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作者の雁来 萌(かりき もえ)は、休日になると弁当と単語帳を持参して、札幌市東区にある「北海道コンサドーレ札幌・東雁来グラウンド」(通称:カリキ)で過ごしています。 コンサドーレの次代を担う(かも知れない)若者達が、しゃかりきにボールを追っている姿を眺めて癒されています。 性別:非公開 年令:非公開 特技:非行かい? 職業:占い師、トイレ評論家 住居:熊が出没する札幌市中央区 過去記事のリストを「記事一覧」カテゴリに載せています。 コメント欄に「今後の投稿予定」を記してあり、随時更新します。 オフィシャルブログ内であれば、このブログをリンク集に加えるのはご自由で、問い合わせも不要です。 深夜・早朝のコメント投稿はご遠慮下さい。
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2006年01月05日
今年の「十大ニュース」ではないところと、年が明けてから考えるところが、ここの特徴です。
1.U-18チームが高円宮杯で準優勝
何も言うことはありません、よくやってくれました。予選リーグを抜けるのは危うかったんですが、何とか決勝Tに進出、しかもその後は波に乗って勝ち進み、念願の国立の舞台どころか、決勝戦の「さいスタ」まで行って(行かされて)しまいました。
2.U-18チームがプリンスリーグ・北海道で3連覇
プリンスリーグ・北海道で優勝したからこそ高円宮杯に出場できるんですが・・今年の北海道大会は苦しかったですね。春先から、帯広北高校が強いと感じていた通り、絶体絶命の崖っぷちまで追い詰められました。それをひっくり返して逆転勝ちで優勝したんですから、(詳しくは書けませんが)日頃の訓練の賜物でしょう。
3.U-12チームが各年令で全道制覇
全道少年サッカー大会は、年令ごとに「道新スポーツ旗・北電カップ」(U-12)、「レオス杯」(U-11)、「岩内町長杯」(U-10)という冠が着いており、今シーズンはこれらの全道タイトルを全て獲得しました。ディフェンディングチャンピオンになる来年も、取りこぼしのないように頑張ってもらわねば。
4.旭川U-15チームが旭川地区で健闘
去年は1年生だけだから我慢の年だったけど、今年は良い成績を残せる筈だ・・とは思っていましたが、正直、ここまで強くなるとは想定外でした。全道大会の組合わせ表で旭川ユースの名を見つけた時には我が目を疑って、ホントにスミマセンです。旭川の方角に足を向けないで寝るようにします。
5.U-18チームが、北海道スポーツ記者倶楽部が選ぶ今年のMVPに
結果を残せば注目されるのは当然としても、見てる人は見てくれてるんだなぁ、というのが感想です。スポーツ担当記者の方々から選ばれたんですから、胸を張ってもいいんじゃないかと。
6.U-18チームの藤田征也くんと西大伍くんがトップチームへ昇格
「毎年2名程度が昇格できるように指導・育成~」という目標通りに?2名が昇格しました。新人の教育係は既に決まっているようなので、よろしく・笑。
7.NEEDS Sapporo 様から、旭川U-15チーム用ユースバス贈呈
昨年の札幌用のユース専用バスに続き、今年も特別仕様のマイクロバスを贈呈して頂きました。サプライヤー様は神様です(ジャッキでヨイショ)。あのバスに乗れるチャンスは無いものか?
8.U-15チームが高円宮杯・北海道予選で敗退
負けたことが大事件になっちゃうくらい、去年までの実績が大き過ぎたかな?
全国大会じゃなくて北海道大会の予選ラウンドで負けたんですから、重く受け止めています(と、一応厳しい口調で)。
来春のナイキプレミアカップに出場できなくなったことも後輩への影響が大きいので、合わせて1本としました。(何の競技ぢゃ?)
9.U-16チームが北海道国際ユースで健闘・5位(本当は4位?)
一応、ホスト側のチームですから、間接フリーキックなのに・・というクレームは言いませんが(言ってるじゃないか?)、この大会は、以前から試合のコントロールに経験不足、というか力不足を感じています。プレイ自体は参加チームそれぞれのお国柄が出て、面白いですね。入場料をもっと安くして欲しいのですが。
10.札幌セミナーが練習着スポンサーから撤退
これが結構、影響がありました。練習着やスタッフウェアの胸や背中に入っているスポンサーロゴを隠すため、他のロゴを書いた布を縫い付けたり、上から重ね着したり・・大変でした。

プリンスリーグ・帯広北高に6-4で勝利(2005.7.2:浜厚真)
2006年01月02日
元日なので、初詣に行ってきました。
どこに?・・って、雁来練習場ですが、何か。
隣でアミューズメントパークの工事をしているので、道路は除雪されていました。練習場の寸前で行き止まりですが、アミューズメントパークの周囲をぐるっと回る道路は走れます(四駆推奨)。積雪深は中心部よりかなり多かったですね。
さすがに元日には工事をしないので、心行くまで(遠くから)視察できました。クラブハウスと屋内練習場の足場は撤去され、塗装された壁面が輝いていました。クラブハウスの正面には施設名(SAPPORO SOCCER AMUSEMENT PARK)も入りました。外装工事は終わったので、あとは内装工事のようです。

格納庫のような外観の屋内練習場(2006.1.1)
今年は珍しく初夢を見ました。その内容は、自分でも呆れることに・・ユースの練習試合でした。
4チームでリーグ戦を行うらしく、入れ替わりで何試合もこなしました。公式戦ではないようですが、ユニフォームはグレーのいわゆる「パジャマ」を着ていました。
土のグラウンドが2面あり、その間に体育館のような建物があって、雰囲気的には文教大明清高校のような感じでした。出場選手の名前は記憶していませんが、選手の親御さん達も隣で観戦してました。
・・こんな調子でまた1年が過ぎるのだろうか、と不安になる年明けでした。
2005年12月30日
トップチームの試合は、今年も函館で1試合開催されました。
試合に関する話はこれだけにして。(笑)
かつて、函館は紛れもなく北海道の玄関口でした。
内地から来る場合には青森から連絡船に乗り、しょっぱい川の津軽海峡を渡って函館に上陸すると、文字通り「北海道の地を踏んだ」ことになりました。
連絡船には数え切れないくらい乗りました。周遊券を買って、夜行列車で眠りながら全国を旅して回ることは、体力と時間がある年代ならば楽しいはずです。それでも、1週間くらい旅を続けると三半規管が異常を示すようになり、列車から降りても地面が揺れているように感じる頃が、家路につく頃合いです。
青函航路の途中で函館山が見えてくると、「北海道に帰ってきた」という実感が湧いたものでした。たとえ寒風の中に浮かぶ函館山が雪を被っていて、立ち木の薄墨色と混じってモノトーンの風景を見せていても、空気には暖かさを感じました。函館の桟橋に降りて、動かない地面を踏んだ時の安堵感は、どんなに高額な生命保険よりも有り難いものです。(船の揺れに強くない自分にとっては尚更です。)
ところが、青函トンネルが開通して連絡船が無くなると、函館はただの「途中下車駅」のような存在になってしまいました。
玄関口が函館から千歳空港に変わってしまったことが決定的ですが、寝台特急「北斗星」で帰って来るにしても、トンネルを出て目が覚めて、駅弁と朝刊を買うための駅(というか、単にホーム)でしかなくなりました。その駅が函館である必要はまるで無くて、停車時間が短いし、わざわざ降りて別の列車までの間に街を見て回る余裕が無いし、という生活様式に変わったことも一因です。
試合があって函館を訪れる機会が増えてくると、どうせ函館まで行くんだから、ついでにどこかに寄ってこよう、という企みを実行する余裕が出てきました。
大抵の場合、試合の前夜に札幌を発ち、夜中に函館に着く行程になります。朝まで眠っても、試合開始までには時間があるので、のんびり見て回れます。
前回は、隣町の上磯町七重浜にある「台風海難者慰霊之碑(いわゆる、洞爺丸慰霊碑)」を見てきました。心なしか、ゆったりと砂浜に寄せ返す波が、50年前の悲劇を洗い流そうとしているようにも感じますが、そう簡単に忘れてはいけない事故です。ここのすぐ近くに「慰霊碑前」というバス停があるので、場所は分かりやすいはずです。
今年は、函館山の登山道入口の脇にある「青函連絡船海難者慰霊碑」を訪問しました。ここはあまり知られていませんが、国鉄青函局の殉職者のための慰霊碑です。戦時中の連絡船空襲によって殉職した乗務員や、洞爺丸台風で沈没した連絡船(5隻)の乗務員を合祀しています。歴史の証言者として、沈没した船体の一部を石碑に貼り付けてあります。
函館を訪れたら「海鮮丼」や「やきとり弁当」を食べるっていうのも、一つの選択肢には違いないですが、歴史探訪も腹や脳を膨らませることができます。せっかく函館なんだから。
追記(2006-01-03 16:56)
【地名の変更】
洞爺丸台風の日にも連絡船に乗務していた叔父さん(上磯町七重浜在住)からの年賀状によると、上磯郡上磯町は亀田郡大野町と合併して、2月1日から「北斗市(ほくとし)」に変わるそうです。
2005年12月27日
冬季は主に屋内で練習をします。
いずれも正式な名称を忘れてしまった「つどーむ」や「きたえーる」などの公共の体育館を借りることになりますが、これが結構、競争率が高くて、なかなか思うように確保できません。
体育館の中を4分割して借りることもあり、テニスなら1/4のエリアでも用が足りますが、1/4でサッカーの練習をするのはあずましくないっしょや。フットサル用の小さいゴールしか使えない場合もあります。
先日の「きたえーる」での練習では、1/2がコンサユース、1/4が他のチームのフットサル、残り1/4がバトントワリング、の3グループが同居していました。ジャズダンスの練習などと一緒になることもあり、持ち込みのCDプレイヤーから心地良いBGMが聞こえてきて、楽しいんです・・目はサッカー、耳はダンスの方を向いていたりして。(決して逆じゃありませんからっ!)
「きたえーる」の内部は防寒着も要らないほど暖かいし、座席の座り心地もよろしいです。「つどーむ」も屋内だから暖かい、と思ったら大変な勘違いです。走り回って汗をかく人間に室温を合わせるので、暖房は(ほとんど)入っていません。冷房が効いた、だだっ広い空間の中で座っている人間にとっては、半端じゃない寒さです。
あのドーム状の空間に暖房を効かせるとなると、かなりエネルギーを浪費することになるから仕方が無いんですが、天井を葺いている半透明のシートからの放熱が大きい・・ことを考慮していない設計に見えます。
体育館は床が固い、という問題もあります。「つどーむ」なら、野球にも使えるように人工芝のマットを敷いてありますが、それでも反発があります。一方「きたえーる」は、バスケットボールなどにも使うため床は木材を敷いており、その床の上で急発進・急停止・ジャンプ・キックの踏込み・・を繰り返していたら膝に負担がかかるし、転んだら痛いです。U-12の練習でさえ、膝に装具を付けて走ってる選手がいて、無理をしないで欲しいと祈るような気持ちです。
「きたえーる」は地下鉄駅直結なので通いやすいんですが、「つどーむ」は地下鉄駅から歩くことになります。吹雪の日に、雪まみれになって歩いているU-12やU-15の選手達を見ながら車で追い越して行くのは気が引けます。「どうせ全員を乗せることはできないから」とか、「歩くトレーニングの邪魔しちゃいけないから」と考えるようにしています。
女子高生のように、真っ赤になった生足を出して歩いてる訳じゃないし、同乗するように誘ったりしたら不審者だと誤解されかねない世の中だし。
たまに宮の沢のジムを使ってトレーニングすることもあります。外のグラウンドで走ることもありますが、芝には入らずに外側のアンツーカーの部分を走っています。スパイクを履いてるんじゃないんだから、足に負担の少ない芝の部分を走らせてやってよ! と(心の中で)叫んでいます。
2005年12月23日
我輩はサポである。名前は「萌」と言う。 最近、アキバ系による「萌え」現象が一世を風靡しているらしいが、私のペンネームはその方面の趣向とは違う。学生だった頃、秋葉原のパーツ屋さんを歩き回って、ジャンクやら工具やらを漁っていたことは否定できないけども。 私の父は(旧)国鉄職員であったため転勤が多く、幾度となく転校せざるを得なかったことが、私の性格形成に影響していることは否めない。 中学生の時、胆振管内のローカル線のK駅にいた。そこはテレビ小説「すずらん」に登場する架空の「明日萌(あしもい)」駅に似ていて、駅員が3名しかいなく、ホームは1本しかなかった。 官舎は一応、駅舎とは別棟であったが、両隣の駅では官舎と駅舎とが一つ屋根の下に繋がっていて、そのまま撮影セットに使えそうな佇まいだった。 待合室のベンチやストーブ、駅長室の椅子や用具など、見慣れた備品がテレビ画面に映し出されると、タイムスリップしたような懐かしさに襲われるので、あの番組は見ないようにしていた。時空を移動して若返ることができるのなら、それも悪くはないけれど。 そのローカル線は1986年に廃止になり、線路や駅舎は跡形も無くなったが、官舎が建っていた場所には、HFCのスポンサー様になった観光グループが経営する大規模な温泉ホテルがそびえている。その大浴場の脱衣室あたりに住んでいたことになる。 ホームだった場所はホテルの駐車場に変わり、線路跡は「平成ふるさとの道」と呼ばれるサイクリングロードになっている、という徹底したリユースぶりだ。 カーブの先から、今にも準急「いぶり」のディーゼルカーが、エンジン音を響かせながら走って来そうな錯覚に襲われるが、そんな奇跡が起こるはずもない。 「すずらん」は(事実ほどは奇でないはずの)小説だから、現実にはあり得ない設定が多く、ツッコミ始めたらキリが無いので目をつぶると、ヒロインの萌ちゃん(役の柊瑠美さん)の演技は、「おしん」や「チャングム」の子役俳優に匹敵する殺傷能力?があったようだ。小説やドラマが嫌いな私が誉めるんだから、マチガイナイ。(番組を見ないようにした人間による評価だけど・・。) スタジアムにどんな名前を付けるかもスポンサーの特権だし、ブログでどんな名前を名乗ろうとも勝手なので、萌ちゃんというサウンドに基づいて私の偶像をデッチ上げてしまうと、不審者を見抜けなくなりますよ、きっと。
2005年12月20日
春先の除雪から始まった今シーズンの屋外練習も、12月10日で終わりました。
多少の雪ならば、走ってるうちに踏まれて融けるんですが、シューズが濡れるし、寒いとケガをしやすいし・・で、いいことは何もありません。
屋外で練習できなくなると、ユースの練習も終わります・・んな訳ありません!ユースにはオフは無いんです。
体育館などを借りての室内練習が、春まで続きます。体育館は有料だし床が固いので、なるべく遅い時期まで屋外の専用練習場を使うようにしますが、試合に勝てても雪には勝てません。
グラウンドをそのまま雪に埋まらせておくと、雪が締まる時にネットの裾の部分が下方に引きずられる(これを雪の沈降力と呼ぶ)ので、ネットが破れる恐れがあります。また、ネットを固定しているコンクリートの支柱が傾く恐れもあります。吹きっさらしの強風にも耐えられるように、支柱の根元はかなり念入りに固定されているそうですが、今年の春には実際に傾いてしまいました。
この被害を防ぐためには、雪が積もる前にネットをたぐり上げて、雪からフリーにしておく必要があります。ゴールのネットも、付けたままにしておくと破れてしまうので、これも外しておきます。
多分、無いとは思いますが、ゴールマウスも埋まるほどに雪が積もったならば、あの固い金属パイプでさえ飴のように曲げられてしまうほど、雪の力は強いんです。
何年も前にトップチームの関係者から、いつ頃まで外の練習場(当時は月寒)が使えるのか、という相談を受けたことがありました。本職でも雪の降り方を予想するのは難しいし、降った雪がどれほど積もるかの予想は、なおさら難しいんです。雪がすぐに融けてしまえば問題無いけど、寒気が続いて融けなければ積雪になってしまいます。日射や地面の状態や地中の温度も雪の融け方に影響するので、種々の兼ね合いを総合的に勘案する・・って、言葉では簡単なんですけどね。
札幌での初雪の平年は10月27日ですが、今年はその時期でもまだ手稲山さえ冠雪せず、季節の進行が半月ほど遅れていました。何しろ、10月の平均気温が13.2℃で、過去の高い方の1位の値とタイ記録になりました。
11月9日にやっと初雪を観測し、これは平年より13日遅れでした。初霜は11月15日に観測され、これは平年より24日も遅かったことになります。
12月になってやっと気温が平年並に下がり、10日に屋外での練習終了と冬支度、その次の週は寒いし大雪が降ったので、屋外練習を諦めるにはちょうど良い時期だったことになります。
ユースのスタッフも、屋内に避難すべき時期を察知する野生の本能が備わっているのかも知れません。

(写真と本文とは直接関係ありません。)
追記(2005-12-20 23:54)
【注釈】:10月の平均気温が13.2℃ という値はどの程度か?
札幌の10月の平均気温の平年値は11.3℃ですから、今年は+1.9℃の差がありました。2℃くらいの差は大したことない・・と思うかも知れませんが、日平均値を1ヶ月間平均した値が2℃も違うのは、大したことです。
観測開始からの統計期間が130年くらいあり、その中での高い方からの1位タイの記録ってことは、130年間に2回しか起こらなかった現象なので、人間が一生の間に体験できるかどうか、という珍しさです。
ちなみに、第10位の値は12.3℃で、平年値より1.0℃高いだけです。
一方、低い方からの1位は1879(明治12)年の7.4℃で、現在の平年値との差は-3.9度になります。
平年値とは、30年間の平均値のことで、現在(2001年から2010年までの間)は、1971~2000年の平均値を使います。
2011年から2020年までの間は、1981~2010年の平均値を使う・・というふうに変わっていきます。
2005年12月17日
毎年、正月の高校サッカー選手権の時期になると思い出すことがある。20年も経ってしまったが。
父は室蘭出身だが、親の転勤や自身の転勤であちこちに引っ越したらしい。退職して落ち着いたので故郷の室蘭に家を建てたけれど、現役中から病気がちで、退職後も自宅よりは病院に入院していた時間の方が長かった。
ある日、見舞いに行ったら父はテレビを見ていた。テレビを見ることや眠ることは病人の仕事だから気にもしなかったのだが、やおらテレビに向かって何か言っている。
「よしっ、行け、ザイゼン!」
病室の小さなテレビを覗き込むと高校サッカーの試合を放送しており、室蘭大谷高校の財前恵一選手がボールを運んでサイドを突破しようとしていた。
父は若い頃から野球ばっかりやってて、サッカーの「サ」の字も知らないくせに、なんで急に高校サッカーよ。しかも財前の名前を知ってるとは、どーゆー知り合いなんだよ?
父が在学していた、旧制・室蘭中学(=現在の室蘭栄高)の卒業アルバムを見たことがある(父の年令が知られることは、私の年令も知られてしまう心配がある)が、部活動紹介のページに蹴球部のセピア色の写真も載っていた。足にはストッキングじゃなくてゲートルを巻いてる!ことは、大日本帝国のローカルルールだったとして容認するしかない。
そんな時代から、室蘭はサッカーの街だったのかぃ?・・サッカー以前に、軍港を抱えた軍事工場の街であり、「鉄の街」であるのだが。
その室蘭で育った父は、当然大谷高校を応援するから、地元のヒーローである財前選手を知っていても不思議ではないのだな。後で知ったのだが、室蘭市民であれば、サッカーは知らなくても財前兄弟の名前は知っていた。
その財前(兄)さんが、うちのチームでペレイラやアルシンドと一緒にプレイし、引退してユースチームの監督になろうとは、お釈迦様 はちまんさま(室蘭八幡宮のこと)でもご存知なかっただろうに。
2005年12月14日
玉葱と言えば黒柳徹子、南瓜と言えばシンデレラかハロウィーンでしょうかね。私自身は共通項のスープを連想しますが。 雁来が属する札幌市東区、特に丘珠の周辺は玉葱の産地です(でした)。玉葱発祥の地であり、「札幌黄(さっぽろき)」というブランド名で海外にも輸出されていたという歴史があって、玉葱は東区を代表する農産物です。 東区を走っていると、住宅街の真ん中に突然、玉葱畑が現れたりします。しかし順序は逆で、玉葱畑だった農地が住宅地に変わったんですが、昔のまま残っている畑もあります。 ねぎぼうずが並んで揺れている光景はメルヘンですが、収穫時期に畑の近くを通ると臭いですよね。玉葱が転がっている畑の中に建築現場の廃材入れの籠のような容器が置いてあり、それに玉葱を詰め込んで運ぶトラックが走っているのも東区の風物詩です。東区のマスコットキャラクターは玉葱の妖精で、「タマネギ」と「ハッピー」を組み合わせた「タッピー」という名前だそうです。頭が玉葱の形をしていますが、ターバンを巻いているアラブ方面の王子様のようにも見えます。手に持っているのは、振ると幸運を呼ぶ?「ねぎぼうず」でしょうか?東区役所の玄関の屋根にこの人形が乗っており、区民の出入りを優しく見守っています。
地下鉄東豊線・環状通東駅の交差点に、(女の子に見える)人形が立っています。冬季は歩道の滑り止めに使う砂袋を保管してある人形で、頭が玉葱の形をしています・・そう信じ込んでいました。 ある日、信号待ちの運転席から良く見ると、「かぼちゃ」という説明が書いてありました。そう言われれば、確かに頭上のとんがりは、徐々に細くなる玉葱の尖り方ではなく、実(頭部)との間にくびれがあって、南瓜のヘタの形をしています。頭全体も「おかっぱ」のようにずんぐりしていて(だから女の子に見える)、玉葱ではないことが納得できます。なんだ、この頭は玉葱じゃなくて南瓜だったのか!・・でも、なんで南瓜なんだろう?・・東区なんだから素直に玉葱にしておけばいいのに、南瓜の形をした頭・・カボチャ頭!・・いや、そんなウケ狙いで人形を立たせるはずがないし・・と思いながら頭を叩いてみると、空洞的な低音が響きました。←自分の頭ですよ・笑。 それにしても、似てるよなぁ・・。
(はるか昔の)小学校にあがる前、道南の某市のお菓子屋さんの店先に、頭を押すとスプリングで揺れる人形が立っていました。(不○家ではなく、地元のお店です。)その頭を押すのが面白いので、人形に向かって横断歩道を渡り始めた途端につまずいてしまい、舗装路面が目の前に急接近してきたことまでは覚えていますが、その後の記憶がありません。一応レントゲンで検査したそうですが、それ以来・・(以下、自粛)。
2005年12月11日
例年のように、来季の契約を結べないトップチームの選手がいる、という憂鬱さを振り払うため(?)、ユースの選手がトップチームに昇格する話題で盛り上っているようです。
一般のサポーターの感覚としては、「ユースの選手がトップチームに上がって来る」ので、「若くて新しいメンバーが増える」と捉えるから嬉しいんでしょうが、私の場合はちょっと違います。
親しんできた「ユースの選手がトップチームへ去ってしまう」とか「送り出す」という感覚なんです。
ユースからトップへ昇格できる選手が1人もいなかったら、それはそれで困った事態なんですが、昇格するということを手放しで喜べる心境じゃないんです。
トップチームに上がるとなると、言うなれば「可愛がってきた娘を嫁に出す」ようなもんで、花嫁の父親になったような、変な感情なんですよ。「良かったね!」と言われても愛想の良い表情はできませんので悪しからず。
たとえトップチームに上がらなくたって、時期がくればユースを退団して進学やら就職する訳ですから、どっちみち彼らと別れなくちゃならないけども、その「別れる」という事実が先にきて、憂鬱になっちゃうんです。初冬に現われるこの症状を「ユースメランコリー症候群」と・・言いませんが、秋からジワジワっと、しかし着実に発症してきます。
その辛い時期を過ぎて春になり、彼らがトップチームに合流してしまうと、かえって楽になるような気がします(単に「木の芽時」だからかも)。
いったん嫁に出したら、「煮て食うなり焼いて食うなり、勝手にしてくれ」という感じで、自分の方から一線を引いてしまうようなところがあります。
トップに上がった選手の場合は、ユースへの「出戻り」はあり得ないので、「トップが辛かったら帰っておいで」とは言えません。一方通行の別れになってしまい、「もしかしたら帰ってくるかも・・」などという中途半端な期待が入る余地が無いからこそ、吹っ切れるのかも知れません。
ユース昇格1年目の選手を戦力外と判断したことに対してクラブへ抗議するのって、娘が出戻ってきた時に、実家の親や小舅(姑)が嫁ぎ先に苦情を持ち込むことに似てると感じるんです。「嫁の出来が悪かった」とは微塵も考えないのか?と。
2005年12月09日
時々知人から「雁来練習場って、どこにあるの?」と尋ねられたり、「どうやって行くの?」、「車でないと行けないんだべさ?」などと尋ねられたりしますが、カリキはそんな田舎ではありません・・郊外にあるだけです(と、一応否定してみる)。
選手達は自転車で通ったり、地下鉄とバスを乗り継いで徒歩で来たり、親御さんの車に同乗して集まったりします。
私自身も地下鉄とバスを乗り継いで行ったことはありますが・・確かに車に比べて時間がかかり、忙しい現代人にとっては不便に違いないでしょう。
左側のリンク集の中の「札幌周辺公共交通案内」を見れば、JR・バス・地下鉄・電車の路線と停留所を検索して、運行ダイヤを調べることができます 。停留所周辺の写真も載っていて、しかも携帯端末でもダイヤを調べられるスグレたサイトです。
市の中心部から公共交通機関で雁来練習場へ行くには、大まかに二通りの方法があります。
ただし、上の方の路線は、停留所1つ手前の東豊高校に通う生徒のためにあるような路線で、平日の朝夕は便数が多いですが、日中や土日には極端に便数が少なくなります。
車で行くとすると、環状通あたりから国道275号線に入って北へ向かい、札幌新道を横切ってさらに道なりに進むと、豊平川を渡る「雁来大橋」があります。その橋を渡らないで、橋の手前の信号で左側の脇道に入ります。その突き当たりの一時停止のT字路を左折すると、豊平川左岸の堤防の上を走る道路になります。ここまで来たら、左手遠方に練習場のネットや照明が見えますから、2階建ての施設「ゆい」の手前で左折すれば練習場に着きます 。
「雁来」停留所の直前から入る近道は工事車両が使っていますが、来春には一般車も通れるようになるんじゃないかと期待しています。
練習場の駐車場は砂利を敷いてあるだけで舗装されておらず、降雨の後は泥と水溜まりになって靴底(やズボンの裾)が汚れます。
トイレは、クラブハウスの横に別棟で建っています。ハーフタイムには選手も使うので、なるべく混まない時間帯に利用させていただきましょう。
飲料の自販機もありますが、夏場に大会があって込み合う時などは、業者による商品の補充が間に合わない場合もあります。直近のコンビニまでは、車なら5分程度です。
ゴミ箱はありませんので、ゴミは各自で持ち帰りましょう。
道路に面した側に、支援企業から頂いた「ハマナス」を植えてあります。土壌は砕石と粘土だし、給水もままならなず、雪に埋もれる過酷な環境で育っているので、踏み潰さないで下さい。(ハマナスは雅子妃殿下の御印でございますよ。)
気象条件は札幌市中心部に比較してかなり厳しいです。
低気圧が通過した後に吹く北西の風は冷たく、石狩湾の方向には障害物が無いので(高い物体といえばモエレ山くらい)、風が弱まること無しに吹き付けてきます。これが、練習を見学するときには向かい風になります。
逆に低気圧が接近している時には、南西の湿った風が吹きます。風上側は米里とか山本方面の平地なので、こちらも(白石清掃工場以外は)障害物がありません。
遮る建物が無い分、眺望は良好です。練習場からは手稲山や藻岩山、恵庭岳などを見渡せ、テレビ塔や札幌駅のJRタワーも見えます。
丘珠空港に近いので、上空を民間機や自衛隊機が飛んでいます。風向によっては、ちょうど旋回して着陸体勢に入るポイントになり、少々やかましいですが、見物するには最適です。
飛行機に飛び方を教えるために、市の中心部ではあまり見られない鳥も飛んできます。カッコウは札幌市の鳥であり、かつては北大構内でよく見られた(聞かれた)鳥ですが、最近はとんど聞かれなくなりました。それが雁来では季節になると飽きるほど鳴き声が響き渡ります。アオサギや白鳥などの渡り鳥も、人間を嘲笑うかのように通過していきます。
この辺は、土地を分譲している住宅地(リンク集の「ウエルピアひかりの」)ですが、ボチボチ売れています。元々は豊平川の堤防の内側にあり、洪水になったら水に浸かる地域なので地盤が柔らかく、はるか遠くをダンプが走っているのに、地震か?と思うほど揺れるし、近くを人が走っただけでも振動を感じます。今年の夏に本当の地震による振動で、照明灯の支柱が揺れました。
堤防からの曲がり角には重要な水位観測所があり、その北側には排水機場(ポンプ場)もあります。つまり、洪水対策上の重要な地点であり、排水機が必要なくらい水没しやすい地域なようです。
リンク集に「雁来観測所の水位」があります。雁来地点での水位の経過と現在の水位を見ることができるので、大雨が降った時に洪水の危険があるのかどうかを調べるのに便利です。(そんな非常時に練習が行われるのかどうか、という疑問はさておき。)
注意する点として、石狩川は大きな川なので、流域に大雨が降ってから増水するまでに時間がかかります。雨が止んでから水位が上がることもあるし、上流の旭川方面で大雨が降ったとしても、河口に近い札幌市内の水位が上昇するまで、2日くらい遅れる場合もあります。
豊平川を挟んで右岸側の河川敷には「米里サッカー場」があり、市内のリーグ戦や公式戦などが行われます。ここは思い出の多い場所で、若い頃はここで草サッカーをしてました。大雨が降ると水浸しになり、洪水の後にはピッチ上に泥が積もり、乾くと固くなって凸凹に足が引っかかり、さらに乾けば土埃が舞うという、自然環境豊かな?サッカー場でした。
左岸側の河川敷には「雁来サッカー場」というのがあったんですが、現在は「豊平川緑地」という公園に変わり、一応サッカーグラウンドもありますが、休日には草地でバーベキューを楽しむ家族連れで賑わっています。
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