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作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。
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2015年06月25日
先日、札幌駅へ行ったついでに「どさプラ」でジンギスカン用の鹿肉を買って、夕食のおかずにしました。
翌6月14日、北海道クラブユース選手権(U-18)の試合のため夕張の「サングリンスポーツヴィレッジ」へ行くと、今年も鹿が好き放題に遊んでいるらしく、陸上競技場に沢山の足跡や落し物がありました。これも鹿肉を食べたタタリか・・。 この公園のネーミングライツを取得した、「サングリーン」ではなく「サングリン太陽園」という会社はあまり名前が通っていないかも知れませんが、太陽と水と土から作ったこんなものも売っています。 今年の対戦相手は、昨年に続いてサンクFCくりやまU-18でした。 前半の得点は、高嶺の2点と仁科の1点でした(3-0)が、いずれも遠いサイドだったので写真は撮ってません。 後半の右CKを高嶺が蹴り入れて濱がヘディング(4-0)
FKのチャンスから下田が強烈なシュートを打ち込む(5-0)
今年は(5-0)と少なめの得点でしたが、完封したから良しとしよう。 菅もたくさん打ったんだけど一つも決まらず。
この鬱憤を全国大会で
暴発爆発させて欲しいところです。
帰りは栗山に寄って、久し振りに「開拓記念館」と「泉記念館」を見学しました。(→HP) 他に観覧者もいないので開拓記念館の中をじっくり見て回っていたら、よほどの物好きに見えたのか(実際に物好きなんだけど)、係員が「展示してない物を保管してある部屋も見ますか?」と案内してくれました。 「収蔵室が一番面白いんですよね。」と有難く見学させてもらいました。 萱葺きの「泉記念館」は近年になって屋根を葺き替えたそうで、土台も修復されていました。ここの子孫の方は知り合いで、子供の頃はこの屋敷に住んでいたそうです。 次いで、2・3度目の訪問となる小林酒造に寄って、「蔵元 北の錦記念館」や「酒道具の館」などを見学しました。 このポスターが素晴らしい。
徳利と杉玉はすぐ分かる・・お猪口の底に描いてある二重丸模様? 記念館で買った土産「北の錦 甘酒餅」
てっきり小林酒造が作った商品だろうと思ったら、谷田製菓の製品で、確かに、きびだんごの食感でした・・餅は餅屋だと。 「北海道の栗山という町で偶然にもご近所さんだった 双方歴史ある造り酒屋さんときびだんご屋さん。互いに手をとって ひとつの餅菓子を作り上げました。」と書かれています。いいね。 実のところ最大の目的は、本宅である「小林家」が昨年から一般公開されることになったので、屋敷の内部を見学したかったのです。(特にトイレを)
しかしながら、小林家の見学は予約制なんだそうで諦めました。 ところが帰宅して小林家のHPを見ると、予約人数に空きがある場合は飛び入りでも構わないんだそうで、そんなら受付で尋ねてみれば良かったと後悔・・まぁ、夕張へ行く機会は何度もあるから、後の
祭りお楽しみ。 「KAI」という雑誌で読んだのですが、2011年に三代目の米三郎さんが他界した後、屋敷の維持管理にかかる経費が負担となってしまったそうです。 この小林家で育った長女の千栄子さんが実家に戻ってきて、屋敷を取り壊すのは簡単だけど、内部を一般公開することで維持費を捻出して屋敷を残そう、と考えたんだとか。 そして弟さん2人のお嫁さんたちが「お姉さんがやるなら私達も手伝う」と協力しているんだとか。いいね。 塀の前で長年の風雪に堪えた植栽は龍にも見え、盆栽のような風格がありました。屋敷の見学には「文化財保存協力費」として1,000円かかりますが、茶菓のサービスがあります。
2015年06月13日
水戸納豆じゃないですよ。 昔々、親や知人と一緒に洞爺湖へ行った(連れて行かれた)ことがありました。 温泉街に並んでた土産物屋の前で、鎖に繋がれた子熊が箱の中に座ってたんです。 箱には蓋が無いから、檻にはなってません。 その子熊に近付き過ぎたのか、子熊の前足で脛を引っ掻かれてしまいました。
これが、その下手人下手熊です・・美味しそうにミルクなんか飲みやがって。周囲に写ってる人物は、私の知らない人達です。 あれ以来、残念ながら脛に傷持つ身となってしまいました。 いつか、あの熊に復讐しようと思っていたものの、彼はもう生きちゃいないですよね。 登別に送られたのか白老に送られたのか、あるいは定山渓に送られたのか、はたまた上川方面に送られたのか・・どこの熊の骨になったんだか・・。 最近、熊の爪が付いたキーホルダー(というか、キーホルダーが付いた熊の爪)を買いました。(上の方)
まだ根に持っているらしい。 いずれも前足の爪で、下の方はずっと以前に買ったものですが、相当デカい熊だったに違いないです。 この爪の垢でも煎じて飲めば、足柄山の金太郎にも勝てそうな気が・・。
先日の昼頃、白石区内の国道12号線の横断歩道を渡っていたら、目の前を車が横切って轢かれそうになりました。 ドライバーは、横断歩道があることも、歩行者が歩いていることも、信号が赤だったことも見落としていたようです。 昼間から酒を飲んでいたとは思えないけれど、携帯でも見ていたんでしょうか。 せっかく今日まで世に憚って生きてきたのに・・。 ♪そして今、私は思っています。 明日からもこうして生きて行くだろうと。←明日のことは分からない
2015年06月01日
最近になって知ったんですが、5月18日は「国際博物館の日」だそうです。→日本博物館協会 私にとっては一年中が博物館の日だから、お日柄に関係なく前日の17日に「いしかり砂丘の風資料館」を再訪しました。以前にも見学したことがありますが、今回は石狩湾で撮影された蜃気楼の写真展が目当てです。 石狩湾を挟んで小樽の方から見える蜃気楼は有名ですが、対岸の石狩からも蜃気楼が見えます。
資料館の玄関前に、2007年に退役した護衛艦「いしかり」の主錨が展示されていました。石狩市民の郷土の誇りとして交流を重ねた証に置かれているとか・・弁天歴史公園内に設置されるという話で物議を醸し、ここに落ち着いたようです。 その向かいに一世を風靡したホテル「番屋の湯」がありますが、「違反建物の疑いで休館中」でした。
近くに「石狩浜海浜植物保護センター」があり、植物の保護活動や啓蒙を行っています。 展望搭からの眺めは良かったです。
実はこの日、カブスリーグの試合が終わった後に、石狩スポーツ広場で行われている「会長杯女子サッカー大会」の1回戦に間に合うと思って、リラ・コンサを見に石狩まで行ったのが主目的でした。 当日は北西の冷たい風が強く、砂埃が観戦エリアを襲っていました。そんな所に座ってるのは嫌なので風上に立って後半だけ見てたんですけど、砂埃と言うより砂嵐に近いです。
そう言えば、この辺は「紅葉山砂丘」という丘が出来たほどの地理的条件だから、砂が飛んでも不思議ではないです。 リラ・コンサはテクニックはあるんですけど、体格(というか、お尻と腿の太さ)がまるで違うので、F=m・a の式に従って力の差が生じるのは宇宙の法則。
太り過ぎたら動きが悪くなるけれど、トップレベルの選手はちゃんと体が絞られています。 試合後は報道陣が密着取材してました。
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順序よく紹介すると、2月に訪問した「本郷新記念 札幌彫刻美術館」から。 佐々木仁美さんの作品「帰る場所」(撮影可)こういう着色のブロンズが好きです。 こちらは「寝落ち」という作品・・笑
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次に、3月下旬に訪問した「北広島市エコミュージアムセンター知新の駅」←名前が長過ぎ廃校になった旧広葉小学校の校舎を再利用しています。 展示室は奥まった場所にあって見学し難いかも知れませんが、内容は面白いです。何と言っても、稲作に成功した中山久蔵が郷土の誇りです。 他にも色々な施設が同居していて、全体を「北広島市広葉交流センター”いこ~よ”」と呼ぶらしいです。
続いて、雪が融けるのを待って訪れた網走方面の博物館などを。 まずは、網走市にある「北方民族博物館」のエントランス北方民族のテントを象ったガラス室を下から見上げた景色です。 「白い食べ物・赤い食べ物」という展示から、これは白い食べ物である乳を搾る容器など
左上は「さるぐつわ」だったかな・・左下は、搾乳時に子供トナカイの首に付ける道具です。 子供が乳を飲もうとすると、ギザギザが親トナカイの腹に当たって痛いので、親が子を嫌って遠ざける・・あずましく搾乳するためとはいえ、人間は何と残酷な仕打ちをするのでしょう。 いわば「曲げわっぱ」製のバター容器
こちらは赤い食べ物である肉を盛る皿と調味料入れ
白樺のこぶの部分を削って、水筒のような形をした塩の容器を作り、角に彫刻を施したアクセサリーを象嵌してあるのがオシャレ。
さらに、美幌町にある「美幌博物館」(美博:びはく)網走方面は雪が多かったので、玄関で職員が雪割りをしてました。 かなり昔、1987年にオープンして間もない頃に訪れたことがあり、以前は「美幌農業館・博物館」という名称でした。 最近リニュアルして、寄贈された美術品も展示するようになりました。 農業館だった頃から展示してある農業機械の手入れが良かったです。車体の塗装や錆止めはもちろん、タイヤまで綺麗に磨いてあって、慈しみが感じられます。 空飛ぶ円盤のような「物見塔」からの眺めは良いはずなんですが、当日は霞がかかったようで見通しが悪く、壁に貼ってあったパノラマ写真に写ってる山はほとんど見えませんでした。
博物館の類ではないけれど、旧斜里町立図書館現在は新しい図書館に移転して、ここはお休みしています。 昔は斜里町役場の庁舎だった建物で、屋根に乗ってる望楼は戦時中に物見櫓として使われたとか。
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札幌芸術の森と関口雄揮記念美術館とを結ぶ近道に架かる吊り橋昨年9月の豪雨によって支柱が立ってる河岸が削られたとかで、通行禁止になっています・・危ない橋は渡りたくない。
近代美術館前の歩道にある植栽「ART」と、「MUSEUM」←画面に入り切らない
樹を回り込んでいる「U」の字が苦心の作
札幌市資料館で洪水と土砂災害のお勉強をしました。前庭に「一石を投じる」という芸術作品が据えられています。 道庁前のアカプラに展示されていた作品で、その保存方法にも一石を投じました。この場所にはちょっと合わないと感じます。
北広島市にある「旧島松駅逓所」このサイトのデフォですから。
鳥居のような形をした部分に着物の裾を掛けて用を足したから、この部分は「きぬかけ」と呼ばれ、それが「きんかくし」に変わったという・・ここのブログってためになるでショ?笑 現在も赤毛種を栽培している見本田
この駅逓所は、明治14年に明治天皇が北海道を巡幸した折の休憩所として利用されたそうで、昼食時に使われた食器が保存されていました。
いかにも奉安殿のような造りですが、食器は既に朽ちて残ってはいません。
北海道開拓記念館は改装され、「北海道博物館」に変わりました。施設のロゴマークは、建物の外観をそのまま使っています。 愛称の「森のちゃれんが」って、「赤れんが」の赤を茶に変えただけじゃないかっ!と思ったら、「チャレンジャー」の意味も含んでいるとか・・確かに、 Challenger を「ちゃれんがー」と読めなくもない・・「博物戦隊チャレンガー」なのか。 内部の展示物は基本的に既存の物品を踏襲していましたが、展示方法がかなり変わっています。 ただし間違ってるところは間違ったままだったので、そのうち指摘せねば。
2015年05月20日
スーパーなどに行くと、棚に並んでる牛乳などの商品を掻き分けながら、一番後ろに並んでる商品を苦労して引きずり出してカゴに入れてる人を見かけます。 古い商品は手前の方に並んでいて、新しい商品は奥の方に並んでいるからなんでしょう。
でも良く考えてみると: 市場に出回った商品の中には、陳列されるまでに品質が落ちてしまう可能性が無い訳でもないと思うんです。輸送中にエアコンが故障してたとか、吹雪で立ち往生してたとか・・。 仮に、品質が低下した商品を知らずに買ってしまって体調が悪くなったとすると、(通報があれば)その時期に入荷した商品は直ちに店頭から回収されるでしょう。 従って店頭に並んでしばらく経った商品は、そういうランダムなスクリーニング?を通過した商品なのだから、安全が保証されているようなものです。 わざわざ新しい商品を探して毒見してくれる人が世の中にいるお陰で、私は安全な食品を買うことが出来ます。 子供の頃、近くに牛乳工場があって、集乳缶をトラックに積んで集められた牛乳を加工する前に、窪みが沢山並んだトレイに一缶ずつのサンプルを取って色を見た後、係の人が口に含んで官能検査をしていました。 味が悪い牛乳はバケツに吐き出して、使わずに缶ごと全て捨てるんです。母牛には申し訳ないけれども。 奥に並んでる商品を買う人って、自分の危険を顧みずに牛乳検査官の役目をしてくれているので、いつも尊敬の眼差しで眺めています。 そんな奇特な消費者の力を借りて、♪私は今日まで生きてきました。(by 吉田拓郎)
先日の磐田戦に爆勝した帰り、オーロラタウンの「わしたショップ」に寄って沖縄物産を買物してるうちに、「ルートビア」をカゴに入れてしまいました。←万引きではない 帰宅して飲んでみると、元々ビールが好きじゃない自分にとっては、「これは悪魔の飲み物かっ!?」と思いました。 親切な忠告に従えば良かったと後悔しても阿蘇の火祭り。 ノンアルコールだから、子供から年寄りまで一緒に楽しめるって言うけれど、アメリカ人の味覚はホントにヤバいよ。 味覚が発達する年令の頃に色々な味を覚えないと、繊細な味覚が備わらないんだろうな・・日本でも、戦時中に子供だった年令層の人達は味覚がなんか変だと感じます。 ルートビアの味を再現しようと試行錯誤する人もいるらしいですが(コーラをルートビアにする)、私だったら途中で気を失ってしまいそうです。 教訓として、試合に勝った日は浮かれないように気を付けねば、と。
2015年05月08日
3月の下旬にヤボ用があって時計台の近くへ行ったついでに、付近の史跡を見学してきました。
まずは、札幌3大失望スポットとしてミシュランガイドにも載っているらしい(←ウソです)時計台から。入場券が雪ミクになってました。
クラーク先生が見たら何と言うか・・ 内部2階のホールに掲げてあった「演武場」の扁額
1階に、札幌ドームや羊、熊、大通のブラック・スライド・マントラなどを象った彫刻を飾ってありました。
石膏の作品かと思ったら大理石で、上の方に石狩湾、右に馬追丘陵、左下に支笏湖など、かなり精巧に作られた労作です。 昔は北2条通にあった時計台を現在の位置まで曳家で移動したそうで、古い位置に記念碑が立っています。
精密な大時計が付いたまま曳いて来たなんて意外ですけど。 よく見ると「傷跡」に見えなくもない。
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かつて近くに豊平館が立っていました。この碑は昔、市民会館の玄関先にありましたが、現在は市民ホールの庭に置かれています。 こんな環境だったんだよ、という説明図
その庭に植えられていたハルニレの大木が残されています。
樹齢が三百年と推定されている、市内でも最も古い部類に属するハルニレのようです。 昔は大気汚染の指標として二酸化炭素とか窒素酸化物の濃度を表示していましたが、関心の的が放射線量に変わってしまったとは・・。
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続いて札幌の創成の地である創成橋へ最初は札幌本陣へ通じる木製の橋として明治2年に架けられ、明治43年に石造で架け替えられた橋を2011年に再建したものだそうです。 橋という言葉から思い浮かぶイメージとはほど遠く、長さよりも幅の方が何倍も大きいという、言わば「ずん胴」な体形をしています。 これが「大友堀」と呼ばれていた創成川・・がこんな姿になろうとは。
創成川に架かる橋だから「創成橋」と名付けられたのではなくて、創成橋が架かっている川だから「創成川」と名付けられた、という順序です。 傍に、大友亀太郎像や由来を記した碑があります。
創成橋の袂に「北海道里程元標」が立てられており、右隣には「札幌市建設の地」碑も並んでいます。
全ての道はこの橋の東詰から始まると・・札幌市道路元標は道庁赤れんがの前にありますが。 橋の前に置かれていた車止めの石材や擬宝珠が保存されています。
この擬宝珠や札幌市建設の地碑などは、2011年までこの一角に置かれていて、
わざわざ一等地にあるビルの角地を凹ませるほど、大事に保存されていました。 開拓の村へ移設された南一条交番(旧札幌創成交番→札幌警察署南一条巡査派出所)なども再現されて、「歴史の広場」と命名され、一帯は創成川公園になっています。
昔からある漢方薬のお店
向かいに、こんな商店もあったそうです。
2015年04月26日
動物界では、頭から尻尾へ向かう線に平行な縞模様を「縦縞」と呼び、直交する縞模様を「横縞」と呼んでいます。
従って、シマウマの縞は「横縞」であって、これも横縞(イシダイ)、いつもは開いた内側しか見ない魚も横縞で(シマボッケ)、
こっちが縦縞です(シマゾイ)。
だから、これも当然、縦縞です。
場内放送では「横縞のようにも見える」と言ってましたが、上から見れば一目瞭然で縦縞だと納得するはず。 このユニフォームをよく見ると、胸当てとマント?をマジックテープで貼り合わせてるようでした。 オンラインショップでコンサモデルのキーホルダーやカン馬ッジも売ってるらしく・・早まったか。 しかも、既に「残りわずか」という商品があるじゃないか。
妄想の産物と思われる横縞赤黒ユニに、紐を付けてみました。紐であれば赤くなくても構いません。なんなら、ヘスティア様の「例の紐」でも。 まず右脇の紐を結んで、エプロンのように首の後ろに掛ける
次に左脇の紐を、腰の後ろに回してエプロンのように結ぶ
これで立派な?赤黒縦縞のユニだ。笑 横の物を縦にもしないのがモノグサの発想ですが、これも横縞を縦縞にした例(チョコファクにて)
しかも裏返しだし・・。 縦の物を横にもしないのがうちのチームでして・・単に見る方向が違うだけに過ぎないんですけど、「どっちでもいいから決めてくれ!」という訳にもいかんでしょう。
2015年04月15日
HFCから2014(平成26)年度の決算が発表されました。 単年度黒字になって、しかも債務超過が解消されたそうですが、どうして債務超過を解消できたのか調べてみました。 サポ集会の席で「債務超過の状態が解消される見通し」という話を聞いた時には、えっ、どうして? とキタキツネにつままれた思いがしました。 元々、うちのクラブには膨大な借入金があるので、毎年億の桁の金額を返済しながら黒字を出して、しかも債務超過まで解消してしまうなんて、余りにも虫が良過ぎる話ですから。
昨年度の決算で黒字を出せた要因を私的に分析して、以下の3点を上げてみます。
【広告料収入の増加】 前年度に比較して、広告料収入は36.1%増加しました。 額にして1憶5千万円ほどの増ですが、このうち某社様がスポンサー料を1億円近く増額しています。(総額はその2倍超) 仮にこの増額が無かったら、決算で数千万円の赤字を出して債務超過がさらに膨らみ、クラブライセンスが危うい状態に陥っていたかも知れません。 前年度は同社から寄付金という形で8500万円を拠出して頂いたお陰で、なんとか黒字決算に出来たという経緯がありましたが、今回は純粋にスポンサー料の増額です。 見返りを期待できない寄付金(赤字補填?)と違って、企業名の露出効果がある形での支援だし、先月に行われたU-18との練習試合を見れば、どういう方式なのか妄想が膨らみます。 今年度の広告料収入はさらに5千万ほど増える予算になっていますが、これでトップチーム人件費の増額分を埋めるにはまだ足りないので、他の費目で補う勘定になります。 【移籍金収入】 2013年度は移籍金が発生しませんでしたが、昨年度は移籍金収入が発生して、その他の売上高が2千7百万円ほど増加しました。 【借入金返済の減額】 前年の段階では、長期借入金の残高である6億1500万円(=道:1億7500万円+市:4億4000万円)を5年間で完済するという計画でしたが、それは余りにも負担が大きくて苦しいので、なんとか返済を先延ばしにして頂くよう、道や市にお願いすることになっていました。 その結果がどうなったのか案じていましたが、結果的に昨年度の返済額は、道:3500万円+市:4000万円=7500万円だったようです。 残った5億4000万円のうち、今後は毎年4500万円ずつを返済して、5年目で残高を3億3000万円まで減らす計画になっています。 いっそのこと、借入金を資本へ組み入れては?という意見もあるようですが、今のところ、そういう非常手段は取らないようです。 結論として、「黒字決算」や「債務超過解消」というのは経営状態が好転した訳ではなくて、相変わらず綱渡りの状態に近いから油断出来ない・・と感じるのです。
2015年04月06日
今年のオフィシャルガイドブックの中で、何が萌えるかって・・ドールズを押さえて堂々の存在は女子チームですな。 それにしても、名前を何と読むのか分からない選手が多くて困惑します。 しっかし、「リラ・コンサドーレ」のリラって「lira」と書くのかい・・ r は無いだろ・・「リラハイツ○○」というマンションだって「Lilac」と表記されているのに。 リラ・コンサのマスコットもドーレくんなんだろうか? と考えた結論が・・リラックマだよね?←違 アカデミーの選手を合計したら206名になるらしく、リラ・コンサの22名を加えると228名、これにドールズの新人やノルディーアの新人を加えたら、えらいことになります。 これはどう考えても無理なので、単語帳に代わる新たな記憶補助手段を開発せねばなりません。 将来的には、アカデミーの人数を550名に拡大するんだとか。えっ? Mega10 クラブ間提携パートナーとして、マレーシアやミャンマーも増えるとなると、なんだか大東亜共栄圏みたいなイメージですが・・試合前にビジョンに流される映像だって、シンガポール陥落(昭和17年)を連想して・・。←おぃ
とか言ってる間に、もう4月です。 じきに今シーズンのアカデミーの試合も始まってしまいますから、時間的余裕はありません。 ライラックの標本木@札幌管区気象台の前庭(2014/5/31)今年はまだ縄も外されていません。(2015/4/1)
もう少しで葉っぱが開きそう(2015/4/4)
札幌市資料館の前にあるライラック(2015/3/7)
種名の「ムラサキハシドイ」と書かれています。(紫丁香花) ライラックと言えば・・札幌に現存する最古のライラック株(北大植物園@2011/5/29)
お雇い外国人で北星学園(スミス女学校)の創設者であるサラ・クララ・スミス女史が、アメリカから苗木を持ち込んだ株が元になっています。 その株が各地に分けられたのですが・・それって言わば「外来種が繁殖している」という現象な訳で、ニセアカシアほどではないにしても、好ましい事とは言えないような・・。 暗号文字を書いてあるようなフキノトウ
札幌の市街地に生えているフキノトウを毒見する気にはなれません。
2015年03月27日
モエレ沼公園のグランドオープンから10周年になる記念展として、1月10日から3月1日までモエレ沼公園で「想像の山脈」という芸術展が開催されました。 これが「イマジナリー・ランドスケープス・シリーズ」の第一弾だそうで・・ということは、第二弾や第三弾もあるんでしょう。 その展覧会と、最終日に行われたピアノコンサートを鑑賞してきました。
はるか遠くに百年記念塔が見えます・・もう少しで開道百五十年になるんですが。想像の山脈へ行くには、この階段を登れ
その山じゃないから。
レンタルのソリで滑ってる子供が結構います。 ガラス面を通して注ぐ冬の陽は弱々しいです。
展示室の案内表示
作品の写真を撮影しても構わないとのことでした。 床に積んであるのが伊賀信さんの作品「四角錐連峰」で、同じ形の木材を積み上げただけで接着していないので、触ったら積み木崩しになります。
そういう崩壊の危険性が、作品に緊張感を漂わせています・・ところが小さい子が一人で部屋に入って来て走り回るもんだから、会場スタッフが大慌てで追い掛けて引っ捕えていました。笑 天井から垂れ下がっている蛍光ピンク色の紐の集合が、藤沢レオさんの作品「不在の存在IV」です。レオさんといえば鉄の造形というイメージなんですけど。 砂糖水と卵白を混ぜた材料でガラスに白い線を描く「シュガークラフト」は、佐々木愛さんの作品「SNOW」です。
染物の工程で、染めない部分に糊を置くような感触かと想像するんですが・・砂糖がもったいないな、とも。 トレーシングペーパーのような紙に鉛筆で描いた絵も凄かったなぁ、絵巻物みたいで。
3月1日に催されたピアノコンサートは、光のピラミッド1Fのアトリウムで行われ、岩見沢市出身の辻千絵さんによるピアノ演奏でした。後で満席になって、椅子がどんどん増やされました。 プログラムに載っていない3曲も合わせて、たっぷり11曲演奏されました。 演奏家による冒頭の挨拶では、この会場は残響時間が12秒もあるそうです。 ちなみに、コンサートホール「Kitara」の大ホールの残響時間が2秒ほどだそうですから、いかに長いのか想像し難いほどです。 演奏者自身が「音の温泉」に浸っていると感じるそうで、音楽仲間では「モエレ沼温泉」と呼ばれているそうです。(たまゆらの杜とは別) 温泉に浸かりながら歌ってるように響き渡るのも凄いし、ガラスのピラミッドは温室みたいな構造だから夏場はサウナのように暑くてね。 こんな天井が低い場所から音を出したら、
上下で反響しながらピラミッドの内部全体に広がり、ガラス面で反射しながらまた自分の場所に収束して来るんだから、音のシャワーを受けるようなもんでしょう。 ガラスのピラミッドというプリズムの中で反射しながら戻って来る音響
・・それって、計算された角度でカットされた内面で光が全反射しながら戻ってくる、ダイヤモンドの眩い輝きと一緒ですね。
ここのガラスのピラミッドの構造を少し考えてみました。 ピラミッドというのはエジプト王家の墓で、四角錐の斜面に入口があって炭鉱の坑道のような斜路を進み、中心付近で垂直に伸びるシャフト(竪穴)を下ると墓室がある設計になっています。 ガラスのピラミッドも当然ながら四角錐の(ような)形をしており、地下の墓室に下りる竪坑(シャフト)があります。この装置は通常「エレベーター」と呼ばれているけれど、霊界と地上とを往来する通路であり、吉村作治さんが見たら「シャフトだ!」と叫ぶに違いありまん。 とすると、この凹んだ部分が墓室に相当するんでしょうか。
王のミイラが納められた棺は見当たらないけれど。 さらに床の真下にある部屋の中央には、「OMPHAROS(オンファロス)」と名付けられた石が鎮座しています。
ピラミッドでも、見かけは王の墓室のように見える部屋のさらに深い位置に、盗掘者の手から逃れる本当の墓室があるんだとか。 古代ギリシアのアポロン神殿の奥殿には、そこが世界の中心であることを示すため、大地ガイアのへそ(オンファロス)を象った聖石が安置されていたそうです。 日本でいうと、地鎮石とか要石とか、ナマズのようなもんしょうか・・ここに置かれている石も、そういう役割を意味しているんでしょう。 石の中央に穿たれた丸い穴からは、水が少しずつ溢れ出しています。
右奥に見えるパイプで循環させてるんだろう・・。 こっちから見ると、水面が盛り上がって波打っているのが分かります。
いつぞや見た「水の神殿」を思い出しました。
2015年03月16日
穏やかな晴天になった先月のある週末に、然別湖へ行ってきました。 毎年冬になったら(人工的に)出現し、春になったら湖に沈んで消えるしかりべつ湖コタンという幻の村があります。 今年で34回目になるイベントだそうで・・確か過去に3回は訪れたことがあるけれど、直近でも20年ほど前の話だから記憶も薄れて来つつあります。
鹿追町から西ヌプカウシ山と東ヌプカウシ山を望む然別湖へ通じる道路は、西ヌプカウシ山の山麓を登って両山の間を抜けて行きます。 2009年まで、西ヌプカウシ山にアメダスがありました。 上士幌町にピリベツ岳という山と西クマネシリ岳という山があり、両方を合わせて「オッパイ山」と呼んでいるどころか、「オッパイ山祭り」まで行われるそうです。←興味津々 こっちの東・西ヌプカウシ山もなかなかの姿をしていますが、元祖よりも標高が低い他に決定的な違いがあるため、地元の鹿追町では同様の祭りを行おうとはしていません。具体的に何がどう違うのかは・・自由研究の課題とします。 しかりべつ湖コタンの入口から湖面(に積もった雪)を眺める
イグルーというかパビリオンの建築資材は、圧雪した雪塊や然別湖の湖水が凍って出来た分厚い氷板を切り出して利用しています。製氷機で作った人造の氷塊と違って、中心部まで濁らず透明なままなのが秀逸。 春になったら、そのままの姿で然別湖の澄んだ水の中へ戻るんですから、冬の間限定の厳しい自然環境からの借り物と表現することも出来ます。大雪山国立公園の中だから、余計な物を湖に沈めてはいけないし。 春になって沈む時ってどんなんでしょう・・ダム湖に沈んでしまう廃屋を見送るような感じでしょうか。 急に深くなっているそうで、長年の住民で湖を知り尽くしているオショロコマが言うんだから間違い無いんでしょう。
夏場には湖面に姿を映す唇山(天望山)を背景にして、アイスチャペルとなるイグルーが一番奥にあります。
夜になると内部にキャンドルが灯されるらしい。
湖畔の温泉街を振り返った景色・・街と言えるほどの軒数は無いけれど、
左奥がホテル福原で、右手前がホテル風水です。 アイスロッジに宿泊する体験も出来ます。(要予約)
でも氷のベッドは固くて冷たそうだし、湖の上にはトイレが無いんですよ。夜中に目が覚めてトイレに・・という場合は、湖岸にある観光トイレまで歩かなければならないんですね、寒い夜中に。 ここはアイスバー(昼間はアイスカフェ)
夜中に侵入されないよう、ドアの横にあるチェーンで封鎖するんでしょう。 結構賑わっているカウンター
温かい抹茶オレを買って、丸窓のある中二階で飲みます。
ドリンクは500円ポッキリ、氷のグラスで飲みたければ500円追加です。 お一人様~お二人様用のテーブル席
コースターを使わないとテーブルが融けてしまいます。 グループ用のボックス席もあります・・カラオケは無いのかな?
丸窓からカウンターを見下ろす景色・・深窓の令嬢になった気分←誰がっ!?
他の部屋にはステージがあって、コンサートも行われるとか。
サンタ姿のドールズが登場(願望)・・シロクマも座って眺めています。 半地下になった薄暗い部屋にはシアターがあり、ナキウサギなど然別湖の四季の風景や、イグルーを製作する過程のドキュメンタリーが上映されていました。
大きな氷の板の裏側に白い布を貼って、その背後から映像を投影してるようです。 これは型枠に氷材を載せている段階
外形が出来たら内装工事に取りかかります。
ここは氷のグラスや彫刻を作る体験工房で、左後方がアイスバーの外壁です。
内部には作業テーブルがあり、作品が並べられていました。
あっちに氷上露天風呂があるようで、
朝から夜まで無料で入浴できますが、男性専用と女性専用の時間帯も設定されています。 湖の方から眺めた露天風呂(男湯に入浴中)
湖岸の温泉からお湯を引いて浴槽に満たしており、お湯をあふれさせ過ぎると、氷が融けて湯船ごと湖に沈んでしまうことになります。 後で発見された時には、氷の祭典などで見るような氷に閉じ込められた人間の標本が出来てるはず。(しかも全裸で) パンフレットには色々な注意書きがあって、約束を守れなかった人は強制退去・・かと思ったら「強制労働」してもらう、と書いてありました。どんな労働なんでしょう。 然別湖という地名も、内地の人には読み難いんだろうなぁ。 読めなくても全然オッケー・・の「ぜん」には違いないけれど・・さりとて、初めて見る人なら当惑するのもしかり。 十分に心の底まで美しく透明になったし、夜になるまで待ってるのも手持ち無沙汰だからほどなく引き上げましたが、帰りに高速のトンネル内で事故があってトンネルは進入禁止、トンネルの手前で1時間も待たされました。
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作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。
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