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作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。
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2011年04月15日
まだ今シーズンが始まったばかりなのに、もう来年の話ですから。 コンサU-18チームは昨年のプリンスリーグ北海道で優勝したので、今年の知事杯(全道大会)にシードされています。 ・・じゃぁ、来年はどうなるんでしょうね? と思い付いた次第で・・今年の闘い方にも影響しますから、一応は頭の隅に入れておかないと。(私の頭に入れても役には立たないけど) 今年のコンサU-18はプレミアリーグに参加しているから、当然ながらプリンスリーグ北海道には参加できません。 第2種チームで来年の知事杯にシードされるのは、今年のプリンスリーグ北海道で優勝したチームなんでしょうか? それとも、プレミアリーグに出場したチームなんでしょうか? もし両チームでシード権を争奪する試合を行うとしても、晩秋になってからそんな試合を行うのは難しいし、プリンス優勝チームは参入戦への準備もあるだろうし。
さもなくば、プレミアリーグとプリンスリーグとの間での、残留/降格や参入/敗退という結果の兼ね合いによって、シードチームが決まるんでしょうか? この結果は、4通りのケースがあり得ます。 A:プレミアチーム残留、プリンスチーム参入 B:プレミアチーム残留、プリンスチーム敗退 C:プレミアチーム降格、プリンスチーム参入 D:プレミアチーム降格、プリンスチーム敗退 なんだか、皇位継承の順位とか女帝の議論とかを連想してしまいますが、BとCの場合は迷う必要が無かろうとしても、他の場合は判断が難しいでしょう。 ひょっとして、知事杯にシードされる2種チームの枠数が変わるという可能性もあり得る?? 今年から来年に向けて、プリンスリーグ北海道と地区リーグとの間で、入れ替わるチーム数が変わり得る(プリンスリーグ北海道の開催要項:PDF)ことから推測すると、知事杯へのシードチーム数も変わったりしますか? 昨年の知事杯では準優勝したことだし。 でも、第1種の道リーグからのシード数が2チーム、学生リーグからのシード数が1チームなのに、第2種からのシード数が2チームに増えるというのも、腹の虫が良すぎるだろうと感じます。 高円宮杯U-18サッカーリーグの体系図←プレミアリーグ特設ページよりJFAプリンスリーグのポスター←プリンスリーグ特設ページより
Big Bang って、このキックから宇宙が始まるのか・・地球を蹴ったりすると地震が起こるし、チャップリン主演の映画「独裁者」を思い出します。
2011年04月12日
4月に入っても雪が降ったり寒い日が続いたりで、春はいつ来るのやらと思っていたら、いつの間にか春になっていました。 木曜日の夜に買い物へ行くとタイヤの音がやかましいことに気が付き、「そうだ、タイヤ交換しよう」と思い立ちました。 今後は再び雪が積もるとも思えないし、先週の土曜日は暖かかったので、トップチームの練習試合(vs 札大)を見に行かずに、タイヤ交換を済ませました。 私の場合、タイヤを交換したら走行テストを兼ねて墓地まで行きます。 墓地は幸い、地震の被害も積雪の影響も無くて、無事に鎮座してました。 冬囲いを外し、ちょっと早めだけど植木の枝を剪定して形を整えた後、霊園内を探索してみました。
このお宅は角地なので、どうしても積雪の重さが横方向にかかってしまい、燈篭は倒れやすくなります。その理由だけかどうかは分かりませんが。 こちらは傘が行方不明になったのかな?
石材の無垢に見えるけど、グラスファイバーの表面に石を吹き付けただけの製品が多いんです。 まぁー、見事なピラミッド風の墓石ですこと。
花をあしらったステンドグラスまで嵌め込まれていて、こうなると芸術作品の域です。 わっ! ドーレくん家の墓かっ?
墓地はゴミ捨て場ではありません。その1
その2
柱のような物があると、その脇に置きたくなる心理が働くようです。
自然界にも放射性物質は存在しており、古代の遺跡から出土した遺物に含まれる元素の崩壊の程度を調べて、その遺物が作られた年代を測定するのに応用されています。 カリウムという金属には放射性同位体があって岩石の年代測定に利用されますが、そのカリウムを含む代表的な岩石が花崗岩(御影石)ですから、墓地へ行くと(極めて微量ながら)余計に放射線を浴びることになるんです。 知らぬが仏、とはよく言ったもんで・・そんなことで放射線障害が起こるくらいなら、人類はとっくの昔に絶滅してたはずですけど。
2011年04月09日
U-15チームの倉持 卓史くんが、4月11日から14日までJ-GREEN堺で行われる「U-15日本代表候補トレーニングキャンプ」のメンバーに選ばれました。 →JFAのトピックス 以前の、選抜:U-16日本代表ほかの記事なども参考にして下さい。 また、U-18チームの榊 翔太くんが、4月14日から26日までダラスで行われる「U-18日本代表アメリカ遠征(ダラスカップ)」のメンバーに選ばれました。 →JFAのトピックス、HFCオフィシャルのニュース 以前の、選抜:U-18日本代表候補の記事なども参考にして下さい。 さらに、U-18チームの阿波加 俊太くんと内山 裕貴くんが、4月17日から27日までモンテーニュで行われる「U-16日本代表フランス遠征(モンテーニュ国際大会)」のメンバーに選ばれました。 →JFAのトピックス、HFCオフィシャルのニュース それは「モンテギュー」だろ、と思ったら、大会名の表記を変更したんだそうです。ハーフナー家の弟・ニッキくんも参加するらしい。 阿波加くんは、1月と2月にも、U-17日本代表候補に選ばれています。 内山くんは、新入団選手紹介(U-18)の記事などを参考にして下さい。 ※(追記:2011/4/21)大会名の表記を再変更? JFAのトピックスでメンバーが発表された時には、「大会名の表記を『モンテーニュ』に変更した」とのことでしたが、現在はこっそり『モンタギュー』に書き換えられています。
「ダラスカップ」とはこんな大会で、大会名を聞いて思い出すのは、5年前の2006年4月のことです。 前年の2005年に、コンサU-18チームが高円宮杯で準優勝したご褒美として、ダラスカップに遠征させてもらいました。 北海道ではやっと春が訪れそうかという時期だったのに、現地は連日30℃を超える猛暑で、さぞかし苦労したであろうと想像されます。 その時のブログ記事を、以下にまとめてあります。 ダラスカップ第1戦(U-18) ダラスカップ第2戦(U-18) ダラスカップ得点者 ダラスカップ第3戦(U-18) ダラスカップ得点者2 ダラスカップ(写真のまとめ) ダラスカップ閉幕 また、現地のスポーツ好きな写真家「Douglas」さんが作った写真集もあり、左カラムのリンク集に並べてあります。(勝手に命名) 写真集・熱闘ダラス1 写真集・熱闘ダラス2 ←Page2やPage3もあります。 写真集・熱闘ダラス3 かなり懐かしい写真で、横野純貴くん(18番)の得点らしいシーンも写っています。 当時の選手達もユースを卒団して、今は大学などでサッカーを続けている選手が多い・・というか、大学も卒業する年齢です。
その大学生ですが、外サッカーが始まりました。 ノルブリッツ(オレンジ) vs 岩教大(緑白)@アミューズメントパーク青いGKがU-18OBで岩教大の岩田くんです。 宿泊施設の「トレセンハウス」(仮称)
見難いですが、玄関に「夢きたれ」と書いてあり、
こういう愛称に決まったようです。 雁来練習場では、明日のプレミアリーグの試合に帯同しない、お留守番組の選手達がトレーニングをしていました。 ローソン札幌東雁来10条店は、5月2日にオープンするらしいです。
2011年04月07日
2011年版の「理科年表」(国立天文台編・机上版)に、「年次別・年齢別・性別平均体位(日本人)」という項目がありました。 このデータは、厚生労働省による「平成19年国民健康・栄養調査報告」に基づく資料で、1970年から10年ごとに身長と体重とを調査した結果が掲載されています。 ただし1970年だけは、同じく厚生省による「昭和61年国民栄養の現状」に基づくものです。 掲載されているうちの、最新(2007年)のデータと最古(1970年)のデータとを比較して、(物好きにも)37年間における日本人の体形の変化を比較してみようと思った次第です。
理科年表に載っているのは数値だけなので、グラフ表示してみないとイメージが湧きません。 まず、1970年の身長と体重の年齢別変化を図示します。 幼児の頃は時代・性別による違いが少ないので、8歳以降の経過を拡大してあります。男の身長は16歳あたりで頭打ちになり、30代あたりから減っています。 女も同様に、14歳あたりから平坦になって30代あたりから減っています。 体重も男は16歳あたりで頭打ちになり、50代あたりから減っていきます。 女の体重は14歳あたりで上昇が鈍りますが、30代~40代にはむしろ増える傾向があって、60代から急減しています。 次に、2007年の身長と体重の年齢別変化を図示します。
男の身長は17歳あたりで頭打ちになり、50代あたりから目に見えて減っています。 女の身長は早めに13歳あたりから平坦になり、男と同様に50代から減っています。 体重は男が17歳あたりでいったん頭打ちになりますが、23歳から急に増えて、50代あたりになると減っています。 女の体重は14歳で平坦になり、20代後半から60代の間に増えた後、70代になって減っています。 両年を比較すると、生まれたての身長は1970年も2007年もほとんど違わないのに、2007年の8歳以降は背が高くなって、成人では1970年よりも5cm前後高くなっています。 2007年の女の体重は1970年とほとんど変わらなかった一方、男の体重は20代~40代で1970年よりも10kg前後増えています。 つまり、女は少し身長が増えたけど体重が変わらなくて「スマートになった」のに対し、男は身長の増加を上回るほど「顕著に太った」と言えそうです。 ただしこれは「体積と重さとは比例する」という仮定に基いているのであって、もしかしたら軽い脂肪の比率が増えて重い筋肉が減ったとか、その逆なのかも知れません。 身長と体重を個別に見比べただけでは分かり難いので、次に「BMI」値を用いて比較してみます。 BMI値とは、体重(kg)を身長(m)の二乗で割った値で、22あたりが「標準」と言われています。 長さを表す身長を二乗した値は人体の表面積を表す目安になり、体重は重さの指標だから人体の体積を表す目安になります。 体積を面積で割った値が一番大きくなる形は球形なので、BMI値が大きいほど「丸っこい」体形、小さいほど「尖った」(or 凹凸が多い)体形だと見なせます。(ここでも、脂肪と筋肉との比率は変わらないと仮定して) そのBMI値の年齢別変化を比較します。
1970年には、成人のBMI値は男女とも21ほどで、ほぼ同様に変化した後、20代後半から増えて60代から減っています。 思春期と中年以降は女の方が太っているのも、感覚的に納得できます。←異議あり? これが2007年になると、男は23歳から急に増えてBMI値が24に迫り、70代でやっと減少しています。 他方、女は20代後半まで一定で、しかも1970年よりも小さい値になっています。ところが30代以降の増加は急激で、最終的には男にほぼ追い付いています。 少し穿った見方をすると、男は若い頃は貧乏で痩せているのに、就職したら飲み食いの機会が多い上に運動不足で太ってしまう・・ということかも。 一方の女は、若いうちはダイエットに努めて無理に痩せた体形を保っているけれど、結婚・出産した後はホルモンも変化して一直線に・・。 次に、身長と体重とを軸に取った散布図で、両者の成長の経過を比較してみます。
このグラフは言うなれば、[体重/身長]の比が年齢と共にどう変化するか、を辿るような経路です。 左下が出発点(8歳)で、時代・性別の違いにかかわらず小学生までは順調に身長や体重が増えていった後、途中からは身長の伸びが鈍って体重だけが増えていきます。 さらに歳を取ると身長も体重も減りますが、増える年代の経路とは違って体重が多い側にシフトした経路を通っています。 往復の経路の違い(隔たりというか、シフト幅)が大きいほど、太ったまま歳を取ることを意味します。 1970年の男(水色)は経路の隔たりが小さかったのに、2007年の経路(紺)は隔たりが大きくなり、女の経路(ピンクと赤)の隔たりは時代に関係なくもっと大きな幅になっています。 結論として(非難を恐れずに言えば)、女は「元々太る素質を持っている」(から努力しても無駄だ?)けれど、男は「生活習慣が変わって太った」(から努力すれば戻る?)のかも知れません。
噂には聞いていたけど、こうやって図示してみると衝撃的なほどの変化だと実感します。わずか37年間の出来事ですから。 なお、データ中で時々不連続な値を示す年が見られますが、統計を取るサンプル数が少ないことが原因のようです。 2008年の報告は最近になって発表され、こちらに載っています。 「国民栄養の現状」という表現が示す如く、当初は「戦後の食料不足の状況下で栄養が足りているか」という調査から始まったんでしょうけど、近年では「体重を管理しているか」とか「朝食を食べているか」、「睡眠は取れているか」、「余暇の過ごし方は」、「ストレスの対処法は」などという点に主眼が移ってきているようです。 それだけ、近年は油っこい食べ物や生活習慣が健康に影響を及ぼしている、ということなのでしょう・・耳が痛いや。
2011年04月05日
4月3日(日)の10時半から宮の沢サッカー場で、コンサ・トップチームとユースU-18との練習試合を含む、チャリティイベントが行われました。 →HFCの告知、結果 ついに、ユースがトップチームを負かすという歴史的な試合が行われるかと思うと、万感胸に迫るものがあります。 過去にもそんなチャンスはありましたが、あと一歩というところで、トップチームが卑劣な手段を用いて逃げ勝っていました。 今回も、ユースは前日まで関東に遠征して連日の練習試合をこなしていたのに、翌日の朝からトップチームとの試合が始まります。 ユースは朝の立ち上がりが悪いことを見越しての、周到な作戦なのだろうとも勘ぐられました。 この対戦を「募金を集めるための練習試合」と位置付けるのも、いささか卑怯なように感じます。 たとえユースが勝ったとしても、「ま、イベントの中の練習試合だから。」と片付けられてしまう恐れがあるんだもの。
アップ中のユースU-18チーム全体として見るのは久し振りです。 巷では、この試合はトップチームとユースとのガチの勝負だと解釈されているようですが、そうではないように感じました。 期せずしてJ2リーグ戦は震災による中断期間に入ったため、第1節の試合でボロボロだったトップチームの状態を修復するには、願ってもない猶予期間が与えられたと言っても華厳の滝ではありません。 しばらく試合を見れなくなって実観戦に餓えているサポにとっては、たとえグダグダな試合を見せられたとしても、砂漠に水が沁み込むように素直に結果を受け入れられます。 万一トップチームがユースに負けたとしても、ユースの活躍に心を奪われてしまい、我がクラブの育成の方針は間違っていないんだと、その成果に目を細めて安堵し、全てが丸く収まるでしょう。 こういう状況だからこそ、色々な布陣や戦術を躊躇なく試せるというものです。 掲揚ポールには半旗が掲げられ、選手達は腕に喪章を巻いていました。
トップチームの構想としては、練習試合の1本目は「守備練習」を意図したものと思われます。 ミスが目立った前節の試合の印象を払拭して再開後の試合に繋げるためには、まず守備を固めなければなりません。 味方をも欺いてFWとして使わざるを得なかった外国人DFを、本来のポジションで機能させて周囲との連携を深めるには、実戦での熟成が急務です。 そのための練習台として、うちのユースチームは相手にとって不足はありません。むしろ怖いくらいで。 トップチームのプランは、前方の選手は無理に攻め上がらず、ユースに好きなように攻めさせておいて、その鋭い攻撃をはね返す練習に徹する、というものでした。 ユースにしても、関東遠征の成果を披露する絶好の機会となりました。 トップチームが持ち合わせていないような、攻撃のアイディアやテクニックやチームワーク、どれを取ってもトップチームが学ぶべきことばかりです。 トップチームの責務としては、この試合でユースに勝つことよりも、ここで得たトレーニングの成果を再開後のリーグ戦に活かすことの方が重要です。 試合開始時の天候
1本目は攻めさせているのだから、ユースが先制して当然です。 得点シーンの少し前にも右SBの小山内が独走して右奥をえぐるチャンスがあり、得点するのは時間の問題と思われました。 開始10分頃、中川が右サイドを突破したチャンスからクロスを入れ、いったん下げたボールを小山内が右45度からミドル、見事に左隅に入りました。 小山内に刺激されてか、普段はセットプレイのターゲットとして空中戦を制する奈良までもが、スルスルっと右タッチライン沿いに持ち上がり、DFのスライディングを外して奥深い位置からマイナスのクロスを入れるなんて、私でさえ予想できませんでした。 30分頃、トップチームが左タッチライン近くの遠めの位置でFKを得ました。 いくら攻め上がらない戦法とはいえ、FKは蹴らねばなりません。 出戻り選手の砂川が意を決してこのFKを蹴ると、白い選手がジャンプしてヘディングを当てたように見えました。 そのボールがほぼ水平に飛んで、長身GKの阿波加も届かずにゴール上端近くに入りました。 実態はユースのO.G.だったのかも知れませんが、いくらチャリティイベントでの練習試合だったとしても、トップチームがユースのクリアミスでしか得点できなかったとは、恥ずかしくて記録に残せません。 しばらく密室で協議された後に、得点者は上原と発表されました。 ユースにしてみれば、トップチームを突き放す追加点を取れなかったことが悔やまれます。 この試合は勝てた試合ですから、四方田監督が厳しく言うのも当然でしょう。 さて、2本目のトップチームの課題は「攻撃練習」です。 トップチームは大幅に選手を入れ替え、ユースも4名が交代しました。
奥のフェンスには「チカラをひとつに」の横断幕が張られ、さらにその奥には「ユメミルチカラ」が・・。 たとえ守ってばかりの1本目で観客が失望しても、2本目で攻撃シーンを堪能すれば、最後は良い気分で帰ってもらえるものと期待されます。 もしこの順序を逆にしてしまったら、観客からブーイングが起こることは必定ですから、スタッフおよび主催者が熟考して決めた段取りなのでしょう。 1本目の開始時にエンドを交代したのも、なるべく観客がいる方に向かって攻めて行けるように、という配慮に違いありません。 遠くでゴチャゴチャしながら失点すると、不愉快の度合いが倍増するだろうから。 確かに2本目は、トップチームのチャンスが多くなりました。 多くはなりましたが、決定的なチャンスはさほど多くはなく、その絶好機さえも拙攻で失い、ミスパスでピンチを招いてしまいます。 独走してビッグチャンスになりかけたユースの中原が、これはマズいと思ったのか、途中で芝に滑った振りをしてコケました。 CBに入った永坂のヘディングクリアは素晴らしく、永井が安心してボランチに専念できます。 ユースにとっては最終ラインを高く保つ練習にはなりますが、攻め急ぐトップチームがその裏でボールを受けるもんだから、少ないチャンスもオフサイドで失ってしまいます。 ユースのGK阿波加が受けるのはボテボテのボールや正面へのシュートで、これではGKの練習にはなりません。 業を煮やしたユースは、体が冷えたGKを今岡に代え、前半に出場して疲れているメンバー4名を再投入しました。 そこまでお膳立てしても、トップチームは得点できません。 風に飛ばされた雪と共に時間だけが空しく過ぎ去り、2本目は双方に得点が無いまま終了しました。
予想に反してユースの勝利はお預けとなりましたが、トップチームは結局、流れの中での得点を奪うことが出来ませんでした。 ※文中の一部(もしくは大部分)に誤解があるかも知れませんが、自分にはこう見えたんだから仕方がありません。
2011年04月02日
うそ、大げさ、紛らわしい表現はありませんか? ・・と言われそうで、嘘とは言いませんが、大袈裟に見えるし、ホントに紛らわしい名称だと感じます。 JFAのトピックスにあるように、4月9日から日本でもプレミアリーグが始まり、コンサドーレ札幌(U-18)も参加します・・という予定でしたが、地震の影響で予定通りに実施するのは無理な状況に変わりました。 一体、どんな方式になるのか闇の中だった「プリンスリーグの全国リーグ」ですが、大会名が「高円宮杯U-18サッカーリーグ2011」の中のトップリーグである「プレミアリーグ」になるんだそうです。(全部つなげた長い名前になるらしい) →JFAの名称案(PDF) これだと某国のリーグや「JFAプレミアカップ」と似てて紛らわしいし、卑屈に他所の国の猿マネなんかせずに日本文化のオリジナリティーを前面に出して、「皇子(みこ)リーグ」とか「太子(たいし)リーグ」とかの気の利いた名称は思い付かないものなんでしょうか。 そんな使い方をしたら畏れ多いという配慮なのか、英語で書く時に困るという心配なのか・・でも、「mikado」(=天皇)という外国語があるくらいだから、「miko」や「taishi」だって、「geisha」や「fujiyama」のように広がるかも・・。
このリーグが東西各10チームずつに分かれるのならば、コンサドーレ札幌ユースが東地区(プレミアリーグ・イースト)に含まれるのは当然であって、イーストリーグには、
が含まれます。(ウエストリーグは省略) 試合形式はホーム&アウェイの2回戦総当りだからホームゲームが9試合あって、コンサのホームゲームのみをピックアップすると、下記のスケジュールになります。 →JFAのイースト日程(PDF)、HFCオフィシャルのニュース 2節 4/17(日) 14:00 流通経済大学付属柏高 4節 5/ 4(水祝) 11:00 尚志高校 6節 5/15(日) 15:00 清水エスパルスユース 7節 7/ 3(日) 13:00 青森山田高校 8節 7/10(日) 13:00 浦和レッズユース 9節 7/16(土) 13:00 FC東京U-18 10節 9/ 4(日) 14:30 東京ヴェルディユース 12節 9/18(日) 11:00 静岡学園高校 14節 10/ 2(日) 13:00 三菱養和SCユース 試合会場は全てアミューズメントパーク(天然芝または人工芝)で、心配していた入場料は原則無料です。(←原則って何?) 噂に聞いていた日程とはかなり変更され、東北や関東のチームのホームゲームは延期や未定が多くなりました。しかしコンサ関係では、浦和戦のアウェイとホームとが入れ替わった程度のようです。 このうちの3試合がトップチームの日程と重なっていますが、5月4日だけは何とか掛け持ちできそうです。 でも、トップチームの日程も変更(=詰め込み)されるだろうから、もっと多くのダブルブッキングが生じるかも知れません。(厳密に言うと個人的な優先順位があるからダブルにはならなくて、今年のホームゲーム・パーフェクト賞とは縁が無くなったな・・) 最後に、東西両リーグの優勝チーム同士で「チャンピオンシップ」が行われ、高円宮杯を受ける日本一チームが決まります。 なお先の話ですが、東西両リーグの下位2チームずつが翌年は地域プリンスリーグに降格し、9地域のプリンスリーグ優勝チームが参加する参入戦で、そのうちの4チームがプレミアリーグに昇格します。 →JFAの地域プリンス開催要項 これによると、北海道と東北だけは2回勝たないとプレミアリーグに参入できません。 いわゆる「入れ替え戦」は無く、降格および参入戦で敗退したチームは、翌年はジモトの地域プリンスで地方巡業することになります・・とすると場合によっては、2012年のプレミアリーグの北海道枠が2チームに増える可能性も出て・・。(逆に、0になる可能性も) この方式を数年続けていると、プレミアリーグは「全国リーグ」という位置付けながらも、実質的には特定の地域のチームだけで争うようになってしまう心配も・・。 そんな心配をしなくて済むよう、ジモト最強(および準最強)チームには頑張ってもらわねば。 そのジモトで行われる「プリンスリーグ北海道」は、8チームによる2回戦総当り(全14節)のリーグ戦に変わると共に、会期も、従来の短期決戦型から長期持久戦型に変わります。 →北海道サッカー協会の開催要項(PDF) プリンスリーグ北海道からブロックリーグに降格するチーム数は、プレミアリーグや参入戦の結果によって異なるそうなので、プリンスリーグ北海道のチーム数(8)は変えない、という意味に解釈されます。 でも、プレミアリーグや参入戦が終わるのは12月中旬で、それまで地域プリンス⇔ブロックリーグ間の昇格/降格チームが確定しないというのも、当事者は落ち付かないんじゃないでしょうか。
雪に埋もれそうなドーレボックス@雁来練習場かろうじて埋没から逃れました。 しかし練習場の方向を示す看板は、雪の壁から顔を出したものの見事に壊れています。
2011年03月31日
2011年の「北海道カブスリーグU-15」について、開催要項が発表されました。 →北海道サッカー協会の開催要項(PDF) 今年のカブスリーグU-15は、昨年のU-14のリーグ戦およびブロックカブスでの成績に基き、1部(6)、2部A(6)、2部B(6)の、計18チームが参加します。 1部のチーム: SSS、コンサ札幌、アンフィニ、スプレッド・イーグル、札幌ジュニア、帯北アンビシャス 2部Aのチーム: ユニオン、プログレッソ十勝、DOHTO、旭川緑ヶ丘中、サンク栗山、フォーザ 2部Bのチーム: フロンティアトルナーレ、コンサ旭川、ASC、帯広FC、伊達中、クラブフィールズ 2部のA・Bの振り分けは、Aが北東寄り、Bが南西寄りにも見えますが、旭川や帯広のチームは両方の部に分かれています。
大会の会期は4月29日から9月25日までで、各部とも3回戦総当りのリーグ戦を行います。(40分ハーフ) 今年の開催要項にはU-14のことが何も書かれていないので、U-15の最終成績で翌年の降格・昇格を決めるものと解釈されます。 →参考:2010年の開催要項(PDF) 今年の2部A・Bの最終成績で1位になった2チームは、来年の1部へ自動昇格します。 1部で6位のチームと2部で2位の2チームと(計3チーム)で入れ替え戦を行い、このうちの1チームが来年の1部に入ります。 ということは、2012年の1部は8チームに増える計算になります。 一方、2部で6位になった2チームは自動降格します。 2部で5位の2チームと各ブロックリーグからの6チームと(計8チーム)で入れ替え戦を行いますが、このうちの何チームが北海道カブスリーグに加わるのかは明記されていません。 これがもし2チームだとすると、2012年のカブスリーグ2部は10チームに減ることになります。 もし4チームだとすると、入れ替え戦に加わる8チームのうちの4チームが昇格(or 残留)できるとことになるから、ずいぶんと楽な入れ替え戦だな・・と。 なお、1部リーグの優勝チームは、高円宮杯全日本ユース(U-15)への出場権(義務)を得ます。 昨年までの北海道カブスリーグでは、翌年の降格・昇格に関係するのはU-14のチームだけでした。 U-15のチームは高円宮杯の出場権に集中すれば良かったし、出場権争いから脱落したチームでも降格が無いから、残り試合を消化するだけという雰囲気を醸す恐れがありました。 しかし今年は降格もあり得るので、最後まで真剣勝負のサバイバル戦が続くでしょう。
雁来ショッピングセンターの向かいで、いかにもコンビニと思われる建物を建築中です。ローソン様の札幌東雁来10条店らしく、5月上旬にオープンするようです。 雪面上に残された生物活動の痕跡
半径20cmくらい・・丸く縁取りされるメカニズムを知りたいな。
2011年03月30日
U-18チームの荒野拓馬くんが、トップチームの活動に帯同することになりました。 →HFCオフィシャルのニュース 荒野くんは昨年からトップチームに2種登録されてリーグ戦にも出場しており、今年も2種登録で出場する見込みのようです。 このブログで荒野くんを紹介した最新記事は「選抜:U-18日本代表候補」ですが、最初に荒野くんが登場したのは、2006年7月13日に投稿した「北海道クラブユース選手権(U-15)」の記事です。 さらに写真入りでクローズアップされるのは、2006年12月3日の「選抜:荒野 拓馬くん(U-15)」という記事で、ここに使った写真が上記の試合に出場するシーンです。 1年生ながらクラセン(U-15)の試合で途中出場する荒野くん(2006/7/9@夕張)当時は、古田くんが中学3年生、三上くんが2年生、荒野くんが1年生でした。 スマートな体形もあってフィジカルの強さがイマイチな感を受けていたものの、最近はかなり強くなってきたように見えます。 ボランチが本職ながら、昨年あたりからFWで使われることもあり、積極的に攻撃参加するようになりました。 相手をかわしてボールを運ぶ技を「酔拳」と表現したことがありますが、とにかく相手のタイミングを外す詐欺的なテクニックと(←褒めてる)、パス出しのセンスが優れています。
時節柄、控えめなお祝いを・・縁起が良さそうな配色の大福餅です。昨日、勤務先の大阪支社長が来札したんですが、 その手土産がこの「白々しい恋人」←嘘
1枚ずつ机へ配りに来た女性に、「喧嘩売る気かっ!」と言いそうになりました。 彼女に罪は無いんだけど・・あの支社長はシバいたる・・いや、白い恋人をダンボールで10箱分ほど送り付けてやるっ! 一口だけ食べた後、ハンマーで粉々に潰しました。
2011年03月28日
HFCから示された数字に基き、今年の観客動員数と興行収入およびグッズ売上げの目標値を考察してみました。 それらの目標値が良いとか悪いとかいう類の議論をするつもりはありません。 2010年までの実績と2011年の見込みについて、年ごとに、試合数と、観客動員数(人)、1試合あたりの観客動員数(人)、興行収入(千円)、1人あたりの収入単価(円) を以下に並べてみます。 年 試合 動員数 1試合 興行収入 単価 2009 26 265,376 10,207 355,113 1,338 2010 18 193,280 10,738 305,385 1,580 2011 19 210,000 11,053 345,000 1,643
2009年から2010年にかけてどう変わったかを比べると、 観客動員数は 72,096人減って、これを率にすると -27.2% になります。 興行収入の方は 49,728千円減って、率にすると -14% になります。(しか減ってない?) チケットの販売にも原価がかかるから簡単に計算してはいけないんだろうけど、減った観客数で興行収入の減少額を割ってみると、1人あたり 690円 という値になります。 つまり目安として、690円の入場料を払っていた客が 72,096人減った、という計算になり、「安い客が減った」と見なせる気がします。 誤解を恐れずに言い方を変えると、招待券をもらって見に来てた一見さんが減っただけであって、コアな客は減ってないんじゃないの? と言えなくも・・。 2010年から2011年にかけてどう変わる(予定)かを比べると、 観客動員数は 16,720人増えるので、これは率にすると +8.7% になります。 興行収入の方は 29,615千円増えて、率にすると +13% になります。 増える観客数で興行収入の増加額を割ると、1人あたり 1,771円 という値になります。 単純に言うと、去年は 690円の客が 72,096人減ったけど、今年は 1,771円の客を 16,720人増やす、という目標を掲げていることを意味します。 マトモに金を出して見に来るような人を増やすんだから、これは相当な努力が必要になるでしょう。 去年までの観客動員数の数え方は、ハーフタイム終了時までにもぎったチケット(の半券)を集計して、その数字にシーズンチケット保有者の人数を足していたんだろうと思います。(もし違ってたら教えて下さい) 「シーズンチケットを持ってる人は(当然)全ての試合に来ている」と見なして加算していましたが、今年はワンタッチパスが導入されるので、来場履歴が白日の下に曝されます。 シーズンチケットを持ってるけど実際には試合会場に来なかった、という人が多ければ、ただでさえ苦しそうに見える観客動員数の目標値が、風前の灯火になってしまいます。 ただ、ハーフタイム終了以降に入場した人も計数される(かも知れない)、という期待はありますけど・・焼け石に雀の涙かも。 ではサポーターは何をなすべきか? と考えるに、サポートシップスポンサー(件数)と、パーソナルスポンサー(口数)と、グッズ売上げ(百万円) を並べてみます。 年 サポスポ パソスポ グッズ 2009 201 711 70 2010 202 844 65 2011 210 850 70
サポートシップスポンサーの件数は、ほとんど変化がありません。(1千万円程度) この制度は、一度入ったら足抜けし難いのではないかと想像します。店の売上げが減るというよりも、仕返しが怖い?(と脅す・笑) パーソナルスポンサーの口数は、かなり健闘して増えています。(800万円前後) これも、一度入ったら足抜けし難いのではないかと・・オフィシャルガイドブックに実名が載ってたりしますから。(以下略) グッズ売上げは、やや減りました。(6千5百万円程度) これは反省すべき費目でしょう。金額は1桁大きいけれども、グッズには原価がかかってるので純益は少ないですから。 2010年の予算では 8500万円のグッズを売上げる見込みだったのに、6500万円余(77%)しか売れませんでした。しかも原価が 6900万円余かかったので、グッズに関しては 370万円余の赤字になっています。 アレも作れコレも作れ、と口で言うほどには購買力を伴っていないから、シーズン終盤になって叩き売りしなければならないのでは? 今年はグッズを買ってもファンクラブのポイントが付かないので、購買意欲をそそられないことも予想されます。 クラブ創立15周年記念グッズなども作るらしいけど、最低限の数量だけに絞ってよほど安く仕入れ、催眠商法を使ってでも高く売りつけない限り、マカタしないべさ。
育成の世代では、楽に勝てる相手と試合をしても成長しないから、1つ上のカテゴリーのチームと試合をすることがあります。 たとえ相手が強敵であっても、最初から(0-5)で負けることを目指して試合を始めることなど、あり得ません。 「うちのチームは弱くて下手だから、5点の失点は覚悟して下さい。」と断って始める試合だったら、誰も応援しないでしょう。 試合はいつも、(2-0)や(3-0)で勝つつもりで始めるのが当然で、最悪の場合でも(1-0)で逃げ切って勝点3を稼ぐことを目指すでしょう。 もし途中でリードされたとしても、ロスタイムで同点に追い付いて引き分けに持ち込み、あわよくば逆転を狙うものです。 この相手には敵わないと思っても、試合を放棄して逃げる訳にはいかないのは、選手もサポーターも同じでショ。 うちのクラブは、難しい目標を達成するために努力して、借入金を返済していかねばならない身の上にあります。 その目標値は無理だ、と言って放り投げるだけでは何も解決しないのは明白です。 HFCの広報資料なのかな?「"札幌"という名の"北海道"のチームです」と書かれています・・そのチーム名が五大陸に轟いているという意味なのか、世界中から安上がりな選手を発掘してくるという意味なのか・・。 「希望という名のあなたをたずねて~」by 岸洋子 を思い出してしまいました。
2011年03月26日
1週間ほど前に用事があって苫小牧方面へ行った折、鵡川の周辺を彷徨ってきました。 道の駅「むかわ四季の館」の前に・・これは見飽きたから、もういい。
ロビーには、鈴木先生が汽車通学していた苫小牧の建物模型が並んでいました。木工芸愛好家が作ったそうで、かなり忠実に再現しています。 駅前にあった渡辺食堂は覚えています。
よく行ったのは、食べ物の店じゃなくて君島書店ですが。 道の駅のレストラン「たんぽぽ」に、ゲテモノ趣味(怖いもの見たさ)で期待した「カップリング丼」などというメニューはありませんでした。(実在するの?) ただし売店(というか、ホテルや温泉のフロント)で「ノーベル商品券あります」という張り紙を見たけど、どうせ地域通貨だろうから検分もしませんでした。 記念ギャラリーも作るとか・・知的なギャラリーの脇でシシャモや漬物を売るんですか? 鵡川の市街を外れて、津波が押し寄せた海岸に向かいました。 このコンクリートの塊は、戦時中に作られた「トーチカ」です。
以前に書いたこの記事を参考にして下さい。不気味な穴は銃眼です。 その内部:手前の台は銃座でしょう。
中の人が銃眼から覗いた外の景色
周辺の情景・・畑の隅にあります。
右遠方に海岸があり、銃眼は海上ではなくて苫小牧の方角を向いていました。 当初は米軍の上陸を水際で迎え撃つ作戦でしたが、消耗が多いとの判断から、後には内陸に後退した位置で迎撃するように変更したそうで、内陸部にもトーチカが残っています。 戦時中の陣地の地図を見て最近分かったんだけど、浜厚真の野原サッカー場のあたりに細長い戦車壕が掘られていて、その位置がサッカー場の敷地のすぐ隣に当たるように見えます。 付近の砂浜の海岸は、(津波とは関係なく)浸食されて後退し続けています。
再び地震や津波が来たら大変だから、携帯ラジオを聞きながら撮影しました。 先日の津波の高さは、苫小牧東港で最大2.5m以上だったそうで、最近の調査結果(PDF)によると、鵡川漁港で3.1m、苫小牧西港で3.8mだったと報告されています。 堤防の上に丸太が打ち上げられていました。
樽前山を背景にして遠くに見える建物は?・・近くに行ってみよう。 最近、時々こんな建物を見かけるんですけど、
これは原子力じゃなくて、火力発電所ですから。
アメダス探訪「鵡川」の巻牧草地?の隅にあり、ポールは低めです。(古いのかな) 雨雪量計の受水部(白い部分)
周囲の灰色の円筒部分は、「除炭」(じょたん)と呼ばれる風よけです。 風向風速計(上)と日照計(右下)
左側のステンレスの筒には、気温計が入っています。
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この日に苫小牧西港から被災地へ向けて、燃料(を積んだタンクローリー)を積んだ大型貨物船が出港したそうです。 函館港からは、支援物資を積んだ高速フェリー「ナッチャンWorld」が出港したそうで、お荷物になった「ナッチャン」や、退役しつつある「74式戦車」(気密性を活かした汚染物質処理)がこんな所で役に立つなんて・・。 災害時用の簡易トイレの作り方が載っていました。→こちら(PDF) 被災地でこれだけの材料をそろえるのは難しいだろうとは思いますが、有り合わせの廃材でも作れる気がします。 「日本赤十字への義捐金が1週間で223億円集まった」という記事を見て、「赤字による欠損金が223億円になった」と見えてしまった自分が哀しいです。 どこまで貧乏性なんだ・・。
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作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。
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