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札幌出身・東京在住(釧路に単身赴任していましたが2014/4月に東京に戻りました)のあきっくと申します。 生観戦デビューは1999年8月15日の大分戦@厚別。 夏休みに札幌に帰省したときでした。 以来「仕事のしわ寄せは平日に」をモットーに、週末にコンサを追いかけるための生活をしています。 2001年夏にJ村でユース(特に石郷くん)を見てユースに傾倒。 いわゆるユースヲタなんだろうと自覚するこのごろ。 詳しい自己紹介と私宛のメールアドレスは「ごあいさつ」のカテゴリから、シーズンごとのトップチーム関連、ユースチーム関連別の主なエントリの目次は「まとめ・目次」のカテゴリから、エントリーナンバー順の全エントリーリストは「全エントリーリスト」のカテゴリからどうぞ。 2010/02/07からツイッターを始めてみました。 ユーザー名は akikconsa です。ユースの試合を見に行ったときは気が向けばつぶやいているかもしれません。 コンサU-18選手の背番号一覧表を作りました(2015/4月版)。ユース観戦のお供に、こちらからご自由にお持ちください。 →http://www.evernote.com/l/APefpdtBmUJCBo1gGdT_yWpEMjGm6cvq_oQ/
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2008年12月30日
私は先日すでに歓迎モードのエントリを書いてしまったので改めて繰り返すことはしませんが、かねてから報道されていたとおり、来季の監督にはノブリンこと石崎信弘監督が就任することがオフィシャルから発表になりました。 いくら「実質的には内定している」と言っても、正式に決定するまでは何が起こるか分かりませんから、きちんと発表になってよかったです。安心しました。 こりゃサッカー百鬼夜行のchooさんも喜んでいるだろうなと思ったら、やっぱりノブリンキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!!と喜んでいました。6年のときを経て想いが叶ってよかったですね、chooさん(笑)。 ところでchooさんが書いている6年前のエピソードですが、このとき確か私も一緒に乗せていってもらったはずと思うのです。でも、ノブリンに声をかけられたとか、清水の人たちがブルーベリーヨーグルトを食べていたとか、全然記憶にないのですよ。どうしてかしら?もしかして私は別のものを見ていたのかしらん?? 記憶に残っているのは、練習試合の内容がわりとしょんぼりだったこと、試合後、今ちゃんがおじさんおばさんを含む大勢のサポに取り囲まれて、「いや~、ずいぶん大きくなったねえ~」とみんな親戚の子供でも見るように目を細めて今ちゃんの体ががっしりしてきたと喜んでいたこと。それに対して今ちゃんはいかにも素朴な表情で、サポの声かけにいちいち答え、丁寧にサインや写真に応じていたこと。小さな男の子が今ちゃんに「サインくださ~い!」と走り寄ってきて、着ていたコンサ色Tシャツの背中にサインしてもらおうと背を向けてかがんだところ、そのTシャツの背中にはくっきりと YAMASE とネームが入っていて、周囲の大人たちはちょっとハッとしたのだけど、でも今ちゃんは意に介さない様子で笑顔でサインしてあげ、それを見た大人たちがますます「ええ子やぁ~」と目をハート型にしたこと、などですかね。 その日の夜に山瀬がスーパーサッカーに生出演したのもサポ的にはビッグイベントだったなあ。特に私は山瀬びいきな人でしたし。 ・・などと思い出話に浸っている場合ではありませんでした(爆)。 石崎監督就任のエントリでした。 監督、どうぞコンサのことをよろしくお願いします。 記事によれば、石崎監督のキャンプは、まず徹底的に走り込み、フィジカルを鍛えることから始まるとのこと。サポは「楽しみだわぁ~♪」で済むけれど、選手は大変でしょうね。 みんな、がんばってね。 ヒロや曵地くんもいきなりで大変でしょうけど、がんばってついていってくださいね。
なお、ノブリン就任と同時に、石栗建フィジカルコーチの就任も発表されました。石栗さんは7年ぶりとのことですが、ヴェルディに戻られてからユースの担当をされていた時期もあるんじゃないでしょうか。(オフィシャルの経歴でははっきりしませんけれど。) ユースの試合などで時々お見かけしていたような気がして、そんなに久しぶりという気がしません。(お変わりないなあ・・と思って見ていたので。) ノブリンとも気心知れた仲だそうで、どうぞこちらもよろしくお願いします。
【21:09追記】 そういえば思い出しましたが、私はこれまで2回ノブリンと接近遭遇していました。いずれも空港で。 しかもその2回ともオーラなかったというのが感想って・・。(←失礼なやつ?) その失礼な感想をつぶやいているエントリはこちら →2007/7/16のサテライト柏戦@宮の沢 →2008/5/18のサテライト柏戦@宮の沢
2008年12月27日
ちょっと前のことですが、今週号のサッカーマガジンに柏の石崎監督のインタビューがありました。「柏の」監督なんですが、報道によればもうすぐ「私たちのノブリン」になることがすっかり既定路線なので、私もすっかりそのつもりで読みました。 読んでいる最中から口元がにま~~と緩む感じでしたが、読み終えて顔をあげたとき、目の前にぱぁ~っとピンク色のお花が舞い広がっているような(←ちびまる子ちゃんのイメージ)気分でしたね。胸がすごくあったかくなって。 私が石崎監督のことを気安く「ノブリン」と呼ぶような親しみを持つきっかけとなったのは、当時有名だった大分のファンサイト「鳥日新聞」でした。 2000年のことだったと思います。 鳥日新聞の軽妙洒脱な文章で”ノブリン”こと石崎監督の言動が生き生きと描写され、あるときはサイトの掲示板にノブリン本人の書き込みがあったりして、それは楽しい世界が繰り広げられていました。 鳥日新聞のおかげで「ノブリン」と「俺王」に関しては、大分にいたころからよそのチームの人と思えないほどの親しみようでしたもんね(笑)。 ノブリンが「ジャージスト(←chooさん命名?)」だと知り、しかもノブリンが実践している「正統派ジャージの着こなし」は、ジャージの上着の裾をパンツの中に入れ込むのだということを知った(?)のも鳥日新聞だったでしょうか、それともサッカー百鬼夜行でだったかな。 ノブリンはコンサの前身である東芝の選手だった人で、選手時代に、東芝のコーポレートカラーが赤と黒だということと、自分の好みの某強豪チームにちなんで、東芝のユニを赤と黒の縦縞のデザインにした張本人だということも、そのころそのあたりのサイトで知ったのだと思います。 このように私はノブリンに一方的な親しみを感じていましたが、それはいずれもサッカー以外の部分でのことでした。石崎監督が率いるチームのサッカーについてや、石崎監督がどのようなサッカーを志向しているのかについては、とりたてて興味をもって見てみたことはありませんでした。最近までは。なんとなく運動量多くプレスをかけていくサッカーだという漠然としたイメージはありましたけれども。 で、改めて「私たちのノブリン」になる人だという目でサッカーマガジンに載っていたインタビューを読んでみたら。 嬉しいことがたくさん書いてあるじゃありませんか。
読んでいていちいち嬉しくって、楽しいサッカーが見れそうで、この2年間停まっていた私の時間が再び動き出したような気がしました。
正式に就任の発表もないのに、実際にコンサでどんな練習やどんなサッカーが始まるのか不明なのに、はなはだ気が早いことではありますけれど(笑)。
・・これで智樹もいたら言うことないんだけどなあ。。と、言ってもせんない愚痴をこぼしたりして。
2008年12月18日
今日の夕方にオフィシャルで発表された コンサドーレ札幌 村野晋ゼネラルマネージャー 村野明子「しまふく寮」寮母退任のお知らせ 降格決定後の報道からこういうことになるのではないかと危惧しており、また、夏ころからの「しまふく寮通信」の言葉の端端にいつかはお別れをしなければならない日が来る、もしかしてそれは近いのかも、と漠然と感じていただけに、ああやっぱり・・・というような、でもそれでは済まない悲しさと寂しさを感じました。 でも嘆いてみても決まったことは覆らないのでしょうから、というより、多分村野さんご夫妻の意思なのでしょうから、サポとしては涙と不安をこらえて受け容れてお見送りしようと思います。 ご夫妻には、楽しいことも多かったでしょうが、本当に大変な日々だったことと思います。 特にりょうぼ。の明子さんは子供たちを育てながらのあの大量のごはん作りを毎日毎日続けられたわけですから。敬服と感謝に堪えません。 しばらくはゆっくり休まれるのでしょうか。 肩の荷を下ろしたら、こんなに体が軽かったのか!?とびっくりするほど解放感に包まれるかもしれませんね。 本当にお疲れさまでした。&ありがとうございました。 またどこかでご縁がありましたら嬉しいです。 で! その後任の寮監が蛯ちゃんですって?!! んまー、まだ若いのに寮監の仕事を?とか、結婚してたのねー!とか、ほんと驚きのニュースでした。 蛯ちゃんも、蛯ちゃんの奥さんも、村野さん夫妻の後任ということでプレッシャーを感じることもあるかもしれません。でも蛯ちゃんは、寮生だったころから明子さんと一緒に寮の掃除をしたり、寮を出るときには明子さんに自分のユニを託していったほど、寮での生活に強い愛着をもっていただろう人。そしてユース選手だったときの気持ちも、トップの選手だったときの気持ちも、なかなか出番を得られなくて辛い思いをしている選手の気持ちも、よ~~く分かるだろう人。おまけに選手たちと年が近くて、選手たちの考えることや感覚を察することができるだろう人。 蛯ちゃんにしかできない寮監の良さってきっとあるだろうと思います。 もともと、若い選手たちの甘えや緩みの出がちな生活をきちんとコントロールすることが目的でもあった寮ですから、厳しくするところはビシッと締めて、というのが若い蛯ちゃんにやっていけるかな??と最初ちょっと心配な気持ちもありました。でも明子さんが大丈夫と言っているので大丈夫なんだろうと信じることにします。 大変でしょうけど、夫婦で力を合わせてがんばってね。 コンサのことを末永くよろしくお願いいたします。
(おまけ) 明子さんの最後のしまふく寮通信を涙目で読んでいたら・・。 お?と引っかかったこの言葉。
先日、平岡くんとマーカスくん、エジを寮から見送った。
実家に帰っていく選手たちを見送って。
冬休みに遠征に行くユース9名を見送った後、
私たちもしまふく寮を卒寮してゆく。
ユースは12月26日~29日にさいたまでのフェスティバルに参加するらしいと聞いたけれど。 9名ってことは・・。(と指折り数える) もしかして全員? 明生や怜大も??また見れる?? わーい。
2008年12月15日
U-15の試合レポもまだ書きかけですが、とりあえず今日の嬉しいニュースから。 なんだかくーさんににやにやしながら見られている気がするし・・(笑)。 コンサ公式サイトでU-18のGK曵地裕哉くんのトップチーム昇格と、MF古田寛幸くんのトップチーム登録が発表されました。 →コンサドーレ札幌ユースU-18 曵地裕哉選手 2009トップチーム昇格のお知らせ →コンサドーレ札幌ユースU-18 古田寛幸選手 2009トップチーム登録のお知らせ 曵地くんについては以前から昇格予定だと報道されていましたので、正式にちゃんと発表になったんだなと嬉しく思いましたが、ヒロはまだ2年生ですから油断してました。先日のJユース水戸戦のとき、3年生についてはひとりひとり名前をコールして名残惜しく別れを惜しんだ(←一方的に)のですが、まさか同時にヒロもユースを卒業するとは思わず、きちんとお見送りしていませんでしたよ。でもよそへ行くんじゃなくてトップで見れるわけだから、まあいいか。 これまでもユース所属の2種選手がトップチームに登録されることはしばしばありましたが、あくまでも(トップチーム選手の怪我など)いざというときに備えて登録だけしておくという感じでしたし、今回のようにシーズン前にわざわざオフィシャルで発表されるようなことはありませんでした。 ヒロの場合は本人のコメントでも『トップチームに昇格』という言葉が出てきていますし、高校も通信制の学校に転校するということですから、2種登録とは言っても実質的にはトップに所属して活動する予定なのでしょうね。 背番号もちゃんともらえるのかな。キックオフイベントにはルーキーとして参加するのだろうか。 リーグ戦に出場することがあれば、2005年終盤の征也以来の2種選手のリーグ戦出場となりますね。出場目指してがんばれ!
私が曵地くんのことを初めて見たのは、2006年4月にユースが波崎に遠征してOCEAN FIELD CUPに出場したときでした。(そのときのエントリはこちら→1、2、3、4)(2006/4/1 波崎合宿での曵地くん。高1でコンサユースに入ったばかりのころです。) 第一印象は「わー、背が高い~。」でした。 3年生になるまでなかなか出場機会がありませんでしたが、試合に出るようになってからは強みである背の高さを活かし、ジャンプしてハイボールをキャッチする頼もしさは出色でした。 GKは出場機会を得るのが特に難しいポジションでもありますし、プロでやっていくためにはいろんな判断力とか味方を動かすコーチングとか、求められることがたくさんあるでしょう。日々の地道な努力を重ね、コンサの守護神として大きく羽ばたく日をじっくりと待っていますからね。焦らずにこつこつとがんばってください。 昇格おめでとう。
私がヒロを初めて見たのは2004/8/14のクラセン(U-15)@J村、グループリーグ初戦の柏U-15戦ででした。中1ながらメンバー入りしていました。とは言ってもヒロは35分ハーフの試合の後半34分に交代で入っただけなのでプレーの印象は残っていませんけれど。ハーフタイムのヒロ。中1なのに今とあんまり顔が変わっていないのがなんだか笑っちゃう。
試合終了時。左から3番目の背番号20をつけている選手がヒロです。 その年の冬、2004/12/5の高円宮杯(U-15)グループリーグ初戦・FCあきた戦@石巻になると、ヒロはスタメンでフル出場でした。
こんなタイミングの写真しか撮れませんでしたが。 前列右端にいるのがヒロです。
試合終了後の挨拶時。 左から3人目の背番号20をつけているのがヒロです。 今思うと、学年差の影響の大きい中学生の段階で1年生ながら試合に出ていたことはやっぱり凄いです。 翌年夏のクラセン(U-15)@J村になると、もうヒロはチームの中でも変態プレーぶりで目を惹く存在でした。 国体の北海道代表に中学生ながら入ったり、上記の曵地くんを初めて見たときの波崎合宿にもU-15所属の選手ながら参加していたり。
(2006/4/1 U-18の波崎合宿で。中2から中3になるときのヒロ。曵地くんと同じ35番をつけてます。) 今年のU-18で2年生ながら10番をつけていたことからも、高校生のうちにトップチーム昇格というのはもしかして当初からクラブの構想にあったのかもしれません。でも夏に代表で大怪我をしてしまって、当人はどんなに残念だったことでしょう。J村でのクラセンでは歩くのもやっとな状態でビデオ撮影係をしていたり、その後の知事杯やJユースのときも装具をつけて別メニューでいる姿を見かけていただけに、高円宮杯(U-18)グループリーグでのメンバー入り、その後の試合復帰は嬉しい驚きでした。 年上の選手に混じってプレーすることには慣れているヒロですから、きっとトップチームに入っても物怖じせずにやっていけると思いますが、急ぎすぎる必要はないからね、ずっと先のことまでも含めて楽しみに待っているんだからねと老婆心ながら言ったりして。 でもそう言いながらも、ヒロは精神的にも大人っぽい香りのする選手ですので、大丈夫だろうとあんまり心配していないのですけど(笑)。 おめでとう。 このステップがヒロの輝く未来のための第一歩となりますように。
さてそして来年のユースチームですが。 プロ契約ではなく2種登録ですから、ヒロは来年のユースの試合にも出られる資格はありますが、実際にどうするのかは分かりません。 そこで楽しみになってくるのはヒロが抜けたあとの他の選手たち。 今年の夏から秋にかけてヒロが怪我でいなかった時期には、みんなで工夫して攻撃していましたが、ヒロが復帰した後はついヒロに頼りがちなシーンも見受けられただけに、ヒロがいない来年、誰がどんなふうにぐーんと伸びてくるか。とっても楽しみです。 毎年、3年生になると役割への責任感からか経験を積むからか、やりたいことが実現できる体ができてくるからか、いろんな理由があるのでしょうが、「うわーー、頼もしくなったなあ」と目を見張るような選手が何人か出てくるものですが、今年はその効果がより強く現れるかもしれませんね。わくわく。 みんな、がんばれ~。
2008年12月07日
2008/12/06(土)14:30 @札幌ドーム 第34節 コンサ 0-1(0-1、0-0)鹿島アントラーズ 結果詳細はこちら →札幌公式 J'sGoalサマリー 今日はドームでの鹿島戦の前に、サテライトは10:00から宮の沢で札大と60×1本の練習試合が予定されていました。 先週わざわざ宮の沢まで見に行った北海道CSリーグが積雪のため中止になりましたから、その代わりかなと思いました。先週見れなかった智樹のプレーを見るチャンスだわと、私はドームへ行く前に宮の沢へ寄っていくことに決めていました。 飛行機が新千歳空港に着陸すると、窓の外は雪がちらついています。先週は千歳で晴れていたのにそれでも宮の沢は雪でしたから、今日は大丈夫だろうか?と不安になります。そんな私の不安な気持ちをしばし忘れさせてくれたのが、出発ロビーでみかけたこの姿。 U-15の選手たちですね。明日からの高円宮杯(U-15)グループリーグのために、これから熊本へ向けて発つのでしょう。羽田乗り継ぎで行くのかな? 札幌U-15だろうか、旭川U-15だろうかとチラチラ見ていると、名塚さんがいるのが見えたので「ああ、札幌だ」と思いました。 考えてみれば、旭川の選手たちはわざわざ千歳からじゃなくて旭川空港から乗るかしらね?
で、宮の沢に着いてみると、案の定この状態です。
入り口そばのスケジュール掲示には張り紙がしてあり
やっぱり練習試合は中止です。 昨日はまでは大丈夫だったそうなのに、神様は意地悪だなあ。
選手たちはピッチの周囲だけなんとか除雪したグラウンドで走ったり、インターバル走というのかな、時間を計って走ったり歩いたりをしていました。 走っている選手の顔ぶれを見ると、あ、智樹はいた。せめて顔を見るだけでも来てよかった。 でも純貴もいるのを見てちょっとがっかり。なーんだ、今日はベンチ入りしないのかあ。ドームの大型ビジョンに純貴が映し出されるのを楽しみにしていたのに。 宮澤くんの姿がないということは、宮澤くんがベンチ入りするのかな。 鹿島のみなさんに「ほらほら。宮澤くんはうちにいるんだよ。うらやましいでしょ。」と見せびらかすのも、また一興か(爆)。 梟巣の前のスタンドで走る選手たちの姿を見ていると、見覚えのある「偉い人」が白恋関係者に案内されてスタンドを上ってきました。 「急に来てすみません。」「いえいえ、とんでもありません。」などと挨拶をしているのが聞こえます。Jリーグの鬼武チェアマンでした。 鹿島の優勝が決まった場合の表彰式に出席するために札幌にいらしていたんだなと思いました。 練習試合は10時からの予定だったこと、昨日までは雪はなかったことなどをチェアマンに説明している声を後ろに聞きながら「チェアマン、この実情をよくご覧になっていってくださいね。」と思わず強く念じてしまいました。
チェアマンは梟巣スタンドの最上段から降りませんでしたが、一緒に来ていたJリーグ関係者?と思われる方が雪のピッチに降り、写真を撮ったり
足で踏んで雪の状態を確認したりしていました。
(下から盗み撮りしたチェアマンの姿・右から2人目) 選手たちは早々にクラブハウスに引き上げたので、せっかくだから「出待ち」をしてみようと思いました。 宮の沢に来ていたサポの数は10数名くらい。これならあまりがんばらなくても智樹に写真くらい撮らせてもらえるかもしれない。
待っているうちに足先が冷たくなってきましたけどね。 自動ドアの電源を切ってあるのか、ドアが開けっ放しなのが気になります。寒さが中に吹き込むでしょ。エコにも反するし。誰か閉めて~。(誰もいない)
かなーり待って、勇気を振り絞って出てきた智樹に写真を1枚撮らせてもらい、そのときに「がんばってね。どこにでも見に行くから。」と言うと、「はいっ。」と嬉しそうな笑顔を見せてくれました。 よかった。もうこれで思い残すことはない。と思いました。
じんわり暖かい気持ちを胸に、さ、ドームへ向かいますか。 新札幌~宮の沢~福住と、ドニチカきっぷが大活躍です。今日はKappaサンクスマッチです。抽選で選手が着用したユニをプレゼントしてくれるそうで、応募コーナーは大盛況でした。
スカパーコーナーでは、スカパーの冊子を持参すると抽選で何かもらえるキャンペーンをやっており、私はモスバーガーのドリンク券が当たりました。
で、当たったドリンクを引き換えようと思ったのですが、同様の人がたくさんいるのかかなり並んでいます。 せっかく並んだのだからついでに昼食もモスバーガーにしてしまったりして、なんだかスカパーとモスバーバーにまんまとのせられてしまったような(笑)。
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スタンドから眺めるいろんな智樹ダンマクも今日で見納めかあ。 どのダンマクも応援する気持ちが自分と共通している気がして見るだけで嬉しかったですが、その中でも「北の宝石」というフレーズは、智樹を表す言葉にぴったりでとても好きでした。
さすが優勝がかかった試合ですね。報道陣がたくさんいます。 優勝に一番近いチームと最下位がとっくに確定してしまっているチームとの試合ですから、どんなふうになるかと戦々恐々としていたら、試合はなかなか楽しいものでした。 なんたってカズと大伍が中盤の真ん中で、右サイドに征也、左サイドに西谷。マコとダヴィが2トップという位置づけながら、マコは少し下がり気味に中盤ともどんどん絡んできて、征也とマコのからみ、それに大伍も加わったりするボール回しはうはうはですよ。 西谷のパスもさすがのアクセントですし、カズはずいぶん頼もしくなった感じがしました。惜しいシュートもありましたし、セットプレーはすっかりカズの期待の場面になりましたね。 みんなでワンタッチでパスを回して攻め上がっていくシーンもたくさんあって、「なーんだ、みんなやろうと思えばできるじゃん!」って気にもなったりして。前半しばらくはなんだかコンサが押し気味の気すらしました。 あの時間帯にゴールできていればおもしろかったかもしれない。 けれど、先制点をとったのはやっぱり鹿島でした。 ちょっと不意を突かれた思いでいるうちにどんどんコンサゴール前まで攻め込まれていて、気づいたら少し遠目の位置からズバッとシュートを打たれて、それがまたきれいに決まるんだもんなあ。 あのシュートはあれで決められたら仕方がないと思えるものでした。 優也は優也らしさを取り戻したようで、失点はしてしまったけれどいろんな見せ場を見せてくれました。反応鋭い「優也ありがと~」シーンも、前へ出て触れないままどんどんボールを追いかけてゴールをがら空きにする(だけど他の選手がしっかりカバーに入ってるw)シーンも楽しかったです。 「今日の試合はなんだか楽しいね」と言いながら、カシマスタジアムでの開幕戦も前半は善戦したけど後半にメタメタにやられたんだよなあ・・と思い出して、プルプル不安に感じてしまうあたり、メンタル弱いですか。 後半の立ち上がりは鹿島がゆったりと回すボールを全然奪うことができず、さすがに鹿島は強いと改めて実感する展開になりました。鹿島は引き分け以上で他会場の結果にかかわらず優勝確定ですから、無理することなくきちんと勝ってこようとしているように感じました。 だけど、征也の鋭いクロスとか、大伍の落ち着いたボールさばきとか、カズの左足とか、宮澤くんの柔らかいボールタッチとか、ヤスくんのがむしゃらさとか、いろいろ来季の楽しみを感じる試合でした。締めくくりがこんな形でよかったなと思います。 後半は鹿島がチャンスをはずし続けてくれたせいもあるような気もするけど、そのままスコアが動かず、0-1で試合が終了しました。 鹿島が優勝を決め、去年に引き続きJ1リーグ戦を2連覇です。
鹿島の選手やスタッフが鹿島ゴール裏のところまで行って喜びをわかちあおうとしているところで、池内と話している鹿島スタッフ。 いいの?行かなくて。
鹿島サポが横に跳ねて喜びのチャントを続けるなか、J1優勝表彰式の準備が始まりました。 チャンピオンの文字は金色なんですね。 ちゃんと鹿島のエンブレムがついています。
選手たちがゴール裏のサポに喜びの挨拶をしている間、準備が進んでいます。
これが本物の優勝のお皿かあ。 喜びいっぱいの鹿島側のようすを目の当たりにしつつ、自分たちは降格するのに、この試合に負けたのに、それでもドームは鹿島におめでとうの拍手で包まれました。 こういうところはコンササポや北海道の観客の温厚で穏やかなところだなあと思いました。ときには「ぬるい」に通じることもあるかもしれないけど、こういう部分は素敵だと思います。 それでも悔しい気持ちや羨ましくてたまらない気持ちはありますから、好きこのんで鹿島のお祝いの席に同席しているわけではないのだけれど、この後にコンサのサンクスウォークがあるのだから待っているしか仕方がない。 しばらく待ってようやく表彰式が行われ、
チェアマンから渡された優勝フラッグと一緒に記念撮影したり
チャンピオンのボードと一緒に記念撮影しているようすを眺めつつ。 節目節目で会場からは拍手が湧き起こりました。 これね、最初のうちは純粋に「おめでとう」の拍手でしたけど、次第に「はいはい。おめでとう。さ、そろそろ終わり。」の気持ちが混じった拍手になっていったのは私だけじゃありませんよね?w
鹿島の優勝Tシャツの背面には「12」がついていたので、一瞬「これはスタッフや選手もみなサポと一緒」という意味か?と考えたのですが、すぐに「ああ、12冠という意味か。」と思い至りました。 すみません、そんな世界は想像が及びませんでしたよ。
待ちくたびれるほど待った後、さあいよいよコンサのサンクスウォークです。まずはドーレくんとドールズが登場。 ドーレくんは得意の側転を5回くらい続けてやってくれました。すごいぞ。
そして得意のダンスを披露します。
そして選手たちが出てきました。
後援会が選ぶ今季のMVPはクライトンでした。 ここにいないけど。 本人の代わりに矢作社長が後援会長から賞金を受け取りました。
社長のあいさつ
監督のあいさつ
大伍のポケットから何かはみ出してる。 ユニかな。サンクスウォークのときにスタンドに投げ入れるのかな?
選手スタッフ全員で場内を回ります。
応援ありがとうございましたの幕を持って歩く係は若手選手たち。 宮澤くん、カズ、謙伍、征也、純貴です。
ぐるっと回ってメインスタンド前に整列したときにはそれに大伍も加わっていました。 1年間お疲れさま。 また来年もよろしくね。
そして私たちはすすきのに場所を移して、仲間うちで1年間締めくくりの宴会です。ビールはやっぱりこれ。
一人一人に並べられたカトラリーのうち、注目は右から2番目のこれ。 そう、今日のメインイベントはチーズフォンデュということで楽しみにしていました。 私は帰りの飛行機の時間の都合があるので、それまでに無事チーズフォンデュまでたどり着きますようにと祈る思いです。
まずは、かんぱ~~い!!
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そして チーズ豆腐 と サラダ が出てきて。
いよいよチーズフォンデュの台が運ばれてきました。
チーズといえばワインでしょ。の赤ワインはチリワインです。
輸入代理店はもちろん我らがサッポロビールさま
フォンデュの具というか、フォークに刺してチーズを絡めて食べるのはこれら。 野菜とか鶏肉とかパンとか。 真ん中のお皿に入っているのはじゃがいものニョッキです。
チーズソースの入ったお鍋が運ばれてきました。 味付けに西京味噌を混ぜてあるんですって。
火がつけられました。わくわく。
まずはパンをいってみる。
思い思いの具を
絡めて食べる。美味しい~。 ここで私は途中退席でしたけれど、このあとも美味しそうなメニューでした。 いつも宴会を手配してくれるくまちゃんはじめ、みなさん1年間ありがとうございました&お疲れさまでした。 よいお年を~。 じゃあ、次はキックオフイベントでね~。 口々にあいさつをして、私の(トップチームの)2008年シーズンが終わったのでした。
2008年12月05日
明日は朝一便の飛行機で札幌に向かいます。
頼むよ、まったく。 特に3番目!(って八つ当たり気味w)
鹿島戦はどんな試合になるのかなあ。
何も失うものはないのだし、次の試合のことも考える必要もないのだから、みんな開き直ってがんがん攻めにいってほしいな。
「こんなこと、やろうと思えばできるのか!!」と目を丸くするようなワクワク試合が見られたら、それはそれでフクザツかもしれないけれど。
征也と大伍の活躍と、純貴の出場を望む。
あ、謙伍も。
智樹だって。
2008年12月02日
昨日の夕方、HFCが来季契約を更新しないことにした契約満了選手を発表し、その中に智樹の名前もありました。 ずいぶん前から恐れつつ、そうなりませんように・・と願っていたことが、とうとう現実になってしまいました。 なかば覚悟していたこととはいえ、発表された名前の文字を見ているとつい涙がにじんでしまいます。鈴木智樹って、字のバランスまで素敵だなあ・・とひいき目で涙目で思ったりして。 昨夜はもう何もかも投げ出してふて寝してしまおうかと思ったけれど、これまでの智樹の思い出と智樹の魅力を存分に語り、智樹にエールを贈って、自分の気持ちの区切りをつけることにしました。 というわけで長いです。
智樹のプレーの中でも私が特に好きなのが、ひらりとエレガントに展開される長めのパスです。ピッチの中央で智樹がボールを持つと、「あ、あんなところに!」とハッとするような思いがけないスペースへ、しかも受け手が受けやすい優しい軌跡でパスがぽとりと落ちて、ピンチだったのが一瞬にしてチャンスに変わる。そういう場面での視野の広さに見とれたのが、智樹に惹かれた最初でした。智樹がユースにいたころのことです。
でも以前にも書いたことがありましたけど、私が智樹に心奪われたのは実はけっこう遅くなってからなんです。 最初に智樹を見たのはたぶん彼が高1のときのJ村のはずなんですが、そのとき智樹の名前だけは知っていたものの、目の前の石郷くんに目を奪われて(笑)ほとんど智樹のことは印象に残らず、でした。 高2のころの智樹はきっとキラ☆キラだったのかな? 残念ながらこの年(2002年)はユースの試合をいつ見たかはっきりした覚えがないんですよね。 ブログは始めていなかったし試合の写真を撮っておくようになる前のことだったので。この年はJ村にも行ってない・・んじゃないかと思います。でも竹下くんがキャプテンで、伝庄くんと智樹がダブルボランチで・・って記憶はあるから、ホームでのJユースの試合をサポ仲間と見に行っていたのかもしれない。伝庄くんはどちらかというと守備多めのボランチで、智樹は中盤の底あたりから左右の前のスペースへ、ひらりひらりとパスを出し、両サイドの選手を走らせていました。石郷くんが右サイドをダーッと駆け上がり、智樹がそれにぴったり合うパスを出して攻撃につながっていくシーンは素敵だったなあ。 高3の智樹は、5月に関東での代表合宿を見に行ったり、(U-18日本代表合宿@小平) J村でのクラセンで見たり。
(@J村) でも、智樹の素敵さに本当に開眼したのは、宮の沢でのサテライトの試合ででした。トップチームがビッグスワンで新潟に虐殺された翌日に、仙台と対戦したサテライトの試合です。 この試合は、征也(高1)も、新居も、それぞれの持ち味で目立っていましたけれど、智樹(高3)はもう、それはそれは素敵で(はあと)。 トップの選手に寄せられると体勢は崩されてしまうのだけど、それでも粘って必ず味方のチャンスになるところにボールを出すあたり、ほんとに感心しました。この試合は、J-COM札幌さんが後日試合の様子を録画中継(実況:永井謙一郎さん、解説:小松崎保さん)してくれて、そのときの放送の録画は今でも私の宝物なんですが、テレビだとそういう智樹のよさがほとんど分からないのが不満です。その分、征也のよさは満喫できますけど。今はコンササッカースクールのコーチをしている小川睦史(あつし)(高2)も途中出場しているんですよ。まったく、うはうはの試合でした。 けれど、その後の智樹がユースの試合でもあんまりはかばかしくなかったことはこちらの思い出話のときに書きましたからそっちを読んでいただくこととして、その後、トップ昇格がないかもしれないと噂される智樹の赤黒ユニの姿を少しでもたくさん見ておきたくて、もしかしたら見れるのは今しかないかもしれないと思い詰めて、私は智樹が出そうな試合ならコンサユースでもサテでもそれ以外でも、少々の距離はいとわずできるだけ見に行くことにしました。国体を見に日本平に行ったのも(→参考エントリ)、高円宮杯(U-18)を見に藤枝に行ったのも、
(グループリーグ第1戦 清水エスパルスユース戦)
(グループリーグ第2戦 国見高校戦)
(グループリーグ第3戦 滝川二高戦) 当時の私にとってはかなり思い切った遠征だったのです。 そして上記の思い出話に書きましたように、
↑ヴェルディグラウンドでのJユースヴェルディユース戦で智樹の復活を感じて嬉し涙にくれて。このときに「来年も赤黒の智樹を見続けられるかもしれない」と期待がふくらみました。
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↑丸亀での天皇杯にワクワクし。 万博での天皇杯3回戦ガンバ大阪戦では智樹がスタメンかもという事態になり、職場の旅行会を途中で振り切って急きょ万博へ向かい、幸せを噛みしめたものでした。
そして智樹は無事トップに昇格しました。赤黒ユニ姿の智樹を今後も見ることができる。そう分かったときの喜び。本当に幸せでした。2004年は大緊縮財政で年俸の安い若い選手ばかりの構成になったうえ、シーズン前のキャンプ中にボランチのレギュラーになると思われた中尾が怪我をするハプニングもあったりして、シーズン開幕戦ではなんと智樹がルーキーながらスタメン出場しました。高卒ルーキーが開幕スタメンというのは1996年のコータ以来、ユース出身選手では初となる快挙でした。 2004年は勝敗という意味では厳しいシーズンでしたが、私にとっては智樹を初めとする「コンサで育っていく」選手がたくさん在籍し、未来への希望をふくらませることのできる幸せなシーズンとなりました。 あのとき智樹と一緒にコンサに加入した同期の8人は、来年はもうカズひとりしか残らないことになるんだなあ・・。 智樹は2004年開幕戦から5試合スタメンで、そのうち最初の3試合はフル出場し、以後は途中出場や出場なしのベンチ入りを含めて21節まで連続してベンチ入りをしました。でもその間チームはずっと勝てなくて。第3節に仙台に勝利して以来18試合勝ち試合なしが続いた後、智樹が初めてベンチをはずれた第22節福岡戦@博多の森で、アイカーのゴールでチームはとうとう勝利をあげました。思わず涙がこぼれる嬉しさでした。選手たちはサポの前で一列に並んで手をつないで。サポと一緒におおおお~~~~~~、おー!で万歳して喜びました。その選手の列の中に私服の智樹も混じっていました。自分がメンバーをはずれた試合で勝ったのは嬉しいような悔しいような複雑な思いでいるかと思いきや、久しぶりの勝利にぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでいる姿と屈託ない笑顔を見て、私は微笑ましいような心配なような心境になりました。 シーズン前の合宿中に大騒ぎして怒られて丸坊主になったり、厚別での草津戦で大活躍してこれから波に乗る?と喜んでいたら、どうやら浮かれたらしくてヤンツーさんに叱られてメンバーからはずされたり。プロ3年目で初ゴールを決めて嬉しかったけど平日のホームの試合で私は見れなかったり。いろんなことに一喜一憂して楽しい幸せな日々が過ぎました。 ちょっと困ったな・・と改めて感じたのは2006年の天皇杯のときでした。天皇杯でベスト4までいったこの年、チームが勝ち進み、雪のため札幌では練習ができない状態になっていることから合宿を張ることになったのですが、ヤンツーさんは何人かの選手を合宿に連れていきませんでした。その居残り組の中に智樹が入っていました。 私は遠いアウェイの地に住んでいて、ふだんの練習のようすを見にいけないものですから、智樹がどうして連れて行ってもらえなかったか実際のところは分かりません。でも合宿費用が限られている中で連れていくまでもないとヤンツーさんに判断されたというのは確かで、智樹になにか決定的に欠けているものがあるのかもしれないと思いました。 その後三浦監督が就任し、以後現在まで、智樹のリーグ戦でのベンチ入りは一度もないことはご承知のとおりです。三浦監督が率いたこの2年間で、智樹が唯一ベンチ入りしたのは2007年の天皇杯の初戦、厚別でのTDK戦だけでした。しかも智樹はアマチュアチーム相手の試合ですら、ベンチ入りしたフィールドプレイヤーの中で唯一人、出場機会を与えられませんでした。 三浦監督の戦術や好みが智樹のベンチ入りを難しくさせているのかなあと思ったりもしました。 このときの天皇杯でもそうですが、ふだんのサテライトの試合や練習試合でのメンバー、選手交代を見ていると、三浦監督は智樹の序列(使いたい度)をチームの中でもっとも低く見ているように感じました。私は、智樹がプレーでアピールする機会さえ与えてもらっていないように思って、やきもきしたりイライラしたりしました。 監督の現評価を打ち破って、監督がどうしても使いたいと思うような選手になるようがんばれ。そう願っていたのですが、たまにサテの試合などで見る智樹は、ひいき目で見てもどこまで切迫感を持っているのか心配になりました。なんというか、目の色が変わってないのですよ。 私は以前「北海道が大好き。ずっと北海道でプレーしたい。」とインタビューで答えていた智樹を嬉しく思っていました。自分が向上するために移籍してしまった恋しい山瀬に、いたく傷ついたこともあったので。だけど次第に、智樹の無邪気さというかのんびりさは智樹が自力では自分を追い込めない甘さにつながっているんじゃないかと思うようになりました。我が身を振り返って「道産子気質」のようなものまで思いを馳せるようになったりして。プロ選手と自分を一緒にするな、とは思うものの(笑)。 私は自分が「北海道大好き」で「北海道で一生暮らす」と思っていた人だったから感じるのかもしれませんが、こっち(東京)で暮らしてここで仕事をしていると、しのぎを削って競争社会を生き抜くことに慣れている人と自分の育ってきた環境はずいぶん違うなあと思いました。周囲にいる「競争して育ってきた人」たちは、負けず嫌いで、アピールが上手で積極的で、努力を惜しまないように見えます。私は自分のすべき仕事の責任はきっちりと果たしたいと思っていますし、時には必死でがんばることもあるけれど、常に全力で120パーセントの力を注がなければならない状態はしんどいなと思ってしまうのです。でも山瀬やテニスの伊達公子さんの言葉にあるように、常に限界まで自分を追い込んで努力を続けることでこそ、限られた時間で成長していけるのだろうとも思い、今さらながらトップアスリートの世界の厳しさを思うのでした。 子供のころからの努力と才能を兼ね備え、プロサッカー選手になった人であっても、そういうヒリヒリするような努力を自分だけでできる選手はきっと一握りで、易しいことではないのだろうと想像します。そして外から刺激を与えられて(否応なく)しのぎ合いの中に身を置くには、もしかして北海道は競争が少なくて殺伐度が低いのかなあと思います。 ヒリヒリした殺伐度の少なさというか、素直なおっとりさは、全国大会で戦うコンサのユースくんたちもしばしば感じることがあります。魅力の裏返しでもあるのですけど。そんなことを考えていた時期に更新されたしまふく寮通信での出来事は、そこから窺えるトップチームやユースの様子が、智樹について考えていた私の思いとなんだかシンクロするような気がしました。 そして先日、Jユース草津戦の前にドームサブグラでトップチームの練習を眺め、全体練習終了後にシュート練習をしている選手たちの様子を見ていたとき。ゴール前でシュートする前目の選手たちに向けて、智樹はサイドからクロスを入れる係をやっていました。そのクロスボールはふんわりと柔らかく、ゴール前にGKしかいない状態でシュートを打つにはとても打ちやすそうなボールでしたが、ゴール前に相手選手がたくさんいる状態ならば味方に届く前にクリアされてしまうんじゃないかと見えるものでした。 私が見たのは練習のほんの1シーンですし、ふだんどんな練習をしているのかも知らずに決めつけることはできませんが、そのとき私は「智樹はふだんから試合に出ている自分を想定して日々の練習をやっているのかなあ・・」と不安を感じたのです。 今回、智樹が契約満了となったことはとても悲しいですし、監督が変わる来季、智樹が新しい監督のもとで練習したらどうなっていただろうと思うと残念でたまりません。もしかしたら化けるかもしれなかった。 でも少し前にそんなことを考えていたものですから、一方で、仕方ないのだろうと思う自分もいます。 智樹がこの先どうするのか分かりませんけれど、どこかのチームに移籍してプロサッカー選手を続けるなら、ある意味これはチャンスかもしれないと思います。 新居がコンサを解雇されて、プロサッカー選手を続けたくて必死になって努力をした結果今の姿があるように、智樹も、自分がどんなにサッカーを好きで、サッカー選手を続けたいのかを改めて実感することで、がむしゃらになり、一皮むけるチャンスかもしれないと、自分に都合良く(?)かもしれませんが、そう思います。 だから、智樹がんばれ。 これまでユースの選手たちの中には、思い入れ深くプレーを見つめてきて、この先もずっと見ていたいと願っていたけれど、それがかなわず、プロ選手になりたいと切望していただろう本人の夢もかなわず、卒団していった選手たちがたくさんいます。 智樹は、プロ選手としてコンサでこの5年間を過ごせたのは幸せなことだったと思います。私も幸せでしたけれど。 ここでいったんコンサを卒業して、自力でどんな道を進んでいくのか、その道を今後も見つめていきたいと思っています。 どこに行っても応援するから。 だから、智樹、がんばれ。
【自分用?メモ】 智樹のことを比較的多くとりあげたエントリを、思い出せるだけ拾い出してみました。 2005/12/10 甲府がJ1昇格かあ ・U-18代表合宿での智樹と小林祐三くんの思い出 2006/03/11 手に入ったもの・入らなかったもの ・智樹のウィズユーカードと時計とえチケ 2006/05/22 思い出の天皇杯・尽誠学園高校戦(1) 思い出の天皇杯・尽誠学園高校戦(2) ・2003年天皇杯に出たユースの智樹と征也のこと 2006/09/14 智樹のゴールは水曜日 ・帰宅途中の電車の中で智樹のゴールを速報で知る 2006/10/07 明日は天皇杯 ・前年の誕生日にサポ仲間からもらった智樹サイン入りグッズの話 2006/10/08 天皇杯でプレゼントをもらいました ・今年ももらった智樹サイン入りグッズのプレゼント 2006/11/25 元気のでるお守り ・残念な気持ちを紛らわす妄想の中にも智樹が出てきます 2007/02/23 嬉しいニュース ・練習試合で対戦した智樹と一柳夢吾くん 2007/03/07 背番号 ・智樹の背番号入りレプリカを買った 2007/03/16 テンプレート ・ブログのテンプレートを変えたのは智樹が写ってるデザインだったから 2007/03/21 思いがけずテレビで見れたもの ・テレビ中継のハーフタイムに智樹を見る 2007/10/05 久しぶりに智樹が見れる???かも??? ・天皇杯に智樹の出場を期待 2007/10/08 天皇杯は優也劇場 ・智樹の出番がなかったことの愚痴もどき 2007/10/15 サテライト ジェフ千葉戦@東総 ・試合後にユニにサインをもらう 2007/12/01 たくさんのことが詰まった一日(とその後の10日間) ・サンクスウォークを見ているときに思い出した2004年博多の森での智樹のようす 2008/02/02 智樹がんばれ ・まさにそれだけ 2008/02/27 たかが練習試合だけれども ・練習試合で智樹がゴールを決めたことに安堵する 2008/11/30 雪の宮の沢 ・最後になるかもしれない赤黒ユニの智樹を見に行ったのだけれども
【2009/1/13追記】 智樹好き仲間である「しまりすごはん」のしーちゃんさんが智樹の引退に向けての気持ちを書いていらっしゃいます。 まるで私の言いたいことを全部言ってくれてる。ってくらい共感しました。読んで泣きましたよ、ええ。 ↓ 北の宝石。(「しまりすごはん」しーちゃんさん) ちなみに、しーちゃんが触れていらっしゃる、私も『北の宝石』のダンマクが好きという話は→このエントリの真ん中あたりに出てきます。
2008年11月30日
2008/11/30(日)16:00 @瑞穂陸上競技場 第33節 コンサ 1-3(0-2、1-1) 名古屋 得点者:小川佳純(名・前半6分)、杉本恵太(名・前半12分)、ダヴィ(札:後半25分)、米山篤志(名・後半44分) 試合結果詳細はこちら →札幌公式 J'sGoalサマリー 宮の沢から帰ってきてからテレビで観戦しました。 残念ながら勝てませんでしたね。 名古屋には5月のドームでのホーム戦でも勝てませんでしたので、これで今年の名古屋戦は2戦2敗となりました。名古屋といえばありあまる資金で潤沢な補強をするのになぜかいつも終わってみれば中位に位置する「日本の中心」として有名なのに。 弱きを助け強きをくじく優しさで有名で、年間5勝しかできなかった2002年のコンサにさえ、そのうち2勝を献上してくれたほどなのに。 今年の名古屋は「日本の中心」を捨てて優勝争いするほどですから、もうきっと人格も変わってしまったのですね・・。 なんて戯れ言を言いたくなるような試合でした。 印象に残った点を箇条書きで。
2008年11月30日
昨夜オフィシャルサイトのスケジュール欄を見たら、今日の午前11時から宮の沢で北海道CSリーグのコンササテvs札大が予定されていました。 トップの試合が今日なのでサテの練習試合は翌日だろうと思い、平日だから行けないやと諦めていたのですが、あら、日曜日にやるのか。 北海道CSリーグは道協会主催の公式戦ですから、ちゃんとユニを着て試合をします。ひょっとするとこれが赤黒のユニを着てプレーする智樹を見れる最後の機会になるかもしれないと思いました。 もしそうなったら、日曜日で行こうと思うと行けるのに行かなかった・・と後悔するだろうと思いました。 瑞穂はチケット完売だからどうせ名古屋へは行けない。ならばいっそ宮の沢へ行こうか。そう決心して飛行機チケットの手配をして、早く寝て。そして今朝の早朝便で新千歳空港に降り立ちました。 千歳は晴れていたのです。でも快速エアポートで新札幌に着くころ、新札幌のホームには雪がちらついていました。そして地下鉄で宮の沢に着いたら、みぞれっぽい大粒の雪がかなりの勢いで降っていて、足元はべしゃべしゃの雪が7~8センチ積もっている状態でした。 あー、この雪の中観戦するのはけっこう大変だな、、と思いながら白恋に着くと・・。ピッチはこの状態です。(10:04現在)
スタンドにも雪が積もっています。
梟巣の前のひさしのあるスタンドでもこの状態。 風があって横殴りの雪ですもんね。 閑散としたスタンドでしばらく様子を見ていたけれど、雪はどんどん降り続くのにピッチの雪かきをする気配もありません。考えてみるとトップの試合のためスタッフもほとんど名古屋へ行っているでしょうから、雪かきをしようにも人がいませんもんね。 試合、やるのだろうか?? 不安になって見ていたら、クラブハウスから訓ちゃんが出入りしているのが見えたので、訓ちゃんに聞いてみました。そしたらやっぱり・・。試合は中止だそうです。orz 走る程度のトレーニングはやるかどうかまだ決まっていないとのことでした。 せっかく来たのだし、せめて走るところだけでも見ていくかと覚悟を決めましたよ。 しばらくすると選手が出てきて三々五々ピッチの周囲を走り始めました。 出てきた選手の中にはユースくんたちもいます。 鶴ちゃん、曵地くん、拓郎くん、健士くんが4人固まって走り始めました。 あー、残念。もし試合があったら彼らのプレーも見れたのに! ひっきりなしに降り続く雪が恨めしいけれど、これが北国の現実ですよ、犬飼さん。 みぞれっぽい雪でしたから、選手たちは走りながら「顔、痛てえ~~」と言ってましたもん。
走るユースくんたち
走る智樹 札大の選手たちも一緒に走り始めました。宮澤くんは札大の選手の中に混じって楽しそうにおしゃべりしながら走っていました。友達がいるのかな。 長い髪の常くんや沖縄から来た上原くん(not拓郎)も雪の中を走っていました。常くんはもう慣れたかもしれないけど、上原くんはどう思っているだろう??とか思わず心配しちゃった。 謙伍の顔も久しぶりに見れたし、ま、これはこれで来た甲斐はあったかと思いました。無理矢理ですけど(笑)。 試合開始時刻のはずだった11時の前に選手たちはおおむね走り終わってクラブハウスに引き揚げ、仕方ないから私も帰るか。この分だと名古屋戦が始まる前に家に着けそうです。生中継で見れるわ。ラッキー?!
千歳空港の朝市市場のおにぎりは私のお気に入りです。おにぎりのたらこはやっぱり生たらこじゃないとね!宮の沢で食べようと思って朝買っておいたおにぎりを空いてるエアポート車内で食べつつ空港に着くと。千歳は明るく日が差していました。 うーーーん、なんだか悔しい。 ・・・というわけで、今は名古屋戦を見ています。 征也と大伍とカズの活躍を楽しみにしていたのだけど。 後半、純貴の出番がありますように。 →その名古屋戦の感想はこちら
2008年11月29日
厚別で降格が決まった柏戦の翌日、日刊全国版にデカデカと載った「オシム札幌」の文字に驚き、「そ・・そんな、まさか。くすぐられても信じないぞ。」とこみあげる笑みをこらえつつ、上がったり下がったり感情のブレが忙しかった日々。 そのころ、監督ネタは落ち着いて考えられる心境じゃないし、じゃあ、何か別のネタでエントリ書いて、踊り続けそうな自分の気持ちを他に逸らしてみるかと思い、書き始めたのが智樹の魅力についてのエントリでした。ブログを通じて親しくなった方からちょうど「あきっくさんにとって智樹の魅力は何ですか?」と聞かれていたところでしたし。 でも書いていくうちに次第に愚痴になり、嘆きになり、説教(笑)になり。果てはクラブのスタンスとか将来像について、智樹や自分(←一緒にするな)を含む「北海道」に内在する問題じゃないかと感じる物事についてとか、逆にそれを活かすにはどうしたらよいのだろうとか。 だんだん話がまとまらなくなってしまいました。 それでも「智樹が来年どうなるかは分かりませんけど・・」と気楽に言える時期にとりあえずアップするつもりだったのですけどね。このタイミングではもう、何かと言うこと自体「空気読め」という時期ですよね。 今はただ息を潜めてただじっと待つだけです。 智樹については、そのうちはっきりしたらまとめてみようと思っています。
で、その合間にというと語弊がありますが、先日HFCから発表された経営方針について、ちょっとした感想など。 文章中に何度も出てくる「コンサドーレ・スピリット」という文字を見て私の頭に真っ先に浮かんだのは、「針葉樹」や「ブルーグレイ」という断片的な言葉とクラブのエンブレムでした。 なぜか? それはたぶん、私がコンサに興味を持ち始めたころにエンブレムやクラブカラーについての説明を読んで、「スピリット」という耳新しい言葉が印象的だったからだろうと思います。 それから何年も経ち、そんなことすらすっかり忘れていたころに、再び巡り会ったコンサ関連での「スピリット」という言葉。あら、なつかしい。なんだか原点に戻ったような気がしました。って全く私の個人的な体験なんですけどね。 読み進めるうちに、クラブの方針は以前佐々木元社長が熱く語ってらした5段階計画発表当時のものと変わっていないのだと再確認でき、安心しました。 自分たちで選手を育成してチーム強化をはかる。 クラブ、チームが長続きできる体制をつくる。 いずれも私が望んでいるものです。 この方針にそったクラブ経営・チーム運営が実現できるよう、私もサポとしてやれることをやろうと思いました。 そしてもうひとつ注目したのが「北海道にアイデンティティを持つ人々」という表現でした。 一見すると、なぜわかりにくいカタカナ語を使う?とも見えかねない言葉ですが、私は簡単に「北海道民」と書かなかったことにHFCの目配りと配慮を感じました。 コンサは北海道、札幌のチームであり、そこに存在意義があるのですが、コンサに集う人々は北海道に住んでいる人とは限らないのです。北海道以外の場所に住みながら、コンサに惹かれ、コンサを通じて紛れもなく北海道とは切り離せない気持ちを持っていると思うのです。私のように北海道を離れて故郷を思う人だとか、一時期縁のあった北海道を懐かしく思う方、元から単純に北海道が好きだった方、コンサを応援するようになって北海道に惹かれるようになった方など。 そういうサポの存在を十分意識して、このような表現にしてくれたんだなあと感じ、嬉しく心温まる思いがしました。 あと、うんうん、これ大事。と思ったのが ☆だれもが参加可能な場と空間の形成 の中の、とくに ホスピタリティを重視したスタジアム環境の再整備 の部分。 これ、まだかなーーり伸びしろがある部分だと思います。サッカーの試合以外にもスタジアムが北海道の魅力が溢れる楽しい空間になればどんなに素敵か。 まだ何も具体的なことはわからないのに、私はこの経営方針を見て安心し、明るい未来が開けてきたような気がしました。 気が早すぎ? 楽観的すぎ?(笑)
2008年11月23日
2008/11/23(日)16:00 @味の素スタジアム 第32節 コンサ 1-1(1-1、0-0) 東京ヴェルディ 得点者:ダヴィ(札・PK)、大黒(ヴ) 結果詳細はこちら →札幌公式 J'sGoalサマリー 純貴がベンチ入りするようだと聞いて、いそいそと味スタに出かける気分になりました。もちろん初めから行くつもりではありましたけどね。でも今さら「どうしてもコンサが勝つところが見たい」と切望する気持ちも抱けず、熱く応援するエネルギーを失ってしまっている私にとって「リーグ戦で生純貴が見れる」というのは、またとない格好の燃料になりました。 でも家を出るときに「あ、そういえば前売券買ってない。」と気がついて。2、3日前に「買わなきゃ」と思いつつそのままになっていたのでした。 当日券売り場でチケットを買うと。こんな台紙だったのですね。ちょっと得した気分です。
USが応援自粛を打ち出してから後のアウェイの試合に来たのは、私にとって初めてでした。厚別での柏戦のあとに等々力での川崎戦と天皇杯のマリノス戦@三ツ沢がありましたけど、等々力のときは宮の沢へ、天皇杯のときはヴェルディグラウンドに行っていたもので。 だから今日のゴール裏で私は、声を出して応援している人たちのあたりに混じるかどうしようか悩むかなと思ったのです。でも実際に来てみると、あんまり迷わずに、コール席ではなくて周囲の席で見ることにしました。 ぜひとも勝って欲しいと念じるエネルギーが私に欠けているように感じていたし、純貴の様子にばかり気をとられそうだったし。 試合開始前のアップのため、選手たちが出てきて、ゴール裏のサポの前で一列に並んで挨拶してくれました。 あ、純貴、いる、いる。 にこにこして嬉しそうな顔をして出てきました。 そのようすを写真に撮らなきゃ!と思ったのに、なんと! シャッターを押そうとしたら液晶パネルに「カードがありません」と表示されるじゃありませんか。がーーーん。 そういえばゆうべ、西が丘で撮った写真をPCに移して・・・、そしてSDカードはそのまま机の上に置いたままだったわ。 痛恨の失敗です。不覚でした。 試合後の挨拶のときには隣にいるくまちゃんに「純貴撮って。後で送ってね。」とお願いしましたけど、あの距離とあの暗さだとどうだったかしらねえ。 試合のことはあんまり覚えていません。 久しぶりに縦から試合を見たら、なんだか距離が遠かったです。 トップの選手は動き方で誰なのか見分けられなくなっているし、すっかりダメサポになっている自分を再確認したのでした。 ピッチ脇で純貴がアップしている様子を眺めて楽しんでいましたけれど。 「純貴、出番あるかねえ」「この試合展開だとどうだろうねえ」「交代あるとしても宮澤くんが先だろうしねえ」などと話していたとおり純貴の出番はありませんでしたけど、でもきっと遠征に帯同してトップの試合を経験するだけでも純貴にとっては糧になったでしょうね。 勝ち点をとれたのも久しぶりだったけど、コンサに在籍するユース出身選手5人が誰も出場しない試合というのも久しぶりだったんじゃないでしょうか。 トップの試合もあと2試合か。 名古屋の試合はぼやぼやしているうちにチケットが完売しちゃったんですよね。 名古屋戦で純貴が出場してJ初ゴールを決めたりしたら、私は画面越しに嬉しくて悔しい悲鳴をあげるんだろうなあ。そんな事態になって欲しいなあ。
2008年11月09日
2008/11/8(土)14:00 @札幌ドーム 第31節 コンサ 1-2(1-1、0-1)浦和レッズ 得点者:ダヴィ(前半13分)、田中達也(浦・前半28分)、エジミウソン(浦・後半9分) 結果詳細はこちら →札幌公式 J'sGoalサマリー 天気予報では降雪や吹雪のおそれもあるとのことでしたので、飛行機が無事に飛ぶが心配してましたが、空港に着いてみるととりあえず順調なようでホッとしました。 そして予想していたことではありましたが、搭乗ロビーにはおびただしい数の赤い人たち。レプリカを着ている人は一目瞭然ですが、それ以外でもなんとなく黒っぽくて赤っぽいので遠目には見慣れた仲間の姿みたいに見えるものの、近づいてみると細かいところで「あ、レッズの人か」と違いがわかります。 ネックスストラップの模様だったり首に巻いた赤黒いマフラーの端っこの柄だったりバッグやコートについているブランドマークだったり。 搭乗してから降りるまでの間、同志の姿をひとりも見かけないほど機内は完全アウェイでした。レッズサポのみなさん、JALのためにありがとう。
こんなにたくさんの人がいっぺんに空港からドームに向かうとすると、ドームを経由する札幌都心行きの高速バスに乗りきれず、積み残されるんじゃないかしらとの不安がわき起こります。果たして、バス乗り場に行ったらすでに長い列。しかも新千歳空港の札幌行き高速バス乗り場は、ANA到着口側の乗り場が始発になっていて、その後JAL到着口側の乗り場に寄って人を乗せて出発する構造になっているので、私が待っているJAL側の乗り場へは、すでにANA側で乗り込んだ(赤い)人たちでほぼ満席状態になったバスが到着します。これじゃ松山市駅のシャトルバス状態だわ。と、あのときの惨状を思わず思い浮かべてしまいました。 でもこれは松山のシャトルバスと違い、高速道路を通るバスですから、立ったままの乗車は許されないんじゃないかしら。とりあえず列の前の方の人たちが乗り込んで補助席を出している状態なのを見て、私は早々にそのバスに乗るのを諦めて次のバスを待とうと思い、それまでにANA側の乗り場へ移動しておこうと、ひとり列を離れました。勝手がわからないままに「乗れなかったらどうなるの?」とざわめいている赤い人たちには申し訳ないけど、私の考えていることを知られて真似されると私が次のバスに乗れなくなるかもしれない。そこは素知らぬ顔をさりげなく列を離れて移動した私は我ながらちょっとずるかったと思うけど、ま、アウェイの洗礼ってそんなものですよね(笑)。 ANA側の乗り場に着いたら列はまだそんなに長くなく、これなら間違いなく乗れる人数だわと安心しました。で、10分くらい待って次のバスが到着して乗り込み・・。その2分後にJAL側の乗り場に着くわけです。さらに長蛇の列! あらあ、大変ねえ。と思ったら、乗り場の係員が「札幌市内行きの方はこのバスへ。札幌ドーム行きの方は後ろのバスへお乗りください。」と誘導を始めました。どうやらドーム行きのバスを増発したようです。 愛媛と違って、なかなかよい対応じゃないですか。大多数の人の行き先が札幌ドームだってよくわかりましたね。(・・って普通わかるかw) その様子を見て今度はバス車内の赤い人たちがざわめきます。だって「札幌ドーム行きの方はこちら」と違うバスに誘導されているのですから。 自分の席をすでに確保している状態になった私は、さっきとは違って気持ちの余裕がありますから、近くの人に「大丈夫ですよ。たぶん、人が多すぎたので臨時に増発したんだと思います。」と教えてあげました。 無事札幌ドームバス停に着き、ぞろぞろとアウェイ側の待機列に向かう浦和サポから離れてひとりホーム側の待機場所へ向かい、そして無事サポ仲間と合流できました。幸い思ったよりも寒くはなく、おしゃべりして時間を過ごすうちにとうとう開場の時刻になりました。ふだんは南ゲートから入場する私たちですが、今日は南ゲートと北ゲートに分かれて並び、どちらか早い方が席を確保しようという作戦です。 私が入ったのは北3ゲートというのかな? 36号線沿いの通路でいうと、グッズジャムの脇を通り過ぎて一番奥の通路から入場しました。 チケットを見せて、マッチデーをもらって、さあ、いつもの席あたりへ向かおうかと思っていると、一緒に入場した仲間がしきりに私に気づかせようと合図を送る仕草をしています。何?と思って顔をあげたら入場口のところでは選手たちが両脇に並んでお出迎えをしてくれていたのでした。その中に智樹がいるのを見て(というか、智樹以外に誰がいたのか実はよく見てないw)思わず「え゛っ!」と声をあげてしまい、振り返った智樹と目があってしまいました。写真撮るとか、サインもらうとか、そんな余裕ないから~~~。なぜか逃げるようにその場を離れ、SB席へ向かう仲間たちと分かれてSA席へ急ぐ私。や、だって急いでいたんだもの。 すると隣の北2ゲートのところでも選手たちがお出迎えをしていました。 その中に、ドアから遠い方の端っこに、純貴がいるのを発見! とおりがかりに純貴に手を振ってから行こうと思って近づいていくと、純貴の隣には堀田くんもいてラッキーです。 にこにこしている堀田くんに手を振って、純貴にもあいさつしようと思ったら、握手をしようと手を差し出してくれる純貴。わぁ~、すっかりプロ選手だわあ・・・。 感激しながら、でも照れてなぜか顔はみれないまま握手をしてもらいつつ、またも逃げるように目も合わせずに通り過ぎてしまいました(汗)。 そんなことをしていたため、いつもの席へは南ゲートから入った仲間の方が先に着いていて、席は確保してくれていました。ごめん、あの場では話さなかったけれど、遅かった理由はこういうわけだったのです(爆)。
で、その南ゲートから入った友人が「通路も浦和側と仕切られて幕が張られていたよ」というので、野次馬的にその様子を見に行きました。2Fコンコースの仕切り
1Fの仕切り 「へえ、すごいね。厳戒態勢だね。」と感心したのに、そこから戻って売店へ向かっていたら売店や通路を歩く人混みの中にふつうに浦和ユニを着た人と何人もすれ違うじゃないの! なんだかなあ・・と苦笑いしてしまうような偽厳戒態勢な光景でした。
お昼ごはんはドームのしょうゆラーメン ちょっとぶらぶらして席に戻ったら、浦和のゴール裏には長い長いメッセージダンマクが張られていました。浦和側のB自由席の端から端までの長さです。 何度かに分けて左側から撮影すると
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一部陰になって読めない部分もありますが、「浦和の将来はこの残りの試合にかかっている 無駄にすれば×季も同じ事を繰り返すぞ 現場は×て フロントは本当に強くなる為に真剣に必死にこのクラブに愛情を持って考え×もう待った×」とあるみたいです。 一方、コンサのゴール裏にもメッセージダンマクがありました。ふだんUSのダンマクなどが貼ってあるフェンスのところのはフラッグなどがあって読めませんでしたが、スタンドの上の方に貼ってあるのは
ビジョンのあるクラブにこそ情熱を注ぎたい
札幌で戦うなら赤と黒のハートを持て
道民市民に愛されるクラブに これらは前からあるものですよね、確か。 フロントに対して真剣さと愛情を求めているあたり、なんだか両チームとも似ているなあと思いました。 アップのために選手たちが出てきましたが、USがクラブの将来に対する危機感を訴えるために応援を自粛しているとあって、コールはUSの両脇からちらほら。対する浦和サポも応援自粛するかもと事前に報道されていたとおりなのか、わりと静かな対応です。 ・・と思ったら。 しばらくして大音量の浦和のコールが始まりました。 あら?やっぱり応援することになったの? アウェイ側B自由席を埋めた大人数の浦和サポが一斉におなかの底から出しているような声は、塊(たましいじゃなく、かたまり)のような迫力でこちらに向かってきました。 うん、こうなるとは思っていたけど、やっぱりすごいね。
見ると、浦和のメッセージダンマクはいつのまにかなくなっていました。 円満解決したということなのでしょうか。
試合のことは、なんとも言い難いところもあるので簡単に箇条書きで。
もうひとつ、試合中に私の目を惹いたのはこれ。ハーフタイムにピッチの端でなにやらやっているのは。 スカパーのクラブ応援コーナーでしょうか。
あ!あれはきっと睦史だ! サッカースクールの紹介でもしているのかなあと、帰宅後このコーナーを確認する楽しみが増えました。
さて、試合後は恒例の宴会です。(半)浦和サポも一緒です。ラムの「火鍋」ですって。ひとつの鍋に2種類のスープ。
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かんぱーい! 飲んでおしゃべりしている最中に三浦監督の退任のコメントとか、明日のJユースの試合会場が宮の沢からドーム(屋内)に変更とか、HFCは本気で三浦さんに続投のオファーを出していたんかい?!とか、いろいろあれこれありましたが、酔っぱらいだからまあいいや、難しいことは後で考えよう。
おなかいっぱい食べ、飲んで帰ったのですが、帰宅すると母が富良野ホップのクラシックを冷やして待っていました。これ、まだ飲んだことなかったんです。 というわけで、さらにプシュ。飲み過ぎです(爆)。 さて、明日は10:00からドームでJユースの千葉戦。 今季のホーム最終戦です。 ユースの試合からサテの試合まで宮の沢に長滞在するつもりで膝掛けだの保温下着だの大荷物で来たのが無駄になりますけどw、でも雨風に当たらずに観戦できるのは嬉しい限りです。 今の3年生の中には北海道国際ユースでドームのピッチに立った選手もいますけれど、ドームは初めてという選手も多いでしょう。 大いに張り切って、よい試合を見せてね。楽しみにしています。
2008年10月20日
2008/10/19(日)13:00 @厚別公園競技場 第29節 コンサ 0-2(0-1、0-1)柏レイソル 結果詳細はこちら →札幌公式 J'sGoalサマリー トップの試合に行くのはなんだかずいぶん久しぶりでした。 あんまり久しぶりで荷物の準備にとまどってしまったほど。飛行機の中で「しまった。シーチケ忘れた。」と思い出しました。仕方ないので当日券を買って入りましたよ。せっかく買ったのに当日券はえチケじゃないのね。残念。スタジアムへ向かう前に、途中の角のところにある珈琲館で「厚別」というブレンドを買いました。 このお店、コンサフラッグを出していてくれるので前を通るたびにいつも気になってはいたんですが、ほほやんさんのところで「厚別」という豆があると知って、それはぜひ味わってみなくちゃ。と思いまして。
お店の中に入ると、いろんな種類のコーヒー豆が並んでいました。注文するとそれから焙煎してくれるんですね。 焙煎に15分くらいかかるので、試合前に予約しておけば試合後に受け取れるとのことでしたが、私の場合、帰りはみんなでシャトルバスに乗ることが多いので帰りに受け取るのは難しいかなあ。 そのままそこで焙煎できるのを待つことにしました。待っている間に、コーヒーを淹れてくれました。 ありがとうございます。美味しい♪
そしてこれがその「厚別」というブレンド。 ラベルにサッカーボールまでついていてかわいいですね。 お店のご主人と「今日はなんとか勝って欲しいですねー」と会話しながらお店を出たのですが。
厚別はよいお天気でした。
柏サポとアウェイドールズのみなさん。 コンサのゴール裏は、試合が始まったら90分間に集中するということで、試合前にコールは行わないという説明があらかじめあったと聞きました。 そのため試合開始までは柏サポの応援がよく響いて。 楽しそうな選手コールの数々に、それを聞くのもけっこう面白いものでした。 選手たちがピッチ練習に出てきてもコンサは試合開始前のコール等がなかったから、選手は不審に思ったかもしれません。 でも選手が挨拶にきたときにはゴール裏の中心部を含めてスタンドから選手たちに向けて拍手が湧き起こっていましたし、グッチーさんの選手紹介のアナウンスに対しても、太鼓に合わせてのコールはなかったものの自然な拍手はスタジアムを包んでいて、殺伐とした雰囲気ではありませんでした。 だから選手たちは「拒絶された」と感じてはいなかっただろうと思います。あれ?今日はどうしたんだろ?とは思ったかもしれないけれど。 でもそうやって相手サポのコールを聞きつつ待っている時間が長くなると、応援する気持ちも次第に高まってきて。焦らし時間をたっぷりとって一気に爆発しようという(?)USのこの作戦、なかなかよかったんじゃないかと思います。
開場前にみんなで寄せ書きをしていたんですってね。 「意地」のダンマクの用意をして待つゴール裏。
選手たちが出てくると、ダンマクが広げられました。 赤地に黒の「意地」の文字。 ほんと、意地みせてほしい。 でも、「意地」は形になって見せられることはないまま、試合は0-2という結果で終わりました。個々の選手ががんばっているところはそれなりにあったのですけどね。 でも2失点ともころころとほんの少しゴールラインを越えてしまったような失点だったあたり、なんとも今季の敗戦として象徴的だなあと思いました。 コンサのJ2降格が決まるところを見たのはこれが3度目です。 1度目は、福岡の自宅で、福岡の放送局が流すテレビの向こうの室蘭での戦いを見ていました。まだコンサは「私のチーム」になる前ではありましたが、それでも「ああ、決まってしまったか・・・」という虚脱感と画面に映る必死なサポの思いが胸を打ち、感慨深いものでした。 2度目はカシマスタジアムで現地にいました。 かなり覚悟を決めて臨んだ試合でしたが、試合終了と同時に崩れ落ちる選手たちの姿、「この世にチームがある限り、俺たちはどこまでもついて行く」のダンマク、それと当時のコールリーダー・いしもりさんの胸に迫る鼓舞の言葉、万感迫る思いで歌い、途中で涙が出てきた「好きです札幌」、鹿島サポーターからのエールのコールなど、印象深い、大きな一区切りの忘れられない一日になりました。 でも今日は。 なんかすごく淡々と感じてしまいました。 ずっと前から、たぶん去年のうちから、いずれこうなるという覚悟ができていたところがありましたし。それにずっとJ1にいるチームのサポならば降格することは『地獄』に落ちるような恐怖があるのでしょうけれど、コンササポにとっては、J2は今さら「恐怖」でもないですしね。がっかり感はあるにしても。 というわけで、試合が終了した後もごく平静な気持ちで選手がスタンドを回って挨拶をしている様子を眺めていたのですが。 ゴール裏の前に並んで淡々と挨拶をして、メインスタンドの方へ向かって離れていく選手の中から、最後の方にいた大伍が再びゴール裏の方へひとりで戻っていきました。呼ばれたんですかね? ちょうどゴール裏からはグラウンドへ飛び降りてきた人もいて、警備の人や仲間(?)が止めようとしたりして慌ただしい雰囲気で、戻った大伍がゴール裏のサポーターと何か話ができたのかどうかはSA席からはよくわかりませんでしたけれども。 大伍はひとりでゴール裏に向かって深く一礼して、そしてメインスタンドの方へ歩いてきました。 メインスタンドでもしっかりした顔をしてサポにむかってお辞儀をしていました。挨拶を終えて通路入り口のところへ戻ってくる大伍の表情や仕草は、なんだか泣いているようでもありました。 小さなころからコンサのユニを着て育ってきた大伍だもの。 コンサがサポーターにとって「私たちのチーム」であるのと同様に、きっと大伍にとっても「自分のチーム」なんだろうなあと感じた瞬間でした。 また一緒にがんばろうね。と思いました。
大谷地駅のホームには安全柵が設置されていました。 知らなかったわ。 実は今日の試合後、わたしたちはこのお店に行こうとあらかじめ予定していました。 って段取りをしてくれたのはくまちゃんですけど。
ご存じ、焼き鳥純平です。ここで鴨鍋を食べるのです。美味しいんだよなー。ああ楽しみ。
サポ仲間のお父さんの手作り鮭トバ(持ち込み)も登場。
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鴨とネギってほんとによく合いますね。 互いに相手の旨味を引き立て、どっちもがなくてはならない存在。 サポーターとチームもこんな状態なら幸せだなあと思いました。
2008年10月13日
昨日のお目当てはもちろんJユース草津戦だったわけですが、そのほかにも盛りだくさんなドームサブグラでした。 ユースの観戦レポの前置きでいろいろ書いていたらなんだか長くなってしまったので、前置き部分を独立させることにします。
朝、千歳空港に着いたら高速バスでまっすぐにドームへ向かいました。ユースの試合までにかなり時間があるので通常ならどうやって時間をつぶそうか悩むところでしたが、今日は9:30からトップチームの練習があるのでそれを眺めていればちょうどいいなと思いまして。 ドームサブグラに着いたのは10時少し前ころだったでしょうか。少し冷たい空気も気持ちよい、よいお天気です。 紅葉もきれいですね。 トップチームの練習試合(vs北海道トヨタ)が11:00から予定されているってことは、9:30からのサテライト練習に参加している選手たちが明日のサテライト千葉戦に出場する選手だよね?と当たりをつけて、ユースの選手が混じっていないかをまず確認しました。 ・・・誰もいない。 ということで「前日練習参加メンバーからサテライトリーグに参加するユース選手を推測するプロジェクト」は、見事不発に終わりました(爆)。残念。明日のお楽しみですな。(まさかゼロじゃありませんよね??ね??) サテライト組の練習を眺めていると、北海道トヨタとの練習試合に出場すると思われるトップのメンバーたちが隣の人工芝でアップを始めました。 同じピッチの奥の方では北海道トヨタの選手たちもアップしているようです。私にとっては北海道トヨタといえば、門間勇介くん。征也や大伍の1コ下、純貴の1コ上の学年のコンサユースOBです。 門ちゃんいるかな~?と思いながらもうすぐ姿が見れるだろうと楽しみにしていました。 そうこうしているうちにサテライト組の選手たちの練習が終わり、トップ組の選手たちが天然芝ピッチへ移動してきて、そろそろ練習試合が始まるみたい。 お目当てのもんちゃんは・・?と探したけれど、どうやらベンチスタートのようです。 それならば、、というわけじゃないけど、この隙に「出待ち」というのをしてみることにしました。宮の沢だと練習後の選手たちがサインや写真のリクエストに応えているようすがよく見れますけれど、ドームでの練習のときはどんな感じなのか見たことがなかったので。 「プロ選手」になってずいぶん垢抜けてJ1出場も果たした純貴に「がんばってるね!」って言いたかったし、久しぶりに智樹の姿も近くで見たいなと下心を持っていたりしました。 けれど「出待ち」ってつくづく根気が要るんですね。かなーーーり延々と待って。堀田くんや智樹が帰っていくようすは見れましたけど、純貴はなかなか出てこず。練習試合は前半が終わり、後半がそろそろ始まるころだというのにどうしたんだろう~~と待ち疲れたころ、ピッチの上を見たら、そっちにいましたよ(爆)。それじゃ出待ちしていても出てくるわけないじゃん。 というわけでまた土手の元の席(?)に戻ったというなんともお笑いな一件になりました。ま、試合に出ているのを見る方が楽しいからそれでいいんですけどね。 「出待ち」をしている間、駐車場側の土手の隙間から練習試合のようすを覗いていたのですが、こっち側に攻めてくるコンサのFW陣(←複数)の「おいおい、それが決まらないのか・・・。」というプレー続出にはかなりがっくり。でもその後、大伍のアシストで征也が決めたり、大伍がアンデルソンのシュートの跳ね返りをきれいに決めたりがあったのでよかったですけど。 大伍がコーナーフラッグ付近までえぐってクロスをあげようとしたシーンで、大伍が蹴ったボールがフラッグのポールに当たったのか、それとも大伍がボールごとポールも蹴ってしまったのか定かではありませんが(たぶんボールがポールに当たったんだと思う)、バキッと音がしたかと思ったらコーナーフラッグをたてているプラスティックのポールが折れてピッチ脇に倒れ、ポールの破片が周囲に散らばっていました。 それを見て、困ったようなようなあいまいな笑みを浮かべる大伍。じゃまになる破片をどけてそのままプレーを続け、斉藤トシさんが新しいポールをセットし直していましたけれど、あの大伍の表情を近くで見れたのが一番の収穫でした。 【追記】いただきものの破壊の証拠写真
というわけで、トヨタとの練習試合をちゃんと見たのは後半からだったのですが、途中から門ちゃんも出場していて私としては願ったりでした。トヨタの得点(コンサの失点)が門ちゃんだったら言うことなかったのになw 純貴のゴールはきれいでしたね。 マーカスが中の人が入れ替わっていたようでした。 隣の人工芝ピッチでアップ中のユースに気を取られつつ、練習試合が終了しました。 さ、ここからが本番のJユース草津戦は→こちら
2008年10月07日
いえ、「叫びたくなる」だけで、ほんとに叫んだりはしませんよ。 ましてや本当にサポを辞める気なんてさらさらありません。 そうは言っても本心ではないものの「やめてやる~~~!!」と言いたくなることも、ごくたまにはあるわけで。今朝はまさにそんな気分でしたね。
こんな「やめてやる~~。」な気分になって、実際に「そんなんだったら、サポやめる!」ってだだっ子みたいに、本気じゃないのに、サポ仲間に向かって口に出してしまったことが過去に一度だけありました。 案の定「何を子供みたいなこと言ってんの」という呆れた目で見られてしまいましたけどw あれは2003年の秋の日。クラブの命運を賭けて大枚はたいてシーズンに臨んだのに、迷走して先が見えないトンネルに鬱々として過ごしていた日々。そんな折、「来季はお金がないから若手主体で一から出直してチームとクラブを作り直していきます。」って宣言が出されたというのに、その若手の筆頭とというか、象徴とすら(私には)思われた智樹を、ユースからトップチームに昇格させるとは限らないという噂を聞いたときでした。 サポ同士の噂ですからしょせん信憑性に乏しく、そんなのに振り回されるのも今思えばどうかと思いますが、そのときはけっこう本気で憤慨していましたね。で、冒頭の言葉になったわけです。あとになってあの噂は噂でいろいろ思うこともありますけどね、それはまた別の話。
「サッカーは少年を大人にし、大人を紳士にする。」という言葉がありますが、コンサドーレを通じてサッカーを見るようになってから、のんびりと過ごしていた世間知らずだった私も、いろんなことに動じない肝の据わったおばさんになりました(←サッカーとは関係ない自然現象だとかゆうな)。 いくら願ってもかなわないこともあることも、真剣に祈り見つめ努力することの尊さも、諦めや達観とは違う冷静さで受け容れなければならないことがあることも、経験を通じて身につけてきました。 ことにコンサドーレのように資金的・地域的にハンディがあるチームに真剣に寄り添っていると、かなりのスピードでいろんな経験値を高めてしまうことになるわけで(笑)。 今はもう、コータの移籍にただハラハラと涙を流していた子供のころの私とは違うのよ・・・。 だから、いいところも足りないところも弱いところもある等身大のコンサドーレを丸ごと受け止めて、好きなところも不満なところも全部ひっくるめて愛しているのだから仕方がないと思っています。 でもねー。 愛しているはずのクラブに好きなものを塞がれて我慢しているのは、頭ではどうあれ、感情の部分ではけっこう厳しいものがあるのよ。 せっかく包丁の使い方や出汁の取り方を覚えたと思ったのに、忙しくて新鮮な食材を買ってきたり調理する時間がないからって買い置きできるカップラーメンを毎日食べさせられているような日々が続き。 少しでも家計の助けになればと思って始めたはずの家庭菜園も、育っているようすを見ているんだか見ていないんだかよく分からない状態だし。 それでも「うちは貧乏だし、お母さんは忙しいんだから仕方がない。」と自分を納得させ、でも来年になれば、豪華なおかずはないけど、炊きたてのごはんとお味噌汁とおしんこだけでもホッとするような「ふつうの家庭のごはん」が食べれると楽しみにしていたのに。 あともう1年カップラーメンの日々かあ・・・。 今朝はそんな気分でした。
もちろん、新聞報道が正しいとは限りませんし、HFCが取材陣に語ったという言葉も額面どおり受け取ってよいとは限りません。 かけひきもあるでしょうし、それになにより、続投を要請されたとしても三浦監督がそれを引き受けるのか、それもわかりません。 諸条件や制約のあるなかでのことですから、実際に来年の監督がどうなるのかはクラブの努力と選択を受け止めるだけです。 だけど、このクラブがどんなビジョンをもって、長期的には何を目指しているのかが分からない気持ちになることが一番つらいんだなーと、ここ数年を振り返って思いました。 私は、ずっとずっと末永く、コンサドーレがサッカーをやっているのを見て、一喜一憂して楽しんでいければ十分だし、それが一番の望みです。
あ、大事なこと書くのを忘れてた。 そんなやさぐれた気持ちを一瞬でほぐしてくれたもの。 →しまふく寮通信のこのホワイトボード。 りょうぼ。さんが紹介してくれるつもりだったイラストの方じゃなくて、こんなふうにみんなお昼ごはんの出欠の連絡をしてるのか~、と想像してにんまりしてしまったのでした。
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プロフィール
札幌出身・東京在住(釧路に単身赴任していましたが2014/4月に東京に戻りました)のあきっくと申します。 生観戦デビューは1999年8月15日の大分戦@厚別。 夏休みに札幌に帰省したときでした。 以来「仕事のしわ寄せは平日に」をモットーに、週末にコンサを追いかけるための生活をしています。 2001年夏にJ村でユース(特に石郷くん)を見てユースに傾倒。 いわゆるユースヲタなんだろうと自覚するこのごろ。 詳しい自己紹介と私宛のメールアドレスは「ごあいさつ」のカテゴリから、シーズンごとのトップチーム関連、ユースチーム関連別の主なエントリの目次は「まとめ・目次」のカテゴリから、エントリーナンバー順の全エントリーリストは「全エントリーリスト」のカテゴリからどうぞ。 2010/02/07からツイッターを始めてみました。 ユーザー名は akikconsa です。ユースの試合を見に行ったときは気が向けばつぶやいているかもしれません。 コンサU-18選手の背番号一覧表を作りました(2015/4月版)。ユース観戦のお供に、こちらからご自由にお持ちください。 →http://www.evernote.com/l/APefpdtBmUJCBo1gGdT_yWpEMjGm6cvq_oQ/
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