました。

この演奏会は、3月19~21日に行われる「博物館まつり」に伴う企画演奏会だったのに、15日になって「一旦中止のお知らせ」が発表されました。
この時期に、「まつり」という名称のイベントを開催する訳にもいかなかったのでしょう。

これで、チェンバロのコンサートも延期されてしまった・・と落胆していたら、

3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震で被害に遭われた方々に心よりお見舞い申し上げます。被害のあまり及ばない地域の方々におかれましても心安く過ごすことが難しい中、このような時にこそ音楽が求められると考え、演奏会を実施いたします。

というアナウンスが書かれていてホッとしました。
音楽で元気をもらって働き、たくさん稼いで、たくさん募金せよ・・と。


 
主役のポプラチェンバロ・・個人的には「ハープシコード」という呼び名の方が好きなんですけど。
チェンバロに生まれ変わったポプラ
表面は塗装していないのか、木の肌がそのまま見えます。

このチェンバロは「ポプラチェンバロ」と呼ばれ、2004年に襲来した台風18号に伴う暴風で倒された、ポプラ並木やハルニレの木材を再利用して作られています。
→横田ハープシコード工房の製作過程、チェンバロアカデミーのコンセプト

ポプラって、成長が早いから並木として植えられるはずなので、そんなスカスカな木質が楽器の骨組みとして適材なのかどうか疑問でしたが、意外にも『北大のポプラは軽さと固さのバランスが楽器用材として理想的な感触、往時のヨーロッパの名工達が好んで使ったポプラと大変よく似た材』なんだそうです。

床には、水琴窟かと思うようなバケツが並んでいます・・保湿効果?
水琴窟か
チェンバロはピアノと違い、湿度の変化によって弦の張りが狂うので、演奏家自身が調律もこなすそうです。
考えてみれば、ほとんどの弦楽器は自分で調律して使うんだけど。

 
演奏会に備えて天板が開かれています。
スタンバイ
弦は細い真鍮で作られていました。

椅子の座面は優佳良織のようです。
椅子と鍵盤と譜面台

演奏は3部からなって全部で2時間近く、各部の合い間に休憩(調律を兼ねる)が挟まります。
チェンバロのみならず、リコーダーやビオラ・ダ・ガンバ、バイオリンなどが加わる他、声楽や朗読もありました。

昔、NHK-FMに「バロック音楽のたのしみ」という番組があって聴いていたけど、朝早いせいで随分と遠ざかっていましたが、しばらく振りに再会した気分です。

休憩時間には、内部の構造や音を出す仕組みを解説してくれました。
「弾いてみてもいいですよ。」と言われましたが、下手なのがバレるから遠慮しました。
「赤黒の勇者」を弾きそうになったのは秘密
白鍵の材料は柘植、黒鍵は黒檀だそうで、ここは流石に倒木ポプラを使う訳にはいかないでしょう。

倒木でチェンバロを作ってしまったことも凄いですが、その「モノ」を飾っておくだけじゃなくて、「動態保存」するための演奏ボランティアが組織されており、札幌以外に旭川や釧路、足寄から駆け付けるというのも驚愕(ハイドン)です。

 
台風18号の被害状況の写真集「烈風一過 北大キャンパスの樹々風と共に倒れぬ
当時は、市内のあちこちで色んな被害がありました。
→道新の写真集「台風18号 道内での被害」

倒木ポプラの木材を再利用して作られた作品は、他にも色々とあります。
壺、ラブフルート、額縁、トレイ、ペン立て、造形作品・・
倒木更新←違う

とぼけた顔をした梟の彫刻:これはハルニレ
北の眼(まなざし)
ミュージアムショップでは、携帯ストラップになったプレートや黒板消しも売っています。

 
当日は春分の日でした。
大樹の影
暖かくなった陽射しがエルムの幹を(向こうから)照らしています。

北大の「すべり止め」ですから、効果は覿面ですよ、きっと。
滑りそうな時にお使い下さい

・・でも、油断は禁物です。
確実な効果を保証するものではありません



post by 雁来 萌

21:37

雑念 コメント(0)

日が長くなって焦る春分

2011年03月22日

昨日は春分の日、明日は「世界気象デー」だそうです。
→世界気象デーについての気象庁の報道発表資料

今年の世界気象デーのキャンペーンテーマは、「気候、あなたのために。」だとか・・英文では「Climate for you」という、どこかで聞いたような標語です。

 
春分の日とは春分になる日で(アタリマエ)、正確に言うと21日の08時21分に春分点を通過しました。

この瞬間は計算だけで決められる結果じゃなくて、あくまでも観測結果に基づく予測です。(予測も軌道計算だけど)

なぜなら、春分点というのは宇宙空間に固定されている方向じゃなくて、少しずつズレていきます。
しかも、地球の公転や自転だって他の天体の重力や、海流や地震の影響などもわずかに受けるので、厳密には近くにならないと春分(の日)は確定しないんですね。

従って、何十年も先の春分の日を予め発表しておいても、途中で変わる可能性が無い訳でもないです・・が、来年のカレンダーに祝日を入れる作業を進められなくて困る、というほどの不確定さでもないです。


 
簡便的に春分の日の日付を知るには、「閏年とその次の年は3月20日(その他の年は21日)」と覚えておけば、西暦2025年までは間に合うことになります。

ついでに秋分の日は、「9月23日(ただし閏年だけは22日)」と覚えておけば、西暦2044年までは間に合います。

そんな記憶方法を知ったとしても、1年も経たないうちに忘れてしまうのがオチですけど。

春分の日の夕暮(2011/3/21@札幌管区気象台)
カラスがいないぞ

 
どこだかの印刷会社で、(サムライが東を向いたためか)11月が31日まであるカレンダーを作ってしまったそうです。

次の鬼門は西暦2100年かな・・この年は閏年じゃないのに、2月29日を加えるミスをしでかしそうで。
自分がそこまで長生きしてるとも思えないから、2月29日が有ろうと無かろうと構いませんが。


春分といえば彼岸で、彼岸といえば 棚からぼたもち 墓掘りですよ。

今冬は北区や東区の方では雪が多かったんだろうけど、清田区の方は「ひょっとして多めかも・・」という程度でした。
→札幌管区気象台の降雪・積雪旬別グラフ(PDF)

上旬のドーム除雪で数日間は腰が役に立たなくなったのに懲りて今回は無理しませんでしたが、墓(というか植木)を掘り出すのに問題はありませんでした。

 
日が長くなったせいか、最近は夕方まだ明るいうちに職場のチャイムが鳴ってしまい、「もうこんな時刻なのかっ!」と焦ることが多いです。
チャイムが鳴ったからって帰宅する訳じゃなくて、宵っ張りになってしまうから困るんですけど。



post by 雁来 萌

21:11

気象細事記 コメント(0)

選抜:U-17日本代表

2011年03月21日

U-18チームの堀米悠斗くんが、3月20日から4月6日まで行われる、「U-17日本代表 メキシコ遠征」のメンバーに選ばれました。
→JFAのトピックス、HFCのニュース

JFAの方では「3/20~4/6」となっていますが、20日と21日に何をするのかは(私には)分かりません。

 
原発の事故によって避難指示の範囲が半径20km以内に広げられた時、Jヴィレッジはどうなるんだろう? とか、JFAアカデミー福島はどうなるんだろう? と思いました。

その後、アカデミー福島のメンバーなどは避難したと報じられて一安心はしたものの、代表のメンバーにはアカデミー福島の松本昌也くんも含まれています。

彼の出身地は大分の中津らしいので被災地の地元ではないにしても、通ってる学校は被災しただろうしトレーニングにも不自由しているだろうと思っていたら、アカデミー福島はトレーニングの環境を確保できており、引き続き協力をお願いするとのトピックスがJFAから発表されました。



雁来練習場の隣にある雨水貯留池では、積んであった雪を崩して路面に広げ、融雪を早めてるようでした。
貯めた雪を取り崩す

お好み焼きを連想してしまいます。
鉄板焼き


ユースの選手達も、土曜日に駅前通の「地下歩行空間」で募金集めの呼びかけをしていました。
自分としては、壁や床などに使われている石材に最も興味を感じたんですが、何か変?

避難所としても利用可能ではないかと思える地下歩行空間(誰か、良い通称を考えて下さい)には、各地の市町村の物販ワゴンが並んでいました。

これは「JAなかさつない」のお店で買いました。(えだ豆3兄弟?)
えだ豆3兄弟
左側の「フリーズドライそのまま黒えだ豆」は、ビールのつまみに良いです。
中央の「えだ豆カレー」はボリュームがあり、災害時の非常食にもなります。
右側の「枝豆タマフクラ甘納豆」は、昨年頂いたら絶妙な味だったので、また買いたいと思っていたオススメ品です。

羊のまち「士別」のワゴンで買った「サフォーク種」のストラップ
羊顔か
黒い部分が羊ヶ丘←羊顔か?

 
地上に出ると、地震で信号機が倒れてて・・
LEDに交換するの?
と思ったら工事中なだけのようです。電球をLEDに交換するのかな。

時計の針は強い揺れが始まった時刻で止まってて・・
こんな時計ほしぃ
と思ったら1時間早いです。雪の形をデザインした素敵な作品です。

 
早く給料を振り込んでくれぇ~!
義援金も
義援金の振り込みのせいで募金の資金を引き出せなくなったりしたら、シャレにならないよ。


瓦礫の荒野、離れた土地への疎開、天皇のお言葉、食料の買い出し、水運び、炊き出し・・まるで終戦後のような状況ですね。

土曜日に買い物に行ったら、「電池1人○本まで」とか「カップめん△個まで」などと細かくレジ横に書かれていました。
いつも買ってる何でもない品物1個でさえ、カゴに入れて並ぶのに気が引けてしまいます。

近いうちに、「リンゴの歌」(not ビートルズ)でも再び流行するんじゃないかと・・。



post by 雁来 萌

08:00

メンバー コメント(0)

豊平川の歴史と受賞メダル

2011年03月19日

3月21日(月・祝)の午後に北大の総合博物館で、チェンバロのコンサートが行われます。
→案内

当日は、3月19~21日に行われる「博物館まつり(実は一旦中止)の期間中だから込むだろうと思って、一足先に「豊平川と私たち その生いたちと自然」という展示などを見に行きました。


地震に伴って、英語のテストが中止されていました。
中止中

総合博物館(旧・理学部本館)の正面に掲げられた横断幕
ホンカンは博物館である
イベントの看板が左右に立てられています。

肝心の「豊平川」関係の展示の写真はありません。
資料に見入っていて写真を撮るのを忘れていたし、展示室の中は撮影し難いですから。

代わりに、パンフレットの裏側をお見せします。
札幌市街之真景
明治6年の風景で、藻岩山、砥石山、円山、百松沢山、三角山、手稲山(とわずかの市街地)が識別できます。

海底から噴出した藻岩山の成り立ちや、石狩低地帯の形成とか、支笏湖火山の噴火に伴う火砕流とか、札幌周辺の扇状地の形成などを、パネルをたくさん使って分かりやすく説明されていました。

歴史的にかなり下って、豊平川の流路の変遷とか、市街地の変化とかも面白かったです。
特に古い札幌市街の地図を見ると、由緒ある古い建物などが描かれていて、現在の情景と比較すると隔世の感があります。

因みに、雁来練習場の北方にある豊畑神社は、大正初期の地形図には既に記されていました。
札幌監獄(参考)は、もっと昔から苗穂村にあったし。

 
館内の一室に、鈴木章先生が受賞したノーベル賞の、メダル(右下)と賞状(左)が展示されていました。→案内(展示期間は21日まで)
受賞メダルと賞状
3個作られた公式レプリカのうちの1個ですから、本物のメダルであるような、ないような・・。

見えない振りも出来ない注意書きがあったので、
遠慮したくないんですけど
残念ながら、メダルに接近した写真は撮れません。

代わりに、これ・・はメダルじゃなくって、一等重力点です。
一等重力点

近くの床下に、地球の重力を測る基準点(の一つ)の「札幌GS」があります。→全国マップ
ガソリンスタンドでもグループサウンズでもありません
重力加速度は、大まかに9.8 m/sec^2 と覚えているでしょうけど、細かく言えば場所によって変わります。
ここでの重力値は、980.47757 Gal(ガル=cm/sec^2)だそうです。

梟が止まる「アインシュタインドーム」の北壁
くだもの、ひまわり、こうもり、ふくろう・・四字成語
朝は果物、昼は向日葵、夕方は蝙蝠、夜は梟が象徴してるんだとか。(1日4交代勤務?)

正門近くの歩道に、こんな表示がありました。
カーボンなの?
発熱する布を「カーボンナノチューブ」を用いた技術で作った・・らしいですが、気付かず足げにしてしまいました。

 
ヨドバシカメラの斜め向かい(北東)の一角にあるビルの中に、石川啄木の下宿があったことを示すコーナーが設けられています。
啄木鳥も見かけなくなった
昔はこの位置に「北七条郵便局」があって、局舎の前に「石川啄木の下宿跡」という看板が立っていました。

昔の郵便局の局舎がここに写っていて、懐かしいです。

鈴木先生が今月11日に母校で受賞記念講演を行っていたら、その最中に先日の地震が来たそうです。



post by 雁来 萌

20:57

雑念 コメント(0)

スマイル for チャレンジ

2011年03月18日

最近、自宅でパソコンに向かっている間、BGMとしてゴスペルや賛美歌を聞いています。
声楽は好きじゃないんだけど、何となくしっくりくるので。

元々私はテレビというものを全く見ないし、真冬でも暖房を使わないし、天体観測をしてたから暗がりも平気だし、野宿もするし・・という、かなり省エネな人間なので、今さら改めてエネルギーの使用量を減らす余地はあまり思い付かなくて困ります。

 
まるで、地獄の苦行のような災難に襲われている地域もあります。

以前に「他力的に本願寺展を鑑賞」という記事で書いたように、今年は「世のなか安穏(あんのん)なれ」という年だったはずですが、安穏どころか(Unknown な)暗澹たる状況に陥っています。


予告もなく突如として、こんな状況に置かれた被災者の境遇を慮るに、HFCのスローガンロゴ決定のニュースを見直すと皮肉に見えなくもないですが、そこは考え方次第でしょう。

Challenge for Smile


説明文によると、「中央の縦に“11 for 12”と並べることで、クラブを支えるサポーター(12)のために、選手たち(11)がチャレンジをするということを表しています。」という意味らしいので、選手の皆さんには募金でも何でもチャレンジしてもらいたいところです。

 
ところで最近、この「11」が「11日」に見えてきました。
3月11日に遭遇した試練に立ち向かい、安堵の笑顔で迎えられる(であろう)復興の日に向けてチャレンジする、という意味にも解釈できるかな?と。

被災の当事者にしてみれば、他所の自治体の知事から「天罰だ」と言われるのに等しいかも知れませんが、当分の間は、前向きな強い気持ちで(たまには力を抜いた方が良いけど)堪えて頂きたいと、遥か遠くからもどかしく念じています。

山口百恵の歌にありました・・「秋桜」でしたっけ。
「苦労はしても 笑い話に時が変えるよ 心配いらない」

過酷な運命の下で起こった事は元に戻せないけど、復興した後になってから現在の苦境を思い出して笑えるかどうか(スマイル for チャレンジ)、それは現在の努力にかかっているかも知れません。

 
高校時代に、よりによって地学の授業中に震度5という地震に遭いました。(当初は震度6と発表されたけど、後で修正された)
教室が1階だったからみんな窓から飛び出したんだけど、真っ直ぐに立ってられないし、夜は余震であまり眠れなかったし、校舎は傾くしで散々な目に遭いましたが、その経験がクラスの結束力を強めたと思います。

試験勉強が好きな人って、そんなに多くはいないだろうと想像します。
勉強してる時は「こんな苦労して、一体、何の役に立つのか」と思うけど、将来になって役に立ちます。←立ってない?

 
これは元々、こちらの記事を読んで作った紛い物なんですけど・・

Smile for Challenge


そろそろカウンセリングも必要だろうと思っていたら、メンタルケアのスタッフも派遣されたらしくて、被災者は心強いでしょう。
香山リカさんによる「私たちができること」というアドバイスは、(今は)被災していない我々にも役立ちます。

 
天皇が映像で国民にメッセージを発したそうで、被災者や支援活動に携わる人達を励ましたいという希望からだとか。

真っ先に連想したのは、
「・・しきりに無辜を殺傷し惨害の及ぶ所まことに測るべからざるに至る・・職域に殉じ非命に倒れたる者及び其の遺族に想いを致せば・・時運の趨く所堪え難きを堪え忍び難きを忍び・・任重くして道遠きをおもい総力を将来の建設に傾け道義を篤くし志操を固くし・・(現代の文字にアレンジ)
という「終戦の詔勅」でした。
なんか、惨状や呼びかけの内容が、デジャ・ヴュのように似通っていると感じるんです。

それなのに残念ながら、やっぱりこうなるんですか?
それこそ、
「・・やたらと事件を起こしたり、仲間を押しのけたり陥れたりして互いに世情を混乱させ、人の道を誤って世界の諸国から信頼を失う・・(現代語訳)
ような事態になりかねませんが。

買い物に行って荷物をたくさん運べるような人は、2・3日食べなくたって飢え死になんかしないのにね。


自分は被災していないと思い込んでいたら、勤務先の給料が連休明けまで遅配する見込みだそうです。

営業成績が悪いのでもなく、地震の直接的な影響でもなく、義援金の振り込みが集中したために銀行でシステム障害が発生したんだとか。

災害ってホントに、いつ・どこで・何が起こるか予測できません。


被災地での放射線被曝検査に大勢の住民が殺到したそうで、この様子を見て、いずれ「放射線」と「放射能」と「放射性物質」との違いを説明しなければならないかな・・と思っています。

あの検査は、個人がどの程度「被曝したか」という検査ではなくて、どの程度「放射性物質を身に付けているか」、つまり「放射性物質がどの程度飛散したか」を測る検査になってます。

検査の時点で「放射性物質が付着していない」ということと、過去に「放射線を浴びなかった」ということとは、全くの別問題です。

付着していたら洗い流す(その必要は無かったらしい)けど、過去に浴びた放射線量を「無かったこと」には出来ません。



post by 雁来 萌

07:17

雑念 コメント(0)

完成近いトレセンハウス

2011年03月16日

アミューズメントパークの敷地内に建設中の「北海道トレーニングセンターハウス」は、正月明けから愛称を募集していましたが、応募締切の頃は忙殺されていて申し込めませんでした。(どうせ、大した名案は浮かばなかったし)
→道協会の記事完成予想図と周辺施設(PDF)

この施設は3月末に完成して4月から使用開始する予定らしいので、そろそろ工事用のネットも撤去されて、ベールを脱いだ全体像が明らかになるはずです。
・・はずですが、まだ明らかにはなっていません。

なお、4月15~16日に東雁来公園サッカー場で、「2011 U-13・U-14 HOKKAIDOトレセンキャンプ前期」と、「2011 北海道U-15・U-16 トレセンキャンプ前期」が行われます。
→道協会の開催要項(U-13・U-14U-15・U-16:共にPDF)

このうちのU-13・U-14の方は「北海道トレーニングセンターハウス」を宿泊場所とするようで、このあたりが、この施設の柿落としになるのかも知れません。

このブログでは、少なくとも愛称が発表されるまでは、名称を「トレセンハウス」と略することにします。


アミューズメントパークの南隣に建設中のトレセンハウス(2011/2/26)
アミューズメントパーク全景
緑色のネットがトレセンハウスで、右隣がクラブハウス、右端が屋内競技場です。

これは最近の様子で、工事の進捗状況を以下に順を追って紹介します。

土台のパイルを打つ穴を掘っているのかな?(2010/11/27)
穴掘り

基礎工事用のシェルターがかかりました。(2010/12/18)
中では基礎工事中?

1階部分の外壁の骨組みが見えます。(2011/1/22)
骨組み

緑色のネットに覆われました。(2011/2/12)
またカモフラージュ?

左下は勝手口なのか非常口なのか?(2011/2/26)
裏口?
この頃、道路脇でガス(厨房用?)の配管工事も行われていました。

少し経って西側から見た図(2011/3/5)
窓枠
写真では分かり難いですが、2階の窓枠が設置されています。

東側から見た図(2011/3/5)
たまにはこっちから

道路の雪は融けてきたけど、外観はあまり変わっていない?(2011/3/12)
春も近いというに
毎週のように・・いえ、あっちの方面へ行く用事があるだけです。

 
アミューズメントパークの北側の空き地も、今冬は雪の堆積場になっていました。(2011/2/26)
雪捨て場

今年は雪が多いようで、道路脇に植えられている街路樹が、雪に引き摺り下されて折れたり曲がったりしていました。

練習場の方向を示す看板も除雪作業のせいか壊れてしまい、跡形も無くなっています。


追記(2011/3/19)

ついに、秘密のベールが除かれました。
御開帳
・・こんな色なんですか?
赤黒とは言いませんが、ジャパンブルーとか、ラベンダーとか・・。



post by 雁来 萌

22:13

周辺環境 コメント(0)

津波のシミュレーション画像

2011年03月15日

ちょうど半年前に仙台空港を利用した時には、綺麗で近代的な空港施設だったのに、今は泥の海に覆われてしまいました。

国土地理院が撮影した空中写真などを見ると、あれまぁ・・と呆れても、これが現実ですから逃げられません。

仙台近郊に住むサポ友は「命は無事」と伝え聞くので、それ以外の事は二の次、という状況なんだろうと想像されます。

今の自分は、来るべき支援活動に備えて体力と財力を蓄えておくとか、次に訪れる災害に備えて防災の知識を提供することに努めています。

災害は必ずやってくるし、災害は(子供の誕生日や親の命日のように)忘れてはいけない事柄ですから。


 
「船頭多くして船山に登る」と言いますが、船頭がいなくても船が屋根に登ってしまったようです。
船屋根に登る

元々、船(や車や飛行機)は水の上に浮く乗り物ですから、津波に流されるのも道理ではありますが。

車に乗ってて川や海に落ちてしまった場合でも直ぐには沈まないし、居住空間が水で満たされない限り逆さまにはなり難いはずだから、慌てないで安全に脱出する方法を考えるべきでしょう。

窓を開けて脱出する・・バッテリーが水に浸かったらパワーウィンドウは使えなくなりますが、室内に水が入ってきてからの方が、ドアは開けやすくなるはずです。

パニックになったら、そんな理性は吹き飛んでしまうんでしょうけど、予備知識や覚悟があるのと無いのとでは慌て方も違うはずだろうし。

 
北大の地震火山研究観測センターの「地震・火山イベント速報」のページに、今回の津波の伝播をシミュレートした画像がありました。

ちょっと重たい(838kB)gifアニメですが、敵を知り己を知るために役立つと思って紹介します。

津波シミュレーション

震源域から広がった津波が海岸ではね返り、海上へ戻る波と震源域から来る波とが複雑に重なり合っていることが分かります。

こういうシミュレーションは、各地で観測された津波の波形をうまく説明できるように、断層モデル(断層面の大きさや向きや傾きや、ズレの移動量など)を色々と仮定して、その震源域で起こったズレによって海水が押され(引かれ)て生じた波の伝播を計算するものです。

画像のオリジナルURLは↓こちらです。
http://www.sci.hokudai.ac.jp/isv/assets_c/2011/03/tohoku-thumb-200x283-357.gif

 
どんな船よりも速いスピードで、高さ10メートルの水の壁が押し寄せてくるんですから、この敵にはちょっと敵わないな・・というのが正直な感想ですけども。



post by 雁来 萌

07:26

雑念 コメント(0)

なぜ「東日本大震災」と呼ぶ?

2011年03月13日

取りあえず自分の役目として、金曜・土曜は地震そのものの資料や報道記事などを収集していましたが、発表される情報の頻度が少しずつ下がって余裕が出てくるに連れ、どうにも「腑に落ちない感」が強くなりました。

今回の地震は、「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」と命名されました。
→気象庁の報道発表資料

ところが報道機関などでは、「東日本大震災」とか「東日本巨大地震」などと記されています。

大きな被害をもたらした地震の名称は、震源の位置や被害状況などを総合的に判断して決められるんだろうと思いますが、気象庁と報道機関とでの呼び方の不一致について以下に考えます。


 
まず「震源地」について:
気象庁が地震情報で用いる「震央」の地名は、地域ごとに呼び方が決まっています。

「震央」とは、「震源」を真上に移動させて地表とぶつかった地点(=深さ0km)なので、その緯度・経度は震源と一致します。

「震央」の地名のうちの、東北・関東・北陸・東海地方の地図がこちらにあり、今回の震源は北緯38.3度、東経143.3度(牡鹿半島の東160km付近・深さは約10km)だから、震央は「三陸沖」とされました。(後の詳報ではそれぞれ、38.1度、142.9度、120km付近、20kmに変更)

「三陸沖」とは、「青森県東方沖の南部と、岩手県沖と、宮城県沖とを合わせた地域」の東方海上です。

さらに、「三陸沖と、福島県沖とを合わせた地域」の東方海上は、「東北地方東方沖」と呼ばれ、青森県から福島県までが東北地方なんだから、震源については「東北地方太平洋沖地震」で何も矛盾を生じないはずです。

 
次に「被災地」について:
今回の地震や津波による被害が最も大きかったのは、疑いなく宮城県でしょう。

日本国内の地域名も呼び方が決まっていて、宮城県は当然ながら東北地方に含まれます。
原発が被害を受けた福島県も、東北地方です。

その東北地方は、「北日本」(=北海道+東北地方)に含まれます。
それなのになぜ、「東日本大震災」とか「東日本巨大地震」と呼ぶんでしょう??

この「東日本」というのは、関東甲信地方と、北陸地方と、東海地方とを合わせた地域名です。
「関東甲信地方」には、東京都、および栃木、群馬、埼玉、茨城、千葉、神奈川、長野、山梨 の各県が含まれます。

・・どこにも宮城県がありません。
最も被害が大きかったと思われる宮城県が含まれていなくて、地震の震源や壊滅的な被害が、関東地方を中心に起こったかのような呼び方になっています。

茨城県沖でも地震が起こったのは事実ですが、規模は1桁以上小さな地震であり、宮城県沖の「つっぺ」が外れてしまった為に、茨城県沖の断層面も動かざるを得なかった・・ようにも思えなくも・・。

 
こんな、余りにも我田引水的で間違った印象を与えるような呼称を使われたら、東北地方の被災者は憤慨するんじゃないでしょうか。

被災の当事者はそんなクレームを言ってる余裕が無いだろうから、自分に出来る事として(北日本に含まれる)北海道から言ってる訳ですが。

復旧のための融資を受けるにしても、地震の名称に自分の地域名が含まれていなかったら不利になるだろうし。

救援物資が東北地方を通過して関東地方に届くとか・・外国からの援助物資だって、まずは東京に着くんだろうから、ちょっと心配になりました。

 
羽幌港の験潮所(2008/4/24)
羽幌港験潮所
験潮所で観測した潮位の記録から、津波の高さを読み取ります。


以下も自分の役目として:

プレート地震の巣とも言える日本に住んでいる以上、同じような大地震が歴史的に繰り返し起こることは避けられず、「生まれて初めて体験した惨事」とか「観測史上最大の地震」とかいうのは、歴史の中のほんの一部分しか見ていないために生じる錯覚なのでしょう。

北海道の太平洋岸の地層中には、大津波によって押し寄せた砂の層が何層も残っており、今後も(何度でも)津波は押し寄せるものだと想像されます。

災害というものは、いつ、どこで、何が起こるか分からないので(分かっていて必要な対応を取れば災害にはならないから)、普段から(ほとんど起こり得ないと思われる事態まで)かなりの想像力を働かせておく必要があります。

試合が中止(延期)になることまでは、考えが及ばなかったんですけど。



post by 雁来 萌

22:21

雑念 コメント(1)

クラシックの開幕応援缶

2011年03月12日

他のスポーツチームのことは関知しませんが、コンサドーレのホーム開幕(と勝利)を前祝いして、『サッポロクラシック 2011年コンサドーレ開幕応援缶』が数量限定で3月8日に発売されました。
→HFCのスポンサーニュース

開幕試合が中止になるなんて夢にも思わないから、これは買わない訳にはいかん、と思いますよ。

いくらビールを飲まない人間でも、前回のお礼参りの意味も含めて大量に(ドラム缶で?)買うべきでしょう。

その上「数量限定」などと煽られたら、新調したばかりの15周年記念レプユニを質に入れてでも買わなければならない気になります。(させられます?)

ドラム缶と言わず、タンクローリーでもいいぞ?


 
・・とは思うものの、数量限定なのであればなおさらのこと、欲しい人みんなが入手出来るように・・一人占めしたりせず控えめに・・自分で消費できる程度に慎ましく・・などと考えた結果が、こうなりました。
ドラム缶6本
↑これがドラム缶? これがタンクローリー??
スケールが無いので分かり難いですが、実はこれは200リッタードラム缶の6本パックなんです。上に乗ってるのはエンブレムをデザインした羽毛掛け布団で、タオル32枚分の保温力があるので「三二タオル」と書かれています。
350ml缶×24本入りのカートンには三二タオルが付いてなくて、自分にとってはビールそのものよりも三二タオルの方に魅力があったんだもん。

明日に予定されていた試合で、ゴール裏はこんな趣向になる(or せよ)という意味だったんでしょうか。
ゴール裏に赤い★
ドームの天井まで赤くできたら、さぞかし壮観だろうけど。

ところで、ホントに来るんですか?
パッカパッカ
と疑っていたら、やっぱり来れなくなりました。河童の崇りがあったようです。


今週の水曜日は病院に行く日だったので、休みを取りました。
(決して、サッポロクラシックを買うためではありません)

ティータイムに白恋パークへ行くと、白い恋人の製造ラインをメンテナンス中で見学が出来ないらしく、そのお詫びとして白恋缶デザインのメモパッドも頂きました。
白恋缶デザインのメモパッド
何度も見てるから今日は見なくてもいいし、無料入場なのに申し訳ない。

せめてものお礼に、ラウンジでしまふく寮を遠くに眺めながら、
しまふく寮

雪が消えて緑色になったピッチを見下ろしながら、
今年も頑張ってくれぃ>芝

3時のおやつに「白いロールケーキ」を頂きました。
白いロールケーキ と カフェ・モカ ヘーゼルナッツ

ついでに「ケーク・パレット」(オランジェ)を買ってきて、これを夕食にしました。←変?
ケーク・パレット(オランジェ)
そのおかずが「ホッケの開き」だったなんて、口が裂けても言えない。



post by 雁来 萌

08:02

雑念 コメント(0)

選抜:U-16日本代表ほか

2011年03月10日

U-18チームに昇格する國分将くんが、3月15日から21日まで福岡で行われる「U-16日本代表強化試合(サニックスカップ)」のメンバーに選ばれました。
→JFAのトピックス、HFCオフィシャルのニュース

また、U-15チームの倉持卓史くんが、3月14日から18日まで静岡で行われる「U-16ナショナルトレーニングキャンプ」のメンバーに選ばれました。
→JFAのトピックス

 
國分くんは新入団選手紹介(U-18)で紹介したばかりなので、今回は省略します。

倉持くんは頼り甲斐のある選手で、ボランチ専門かと思っていたら去年はSBもやって、盛んにオーバーラップしていました。

共に、選抜:ナショナルトレセンあたりの記事も参考にして下さい。



雁来練習場の横にある「雨水貯留池」が、冬の間は排雪の堆積場になっていました。よいこはそりあそびをしてはいけません。
調整池ゲート

夏の間に降る雨を貯める池なのであれば、冬の間に降る雪を積み上げても不自然じゃないですね。
夏場の景色からは想像できない

最近は、もっと高く積まれています。(ホーマックから見た図)
なだれて来ないのか?
緑色のネットは、建設中のトレセンハウスです。(近日堂々?紹介予定)

 
練習場の駐車場への入口は、こんな感じに閉ざされています。
駐車場
こっちの地域では、今冬は何回かまとまって降りましたからねぇ。

用具庫は半ば埋もれています。
用具庫

今年は、いつ頃から練習に使えるのかなぁ・・。



post by 雁来 萌

21:05

メンバー コメント(1)