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札幌出身・東京在住(釧路に単身赴任していましたが2014/4月に東京に戻りました)のあきっくと申します。 生観戦デビューは1999年8月15日の大分戦@厚別。 夏休みに札幌に帰省したときでした。 以来「仕事のしわ寄せは平日に」をモットーに、週末にコンサを追いかけるための生活をしています。 2001年夏にJ村でユース(特に石郷くん)を見てユースに傾倒。 いわゆるユースヲタなんだろうと自覚するこのごろ。 詳しい自己紹介と私宛のメールアドレスは「ごあいさつ」のカテゴリから、シーズンごとのトップチーム関連、ユースチーム関連別の主なエントリの目次は「まとめ・目次」のカテゴリから、エントリーナンバー順の全エントリーリストは「全エントリーリスト」のカテゴリからどうぞ。 2010/02/07からツイッターを始めてみました。 ユーザー名は akikconsa です。ユースの試合を見に行ったときは気が向けばつぶやいているかもしれません。 コンサU-18選手の背番号一覧表を作りました(2015/4月版)。ユース観戦のお供に、こちらからご自由にお持ちください。 →http://www.evernote.com/l/APefpdtBmUJCBo1gGdT_yWpEMjGm6cvq_oQ/
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2013年10月10日
10/7の夕方、コンサのオフィシャルで、来季新加入選手の内定のお知らせがありました。数日前に新聞等で報道されていました北海道教育大学岩見沢校の上原拓郎選手です。 そう、コンサユース出身の「鮭」第3号です(*^_^*) 上原 拓郎 選手(北海道教育大学岩見沢校/コンサドーレ札幌ユース・U-18出身) 2014年シーズン 新加入内定のお知らせ 上原 拓郎(うえはら たくろう) ■生年月日: 1991年7月8日生(22歳) ■身長/体重: 177cm/70kg ■経歴: アンフィニMAKI.FC U-12(札幌市立二条小学校) アンフィニMAKI.FC U-15(札幌市立啓明中学校) コンサドーレ札幌U-18(札幌光星高校) 北海道教育大学岩見沢校(在学中) (↑これはオフィシャル発表の経歴欄の記載ですが、チーム名と在学校名を併記するなら岩教大のところには「サッカー部」が要るんじゃない?とか、コンサのU-18は拓郎が所属していた当時は正式名称が「コンサドーレ札幌ユース・U-18」だったんじゃない?ミツのときはちゃんとそう書いてるしとか、細かいところを突っ込みたくてウズウズしますw)が、それはともかく。 アンフィニは、U-15の大会ではコンサともよく対戦するなじみ深い強豪チームですし、コンサU-18にもアンフィニ出身の選手がたくさんいます。でももしかすると拓郎は、アンフィニ出身の初めてのJリーガーになるのかしら? 少なくともコンサのユース・トップ関連ではこれまでいなかったですよね? (あ、遠国くんの中学時代のチームはわかんない。) 【2013/10/10 17:30追記】 コメントをくださった「アンフィニに知り合いがいる人より」さんによれば、 アンフィニ出身のJリーガー第1号は、現アンフィニコーチの渡邊大輔さんなのだそうです。 失礼しました&ありがとうございました。 ■主なポジションは、ボランチです。私が見ている範囲では。 レフティです。 コンサU-18で3年生だった年と、岩教の4年生である今年は、それぞれチームのキャプテンを務めています。 加入内定リリースの拓郎のコメントの中に 『コンサドーレを含め他の多くのプロサッカー選手には、自分よりうまい選手はたくさんいると思いますが、自分のウリである“キャプテンシー”の部分は負けないと思います。』 とあるように、ユース時代の拓郎はそれはそれは素敵なキャプテンでした。 そんな拓郎の思い出話も含め、私の見てきた「どんな選手だったの?」をご紹介したいと思います。
経歴にもあるように、拓郎はU-18からコンサユースに入った選手でした。 学年でいうと、ヒロ(古田寛幸)や、来季加入が内定し今年すでに特別指定選手として数試合出場した阪南大のミツ(工藤光輝)と同期です。1年生のときにはひとつ上にひっきーや怜大がいて、ふたつ上の3年生には純貴がいて。3年生のときにはひとつ下に陽輔がいて、ふたつ下の1年生たちには拓馬や奈良くんや翔太、貴之、貴哉くんがいて。と、そんな学年です。 ミツの紹介エントリーでも書きましたが、コンサユースは例年1学年10~12名くらいの選手数なのに、この学年は14名いて、しかもそのうち札幌U-15出身は4名だけという内訳でした。私にとっては「新しく覚える1年生の数」が非常に多い学年となったのです。しかも私が見れるのは公式戦にほぼ限られますので、1年生については、試合メンバーに入ってくれないと顔を見る機会もなかなかありません。 ということで、私が拓郎のことを初めてきちんと認識したのは、1年生の秋、高円宮杯U-18の決勝トーナメントの試合でのことでした。 その試合の観戦記は→こちら(そうです、純貴が退場になったあの試合です。) この試合、拓郎はベンチに入っていたけれど出場はなく、ふつうなら私はなかなか顔を覚えられないのですが。でもスタンド下でアップしている拓郎を見たとき「あら○○くん(の若いころ)とそっくり」と思ったほど風貌がいとこに似ていて(爆)、しっかりそのとき顔を名前を覚えたのでした。2007/9/22 高円宮杯U-18 ラウンド16 浦和ユース戦@熊谷陸上競技場 スタメンの選手たちがピッチでキックオフを待つ間に、ピッチの周囲に水ボトルを置いてまわる控え選手(の1年生)の拓郎(28番)と金子くん(25番)。
試合中に控え選手がアップしているところも、ついガン見する私です。 拓郎のコンサユースでの試合デビューは、たぶん、2007/10/21 Jユースのヴェルディユース戦。宮の沢でのホーム最終戦の試合だと思います。 観戦記は→こちら シーズン終盤の試合はチームの世代交代を感じて感傷的になることが多いのですが、この試合もそんな風味でした。3年生の中にはすでに引退した選手もいて、2年生は修学旅行などで不在の時期で、1年生がたくさん試合メンバーに入ったのです。拓郎のほかにも、ミツもこの試合でデビューだったんじゃないかな。
試合開始前の円陣を組むところ。28番の選手が拓郎です。 ヒロ(写真右端)はもうすっかり貫禄ですけどw 拓郎はスタメンでフル出場。試合開始から最後まで、左SBでの出場でした。 その後のアウェイ3試合(当時のJユース予選リーグはホーム&アウェイで2回総当たり制でしたの)では、拓郎はすべてベンチ入りしました。出場したのはそのうち1試合くらいだったかな。 シーズン終盤で続けてベンチメンバー入りをするという、1年生としては「とびきり早いほう」じゃないけど「そこそこ早いほう」という感じで拓郎のコンサユースでの1シーズン目が終了しました。 2年生になった拓郎は、レギュラーの地位をがっちりと掴みました。シーズン始めから初夏のプリンスリーグのころはCBでの出場が多かったかな。左SBが怜大で、CBが拓郎と熊ちゃんで、右SBが打矢和祈くんという感じで。 夏のクラセンのころにはCBのコンビがおおむね熊ちゃんと鈴木健士くんに固まり、拓郎は左SHでの出場になりました。あのころは中盤がダイヤモンド型の4-4-2で、中盤の底には佐藤明生が構えていて、右に鶴ちゃん、トップ下に竹内清弥とか、そんな感じ。 CBで出場していればコーチングは必須ですが、それ以外のポジションのときでも、拓郎の(ちょっと甲高い)声がピッチにたくさん響くようになりました。味方に指示したり、よいプレーを褒めたり。高くてよく通る声なこともあって、試合を見ているとき、拓郎の声が常に聞こえるのがあたりまえのような感覚でいました。 秋の高円宮杯を経て、初冬のJユースまで、拓郎は左SHだったり、ボランチだったり、CBだったり。そのときのメンバー事情や対戦相手によってポジションはいろいろですが、しっかり試合に出続けて2年生のシーズンが終わりました。 3年生になった拓郎は、チームのキャプテンになりました。 3月下旬のイギョラ杯(学校ではまだ2年生ですけど)の最初の試合でキャプテンマークを巻いていたのが拓郎なのを見た私は、「そりゃそうだよね」とごく当然のように思いました。だって試合出場実績とか性格とか、この学年で拓郎以上にキャプテンっぽい選手は思い当たらなかったもの。ヒロは実質的にはユースから抜けてしまっていたし。 そして始まった2009シーズンは、公式戦開幕前の道外遠征でも、5月に開幕したプリンスリーグでも、拓郎はボランチで出場でした。
ピッチの中央でコーチングしまくるキャプテン拓郎 (2009/5/3 北海道プリンスリーグ第1節 札幌白石高校戦@SSAP人工芝) 拓郎の素敵っぷりに改めてメロメロになってしまったのは夏のJヴィレッジでのクラブユース選手権でした。私だけじゃなく応援・観戦していたサポ全般がです(笑)。 クラセン2日目、2009/07/26(日)10:30 @Jヴィレッジ pitch2 での試合は、朝からクラクラするような暑さの中でセレッソ大阪U-18との対戦でした。 当時はまだ全国規模の通年リーグ戦はなく、春から夏にかけては道内でのプリンスリーグを戦い、夏のJヴィレッジでの大会でその年初めて道外の強豪チームと戦うというスケジュールでした。 なので、大会初日はたいてい、慣れない暑さと(強い相手との)慣れないスピードに苦労し、大会2日目からようやく本来の力を出せるようになっていくという感じだったのですが、この年も同様に初戦を落として迎えた2日目。 よりによって公式記録で38℃と記録される暑さの中での試合でした。 詳しくは観戦記(→こちら)をご覧になっていただくとして、この試合でキャプテン拓郎は、ピッチ中央でボールを配球しながら、ひっきりなしに声をあげて味方の位置取りやプレーを指示し、デビューしたての1年生・拓馬や奈良くんを引っ張り、暑い中チームを鼓舞し続けていました。見ているだけでもへこたれそうになるくらい暑い中、その気持ちのタフさにはつくづく感心するほど素敵でいた。私はふだんはシャイなのに(←ほんとよ!)、このときは試合が終わったあと思わず本人に向かって「拓郎くん、素敵だった~~(*^_^*)」と言ってしまったくらい、コーチングでチームを引っ張る拓郎の姿は素敵でした。 拓郎の声出しの素敵なところは、選手の位置取りやプレー選択などいわゆるコーチングをしたり、チームの集中が切れているときに叱咤する、というようなのはもちろんですが、味方の良いプレーをすっごく褒めるのです。 がんばって走ったり、思い切ってチャレンジした選手に、「ナイス!」とか「サンキュー!!」とかいっぱい声をかけて味方のプレーをねぎらいます。もし私が1年生だったら、キャプテンからあんな風に褒められたら嬉しくなってもっとがんばっちゃうだろうなと思うほどです。や、私はとても走れないけどw 暑い盛りのクラセンが終わると、秋の全国大会・高円宮杯U-18を迎えます。この年代の最高峰の大会。その年のユースの集大成ともいうべき大会です。 いつもの年なら、夏のクラセンで全国大会を経験したチームをさらに熟成させて高円宮杯を迎える・・というイメージだったのですが、この年はちょっと感じが違いました。このことはミツのカムバックサーモン紹介エントリでも触れていますけれど。 夏のJヴィレッジでボランチの位置でチームを引っ張っていた拓郎は、左SBに移って、拓馬がボランチになっていました。 拓馬の素敵っぷりは前年の高円宮杯U-15でも十分に見ていますから、拓馬がボランチの位置でチームをコントロールするのは悶絶するほど嬉しくはあるのですが、かといって拓郎のボランチを見れなくなるのもなんだか寂しい・・というぜいたくな悩みです。このあたりの心境は、今読み返してみると当時の観戦記でもちらりと書いていましたわ。 →高円宮杯(U-18)前橋育英高校戦@敷島サッカーラグビー場 キャプテン拓郎は、ピッチの中央から端っこ(左SB)に移っても、従前同様ガンガン声を出してチームを動かし、鼓舞します。 そして誰かがゴールを決めたら、必ずその選手のところへ行って、「よしよし」をするのです。近い位置にいたら真っ先に駆け寄り、遠い位置にいたとしても必ずその選手のところまで近寄っていって、抱きしめたり頭をなでなでして、ゴールをねぎらいます。その姿を見て私は「優しいキャプテンだなあ(*´д`*)」とほっこりしておりました。
2009/9/6 高円宮杯U-18 前橋育英高校戦 前半終盤に陽輔が同点ゴールを決める
大喜びしている陽輔(11・2年生)に駆け寄り飛びつく拓郎(6・3年生)と陰になってるけど拓馬(28・1年生)
拓郎が陽輔を抱きしめて頭をなでなで 初秋の高円宮杯を終えて、秋~初冬のJユースカップのころになると、例年チームの世代交代はますます進みます。 1年生の出場機会を増やしたり、2年生は修学旅行など学校行事で不在になるときもあって、3年生のポジションはそのときによっていろいろ変わったりします。これまで出場機会の少なかった3年生たちも、シーズン終盤のJユースの試合になるといろんな形で出たりもするし。 あのころのJユースは、私にとって、もの悲しい惜別の気持ちが混じる大会でもありました。 この年ホーム最終戦となったJユース草津戦@宮の沢での3年生集合写真はミツのエントリーでご紹介しましたので、今度はこのシーズンの最終戦となったアウェイでの大宮ユース戦での3年生たちの写真をご紹介します。
2009/11/15 @Nack5スタジアム駐車場で 試合終了後にバスに乗り込む前の3年生たちに撮らせてもらいました。 後列左から2番目が拓郎です。 これでほんとにお別れ。みんなそれぞれがんばってね。 (このときミツはなぜか不在だったんですよね。) この試合には、当時東洋大学1年生だった怜大も観戦に来ていました。このときの観戦記にはハーフタイムに選手たちに声をかける怜大の写真もありますので、よかったらご覧になってみてください。
ミツの紹介エントリでも書きましたが、この年は、実質的にすでにトップ昇格していたヒロを除いて、トップに昇格した選手はいませんでした。 拓郎は岩教大に進学すると知って、それならまたコンサとの練習試合などで見れるなと楽しみにしていました。 そしてさっそく4月に宮の沢でコンサと岩教大との練習試合がありました。 観戦記は→こちら 1年生の拓郎は、岩教大のキャプテンだったお兄ちゃん・上原宏太くんのユニを着ていて、5番をつけていたせいか、とても1年生とは思えないほどの貫禄の声出し隊長っぷりで(笑)。まるでキャプテンみたいにコーチングをしていました(笑)。いいねいいねー。頼もしい。 「拓郎、まるで4年生みたいだよねー(笑)」と嬉し笑いしながら、ワクワクしながらその姿を見つめました。 その後も岩教大との練習試合があるたびに、拓郎をはじめとするユースOBたちの姿を嬉しく見ていたのですが。ユースのプレミアリーグが始まったり、トップの試合が土日固定開催になったりしたせいか、去年、今年あたりはなかなか岩教との練習試合を見る機会がなくて。ナガコウや涼くんのいるノルブリッツも見たいし。 というわけで、このままじゃ今年拓郎たちの姿を見れないまま大学を卒業しちゃう~と慌てて大学リーグの試合を見に行きました。 2013/7/6(土)北海道大学リーグ 岩教大vs駒大苫小牧 @岩見沢岡山グラウンド4年生になって、キャプテンを務めている拓郎 時間が経つのは早いものだわ。
ゴールを決めたナリを祝福するキャプテン拓郎。
試合後に、コンサU-18出身の選手たちに写真を撮らせてもらいました。 左から、葛西大(3年生)、上原拓郎(4年生)、近藤勝成(2年生)、大地優貴(4年生)です。 大学を卒業する時期が近づいてくると、気になるのは選手たちの進路です。この後もサッカーしているところを見るチャンスがあるのか、ないのか。 いきなり「卒業後はどうするの?」とは聞きにくくて、とりあえず「拓郎くん、就職決まった?」と聞いてみたり(←世間一般ではこっちの方が聞きにくいですかねw)。決まったというので「サッカー続けるの?」と続けて聞いてみると、全国どこに配属になるのかまだわからないので、(サッカーも)まだわからないとの答えでした。 ということは、JFLとか、サッカーで就職するわけじゃないのか。と内心で考えていたら。 拓郎は、続けて、配属になった場所でサッカーができるならやりたいと思っていると言うので、 「じゃあ、チームが決まったら教えてね。見に行くから。」 「はい!」 などというやりとりをしていたのです。 まさかこのときには来季コンサで拓郎が見れるとは思っていませんでしたわ。(*^_^*) 嬉しいサプライズになりました。 その後、天皇杯の厚別で、1回戦で羽黒高校と、2回戦でコンサドーレと、対戦する拓郎の姿を見れたのは楽しかったですね。 特にコンサとの2回戦終了後に、岩教大もスタジアム全体から拍手を浴びて、さらにスタンドを一周して挨拶をして回っている選手たちの姿は、嬉しそうで、見ている方も嬉しくて、とってもとっても幸せな瞬間でした。 あのときのスタジアムで、拓郎は、このサポーターに囲まれてプレーしたいとの思いを募らせたとの記事を見て、そうだったのか~~と感慨にふけりましたよ。
就職も決まっていたのに、プロサッカー選手としてスタートすることを選んだ拓郎。 厳しい道であることは承知のうえでしょう。 たいへんなことはたくさんあると思うけど、「声を出せる」という武器を磨き、大学サッカーで身につけた経験を活かして、プロサッカー選手として道を切り開いて進んでいく姿を楽しみにしています。 これからのコンサドーレをよろしくお願いします。 キャプテンシーがあって、レフティで、ボランチで。 ゴメスのライバルですねー。 大好きな選手が増えすぎて、困ってしまいますわー。(*^_^*)
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札幌出身・東京在住(釧路に単身赴任していましたが2014/4月に東京に戻りました)のあきっくと申します。 生観戦デビューは1999年8月15日の大分戦@厚別。 夏休みに札幌に帰省したときでした。 以来「仕事のしわ寄せは平日に」をモットーに、週末にコンサを追いかけるための生活をしています。 2001年夏にJ村でユース(特に石郷くん)を見てユースに傾倒。 いわゆるユースヲタなんだろうと自覚するこのごろ。 詳しい自己紹介と私宛のメールアドレスは「ごあいさつ」のカテゴリから、シーズンごとのトップチーム関連、ユースチーム関連別の主なエントリの目次は「まとめ・目次」のカテゴリから、エントリーナンバー順の全エントリーリストは「全エントリーリスト」のカテゴリからどうぞ。 2010/02/07からツイッターを始めてみました。 ユーザー名は akikconsa です。ユースの試合を見に行ったときは気が向けばつぶやいているかもしれません。 コンサU-18選手の背番号一覧表を作りました(2015/4月版)。ユース観戦のお供に、こちらからご自由にお持ちください。 →http://www.evernote.com/l/APefpdtBmUJCBo1gGdT_yWpEMjGm6cvq_oQ/
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