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札幌出身・東京在住(釧路に単身赴任していましたが2014/4月に東京に戻りました)のあきっくと申します。 生観戦デビューは1999年8月15日の大分戦@厚別。 夏休みに札幌に帰省したときでした。 以来「仕事のしわ寄せは平日に」をモットーに、週末にコンサを追いかけるための生活をしています。 2001年夏にJ村でユース(特に石郷くん)を見てユースに傾倒。 いわゆるユースヲタなんだろうと自覚するこのごろ。 詳しい自己紹介と私宛のメールアドレスは「ごあいさつ」のカテゴリから、シーズンごとのトップチーム関連、ユースチーム関連別の主なエントリの目次は「まとめ・目次」のカテゴリから、エントリーナンバー順の全エントリーリストは「全エントリーリスト」のカテゴリからどうぞ。 2010/02/07からツイッターを始めてみました。 ユーザー名は akikconsa です。ユースの試合を見に行ったときは気が向けばつぶやいているかもしれません。 コンサU-18選手の背番号一覧表を作りました(2015/4月版)。ユース観戦のお供に、こちらからご自由にお持ちください。 →http://www.evernote.com/l/APefpdtBmUJCBo1gGdT_yWpEMjGm6cvq_oQ/

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トップ昇格おめでとう2012 ~堀米悠斗

2013年02月16日

2012年11月8日にコンサ公式サイトでコンサU-18から来季のトップチームへ昇格する選手6名が発表されました。
こちら↓
コンサドーレ札幌U-18 中原彰吾・永坂勇人・堀米悠斗・神田夢実・阿波加俊太・深井一希 選手 2013シーズン トップチーム昇格のお知らせ(2012/11/8)

そのひとりひとりについて、お祝いを兼ねて、ユースでの背番号順に彼らのこれまでの思い出話とかプレーの特徴(←素人目線で)などを語ってしまおうシリーズの第4弾です。
(第1弾・阿波加俊太くんのエントリーは→こちら)
(第2弾・永坂勇人くんのエントリーは→こちら)
(第3弾・深井一希くんのエントリーは→こちら


堀米悠斗  堀米 悠斗(ほりごめ ゆうと)

  ユースでの背番号:6
  ポジション :ボランチ、左SB
  生年月日  :1994/9/9
  身長/体重  :168/60
  経歴  :コンサドーレ札幌ジュニアサッカースクール 
       →コンサドーレ札幌ユース・U-12(もみじ台西小)
       →コンサドーレ札幌ユース・U-15(もみじ台中)
       →コンサドーレ札幌U-18(札幌厚別高)
  呼び名   :ゴメス




コンサU-18の試合をシーズン通して見るようになって10年弱になりますが、たぶんこれまでで私が一番多く試合で姿を見ている選手は、ゴメスだと思います。
数年前の私は、U-15の試合は全国大会(夏のクラセンと冬の高円宮杯)くらいしか見に行けなかったので、札幌U-15や旭川U-15が全国大会の出場権を得られなかった年は、U-15の主力選手でもU-18にあがってきて初めて見る状態でした。ですから中学時代に全国大会に出場したか否かで見る回数にかなりの差ができてしまいます。その点ゴメスたちの学年の札幌U-15は、中2のときと中3のとき、それぞれJ村でのクラセンと冬の高円宮杯U-15の両方で全国大会に出場したので、私は合計4回の大会で札幌U-15の試合を見ることができました。しかもそのうち高円宮杯は、ゴメスが中2の年は準決勝までグループリーグ3試合+決勝トーナメント3試合、中3の年には決勝戦まで勝ち進んだのでグループリーグ3試合+決勝トーナメント4試合と、たくさんの試合を見ることができました。ゴメスは中2のときからスタメンで出場していましたので、U-18に進んだときには私にとってはもうすっかりおなじみの選手でした。
U-18にあがるとゴメスは1年生の最初の試合からスタメンで、そこから3年間、大きな怪我もなく、調子を崩して試合から外れた期間もほとんどなく、出場時間もほぼフル出場で、ま、諸事情でいなかった試合もないわけではないですけど(笑)ずっと試合に出続けました。これだけずっと出ずっぱりの選手は、もうこの先もいないんじゃないかと思うくらいです。

ゴメスの名前は、一希と同様、小学生のときにひぐまさんが全日本少年サッカー大会に観に行って書いてくれた観戦記でも見ていましたが

 2006/8/6 ひぐまスポーツJ村版(3)(U-12の初戦のようす)
 2006/8/6 ひぐまスポーツJ村版(5)(U-12の2戦目のようす)
 2006/8/19 ひぐまスポーツJ村回顧版(3)(U-12の戦いぶりまとめ)
当時の一希(背番号10)やゴメス(背番号5)、彰吾(背番号9)、夢実(背番号6)の姿を見ることができます。

しっかりと名前と存在を認識したのは中2のときの夏のクラセンだったと思います。


この年私はグループリーグの3日目からしか見にいけなくて。
初日から応援に来ていたサポ仲間に1、2日目の様子を教えてもらいました。
2008/8/11 ゴメスと夢実はスタメン
2008/8/11 クラセンU-15@J村 グループリーグ3日目 清水エルパルスJrユース戦 →観戦記
試合前にアップするゴメス(背番号23)と夢実(背番号14)
2年生ながら2人ともスタメン出場でした。
「チームメイトから『ゴメス』って呼ばれているんだよ」って聞いて、その印象的すぎる名前はすぐに覚えましたね。もっとも「どうやら本人はそう呼ばれるのを好んでないらしい」とも同時に聞いたので、本人が自分で「ゴメス」と名乗っているのを見るまでは本人の前では「ゴメス」と呼ぶのは封印していましたけれど。
グループリーグ初日の試合でチームの中心だったボランチの拓馬が負傷してしまい、以後拓馬不在のチームは苦しい状態だったとのことですが、この試合引き分けで、札幌U-15はみごと決勝トーナメント進出を決めました。


決勝トーナメント1回戦の相手は強豪ガンバ大阪Jrユースでした。
2008/8/13 試合開始の挨拶のゴメス、夢実
2008/8/13 クラセンU-15@J村 ラウンド16 ガンバ大阪Jrユース戦 →観戦記
試合前の挨拶をしているゴメス(背番号23)。その後ろに夢実やしもっこの顔も見えます。後ろ姿のキャプテン(背番号5)はナガコウです。拓馬に代わってキャプテンマークをつけていたのでしょう。


2008/8/13 試合中のゴメス
試合中のゴメス(背番号23)



この試合、強豪ガンバ相手に奮闘し、夢実の2ゴールで前半リードして折り返しながらも、後半暑さの中で足が止まってしまい、結局逆転負けを喫するという悔しい結果でした。

2008//13 突っ伏して泣くゴメス
試合終了の笛が鳴って。
明暗が分かれる瞬間です。
奥で突っ伏している背番号23はゴメスです。
途中から出場した拓馬がゴメスのところへ寄っていっています。
こういうゴメスの熱情的なところ、昔から変わっていないんだなあ・・と、この写真を見て改めて思いました。



2008/8/13 拓馬が慰めている
ゴメスの肩を抱いて、慰めつつ整列に向かわせる拓馬。




2008/8/13 夢実も泣いている
夢実も泣いているんですけどね。





中2の冬の高円宮杯(U-15)でもゴメスと夢実はスタメンです。
2008/12/7 筑陽学園中戦スタメン
2008/12/7(日)11:00 @大津町運動公園競技場 高円宮杯グループリーグ第1戦 vs筑陽学園中学 →観戦記
試合前に整列する札幌U-15の選手たち
(左端から(見切れている)荒野拓馬、堀米悠斗、中川雄貴、前貴之、神田夢実)
このときグループリーグ3試合の会場となった大津町運動公園は、今年トップチームのキャンプの主会場となっていますので、このときいた選手たちにとっては懐かしいだろうなあと勝手に懐かしんでいます。



2008/12/14 清水Jrユース戦スタメン
2008/12/14(日)13:10 @大津町運動公園球技場 高円宮杯グループリーグ第3戦 vs清水エスパルスJrユース →観戦記
スタメン写真




中3になるとゴメスは札幌U-15のキャプテンを務めていました。
夏のクラセン@J村
2009/08/16(日)15:00 @Jヴィレッジ クラセン1次ラウンド2日目 vs千里丘FC戦 →観戦記
2009/8/16 ゴメスはキャプテン
試合前のアップのようす



2009/8/16 勝利の挨拶のときの永坂くん
試合終了後の握手

この年は冬の高円宮杯(U-15)でグループリーグを勝ち抜き、決勝トーナメントでも快勝を続けて、とうとう国立での決勝戦まで勝ち上がるという好成績を収めました。決勝戦は神戸Jrユース相手に惜敗し、キャプテンゴメスが優勝カップを高々と掲げるシーンは見られませんでしたが。
(あのときの悔しい気持ちが去年Jユースカップで優勝する原動力にもなったとのことですから、やはり「禍福はあざなえる縄のごとし」だなあと思ったり。)


U-18に進んだ後のゴメスは、順調に試合出場を重ね、経験を積んでいきました。試合の局面局面に応じて、ゴメスのいろんな面を見ることができました。
中学のころや高1の最初のころまで、私はゴメスの左足が生み出す魔法のようなボール捌きに目を惹かれ、「テクニシャンな上手いゴメス」に感心していました。だって、左サイドでボールを持つと、相手が立ちふさがるタッチライン沿いの狭い隙間をすいすいすり抜けて駆け上がっていってしまうのが、ほんとにマジックみたいでしたから。

ゴメスたちが高1の秋、高円宮杯(U-18)グループリーグの試合が札幌でも開催されることになったのことに向けて書いたユースの主力選手をご紹介するエントリーでは、当時の私はゴメスのことをこんなふうにご紹介しています。
U-12からのコンサ育ちの変態レフティー。年代別代表の常連。
左SBや左SHでプレーする彼の姿を間近で見たら誰もが悶絶すること必定。
タッチラインとか相手選手とか何それ?
彼が駆け上がるのを邪魔するものは何もありません。
夢実などチームメイトとの連携で相手を切り裂く姿も必見です。

ですが、ゴメスのプレーをいろんな局面で見続けていると、次第に、ゴメスが見せる別の面により深く惹かれていくようになりました。
「この子、上手いだけじゃなく、とってもタフなんだな。それも心身の両面で。」と。
たとえば合宿中に試合を重ねてみんながとても疲れている場面で。
たとえば暑かったり寒かったり雨や雪だったり、試合のコンディションが厳しい場面で。
たとえばチームの歯車が噛み合わず、みんなで思ったようなプレーができていない状態のとき。
たとえばチームが劣勢で、リードされたまま試合終盤を迎えたとき。
ともすれば、元気がなくなったり、集中力が切れて雑なプレーになってしまいがちなとき、ゴメスはこつこつと丁寧なプレーを続け、ピッチの広い範囲を駆け回り、そして時にはそのがんばりで試合の流れを引き戻してしまうのです。
もちろん人間ですからノーミスというわけにはいきませんけど、それでも、疲れていても走り続けられる身体的なタフさと、がんばろうという気力が続く精神的なタフさはゴメスの大いなる特徴だと見るたびに感心させられました。

なのでゴメスが高1から2年生になるときの2011年3月版私的ユース選手紹介エントリーでは、ゴメスについてこんなふうにご紹介しています。
主なポジションはボランチ、左SH、左SBです。
コンササポの間では「ゴメス」として知られている選手。
去年の10月~11月、AFC U-16選手権 ウズベキスタン2010でU-16日本代表の一員として活躍しましたから、その姿をご覧になった方も多いでしょう。小柄だけどパワーとスタミナ豊富な魅惑のレフティ・テクニシャンです。
去年はチームでは左SBをやることが多かったですが、今年の遠征ではボランチに入ることが多かったです。(ボランチの一希が怪我をしていたせいもあるのかもしれません。もしかして拓馬が抜けた後のことも考えていたのかな?)
魔法の左足から繰り出すパスやドリブルも魅惑的なのですが、ゴメスの一番凄いところは、90分を通じてずっと集中力を切らさずに、ピッチの至るところどこにでも顔を出して危なそうなところをカバーし、相手ボールを奪い取ってそこから自分たちの攻撃につなげることができるところ。そして攻撃に転じるときにも、ちょっとしたフェイントを入れたり切り返しをしたりと細かい工夫を怠らず、遅い時間帯になっても雑にならず、粘りとファイト溢れるプレーをずっと続けられるメンタルとフィジカルのタフさにあるんじゃないかと思っています。
はっきり言って、見たら惚れるよ(笑)。
でも残念ながら、4/3のチャリティーマッチのときはU-17日本代表のメキシコ遠征に行っているため不在です。次の機会を楽しみにお待ちください。

はっきり言って、見たら惚れるよ」とか書いているあたり、私のゴメスに対するメロメロっぷりが漏れ出ていますよね(笑)。
そんなふうにタフでキャプテンシー溢れるゴメスは、高3になると当然のように(?)U-18のキャプテンになりました。
でも快進撃を続けた前年と違い、ゴメスたちの代が最終学年となったシーズンの序盤、チームはプレミアイーストで思うように勝利を重ねられませんでした。ゴメス自身のプレーも不調っぽくて、ゴメスは悩んでいるように見えました。プレミアリーグのホーム開幕戦でもあった4月末の第3節浦和ユース戦では、終盤に追いつかれて引き分けに終わり、試合後ゴメスは観戦に来ていた前年キャプテンのナガコウと2人で話し込んでいたという話も聞きました。
ユースの3年生の春から夏にかけては、トップ昇格の可否を含め進路について決まっていく時期で、ただでさえ自身の進路で悩みが深いだろうにチームのことも背負って大変だろうな・・と、見ている方も胸が痛くなる気持ちでした。
外部からは真相はわからず推し量るだけですが、たぶんゴメスは、今年トップに昇格した同期6人の中でも、すんなり昇格が決まった方ではないのだろうと推測しています。
昇格の可否はプロが決めることですからサポがあれこれ考えることではありませんが、それでも私は、もしゴメスがプロになれたら、彼のひたむきに努力を続けられる力やつらいときでもがんばれる力はきっと、長い目で見て選手として成長していく根本の原動力になるだろうから、なんとか昇格が決まって欲しいなあ・・・と念じていました。

プレミアリーグはその後も勝ったり負けたりして、残念ながらプレミアイーストの2連覇を果たすことはできませんでしたが、その代わり?コンサユースは昨年末堂々のJユースカップ優勝の栄冠に輝きました。
表彰台のうえでゴメスが高々と優勝カップを掲げる姿、誇らしかったですね。
キャプテンとして苦労した面もあっただろうけど、最後にこんな誇らしい嬉しい姿を見ることができて、サポにとってこれ以上の喜びがあるだろうか・・と思いました。(ありますよね?まだまだJ1を制していないし、アジアも制していないし・・。^m^)

身体が小柄なことなど、たぶんプロ選手としてやっていくには苦労する点もあるのでしょうけど、ゴメスはきっと持ち前の技術と根性で、どうやってそれを乗り越えて輝くプレーをするのか、私たちに見せてくれるだろうと楽しみにしています。
ルーキーながらさっそく副キャプテンに就任した根っから赤黒の頼れる男、ゴメスのこれからに大いに期待しています。怪我なく長くプロ選手として輝いてくれますように。がんばれ~~。



ヒロ、人間万事塞翁が馬

2013年02月11日

スイススーパーリーグのFC THUN(FCトゥーン/スイス)への移籍前提でトライアルに参加していたヒロですが、今回は契約には至らずコンサに残留することになったとオフィシャルで発表になりました。
コンサドーレ札幌 古田寛幸 選手 FC THUN(FCトゥーン/スイス)トライアルの結果のお知らせ
2/1にトライアル参加のリリースが出たときには、もうすっかり移籍するものだろうと気持ちの区切りをつけていたので、ちょっと拍子抜けした気分ではありますが、何よりヒロが悔しいだろうと思うと残念でもあります。
でもまあこれがシビアな評価としての現実。気持ちを切り替えてコンサでのプレーに全力を尽くして欲しいと思います。って言われなくてもとっくにそのつもりですよね。


実はヒロの海外移籍が正式に決定したら、Good Luck! ヒロ とはなむけのエントリーを書く心づもりでおりました。

ヒロがトップに昇格したときのエントリーにもありますが、私がヒロを初めて見たのは彼が中学1年生のときの夏でした。でもプレーと顔と名前をしっかりと認識したのは中2になってからだったかな。中2の夏のJ村でのヒロは、1学年上の安藤大介くんと交代でトップ下やトップの位置に入り、変態司令塔として本領を発揮していました。中2から中3になる年の春先には飛び級でU-18にあがるらしいよとの噂が聞こえてきて、それもありうるだろうなとごく自然に思えました。
中3時のヒロは、シーズン前のU-18の遠征にひとり中学生で参加したり、国体に出場するU-16北海道代表にも入るなど、1~2学年上の選手たちに混じって遜色ないプレーをする傍ら、夏の全国大会では札幌U-15のキャプテンとして文字どおり札幌U-15を牽引していました。
まさに別格という感じで光り輝くヒロのプレーをまぶしく見つめながら、こんな子がコンサのアカデミーにいて誇らしいと思うと同時に、私は「この子はコンサにそう長くはいないだろうな・・。」と考えていました。
コータや山瀬や今ちゃんの移籍を経験し、身を切られるようなつらさと共に「向上心のある選手にとっては当然のことなんだ」ということを理解して。「でも子供のころからコンサで育ったユース出身の選手なら、主力選手に育った後も愛情でチームにとどまってくれるのではないか」とわらにもすがる思いで考えていた当時(2006年)。征也や大伍がトップチームに昇格した年で、智樹や謙伍もコンサにいたころです。そういう当時の背景のもとでも、私の素人目からも、ヒロに「選手生活の最後までコンサで過ごして欲しい」と望むのは馬鹿げている・・・と思わせるような選手でした。

だからヒロがU-18を経てトップに昇格した後は、毎年毎年が一期一会のつもりでヒロのプレーを見てきました。いえ、このころになるともう、ヒロに限らず、(悲しいかな現時点での)コンサの器に収まらないほどに成長した選手はもっと『大きな』クラブに移籍して自分をさらに磨くのがあたりまえ・・と思うようになっていたので、一期一会はヒロに限ることではありませんが。

年上の選手に混じって難なく堂々としたプレーを発揮していたユースのころのイメージからすると、私の予想ではトップに昇格した後もすぐにどんどん輝きを増していって、押しも押されもせぬ「コンサのビッグスター」になるだろうと思っていたのですが、それと比べるとトップに昇格してからのヒロはわりとこじんまりとした軌跡をたどってきましたね。
ちょっともどかしく思いながらも、時折ビカっと見せるまばゆい輝きにヒロらしさを感じ、もうちょっとだ、もうちょっとしたらギラギラと照り返すほどにまぶしい、圧倒的な輝きを見せつける選手になってくれるはずと期待して見てきました。片鱗は見えたでしょ。たとえば去年の浦和戦@埼スタとかで。

今年J2で戦うことになったことで、ヒロはもしかしてどこかのJ1チームに移籍することになるのかもしれないと一応の覚悟はしていました。ホーム最終戦のとき道新が試合写真の注文を受け付けていたので、ヒロの誇らしい嬉しいシーンを大判で「記念に」買ってしまうくらいには覚悟していたつもりです。
でもその一方、去年のJ1ではヒロは「はじけきった」ところまではいけなかったけれど、ヒロにとって主力として経験する2回目でのJ2なら、他から抜きんでる圧倒的な力を発揮することができるのではないかとも思っていました。セレッソにいたころの香川のように、あんな活躍を見せつければ、海外移籍の話も舞い込んでくるだろうから、あと少しの期間コンサと一緒に歩んで欲しいという気持ちも持っていました。
だから紆余曲折があったにせよ、シーズン前にヒロがコンサに残留すると発表になったときは嬉しかったですね。そして期待どおりの活躍を見せて、夏ころにはヒロが望む海外移籍のオファーが届けばいいなと思っていました。そのころには若者たちがヒロの抜けた穴をすんなりと埋めてくれるだろうし、と。
発表された今シーズンのユニフォームは1stユニも2ndユニもかっこよかったけれど、特に可愛らしいデザインの2ndユニはヒロにとても似合いそうで、「ヒロがコンサにいた記念に、この2ndユニはヒロの番号で注文しよう」と思いました。プレビューパーティーでヒロが2ndユニのモデルで登場したときは我が意を得たり!と嬉しくなったものです(笑)。


その後さらに二転三転して。
結局ヒロは当面コンサでプレーすることになりました。
今回のトライアル失敗はヒロにとっては辛い経験でしょうけれど、人生万事塞翁が馬という言葉があるように、これがかえってよかったんだと後でみんなで笑いあえますように。

今季ヒロが「さすが別格だ」と誰しもがうなるような圧倒的な活躍をして、他の選手たちがそれに負けじとどんどん切磋琢磨して。
チームは勝ち、ヒロは光り、そんなヒロを身近で見る若い選手たちもぐんぐん成長して。サポは喜び、クラブは潤い、ヒロが希望するような海外チームからも条件の整ったオファーが届き。
そんなwin-winの明るい近未来を屈託なく待っていようと思います。

だから本当に実現させてよね、ヒロ。
心の底から応援しています。