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作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。
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2016年05月24日
GW中の5月4日に、少し移転したアメダス小金湯を見てきました。 以前から待ちに待っていた公園のオープンが4月29日でしたが(札幌市の広報:2016年4月号)、その日はGWの真っ最中だし桜の季節だもの花見の客で混雑するのは必至で、落ち着いて調査できないから5月中旬か下旬になってから訪れるつもりでいました。
当日はトップチームとU-18チームとの練習試合が予定されていて、雨降りだろうからどんな装備で宮の沢へ行こうかと思案していたところ、トップチームの帰札が遅れたため練習試合はキャンセルされてしまいました。 散々悩まされていた予定が空白になってしまい、さて雨読でもしようかと考えた結論は・・雨天の日に花を見に来る酔狂な客などいないだろうし、雨だからアメダス探訪で良いだろう・・という安直さ。 定山渓温泉まで行く直通バス(かっぱライナー号)に乗って小金湯で降りる方法もありますが、地下鉄の真駒内駅から鈍行バスに乗り継ぎました。 小金湯のバス停のすぐ近くに「小金湯さくらの森」公園があります。予想通り花見客は少なく、駐車場も閑散としています。
以前はこのあたり(畑の中)にアメダスがありました。 園内の案内図
外壁に太陽光パネルを貼ったビジターセンターがあります。
センター内の公園側には休憩・食事スペースがあり、
壁面のボードにさくらの森のあゆみが記されていました。
ボードに描かれた花びらに募金者の名前が記されているらしいです。 そんなことより、本命のアメダスが待っていて気もそぞろ。 アメダス再訪「小金湯」の巻(2016/5/4) 斜面が上り坂になっていて、以前よりも標高が少しだけ高くなりました。
後ろは果樹園で、観測の障害になるような地物は周囲にありません。
ここでは雨量と積雪深のみを測っています。
雨量計
レーザー光式の積雪深計
積雪深の基準面プレート
これで今日のミッションは無事に終了。 しかし移転前と移転後の積雪データを比べると、降雪量は少なくなったのに積雪深は変わっていないような・・国道の脇にあった時代は積雪が融けやすかったのかも・・さらに追跡調査が必要だと考えています。 さて公園内には、エゾヤマザクラなど11種類・800本の桜が植えられていますが、こんな品種の桜があるとは知りませんでした。
しかし現在の状況は「枯木も山の賑わい」という程度で、
最も見栄えが良い樹でも五分咲きくらいでした。
花見客がいなかったのは雨天だからではなく、まだ桜が咲いていないからなのか? 将来この通路は桜のトンネルになるそうですが、そうなる時期は北海道新幹線の札幌延伸よりも早い時代なのかどうか・・
階段を登ると桜の紋章が付いた鐘がありました。
展望台からは八剣山(右)なども眺められます。
この「神威岳」は大昔に登ったことがあり、頂部は溶岩で出来ています。
かつて札幌市の西部では、太古に噴出した溶岩が積もって標高1000mくらいに溶岩台地の高原が広がっていました。 その溶岩台地が気の遠くなる年月にわたって浸食され続け、最後に少しだけ取り残された部分が手稲山とか神威岳の山頂部になっている訳です。
札幌における桜の開花は、ここの標本木で観測しています。「標本木の南側には昨秋小さな公園が整備され、お花見にぴったりのロケーションに。」とも書かれています・・そのために公園を作った訳じゃないんだけども。 公園の脇を通りすがる度に観察してたんですが(2016/5/4)、
4月25日に開花、5月1日にやっと満開になりました。 こっちの桜は比較的早く咲くんだけど。(2016/4/23)
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最新のアメダス地点一覧表(地域気象観測所一覧 [PDF形式] )を調べたら、移設された地点が何ヶ所かありました。 元ファイルのpdfに書かれた数字を付き合わせてチェックするのは大変だから、csvファイルをエクセルに読み込んで、前回の位置データと相違してる地点を抽出するツールを作ってあります。 【札幌】 以前から、周囲に建った高層マンションの影響を避けるために、風速計だけを隣接する開発局の通信鉄塔へ移設してありましたが、その位置データを独立させたようです。【北見】 市街中心部(高栄東町)の配水池にありましたが、南西部の広郷地区へ移りました。(2015/10/29~30?) 地図上には広郷浄水場があるので、ここが最も怪しいです。 【厚床】 バス停に書かれたローマ字を見て笑ってしまった厚床中学校にありましたが、西厚床地区へ移りました。(2015/10/28~29?) 地図上では付近にベンチマークがあるけれど、周辺をストリートビューで探しても小さな小屋しか見当たりません。 駐車エリアに立入禁止のチェーンを張ってあるので、ここも公共の施設か何かなんだろうか? 【伊達】 以前は梅本町の「だて歴史の杜」の脇にあったんですが、近くで工事中だった場所には体育館も建ったようだし、どうなったかなぁと思っていました。 現在は西側の館山下町へ移りました。(2015/11/9~10?) 地図上では道道779号が旧胆振線の近くで室蘭本線を横断する踏切の付近に当たりますが、それらしい敷地は見当たりません。
やっぱり、臨場感は重要ですから。 飛んできたファウルボール(や実弾)をよける訓練だって必要だろうし。
2016年04月27日
人間、トコトン困った時には、とんでもない名案が閃くものですねぇ。 術後4週間くらい経ったら眼球の変形も落ち着くので、その頃にメガネの度を合わせて下さい、と言われていました。 4週間も過ぎ、5週間ほど経った週末にメガネの右レンズを作り直しに行きました。
レンズの度を合わせると言っても、もう車の運転はしないのだから、はるか遠くまでバッチリ見えるほど度を越して強くする必要は無く、机上の作業に支障が無い程度の度数で十分です。 遠くまで見えるようにすると手許の作業に疲れるから、遠くの方を見たい時には、以前に作った中近レンズを入れたメガネがそのまま使えるし。
左右の目で視力は大体揃っているのですが、右目の虹彩が直径8mmのままで閉じないため、照明が視野に入るとゴーストやハレーションが生じて見難いし、白い背景に書かれた小さい文字はコントラストが飛んで読み難いです。 夜に明るい点光源を見ると、光の輪っかさえ何重にも見えます・・自分は天使か? 晴天時の日中に外出する時は、度入りの調光レンズを入れたメガネを使わなければ、右目に紫外線が入り過ぎて、帰宅後は明かに影響が生じてます。 虹彩を絞るには再び三度目の手術を受けなければなりませんから、どうにか他の方法で・・例えば、視力回復用として小さな穴がたくさん開いた「ピンホールメガネ」というのがあり、そんなメガネに度が入っていたら役に立つだろうと思いました。 あのメガネは近視(や遠視)そのものを矯正するのではなく、焦点深度を深くしてピンボケ状態を感知し難くするだけなんだけど、以前に宮の沢のコンサベースで売ってたような記憶があります。 また発売されないかなぁと思いながらネットで調べたりしていたら、たまたま寄った本屋さん!で売ってました。「製造所」ではなく「印刷所」と書かれているのが、いかにも本屋さんに並んでる商品らしいです。 しかもメガネにISBNが付いているなんて!・・なぜ?
「視力向上トレーニングメガネ」と呼んでいるらしく、本を読み過ぎて視力が落ちたのを回復させる(目を休ませる)とか、眼筋のトレーニングを目的とする商品のようです。
だから本屋さんで売ってるのか、と納得。 でも使ってみると視野が狭いし像がダブったりして見難く、注意書きの「長時間かけ続けると目の負担になる場合がある」ことを実証できました。
とても実用にはならないから、試行錯誤として黒い紙に瞳孔ほどの穴を開けてその穴から覗いて景色を見ると、かなりはっきり見えます。 そんな紙をメガネの裏側に貼り付ける訳にもいかないから、視界を確保するためには目の直前に置き、可能ならば角膜に貼り付けてコンタクトレンズのように・・中心部だけ透けて見えるコンタクトとか無いのかなぁ?・・あっ! カラーコンタクト!! カラコンなんてモノは、芸能人か若い女性が使うツールだと思っていましたが、これほど使用目的に合致した用具が世の中にあるとわ・エ・モア。 例えば、の装着イメージを想像・・笑うな!先月、目の検査のため通院した時に「カラコンを使ったらどうでしょう?」と医者に尋ねてみました。 今さら目力を強くする必要も無いし期待はしていませんでしたが、回答はやはり「あまり効果はありません。」という予想した結果でした。 私の場合は透き通っている部分の径が小さいカラコンほど都合が良い訳ですが、着色内径が6.5mmという小さめな仕様の商品であっても、径6.5mmまで環状にべったり色を塗ってある訳ではありません。 花びらのような楔形のような模様が中心に向かって伸びているだけだから、実質的な着色内径はもっと大きいので、虹彩を絞る作用に代わるほどの効果はあまり期待できないのです。 たとえ度が入っていないカラコンでも、心臓ペースメーカーのように「高度管理医療機器」だそうで、使い方が適切じゃなくて眼に障害が発生する場合も多いらしく、医者の処方箋か指示書が必要な場合が多いです。処方箋が不要な通信販売もあるけれど。 なおクルマの保険会社によると、虹彩が閉じなくなったのは後遺障害に該当するらしいです。 たとえ給付金を貰えたとしても、元(の木阿弥)に戻らないのなら有難くないし、申請に必要な診断書の発行料も結構な金額だしなー。
2016年03月29日
3月中旬に観たい展覧会があって、JRで苫小牧へ行きました。 苫小牧駅の跨線橋から見た、王子製紙の工場の煙突最近は苫小牧も工場夜景を観光に売り込んでいるようです。
駅から暫く歩いて、苫小牧市美術博物館に着きました。ここでは企画展の「ハスカップ-原野の恵みと描かれた風景-」と、コレクション展「タマサイ-つながりの美」を見学しました。 道民なら知ってるだろうけど、ハスカップは「クロミノウグイスカグラ(黒実鶯神楽)」のことで、スイカズラ科スイカズラ属の植物、苫小牧市の木の花に指定されています。 ついでに苫小牧の街中を歩いて、はるか昔を懐かしんでみることにしました。 その節はお世話になりました:王子総合病院
クラスメイトの見舞に行ったことはあるけれど、まさか自分が最近になって・・この辺一帯には、王子製紙の平屋の社宅が並んでいました。もう半世紀近い昔の話ですが。 苫小牧警察署にもお世話になったんだけど、お礼参りはしないでおこう。 倉庫のような体育館は、王子製紙vs岩倉組の熱い試合が行われた王子スポーツセンターでしたが、老巧化のため2012年に閉鎖されました。→新聞記事
通ってた高校のハス向かいに野球グラウンドがあったんですが、その跡地に白鳥アリーナが立っています。
王子ホールディングス株式会社がネーミングライツを取得して、「白鳥王子アイスアリーナ」という名称になったようです・・「とまチョップアリーナ」の方が良いかも。 ここを王子イーグルスの本拠地として使用できるんだから、スポーツセンターは無くても構わないということか。 この中学校を卒業しました・・と言っても、3年生の時に在籍していたというだけなので、卒業したという実感がありません。
苫小牧市科学センター:黒っぽい部分はプラネタリウムです。
玄関前に日時計がありました。
鶴丸デパート時計部が寄贈したようです。鶴丸デパートと言えば、苫小牧では老舗の百貨店でした。(過去形) 屋上の天文台で天体望遠鏡を使わせてもらったことがあります。
前庭にSLが展示されていました。(C11 133)
このSLは「たるまえ号」と呼ばれているらしいです。 後方はソ連の宇宙ステーション「ミール」を展示してある「ミール館」で、科学センターに増築された部分です。 市民会館の前に、本郷新が製作した「勇払千人同心」の像があります。→参考記事
苫小牧で気取った食事をするなら第一洋食と決まっていて、
大人になりそうな子供を連れて行って、テーブルマナーを教えるお店です。 駅前にある総合ショッピングセンター「egao(エガオ)」は
色々と騒がせた末に閉店しています。駅裏のエスタも閉店したんだとか。 駅前通りから近いアカシア公園にSLと車両が保存されています。
王子製紙軽便鉄道の「山線」で使われていた1935年製の機関車4号機で、重量は8.394トン、最高速度は26.46km/hだそうです。 こんな小さい車輪ですから。
山線は苫小牧から支笏湖畔まで、さらに千歳の発電所まで走っていた鉄道で、支笏湖の脇に架かっている「山線鉄橋」は良く知られており、支笏湖へ向かっていた線路跡はサイクリングロードになっています。 連結されている貴賓車には、昭和天皇(皇太子時代)が視察する時に乗ったそうです。
柵の片隅にある出入り用の扉には鍵が掛かっていなかったんですが、車両の周囲に防犯用のセンサーが設置されていました。光路を横切ると毒矢が飛んで来るかも知れないので、柵の中には入りませんでした。 駅前通りに面した街のど真ん中に「足湯・手湯」スポットがありました。
苫小牧信用金庫の「まちなか交流館」と呼ばれる施設だそうで、道産カラマツのみで構成した建築物です。 「冬季に暖かく落ち着いて足湯を楽しみ、地域の人々の憩いの場となり、交流のきっかけとなること」を目指してるそうですが、トライする気にはなりませんでした。 駅前にこんな作品がありました。スケートの街ですから。
歩道のガードには・・アイスホッケーの街ですから。
これも本郷新が製作した、人間環境都市像「緑の環」の一つです。→新聞記事
苫小牧市が開基100年となった1973年に人間環境都市宣言を行い、苫小牧を緑の環で囲むシンボル像として市内5ヶ所(苫小牧駅、市役所、樽前、美沢、静川)に建立されており、国道36号沿いの海岸に立っている像は目に付きます。
今年はプリンスリーグの会場となる浜厚真までJRで行こうと時刻表を買ったら、3月26日のダイヤ改正に伴って信じられない現象が起こっています。 苫小牧までの自由席特急料金は、「すずらん」オプションだと往復割引乗車券+330円で済むけど、「北斗」オプションだと+1,130円という大きな格差があります。 これが東室蘭までなら、+360円と+1,800円の違いですよ。往復で2,880円も違うなんて、何を根拠に料金を設定してるんでしょう? そもそも、途中の停車駅が多い「すずらん」と停車駅が少ない「北斗」とが、ほぼ同じ所要時間で運行されるのも不思議です。 柳月から「三方六」の新幹線パッケージが出まして、ネーミングが「三二六」というんですよ。笑いが止まりません。
2016年02月22日
昨年の6月下旬に「サッポロさとらんど」へ行ってみました。 バーベキューしに行った訳ではなく、モエレ沼公園の隣にあるので以前から気になってはいたんですが、訪問する機会がなかなか無かったので。 ここは1995年に開園した、都市と農業の共存を目指して整備された田園テーマパークで、昨年は開設20周年に当たります。面積は74.3 haあるそうな。 正式名称は「札幌市農業体験交流施設」というんだとか。
研修室や売店、レストランがある「さとらんどセンター」遠くの黄色い部分は菜の花です。
長閑な広場とモエレ山
この建物の名称は「さとらんど交流館」なんですが、分かりやすく言えば「農産物直売所」ですね。
その手前にある市民農園
周囲よりも鮮やかな種のラベンダー株がありました。
その手前には「炊事広場」というのがあって、まるで札幌市民向けの巨大なバーベキュー場というか、広大な炊事遠足広場という趣きに感じました。 牧場もあって羊や牛が長閑に歩いているんですが、それらを眺めながらジンギスカンやステーキを食べるという人間は、なんと罪深い生物であることか。 牛の館の近くに、「創立百年記念之碑」(札幌牛乳搾取業組合)が立っていました。
酪農王国・北海道の基礎を築いたのはこの組合だそうで、創立は明治28年に遡るんだそうです。→参考 平成7年で100年ですから、昨年は120年目に当たります。 参考ページに紹介されている「酪農の父・宇都宮仙太郎」とは雪印乳業の基礎を築いた人物で、町村農場を創設した町村敬貴さんが渡米して酪農の実習をする時に世話になったそうです。
さてここからが本命の探索なのですが(えっ?)、さとらんどの中に「丘珠縄文遺跡(H508遺跡)」(←「H」は東区の意味)があって、このエリアを「(仮称)丘珠縄文遺跡公園」として整備するんだそうです。
フェンスで囲まれた部分が遺跡で、縄文時代には存在しなかった山も遠くに見えます。
あの山は現代になって築かれた貝塚のようなもんですが。 現在は発掘作業を一休みしていて、再来年?から市民ボランティアによる発掘作業を再開するんだそうです。
参加してみたいけど、しゃがんで作業してる状態から急に立ち上がったら脳貧血を起こして倒れるのは必定だし。 あっ、ホタテの貝殻が出土したっ! ←神の手?
そして今年の1月下旬に、「さっぽろの縄文」という丘珠縄文遺跡フォーラムが「かでる2・7」で開催されたので、お勉強してきました。↓パンフ画像 http://www.city.sapporo.jp/kankobunka/maibun/news/documents/okadamajomon_forum2015.jpg アルツハイマーの発症を防ぐ(遅らせる)には、たくさん勉強して脳内の神経細胞を増やすのが良いらしいですから。 札幌市内の遺跡って丘陵地帯の突端に位置してる場合が多く、川が氾濫しても水に浸からない配慮だろうと思うんですけど、丘珠縄文遺跡は石狩川の本流に近い低地にあるので、ハイリスク・ハイリターンな位置まで進出していたことになります。 住居跡があって炉跡も見つかるそうで・・つまり何のことはない、さとらんどは縄文時代から既に、バーベキューの地であったということか。笑 頭の上を金属製の鳥が飛ぶなんて想像もしなかったでしょうに。
フォーラムの帰りに寄った「チカホ」で、「はまます郷土資料館」が「浜益鰊場物語」というジオラマを展示していました。建物の寸法に比して人形が大き過ぎますが、建物を解体した際の図面を基にパーツから作り、鰊漁経験者の監修により作業の様子を再現したという、すんごい力作なので見入ってしまいました。 この資料館は旧白鳥家の鰊番屋を修復した建物で、昔は「浜益村郷土資料館」という名称だったんですが、浜益村が石狩市に合併されたため改称しました。 このジオラマも普段は資料館に展示してあります。 館内にはアメリカ製の古い柱時計も吊るされており、なんと月日と曜日を示すカレンダー機能も備えています。
2016年01月22日
1月も下旬になってしまいました。 まぁ今年はこんなペースで、よほど気が向いた時にしか記事を書きません。 1月の第二月曜日が成人(式)の日に制定されて自動的に3連休となり、この頃に北海道トレセンU-13の冬季交流大会(8人制)が行われます。 私の場合、この交流大会を見ないと年が明けた気がしないようになりました。 今年も、1月9日と10日に「つどーむ」で8チームが参加して大会が行われ、1日目の試合だけを見てきました。 地下鉄に乗ってつどーむに向かうのは久し振りですが、吹雪の日でなければ徒歩でも苦にはなりません。
大会に参加するのは、札幌・道央・道南・道北・道東の各地区トレセンU-13チームと、コンサU-13、北海道トレセンU-12、北海道トレセン女子U-15の8チームで、1日目は4チームずつに分かれたリーグ戦を行い、2日目には上位4チームと下位4チームに分かれたリーグ戦を行いました。→組合せ(PDF) コンサの赤黒ユニチームの他に、コンサのピステを着たチームもいて紛らわしいのは、コンサ旭川のメンバーを主とする道北トレセンチームでした。 さらに北海道代表の白(+紫)ユニを着た道トレU-12チームにもコンサのメンバーがいるもんだから、ただでさえ落ち着いていない目の視線が定まりません。 おまけに大会で使うピッチエリアの外では、トップチームの若手選手5名が自主トレに来ていて、そっちの挙動にも目を奪われてしまいます。 従って試合内容を詳細に説明するほどの記憶も気力も無く、試合結果はそのうちこちら(PDF)にアップされるだろうと思います。 つどーむの壁には、コンサ(トップチーム)の選手達のサイン色紙が貼られていました。奥はレバンガ選手のサイン色紙で、ハム選手のサイン色紙も手前に少しだけありました。
翌日は旭川へ行って、道立旭川美術館を見学してきました。 旭川までJRを利用したのは、10年ほど前に出張で行った時以来だと思います。(JR北海道さん、すみません) 旭川まで行くには「L特急 スーパーカムイ」(か、宗谷・サロベツ・オホーツク)を利用するしかなくて、旭川まで通し(や乗り継ぎ)の鈍行列車なんか今時ほとんど無いんですね。 特急はレールの継ぎ目を打つ音が小さいし、振動や揺れをほとんど感じなくて、列車に乗ってる気がしません。 ただでさえ雪で見難い景色が矢のように飛んで行き、持ち込んだ雑誌や車内誌を読み終わらないうちに終点へ到着しそうで、「これは旅ではない」と思いました。 夜行列車の通路に新聞紙を敷いて寝ていたのは夢のような話で。 旭川駅東口の奥まった一角に、ステーションギャラリーがありました。ここは中原悌二郎記念旭川市彫刻美術館の分館として設置され、彫刻や書籍を落ち着いて眺められます。(しかも無料) 春光にある「旧旭川偕行社」(重要文化財・1902年建築)を修復した本館は、大規模改修・耐震補強工事のため、もうしばらく休館中です。→改修工事状況 ステーションギャラリーの隣には、アイヌ文化情報コーナー「ル・シロシ」がありました。
スペースが狭いし展示品も少ないですが、「ル・シロシ」の意味通り、市内にあるアイヌ文化関連の施設を紹介する入口(訪問するきっかけ作り)という位置付けなのでしょう。 いずれのコーナーも売店の向かいに位置するとはいえ、この場末にあるエリアに立ち寄って見学する旅行者はどの程度いるものなのか。 駅からはタクシーで常盤公園の美術館へ。 この女性運転手が少々ヤンキー的で、シフトノブに太くて長い透明アクリルのエクステンションを付けていました。 積雪が多いけど裏道をクネクネ曲がりながら進んで、信号待ちがほとんど無かったのは流石です。 美術館でお目当ての展示は「木と生きる アイヌのくらしと木の造形」なのですが、展示品が良かったのはともかく、会期がかなり残ってるうちに図録が売り切れていたのにはショック。 しっとりしたサブレーの蔵生は好きなんだけど大き過ぎて、食べやすいサイズの「蔵生プチ」があったので買ってみました。
これはハスカップ味(プレーン3枚とチョコ3枚入り)で、他に苺ミルク味とキャラメル味のパックがあります。 お上品な私の口にもちょうど良い大きさだし、味も好みだから食べ過ぎないように気をつけなきゃ。
2016年01月02日
水晶体を摘出する第一段の手術が済んで一時退院した後は、通院しながら眼底や視力の検査を受けていたところ、医者が「眼底はきれいだ、バッチリ!」と言うほどだし、矯正視力も1.0あるので、12月中旬に入院して眼内レンズを白目(=強膜)に縫着する手術を受けることになりました。 一時退院した直後は虹彩が全開だったし、しばらく経っても虹彩がなかなか閉じないのは、きっと強力な散瞳薬を点眼してたせいだろうと思っていたら、眼に受けた衝撃が原因で虹彩を閉じる機能が失われたんだそうです。何しろ目からウロコ水晶体が落ちたほどの衝撃ですから。
虹彩が閉じない(=瞳孔散大)なんて、医者が死亡を判定する際の根拠の一つじゃないですか。 うっかり公園のベンチで昼寝でもしてたら通報されて医師が駆け付け、目にライトを当てて瞳孔が開いたままなのを確認し、「ご臨終です。」と宣告されかねません。 自分の場合は脈も弱いし鼻息も穏やかなので、たまたま意識を失ってた時なら死人とウリ二つでしょう。 虹彩はホントに少しずつ閉じてはきましたが、黒目の周囲で細い環状に見えるだけだから、まるでシマフクロウの目のようです。 きっと暗い物体まで見えるに違いなくて、天体観測には都合が良いだろうと思うんですけど。 外出する時は雪面での反射が強くて紫外線が目に入り過ぎるので、調光レンズを入れたメガネをかけています。こんなところで重宝するとは思わなかったなぁ。 果たして、ダルマのように両目が開くものか?まぁ、全快して元通りになる訳ではないと諦めてるし、あまりハッキリ見えない方が良い場合もあるだろうし。 眼内に入れるレンズは度数を調節できないので、眼球内の所定の位置(虹彩の後ろ側)に慎重に固定したつもりでも、生体の都合で位置が予定よりズレてしまったり、レンズの度数が合わなくなったりするらしいです。 もし極端に合わなかったら、再手術してレンズを取り換えることもあるんだとか。えぇ~っ? 一時退院中に姪の息子が見舞に書いてくれた絵
プレゼントを受け取る人物(私)の片目がちゃんと閉じています・・そっちは左目なんだけど。笑 眼内レンズ縫着手術の具体的な手順をビジュアル的に見たい人は、例えば→こちらなどを参考にしてね。(注意:正月から気分が悪くなったり、目玉おやじの妖怪が夢枕に立ったりしても、当方は関知しません。) ホントに医者の手術というものは・・「○○△△□□術」というくらいだから奇術や魔術や忍術の一種であって、素人には想像もつかない策を駆使しながら相手(病変や生体)をたぶらかすテクニックである、と痛感しますね。 ただし糸で縫い着ける方法だと、10年もすれば縫い糸が劣化してきて、レンズが傾いたり脱落してしまう場合もあるそうな。 そこで私の場合は、レンズの足(支持部)を白目の裏側に縫い着けるのではなく、白目に開けた穴からレンズの足を外に引っ張り出して、その足を白目の中に差し込んで固定するんだそうです。→参考 手術の動画もあって詳しく分かりますが、これも要注意かな。 今回の術式は「眼内レンズ強膜内固定術」と言うんだそうです。←手品としか思えない 執刀医が手術前に両手を合わせて五郎丸のような仕草をした時には、病室に逃げ戻りたいと思いましたよ。(妄想) 術後に眼帯を取り替える時に鏡で目を見たら、白目全体が赤い中に白い部分も少しあるという程度で、切ったり縫ったりした跡が凸凹になってるもんだから、まるで霜降り肉というか牛丼に乗ってる牛肉のような姿でした。 入院期間は10日間~2週間と言われていましたが、入院して4日目に手術を受け、今回も術後に眼圧が上がったため内服薬と点眼薬で落ち着かせ、18日間かかって退院しました。(12/28) 手術は無事に終わったのものの、白目の中に縫い跡が増えました。 フランケンシュタインならまだマシで、これが・・フランケンシュタイン(腐乱死体)になったら大変です。 私の場合は新年じゃなくて、新目が開けまして、お目出とうございますぅ・・と言ったら、海老一染太郎さんを思い出しますね。あのギョロ目を。 術後8日経った日に、目が異常にイズく(というか痛く)なった後、目から黒い物が2個出てきました。 虫メガネで見ないと分からないほどの、極く細い糸の結び目でした。 えっ?目を縫った糸の結び目がほどけたのか?とも思いましたが、黒い糸だったので、これは脱落しても構わない糸だと納得しました。目の中に残るべき糸ならば、黒じゃなくて黄色などの糸を使うはずですから。
術後3日目の昼下がり、売店へ買物に行こうとしたら、エレベーターホールにパネルが立てられており、その前に椅子が並べられていました。 何かの記者会見でも行われるのか?と思って通り過ぎようとしたら、「コンサドーレ・・」とか「サンタ隊・・」とか言ってるのが聞こえたので、慌てて病室に戻って携帯を持ってきました。 ドールズブログの「サンタ隊7日目」の午後を参考にして下さい。 まずはドーレくんが登場・・子供が怖がってる?続いてドールズ2名も加わって踊ります。
私も最前列に座りたいんですけど・・大人はダメ。 次に前兄弟が登場して、リフティングのキャッチボールを披露
さらにNHKのキャスターと共に「ジャガイモ機関車」とかいうダンス(←私は知らない)をみんなで踊りました。
サッカー選手って、こんなこともやらされるんだぁ・・カメラマンの姿は脳内で消去して下さい。 訪問やプレゼントのお礼に、寄せ書きした色紙が渡されました。
ちょうど良い具合に顔が隠れて・・っていうか、道新の記事にはハッキリ写ってるし、写されたくない人は後ろの方で見てます。 なお、点滴のスタンドに吊るされているのは、ふなっしーではありません。 最後に小児科の病室を訪問するために退場すると疲れがドッと出て、自分は病人だったことを再認識。笑 サンタ隊が訪問してくれたせいか、翌日は一変して雪景色となりました。
同じ場所が夜になるとこんな景色に
クリスマスイブの夕食に小さなケーキが付いてましたが、主食は米の飯とホウレンソウの味噌汁で・・。
トイレ評論家として院内を探索した成果気持ちは分からなくもないです。中にはとんでもない患者もいますからねぇ。 患者用の男子トイレにも「タバコを吸ってる人を見かけたら通報して下さい」と書いてありました。←痛い注射か強制退院? 女子トイレはどうなっているのか知りませんが、男子トイレの個室のドアは少しだけ開いていました。 およそ個室のドアには、使用中は赤く表示されて空室ならば青く表示される小さな丸窓が付いていますが、何しろ眼科病棟は目がよく見えない患者ばかりですから、そんな小さな丸窓の色なんて識別できません。 そこで、空室の時はドアを少しだけ開けておくのだろうと・・完全に閉まっていれば使用中だから諦める、という使い方なんだろうと。 眼科病棟に限った仕様らしいんですが、病室の番号を示す看板を見易いように、巨大な文字が手書きされていました。 それでも間違えて、隣の女子部屋に踏み入ってしまったことがありました。←通報されるよ
2015年12月21日
桜の樹だけで森を作るとは思えませんが、数年前から小金湯に「小金湯さくらの森」という公園を造成しています。→札幌市みどりの推進部の公式HP 場所としては、国道230号を定山渓に向かって、ちょうど小金湯温泉(や、サッポロピリカコタン)に曲がる交差点の南側にあり、ゆるやかな斜面になっています。 以前は近くの道路縁にあったアメダス「小金湯」が、この公園内に移転したので近くから見たいのですが、もう工事は終わった頃だろうと思って行っても相変わらず工事中で、公園の公開時期が年々先延ばしになっています。
公園の前に立つ看板と工事案内平成27年度開園予定と書かれていますが、何回も騙されたからなぁ。 ここに移転してきたアメダス「小金湯」を遠くから撮影(2013/11/02)
ゆるやかな上り坂になっている左奥の斜面を中心に桜を植えるようです。 アメダスを双眼鏡でズームするとこんな感じ
ここでは雨量と積雪深だけを測っており、中心部にある気象台よりも雨や雪が多いです。 来年こそは、接近して撮影したいものです。 「平成28年春の開園を予定しております。」というスケジュール通りになれば良いんだけど。 夕張みたいにドールズが植樹しに来ないかな。
ところで、杭打ちのデータ改ざんが問題になっていますが、札幌市が発注した施設でもデータ改ざんがあったようです。 そのうちの1ヶ所である「札幌市水防センター」という施設は東雁来にあって、雁来練習場やアミューズメントパークからも見えます。 現在、東雁来公園の隣で大規模な工事が行われていますが、それは内水氾濫を防ぐ排水機場を建設している工事です。 水防センターはその工事現場の向かいにある目立たない建物で、豊平川が増水した時に水防活動を行う拠点となる施設であり、敷地内には水防工事に使う資材などを保管してあります。 元々、雁来練習場や東雁来公園の一帯は豊平川の氾濫原であり、砂や粘土が厚く堆積しています。 地下深くにある固い基盤まで届かせるには、何十メートルも杭を打たねばならなくて、水防センターの場合は30メートルだったそうです。(市の調査結果:PDF) アミューズメントパークの土台は基盤まで届いているようですが、建設から10年も経って回りの地面が徐々に沈下するもんだから、相対的にクラブハウスが浮き上がってしまい、最近はその段差を埋める工事をしてました。 雁来練習場のクラブハウスはそんな杭を打っていないプレハブの建物で、地盤沈下してる回りの地面に乗っかってるだけだから、一緒に沈下してることに気が付きません。
どっちが良いんでしょうね。 もし大地震が起こったりしたら地面が液状化して砂が噴き出し、積もった砂がモエレ山より高くなった暁には、「雁来新山」と命名されて東区最高峰の名誉を得ると共に、観光客が押し寄せる名所になるかも知れません。←その前に練習場が砂で埋まるだろっ!
2015年12月09日
一昨年に「濃霧の中の難読地名域」という記事を書いて、昨年は「五里霧中な芸術の森美術館」という記事を書きましたが、今度は「モルエラニの霧の中」という話です。 私は小説を読まないし、テレビも見ないし映画も見ない人間なんですが、3ヶ月ほど前に「モルエラニの霧の中」という映画の試写会に行ってきました。→ 「室蘭映画製作応援団」の公式サイト 世の中、何が起こるか予想できないものですねぇ。 こんな、映画には全く縁の無い自分の、半世紀以上も昔の姿が銀幕に登場することになっても・・えぇがね?
実のところ、その映画はまだ完成していなくて、全7章のうちの3章分(約4割)の撮影が終わっただけですが、映画製作のサポーターに進捗状況を紹介するのが目的の「撮影中間報告 上映会」というイベントでした。 道の駅の玄関に貼られていたポスター「モルエラニ」とは「小さな下り坂」を意味するアイヌ語で、室蘭という地名の起源になっています。 この映画の第2章「写真館の話」では、主人公が父親の営んでいた写真館を訪ねて、父親が撮った古い写真の束を倉庫で見つけるんですが、その写真の中の一枚に私が写っているという・・自分にとっては現実と物語とが倒錯したようなストーリーで、浦島太郎のような気分です。 室蘭水族館の遊園地で父が撮影した写真
うちの父は近所の写真屋さんと懇意にしてて、そこの設備を借りて自分が撮った写真を現像・引伸していたようです。 その写真館は母恋に健在?と言えるのか、少なくとも建物は残っていました。
2階のバルコニーがオシャレです。 どうせだからと思って、映画製作応援団に支援金を振り込んだら試写会に招待されるとのことで、「中間報告会」の案内も届きました。 中間報告会は入場無料ですが、平日に室蘭市内で行われます。 希望者には室蘭市内の数ヶ所で整理券を配布する仕組みなのですが、予め整理券を貰うために札幌から室蘭まで出向くのも二重手間になって辛いです。 幸い(なのか?)、8月に行われた日本クラブユース選手権U-15が途中で敗退したため、5日間ある夏休みのうちの1日分が未消化のまま残っていたので、中間発表会が行われる平日にその夏休み権を行使しました。←食事のクーポン券か? 中間報告会で放映されたのは、第2章のダイジェスト版と第4章と第5章で、全体像はまだホントに霧の中という感じですが、映画製作の意図や雰囲気はよく分かりました。 地元在住(+出身)の人が見たら、どこでロケをしたのか直ぐに分かります。 第1章に登場する現在の室蘭水族館
第5章に登場するSL(2013/11/16)
青少年科学館の裏に保存されています。 イタンキ浜も映画に出てきます。
その近くにある「室蘭ユースホステル」は田上義也の設計で1972年に建てられ、海に船が浮かんでるように(というか、船頭多くして陸に上がった船のように)見えます。
これも映画に登場する歴史的建築「旧三菱合資会社」
旧三菱鉱業室蘭事務所として大正4年(1915年)に建てられ、現在は無線機を扱う「北星」という会社で、1階はキャンドルショップとミュージアムになっています。 ここのキャンドルは道の駅でも売っていて、確かにユニークな作品でした。 母恋駅も登場するらしい(2008/6/8)
各章のエンディングロールに出演者がリストアップされますが、市民から選ばれた人達はもちろん、劇中に登場する馬やロボットまで実名で記されてて、しかも「市民キャスト」という扱いなので笑ってしまいます。 馬やロボットも市役所に住民登録されてるのか? 撮影開始から1年半ほど経って全体の4割を撮影し終わっただけだから、全編の撮影が終了して編集して効果を加えて映画が完成する時期は・・監督も「長生きして下さい」と言ってました。笑 (現在は全体の半分まで撮影が終了しています) 映画監督なんて、黒澤明しか名前を知らない自分が坪川拓史さんの名前など知る由もなく、「第23回トリノ国際映画祭」長編コンペティション部門でグランプリと最優秀観客賞のW受賞を達成し、世界各国の国際映画祭に招かれるなど、高い評価を得ている・・とか聞いても、失礼ながら未知の世界でした。 出演者のうちで名前を知ってる俳優は、大塚寧々さんと香川京子さん、小松政夫さんくらいですが、写真だけで登場する子役とはいえ、これで私も映画俳優の仲間入りだ。←大きな勘違い 室蘭への行き帰り、台風17号から伝播したうねりが胆振の海岸に打ち寄せていてたもんだから、波飛沫が広い範囲に漂って霧になってました。 正に「モルエラニの霧の中」状態で車は塩だらけになり、ミラーがよく見えなくなったほどです。
※間もなく旅に出ます。探さないで下さい。笑
いつ帰れるか分からないと受け取りに行けない可能性もあるから、毎年買っているイシヤのケーキも今年は予約してません。
帰ってきた時に、まだクリスマスが終わっていなければラッキーピエロのチャイチキだな。
2015年11月30日
札幌管区気象台の露場の背後(南側)に、以前は官舎らしいアパートがあったんですが、数年前から空き家の状態が続いていた後、去年の秋だかに取り壊されて更地になりました。
標本木が並ぶ草地から南側の空地を見た図ここに植えられている桜の標本木などに日当たりが良くなって、以前より桜の開花が早まるんじゃないかと思っていたんですが、
秋になって通りがかったら工事をしてました。(2015/9/23)
隣の空地に囲いが出来ちゃって 背が高いマンションなどが建ったら日当たりが悪くなって、逆に桜の開花が遅くなるかも知れないから、何が建つのかと思って看板を見たら、公園を作るようです。
12月9日までに完成するということか・・杭を打つ必要も無いしね。 その名も「北2条おてんき公園」だなんて!
あまりにも安直なネーミングですね。 「はれるん公園」の方が良いと思うのだが・・毎日晴れるとは限らないからか。 公園内に気象観測値の表示板とかが設置されたら面白いですけど。 敷地の基礎工事(2015/11/3)
最近の公園は地面を舗装するんですか?
奥は近代美術館だから、「美術館西公園」とか・・。 気象台の露場側から見た公園(2015/11/11)
奥に遊具などが見えます。 完成に近付いてきました。(2015/11/14)
植栽の根元に用土を入れてるのかな。 あずま屋の仕上げ工事らしい。(2015/11/21)
水道もありますが、昼休みに来るには少し遠過ぎます。 看板も立ちました(2015/11/23)・・あれ?
北1条にあるのに「北2条おてんき公園」と言うんですか?
確かに、北1条と北2条にまたがってると思いますが。 樹も植えられて公園らしくなりました。
再来週には供用開始かな・・ ・・と思っていた翌々日の情景がこれですから。
11月に積雪深44cmとは62年ぶりだとか。
四方田修平監督に因んで、ヨモギを使ったシュークリーム「よもシュー」なんて発売されないかな? な~んて考えていたら、柳月からコラボ商品が発売されました。 幸福よもぎ饅頭「四方草(しほうそう)」えっ? コラボ商品じゃないの? 「よもそう」じゃないの? 調べると以前からあったそうで、11月22日(いい夫婦の日)に因んで今年も発売された、期間限定(~11月22日)の季節商品らしいです。 「濃い白バウム」と注釈が付いた三方六の「濃い白小割」もあるようで、「やわら濃い 白いバウム」と・・ちょっとヤバくね?
今年は未(ひつじ)年で来年は申(さる)年。 猿は馬の守り神とされており、日光東照宮の神厩舎に三猿が掲げられているのも、そんな由来です。 清らかな心を保つためには、「人間の醜い行いを見ない、無益な妄語や汚い言葉を発しない、他人を貶める評価や悪事の誘惑に耳を貸さない」ことが肝要です。 試合観戦時にも当てはまる心掛けですが、人間万事、塞翁がうまくいかないもんですね。
追記(2015/12/31) これが12月2日の状態で大晦日に買物へ行く途中で寄ってみました。(2015/12/31)
こんなことがあるんですねぇ。笑 札幌管区気象台の庁舎は北2条にありますが、この公園の敷地は大部分(あるいは全部)が北1条側に属しています。 従ってこっちの名称の方が正しいんでしょうけど、最初に命名する時はどうして「北2条~」になったんでしょう? そもそも西15丁目から西19丁目までは「北2条通」に当たる道路が無くて、北1条と北2条との境界が曖昧です。 工事の道路占有許可も「北2条西18丁目」になってました。 J1とJ2も取り違えてくれないかな・・
2015年11月20日
「生き馬の目を抜く」と言いますが、自分は騎馬戦以外で馬になったことは無いし、親戚筋にも馬はいないと聞いています。 右目の水晶体を摘出した手術から半月ほど過ぎると眼圧も落ち着いたので、3週間ちょっとの入院でいったん退院しました。 でも第一段階の処置が終わったに過ぎず、右目はまだ節穴状態のままで、二眼レフカメラの一眼が無いようなもんです。 その後は1週間に1回程度通院しながら眼底や視力の検査を受けて、視力がそこそこ期待できるならば度数を合わせた人工レンズを縫い着ける段取りだと説明されました。
まず退院した当日に、富士メガネさんに行って壊れたメガネを修理してもらいました。1~2ヶ月程度の一時凌ぎで良いから、左目用に近視用の凹レンズ、右目用に水晶体の代替として凸レンズを入れてもらおうかと相談したところ、左レンズの度数が「-7」、右レンズの度数が「+7」くらいになるらしく、左右でそんなに度数が違うメガネだと見難いそうです。 仕方が無いから、右レンズを入れない状態のダテメガネで我慢することにしました。 凸レンズである水晶体を抜いた右目に、今まで使っていた近視用の凹レンズをかけたら更にボヤけるから、いっそ素通しの方がまだマシです。 ところが不自由な目に世間の冷たい風が直接当たってしまい、ただでさえ縫い目が盛り上がってイズいのに、乾いてきたら輪をかけて不快です。せめて度の無い
レンズガラス板を入れるべきだったかも知れません。 しかし逆に利点もあって、メガネをかけたまま目薬を入れる、というモノグサが出来ます。笑 翌日には以前から通っていた神経内科の病院を受診し、事の顛末を説明して脳内のMRI検査と脳波の検査を受けました。 主治医も「吐き気がして意識を失ったなんて何なんだろうねぇ・・」と心配しながら脳の断層画像や脳波のグラフを念入りに調べてくれましたが、案の定、(右目の水晶体が無くなった以外の)病変は見つかりませんでした。 「もし繰り返すようなら、不整脈あたりを詳しく調べてもらったらどうでしょうかね、循環器科で。」と言われたので、似たような現象が起こらないか注意しています。 他にどの科で検査を受ければ良いかなぁ・・小児科か? 退院して自由の身になったんだから、札幌ドームで行われたジェフ千葉戦を見に行きました。 双眼鏡の右側の視度を合わせるリングをいっぱいまで回してみると、両目で同じように鮮明な景色が見えたので、右目にレンズを付けさえすれば、こんな風に見えるようになりそうだと期待が持てました。 病み上がりの不自由な身に鞭打ってドームまで来たんだから勝てよ! と思っていたのに2度も突き放され・・た末に3-2の逆転勝ちなんて、いつ以来でしょう。これも審判私のお陰です。ロスタイムにゴールした瞬間は、手術した縫い目が切れそうになりましたよ。笑 続く徳島ヴォルティス戦にも快勝してしまい、これも
牛肉や米俵私のお陰です。もちろん最終戦も(たとえ手術中であっても)ドームに駆け付けねば。 お目当ては当然、アカデミーOB戦ですから、前座試合だけで萌え尽きてしまいそうです。 執行猶予中の現在、今のところ経過は順調なようです。 退院する前に測った矯正視力は0.3程度だったのに、最近は1.0まで見えるようになり、医者もびっくり喜んでいました。 白内障の手術の場合は、水晶体が入ってる袋に穴を開けて、内部の水晶体を超音波で砕きながら吸い出すんですが、私の場合は水晶体の位置がズレてしまったため、袋もそっくり摘出したはずです。 もし袋が残っていれば、S字形の足が付いた柔らかい人工レンズを袋の中に入れて、その足が突っ張ることでレンズが固定されますが(Newton誌, 2015年11月号より)、
その袋が無い場合には、レンズを目に縫い着ける作業となります。 今は目のどの部分にどうやって縫い着けるのかを勉強してる最中ですが、普通の人が見聞したら恐ろしい作業のように感じるだろうから、今回は紹介しないでおきます。 私は既に、1回目の手術で白目を切開して縫った跡がある(縫い糸も見える)ので、今さら驚かないのですが。 医者は「レンズを付ける手術は急がないから・・」と言うけれど、片目がぼんやりとしか見えない身としては、一刻も早く鮮明な視界を得たいものです。 でもここが辛抱のしどころで、眼球の変形が落ち着かないうちに急いでレンズを付けると、後で度が合わなくなってくる恐れがあります。 何しろ、決まった距離にフォーカスが合う(度を調節できない)レンズを付ける訳で、一眼レフカメラのように度々レンズを交換するために手術を繰り返すなんて事は出来ないので。 レンズを付けた後に、たとえ車の運転が可能なほど右目の視力が回復したとしても、次にまた意識を失ったら今度は他人を巻き添えにして死んでしまう可能性も考えられるから、車の運転はもうやめました。 1年しか乗っていないマイカーの登録を抹消したし、任意保険は解約して、マンションの駐車場も今月中に明け渡します。 ディーラーの営業マンは「衝突防止装置付の車に買い換えて下さい。」と言ってますが、そういう類の装置は今一つ(いや、二つ三っつ)信頼できないし。 運転免許証は身分証明書になるので捨て難いけれど、免許証の代わりに健康保険証を見せるとか、そのうち敬老パスが交付されるとか・・それともマイナンバーカードか? これからは公共交通機関派のペデストリアンになるので、サピカを常時たっぷりチャージしよう・・と考えた末に、それすらも面倒に思えて記名カードのオートチャージを申し込みました。 以前にこれを見た時には「こんな物で役に立つのかいな?」と思いましたが、
この赤黄テープが弱視などの視覚障害者には役に立つんですよ。 試しに、よく見えない右目だけを開いて地下鉄の階段を下りてみたんですが、ステップの先端にレール(モール)が付いている階段は苦も無く下りられます。 しかし、のっぺりした模様の階段はステップの先端が分かり難くて怖いけれど、このテープを貼ってあればステップの位置を把握できて、(人の道を)踏み外す心配がありません。 一時的に(軽度の)視覚障害者になって初めて痛感したもんだから、アイマスクを着けて介助者と一緒に歩道を歩いてみるとか、フロアバレーボールとかブラインドサッカーとかを体験してみるべきだと思いました。 遠慮しないで優先席に座れるのも今のうちだけど、外見上は片目が不自由なことに気付かれないだろうなぁ。 試合の日にドームでもらった盲導犬情報誌「With」
思わず寄付金付きのカレンダーを買ってしまった。。。
2005年11月17日にこのブログを開設して、10年が経ちました。歳を取るはずです。 今年いっぱいで更新を終了するつもりでしたが、来年の早々まで延期しそうです。 やっぱり右目にレンズを縫い着けた話まで書いて、(文字通り)目出たしメデタシで終わらないとね。←あくまでも予定 →目出たし
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作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。
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