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作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。
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2014年12月11日
今年のU-18プレミアリーグWESTの最終結果は、柏レイソルU-18がダントツの優勝を飾ってチャンピオンシップへ出場する一方、コンサU-18は残留/降格ライン崖っぷちの8位に終わりました。→戦績表(PDF) 去年あたりは「どうせ優勝するなら、東京ヴェルディユースに勝って優勝したい」と思っていましたが、そのヴェルディが降格してコンサとはわずか勝点1点の差ですから、諸行無常の世界です。 7位から10位までは勝点差がそれぞれ1点ずつという、際どい順位争いになりました。
終盤の3試合を残していた時点で、勝点を一つでも積み足せば安心できる状況だったのに、やはりアウェイでは勝率が悪いという特技を如何なく発揮してしまいました。 自分的には最終戦となる第18節は勝てそうもないと思っていたので、来年はまたプリンスリーグのドサ回りで道内各地を巡るのかと考えると、時計の針が逆回転する如く昔に戻る気がしました。自分も一緒に若返るのなら構わないんですけど。笑 心配した通り最終戦は負けましたが、三菱養和SCユースも負けたお陰で残留することが出来ました。 残留できたことがまだ信じられなくて、夢を見ているような騙されているような気がしているのは秘密です。笑 得点ランキングでは平川くんが11点を上げて1位(同点で2人)になったのがせめてもの救いですが、この得点ランキングをよく見ると、下位チームの選手が多いです。 ということは極端に言うと、点取り屋はいるけれど他の選手はほとんど得点できない、という傾向にあるんでしょう。 三菱養和は総得点29点のうち2人で21点を占めている訳で・・コンサだって総得点19点のうちの11点を平川くんが取っているのだから人のことは言えませんが。 逆に上位のチームは、誰でも点を取れるという強みがあるんでしょうか。 以下は後半戦のハイライトシーン: 第10節(2014/8/24)清水戦で杉山くんのミドルシュート第11節(2014/8/31)柏戦で平川くんのシュート
第13節(2014/9/14)東京V戦で平川くんのヘディングシュート
第15節(2014/9/28)鹿島戦で平川くんのロスタイム同点弾
確かに、平川くんばかりだな・・。 プレミアリーグの残りの楽しみといえば、東西の優勝チームによるチャンピオンシップ・・ではなくて、プリンスリーグ北海道で優勝した北海道大谷室蘭高校が、参入戦を勝ち上がってプレミアリーグに加わることです。 そうなれば、道内で行なわれるホームゲーム数が増える訳で・・でも、トップチームの試合日程と重なる可能性が出てきそうですが。 さらに、プリンスリーグ北海道の2部から1部に昇格するチームも増えるという波及効果もあるから、実効の無いアベノミクスよりよほど有難いもんです。鬼に笑われてもいいけれど。 大谷室蘭はまず13日に大分トリニータU-18と対戦し、それに勝てば15日にアルビレックス新潟U-18 vs 米子北高校 の勝者と対戦して、それにも勝てば参入できます。→組合せ(PDF)
2014年12月05日
先月の中頃、白老・登別方面を巡ってきました。 白老町の「アイヌ民族博物館」は今年で開館30周年を迎え、11月30日まで特別展「共生の世界へ、松浦武四郎とその時代展」(PDF、2MB)が開催されました。 今年は松浦武四郎が蝦夷地を踏査してから150年に当たり、10月には三重県松阪市の「松浦武四郎記念館」と姉妹博物館の締結を行ないました。
博物館の敷地に踏み入ると、昨年見たピウスツキの像の隣に、松浦武四郎の石碑が建てられていました。碑には「民族共生の人 松浦武四郎」と刻まれています。 展示室には、松浦武四郎が記した日記や地図、所持品などが並べられており、床には「東西蝦夷山川地理取調図」の写真が貼られていました。
普段は目に触れない資料が多くて、わざわざ行った甲斐がありました。 2020年には、民族共生の象徴となる国立博物館がポロト湖畔に開設されることが決定しています。→資料(PDF) 形がある施設を建てるだけではなく、「イオル」と呼ばれる伝統的な生活空間も再生することが大事です。食糧を得たり祭祀を執り行ったりする、里山とか川とか海とかもひっくるめた環境・空間も再現しないと、仏作って魂入れずになってしまいます。
道央道のICに近い「仙台藩白老元陣屋資料館」は、久し振りに見学しました。前回は陣屋の入口だけ見て帰りましたが。 蝦夷地の警備を命じられた仙台蕃が元陣屋を築いた場所で、道東などに出張陣屋(でばりじんや)も築きました。 いきなり勝手の分からない寒い土地に来たもんだから、冬を越して生きていくだけでも大変なのに、外国からの侵略に備えて広い蝦夷地を守るなんて難儀な話だったに違いありません。
白老の奥に旧飛生(とびう)小学校があります。ここは國松明日香さんがアトリエとして使っていた時代があり、現在は「飛生アートコミュニティー」として、息子の希根太(きねた)さんが仲間と共に芸術活動の拠点としています。
校庭にはアート作品が展示されていました。 参加したことは無いけれど、「飛生芸術祭」という風変わりなイベントを開催しています。 今年は9月10日頃に豪雨に見舞われ、道路が冠水して一時孤立してしまいましたが、イベント自体は開催できたようです。 その豪雨で水浸しになった「フォーレ白老」を遠くから見てきました。
飛生川の氾濫によって、キノコ栽培のハウスが水没してしまった光景が何度も報道されましたが、水没したハウスはもう少し低いレベルに建っていたようです。 このキノコ工場では、年間に1,000トンの椎茸が生産・販売されているそうで、キノコが年間1,000トンということは1日に3トン・・ちょっとイメージし難い量ですが・・押入を開けたらサルマタケが崩れ落ちて下敷きになるとか。
登別市の幌別地区にある「登別市郷土資料館」も、久し振りの再訪です。この町は仙台蕃の片倉家が白石から入植した地で、よくある古い民具の他に、片倉家ゆかりの文物が展示されています。 以前は3階が展望室になっていて見晴らしが良かったんですが、現在は3階も展示室として活用され、知里真志保関係の資料が展示されていました。
2014年11月29日
以前の記事で、平取町二風谷の萱野茂二風谷アイヌ資料館の裏手にあったチセが焼失したという話を書きましたが、そのチセが再建されたので見てきました。 夏場に読んだニュース記事には「11月中旬にも完成する見通し」と書かれていたので、11月に入ったら電話で問い合わせてみようか・・と油断していたら、11月1日に完成して新築のお祝いをしたそうです。→北海道ニュースリンクによる日高報知新聞の記事 もう・・油断大敵、床暖快適ですよ。
押っ取り刀で駆けつけてみると、真新しいチセが建っていました。手前には、火事の時に表面が焼けた立ち木の株が残っています。
この日はアイヌ文化フェスティバルが北見で行なわれるとあって、みんなでバスに乗って見学しに行ったそうで
もののけもぬけの殻、資料館自体も臨時休館でした。
昨年から仕事やプライベートで二風谷へ行く用事が何度かあって、途中にあるアメダス日高門別に寄った時(今年の5月)には健在だったのに、今回(11月8日)は無くなっていました。消防署を隣地に改築する工事のようです。
気象庁HPで過去の観測データを調べると、7月中旬に移転したものと思われます。(でも位置データはまだ更新されていない) 移転したとすればどこかなぁ?と付近の学校などを探索しましたが、見つかりません。 門別本町の方へ探しに行く途中に、「門別町図書館・郷土資料館」があり、
なかなか面白い建築です。 郷土資料館を見学してから図書を検索した後、トイレも調査します。
白色と銀色に塗られた空間が未来的 人感センサーも宇宙船的なイメージ
人の道を踏み外さないように、という教育的指導
近年の傾向として、アメダスは郊外の運動公園などに設置される場合が多いので、消防署から南東に3kmほど離れた「総合町民センター」に行ってみました。 このエリアには、福祉センターやスポーツセンターが集まっており、
さらに温泉施設(とねっこの湯)などもあります。
果たして、温泉の駐車場の脇にアメダスが立ってました。
アメダス探訪「日高門別」の巻(2014/11/8)
横の空地はイベント広場のようで、地面はゲートボール場のように整地された砂地でした。 敷地:イベント時には熱気を受ける可能性はあります。
温度計と雨量計
風向風速計と日射計
「トネリコ」でもないし「とねっこ」とは何だろう?と思ったら、「当歳馬」のことだそうで、つまり「当年仔」が訛った言葉のようです。この辺には牧場が多いし、「門別競馬場」があるくらいですから。 国道を挟んだ向かいでは、東日本大震災の教訓を踏まえて、大規模災害が発生した場合に備える避難所を整備しているそうです。
標高(45m程度)が周辺より高いので適地なんでしょう・・向かいに温泉もあるし、体育館もあるし、アメダスもあるし・・避難生活には便利なはず。
苫小牧の三星で買ったお菓子「フェイスオフ」三星は地元の女子アイスホッケーチームのスポンサーになり、チーム名も「岩倉ペリグリン」から「三星ダイトーペリグリン」に変わりました。 時代は女子だし・・でもね、女子がフェイスガードを着けないでアイスホッケーをするとは思えません。
2014年11月23日
前回の網走に続き、阿寒湖畔と阿寒町を訪ねます。 美幌峠を通るのは何年振りかな・・少なくとも、峠の売店と駐車場が道の駅になる前の話で・・大昔から、車中泊するのに便利な場所でしたが。(風が強いこと以外は)
屈斜路湖畔を通って弟子屈で食料を買い込み、阿寒横断道路を通って阿寒湖温泉に着きました。 温泉街に阿寒アイヌコタンがあります。ご尊顔を拝し恭悦至極に存じます、と守り神に訪問の挨拶を済ませた後、
コタンに並ぶ土産物屋のうちの、「熊の家 藤戸」に寄りました。 この民芸店の地下には、「アイヌ民俗資料館」があるんです。これが今回の旅行の最大目的である、と言えなくもない。 アイヌの民具が並べられている他に、以前に紹介した藤戸竹喜さんが彫った作品が展示されており、美術館と名付けても構わないくらいのレベルです。→参考(北海道ライカーズの記事)
圧倒される迫力を持つ彫像群
このモデルは旭川の川村カ子トさんか
太平洋を挟んだ地の先住民族であるインディアン
阿寒湖には、鶴雅グループのホテルが色々とありますが、「あかん遊久の里 鶴雅」に行きました。 このホテルと「あかん湖 鶴雅ウイングス」とは繋がっており、ロビーやギャラリーや連絡通路には、秀逸なアイヌの木彫作品が多数展示されています。 たとえ高級ホテルに宿泊しないで車中泊してる観光客であっても(←誰?)、これらの作品を鑑賞したり売店で土産物を買うだけなら入館無料です。 館内には「ふくろう神社」というコーナーがあったので、
ご神体に拝謁して賽銭を奉納し、J1昇格を祈願してきました。
・・賽銭が足りなかったのか、願いは叶いませんでした。 夜になって、「阿寒湖アイヌシアター イコロ」で催されるアイヌ古式舞踊を見学しました。
開演前のシアター内部
自分の他には女性客2人しかいませんでしたが、後で中国人観光客と思われる団体客が押し寄せました。 ビジョンの説明文も、英語と中国語とハングルで書かれていました。 ストロボを使わなければ写真撮影は構わないとのことでしたが、何となく撮る気にはならなかったもんで。 その夜は道の駅「阿寒丹頂の里」に逗留し、翌朝は早起きする必要が無いと思ったせいか、夜明けが遅くなったとはいえ7時半まで惰眠を貪ってしまいました。 まずは、道の駅の隣にある阿寒国際ツルセンター「グルス」を見学します。
この施設名は、タンチョウの学名である "Grus japonensis " から命名されているそうな。 タンチョウは千円札の図案になったこともあります。
原画として使われた写真の撮影者は林田さんで、真ん中の透かしの部分は卵を表してるなんて知りませんでした。 館内にはタンチョウの生態などに関する展示があり、野外飼育場も備えていました。 これは「ムック」と名付けられた個体で、柵はありますが天井は出入り自由です。
観察コーナーのような柵の一部だけ赤くなってるのが何故か不思議で、帰ってから写真をよく見たら、柵がタンチョウの姿のように塗り分けられているデザインでした。 隣に「タンチョウ観察センター」があって冬の間(11月~3月)だけ(裏口が)開いており、「ツルセンター」の入館料を払えば遠回りで「観察センター」にも入れます。
この日は3羽のタンチョウが飛来していました。(備え付けの望遠鏡にて)
よく見ると、天敵であるキタキツネも徘徊しています。
観察センター内に展示されていた酒瓶の数々
寒い日に体を温める目的ではなく、千歳鶴とか賀茂鶴という、鶴に因んだ銘柄でした・・というか、イソップ童話にあった「狐と鶴のご馳走」を思い出します。 道の駅の向かいは、阿寒自然休養村「あかんランド丹頂の里」というレジャースポットで、「赤いベレー」という施設があります。 ここに泊まればタンチョウを観察するのに便利でしょう。もちろん道の駅でも可ですが。 前夜から、フクロウとツルのヘビーローテーションで、羽ばたけば飛び上がれそうな気分です。 すぐ近くに「佐々木榮松記念 釧路湿原美術館」があり、2012年に亡くなった画家・佐々木榮松さんの作品を集めて昨年6月にオープンしました。
その前は、釧路駅のステーション画廊に展示していたそうです。 以前に「北緯43°美術館」だった建物を利用しており、アプローチに並ぶゲートのようなモニュメントが赤・白・黒の色使いで、思わず背筋が伸びてしまいます。
館の正面に描かれているマークは、絵画のサインに使われた「榮」という字です。 湿原の風景を描く時には、地平線を描いてしまうと広大な湿原の広がりを表現し切れなくなってしまうので、地平線を描かないことにしたそうです。 その狙い通りに、地上の湿原と空とが連続的に繋がった空間を感じられます。 帰り道に白糠で買ったボディタオル「魚網美人」
石鹸の泡立ちが良いそうで、材料はモロに魚網で出来ています。
このタオルで体を洗えば、美人になるようです。(まれに、体質や気質によっては効果が現れない場合があるかも知れませんけど) 濡れ手に粟、一網打尽、一攫千金・・を狙ってはイケナイ、という教唆か・・。
2014年11月17日
11月初旬の連休に、網走方面と阿寒方面を訪問しました。まずは網走の話から。 目的地は「道立北方民族博物館」で、お目当ては11月30日まで開催されている「北方のナイフ~暮らしを支える道具」展です。 この催しは、北方民族博物館が所蔵する資料の中から29点を展示するものであり、ロビー展なので無料です。 ただしこの週は芸術週間とかで、常設展の観覧料も無料でした。
道立北方民族博物館の所在地は網走市の潮見で、分かり易く言えば天都山の道立オホーツク公園内にあります。 アイヌやインディアン、イヌイット、サ-ミ、中国大陸の少数民族など、北極を囲む地域に暮らす緒民族の生活用具や歴史、文化などをまとめて学習できる施設です。 昨年に訪問した際の正面外観エントランスは北方民族のテントを象ってあり、館のシンボルマークもテントです。 前庭には実際にテントが復元されていました。
昨年は無かったような・・天都山に立つテント さて展示品の紹介ですが(写真撮影は可)、北海道やサハリン、アムール川流域、カナダ、スカンジナビア半島などの少数民族が使っているナイフが並んでいました。 アイヌのマキリはお馴染みでしょう。
ウィルタは昔、オロッコと呼ばれていました。
ニヴフは昔、ギリヤークと呼ばれていました。
コリヤークはカムチャツカの北方、ナーナイはアムール川周辺の民族です。
イヌイト(=エスキモー)は、カナダ北部やグリーンランドに住んでいます。
「ウル」と呼ばれる女性用の万能ナイフは、石器時代からこの形をしてました。 これらもイヌイトのナイフながら刃が湾曲していて、凹面も削ることが出来ます。
サミ(サーミ)は、スカンジナビア半島でトナカイなどを飼育しています。
インディアンにも色々な種族がいます。
さて翻って、日本の民族に特徴的なナイフとは何だろう?と考えても、イメージが浮かんできません。 上に挙げた民族は、狩猟も料理も裁縫も工芸も、全て一種類のナイフで用を足す場合が多いですが、日本ではそれぞれの用途に特化した道具を発達させたため、包括的で特徴的なナイフが浮かばないのかも知れません。 それは果たして器用なのか不器用なのか・・ ロビー内に、モンゴルの「ゲル」や民族衣装、帽子、靴などを置いてあって、扮装できるようになっていました。
チンギス・ハーンになったつもりで屋内から天井を見上げると、屋根を支える棒(オニ)に施された装飾が綺麗でした。
窓際の衝立の後ろに隠してあるのか、カヤックの骨組みが置いてあったので覗いてみました。
図録に載ってる「ベーリング海型カヤック骨組」と同一の資料のようです。 目当にしてた訳じゃないんだけど、常設展では最近のニュース記事に載ってる「トナカイ角製品」も見学できました。
桂台駅に近い丘の上に、網走市立郷土博物館があります。皇太子殿下(=平成天皇)御誕生記念事業として建設され、博物館として建てられた北海道最初の建築であり、設計は田上義也が担当しました。 赤い屋根のドームは、「北辺の文化的な灯台」をイメージしたとか。そこに登るらせん階段が素晴らしいのに使用禁止で残念。 歴史が古い施設で、元々は米村喜男衛が収集したモヨロ貝塚からの出土品を展示するため、住友財閥からの寄付を仰いで「北見郷土館」として昭和11(1936)年にオープンしました。
今年の春に訪問したモヨロ貝塚館は、ここの分館として位置付けられています。 ここを最初に見学したのは二十数年も前の話ですが、ほとんど変わっていません・・床板の軋み方まで昔のまんま。
2014年11月11日
「浦河港に大量のイワシ」というニュースを見て、「大量のワイン」と読んでしまったのはヒミツです。←船からの荷下ろし中に、ワインを港にぶちまけたのか?と。 大昔、浜にイワシが押し寄せて、バケツや籠に拾い集めたことがあったなぁ。
10月11日から26日まで、日本クラブユース(U-15)選手権の北海道予選となる、北海道クラブユース(U-15)選手権が行なわれました。北海道からの出場枠は2チームです。 このうち、コンサ旭川U-15の準々決勝と準決勝、コンサ札幌U-15の決勝を見てきました。 コンサ札幌U-15は北海道カブスリーグ1部で1位になったので、決勝までシードされています。 ここまでの試合結果は: 1回戦(2014/10/11@東雁来) コンサ旭川(1-1)、PK(5-4)伊達中学校 2回戦(2014/10/12@東雁来) コンサ旭川(1-1)、延長(2-0)スプレッド・イーグル と、いずれも80分以内には決着が着かずに苦労しています。
準々決勝(2014/10/13@SSAP) ELSOLE-FC(オレンジ) vs コンサ旭川(白)圧倒的に攻め続けるんですが、最後の詰めが正直というか相手のGKの読みが当たるというか・・。 前半32分にFKを得ましたが、櫛部が蹴ったボールはバーを越えて行きました。
後半9分に左から佐々木が打ったミドルはキャッチされます。
後半24に山岸が打ったシュートはわずかに越えてしまいました。
得失点なく(0-0)のため10分ハーフの延長が行なわれ、怒涛の攻撃となった延長後半の9分に櫛部が倒れながらもシュートを打ったけど、キャッチされます。
延長も得失点なく(0-0)、PK戦となりました。 防戦一方だった相手はかなり疲労しており、コンサ旭川に分があるように見えました。 PKは先攻となったELSOLEの1本目を止めて、3本目は左へ外れたのに対し、コンサ旭川は4人目まで全員が決めて(4-2)、激闘を制しました。
準決勝(2014/10/25@SSAP) 消防署で消火に使ったホースを乾かしているような光景コンサ旭川(赤黒) vs SSS(白)
この試合に勝てば全国へ進めるし、コンサ札幌とコンサ旭川のダブル出場になりますが、北海道カブスリーグU-15ではSSSに2敗しています。(U-13では2勝) SSSには、コンサ札幌U-12出身の選手も見えます。 19分に山岸が粘って左クロスを入れ、荒川がヘディングを当てて先制しました。(1-0)
しかし27分に与えたFKが壁に当たって入り、同点とされました。(1-1) さらに前半終了間際の40分には、SSSの右クロスにヘディングを当てられて逆転されました。(1-2)
後半23分に高橋が左から切り込むチャンス
28分にはスルーに反応した谷口明が打ったこぼれ球を山岸が打ち込み、なんとか同点に追い付きました。(2-2)
後半もロスタイムに入り、相手DF(山際くん)の足が攣ってる間に突進してGKが対応に出るビッグチャンス
も生かせず、(2-2)で延長戦に入ります・・またかよ。 相手はインターバル中に足をストレッチしてる選手が5人いました。 延長前半1分にも相手1人の足が攣って担架で運び出されました。 ところが2分にカウンターを受け、左から右に打ち込まれました。(2-3) 延長後半にも足が攣って交代するという、SSSにしては珍しい光景が見られました。
しかし試合はこのまま(2-3)で終了し、コンサ札幌と一緒に全国へ行く夢は潰えましたが、1回戦から苦しみ続けながらもよくここまで勝ち上がりました。 しかもコンサ旭川が頑張ってくれたお陰でSSSはかなり消耗し、翌日の決勝に影響が及ぶだろうと思われました。 この後に宮の沢で行なわれるJユースカップの試合には余裕で間に合うつもりだったのに、延長戦があったせいでギリギリに着いてしまいました。 まずトイレに行ったら「今日は萌さん(仮名)来てないよね?」と話してる友達がいたので、「来てるよ!」と大声で叫んだのです。笑
決勝(2014/10/26@東雁来) コンサ札幌(赤黒) vs SSS(黄青)SSSは前日のダメージが大きく、少しメンバーが落ちてるように見えました。 援護射撃のお陰で、と言ったらコンサ旭川は不愉快でしょうけど、一方的な試合になりました。 15分に右奥へ出したボールに宮崎が追い付いてクロス、菅野?が出した浮き球を佐藤がトラップして押し込みました。(1-0)
23分にFKを与えてバーに当てられるドッキリもありましたが、
32分に山保が左から独走して打ち込みました。(2-0)
41分には宮崎がロングシュートを打ち、GKが触ったけど後方に落ちてゴールに入りました。(3-0) 前半だけで3点のリードです。 後半はどんどん交代して1年生も出場させます。 5分に速攻を受けて失点しましたが(3-1)、10分に大屋からパスを受けた佐藤が左を突破して突き放します。(4-1)
27分にFKから打たれましたが(4-2)、39分に大屋の右クロスから鹿内がシュート、GKが触ったけど上方に入りました。(5-2)
これでコンサ旭川の仇は取ったぞ、と言われても嬉しくないでしょうけどね。 この日も続いて札幌ドームで行なわれる湘南戦に行かねばなりませんが、予め駐車券を買ってあったし延長戦も無かったので、落ち着いて観戦できました。 連日2試合ずつあると、正直言って疲れますね・・この日は2試合とも快勝だから良かったようなものの。
2014年11月05日
今頃な話ですから、ほとんど備忘録としての価値しかありませんが。 10月4日から12月23日まで、Jユースカップ(Jリーグユース選手権大会)が開催され、その予選リーグでコンサU-18は、ベガルタ仙台ユース、栃木SCユース、 ジェフユナイテッド千葉U-18と共に、Bグループに入りました。 10月5日に行われた予選リーグ第1戦ではジェフ千葉U-18に(2-1)で勝っており、10月12日に行なわれた第2戦と10月25日に行なわれた第3戦がホームゲームとなりました。
今年もこのカップで酒を飲みを獲得したいなぁ。第2戦(2014/10/12@ドームサブG) 栃木SCユース(黄) vs コンサU-18(赤黒)
序盤の11分、仙台がスルーに抜け出てGK種村と1対1になり、失点してしまいます。(0-1)
前半23分のチャンスらしいシーン
按田が深くえぐっての左クロスはゴールラインを割ってしまいました。 30分にもクリアミスを打ち込まれてしまいました。(0-2) 39分に菅が打ったミドルは左へ外れてしまい、2点のビハインドで折り返します。 後半1分に右から攻めるチャンス
菅が右を突破してクロスを入れるチャンスが何度かあり、久保のシュートはセーブされました。 32分に菅が右手前から思い切ってミドルを打つと、これが見事に決まって一矢を報います。
43分にPエリア手前左寄りで得たFKは壁に当たってCKを得ましたが、
右CKはクリアされて(1-2)で負けました。
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第3戦(2014/10/25@宮の沢) コンサU-18(赤黒) vs ベガルタ仙台ユース(白)半袖チームと長袖チームとの対戦、という雰囲気 怪我や遠征で出場できない選手達のユニが、ベンチ裏に掲げられていました。 GK三森くんの靴を磨く久保田くん、と見守る倉持くん
・・ではなく、靴紐を結んでいる場面です。GKがグローブを穿くと(←北海道弁)、ドラえもんの手になって細い紐を結べません。 久保田くんは「これで勝てる!」と3回唱えながら靴紐を結んでいたに違いありません。(←月刊コンサドーレからの妄想) チャンスはたくさんあって観てる分には楽しいのですが、6分に打った菅のシュートはセーブされ、
17分に濱口が持ち上がって徳田と共に迫るチャンスもありましたが、
工藤のシュートもセーブされ、
前半は(0-0)で折り返しました。 後半8分に倉持が左から攻め込んだチャンス
続いて高嶺が左から
按田も左を上がってクロスを入れます。
28分に藤井が直近まで迫ってシュートを打つも、はじかれます。
41分のオフサイドかに見えたピンチで、右から左へ打ち込まれました。(0-1) 43分になって高嶺の突破から藤井に渡して・・つぶされます。
決定機を生かせず、この試合も1点差で敗れました。
予選リーグは1勝2敗となって、決勝トーナメントには進めませんでした。
2014年10月30日
前回の渡島地方に続いて、檜山地方(の主に南部)で気になる箇所を巡ってきました。
まず最初に寄ったのは、去年は朝早くて開いていなかった上ノ国の「勝山館跡ガイダンス施設」です。スタッフから「ここは初めてですか?」と聞かれたので「去年は外の遺跡を見て回りました。」と答えたら、「じゃぁ、改めて説明する必要は無いですね。」と言いながらも、ほとんど観覧者が来ない時期なので色々と説明してくれました。 続いて江差に移動し、昨年は(ここも)朝早くて開いていなかった旧檜山爾志郡役所(江差町郷土資料館)を見学しました。
かなり昔に、古ぼけた佇まいだった頃の建物を外観だけ眺めたことがありますが、こんなに綺麗になるとは想像もしませんでした。 江差町郷土資料館に変わってから見学するのは初めてです。 郡役所とは今でいう支庁(振興局)のような行政機関であり、警察の業務も兼ねていたので裏手に留置場が併置されていました。
謝らなくたって、誰も入室なんかしたくないよ。
床下からの脱獄を謀った受刑者の仕業ではないようです。
これは
チケット売り場面会室でしょう。明らかにトイレと思われる部屋があったので覗いてみましたが、内部の調度品までは復元されていませんでした。 正面2階のバルコニーから見下ろした江差港と鴎島
いにしえ街道の家並みと熊石方面の海岸
天守閣のように見晴らしは良いですが、海から冬の季節風が吹き付けたら堪らないから、後にバルコニーを囲ったのではないかと推測。 江差港のフェリー乗り場に寄って奥尻島へ渡る船の便を調べてから
開陽丸を見学しました。
かなり昔にも見学したことがありますが、改めて砲弾の多さに呆れてしまい、砲弾の重みで船が沈むんじゃないかと思うほどです。 沈没した海底から引き揚げられた遺物が、艦内や前庭に展示されており、
開陽丸の管理棟は「えさし海の駅 開陽丸」にリニューアルしています。 甲板上からの景色:揺れないけど風が強くて足元がふらつく
艦内は(軍事上の機密保持のため?)撮影禁止なもんで。 マストは(よじ登りたくなるほど)かなり高いです。
開陽丸の沈没と運命を共にした旧幕府軍の落日を象徴するシーン
現在の船体はコンクリート製で、船のくせに浮かないし動かないから固定資産税がかかるんだと、どこかで読んだ記憶があります。 道の駅「江差」まで戻ったところで、ちょうど日没となりました。
日没時刻が16時54分とは、ずいぶんと日が短くなったもんです。 お天道様に向かって今日一日の行ないを懺悔し、さらに4時間走って帰宅しました。
2014年10月24日
ホントは寒くならないうちに利尻・礼文へ探訪の旅に出掛けたかったんですが、土・日に試合はあるし天候が芳しくなかったしで、まだ行けてません。 雨が降るのは(さほど)構わないんだけど、風が吹くと桶屋が海が荒れて船が揺れるとか、欠航するとかいう事態になる恐れがあるのがネックです。 博物館や郷土資料館が10月いっぱいで閉館してしまうから、今年は既に諦めムードです。 北がダメなら南へ、と渡島半島で気になる地点を巡って来ました。奥尻島行きも、今年は無理かな・・船の運航ダイヤが不便だし、冬になると便数が少なくなって。
最初の目的地は、鷲ノ木遺跡です。→かなり詳しい説明 ここは道央道の建設に先立って調査された遺跡で、道内最大規模のストーンサークルが発掘されました。 国道脇には遺跡への入口を示す標識がどこにも立ってなくて、多分、ここだろうと思った砂利道に入り、しばらく進んだ分岐点に初めて粗末な看板が立っていました。渡島半島にはヒグマがいますからねぇ。 その先にも分岐点が幾つかあり、動物的な勘と人間GPSの指示に従って進むと、遺跡の説明板がありました。
しかし遺跡内は立入禁止で、柵の外から撮影しても「鷲ノ木遺跡」と書かれた看板しか写りません。
仕方が無いから3つ前の分岐点まで戻って反対側に回り、車止めが立ってる道を歩いて進み、藪をこいで斜面を登り、(人間を含む)動物よけのフェンスの隙間からストーンサークルを撮影しました。
遺跡の真下に道央道の「鷲ノ木遺跡トンネル」が通っているから、道央道は墓場の地下を走ってることになります・・道理で涼しい訳だ。 これがサークルの左半分で、石の円が二重になってることが分かります。
こっちが右半分で、さっきの看板が向かいに立ってます。
周囲には足の踏み場も無いほど栗の実が散らばっていて、縄文時代から聳えてた木じゃないにしても栗の木が育ち易い環境だということは、古代人の食糧が豊富で住み易かったということでしょう。 鷲ノ木といえば、箱館戦争の折に旧幕府軍が上陸した地ですが(記事)、前を走ってた車の運転手が土方さんでした。
五稜郭は今年が築城150年目に当たり、「五稜郭おもてなし隊」という長期間のイベントが開催されたようですが、このストーンサークルは4千年前の建造物ですから。 その次に横津岳レーダーを見に行きたかったんだけど、旧スキー場へ通じる道路が災害復旧工事中で、「尖った石ころでタイヤがパンクするかもよ。」という看板が立ってたので素直に退却しました。
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次は恵山へ向かいます。旧椴法華村の突端にある恵山岬灯台の周辺は公園になっていて、
その一角に、灯台資料館「ピカリン館」があります。
館内の中央に古い恵山岬灯台の模型が立っていました。
灯台の仕組みやら歴史やら、色々と勉強になります。 すぐ傍にホテル「恵風」(けいぷ)があるので寄ってみたら、フロントにピカリン館の無料入館券がありました。(大失敗)
3階の窓に目隠ししてあるのは、宿泊客用の浴場があるからです。 日帰り客用の浴場は1階の左側にあって、一応は塀のような仕切りがあるんですが、露天風呂が表側にあるのも珍しい。 廃船にお湯を張った足湯だそうで・・これがホントの「湯船」
火山が目の前に迫り、温泉としてはありがちな立地です。
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次は函館の北大水産学部に寄り、水産科学館を見学しました。ここは北大総合博物館の分館と位置付けられており、ホルマリンに浸けた魚類の展示だけじゃなくて、海鳥や海獣、漁船、漁法、漁具など多岐にわたり、面白くてたまらない施設でした。 11月3日まで北大総合博物館で、練習船「おしょろ丸」関係の企画展が行なわれている最中なので、「貸出中」と書かれたカードがあちこちの展示物(があった場所)に置かれていました。 こっちが正面入口かと思ったら後に増築された別館で、前庭にはカッターや錨が展示されています。
左がおしょろ丸III世の錨、右がIV世の錨です。
洞爺丸事故を受けて国鉄が錨の形を改良し、「国鉄型錨」と呼ばれる特徴がこの錨にも見られるそうです。 いつだったか函館で試合があった折に、何かの用事で中央埠頭に行ったら、おしょろ丸(IV世)がちょうど出航するところでした。出航といっても、向かいのベイエリアに向かっただけのようですが。
横津岳に寄らなかったせいか1日目のミッションが順調に進み過ぎてしまい、翌日に回ろうと思っていた檜山地方も今日のうちに回れそうなので、峠を越えて檜山へと向かいました。(つづく)
2014年10月18日
イスラム教徒は、聖地メッカ(のカーバ神殿)の方角に向かって1日に5回礼拝を行なう(らしい)ので、世界中に滞在あるいは旅行しているイスラム教徒が、メッカの方角を知る必要があります。 ネット上に載ってたニュースによると、日本の時計メーカーが礼拝の方角と時刻を示す腕時計を作って、たいそう売れてるそうです。 そんなメッカメカなら、方位磁石(かGPS)と時計があれば簡単に作れるだろう・・と思ったら、そう簡単にはいかないそうです。 なぜなら1日に5回と言っても時刻が決まってる訳じゃなくて、季節によって変わる日の出や日没のタイミングに基いているからだそうで・・日本の古い時刻区分(暮れ六ツとか)に似てますね。 そういう時差?まで考慮した上で、方角と礼拝のタイミングを算出して教えてくれる腕時計を開発したところが、プロジェクトXなんでしょうか。
まさか聖地にお尻を向けて礼拝する訳にもいかないから、メッカの方角を正しく知ることは必須でしょうね。 でも地球は丸いのだから、たとえ聖地に背を向けていたとしても、祈りが地球を一周して聖地に届くのでは? こんな看板も間違いではないし。札幌ドームのガラス壁に書かれた地名(左右方向に反転してあります)
果たしてメッカまで何kmあるのかな。 ならば、世界中のどこにいても聖地・厚別の方角を示す赤黒いツールがあれば、コンサポは争って買い求めるのではないかと・・もはや聖地ではない? 厚別公園競技場は、←あっち
空知の新十津川町に「そっち岳」というスキー場があり、分岐点に立ってた標識を見て笑ってしまいました。
大通の500m美術館で催されていた展示「美術と建築、これからの札幌」で見かけた作品札幌ドームの階段は「険」という漢字で象徴(評価)されており、幅や蹴上げの寸法が安全・快適な寸法ではなく、高齢者はみんな手摺に頼りながら登っていると説明されていました・・高齢者じゃなくてもシンドイよ。 これを「険しい」と読むか「危険」と読むか。 こんなドームを大通公園に作ったら・・という作品
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最近のキューピー人形は芸が細かくなってきました。 夏祭り(2014/8/10):女の子は巾着、男の子は掬った金魚の袋を持っています。季節は秋(2014/9/23):なぜか男の子が(突き飛ばされて?)倒れているのがシュール。
スコットランド的な雰囲気の衣装ですな。 ハロウィンの時期ですから。(2014/10/11)
よく作るよねぇ・・冬になったらアザラシの毛皮で作った服でも着せるんじゃないかと期待。
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作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。
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