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作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。
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2014年12月05日
先月の中頃、白老・登別方面を巡ってきました。 白老町の「アイヌ民族博物館」は今年で開館30周年を迎え、11月30日まで特別展「共生の世界へ、松浦武四郎とその時代展」(PDF、2MB)が開催されました。 今年は松浦武四郎が蝦夷地を踏査してから150年に当たり、10月には三重県松阪市の「松浦武四郎記念館」と姉妹博物館の締結を行ないました。
博物館の敷地に踏み入ると、昨年見たピウスツキの像の隣に、松浦武四郎の石碑が建てられていました。碑には「民族共生の人 松浦武四郎」と刻まれています。 展示室には、松浦武四郎が記した日記や地図、所持品などが並べられており、床には「東西蝦夷山川地理取調図」の写真が貼られていました。
普段は目に触れない資料が多くて、わざわざ行った甲斐がありました。 2020年には、民族共生の象徴となる国立博物館がポロト湖畔に開設されることが決定しています。→資料(PDF) 形がある施設を建てるだけではなく、「イオル」と呼ばれる伝統的な生活空間も再生することが大事です。食糧を得たり祭祀を執り行ったりする、里山とか川とか海とかもひっくるめた環境・空間も再現しないと、仏作って魂入れずになってしまいます。
道央道のICに近い「仙台藩白老元陣屋資料館」は、久し振りに見学しました。前回は陣屋の入口だけ見て帰りましたが。 蝦夷地の警備を命じられた仙台蕃が元陣屋を築いた場所で、道東などに出張陣屋(でばりじんや)も築きました。 いきなり勝手の分からない寒い土地に来たもんだから、冬を越して生きていくだけでも大変なのに、外国からの侵略に備えて広い蝦夷地を守るなんて難儀な話だったに違いありません。
白老の奥に旧飛生(とびう)小学校があります。ここは國松明日香さんがアトリエとして使っていた時代があり、現在は「飛生アートコミュニティー」として、息子の希根太(きねた)さんが仲間と共に芸術活動の拠点としています。
校庭にはアート作品が展示されていました。 参加したことは無いけれど、「飛生芸術祭」という風変わりなイベントを開催しています。 今年は9月10日頃に豪雨に見舞われ、道路が冠水して一時孤立してしまいましたが、イベント自体は開催できたようです。 その豪雨で水浸しになった「フォーレ白老」を遠くから見てきました。
飛生川の氾濫によって、キノコ栽培のハウスが水没してしまった光景が何度も報道されましたが、水没したハウスはもう少し低いレベルに建っていたようです。 このキノコ工場では、年間に1,000トンの椎茸が生産・販売されているそうで、キノコが年間1,000トンということは1日に3トン・・ちょっとイメージし難い量ですが・・押入を開けたらサルマタケが崩れ落ちて下敷きになるとか。
登別市の幌別地区にある「登別市郷土資料館」も、久し振りの再訪です。この町は仙台蕃の片倉家が白石から入植した地で、よくある古い民具の他に、片倉家ゆかりの文物が展示されています。 以前は3階が展望室になっていて見晴らしが良かったんですが、現在は3階も展示室として活用され、知里真志保関係の資料が展示されていました。
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