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札幌出身・東京在住(釧路に単身赴任していましたが2014/4月に東京に戻りました)のあきっくと申します。 生観戦デビューは1999年8月15日の大分戦@厚別。 夏休みに札幌に帰省したときでした。 以来「仕事のしわ寄せは平日に」をモットーに、週末にコンサを追いかけるための生活をしています。 2001年夏にJ村でユース(特に石郷くん)を見てユースに傾倒。 いわゆるユースヲタなんだろうと自覚するこのごろ。 詳しい自己紹介と私宛のメールアドレスは「ごあいさつ」のカテゴリから、シーズンごとのトップチーム関連、ユースチーム関連別の主なエントリの目次は「まとめ・目次」のカテゴリから、エントリーナンバー順の全エントリーリストは「全エントリーリスト」のカテゴリからどうぞ。 2010/02/07からツイッターを始めてみました。 ユーザー名は akikconsa です。ユースの試合を見に行ったときは気が向けばつぶやいているかもしれません。 コンサU-18選手の背番号一覧表を作りました(2015/4月版)。ユース観戦のお供に、こちらからご自由にお持ちください。 →http://www.evernote.com/l/APefpdtBmUJCBo1gGdT_yWpEMjGm6cvq_oQ/
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2015年02月25日
「コンサドーレ札幌☆開幕カウントダウン2015」の参加記事です。 いよいよ開幕が近づいて、カウントダウン企画も始まってますよ~! ってことで、私の今回の参加エントリーのテーマは、開幕準備の練習試合を見に行ってきた!です。
2015/2/22(日)13:00 @島原市営陸上競技場 島原がまだすリーグ2015 コンサドーレ札幌 1-2(1-1、0-1、0-0)V・ファーレン長崎 (45本×3) コンサの得点者:都倉賢 駐車場が混み混みで臨時駐車場からシャトルバスで運んでもらうという洗礼を受け・・。気づいたらまもなくキックオフ!という時間にようやくスタジアムに着きました。 やれやれ危なかったわ。 スタンドにはたくさんの人。メインスタンドだけじゃなく、芝生席のバックスタンドもかなりの人で埋まっています。スタジアムの入り口そばには盛大に煙をあげるなにやら美味しそうな売店も出ていました。 が、時間がないので、今は素通り。 残念。
それでもなんとかメインスタンドのコンサ側に席を確保して、一息ついて周りを眺めたら。正面のバックスタンドにはこんな歓迎ダンマクが。 赤黒い地にコンサドーレ札幌の文字。 わざわざこのために作ってくれたのかしら?(・∀・)
右横の文字部分を大きくしてみると 島原市 島原がまだすリーグ・スポーツキャンプ等 誘致実行委員会 とありました。
同じようにV・ファーレン長崎の歓迎ダンマクもあります。 ということは、同じ長崎県内でも、V・ファーレン主体というより、島原市が力を入れて誘致しているってことかしらね。
この子たちはエスコートキッズかしら。 わざわざ赤黒ユニのチームを割り当ててくれたのかしら。
選手たちが入場します。
審判団と両チームのキャプテンに花束贈呈がありました。 長崎のキャプテンに渡す役の子は、ちっちゃい!! まだよちよち歩きです。 思わず会場が笑顔に包まれます。
続いて島原の特産物?の贈呈もありました。 歓迎されてますね~。
そして、島原市長によるキックインです。とアナウンスされたのですが、 市長は、さっきの花束贈呈の小さな男の子をひょいと抱き上げ、ボールの前にセットしました。 そしてその子がちょんと蹴ったボールを
市長も蹴って、無事キックイン。
市長も一緒に記念撮影のときには、さっきの男の子を抱き上げて一緒に写しています。 もしかしてお孫さんなのかしら?^m^
両チームの選手たちが握手して挨拶します。
イレブンショットもたくさんの人が一緒にw
コイントス 今年はまだ発表がありませんけど、今年も河合さんがキャプテン。ということでいいんですよね?? (なぜまだ発表がないのでしょう。)
試合開始前の円陣
前半のキックオフです。 今日は「がまだすリーグ」と命名された練習試合が45分×2本。 その後エキシビションマッチの扱いで45分×1本が予定されています。 試合当日にツイートしているときは、試合出場選手を大っぴらにしてもよいのか不明でしたけど、翌日のスポーツ紙では報道されていましたので、ここでも書いちゃうことにします。 だいたい、あれだけ大勢の人が見て、第2節の対戦相手も見てる(というかやってる)んですもの、いいよね。 <前半スタート時のメンバー> 9都倉賢 32中原彰吾 13内村圭宏 19石井謙伍 27荒野拓馬 41ニウド 20上里一将 24福森晃斗 4河合竜二 5櫛引一紀 ク・ソンユン コンサの選手たちが着ているのは、練習試合用の背番号つき練習着です。 GK用のは番号つきのがないんでしたっけ? ソンユンが着ていたのは背番号がついていない今年の練習着でした。 試合開始時には雨は上がっていたのですが、夜のうちにはけっこう降っていたようで。ピッチは水を含んでいて、選手たちが走ったりボールを蹴ったりすると、バシャバシャと水しぶきがあがります。 ボールも止まってしまう感じで、パスが短くなったり注意が必要かも。 ゲームが始まってすぐに私の目を奪ったのはボランチのニウドです。 フィジカル能力の高さがすごい感じ。スピードもあって脚が長くて、ちょっと無理目に見えるボールでも奪ってしまいます。ちょっとピンチになりかけそうなところでも戻って無理な体勢からでも足を伸ばしてクリアしてしまいます。 ダニルソンとかビジュを思い起こしたわ。 ビジュをもっと上手くして、リモコン不要で自力で動けるタイプのイメージです。(え、それ、ビジュに失礼?w) ちょっとワクワクするわー。 ソンユンも目を惹きましたね。背がたかーい。 ジャンプして手を伸ばしてハイボールをキャッチするのも安心感が違います。 若い選手なのに、河合さんを「りゅうじ!」と呼ぶのも萌えます。 でもね、どっちかというとコンサペースの立ち上がりかなと思っていたら、前半10分に失点してしまいました。(0-1) ゴール前に中央からぐいっとドリブルで切り込まれて、クリアしようとしたんだけど、滑ってバランスを崩したのかうまくいかなくて、そのままズバンとシュートが決まってしまった感じ。 あららら。 ま、気を取り直していきましょう。 得点(コンサの失点)シーンで気がついたけど、やっぱりここはアウェイなのね(そりゃそうだ)。長崎のチャンスになるとスタンドが湧きます。 得点で気をよくしたのか、長崎の時間が徐々に長くなってきました。 短くて強いパスが三角形にパシパシとおって、コンサの選手は振り回されてボールを奪えません。あらやだ。 コンサのパスは遅い感じがします。水を含んだ芝のせいかもしれないけれど。でも条件は同じはずなのに。 前半23分、コンサの左CKはカズが蹴ります。とっくんが頭で合わせたけれど、宇宙へ行きました。 前半29分、うっちーがボールをもって長崎ゴール前へ迫ろうとしたところを掴んで振り回される感じで倒されました(上手出し投げ?)。長崎の選手にイエローカードが出されます。 ゴール右手前45℃の位置、ゴールまでの距離にして30メートルってところからコンサのFKです。 ボールの前に立っているのはカズ。カズが蹴るのね、と思ったら、拓馬もボールに近づいていきました。拓馬が蹴ることもあるの? ちょっとワクワクしたけど、拓馬が走り出して、ボールの横を通り過ぎて、あ、やっぱりダミーか。・・・・で、その5秒後くらいに(大げさ)おもむろにFKを蹴るカズ。それじゃあ拓馬のダミーの意味はないんじゃ?(^_^;) 現に長崎の選手たち誰も釣られてなかったし・・。(^_^;) 前半35分、とっくんが左サイドを駆け上がり、そのままゴール左からシュート。枠の右上に外れたか・・と思ったら、CKのようです。誰か触ってたわけね。 前半37分、ソンユンが手を伸ばしてキャッチ。ハイボールの処理が迫力あるねー。 前半42分、福森くんが左サイドからアーリークロスのようなパスを前方に出し、それを都倉がトラップして、シュート。 きれいに決まりました。やったー。(1-1) キャンプが始まってから、練習試合で初ゴールですよね、とっくん。 ゴールが無事出てよかったー。 前半45分、1-1で前半終了です。
後半、長崎は2人交代しましたが、コンサは交代なしで前半終了時のメンバーのまま後半が始まりました。 9都倉賢 32中原彰吾 13内村圭宏 19石井謙伍 27荒野拓馬 20上里一将 41ニウド 24福森晃斗 4河合竜二 5櫛引一紀 ソンユン 前半の終盤は押し込まれ気味の雰囲気だったけど、後半はなかなかいい感じかな?と思って見ていたのですが。 後半9分に失点してしまいました。 ソンユンに戻したボールだったか、相手のボールをソンユンが拾ったのだったか、とにかく何でもない場面でソンユンがペナルティエリアの端の方へボールを運んで、蹴ろうとしていたとき。 詰めてきた長崎のFWにソンユンが後ろからひっかけられた感じでボールを奪いとられ、あららと思うまもなく、そのまま無人のゴールの前へ運ばれ、軽く蹴り入れられてしまいました。(´・ω・`) (1-2) それだけでもしょんぼりなのに、おまけに、気づいたらソンユンがうずくまっていましす。あらやだ、もしかしてさっきの交錯で傷めたの? あらやだ、×印ですって。 今の失点はミスだけど、安定感のあるキャッチングとかもっと見たかったの残念です。怪我はなんともないといいけど。 それで急遽金山が入ることになりました。 古巣ですもんね。スタンドは大拍手。金山くん、長崎の人たちに愛されていたのねえ。 ソンユンのときは気がつかなかったのだけど、金山くんが着ているのが練習着だわ!って気がついて、あれ?急に出たので着替えるの忘れて間違えた?と思っちゃいました。いや、GKは背番号つきのはないのね。 そして金山が出たら改めてわかったのだけど、金山くんのコーチングはソンユンと比べてずっとひっきりなしでうるさい(褒め言葉) やっぱりGKによってタイプの違いってあるのねえ。 このあたりからしばらく、コンサの攻撃が多い、いい時間帯でした。得点板と時計もあります
謙伍が守備に戻ってしっかり守るのね 左CKはカズが蹴り、右CKは福森が蹴り。 謙伍が左サイドから切り込んで、ゴール前へクロスをあげたけど、彰吾合わせられなかった、惜しい!とか。
10人が交代準備をしています。丸ごと変わりそうです。
都倉が左から攻め上がり、拓馬が駆け上がろうとしています。とっくんはタイミングをはかって中へクロス。彰吾がビッグチャンスな位置にいたのよー。シュート打ったのよー。決めたかったねえ。 この日の記事では伸二さんとのポジション争いを制して出場機会を掴むためにはゴールを決めてアピールするのが大事ってコメントしてたんでしょう? やっぱり決めたいよね~(>_<) その後も誰かのシュートの跳ね返りを彰吾が押し込む!・・ことができず、ああ残念。どうしてもゴールに嫌われちゃうと力みが入っちゃうのかしら。 後半28分、コンサは一挙に10人交代します。
おつかれさま~ (残念だろうねえ)
下がってくる選手と、入っていく選手がぞろぞろと交代です。 河合さんはキャプテンマークを手に持ったまま下がってきてますね。
で、ヒロがキャプテンマークをつけていました。 河合さんのを受け取ったのではなく、初めからキャプテンマークをつけて準備をして入ったようです。 <後半途中からのメンバー> 44小野伸二 50ナザリト 11前田俊介 15古田寛幸 6前貴之 31堀米悠斗 38前寛之 33薗田淳 17稲本潤一 2小山内貴哉 金山隼樹 交代の準備をしている段階から、小野がくる~、稲本もくる~ってスタンドはザワザワそわそわでしたけど、わたし的には前兄弟がくるーー! ですわ(笑) やっと一緒のピッチに立ってるところが見られた。しかも隣同士!
前兄弟+ゴメスがいっぺんに視界に入るなんて、うはうは。 ゴメスと寛之のダブルボランチは、きびきびと動きが素早く鋭くて、運動量が豊富で、いいわあ好きだわあとうっとりします。 でも、個々のプレーでいいね!と思うのはちょこちょこあったけど、あんまり決定的なチャンスシーンは作れていなかったかも。 後半35分くらいには、長崎が中央で縦にワンツーみたいなパスをパンパン通して崩したところから決定的なシュートを打たれました。枠を外してくれたから失点しなかったけど。
後半37分くらい。 ゴール前正面、30メートルくらいの位置からのFKです。 蹴るのは伸二さん?貴之もいるね。
やっぱり伸二さんが蹴る?
・・と思ったら、2人で一斉に「近い、近い」とアピール。 壁が近すぎるということでしょうか。確かにちょっと近いかも?w 蹴ったのは貴之でしたが、バーの上でした。
ゴメスは半袖にナマ足です。さすが。 ゴメスのシュートの跳ね返りを寛之がシュートとか、前俊とヒロのレフティ変態パス交換とか、伸二さんとヒロとゴメスのパス回しとか、私なりの萌えポイントはけっこうあったんですが、ゴールには結びつかず、後半48分、一応前後半の試合、という扱いの90分が終了しました。 通算1-2でした。
3本目が始まるまでの間、まだ出ていない4人がピッチに出てボール回しをしていました。菊岡さんと翔太と夢実と永坂くんです。
早く出番あるといいね。 3本目は1,2本目とは別の「エキシビションマッチ」という扱いのせいか、改めてキャプテン同士の挨拶がありました。
キャプテンが握手して
それからコイントスの代わりにじゃんけんをしています。
開始前の円陣
3本目キックオフ 伸二さんとナザリト 3本目は2本目終了時と同じメンバーで始まりました。 ただ、ナザリトと伸二さんの位置が替わったようです。 <3本目開始時のメンバー> 50ナザリト 44伸二 11前俊 15ヒロ 38寛之 31ゴメス 6貴之 33ソノ 17イナ 2貴哉 金山 前半のメンバーの方が一般的には良いのでしょうが、私にとってはふだんあまり見ることのない3本目のメンバーが眼福です。 楽しいわあ。 もっとも、金山くんが大活躍のシーンもけっこうあるんですけどね。 それってあまり良いことではないはずなんですけどね。 長崎が攻め込んで、金山が活躍して、長崎の観客の人たちには楽しかったことでしょう。スタンドが何度も大きく湧きました。
イナもいます
翔太がきそう。準備しています。
3本目の20分、ヒロと交代です。 ヒロはたぶんキャプテンマークを誰かに渡したかったんだろうと思います。 でもピッチのあちら側(バックスタンド側)から外に出たので、渡せなかったのか、薗田さんがピッチにあるキャプテンマークを拾い上げてピッチの外側を歩いていくヒロに投げ返してしまったので、あえなくそのままキャプテンマークを持ち帰ることになってしまったヒロ。(´・ω・`) 次に誰がつけるか決まってなかったのかしら。 っていうか、キャプテン、副キャプテンの発表はまだですか?(2度目) 50ナザリト 11前俊 44伸二 7翔太 6貴之 38寛之 31ゴメス 33ソノ 17イナ 2貴哉 金山 26分、ナザリトが右側タッチライン近くまで相手選手を追っていってボールを奪い、ゴール前へクロス。ゴール前で伸二さんがふわっとゴールにパスするようなシュートをうちました。タイミング的にも決まった!と思う技ありシュートだったのですが、GKが触ったのでしょうか、枠を逸れてCKになりました。残念。
永坂くんと菊岡さんも入りそうです。
35分くらいに、イナ、寛之に代わって、永坂くんと菊岡さんが入りました。 50ナザリト 11前俊 44伸二 7翔太 6貴之 28菊岡 31ゴメス 29永坂 33薗田 2貴哉 金山
控えメンバーの中で夢実がひとり残ってしまいました。 見つめる表情が切ない・・(T_T) そんな夢実を見て心の中でうるうるしたり、久しぶりにピッチで見る永坂くんの姿にわくわくしたり、翔太が逆サイドの最終ラインまで戻って身体を張って守ったりしてるというのに。
なんですか、ベンチの中のこのようすは。(/∇\) とっくんと拓馬の距離と、拓馬と寛之の距離の差が笑える感じですw 残り時間が少なくなって、とうとう夢実の出場はないままに試合終了となりました。(通算1-2)
お疲れさまでした。
選手たちが互いに相手ベンチへ挨拶に向かいます。 あら、拓馬ととっくんも一緒に出迎えるの?(笑) ベンチに戻ってきて並ぼうとする夢実をとっくんが励ましてる気がします。 うん、へこたれないで。ここが大事だからね。
拓馬は長崎の24番くんと握手をして話していました。 そっか、こうして会いたかったからか。 24番は三鬼海くんかな。代表で一緒だったのね。
あちこちで話の輪ができています。
そんな中、夢実はつつつとボールに近寄っていって、蹴ってる。 ボール大好きなサッカー小僧なのね。
出場時間の短かった4人が追加で身体を動かすのかな?
ゴメスと貴之は一緒にクールダウン
気がついたら、とっくんが囲み取材を受けていました。 今季初ゴールが出たしね。 この試合の唯一のゴールだしね。(^_^;)
スタンドの下では、島原市からのいただきものかしら。 フルーツ?の箱と水の箱が積まれています。 台車で運ぶようです。
拓馬と彰吾が、台車に乗せるの?あら自分が乗るの?押してもらうの? など、手伝ってるんだか遊んでるんだかわかんない感じで手伝っていて
それを微笑ましく眺めていたら。 いつの間にか彰吾がひとりで台車を押して向こうへ運んでいっており
拓馬はこんなことを・・・。 背を向けているから顔は見えないけど、何をやっているのかだいたい想像つきますよね・・。
バックスタンドに張ってあった歓迎のダンマクは、試合後丁寧にたたんで片付けられていました。 もしかして来年もまた使う・・?^m^ コンサが熊本で合宿をしている限り、また招んでもらえるかもしれませんね。 そんな島原への熊本からの道中記は→こちら 練習試合前日の練習の様子は→こちら
2015年02月25日
2/22(日)の練習試合の場所が島原と知って、最初は「そんな遠いところへは行けない!」と思いました。だって月曜日は休めないから日曜日中に東京へ帰らなければならないのに。 長崎は九州の中でも西の端で、かなり遠くて、島原といえばさらにその先でしょう??と内心悲鳴をあげたのですが、Googleマップさんに聞いたら、実は熊本と島原の間は高速フェリーで30分の距離だったのでした。しかも島原の競技場は、フェリーの着く島原外港から車で10分の距離ですって。 なんだー、それなら行ける(・∀・) と嬉しくなって、さっそくフェリーの予約をしましたよ。土曜日の練習場所は大津ですし、これは空港でレンタカーを借りて2日間レンタカーで移動のパターンですね。 そのレンタカーで行った前日21日(土)の練習見学のようすは→こちら ・・・と勇んで出発したものの。 実は私、車でフェリーに乗るのは初めてです。というか、フェリー自体乗ったことないかも。 とりあえずフェリーターミナルへは時間に余裕をもって着くようにして、あとはなるようになるさ。熊本港のフェリーターミナルに着きました。 「熊本フェリー」の看板を目当てに近づいていくと、係の人が案内してくれました。どうすればいいの?とりあえず指定場所に車を駐めて、入り口で渡してくれたカードを持参して、ターミナル内の窓口できっぷを買ってから車に戻ってくるみたい。 (思わずキョロキョロして写真を撮ってる私は不審者かもw 最後尾に写っているのが私の乗ってきたレンタカーです。) このあと船内までどうなるのか不安だけど、とりあえず前の車についていこう。船内は狭いだろうから、小さな区画にバックでぴったり駐めなきゃとかだったら焦るなあ、何度も切り返して後ろの車にチッとか思われる事態になったら余計焦るなあとドキドキ。
時間になって、前の車に続いて前進。
おおお。こうやって乗るのかあ。ドキドキ。 (ドキドキしながら止まるたびにカメラを取り出すのも怪しい)
でも、案ずるより産むが易し、ですね。入ってみると、縦の区画に沿って係の人が誘導してくれるので、単純に前進で指定された列に駐めるだけでした。しかも前の車にどこまで詰めてよいのかも誘導してくれるので、言われるがままに進めて止めて。ああよかった。 船内はこんな感じに車でびっちり埋まりました。 船室への入り口はこちらですか。
階段を上って、船室へ向かいます。
船室の1階はこんな感じ。シートが並んでいます。 食べ物や飲み物の売店もあります。 2階フロアはテーブルを囲むグループ席みたいになってました。 乗船時間は30分程度なんですけどねw 私が乗ったのは熊本港を11:10に出る便で、座席はかなり余裕があったのですが、その一便前の09:25発のは席を探すのも苦労するくらいびっしりだったそうです。コンサの選手・スタッフもその便だったんですって。 13:00キックオフだし、島原港から競技場まで車で10分程度らしいし、熊本から島原までは30分だし。なら11:10発のでいいっしょ。 と迷いなく思い、逆に「選手たち、そんな早くに行くんだ~Σ(゚д゚|||)」と驚いたくらいだったのですが、それが間違いだったことは後でわかりました。 定刻どおり島原港に着いて、船を下りるときは乗ったときと反対側の出口が開くからそのまま前進で降りられるのね。ほっとしながら、フェリーターミナルのトイレに寄ったりしてから(その途中でターミナル入り口にあるビールの自動販売機が☆SAPPOROなのを目ざとく発見!)、さあ競技場へ向けて出発です。 このときもまだ、私は事態を舐めていました。 練習試合を見に行くつもりで、がらーんとした競技場にのんびり着くことしか想定していなかったのです。 でも、運動公園に着いてみると、テニスコートや野球場や池や大型遊具もある広い公園らしいのに、駐車場も何か所もあるようなのに、道路脇や駐車場入り口にはどこも係の人が案内をしていて、私たちの行き先を聞きもしないで(サッカーですとか)こっちへ、あっちへ、と手振りで指示をするのです。 どうしたんだろう??と疑問に思っていたら、なんと、もうすでにどの駐車場も満車なんですって。 「サッカー見に来た人の駐車場はもう全部いっぱいなので、この先を左にいってまた左にいったところに・・・」と場所を指示されて、少し離れたところを臨時駐車場にしていてそこからシャトルバスが出ているということでした。うわー、そんなに人が来ているのか。 考えてみればそりゃそうだよね。シーズン前の試合、長崎サポも楽しみだよね。見に来るよね。 案内されて行った先は学校の敷地でした。広い敷地でしたけど、見てる間にもどんどん車が入ってきてどんどん車の列が増えていって、このままではここもいっぱいになるのは時間の問題という感じ。
シャトルバス・・・と言っても1列+2列に補助席のマイクロバスだったので、乗れる人数も限られていて。これでピストン輸送しているのでしょう。 というわけで、ようやくスタジアムに着いたときには、もうそろそろキックオフも近いという時刻だったのでした。 選手たちは駐車場で困ることはないにしても、ミーティングしたり試合前のアップをしたりを考えると、やっぱり早い便のフェリーじゃないと間に合いませんでしたね。
さて、試合後はまた同じ経路で熊本に戻ります。 帰りは選手たちと一緒のはず。 だって時刻表では17:30発のフェリーが最終だったから。 練習試合を当初は45分×4本やるみたいだったのが、45分×3本になったのは、帰りのフェリーに間に合うようにという都合じゃないかと踏んでいるんだけどどうかしら。 車を待機列に駐めたら、時間つぶしがてらターミナルの売店を見てあるいて。焼酎が並ぶなかに、サッカーボールの形をした瓶があります。 あれ?どうしてサッカーボールなんだろう?? もしかして?? 疑問に思ったらそこは店員さんに聞いてしまうのがおばちゃんパワーです。 やっぱり、国見高校にちなんで、ですって。 島原でサッカーといえば国見高校なのね~。誇りなのね~。 国見高校は昔のような勢いはないのかもしれないけど(とは言えないけど)、それでもサッカーに関係あるだけでなんだか嬉しくなってしまうのでした。 売店を眺めて車に戻ると。
あ、やっぱり選手バス! バスって人数が多いから、あらかじめ人は降ろしてから運転手さんだけで車のデッキに入るのかと思ったら違うんですね。 乗用車と同じように、中に人が詰まったまま船内に入るんですね。 ということは、あの車がぎっしり駐まった狭いスペースで選手たちがぞろぞろとバスを降りて、あの階段を上って船室に入ってくるわけか。 なんだか大変ですのう。 はたして、階段をあがって船室内に入ってくるお揃いのグレーのスウェット姿の集団は目立っていました(笑)。小野伸二さんはニットキャップをかぶったままでしたが、確かに帽子がないと一発で「あ!小野伸二だ!」って目立つでしょうね。帽子をかぶっているとだいぶ違うよね。 最終便のせいもあるのか、船室内は乗客でみっちりでした。 お疲れさまでした。
さあ、熊本港に着きました。 17:30発で、30分かかるのに、着いてデッキが開いたら外がまだ薄明るいのにちょっとびっくり。 やっぱり西なのね。それとももうだいぶ日が長くなるころ? 一路熊本空港へ向かい、レンタカーを返して、羽田行きの飛行機で東京に帰るという充実の旅の1日でした。 この年でも「初めて。ドキドキ。」という新しい体験ができるのもサッカーのおかげです^m^
島原で見た練習試合のようすは「練習試合編」に続く。
2015年02月25日
コンサが熊本でシーズン前のキャンプを張るようになって、今年でもう10年目なんですってね。もうそんなになるのか。宿舎としてお世話になっている火の国ハイツの方たちももうすっかり身内のように歓迎してくださっているそうで、ありがたいことです。ここの宿舎は食事が美味しいって以前選手が感想を述べていましたが、長期キャンプを余儀なくされるコンサドーレの選手にとって、滞在先でのごはんが美味しいのは大事なことだと思います。そういう意味でもありがたいことです。 というわけで、今年も熊本キャンプを見に行ってきました。 私はいつから行ってたかなあ?と振り返ってみると、たぶん2007年からですね。 話せば長いことながら(だからかいつまんで話すと)私がシーズン前のキャンプを見に行くようになったのは、参加しているユースの選手を見るのが目的でした。トップの選手と違って、ユースの選手のことは見に行かなきゃわからなかったから(笑)。なので、宮崎でのキャンプも見に行った覚えはありますが、当時はブログもやっていなかったので記録が残っていません。 熊本は今年で10年目ということは、最初は2006年だったのでしょうか? 実はこの年も見に行く予定にはしていました。「サッカー百鬼夜行」のchooさんが練習試合の観戦記(→2006/2/18のエントリ)を書いてらっしゃいますが、この試合、本来ならchooさんと一緒に見物しているはずだったのです。寝坊して飛行機に間に合わなくてキャンセルしたんですけどね! おかげで、当時の城福強化部長も「こりゃあ素晴らしい」と感嘆したというルーキー征也のスーパーゴールも見れませんでした。(>_<) その後2007年からは、休暇をとって土日と合わせて4連休にして乗り込んだのにそのうち中2日間がオフだった!とか、前日熊本の美味に飲み過ぎて二日酔いで練習見学に間に合う時刻の運動公園行きバスに乗れなかったとか、熊本キャンプだとばかり思ってたら鹿児島で練習試合だったよ!とか、トップはオフじゃなかったけど私が中抜けして広島へユースの遠征を見に行ったよ!とか、いろいろ珍道中もありましたが、毎年楽しい(+美味しい)思い出を積み重ねています。(そしてまあ、太平燕と馬刺しを毎年よく食べてるものだw)
2007年 2/9練習試合、2/12午前練習
2008年 2/15午後練習、2/18午前練習
2009年 2/14清水とのTM@鹿児島、2/15午前練習、午後練習
2010年 2/27午前練習、午後練習、2/28午後練習
2011年 2/20午前練習、午後練習
2012年 2/25午前練習、2/26大分とのTM@大分
2013年 2/16午前・金沢との練習試合@大津、午後・仙台との練習試合@宮崎
2014年 2/11ツイート
今年も行くぞ~と楽しみにしておりました。私の仕事の日程からは沖縄キャンプの時期の方が行きやすかったのですが、どうせ行くならどうしても熊本にしたかったのは、熊本でロアッソの練習も覗きに行けるかもという下心があったから。拓郎の姿を見に行きたいですもんね~。 2/28~3/1の週末はユースの関西遠征を見に行くので、熊本キャンプを見に行ける週末は2/21~22の一択のみ。キャンプが始まってまだ数日の時期なのでたぶんオフはないでしょうと楽観しつつ、うまくロアッソとハシゴできるスケジュールでありますようにと欲張った願いをしておりました。 ・・いざスケジュールが明らかになってみると、2/21(土)は、コンサは大津町運動公園球技場で9:30からの午前練習のみ。ロアッソは9:30から県民総合運動公園サッカー場で午前練習のみという、同時刻別開催の悲しい状況。2/22(日)はコンサは島原で、ロアッソは大分で、それぞれ練習試合という泣き別れ。残念ながら拓郎を見に行くことはかないませんでしたが、それでもまあ土日しっかりコンサを見れる日程なのはよかったです。 と、ここまで長い前置きの末、練習見学に行ってきたようすのご報告です。大津町(「おおつ」じゃなくて「おおづ・まち」と読むんです)の競技場には今年も歓迎の立て看板が。嬉しいですね。 今年もよろしくお願いします
スタンドを上がったら、監督やスタッフが準備をしているところでした。 まだ選手たちは着いてないようです。 私はさっさと中に入ってしまいましたが、外で選手バスが着くのを待ってる人たちもいました。 しばらくすると「小野と稲本のサインもらった!」と嬉しそうな人がスタンドにもいたりして、どうやら選手も着いたようです。 「額に入れて飾るんだ」ととても嬉しそうにしていて、なんだか聞いてる方まで幸せ気分になります。(ほっこり)選手たちがゴールを運んでいます。 夢実、阿波加くん、拓馬、ゴメス、翔太、彰吾、くっしー。
もうひとつのゴールはスタッフ陣が。
競技場には歓迎のダンマクも張ってありました。
メインスタンドから見て左手側には体育館があります。 これ見て、「そういえばここは・・!」と懐かしく思い出しました。 ここは昔、拓馬やゴメスたちが中学生のころ、高円宮杯U-15の試合をしたところだわ。 このときの観戦記→2008/12/8 高円宮杯U-15グループリーグ第1戦にも体育館の写真がありますでしょ。 この年は、札幌U-15と旭川U-15が揃って全国大会に出場し、しかも2チームともグループリーグが大津会場で、隣り合った球技場と競技場で試合をするといいう、サポーターにとってはなんとも嬉しい日程・状況だったのでした。グループリーグ初戦と2戦目は旭川が球技場で、札幌は隣のサブグラ的な競技場での試合だったので、このときのグループリーグ初日の観戦記では札幌の試合会場は今回トップが練習している球技場ではありませんけれど。 2008/2/14の3戦目では旭川も札幌も球技場だったので、拓馬やゴメスや夢実や貴之や貴哉や彰吾や阿波加くんや一希がこのグラウンドにいたのが確認できます^m^ ああ懐かしい。 ・・・って、同じことを一昨年にも言ったかもしれない気がする。
などと思っているうちに練習が始まりそうです。
まずはピッチのあちら寄りで、3グループに分かれ、マーカーに従ってアップ中
誰がいるかな・・との確認もしきれないうちに、気づいてたらスタンド下から出てきた別メさんたちが隣の体育館の方へ向かっているところでした。 背中しかわからないので、誰がいるのか・・。 別メさんたちは早めにあがるかもしれないから、帰りの出待ちの機会は逃さないようにしよう・・と心の中で決意を固めます。 だってキャンプを見に来る主目的が、私の場合、「ユースから誰か参加してるかなー」と、「晴れてプロ選手になったルーキーくんにサインをもらいたい」ということなんですもの。現在別メ中らしい進藤くんに会えなかったら残念すぎるわ。 ピッチの選手たちは、今度はスタンドに近い側で、3グループに分かれて細長い四角形に広がり、パス回しの練習をするようです。 3組のうち真ん中に位置するグループに、バルバリッチ監督が動き方の指示をしています。
監督の指図にしたがって、ひとつずつやってみて見本?を見せる選手たち。 でも、決まり事がえらく複雑なようで、見ていてさっぱりわかりません。 ひとりがボールを受けて、別方向へ短く出し、そこへ走り込んでくる選手がボールを受けて、そっとその場に置く程度の短いパスを出したり、かと思うと対角線上へ強く長いパスを出すのだったり(←規則性がわかってないから説明できない)。 やって見せてる選手たちも監督(と通訳の塚田さん)がいうとおりに1個1個やっているものの、わかってるのかわかんないけど、左右で見ている別グループの選手たちも心なしか不安そうな表情に見えます。手前側のグループにいた拓馬とかゴメスのようすなど、頭上に「???」が見えるようだったわ(笑)。 でも見本が終わったようで、さ、じゃあ、やってみよう。のタイミングになったらしく。少し呆然としているような、じっと立ったままの手前グループの選手たち。そこへ「まずはゆっくりやってみよう。」と声を出してみんなを励ました?のは、端っこにいた河合さんでした。それでみんな気を取り直して元気になったようでしたもんね。おそるおそる始めてみると、なんとか徐々にわかったようで、しばらくすると元気にスイスイボールが動くようになりました。 よかったよかった。
その後は、青ビブスをつけた5人の「青チーム」と、ビブスを着けずに練習着のままの5人の「赤チーム」と、黄色ビブスをつけたフリーマンの2人で、ミニゲーム。周囲4面にゴール(コーン)があるので、どっちに攻めるか瞬時に判断するのが楽しかったです。みんなでわーわー大騒ぎ。ゴールを通ったかどうか、名塚さんの判定に不満の声があがったり(笑)。(異議は認められませんでしたw) その後、ピッチの半分を使ってGKは金山と哲さんが、FPは(青:前俊、ヒロ、菊岡、稲本、薗田、貴哉、伸二)(赤:くっしー、福森、彰吾、内村、都倉、河合さん)に分かれて、順番に1~2は外で待ってて交代して入るって感じで、攻守にわかれて攻めたり守ったり、これは監督が見ている。残りの選手はピッチの残り半分で2グループに分かれて、ベンケイくんも使ったりしながらのシュート練習をしていました。これが明日の練習試合のスタメン候補とそれ以外なの??と思っていたら、それからさらに、ピッチ3分の2くらいの広さでのピッチを狭くして11人vs11人の紅白戦(というか動き方の確認でしばしば止まる)が始まりました。 ビブスなしの赤組が 都倉 彰吾 内村 謙伍 カズ ニウド 拓馬 福森 河合 くっしー ソンユン 青ビブスをつけた青組が 前俊 伸二 菊岡 翔太 ゴメス イナ ヒロ 貴之 薗田 貴哉 哲 ピッチ外で ロングボール蹴りあう組:阿波加、金山 ピッチを見たりトレーニングしたりする組:夢実、永坂、寛之 外周をゆっくりランニング:慎也
で、みんなが中央に集まったので、そろそろ練習終わり? チャオコンで噂の「翔太の締め」が見れる?とワクワクしたのですが。
締めはなくて、またぞろぞろ移動して
ストレッチかなと思ったら、体幹トレーニングが始まるようです
赤手袋並んで可愛いねえ
表情を見ると、けっこうきつそうでしたね がんばれ~。
いつまでもピッチの選手たちを眺めていたいけど。 別メニュー組が気になるので、外に出てみることにします。 すると、もう競技場前に宿舎のバスが駐まっていて、中に選手らしき人影も見えるじゃないの。 えーもしかして、進藤くんたちもう乗っちゃってる? もし乗ってたら頼んでサインもらおうと思ってバスに近づいてみると、開いたままのドアの近くの席に慎也くんと宮澤くんが並んで座っていました。でも後ろの方にもまだ誰かいそうです。 ずうずうしく慎也くんと宮澤くんに「こちらは別メニューなんですね。」と話しかけ、「後ろにも誰かいますか?」と聞いてみると、パウロンとイルファンだと教えてくれました。ありがとうございます。お大事になさってください。 で、バスを離れて待っていると。進藤くんと一希が一緒に出てきました。 別メさんたちですね。 進藤くんはもうすぐ戻れそうと言ってましたが、そのとおり昨日から全体練習に合流できたみたいですね。焦らずがんばって。 一希も明るい表情をしていたので、順調にリハビリ進んでいるのかなと嬉しくなります。焦らずしっかり鍛えてね。
進藤くんのサイン おー。プロ選手だわあ。 サインを決めたのはいつごろ?って聞いてみればよかった。残念。
一希のサイン サインをしてくれてる手元を見ながら話しかけて、「写真もお願いします」とカメラを向けてから、「そういえば今年の名鑑の写真は歯が見えてたねっ」というと「あれ、笑わされたんですよね~」という一希の表情が笑みを含んだ穏やかな顔つきなの。やーん、一希。なんか大人になってる?タフになってる?(おばちゃんのあしらいが上手くなってる?)
次は寛之。 去年のキャンプでは時間がなくて写真もサインもお願いできなかったので、今年は無事頼めて良かったわ。嬉しい。 「お兄ちゃんと一緒にプレーするの、どんな感じ?」と聞いてみればよかった。残念。
寛之サイン あれ?なんか貴之のと似てない?
謙伍ちゃんスマイル。結婚おめでとう~。 「ありがとうございます。(にこにこ)」 もうベテランなんだもんねえ・・(早いねえ。しみじみ・・。)と口にすると 「や、まだ。まだ中堅ってことで・・(^_^;)」と訂正されてしまいましたw
謙伍サイン
永坂くん。だいぶ貫禄出てきたよね。少しずつ手応えと自信も感じつつあるのかなと頼もしく思います。 がんばれ~。
永坂サイン
くっしーはユース出身じゃないのに、なぜか気軽に接してしまうのだ。 なぜでしょう。
このときもサインもらいながら「そうだ、5番だもんね~。がんばって~。」など気安く話しかけてしまい、後から「あれ?でも、くっしーは私のこと知らないはずなのに。しまった。」と焦ったのでした。 なのに、くっしーが結婚したという事実をまだ受け止めきれていないのか、結婚したことをすっかり忘れていて、結婚おめでとうも言えなかったのでした。 ダメじゃん、私。
ゴメスもプロ選手の貫禄がついたと思います。 練習が始まる前に、出てきてボール蹴ったりしている姿を見て、一瞬、あれ?誰?と思ったほど、堂々とした印象を受けましたもの。 福島での経験は大きかったかな。楽しみです。
ゴメスサイン
貴哉くん、今年は2番だもんね。 がんばってね~。期待してるから。 「はい、がんばります。」
貴哉サイン (ゴメスと貴哉くんと貴之は同じタイミングで出てきたので、ゴメスたちに写真やサインをお願いしている間に貴之は行ってしまったようです。しまった。)
夢実くん、サインお願いします~。 さっきから思ってたけど、(メッシュが入った感じの明るい)その髪いいね。似合ってるね。 「ありがとうございます。ゴメスには批判されました(笑)。」 相模原でも思ったように試合に出れず、さっきも紅白戦のメンバーからも余ってしまうような状態は不本意だろうけど、ここが大事なとこだからね。 ・・とは言えませんでした。言わなくても本人がよーくわかっているはず。
夢実サイン
いつも落ち着いた雰囲気の阿波加くん 出番つかみ取るようがんばって。 「はい、がんばります。」
阿波加サイン
翔太くん、なんかすごくかっこよくなったよね。 そうですか?ありがとうございます。 あ、「かっこよくなった」は失礼でしたね。元からかっこいいよね(汗) ありがとうございます(笑)。がんばります。
翔太サイン
ヒロくん、サインお願いします~。 今年期待してるから! 「はい。がんばります。」
濃厚豪快系のサインで、ヒロのイメージとちょっと違ったわ。
彰吾はすっかりレギュラーの風格ですね。 サインしてくれるときかがんで目の前にくる、くるくるパーマで明るい色のふんわり髪の毛がかわいいの。 かわいいのはほっぺだけじゃないんだわ(*´д`*) 近くで見ると大きくて身体もけっこうごついのに、どうしても可愛い印象が先にきちゃうんですよねえ。
彰吾サイン イナや伸二さんの長いサイン待ちの列を眺めながら、すごいなあと油断していたら。 とっくんが出てきたけど、あれ?拓馬はまだ残ってるの? 周囲の人に聞いてみたら、気づかなかったけど、拓馬ももう出てちゃってたんですって。ひゃー。しまった。
というわけで、貴之と拓馬のサインは、翌日フェリーの中でいただきました。 だからこの2人だけは、サインの日付も会話の内容も翌日バージョンです。「拓馬くん、サインお願いしていいですか?」 「あ、お久しぶりです!」 (あれ?久しぶりだっけ・・・?とっくんのおかげで毎日のように様子が見れるから久しぶりだということを忘れちゃうわw) サインする手元を見ながら「まだ『27』に戻したんだもんね」「ええ。27は好きな番号なので。」 違うのよ、ちゃんと話せなかったけど、ほんとは「どうして27が好きなのか」を聞けばよかった。・・と後から思った。もったいなかった。 でも「フクアリにも行くから!」は言えたもんね。←フライング? 「がんばります!」と言ってくれたわ。←フライング?
最後にようやくもらったのは貴之のサイン。貴之ってあんな混んだ船室内でも、ささーっと気配消しちゃうの上手だよね。 「貴之のサインほしい」って待ち構えてずっと待ってたのに、なかなか階段を上がってこず、あれ?もうさすがに下にはいないよね??と思って、通りかかったゴメスに「貴之くん、もう来たかしら」と聞いてみると「あそこにいますよ。」と連れていく勢いで教えてくれました。 ほんとに世話好きで気さくなゴメス。ありがとう。 だって貴之は去年のキャンプはもちろん、一昨年のキャンプでも、練習試合中に怪我(捻挫)をしたせいもあるけど、話もできないまま姿が見えなくなってしまったんだもの。ようやく「赤い羽根基金」ブース以外の場所で貴之のサインをもらえました。 練習試合で寛之と一緒のピッチに立っているのを見たばかりだったので、兄弟でやるのってどんな感じ?と聞いてみると。 「別に普通ですよ(にやり)。別になんとも。」とクールな答え。 えー?そうなの?他の選手と全然変わらず??←食い下がる 「ええ。同じです。」 きっと寛之は嬉しいだろうと思うのに、貴之はクールなお兄ちゃんだったのでした。くすくす。でも見てる方は嬉しいから。一緒にピッチに立つ機会をたくさん作ってね。よろしく。2人とも。^m^
大津での練習、島原の練習試合遠征メンバーを通じて、スナさんの姿を見ないなあと思っていたのですが、スナさん札幌に戻っての手術だったのですね・・。しかもそのうえ疲労骨折も。スナイフターンを見るのを楽しみにじっくり待っていますのでお大事に。(T_T)
翌日の島原での練習試合を見に行く「道中編」 試合のようすの「練習試合編」 に続く予定です。
2014年03月30日
先日の「しまふく寮通信」に新しい寮監夫妻の紹介記事がありました。→こちら 大地則昭さん・忍さん御夫婦が今年の2月1日から寮監・寮母さんとしてしまふく寮で生活をしていると紹介されています。 1月31日付けのしまふく寮通信で、5年間寮監・寮母を務めた蛯ちゃん・あゆみさん夫妻が寮監・寮母の退任と、蛯ちゃんはHFCも退社するとの挨拶があり(→「五年間。」)、その後今季のアカデミースタッフの決定等のお知らせもないまま、時が過ぎました。いつもなら2月半ばまでにはオフィシャルサイトで「アカデミースタッフ決定のお知らせ」が出るのに。今年はどうしたんだろう、まだ全員が決まってないのかな・・とやきもきするままシーズンが始まってしまい、オフィシャルガイドブックのアカデミーのページに載っているスタッフ欄で監督、コーチ陣の確認をする始末。オフィシャルガイドに載っているくらいだから、今年の陣容は決まっているでしょうにねえ。どうして正式発表がないのだろう。まだ他に決まっていないスタッフがいるのかしら。 ・・・は、ともかく。 そしたら、3月25日に、これまでの「しまふく寮通信2」のタイトルを「しまふく寮通信3」に変えて、しまふく寮通信が再スタートするとのエントリがありました。→こちら わーい、わーい。今度はまっつんさんが主に更新を担当してくれるのね。 で、上記の新しい寮監夫妻発表のエントリーに至るわけです。 そういうわけで、今年のしまふく寮は、2月1日から大地さんご夫妻が寮監寮母になって運営されていることがわかりました。 これで一安心。寮生も入れ替わって新しい生活が落ち着くまでにはもう少しかかるかもしれませんが、そのうち4月から高校に入学するユースの新入生も入寮して、順調に新しい生活がスタートすることを祈っています。 実は、ここまでは前置きでした。 「前置き、ながっ!!」ですが。
新しく寮監・寮母になられた大地さんご夫妻は、コンサユースにいた大地優貴くんのご両親として以前から存じ上げている方でした。
バスセンターの近くで「なか仙」という居酒屋を経営してらしたので、知っている方も多いでしょう。 私は「なか仙」を「おっちのご両親のお店」として知ったのですが、おっちとは関係なくサポーター同士の宴会場所として以前からひいきにしていたサポーターも多かったらしいですね。お店で寄席を開いたりもしていたので、落語関係のお客さんも多かったかもしれません。 「おっち」こと大地優貴くんは、ヒロ(古田の方)や拓郎やミツと同じ学年で、札幌U-15から札幌U-18へ進んだ選手です。以前拓郎やミツのカムバックサーモンご紹介エントリで書いたと思いますが、札幌U-15から札幌U-18に昇格した選手がたった4人しかいなかった学年の、そのうち2人がヒロとおっちでした。おっちはヒロに負けず劣らずというか、ヒロ以上の?優しい顔つきのイケメンで、ぱっと見から目立っており、人気もあったんですよー(笑)。 おっちは、U-18に進んだタイミングで、しまふく寮に入寮しました。しまふく寮がユース選手を受け入れて3年目の代の選手たちのひとりです。 ミツの紹介エントリのときに「しまふく寮通信」の本のイラストにミツが載ってますよ~と書きましたが、当然おっちも載っています。「ユウキ」とあるのがおっちです。 札幌に実家があるのにしまふく寮に入ったユース生は、今のところおっちだけだと思います。 どうして入寮することになったのかその事情はわかりませんが、たぶん、ご両親のお店でのお仕事都合などで、練習のタイミングに合わせた食事をとるのが難しいから、とか、練習に通うのに便利だから、ということだったのでしょうか。今よりも寮の人員に余裕があったのかもしれません(笑)。当時はただ「へえ、そうなのか」と思っていたおっちのしまふく寮暮らしですが、今こうしておっちのご両親が寮監夫妻になったことを思うと、縁とは本当に不思議なものですね。 ユースの試合を見に行くうちに、おっちのご両親が居酒屋を経営しているらしいと知った私たちは、いつもの試合後の宴会のときに「じゃあおっちのご両親のお店に行ってみようか」と好奇心から「なか仙」にいってみました。 そこにいらしたのは、おっちをそのまま大人にしたような優しい風貌のご主人と、それはそれは可愛らしい奥様と、しゃきっとお店を切り盛りされているおばあちゃまでした。お店のなかには、みんなより1年早く高校在学中にトップに実質昇格した同期のヒロのユニフォームが飾られ、出てくるビールは当然サッポロビールで。お料理も美味しくて、とても居心地のよい空間でした。 酔った勢いで私たちは「ユースの試合をよく見に行っているんです~。」とご夫妻と話も弾み、そしてお父さんのご実家だったかしら、おばあちゃまだったかしら、古平町のご出身とのことで(だからお店では古平産の美味しい魚介やたらこが堪能できました)、母が古平出身の私はとても親近感を感じ、盛り上がってしまいました。 その後もときどきお店に伺い、美味しいお料理とビールで楽しい宴会をさせてもらっていましたので、2012年10月末にお店を閉めると聞いたときはとても寂しく思いました。その後どうされているかわからなかったのですが、ここでこうしてまた接点ができるなんて!(しまふく寮通信で拝見するだけの一方的な接点ですがけどw)嬉しい限りです。 おっちには弟がいて、弟の律輝くんも札幌U-15にいました。今年トップに昇格した前寛之や内山裕貴のひとつ下の学年です。 だからおっちのご両親にとっては、今年入寮する拓郎やミツはU-18でおっちと同期のチームメイトだし、ミツなんてユースのときの3年間もおっちと一緒の寮生だったし、今年寮生活3年になる貴之、奈良くん、翔太、貴哉くんと、今年は寮にいるのかどうかはわからないけど拓馬はおっちがユースの3年生ときの1年生たちだし、寛之やうっちーは律輝くんと札幌U-15のチームメイトだし。 まさしく寮生は息子たちのようなものですよね。 プロを目指す若いサッカー選手たちの心情や食事・栄養のことや生活ぶりをよく知っている。 寮で暮らすことがどういうことかを身近に知っている。 調理についてはもともと本職。美味しいですよ~。古平の食材も手に入るし(笑)。 そして、会う人をホッとさせるあの暖かい笑顔と話しぶり。 これ以上ない、しまふく寮の寮監夫妻としてうってつけの人材と思います。 ご縁があってよかった~♪ これから、しまふく寮と、そこで暮らす選手たちのことをよろしくお願いします。あんまり先のことをいうと鬼が笑うかもしれませんが、どうか末永くご縁が続けばいいなあと願っています。 最後に、拓郎の紹介エントリで貼った写真の使い回しですけど。去年の7月に岩教大の試合を見に行ったときに撮らせてもらったコンサユース出身の岩教大の選手たち。 右端の白いシャツを着ている選手がおっちです。 このときは途中で交代したので、もうユニフォームから着替えてしまっていますけど。 おっちの卒業後の生活も充実していますようにと願っています。 (なにやら嬉しげな噂も伝え聞くのだけど、実現はまだなのかしら??)
2013年11月30日
今年の9月26日に「【札幌】09年戦力外の石井、再獲得へ 本人も前向き」みたいなスポーツ紙の記事が出て、えっΣ(゚д゚|||)心揺さぶられながらも「どの程度信憑性ある記事かわからん。たとえほんとにオファーしているとしても、きちんと決まってオフィシャルで発表されるまではどうなるかわからん。」と平静を保っていた(つもりの)謙伍の件ですが。 11/27にとうとうほんとにオフィシャルで発表されました。 愛媛FC 石井 謙伍 選手 加入決定のお知らせ ◆この度、愛媛FC所属の 石井 謙伍 選手がコンサドーレ札幌へ完全移籍することが決まりましたのでお知らせいたします。 石井 謙伍 ISHII Kengo ■生年月日 : 1986年4月2日(27歳) ■ポジション : FW ■出身地 : 北海道 石狩市 ■身長/体重 : 178cm/73kg ■経歴 : 花川南イレブンサッカースポーツ少年団(石狩市立花川南小学校) ‐ ADEAM SAPPORO FC(石狩市立花川南中学校) ‐ コンサドーレ札幌ユース・U-18(札幌篠路高校) ‐ 2005年 コンサドーレ札幌 ‐ 2010年 愛媛FC そしてコンサ、愛媛それぞれに寄せた謙伍のコメントがまた泣かせるじゃないですか。 ◆コンサ側のコメント 『この度、再びコンサドーレ札幌へ加入する事になりました、石井謙伍です! アカデミーでの3年間と2005~2009シーズンの5年間コンサドーレに在籍させてもらい、5年ぶりに再び地元北海道でプレー出来る事を本当に嬉しく光栄に思うと同時に、この移籍が実現するにあたって、札幌を離れてからも、自分の事を気にかけてくれた、野々村社長をはじめコンサドーレ札幌の関係者の皆さん、そして、自分を成長させくれて、尚且つ快く送り出してくれた愛媛FCの関係者の皆さんには、本当に感謝しています。ありがとうございます。 この移籍を決断した大きな決め手は、プレイヤーとして成長したいというのはもちろんですが、故郷である北海道の為に少しでも力になりたい、そして、若いアカデミー出身者の多いコンサドーレというチームで、現役の中では最年長のアカデミー出身者という立場、また、このような形で復帰する事が出来たということは、後輩の選手達にプレー以外のところでも、何かしら伝えられる事があると思いましたし、そういう意味でも自分の存在は少しでもチームにとってプラスになるのではないかと信じて、今回の決断に至りました。 でも、やはり、一番は結果で貢献する事だと思っていますので、今までの経験を生かして、魂込めてコンサドーレの為にプレーします!応援よろしくお願いいたします。』 ◆愛媛側のコメント 『この度、前所属でもある、コンサドーレ札幌に移籍することになりました。 札幌から愛媛にやってきた時、初めての移籍で不安だった自分を、本当に温かく受け入れてくれたチーム、そしてサポーターの皆さんには感謝しかありません。そして愛媛に来て、たくさんのかけがえのない素晴らしい出会いがあり、自分の事をいつも気にかけてくれ、応援してくれた大切な方々にも本当に感謝しています。 愛媛にいた4年間は本当にあっという間でした。自分を拾ってくれた愛媛の為にという想いで、がむしゃらにプレーしてきました。ですが、なかなか思うような結果、成績が残せず期待に応えることが出来なかった事、本当に申し訳なく思っています。 心残りのあるなか、今回の決断に至ったのは、やはり故郷の北海道の地でまたプレーが出来る事、そして故郷北海道の為に少しでも力になりたいという想いからでした。自分にとってはまた新たなチャレンジですが、愛媛での経験を生かして頑張っていきますので、これまでと同様に愛媛の地から応援して頂けると嬉しいです。 第二の故郷、愛媛には頻繁に遊びに来ると思いますので、見かけた方はぜひ声をかけてください。 四年間、本当にありがとうございました。 去年の苦しく辛い時期を乗り越えて勝った岡山戦。みなさんと一緒に流した涙は一生忘れません。』
謙伍がコンサから愛媛に移籍したのは2009年のシーズン末のことでした。
あのときの謙伍は コンサ公式サイトでは 『この度、愛媛FCに加入することが決まりました。来季は違うチームでプレーすることになりますが、今後も遠くから少しでも気にかけてくれたら嬉しいです。札幌サポーターの皆様5年間あたたかいご声援ありがとうございました。お互いにJ1昇格を目指して頑張りましょう』 とコメントし、 愛媛公式サイトでは 『来季から愛媛FCの一員になることができ、とても嬉しく思います。これからは愛媛FCの為に全力を尽くして、J1昇格という目標を達成できるように頑張ります。愛媛サポーターの皆様、ともに戦っていきましょう。宜しくお願いします。』 とコメントしていました。 改めて今回のコメントと見比べてみると、謙伍がこの4年間愛媛でしっかりがんばって、サポにも愛され、充実した日々を過ごしてきたことがよく伝わってきます。 かつて涙とともに見送った選手をこうして再び迎え入れることができるのは、本当に嬉しいことです。よかったよ謙伍~。・゚・(ノД`)・゚・。
2009年11月に謙伍が契約満了選手として発表されたとき、私は、前の年に智樹の契約満了→引退ということがあり、その心の傷がまだ治っていなかったのでしょう、知らず知らずのうちに防御反応をとっていたのだろうと思います。「プロ選手だからこういうこともあるのは仕方ないよね・・。」と冷静に受け止めたつもりでいました。発表された日に泣くこともなかったし、特にひどく落ち込んだりもしませんでした。…のつもりでした。 でもシーズンの最終節、味の素スタジアムでのヴェルディ戦で途中出場した謙伍を見たとき・・・。泣けて泣けて仕方ありませんでした。 このときの観戦記にも書いていますが、交代のためピッチ脇に立っている謙伍を見た時点で私の涙腺は決壊。涙がとめどなく出てきます。 謙伍が出場してからも、残り少ないコンサでの謙伍のプレーをしっかりと見つめて目に焼き付けておきたいと思うのに、涙で視界がぐちゃぐちゃになって、謙伍の姿が全然見れません。こんなんじゃダメだと自分を奮い立たせ、せめて謙伍の名前を思いっきり呼んで応援したいと思っても、声を出そうと思うと嗚咽になって声にならないの。昼日中から人前であんなに泣いたのは大人になってから初めてじゃないだろかと思うほどの失態でしたわ(^_^;) あのとき謙伍は試合後にトラメガを握って、サポーターに言葉を残してくれました。私の位置からは残念ながらよく聞こえなかったのですが、聞こえた人によれば、「必ずまたコンサに戻ってきます」と決意を述べていたそうです。 それを聞いたとき私は、そうなればいいなあ・・ともちろん思ったけれど、そうなることを現実感をもって思い浮かべることができませんでした。 儚い希望というか夢というかそんな感じでした。 でも。 あのころ漠然と「そうなるといいなあ」と思っていた単なる夢だった「ユースからトップに昇格できなかった選手が、大学を経てコンサに加入する」を、去年怜大が実現してくれました。 そして今年はさらに工藤ミツが大学での華々しい実績をひっさげて6月という早い時期に早々に加入内定し、さらにプロ選手輩出多数の強豪大学に進んだわけじゃない拓郎が、道内の大学からコンサに加入内定するという形を実現してくれました。 さらに今回の謙伍ですもの。 ユースからトップに昇格した選手がチームとの契約満了により別のチームに移籍し、プロ選手として再び移籍してくるという新たな形のカムバックサーモンです。 どんどんいろんな形でカムバックサーモンを実現してみせてくれて、こうなってくると私ももう単なる夢想じゃなく現実としてなんでもありだなの心境になります。心強い限りです。 あと残ってるカムバックサーモンの新種は
くらいですか? 他にもパターンありますか?あったら教えて。 こうなるとなんだかこれらも近い将来に実現する人が出てきてくれるんじゃないかと期待しちゃいます。そうなるといいなあ。(*´д`*)
ひっきーに関して、きのう悲しいお知らせがありました。 曵地裕哉選手 契約満了のお知らせ ようやく今年試合出場のチャンスを掴んだところだったのに、とても残念です。 でもひっきーのコメント 『アカデミーから含め8年間、サッカー選手としても、人間的にも自分を成長させてくれたクラブには、本当に感謝の気持ちしかありません。 このたび、このようなかたちになってしまったのは、自分にまだまだ力が足りなかったからだと思います。 もちろんこの先も、皆さんに自分のプレーを見ていただけるよう、プロサッカー選手としての新たなスタートを切るための準備をしていますので、これからも応援していただけると嬉しいです。 自分を育ててくれたコンサドーレ札幌スタッフ。そして、いつも温かいご声援を送って下さったサポーターの皆さま、本当にありがとうございました!』 を見ると、選手を続ける意欲満々のようですし、他のチームで活躍する姿をまた見れることと思います。 そして謙伍のように、縁があったらまた戻ってきてくれることもあるかも、と、現実の想定として思えるようになりました。 だから、ひっきー。 勇気をもって新たな道を歩み出していってね。もちろんそのつもりですよね。 どこへ行っても応援しています。(コンサと対戦するとき以外ねw) コンサと対戦することがあったら、コンサ攻撃陣の前に立ちふさがる絶対的な守護神として決定的なチャンスを何度も防いで大活躍しそう。だって相手チームにいるコンサ出身の選手ってみんなそうなんだもの。 そうなったら「ひっきー、やめて~~」って泣き笑いしながら身悶えてしまうのね。ああ、そういう日が待ち遠しい。 人生いろいろあるけど、謙伍も、ひっきーも、移籍によってますます素晴らしいサッカー人生を送る、良い節目になりますように。 がんばれ~~~!ヾ(^▽^)ノ
2013年10月10日
10/7の夕方、コンサのオフィシャルで、来季新加入選手の内定のお知らせがありました。数日前に新聞等で報道されていました北海道教育大学岩見沢校の上原拓郎選手です。 そう、コンサユース出身の「鮭」第3号です(*^_^*) 上原 拓郎 選手(北海道教育大学岩見沢校/コンサドーレ札幌ユース・U-18出身) 2014年シーズン 新加入内定のお知らせ 上原 拓郎(うえはら たくろう) ■生年月日: 1991年7月8日生(22歳) ■身長/体重: 177cm/70kg ■経歴: アンフィニMAKI.FC U-12(札幌市立二条小学校) アンフィニMAKI.FC U-15(札幌市立啓明中学校) コンサドーレ札幌U-18(札幌光星高校) 北海道教育大学岩見沢校(在学中) (↑これはオフィシャル発表の経歴欄の記載ですが、チーム名と在学校名を併記するなら岩教大のところには「サッカー部」が要るんじゃない?とか、コンサのU-18は拓郎が所属していた当時は正式名称が「コンサドーレ札幌ユース・U-18」だったんじゃない?ミツのときはちゃんとそう書いてるしとか、細かいところを突っ込みたくてウズウズしますw)が、それはともかく。 アンフィニは、U-15の大会ではコンサともよく対戦するなじみ深い強豪チームですし、コンサU-18にもアンフィニ出身の選手がたくさんいます。でももしかすると拓郎は、アンフィニ出身の初めてのJリーガーになるのかしら? 少なくともコンサのユース・トップ関連ではこれまでいなかったですよね? (あ、遠国くんの中学時代のチームはわかんない。) 【2013/10/10 17:30追記】 コメントをくださった「アンフィニに知り合いがいる人より」さんによれば、 アンフィニ出身のJリーガー第1号は、現アンフィニコーチの渡邊大輔さんなのだそうです。 失礼しました&ありがとうございました。 ■主なポジションは、ボランチです。私が見ている範囲では。 レフティです。 コンサU-18で3年生だった年と、岩教の4年生である今年は、それぞれチームのキャプテンを務めています。 加入内定リリースの拓郎のコメントの中に 『コンサドーレを含め他の多くのプロサッカー選手には、自分よりうまい選手はたくさんいると思いますが、自分のウリである“キャプテンシー”の部分は負けないと思います。』 とあるように、ユース時代の拓郎はそれはそれは素敵なキャプテンでした。 そんな拓郎の思い出話も含め、私の見てきた「どんな選手だったの?」をご紹介したいと思います。
経歴にもあるように、拓郎はU-18からコンサユースに入った選手でした。 学年でいうと、ヒロ(古田寛幸)や、来季加入が内定し今年すでに特別指定選手として数試合出場した阪南大のミツ(工藤光輝)と同期です。1年生のときにはひとつ上にひっきーや怜大がいて、ふたつ上の3年生には純貴がいて。3年生のときにはひとつ下に陽輔がいて、ふたつ下の1年生たちには拓馬や奈良くんや翔太、貴之、貴哉くんがいて。と、そんな学年です。 ミツの紹介エントリーでも書きましたが、コンサユースは例年1学年10~12名くらいの選手数なのに、この学年は14名いて、しかもそのうち札幌U-15出身は4名だけという内訳でした。私にとっては「新しく覚える1年生の数」が非常に多い学年となったのです。しかも私が見れるのは公式戦にほぼ限られますので、1年生については、試合メンバーに入ってくれないと顔を見る機会もなかなかありません。 ということで、私が拓郎のことを初めてきちんと認識したのは、1年生の秋、高円宮杯U-18の決勝トーナメントの試合でのことでした。 その試合の観戦記は→こちら(そうです、純貴が退場になったあの試合です。) この試合、拓郎はベンチに入っていたけれど出場はなく、ふつうなら私はなかなか顔を覚えられないのですが。でもスタンド下でアップしている拓郎を見たとき「あら○○くん(の若いころ)とそっくり」と思ったほど風貌がいとこに似ていて(爆)、しっかりそのとき顔を名前を覚えたのでした。2007/9/22 高円宮杯U-18 ラウンド16 浦和ユース戦@熊谷陸上競技場 スタメンの選手たちがピッチでキックオフを待つ間に、ピッチの周囲に水ボトルを置いてまわる控え選手(の1年生)の拓郎(28番)と金子くん(25番)。
試合中に控え選手がアップしているところも、ついガン見する私です。 拓郎のコンサユースでの試合デビューは、たぶん、2007/10/21 Jユースのヴェルディユース戦。宮の沢でのホーム最終戦の試合だと思います。 観戦記は→こちら シーズン終盤の試合はチームの世代交代を感じて感傷的になることが多いのですが、この試合もそんな風味でした。3年生の中にはすでに引退した選手もいて、2年生は修学旅行などで不在の時期で、1年生がたくさん試合メンバーに入ったのです。拓郎のほかにも、ミツもこの試合でデビューだったんじゃないかな。
試合開始前の円陣を組むところ。28番の選手が拓郎です。 ヒロ(写真右端)はもうすっかり貫禄ですけどw 拓郎はスタメンでフル出場。試合開始から最後まで、左SBでの出場でした。 その後のアウェイ3試合(当時のJユース予選リーグはホーム&アウェイで2回総当たり制でしたの)では、拓郎はすべてベンチ入りしました。出場したのはそのうち1試合くらいだったかな。 シーズン終盤で続けてベンチメンバー入りをするという、1年生としては「とびきり早いほう」じゃないけど「そこそこ早いほう」という感じで拓郎のコンサユースでの1シーズン目が終了しました。 2年生になった拓郎は、レギュラーの地位をがっちりと掴みました。シーズン始めから初夏のプリンスリーグのころはCBでの出場が多かったかな。左SBが怜大で、CBが拓郎と熊ちゃんで、右SBが打矢和祈くんという感じで。 夏のクラセンのころにはCBのコンビがおおむね熊ちゃんと鈴木健士くんに固まり、拓郎は左SHでの出場になりました。あのころは中盤がダイヤモンド型の4-4-2で、中盤の底には佐藤明生が構えていて、右に鶴ちゃん、トップ下に竹内清弥とか、そんな感じ。 CBで出場していればコーチングは必須ですが、それ以外のポジションのときでも、拓郎の(ちょっと甲高い)声がピッチにたくさん響くようになりました。味方に指示したり、よいプレーを褒めたり。高くてよく通る声なこともあって、試合を見ているとき、拓郎の声が常に聞こえるのがあたりまえのような感覚でいました。 秋の高円宮杯を経て、初冬のJユースまで、拓郎は左SHだったり、ボランチだったり、CBだったり。そのときのメンバー事情や対戦相手によってポジションはいろいろですが、しっかり試合に出続けて2年生のシーズンが終わりました。 3年生になった拓郎は、チームのキャプテンになりました。 3月下旬のイギョラ杯(学校ではまだ2年生ですけど)の最初の試合でキャプテンマークを巻いていたのが拓郎なのを見た私は、「そりゃそうだよね」とごく当然のように思いました。だって試合出場実績とか性格とか、この学年で拓郎以上にキャプテンっぽい選手は思い当たらなかったもの。ヒロは実質的にはユースから抜けてしまっていたし。 そして始まった2009シーズンは、公式戦開幕前の道外遠征でも、5月に開幕したプリンスリーグでも、拓郎はボランチで出場でした。
ピッチの中央でコーチングしまくるキャプテン拓郎 (2009/5/3 北海道プリンスリーグ第1節 札幌白石高校戦@SSAP人工芝) 拓郎の素敵っぷりに改めてメロメロになってしまったのは夏のJヴィレッジでのクラブユース選手権でした。私だけじゃなく応援・観戦していたサポ全般がです(笑)。 クラセン2日目、2009/07/26(日)10:30 @Jヴィレッジ pitch2 での試合は、朝からクラクラするような暑さの中でセレッソ大阪U-18との対戦でした。 当時はまだ全国規模の通年リーグ戦はなく、春から夏にかけては道内でのプリンスリーグを戦い、夏のJヴィレッジでの大会でその年初めて道外の強豪チームと戦うというスケジュールでした。 なので、大会初日はたいてい、慣れない暑さと(強い相手との)慣れないスピードに苦労し、大会2日目からようやく本来の力を出せるようになっていくという感じだったのですが、この年も同様に初戦を落として迎えた2日目。 よりによって公式記録で38℃と記録される暑さの中での試合でした。 詳しくは観戦記(→こちら)をご覧になっていただくとして、この試合でキャプテン拓郎は、ピッチ中央でボールを配球しながら、ひっきりなしに声をあげて味方の位置取りやプレーを指示し、デビューしたての1年生・拓馬や奈良くんを引っ張り、暑い中チームを鼓舞し続けていました。見ているだけでもへこたれそうになるくらい暑い中、その気持ちのタフさにはつくづく感心するほど素敵でいた。私はふだんはシャイなのに(←ほんとよ!)、このときは試合が終わったあと思わず本人に向かって「拓郎くん、素敵だった~~(*^_^*)」と言ってしまったくらい、コーチングでチームを引っ張る拓郎の姿は素敵でした。 拓郎の声出しの素敵なところは、選手の位置取りやプレー選択などいわゆるコーチングをしたり、チームの集中が切れているときに叱咤する、というようなのはもちろんですが、味方の良いプレーをすっごく褒めるのです。 がんばって走ったり、思い切ってチャレンジした選手に、「ナイス!」とか「サンキュー!!」とかいっぱい声をかけて味方のプレーをねぎらいます。もし私が1年生だったら、キャプテンからあんな風に褒められたら嬉しくなってもっとがんばっちゃうだろうなと思うほどです。や、私はとても走れないけどw 暑い盛りのクラセンが終わると、秋の全国大会・高円宮杯U-18を迎えます。この年代の最高峰の大会。その年のユースの集大成ともいうべき大会です。 いつもの年なら、夏のクラセンで全国大会を経験したチームをさらに熟成させて高円宮杯を迎える・・というイメージだったのですが、この年はちょっと感じが違いました。このことはミツのカムバックサーモン紹介エントリでも触れていますけれど。 夏のJヴィレッジでボランチの位置でチームを引っ張っていた拓郎は、左SBに移って、拓馬がボランチになっていました。 拓馬の素敵っぷりは前年の高円宮杯U-15でも十分に見ていますから、拓馬がボランチの位置でチームをコントロールするのは悶絶するほど嬉しくはあるのですが、かといって拓郎のボランチを見れなくなるのもなんだか寂しい・・というぜいたくな悩みです。このあたりの心境は、今読み返してみると当時の観戦記でもちらりと書いていましたわ。 →高円宮杯(U-18)前橋育英高校戦@敷島サッカーラグビー場 キャプテン拓郎は、ピッチの中央から端っこ(左SB)に移っても、従前同様ガンガン声を出してチームを動かし、鼓舞します。 そして誰かがゴールを決めたら、必ずその選手のところへ行って、「よしよし」をするのです。近い位置にいたら真っ先に駆け寄り、遠い位置にいたとしても必ずその選手のところまで近寄っていって、抱きしめたり頭をなでなでして、ゴールをねぎらいます。その姿を見て私は「優しいキャプテンだなあ(*´д`*)」とほっこりしておりました。
2009/9/6 高円宮杯U-18 前橋育英高校戦 前半終盤に陽輔が同点ゴールを決める
大喜びしている陽輔(11・2年生)に駆け寄り飛びつく拓郎(6・3年生)と陰になってるけど拓馬(28・1年生)
拓郎が陽輔を抱きしめて頭をなでなで 初秋の高円宮杯を終えて、秋~初冬のJユースカップのころになると、例年チームの世代交代はますます進みます。 1年生の出場機会を増やしたり、2年生は修学旅行など学校行事で不在になるときもあって、3年生のポジションはそのときによっていろいろ変わったりします。これまで出場機会の少なかった3年生たちも、シーズン終盤のJユースの試合になるといろんな形で出たりもするし。 あのころのJユースは、私にとって、もの悲しい惜別の気持ちが混じる大会でもありました。 この年ホーム最終戦となったJユース草津戦@宮の沢での3年生集合写真はミツのエントリーでご紹介しましたので、今度はこのシーズンの最終戦となったアウェイでの大宮ユース戦での3年生たちの写真をご紹介します。
2009/11/15 @Nack5スタジアム駐車場で 試合終了後にバスに乗り込む前の3年生たちに撮らせてもらいました。 後列左から2番目が拓郎です。 これでほんとにお別れ。みんなそれぞれがんばってね。 (このときミツはなぜか不在だったんですよね。) この試合には、当時東洋大学1年生だった怜大も観戦に来ていました。このときの観戦記にはハーフタイムに選手たちに声をかける怜大の写真もありますので、よかったらご覧になってみてください。
ミツの紹介エントリでも書きましたが、この年は、実質的にすでにトップ昇格していたヒロを除いて、トップに昇格した選手はいませんでした。 拓郎は岩教大に進学すると知って、それならまたコンサとの練習試合などで見れるなと楽しみにしていました。 そしてさっそく4月に宮の沢でコンサと岩教大との練習試合がありました。 観戦記は→こちら 1年生の拓郎は、岩教大のキャプテンだったお兄ちゃん・上原宏太くんのユニを着ていて、5番をつけていたせいか、とても1年生とは思えないほどの貫禄の声出し隊長っぷりで(笑)。まるでキャプテンみたいにコーチングをしていました(笑)。いいねいいねー。頼もしい。 「拓郎、まるで4年生みたいだよねー(笑)」と嬉し笑いしながら、ワクワクしながらその姿を見つめました。 その後も岩教大との練習試合があるたびに、拓郎をはじめとするユースOBたちの姿を嬉しく見ていたのですが。ユースのプレミアリーグが始まったり、トップの試合が土日固定開催になったりしたせいか、去年、今年あたりはなかなか岩教との練習試合を見る機会がなくて。ナガコウや涼くんのいるノルブリッツも見たいし。 というわけで、このままじゃ今年拓郎たちの姿を見れないまま大学を卒業しちゃう~と慌てて大学リーグの試合を見に行きました。 2013/7/6(土)北海道大学リーグ 岩教大vs駒大苫小牧 @岩見沢岡山グラウンド4年生になって、キャプテンを務めている拓郎 時間が経つのは早いものだわ。
ゴールを決めたナリを祝福するキャプテン拓郎。
試合後に、コンサU-18出身の選手たちに写真を撮らせてもらいました。 左から、葛西大(3年生)、上原拓郎(4年生)、近藤勝成(2年生)、大地優貴(4年生)です。 大学を卒業する時期が近づいてくると、気になるのは選手たちの進路です。この後もサッカーしているところを見るチャンスがあるのか、ないのか。 いきなり「卒業後はどうするの?」とは聞きにくくて、とりあえず「拓郎くん、就職決まった?」と聞いてみたり(←世間一般ではこっちの方が聞きにくいですかねw)。決まったというので「サッカー続けるの?」と続けて聞いてみると、全国どこに配属になるのかまだわからないので、(サッカーも)まだわからないとの答えでした。 ということは、JFLとか、サッカーで就職するわけじゃないのか。と内心で考えていたら。 拓郎は、続けて、配属になった場所でサッカーができるならやりたいと思っていると言うので、 「じゃあ、チームが決まったら教えてね。見に行くから。」 「はい!」 などというやりとりをしていたのです。 まさかこのときには来季コンサで拓郎が見れるとは思っていませんでしたわ。(*^_^*) 嬉しいサプライズになりました。 その後、天皇杯の厚別で、1回戦で羽黒高校と、2回戦でコンサドーレと、対戦する拓郎の姿を見れたのは楽しかったですね。 特にコンサとの2回戦終了後に、岩教大もスタジアム全体から拍手を浴びて、さらにスタンドを一周して挨拶をして回っている選手たちの姿は、嬉しそうで、見ている方も嬉しくて、とってもとっても幸せな瞬間でした。 あのときのスタジアムで、拓郎は、このサポーターに囲まれてプレーしたいとの思いを募らせたとの記事を見て、そうだったのか~~と感慨にふけりましたよ。
就職も決まっていたのに、プロサッカー選手としてスタートすることを選んだ拓郎。 厳しい道であることは承知のうえでしょう。 たいへんなことはたくさんあると思うけど、「声を出せる」という武器を磨き、大学サッカーで身につけた経験を活かして、プロサッカー選手として道を切り開いて進んでいく姿を楽しみにしています。 これからのコンサドーレをよろしくお願いします。 キャプテンシーがあって、レフティで、ボランチで。 ゴメスのライバルですねー。 大好きな選手が増えすぎて、困ってしまいますわー。(*^_^*)
2013年06月11日
来季コンサに新加入が発表になったミツこと工藤光輝くんのことをご紹介するエントリーを書きましたところ、感想や反響をたくさんいただきました。 そのひとつがブラコン2号さんの『ブラックコンサドーレ日記』のこのエントリー。→「帰ってきたサーモンと溺れたサーモン(?)」 ブラコン2号さんちの息子っちくんがまだ幼稚園児だったころ、サテライトの試合でミツのことを「みつ、頑張れっ!」って応援したことを思い出してらしてました。 サテライトの試合に出場している選手たちの中にブラコン2号さんたちの知らないユースの選手もいて、隣のブロックに座ってた方から「あの20番はユースのミツっていうんだよ。応援してね。」と教えてもらい、チビちゃんが素直にミツがんばれ!と応援したという微笑ましいエピソードなのですが。 そういえばブラコン2号さんはその2年後に、そのときのことをとりあげて「ユースのミツくんって誰なんだろう」とつぶやいてらしたのです。私に向けて質問するような感じで!しかも答えるための方法は与えずに!! 疑問に答えたくてうずうずした私は「それって工藤光輝くんですよー!」って答えるエントリを書いてしまったわけですが(笑)。 それが今から2年ちょっと前のことです。自分でもすっかり忘れていましたが、でも書いてる内容が今回のと重なっているのには我ながら笑ってしまいました。やっぱり私にとってミツの思い出といえばこれなのでしょう。 ・・・という昔話に触発されて、問題となった(?)そのときのサテライトの試合について、当時書いていた自分の観戦記を見直してみました。
2009/06/28(日)14:00 @宮の沢白い恋人サッカー場
サテライトリーグ Aグループ
コンサ 3-1(2-1、1-0)ベガルタ仙台
■得点者:21分・砂川(札幌)、31分・中原(仙台)、35分・中山(札幌)、70分・横野(札幌)
当時高校3年生だったユースのミツが途中から出場していました。当時1年生だった奈良くんも。ミツのプレーはミツのことを知らない人の目をも惹きつけるキラキラぶりだったようです。(*^_^*) 懐かしい選手たちの姿とともに、当時私がミツのプレーに対して抱いていたイメージもわかりますので、今回の内定発表でミツのことに興味を持たれた方はよかったらご覧になってみてください。こちらです→観戦記
ミツの出身クラブであるASC北海道のスタッフ日記で、ミツのコンサ加入内定のことが書かれていました。6/8付の→こちらの記事です。 ミツは小学校4年生のときに赤池コーチと出会っていたんですねえ。将来はコンサの選手になると宣言していたんですねえ。(*´д`*) そういえばミツと同学年のヒロ(古田寛幸)も、小学生のころ赤池コーチに「コンサ(U-15)に来てね」と声をかけられたそうです。当時アカデミーのGKコーチだった赤池さんは、育成普及部としてこういうお仕事もされていたんですね。 小さなころからこういう種を蒔いて。地元の指導者やご家族やみんなで育てて。コンサに入ってきてくれる選手たちはみんな長い長い時間を積み重ねてのことなんだなあと思うと、大切に応援しなきゃ!って一層思います。
あ!それからもうひとつ。 『たららん荘』のayaちゃんの報告によれば、修平はミツのコンサ加入のキューピッド役を自任しているそうです。^m^ 詳しくは→こちらを。くふふ。
【2013/08/04 6:27追記】 ↓のコメント欄でブラコン2号さんが言及されているお友達のブログは こちらのエントリーのことです。 筆者はコンサユースでミツと同期だったGKの安田翔くん。現在フィリピンの大学に留学中です。 (安田くんについて以前にご紹介したときのエントリは→こちら)
2013年06月09日
6/4(火)のお昼ころ、スポーツ紙のネット記事が一斉に「J2札幌は4日、阪南大のFW工藤光輝(21)と仮契約を結んだと発表した。」と報じました。 わーーー!!ミツ! 今年3月にコンサに練習参加していたときのようすはしまふく寮通信でも見ていましたから(→こことか、こことか)、ミツもコンサに帰ってくる可能性が高そうだなと楽しみにはしていたのですが。決まるとしてももう少し先だろうと思っていたので、いきなりの嬉しいニュースにびっくりどっきり嬉しさ満載の気分になりました。まだHFCからの正式発表はありませんが、ミツの所属する阪南大学が6/7(金)に加入内定会見を行うとのプレスリリースを出していますから、これはもう間違いないことでしょう。この内定会見に合わせてコンサでは公式発表するのかな。 ・・・とか言っているうちにすでに6/7は過ぎ(汗)、オフィシャルで正式に発表がありました。 工藤 光輝 選手(阪南大学/コンサドーレ札幌ユース・U-18出身) 2014年シーズン 新加入内定のお知らせ 赤黒のユニを着たミツが満面の笑顔で写真におさまり、そしてまたコメントが泣かせるじゃありませんか。(*´д`*)
◇工藤光輝選手のコメント
『自分を育ててくれたコンサドーレ札幌が、本当に好きです。それが、来季加入を決めた一番の理由です。
そのチームのために、自分に何が出来るかを考えながらプレーし、サポーターの皆さんに愛される選手となれるよう頑張りますので、温かいご声援をお願いします。』
大学に行ってからのミツの輝かしい実績はご承知の方も多いでしょう。 ◆2012総理大臣杯 ←総理大臣杯全日本大学サッカートーナメントは、各地域のトーナメント制予選を勝ち抜いた強豪大学サッカー部によるトーナメント制全国大会です。毎年夏に行われます。今年の大会は現在地域ごとの予選の真っ最中。 阪南大学は去年この大会でみごと優勝し、ミツは大会得点王に輝きました。 ◆2012インカレ ←全日本大学サッカー選手権大会は各地域の学生リーグで好成績をあげた大学が出場する全国大会です。毎年12月から1月にかけて行われます。 阪南大学は去年準決勝での敗退でしたが、ミツは大会得点王に輝きました。 ◆デンソーチャレンジ ←全国をいくつかの地域に分けて、地域ごとの選抜選手による対抗戦の大会。毎年シーズン初めの3月ころに行われ、新学年チームの主力となるべく有力選手の見本市的な大会です。 2013年3月に行われた今年の大会には、北海道・東北選抜、関東選抜A、関東選抜B、東海・北信越選抜、関西選抜、中国・四国選抜、九州選抜、全日本大学選抜の8チームが出場しました。ミツは全日本大学選抜には選出されず、関西選抜で出場したのですが、優勝したのは関西選抜! ミツはベストイレブンだけでなく最優秀選手(MVP)に選ばれました。 こんな実績をひっさげてコンサに戻ってきてくれるのは、高校時代の彼を見ていた者としては胸が熱くなるばかりです。 というわけで、工藤光輝ってどんな選手?という方へ、高校時代のミツのご紹介です。
工藤 光輝(くどう みつてる) 1981年8月23日生まれ 厚真FCキッカーズ(厚真中央小学校)→ あつまスポーツクラブU-15 ※現ASC北海道U-15(厚真中学校) →コンサドーレ札幌ユース・U-18(札幌西陵高校)→ 阪南大学(在学中) ユースの学年では、ヒロ(古田寛幸)と同期になります。 私が初めてミツを見たのは2007年3月25日の流経大付属柏高グラウンドでのことでした。いや、正確には「見た」とは言えないんですけど・・。でも見てはいるので・・。(←どっちだい) コンサユースは毎年雪で練習グラウンドを使えない時期に何度か遠征合宿をします。フェスティバルと呼ばれる親善大会に参加したり、適宜練習試合を組んだり、そのときによって内容は異なりますけど。2月や3月初めころの遠征はまだ新1年生が帯同していないことが多いけど(中3生は高校受験がありますもんね)、3月下旬の遠征は新1年生も合流してその年の全メンバーが見れたりするので、毎年楽しみにしていました。 ミツが新1年生になった2007年は、コンサユースとしては初めて「イギョラ杯」に参加した年でした。 大会初日となるグループリーグ1日目、大雨にひるみながらもいそいそと会場の流経柏高校へ向かうと、案の定1年生たちも一緒のようで。やったー。 でも午前中の流経柏との試合のときはあまりのどしゃ降りに試合状況さえ見るのがやっとで、1年生たちも試合中はクラブハウスの中で雨宿りしていたらしく。 午後の試合で雨がやむと、ようやくピッチ脇で試合のようすを見ている1年生たちの姿を盗み見ることもできました。 そのときの写真をチェックしてみると。ミツ、いました。 奥の方に坊主頭が半分見えているのがミツです。 でも見たと言ってもこの程度だし、このときは当然顔も名前もプレーもわからない状態だし(爆)、これを「見た」というのは嘘ですよね(笑)。 このときのイギョラ杯は、グループリーグ、決勝トーナメントと勝ち進み、とうとう優勝までしてしまったんですが。決勝戦を見に行ったときにはヒロ以外の新1年生の姿はありませんでした。1年生たちは2日目以降は分かれてどこか別の大会に参加していたのかなーと思いました。 話はちょっと脇道に逸れますが、当時のコンサユース的時代背景を説明しますと。ミツがコンサユースU-18に入ってきた2007年はしまふく寮ができて3年目の年でした。ユースでは寮生1期生の涼くん(当時新高3)、2期生の怜大と佐藤明生(当時新高2)に加え、ミツたちの代の新1年生が一気に5人入ってきてしまふく寮は大賑わいとなった年でした。 りょうぼのあっこさんが書く「しまふく寮通信」の中に、それまでは時々「涼くん」や「りょうた」「あきお」といったユースメンバーの話も出てきていたけれど、ミツたちの代が増えた3年目になるとユース生の話題はほとんど登場しなくなりました。微妙な年代の高校生たちですから大所帯だけにいろいろ配慮があったのかなあと思います。サポにとってはちと寂しいことでしたが。 でもほら。
2007年8月に刊行されたこの本「しまふく寮通信 コンサドーレ札幌★寮日記」がお手元にある方は、巻頭の「しまふく寮のある1日」という写真ページを開いてみてくださいな。この右ページの一番上の写真の中に坊主頭のミツが写っています。くふふ。 199ページの「しまふく寮の3期生たち」のイラストの中にもミツがちゃんといますよ。怜大と並んでいるわw ミツたちの学年は、当初中学1年生だけで始まった旭川ユースU-15が年を重ねて初めて卒業生を送り出した年でした。旭川ユースの最初の卒業生の中から3人の選手がU-18に昇格してミツと同期になりました。その兼ね合い?ってことでもないのでしょうが、この年はいつになく選手数が多い学年でもありました。例年は一学年11~12名くらいの選手で構成され、うち半分くらいは札幌U-15から昇格した選手で占められるというのが当時のコンサユースの構成比でしたが、この学年は14名もいて、そのうち札幌U-15からの選手が4名、旭川U-15からの選手が3名、それ以外の7名が外部クラブからという特徴的な学年になりました。何が言いたいかというと最初に顔と名前を覚えるのが大変だったということですw 今とは違ってBチームのリーグ戦がない時代ですから、1年生が公式戦に出場するには上級生の中に食い込む必要があります。この年だとヒロが別格な感じで早いうちから出場していた以外は、1年生が試合に出だしたのは秋ころからだったと思います。ヒロ以外で最初に出場機会を得た1年生は上原拓郎くん。確か。ミツは10/21に宮の沢で行われたJユース予選リーグのヴェルディ戦で途中出場したのが最初だったろうと思います。たぶん。 ですから、ミツのことを「あの子が工藤光輝くん。ミツくん。」とちゃんと覚えたのはコンサの試合じゃなくてその前の北海道国際ユースの試合だったんじゃないかと思います。
2007/8/19 @厚別サブグラウンド 北海道国際ユース5位6位決定戦 U-16北海道代表vsU-16北海道選抜 でのミツ。(当時高1) 手前右側の紫のユニフォーム、北海道代表の11番です。 この試合の観戦記は→こちら 両方のチームにコンサU-18の1年生と早生まれの2年生がごっちゃりいて、そりゃ眼福な試合でした。(*^_^*) ヒロはこの大会に参加したU-16日本代表の方にいましたから北海道代表にも選抜にもいませんでしたけど。 ガーーーーッッとゴールへ突進していく、くりくり坊主のぎょろっと強い目をした突貫小僧。もう一目で覚えますよね(笑)。みんなから「ミツ!」「ミツ!」としきりに呼ばれているし。 そして9月末に秋田県で行われた国体の北海道代表(サッカー競技・少年の部)でもミツを見ることができました。→北海道vs福岡県の観戦記 このころにはミツはすっかり私の中で「工藤くん」じゃなくて「ミツくん」です。や、もしかするとくんすらつかない「ミツ」だったかも(笑)。 秋の高円宮杯が終わり、Jユースの予選が始まって、少しずつ選手の代替わりが進んでいく時期になると。 10/21宮の沢でのヴェルディユース戦にミツが途中から出場しました。
11/4アウェイでの草津ユース戦にはミツを含む1年生数人が帯同し、うち2人がスタメン出場し、ミツも途中から出場しました。 このころには私たちもすっかりミツに(一方的に)親しんでおり、仲間うちでこっそりと「平成生まれの昭和の男」とか「海の匂いのする男」とキャッチフレーズをつけていました。だって目力の濃さとか坊主頭とか、なんとなく漁の歌を歌う演歌歌手のような昭和の匂いを感じたんだもの。若いのに。ミツの出身が厚真であることから海を連想したのかもしれない。ほら、私たちの中では厚真といえばプリンスリーグ会場となっている浜厚真(=海の近くのグラウンド)だから。 本人には失礼な話かもしれないけど(ごめん)、外貌と泥臭いプレースタイルでインパクトのある選手だったのです。
2年生になると、ミツは出場機会をぐんと増やしました。春のプリンスリーグのころからほぼ主力になりかけていたんじゃないかしら。 くりくり坊主の突貫小僧のミツは、私たちだけでなく、ユース観戦好きなサポの中でも、とりわけおばさまたちの間でとても人気がありました。 交代でミツが入ると、「きゃー!ミツ~!がんばって~!!」と黄色い黄土色の声援が飛ぶような。むしろ選手のお母さんたちの間からも歓声があがるような(笑)。 それだけ「ミツが入るとなんかワクワクする」選手でした。身体は大きくないけど抜け目ない位置取りをする「すばしっこい系FW」です。くりくり坊主でかわいかったのもあるし(←何度も言う)。 プリンスリーグの会場である浜厚真の野原サッカー場は、天然芝のピッチが3面並んでいてその周囲がネットで囲まれています。観客はネットの内側のピッチ脇のスペースに座って観戦する仕様になっているのですが。あるとき私たちが一番外側のピッチでの試合をネットを背にして座って見ていると。私たちの後ろのネットの外側から、かわいらしいおばあちゃんが「コンサドーレはどっちですか?」と聞いてくるのです。「赤い方ですよ~」と答えると、今度はどっちがどっちに攻めていくのかと聞いてきます。明らかにサッカーに詳しくなさそうなそのおばあちゃまは「孫が試合に出るというので・・」見に来たのだという、ミツのおばあちゃまだったのでした。そうだよねー、ミツのおうち厚真だもんねーと納得しつつ、おばあちゃまと話しながら、とても楽しい観戦になったのでした。 ミツがゴールを決めた試合で印象的だったのはこの試合ですねえ。 2008/7/6 @帯広の森 プリンスリーグ第7節北海高校戦(ミツは当時高2) プリンスリーグは高円宮杯(U-18)出場を賭け優勝必須な大会なのですが、全部で9試合しかなく、優勝をするには1戦1戦がとても重要でした。この年はコンサU-18と北海高校が開幕から勝ち星を重ね、第7節で全勝同士で対決する状況となりました。優勝するためには絶対に落とせない試合です。相手も同じでしょうけど。 0-0で前半を終え、迎えた後半開始早々にひょんなことから失点し、北海に先制されてしまいます。なんとしてもゴールを挙げなければ・・というところで後半途中から出場し、同点ゴールを挙げたのがミツでした。 これはチームにとっても値千金のゴールでした。 ・・・にしても。 ゴールを決めたミツのところへ先輩の3年生たちも同学年の2年生もみんな駆け寄ってきて、寄ってたかって跳び蹴りするわ叩くわの派手な祝福っぷり(笑)。見ている私たちはゴールが決まった嬉しさとゴール決めたのに蹴られまくるミツがおかしくって、もうげらげら笑いっぱなしでした。(ミツの派手な蹴られっぷりは↑の観戦記でご覧ください。) 結局この試合はその後ヒロが壁の足元を抜けるグラウンダーのFKを直接決めて(昨日の愛媛戦でのカズのFKのような)、2-1でコンサの勝利となりました。このときのヒロの喜びっぷりも強烈に印象に残ってる。日頃のヒロとは別人のような雄叫びをあげる喜びっぷりでした。 こんなふうに「愛嬌のあるキャラ」なミツですが。 その後の夏のクラセンU-18ではさらにうふふな出来事がありました。 2008/7/27(日)15:00 @Jヴィレッジピッチ3 adidas CUP 2008 第32回日本クラブユースサッカー選手権(U-18)大会 グループリーグ2試合目の横浜Fマリノスユース戦です。(ミツは当時高2) 初日にヴェルディユースに負けてしまい、この試合は勝たなければ決勝トーナメント進出の望みが消滅してしまう必勝の試合でした。 40分ハーフの試合で、後半37分にミツが値千金の先制ゴールを決め、それを守り切って嬉しい勝利となりました。 当時クラセンの試合会場だったJヴィレッジは天然芝ピッチが何面も並んでいて各グループの試合が並行して行われているのですが、この日コンサの試合会場だったピッチ3(後にadidasピッチと命名される)はネットもなくピッチのすぐ脇で観戦・応援できるとても素晴らしい観戦環境なのです。それゆえこんなことも・・・^m^後半残り少ない時間帯にミツが先制ゴールを決める! 天を指さし大喜びのミツ
興奮状態のそのまま、わーっとこちらへ向かってきて。 私の右横ではコンサユース応援の草分け宮岸部長さんがタイコを叩いて応援コールをしていたのですが
ミツはどうやら宮岸部長さんのところへ向かってくるようです。
どんどん近寄ってくるからカメラを構えている私もそのままでは対応しきれなくなって
私もあひゃあひゃ喜びながらなのでレンズのズームを調節することもできず しまいには見切れてしまってw
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この直後ミツは宮岸部長さんと抱き合わんばかりに喜びあって、叫んで、そしてピッチへ戻っていきました。 こんなことされたらサポはもう壊れますよね。宮岸部長さんのハートはミツに鷲づかみにされたに決まっています(笑)。 (ちなみにミツの後ろから走ってきている3番の選手は怜大です~。ヒロはこの大会の直前に怪我をしてしまったので、試合に出場していません。)
3年生になると、ミツはもうチームの点取り屋、主力FWでした。 この学年は3年生になるときにヒロが実質トップに昇格して抜けたほか、他にも辞めてしまった選手がいたり、全体的に出場機会に恵まれない選手も多くて、実は私にとっては特別な思いがある学年でもあるのです。これは2009/7/19のプリンスリーグ最終節(第9節)の後の記念写真です。 前日の第8節で旭川実業に引き分けて優勝がすでに決定していました。 試合後に表彰式が行われ、大会MVPをコンサのキャプテンの上原拓郎くん(高3)が、大会得点王をミツ(高3)が、アシスト王をコンサの菅原康介くん(高2)が受賞しました。 優勝や個人賞の賞状、トロフィーをもって、3年生に集まってもらい、記念に撮らせてもらいました。ミツは前列向かって右端にいます。 ふだんはトップに帯同していてユースの試合には出ていなかったヒロも、この日は浜厚真まで駆けつけて観戦していました。翌週から始まるクラセンの全国大会にはヒロもユースに合流して試合に出る予定でした(少なくともこの日の時点では。四方さんが選手みんなにそう説明していましたもの。)。その後1週間の間にヒロはトップの試合にベンチ入りすることになり、状況は急変して、結局ヒロはこの年1度もユースの試合に出ることなく終わったのですけれど。 だからこの写真はこの年の3年生が全員集まって写した最後の機会になりました。ヒロは後ろで立っている左から3番目の中腰の人です。その隣に財前さんも写ってますね。四方田監督や他のコーチもこの場にいたのに、なぜ財前コーチだけ一緒に写っているのか今となっては理由は謎です(笑)。 ミツたちの学年が3年生になった年は、1年生に拓馬や奈良くん、貴之、翔太など、早いうちから出場機会を掴んだ1年生がたくさん入ってきた年でした。そのうえ2年生では、三上陽輔、菅原康介の2人が前年からがっちり試合に出ていたほか、ひっきーが卒業した後の正GKの位置に2年生の松原修平がつきました。その分3年生で試合に出られない選手が多かったということです。ただでさえ人数が多い学年なのに。出場している3年生でも、1年生の台頭につれてそれまでのポジションとは違うポジションに移ったりして、例年よりかなり早めに「代替わり」が進められた印象でした。素人が傍から見ているだけですからほんとのところは分かりませんが、素人目からすると、この年の途中から「将来を見据えたチーム作り」に本腰が入れられたように見えました。このときの1年生、拓馬たちの代が3年生になる年、プレミアリーグが始まる年である2年後に照準を合わせているような。 全国リーグで戦えるチーム作りとしてはそれが良かったと思いますし、クラブの方向性としてもそれが正しいと思います。今につながるユースの財産を築けましたし。コンサのサポとしてはもちろんその方針は歓迎でした。 でもそのタイミングに当たった選手たちには気の毒でした。プロ選手を育成するためのチームだし、厳しい競争社会だから仕方ないとは思いつつも、3年生で出られない選手が多く、1、2年生からどんどん選手が起用されていく状況にはきっといろいろ思うところがあったでしょうね。 でもこの学年は、だからこそ?とっても仲がよさそうでした。キャプテン拓郎くんの暖かい素晴らしいキャプテンシーのおかげかもしれません。 あらやだ。ずいぶん話が逸れたうえに感傷的になってしまった。 ・・・という感じにミツの最終学年の年が過ぎて 2009/11/3 Jユース予選リーグの草津戦@宮の沢。この年ホームでの最後の試合です。(このころはJユースの予選リーグはホーム&アウェイの2回総当たりで行われていて、降雪を避けて最後の方はアウェイでの連戦だったのです。)
ホーム最終戦の後、恒例の3年生の集合写真を撮らせてもらいました。 すでに引退している選手もいて全員は揃っていませんけれど。 ミツは最前列で横になっています。つまりそういうキャラなのです(笑)。
この年トップに昇格したのは(すでに去年実質昇格済みだった)ヒロだけでした。実質昇格ゼロです。しかも他から新卒選手をとることもなかったので、新加入の新人という意味では本当に無風状態の年でしたね。 3年生の終わりころのどこかの試合の帰りだったと思うけれど、ミツのお母さんと帰路で一緒になったことがありました。トップに昇格することはできなかったけれど、プロ選手になりたい気持ちは強いので、阪南大学に進学して4年後にプロ選手になることを目指すと言っているとのことでした。 当時コンサユースから大学を経てプロ選手になった例はありませんでした。 でも前年に、ミツたちの代の1つ上の学年で、コンサのトップに昇格はできなかったものの水戸に加入してプロ選手となった鶴野太貴くんの例がありました。 だから私は、たとえコンサじゃなくても、どこかのチームでミツがプロ選手になれたらいいなと思ったし、阪南大学はたくさんのプロ選手を輩出している強豪大学だからそこでがんばってプロ選手になれるかもしれない、なれたらいいなと思い、ミツのお母さんにもそう言いました。 関東の大学とは違って関西大学リーグの試合は見に行くこともなかなかかなわず、その後のミツのようすは試合の記録でしか知ることができませんでしたけれども。1年生のころのミツはAチームの試合には出れていませんでしたね。 でもその年の冬、ひょっこりミツと会うことができました。 Jユースの決勝トーナメントの試合が神戸であったとき、ミツが後輩たちの試合を見にスタジアムへ来てくれたのです。 2010/12/11 Jユースカップ決勝トーナメント2回戦 札幌U-18vs神戸U-18 @ホームズスタジアム神戸 ハーフタイムにりょうぼさんと一緒にコンササポのエリアへ顔を出してくれました。 実は私、ユース時代は坊主頭の印象が強かったせいか、ミツがイケメンだとは知りませんでした。ハーフタイムに現れたイケメン青年に「こんにちは」と言われても、目の前にいるイケメン青年がミツだとはすぐに頭の中で結びつかず、一瞬「???」状態でしたの(笑)。 ちょっと間を置いて「えええーーーー??ミツ~~~?!!」と叫んでしまい、「いやあ、大人っぽくなったねえ」「かっこよくなったねえ」「いやほんと、かっこよくなったねえ」と何度も繰り返して言ってしまいました。(大学生の変貌ぶりにはたびたび驚かせられます) 大学2年生になったミツは、だんだんと試合に出るようになりましたけど、どうやらFWではなくSBとして起用されているようでした。 鹿島へ行った大伍や新潟での征也もそうでしたし、当時水戸の鶴ちゃんもSBで出場したりして、どうしてコンサユース出身者が(本職SBではなかった選手が)こんなにもSBとして起用されるんだ?とおもしろく思ったものでした。阪南大学ではミツと同学年の新潟ユース出身のFW泉澤くんが注目を集めており、出場機会も多く、マスコミで取り上げられることも多く、大学選抜にも選ばれていたりして、ちょっとやきもきしましたね~。でも3年生になると、泉澤くんは相変わらず活躍していましたけれどミツも次第に台頭してきて、そして冒頭のとおり、大会得点王をとったりの活躍ぶりでした。 嬉しい半面、コンサに戻ってきて欲しいと思っても無理な選手になっちゃうかもなあと心配になるほどでした。でもミツが活躍して注目を集めて、その結果強豪チームに加入できるならそれはそれでめでたいなとも心から思いましたけれどもね。 大学に行ってからのミツのプレーは、去年の総理大臣杯の決勝戦で録画放送していたときのものをテレビで見たのしかないので、正直いまはどんな選手なのかよくわかりません。でもコメントなどによると、ゴール前の駆け引きに磨きをかけているようですね。 コンサでは今季の特別指定選手に申請するとのことですから、あるいはコンサの試合で今年中に見れるかな。楽しみです。 大学で予想以上の実績を作り、プロ選手として他のJチームからも引き合いがあったのに、愛ゆえにコンサに戻ってきてくれるミツ。サポとしてこれ以上嬉しいことがありましょうか。(や、あるな。まだまだあるな。) ミツのこれからのプレー、とっても楽しみにしています。 おかえりなさい。ありがとう。これからよろしくお願いします。
【2013/06/11 08:27追記】 このエントリーを書いたあとに読んだエントリーなど、後日談というか追加エントリを書きました。→こちらです。
2013年05月04日
2013/05/03(金祝)16:00 @札幌ドーム J2・第12節 コンサ 0-1(0-0、0-1)京都サンガ 得点者:安藤淳(京都・後半21分) 試合詳細はこちら→ 札幌公式 J'sGoalゲームサマリー 祝!!ひっきーJデビュー!! 今日は待ちに待ったデビューになりました。 夢実、怜大、一希、ゴメス、彰吾。今年入ったルーキーたちがすでにデビューしているというのに、第12節にしてようやく。 いえ、ひっきーのことじゃなくて。 私の今季トップの試合の生観戦デビューでしたの。長かった~。待ち遠しかった。 ほんとは開幕戦の千葉に行くつもりだったのに、悪天候で帰りの飛行機が欠航になったら困るとビビって参戦断念。続くホーム開幕戦も悪天候で断念。 日曜日のアウェイは日曜日のうちに帰ってくるのが難しいので初めから諦めモードだし、札幌ドームの松本山雅戦はユースのイギョラ杯と重なり、いよいよ・・!と思われたドームのガンバ戦は急遽J-GREEN堺にU-18代表合宿を見に行ってしまって(うっちーと寛之目当て)断念し、その後はトップの試合とユースのプレミアリーグが重なって。ようやくようやく重ならない試合が京都戦というわけでした。なんだほとんど自分の(選択の)せいじゃん。 すでに今季走り出しているチーム&サポのなかへ遅れて飛び込んだ久しぶりのトップの試合でしたので、いろいろと新鮮でした。![]()
福住駅の券売機のところにコンサの装飾
試合日に通路に飾られる応援幕も新しくなったんですね。
そしてこれですよ!これ! 実物見るのを楽しみにしてたんだー。
うひょひょひょ。
ヒロ~♪
夢~♪
うっちー
怜大~♪
一希~♪
チームスローガンも
ドームに近い出口には、どどーんとこれ。 きゃあ怜大。えらくなって・・・。(感動)
外に出たら石屋製菓の看板も新しくきれいになっていました。 ありがとうございます。 これがあるおかげでこの界隈にコンサドーレを感じることができます。
今日は16:00キックオフのところ、開場前の11:30から屋外テラスでフードコートが始まっていたのですが。 お天気はあいにくの雨。・・と寒さ。 開場後に再入場口から覗いてみると、やはり閑散としています。 無理ないよねえ。気の毒ですねえ。 厚別食堂のテントまで走っていってキノコと鶏のクリーム煮をゲット。
いただきます。 美味しゅうございました。
コンサ隊くーさん手作りの若手選手たちのダンマクも数が増えましたねえ。(*´д`*)
ピッチ上では「親子でキックオフ」のイベントが繰り広げられていました。マスコットたちも一緒にみんなで記念写真
そしてドールズ。キビキビとしたメリハリのあるダンスは今年も健在です。 素敵だわ~。
一日早くドーレくんのお誕生日を祝おうとケーキが運ばれてきます。
ドーレくんお誕生日おめでとう。 ピッチでのイベントが終わると、そろそろ選手たちがピッチ内練習に登場してくるころです。 まずがGK陣が出てきて。 今日がJデビューのひっきーに対する声援、歓声はひときわ大きかったですね。緊張するかもしれないけど、気合いいれてがんばれ~。 うまくいきますようにとなんだか祈るような気持ちです。 落ち着いて。落ち着いて。 続いてフィールドプレーヤーたちが出てきて。 ピッチに散らばる前にまずは一列になってスタンドに挨拶をするのですが、その中にコーチ陣やスーツ姿の財前さんもいるのが新鮮でした。 監督も一緒になって挨拶をするのって、ユース仕様かしら。^m^
そしてこれですよ!これ! 楽しみに待ってたもののひとつです。 いよいよ始まります。
きゃあ、ひっきー! スタメンおめでとう。 プロになって5年目で初の公式戦出場ですもんね。長かったよね。 ひっきーのデビューに立ち会えたのは嬉しいです。
奈良くん。 このビジョンで見るのはもはや珍しくないけどねw いい笑顔です。(*^_^*)
怜大。こうやって見れるのはやっぱり格別だわあ。 でも埼玉出身表記なのね。千歳市じゃなくて道産子魂なのね。(´・ω・`)
一希。 デビューを見逃したわ・・とか思っているうちに、すっかり主力選手のたたずまいになっていました。生でプレーを見るの楽しみです。
そして拓馬。 今日スタメンで見れて嬉しい。がんばれ~。 (翔太もスタメン!ビジョンの翔太を写そうとしているタイミングで前を人が通ったので写せなかったの。しょんぼり。)
リザーブメンバーにはゴメス がんばってるね~。出番あるといいな。
彰吾も。 こんなにユース出身まみれで感激です。 出番あるといいな。
純貴も! 今日こそ出番あるといいね。 【試合が始まると】
試合の後は勝っても負けても仲間たちと宴会。楽しいひとときはありがたい限りです。 特に今回はホーム参戦が10年ぶりという懐かしい人も一緒だったのです。アウェイで会うことはあったけど、そんな久しぶりだったのね。 で、おきまりのサッポロビール園へ。 ビール園はビールもジンギスカンも美味しいけど、この箸袋がねえ~。 という話題になって「ほんと、そうだよね~!」と声を強めて言いつつふと手元の箸袋を見ると。あれ? あれれれ?? ええええーーーーー! 「コンサドーレ札幌を応援しています」とあります。 知らなかった!こんなのあるのね。初めて見た!! 思わず大騒ぎです。
でも周囲のメンバーのお箸を見ると、みんなこれ。 結局、24人いた仲間のうち、コンサドーレ版だったのは私の手元にあったひとつだけでした。 どういうことなんでしょ。謎です。 いつも席につくとすぐ「ファイターズを応援しています」の印刷文字に手書きで「とコンサドーレ札幌」と書き込んでいた私の執念が乗り移ったのでしょうか。 願わくば、このバージョンも加えていくことの先触れでありますように。 ファイターズが札幌に移転してくる前に使っていた箸袋がたまたま残ってて混じってた・・・なんてことだと嫌ですよ。
謎は謎だけど、ビールもジンギスカンも美味しい。 かんぱーい! いただきまーす。
2013年03月05日
今年のシーズンもいよいよ開幕! コンサはフクアリで劇的な勝利! みんなおめでとう。財前さん初戦で勝利おめでとう。 見事開幕戦でJデビューの怜大も夢実もおめでとう!(・∀・) ・・とはしゃいだ開幕戦の感想は後にして。 「もう開幕したからおおっぴらにしてもいいかなー」と、熊本キャンプを見に行ったときのメモを公開してしまいます。 私が行ったのは2/16(土)。熊本キャンプが始まって13日目。ちょうど中間時点というところでしょうか。 月曜日も休めるよう調整して、ユースから参加している選手もいるし、できれば土日月3日間をたっぷりキャンプ三昧・・・ともくろんでいたのに、日曜日と月曜日は連続オフになるという間の悪さでした。 で、でも、1日だけでもみんなに会えるなら・・(^_^;)と思って気を取り直して張り切っていたのに、前日になってチームを2つに分けて、宮崎へ仙台との練習試合へ出かける組(目下のAチームか)と、大津に残ってツエーゲン金沢との練習試合に臨むメンバーが別行動になることが判明。 工エエェェ(´д`)ェェエエ工 私のキャンプを見に行く目的は、チームの仕上がり具合を見に行くというよりは、ふだんなかなか練習を見に行くことができないから、こういうときに練習をのんびり見て、そして(特にユース出身の若い選手たちに)プロ選手ならではサインをもらっちゃおう、ということだったのに。 おのれのタイミングの悪さを嘆きながらも、行けるのはこの週末しかないので行って参りました。 そしてどうやらこのキャンプでは練習試合のメンバー等を発表しないのがチームの方針のようでしたので、友達にのみこっそり現地のようす(主に試合速報)を伝え、帰ってから写真を追加して「こんな感じだったよ~」と知らせるメモを作って内輪で楽しんでおりました。 そのメモを公開することにします。自分の思い出にもなるし。 (友達同士の内輪用メモなので言葉遣いなどそれっぽい感じになっているのには目をつぶってくださいませ。) というわけで、 まずは熊本県・大津に向かってツエーゲン金沢との練習試合を見たときのメモ。 こちらからどうぞ。→◆大津でのようす その後、レンタカーで宮崎に向かい、仙台との練習試合を後半途中から見たときのメモ。 こちらから。→◆宮崎でのようす (いいの、宮崎に行ったのは宮崎にいる選手からもサインもらいたい一心だったから、途中からでもいいの。)
2013年02月16日
2012年11月8日にコンサ公式サイトでコンサU-18から来季のトップチームへ昇格する選手6名が発表されました。 こちら↓ コンサドーレ札幌U-18 中原彰吾・永坂勇人・堀米悠斗・神田夢実・阿波加俊太・深井一希 選手 2013シーズン トップチーム昇格のお知らせ(2012/11/8) そのひとりひとりについて、お祝いを兼ねて、ユースでの背番号順に彼らのこれまでの思い出話とかプレーの特徴(←素人目線で)などを語ってしまおうシリーズの第4弾です。 (第1弾・阿波加俊太くんのエントリーは→こちら) (第2弾・永坂勇人くんのエントリーは→こちら) (第3弾・深井一希くんのエントリーは→こちら)
堀米 悠斗(ほりごめ ゆうと) ユースでの背番号:6 ポジション :ボランチ、左SB 生年月日 :1994/9/9 身長/体重 :168/60 経歴 :コンサドーレ札幌ジュニアサッカースクール →コンサドーレ札幌ユース・U-12(もみじ台西小) →コンサドーレ札幌ユース・U-15(もみじ台中) →コンサドーレ札幌U-18(札幌厚別高) 呼び名 :ゴメス
コンサU-18の試合をシーズン通して見るようになって10年弱になりますが、たぶんこれまでで私が一番多く試合で姿を見ている選手は、ゴメスだと思います。 数年前の私は、U-15の試合は全国大会(夏のクラセンと冬の高円宮杯)くらいしか見に行けなかったので、札幌U-15や旭川U-15が全国大会の出場権を得られなかった年は、U-15の主力選手でもU-18にあがってきて初めて見る状態でした。ですから中学時代に全国大会に出場したか否かで見る回数にかなりの差ができてしまいます。その点ゴメスたちの学年の札幌U-15は、中2のときと中3のとき、それぞれJ村でのクラセンと冬の高円宮杯U-15の両方で全国大会に出場したので、私は合計4回の大会で札幌U-15の試合を見ることができました。しかもそのうち高円宮杯は、ゴメスが中2の年は準決勝までグループリーグ3試合+決勝トーナメント3試合、中3の年には決勝戦まで勝ち進んだのでグループリーグ3試合+決勝トーナメント4試合と、たくさんの試合を見ることができました。ゴメスは中2のときからスタメンで出場していましたので、U-18に進んだときには私にとってはもうすっかりおなじみの選手でした。 U-18にあがるとゴメスは1年生の最初の試合からスタメンで、そこから3年間、大きな怪我もなく、調子を崩して試合から外れた期間もほとんどなく、出場時間もほぼフル出場で、ま、諸事情でいなかった試合もないわけではないですけど(笑)ずっと試合に出続けました。これだけずっと出ずっぱりの選手は、もうこの先もいないんじゃないかと思うくらいです。 ゴメスの名前は、一希と同様、小学生のときにひぐまさんが全日本少年サッカー大会に観に行って書いてくれた観戦記でも見ていましたが
2006/8/6 ひぐまスポーツJ村版(3)(U-12の初戦のようす)
2006/8/6 ひぐまスポーツJ村版(5)(U-12の2戦目のようす)
2006/8/19 ひぐまスポーツJ村回顧版(3)(U-12の戦いぶりまとめ)
当時の一希(背番号10)やゴメス(背番号5)、彰吾(背番号9)、夢実(背番号6)の姿を見ることができます。
しっかりと名前と存在を認識したのは中2のときの夏のクラセンだったと思います。 この年私はグループリーグの3日目からしか見にいけなくて。 初日から応援に来ていたサポ仲間に1、2日目の様子を教えてもらいました。2008/8/11 クラセンU-15@J村 グループリーグ3日目 清水エルパルスJrユース戦 →観戦記 試合前にアップするゴメス(背番号23)と夢実(背番号14) 2年生ながら2人ともスタメン出場でした。 「チームメイトから『ゴメス』って呼ばれているんだよ」って聞いて、その印象的すぎる名前はすぐに覚えましたね。もっとも「どうやら本人はそう呼ばれるのを好んでないらしい」とも同時に聞いたので、本人が自分で「ゴメス」と名乗っているのを見るまでは本人の前では「ゴメス」と呼ぶのは封印していましたけれど。 グループリーグ初日の試合でチームの中心だったボランチの拓馬が負傷してしまい、以後拓馬不在のチームは苦しい状態だったとのことですが、この試合引き分けで、札幌U-15はみごと決勝トーナメント進出を決めました。 決勝トーナメント1回戦の相手は強豪ガンバ大阪Jrユースでした。
2008/8/13 クラセンU-15@J村 ラウンド16 ガンバ大阪Jrユース戦 →観戦記 試合前の挨拶をしているゴメス(背番号23)。その後ろに夢実やしもっこの顔も見えます。後ろ姿のキャプテン(背番号5)はナガコウです。拓馬に代わってキャプテンマークをつけていたのでしょう。
試合中のゴメス(背番号23) この試合、強豪ガンバ相手に奮闘し、夢実の2ゴールで前半リードして折り返しながらも、後半暑さの中で足が止まってしまい、結局逆転負けを喫するという悔しい結果でした。
試合終了の笛が鳴って。 明暗が分かれる瞬間です。 奥で突っ伏している背番号23はゴメスです。 途中から出場した拓馬がゴメスのところへ寄っていっています。 こういうゴメスの熱情的なところ、昔から変わっていないんだなあ・・と、この写真を見て改めて思いました。
ゴメスの肩を抱いて、慰めつつ整列に向かわせる拓馬。
夢実も泣いているんですけどね。 中2の冬の高円宮杯(U-15)でもゴメスと夢実はスタメンです。
2008/12/7(日)11:00 @大津町運動公園競技場 高円宮杯グループリーグ第1戦 vs筑陽学園中学 →観戦記 試合前に整列する札幌U-15の選手たち (左端から(見切れている)荒野拓馬、堀米悠斗、中川雄貴、前貴之、神田夢実) このときグループリーグ3試合の会場となった大津町運動公園は、今年トップチームのキャンプの主会場となっていますので、このときいた選手たちにとっては懐かしいだろうなあと勝手に懐かしんでいます。
2008/12/14(日)13:10 @大津町運動公園球技場 高円宮杯グループリーグ第3戦 vs清水エスパルスJrユース →観戦記 スタメン写真 中3になるとゴメスは札幌U-15のキャプテンを務めていました。 夏のクラセン@J村 2009/08/16(日)15:00 @Jヴィレッジ クラセン1次ラウンド2日目 vs千里丘FC戦 →観戦記
試合前のアップのようす
試合終了後の握手 この年は冬の高円宮杯(U-15)でグループリーグを勝ち抜き、決勝トーナメントでも快勝を続けて、とうとう国立での決勝戦まで勝ち上がるという好成績を収めました。決勝戦は神戸Jrユース相手に惜敗し、キャプテンゴメスが優勝カップを高々と掲げるシーンは見られませんでしたが。 (あのときの悔しい気持ちが去年Jユースカップで優勝する原動力にもなったとのことですから、やはり「禍福はあざなえる縄のごとし」だなあと思ったり。) U-18に進んだ後のゴメスは、順調に試合出場を重ね、経験を積んでいきました。試合の局面局面に応じて、ゴメスのいろんな面を見ることができました。 中学のころや高1の最初のころまで、私はゴメスの左足が生み出す魔法のようなボール捌きに目を惹かれ、「テクニシャンな上手いゴメス」に感心していました。だって、左サイドでボールを持つと、相手が立ちふさがるタッチライン沿いの狭い隙間をすいすいすり抜けて駆け上がっていってしまうのが、ほんとにマジックみたいでしたから。
ゴメスたちが高1の秋、高円宮杯(U-18)グループリーグの試合が札幌でも開催されることになったのことに向けて書いたユースの主力選手をご紹介するエントリーでは、当時の私はゴメスのことをこんなふうにご紹介しています。
U-12からのコンサ育ちの変態レフティー。年代別代表の常連。
左SBや左SHでプレーする彼の姿を間近で見たら誰もが悶絶すること必定。
タッチラインとか相手選手とか何それ?
彼が駆け上がるのを邪魔するものは何もありません。
夢実などチームメイトとの連携で相手を切り裂く姿も必見です。
ですが、ゴメスのプレーをいろんな局面で見続けていると、次第に、ゴメスが見せる別の面により深く惹かれていくようになりました。 「この子、上手いだけじゃなく、とってもタフなんだな。それも心身の両面で。」と。 たとえば合宿中に試合を重ねてみんながとても疲れている場面で。 たとえば暑かったり寒かったり雨や雪だったり、試合のコンディションが厳しい場面で。 たとえばチームの歯車が噛み合わず、みんなで思ったようなプレーができていない状態のとき。 たとえばチームが劣勢で、リードされたまま試合終盤を迎えたとき。 ともすれば、元気がなくなったり、集中力が切れて雑なプレーになってしまいがちなとき、ゴメスはこつこつと丁寧なプレーを続け、ピッチの広い範囲を駆け回り、そして時にはそのがんばりで試合の流れを引き戻してしまうのです。 もちろん人間ですからノーミスというわけにはいきませんけど、それでも、疲れていても走り続けられる身体的なタフさと、がんばろうという気力が続く精神的なタフさはゴメスの大いなる特徴だと見るたびに感心させられました。
なのでゴメスが高1から2年生になるときの2011年3月版私的ユース選手紹介エントリーでは、ゴメスについてこんなふうにご紹介しています。
主なポジションはボランチ、左SH、左SBです。
コンササポの間では「ゴメス」として知られている選手。
去年の10月~11月、AFC U-16選手権 ウズベキスタン2010でU-16日本代表の一員として活躍しましたから、その姿をご覧になった方も多いでしょう。小柄だけどパワーとスタミナ豊富な魅惑のレフティ・テクニシャンです。
去年はチームでは左SBをやることが多かったですが、今年の遠征ではボランチに入ることが多かったです。(ボランチの一希が怪我をしていたせいもあるのかもしれません。もしかして拓馬が抜けた後のことも考えていたのかな?)
魔法の左足から繰り出すパスやドリブルも魅惑的なのですが、ゴメスの一番凄いところは、90分を通じてずっと集中力を切らさずに、ピッチの至るところどこにでも顔を出して危なそうなところをカバーし、相手ボールを奪い取ってそこから自分たちの攻撃につなげることができるところ。そして攻撃に転じるときにも、ちょっとしたフェイントを入れたり切り返しをしたりと細かい工夫を怠らず、遅い時間帯になっても雑にならず、粘りとファイト溢れるプレーをずっと続けられるメンタルとフィジカルのタフさにあるんじゃないかと思っています。
はっきり言って、見たら惚れるよ(笑)。
でも残念ながら、4/3のチャリティーマッチのときはU-17日本代表のメキシコ遠征に行っているため不在です。次の機会を楽しみにお待ちください。
「はっきり言って、見たら惚れるよ」とか書いているあたり、私のゴメスに対するメロメロっぷりが漏れ出ていますよね(笑)。 そんなふうにタフでキャプテンシー溢れるゴメスは、高3になると当然のように(?)U-18のキャプテンになりました。 でも快進撃を続けた前年と違い、ゴメスたちの代が最終学年となったシーズンの序盤、チームはプレミアイーストで思うように勝利を重ねられませんでした。ゴメス自身のプレーも不調っぽくて、ゴメスは悩んでいるように見えました。プレミアリーグのホーム開幕戦でもあった4月末の第3節浦和ユース戦では、終盤に追いつかれて引き分けに終わり、試合後ゴメスは観戦に来ていた前年キャプテンのナガコウと2人で話し込んでいたという話も聞きました。 ユースの3年生の春から夏にかけては、トップ昇格の可否を含め進路について決まっていく時期で、ただでさえ自身の進路で悩みが深いだろうにチームのことも背負って大変だろうな・・と、見ている方も胸が痛くなる気持ちでした。 外部からは真相はわからず推し量るだけですが、たぶんゴメスは、今年トップに昇格した同期6人の中でも、すんなり昇格が決まった方ではないのだろうと推測しています。 昇格の可否はプロが決めることですからサポがあれこれ考えることではありませんが、それでも私は、もしゴメスがプロになれたら、彼のひたむきに努力を続けられる力やつらいときでもがんばれる力はきっと、長い目で見て選手として成長していく根本の原動力になるだろうから、なんとか昇格が決まって欲しいなあ・・・と念じていました。 プレミアリーグはその後も勝ったり負けたりして、残念ながらプレミアイーストの2連覇を果たすことはできませんでしたが、その代わり?コンサユースは昨年末堂々のJユースカップ優勝の栄冠に輝きました。 表彰台のうえでゴメスが高々と優勝カップを掲げる姿、誇らしかったですね。 キャプテンとして苦労した面もあっただろうけど、最後にこんな誇らしい嬉しい姿を見ることができて、サポにとってこれ以上の喜びがあるだろうか・・と思いました。(ありますよね?まだまだJ1を制していないし、アジアも制していないし・・。^m^) 身体が小柄なことなど、たぶんプロ選手としてやっていくには苦労する点もあるのでしょうけど、ゴメスはきっと持ち前の技術と根性で、どうやってそれを乗り越えて輝くプレーをするのか、私たちに見せてくれるだろうと楽しみにしています。 ルーキーながらさっそく副キャプテンに就任した根っから赤黒の頼れる男、ゴメスのこれからに大いに期待しています。怪我なく長くプロ選手として輝いてくれますように。がんばれ~~。
2013年02月11日
スイススーパーリーグのFC THUN(FCトゥーン/スイス)への移籍前提でトライアルに参加していたヒロですが、今回は契約には至らずコンサに残留することになったとオフィシャルで発表になりました。 コンサドーレ札幌 古田寛幸 選手 FC THUN(FCトゥーン/スイス)トライアルの結果のお知らせ 2/1にトライアル参加のリリースが出たときには、もうすっかり移籍するものだろうと気持ちの区切りをつけていたので、ちょっと拍子抜けした気分ではありますが、何よりヒロが悔しいだろうと思うと残念でもあります。 でもまあこれがシビアな評価としての現実。気持ちを切り替えてコンサでのプレーに全力を尽くして欲しいと思います。って言われなくてもとっくにそのつもりですよね。
実はヒロの海外移籍が正式に決定したら、Good Luck! ヒロ とはなむけのエントリーを書く心づもりでおりました。 ヒロがトップに昇格したときのエントリーにもありますが、私がヒロを初めて見たのは彼が中学1年生のときの夏でした。でもプレーと顔と名前をしっかりと認識したのは中2になってからだったかな。中2の夏のJ村でのヒロは、1学年上の安藤大介くんと交代でトップ下やトップの位置に入り、変態司令塔として本領を発揮していました。中2から中3になる年の春先には飛び級でU-18にあがるらしいよとの噂が聞こえてきて、それもありうるだろうなとごく自然に思えました。 中3時のヒロは、シーズン前のU-18の遠征にひとり中学生で参加したり、国体に出場するU-16北海道代表にも入るなど、1~2学年上の選手たちに混じって遜色ないプレーをする傍ら、夏の全国大会では札幌U-15のキャプテンとして文字どおり札幌U-15を牽引していました。 まさに別格という感じで光り輝くヒロのプレーをまぶしく見つめながら、こんな子がコンサのアカデミーにいて誇らしいと思うと同時に、私は「この子はコンサにそう長くはいないだろうな・・。」と考えていました。 コータや山瀬や今ちゃんの移籍を経験し、身を切られるようなつらさと共に「向上心のある選手にとっては当然のことなんだ」ということを理解して。「でも子供のころからコンサで育ったユース出身の選手なら、主力選手に育った後も愛情でチームにとどまってくれるのではないか」とわらにもすがる思いで考えていた当時(2006年)。征也や大伍がトップチームに昇格した年で、智樹や謙伍もコンサにいたころです。そういう当時の背景のもとでも、私の素人目からも、ヒロに「選手生活の最後までコンサで過ごして欲しい」と望むのは馬鹿げている・・・と思わせるような選手でした。 だからヒロがU-18を経てトップに昇格した後は、毎年毎年が一期一会のつもりでヒロのプレーを見てきました。いえ、このころになるともう、ヒロに限らず、(悲しいかな現時点での)コンサの器に収まらないほどに成長した選手はもっと『大きな』クラブに移籍して自分をさらに磨くのがあたりまえ・・と思うようになっていたので、一期一会はヒロに限ることではありませんが。 年上の選手に混じって難なく堂々としたプレーを発揮していたユースのころのイメージからすると、私の予想ではトップに昇格した後もすぐにどんどん輝きを増していって、押しも押されもせぬ「コンサのビッグスター」になるだろうと思っていたのですが、それと比べるとトップに昇格してからのヒロはわりとこじんまりとした軌跡をたどってきましたね。 ちょっともどかしく思いながらも、時折ビカっと見せるまばゆい輝きにヒロらしさを感じ、もうちょっとだ、もうちょっとしたらギラギラと照り返すほどにまぶしい、圧倒的な輝きを見せつける選手になってくれるはずと期待して見てきました。片鱗は見えたでしょ。たとえば去年の浦和戦@埼スタとかで。 今年J2で戦うことになったことで、ヒロはもしかしてどこかのJ1チームに移籍することになるのかもしれないと一応の覚悟はしていました。ホーム最終戦のとき道新が試合写真の注文を受け付けていたので、ヒロの誇らしい嬉しいシーンを大判で「記念に」買ってしまうくらいには覚悟していたつもりです。 でもその一方、去年のJ1ではヒロは「はじけきった」ところまではいけなかったけれど、ヒロにとって主力として経験する2回目でのJ2なら、他から抜きんでる圧倒的な力を発揮することができるのではないかとも思っていました。セレッソにいたころの香川のように、あんな活躍を見せつければ、海外移籍の話も舞い込んでくるだろうから、あと少しの期間コンサと一緒に歩んで欲しいという気持ちも持っていました。 だから紆余曲折があったにせよ、シーズン前にヒロがコンサに残留すると発表になったときは嬉しかったですね。そして期待どおりの活躍を見せて、夏ころにはヒロが望む海外移籍のオファーが届けばいいなと思っていました。そのころには若者たちがヒロの抜けた穴をすんなりと埋めてくれるだろうし、と。 発表された今シーズンのユニフォームは1stユニも2ndユニもかっこよかったけれど、特に可愛らしいデザインの2ndユニはヒロにとても似合いそうで、「ヒロがコンサにいた記念に、この2ndユニはヒロの番号で注文しよう」と思いました。プレビューパーティーでヒロが2ndユニのモデルで登場したときは我が意を得たり!と嬉しくなったものです(笑)。
その後さらに二転三転して。 結局ヒロは当面コンサでプレーすることになりました。 今回のトライアル失敗はヒロにとっては辛い経験でしょうけれど、人生万事塞翁が馬という言葉があるように、これがかえってよかったんだと後でみんなで笑いあえますように。 今季ヒロが「さすが別格だ」と誰しもがうなるような圧倒的な活躍をして、他の選手たちがそれに負けじとどんどん切磋琢磨して。 チームは勝ち、ヒロは光り、そんなヒロを身近で見る若い選手たちもぐんぐん成長して。サポは喜び、クラブは潤い、ヒロが希望するような海外チームからも条件の整ったオファーが届き。 そんなwin-winの明るい近未来を屈託なく待っていようと思います。 だから本当に実現させてよね、ヒロ。 心の底から応援しています。
2013年01月29日
2012年11月8日にコンサ公式サイトでコンサU-18から来季のトップチームへ昇格する選手6名が発表されました。 こちら↓ コンサドーレ札幌U-18 中原彰吾・永坂勇人・堀米悠斗・神田夢実・阿波加俊太・深井一希 選手 2013シーズン トップチーム昇格のお知らせ(2012/11/8) そのひとりひとりについて、お祝いを兼ねて、ユースでの背番号順に彼らのこれまでの思い出話とかプレーの特徴(←素人目線で)などを語ってしまおうシリーズの第3弾です。 (第1弾・阿波加俊太くんのエントリーは→こちら) (第2弾・永坂勇人くんのエントリーは→こちら)
深井 一希(ふかい かずき) ユースでの背番号:5 ポジション :ボランチ 生年月日 :1995/3/11 身長/体重 :177/72 経歴 :コンサドーレ札幌ユース・U-12(苗穂小) →コンサドーレ札幌ユース・U-15(明園中) →コンサドーレ札幌U-18(札幌拓北高) 呼び名 :かずき
一希は高校2年生のときメキシコでのU-17W杯で、U-17日本代表の主力選手として活躍し、日本中の(もしかして世界中の?)育成年代サッカー好きの注目を集めました。早生まれでチーム内では年下であるにもかかわらず、アンカーの位置での落ち着いた冷静なプレーぶりは心憎いほどで、エルゴラッソなどのサッカー専門紙や雑誌でも「職人」と評されたほどです。 同期の中でも全国的な注目度や実績では群を抜いている一希ですが、コンサU-18での3年間で見ると、一希が活き活きとプレーできていた期間はそんなに長くはありません。 U-15からU-18にあがってきたばかりのころの一希は、まだ背も伸びてなくて「小さい子」というイメージでした。小さいのにピッチの中央で自分より首一つ高い大きな相手を背負いつつ、いったいどこを見ているんだろうと驚くような視野の広さで、一発でチャンスになるところへパスを出す子というイメージです。以前一希のことを「一希の後頭部には魚眼レンズがついているのだと思います。」と紹介したことがありますが、どうしてもそうとしか思えませんでした(笑)。 一希は、ゴメスや夢実と違って1年生の最初の試合からスタメンというわけにはいきませんでしたが、1年生の夏を過ぎるころにはしっかりとスタメンに定着し、そのころ初めて年代別代表候補に選ばれました。同期の中での知名度や実績からすると「ゴメスや夢実に次ぐ」という感じだったかな。順風満帆に着々と・・だったんですが、1年生のシーズン終盤に年代別代表合宿に招集され、その代表合宿中に怪我(?)をしたようで、途中で帰ってきてしまいました。それからしばらく別メニューが続いたようで、1年生から2年生になるときのシーズン前の遠征にも帯同していませんでした。春になって公式戦が始まって久しぶりに一希の姿を見たとき、その変貌ぶりにはちょっとびっくりしました。「背が伸びたなあ」もありましたけど、何よりも上半身が分厚くなっていて。奈良くんが前年に(2年生の時に)つけていた背番号5をこの年は一希がつけたこともあって、慣れるまでは試合中に「今競り合ったのは一希?!奈良くんだと思ってた!」と見間違えるほど、体が大きくなり胸板ムキムキになっていました。別メニューの間に鍛えたんだろうなと思いました。そのころから一希のプレースタイルは「ちっちゃくて視野が広くて巧い」から「1対1に強く、対峙する相手のボールを巧みに奪い取る選手」に変わっていました。視野の広さは相変わらずのままですが。
ちなみに、彼らが2年生になるときの2011年3月版私的ユース選手紹介エントリーで、私は一希のことをこんなふうにご紹介しています。
主なポジションはボランチです。
一希も去年のAFC U-16選手権 ウズベキスタン2010のU-16日本代表で活躍しましたから、もうみなさんご存じでしょう。
一希のプレーの特徴は、相手の攻撃の芽を摘む守備力と、ボール展開の視野の広さでしょう。
去年の12月半ばに代表合宿で怪我をして、しばらくは別メ調整だったのかな。去年末のGO FOR 2014 CUPのときは遠征に帯同していませんでした。でも2月の広島遠征には途中から参加していましたから、きっともう大丈夫だろうと思います。復調した一希の素敵プレー、見るのが楽しみです。
2年生の春から夏にかけて、チームでの一希のプレーの存在感がどんどん増してきて、U-17W杯での活躍で一気に知名度を上げて、秋ころにはボランチに一希がいることでチームの安定感が増すわ~(はあと)と思うようになったのに、今思えばこのころから一希は膝の痛みを抱えたままだったんですね。シーズンの終盤、プレミアリーグイーストの優勝争いをしているころは、一希は試合に出場したり、様子をみて休んだり・・という状態でした。日本一の座を賭けて広島ユースと対戦したチャンピオンシップでも、一希は出場時間が限定されていて途中出場でしたね。シーズン終盤はちょっと無理しちゃったかなあ、でもシーズンオフにしっかり治せるかな・・・と思っていたのに。手術するとかの話もあって、年末の関東遠征(GO FOR 2018 CUP)に帯同していなかったのは予想どおりでしたが、2012年2月の広島遠征でも姿を見ることはできませんでした。3月下旬の東京でのイギョラ杯のときにようやく久しぶりに「一希も一緒に来てる!」と喜んだものの、試合には出ることなくピッチ脇でゆっくりとランニングしたり、リハビリメニューをこなしている様子を見るだけでした。それでもほんの軽~~くですがボールを蹴ったりもしていて、少しずつ良くなっていると期待していたのに、4月初めに宮の沢でトップとユースの練習試合があったとき、一希がベンチコートを脱ぐようすもなく、明らかに足を引きずって歩いている姿を見たときはショックでした。「え?イギョラ杯で見たときにはランニングもしていたのに・・?」 その後報道されたところによれば、3月下旬に再度手術をしたとのことでした。膝のお皿の骨の形が生まれつき一部離れているとかで痛みが出るのだそうですが、骨の成長が止まってない(骨年齢が若い)ためなかなか手術に踏み切れずにいたとか、記事には書いてありました。結局一希の3年生シーズンはリハビリでスタートし、夏を過ぎるまで試合にはずっと出れないままでした。でもベンチでチームの試合を見ていたり、Bチームの試合のときも(他の3年生はいなくても)チームに帯同していたりして、一希がチームにいるという存在感はけっこう感じていました。それだけに試合復帰が待ち遠しかったですけれど。 そしてBチームでの練習試合でのプレーを経て、一希がAチームの試合に復帰したのは、8月26日プレミアイーストの後半戦の再開と同時でした。復帰していきなりの圧巻なパフォーマンス。「一希、さすがだわあ・・」と思わず唸りましたね。そこから数試合、とても幸せな時間が続きました。プレミアリーグの前半戦9試合でボランチとして活躍した寛之がスタメンで試合に出れなくなったことはもったいなくて残念でしたが、それでも一希のいる試合を見てしまうと「寛之はこの一希を押しのけないと試合に出れないんだから仕方がない(押しのけて出場機会を掴むようがんばれ)。」と素直に思えました。一希のプレーを実際に見たサポたちは、いつしか一希を「深井様」と呼ぶようになっていたり・・(笑)。 でも私たちが「深井様」を堪能できたのはほんのひとときでした。私がユースでの一希のプレーを見たのは10月14日SSAPでののプレミアイースト第16節青森山田戦、一希が先制ゴールを挙げた試合が最後になりました。このゴール、一希がU-18にあがってから初めてのゴールだったんですってね(最初で最後のゴールになりましたw)。その後10/21宮の沢でのJユースグループリーグ仙台ユース戦(この試合見に行けなかったのですが)では出ていると聞きましたが、翌週の10/28宮の沢でのJユースグループリーグ栃木ユース戦のときにはベンチ外で担架隊を務めており、以後一希の姿はふっつりと見なくなりました。どうしたんだろ?と思っていたら、前の手術で入れていた骨を止めるボルトを抜く手術をしたのだということでした。 そっかあ、ここからのプレミアイーストの終盤2試合も、Jユースの試合も、すべて一希抜きで戦うのかあ・・・。がっかりはしましたが、トップ昇格後のチーム始動に間に合うように、それを見越して今の時期に手術することにしたのだと聞けば、嫌も応もありませんよね。万全の状態でトップに合流できる方がいいに決まってますから。 プレビューパーティーで発表されたトップ新チームの背番号では、一希は18番を背負うことになりました。ルーキーとしては異例です。コンサで「18」といえば、少し前までは吉原宏太や山瀬功治など「期待の若手選手の出世番号」の扱いでしたから、一希に寄せるクラブの期待の大きさもうかがえるというものです。 複数のポジションを経験させることの多いコンサユースの中で、一希に関してはボランチ以外の位置では見たことがないように思います。子供のころはもうちょっと前目のポジションもやっていたようですが。トップでもきっとボランチが一希のポジションになるんじゃないかなと思います。怪我がよくなって万全の調子でプレーできる日が早くきますように、楽しみに待っています。 私が一希の名前を最初に知ったのは、たぶん、毎年夏にJヴィレッジで行われていた全日本少年サッカー大会にコンサU-12が初めて単体チームとして出場した2006年に、J村までコンサU-12の戦いぶりを見に行ったひぐまさんが書いてくれた観戦記ででした。 ひぐまさんのブログ「ひぐまANNEX」で当時の一希(背番号10)やゴメス(背番号5)、彰吾(背番号9)、夢実(背番号6)の姿を見ることができます。やー、みんなめんこいねえ(*^_^*) 2006/8/6 ひぐまスポーツJ村版(3)(U-12の初戦のようす) 2006/8/6 ひぐまスポーツJ村版(5)(U-12の2戦目のようす) 2006/8/19 ひぐまスポーツJ村回顧版(3)(U-12の戦いぶりまとめ) 私が自分の目で一希を見たのは2008年夏のJ村が最初かな。グループリーグ3日目の清水エルパルスJrユース戦と、決勝トーナメント1回戦のガンバ大阪Jrユース戦です。 一希は中2で、試合にベンチ入りはしていたけれど、試合出場はありませんでした。(彰吾もベンチ入りだけ、夢実とゴメスはスタメン出場でした。阿波加くんと永坂くんはベンチに入っていませんでした。たぶん帯同自体していなかったのではないかと思います。)2008/08/11@J村 グループリーグ3試合目・清水エルパルスJrユース戦 試合前に選手がアップしているときの一希(中2)と名塚監督
2008/08/13@J村 ラウンド16・ガンバ大阪Jrユース戦 水の用意をする一希 中3になると、一希はスタメン出場しています。 2009/08/16@J村 グループリーグ2戦目・千里丘FC戦 観戦記
(プレー中の一希 背番号5) この試合は退場者が出て1人少ないなか、先制された試合をひっくり返して勝ったという胸のすくものでした。それだけに選手たちはとっても嬉しそうにサポのところへ挨拶に来てくれました。
挨拶の後、サポのチャントに合わせて肩を組んで飛び跳ねてノリノリの福永浩哉くん(16)、夢実(10)、ゴメス(6)、彰吾(7)、しもっこ(11)。 こんなとき、真っ先にチームメイトの肩に手を回して勝利のダンスを始めるのはゴメスや夢実です。照れ屋さんの多い北海道の子たちの中では珍しい、ノリの良い子たちです。 でも、後に「職人」と評される寡黙で冷静なイメージ(←プライベートではどうだか知らない)の一希は、このころからやっぱり、こういうとき飛び跳ねる輪には加わらず、チームメイトたちを(笑顔で?)見ているタイプで、
ほら、やっぱりこんな風に離れたところにいます。
2013年01月29日
2012年11月8日にコンサ公式サイトでコンサU-18から来季のトップチームへ昇格する選手6名が発表されました。 こちら↓ コンサドーレ札幌U-18 中原彰吾・永坂勇人・堀米悠斗・神田夢実・阿波加俊太・深井一希 選手 2013シーズン トップチーム昇格のお知らせ(2012/11/8) そのひとりひとりについて、お祝いを兼ねて、ユースでの背番号順に彼らのこれまでの思い出話とかプレーの特徴(←素人目線で)などを語ってしまおうシリーズの第2弾です。 (第1弾・阿波加俊太くんのエントリーは→こちら)
永坂 勇人(ながさか ゆうと) ユースでの背番号:3 ポジション :CB 生年月日 :1994/5/22 身長/体重 :186/77 経歴 :真栄サッカースポーツ少年団(美しが丘緑小) →コンサドーレ札幌ユース・U-15(真栄中) →コンサドーレ札幌U-18(札幌真栄高) 呼び名 :ながさか
永坂くんの特徴として真っ先に思いつくのは、背が高い!ということ。長身揃いの今年のユースDF陣の中でもとりわけ背が高い方です。 私が初めて永坂くんを見たのは、阿波加くんと同じ、中3の夏のクラブユース選手権のときでした。 コンサのアカデミーの中でも、U-15はU-18より一学年あたりの人数が多いので、U-15の(学年の制限のない、いわゆるAチームの)大会に帯同・ベンチ入りする選手の割合は多くありません。私はU-15チームはクラセンや高円宮杯くらいしか見る機会がないので、3年生であっても見ることのない選手はかなりいるし、1、2年生のうちから見ることができるのはほんの一握りです。永坂くんはたぶん、中2のときにはクラセン、高円宮杯の帯同メンバーには入っておらず、3年生になってから出場するようになったのだろうと思います。 後から聞いた話では、永坂くんは札幌U-15ではFWだったのが、中3の初めころにDFに転向したとのことでした。私が知っている永坂くんは、すでにDFになった永坂くんです。(2009/8/15 クラセンU-15@J村 横浜FCジュニアユース戦) 試合前のアップ中の永坂くん 今とほとんど変わらない印象ですね。 永坂くんは中3で、CBとしてスタメンで出場していました。
2009/8/16 クラセンU-15@J村 千里丘FC戦で入場する永坂くん(背番号4)。このころからすでに長身ですね。(その前の背番号6はゴメス)
(試合中) その年の12月、国立での決勝戦まで勝ち上がった高円宮杯U-15でも、永坂くんはCBとして活躍しました。 でも、U-18に進んだ後、1学年上でCBとして出場する奈良くんやナガコウ、貴哉くんの厚い壁に阻まれて、なかなか出場機会を得ることはできませんでした。
ちなみに、彼らが2年生になるときの2011年3月版私的ユース選手紹介エントリーで、私は永坂くんのことをこんなふうにご紹介しています。
長身のCBです。見たところ180センチよりももっとあるんじゃないかなあ。札幌U-15在籍中の中3のときにFWからCBに転向したそうですが、私が知っている永坂くんはDFになってからの永坂くん。
1年生だった去年は、まだCBとしての経験を積んでいる最中って感じかな。今年はポジションを掴み取りたいですね。かと言って3年生の選手たちもやすやすと明け渡すつもりはないでしょうけどね(笑)。ファイト!
2年生になり、高校3年生だった奈良くんがトップの試合に出場しユースの試合には出れなくなったとき。奈良くんの代わりにナガコウとのコンビを組みCBとして出場するようになったのは、当時2年生だった永坂くんではなく、1年生のうっちー(内山裕貴くん)でした。 だから去年の春、最終ラインの3年生4人がごっそり抜けて新チームになったとき、少しずつ出場経験を積み始めたばかりのうっちーと、ユースにあがってから初めてAチームの試合に出る状態の永坂くんのCBコンビは何とも心許ない気持ちになったものでした。永坂くんのプレーもおっかなびっくりというか自信なさげな感じのところもあって、当時まさかこの選手が数ヶ月後にトップに昇格するようになるとは思わなかったなあ。・・・って失礼ですね(汗)。ど素人の見た目ってことでご容赦くださいませ。 試合に出始めた永坂くんは試合を重ねるにつれ、どんどん慣れて、たくましく頼もしくなっていきました。そして「やはり長身は武器なんだなあ・・」としみじみと(私に)実感させるようになりました。夏を過ぎるころにはプレーに余裕と自信を感じられるようになって、うっちーの素敵強気さとも相まって、堂々のCBコンビはいつしか春先に感じていた不安などすっかり忘れさせるようになっていました。 永坂くんのプレーの最大の特徴は、本人も言っていますように長身を活かしたヘディングというか、長身そのものでしょうね。 CBは当たりに負けない体を作ったり経験を重ねて判断力を磨いたり、プロ選手として一人前になるには時間がかかるポジションだと思います。でもそれだけに、ユース時代の実績よりもこれからの精進が重要となるポジションだとも思います。一緒に昇格する仲間と比べるとユース時代の注目度は決して高くはなかった永坂くんですが、他の選手たちが努力しても得られない『武器』をすでに持っているのですから、地道に力を養い、息永く活躍する選手として、コンサの壁として君臨してくれることを願っています。 がんばって!
2013年01月29日
明けましておめでとうございます。…とご挨拶もしないままもはや1月も末になってしまいました。そして今年のチームがすでに始動しております・・・。 去年はせっせとサッカー観戦に通ってはいたのですが、観戦記はほとんど書かないまま過ぎてしまいました。でもそれだと自分の記録用にもつまらないので、今年はなるべく書きたいなあと思っています。溜まった分も出場メンバーの記録だけでもなんとか・・(^_^;) で、去年書きかけたまま途中になっていたユースからの昇格おめでとうエントリーをなんとかしようと思います。すでにプレビューパーティーも終わった後で今さら感満載なのですが。 当初6人全員をひとつのエントリーでまとめて書いていたのですが、書いているうちに長くなりすぎました。1人分ずつ小分けして別々のエントリーにすることにします。 というわけで、これは最初の頭書き+阿波加くんの分のエントリーということになります。
コンサU-18から来季トップチームに昇格する選手がとうとうオフィシャルで発表になりました。 こちら ↓ コンサドーレ札幌U-18 中原彰吾・永坂勇人・堀米悠斗・神田夢実・阿波加俊太・深井一希 選手 2013シーズン トップチーム昇格のお知らせ(2012/11/8) 「地元密着をアピールする」とのサポーターズミーティングでの社長の言葉どおり、各選手の小学校時代からの経歴も載せてあります。嬉しいなあ。 プロフィールからおわかりのように、コンサ史上最多の6人がトップ昇格することになった彼らは、全員が札幌U-15からU-18へ進んだ選手です。中でもうち4人は、U-12からコンサで赤黒をユニを着て一緒にプレーしています。 小学校や中学校のころからずーっとチームメイトだった選手たちの一群がそのままプロになるんですもの。アカデミーの関係者は感無量だろうと思います。(写真提供:みわさん) ←ありがとう! トップ昇格決定のお祝いを兼ねて、彼らのこれまでの思い出話とか、プレーの特徴(←素人目線で)などをご紹介したいと思います。 どういう順番にしようか迷ったけど、ここは背番号順でも五十音順も最初になる阿波加くんから、(ユースでの)背番号順にお届けしたいと思います。 (オフィシャルのニュースの順番は、「え?これどういう順序??」としばらくわからなかったけれど、よく考えたら生年月日順だったのですね。そっか、そっか。)
阿波加 俊太(あわか しゅんた) ユースでの背番号:1 ポジション :GK 生年月日 :1995/2/7 身長/体重 :185/76 経歴 :空知FC(岩見沢東小) →コンサドーレ札幌ユース・U-15(栄南中) →コンサドーレ札幌U-18(札幌東陵高) 呼び名 :あわか
オフィシャルの紹介にもあるように、阿波加くんは中学生のころからずっと続けて年代別代表やナショナルトレセンに招集されています。中でもメキシコで開催されたU-17W杯にU-17日本代表の一員として参加したのはみなさまもご存じのことでしょう。また、昨年は、トップのGKに怪我人が続出した事情があったとはいえ、ユースのGKとしてクラブ史上初めて、トップのリーグ戦でベンチ入りする経験もしています。あのときはトップのアウェイの試合に帯同したあとそのままかけもちでユースの試合会場に移動して翌日の試合に出場するなど、ほんとに忙しい日々でした。ハードだったけどいい経験になったんじゃないかしら。 私が阿波加くんを初めて見たのは、彼が中3のときの夏のクラブユース選手権(U-15)だったと思います。札幌U-15のころは、同学年のGKに阿波加くんと福永浩哉くんがいて2人でポジション争いをしていたそうです。私が見た最初の試合のときは、阿波加くんは控えにいました。2009/8/15 クラセンU-15@J村 横浜FCジュニアユース戦 試合前のアップ中の阿波加くん ところが、その翌日の千里丘FC戦でスタメンGKだった浩哉くんがPKをとられ、レッドカードで退場になってしまい(この判定に私たちが大いに不服だったことはひぐまさんの粘着(?)検証レポ→こちらにもあるとおりですが)、それはともかく、阿波加くんが急きょ途中出場することになりました。
2009/8/16 クラセンU-15@J村 千里丘戦 出てきていきなりPKという状況ですがが、なんと!阿波加くんは、そのPKを止めたのです! あれには溜飲が下がりましたねえ。 もっとも、阿波加くんがPKを弾いてクリアしてCKになったところから、結局は失点してしまったんですけど。 でも札幌U-15はその試合で逆転して勝利を収め、決勝トーナメントへ勝ち進みました。
(途中出場で勝利をおさめ、サポへの挨拶を終えた後の阿波加くん。嬉しそう。) その後の試合は平日で見に行くことができませんでしたが、あとひとつ勝ってくれれば土曜日の準決勝は見に行けるから~!!と念じていた準々決勝で負けてしまったのでした。あれは残念だったな。なので、夏のクラセン@J村で阿波加くんを見たのはそれきりになってしまったのですが、 その年の秋、U-18の新人大会に札幌U-15から参加していた阿波加くんの姿を見ることができました。プレーの機会はありませんでしたけれど。
(2009/11/3 全道高校ユース(U-17)サッカー大会 決勝戦で札幌第一高校に勝って優勝しました) これは高校生年代の、3年生は出れず1、2年生の選手だけで戦う「新人戦」と呼ばれる大会でした。 写真にも写っていますが、コンサはU-18所属の1、2年生だけじゃなく、札幌U-15から阿波加くんのほか、ゴメス、夢実、しもっこもメンバーに入れての参戦でした。決勝戦ではゴメスと夢実はスタメン出場し、しもっこは途中から出場しました。(阿波加くんは写真後列の右から4人目。しもっこは後列左から4人目。夢実は前列右端、ゴメスは前列左から3人目。試合の観戦記は→こちらです。) 新人戦は、当時のBチームにとっては数少ない貴重な公式戦の機会でした。(今は複数チームが高円宮杯サッカーリーグに参加できますので新人大会はなくなったようです。)こうして見ると、いまトップにいる選手たちのうち、1年生だった翔太と貴哉くんは当時Bチームで出場していたんだなあとわかります。逆にここに写っていない2年生の陽輔は1年生のころからAチームで出ていたし、1年生の拓馬、奈良くん、貴之もこのころにはすっかりAチームだったんですね。この日は午後から宮の沢でJユースカップのグループリーグ草津ユース戦があって、Aチームのメンバーは宮の沢にいたものですから。 あ、話が逸れた。 阿波加くんの話に戻すと、 中3の年の冬は札幌U-15が高円宮杯U-15を勝ち上がって決勝戦に進出したわけですが、このとき試合に出ていたのは浩哉くんでした。阿波加くんはベンチにもいなかったので、もしかすると怪我をしていたのかもしれません。 そういうわけで私が阿波加くんのプレーをちゃんと見れるようになったのは、U-18になってからです。1年生のころから控えGKとしてベンチ入りをして少しずつ出場機会を得ていって、2年生になると、正GKとして怪我をしたり代表や学校事情などで不在じゃない限りほぼすべての試合に出場する感じでした。
ちなみに、彼らが2年生になるときの2011年3月版私的ユース選手紹介エントリーで、私は阿波加くんのことをこんなふうにご紹介しています。
年代別代表の合宿等にも何回か招集されている選手です。
これまでの起用法を見ていると、今年の試合にスタメンとして主に出場するのは阿波加くんだろうと思われます。
長身を生かした安定したキャッチングと落ち着いたコーチング。バランスのとれたGKだと思って見ています。
2年生時~3年生時の2年間。プレミアリーグ、クラブユース、Jユース。その他にもフェスティバルや遠征しての練習試合など。たくさんたくさん阿波加くんのプレーを見ているのですが、実は正直に言っていいですか。 「阿波加くんはどんなGK?」「プレーの特徴は?」と聞かれても、私はうまく答えられないのです。もともと特に守備の選手のプレーは難しくてよくわからないのに加え、GKはさらに専門的で難しくって・・・。例えばがんがんラインを上げてペナルティエリアから飛び出すほどアグレッシブに広くボールに飛びつくGKとか、例えば大きく特徴のある声質でひっきりなしにコーチングしまくってひときわ目立つGKとか、シュタッと美しい軌道でジャンプして「ファインセーブ!」するGKとか。そんな派手な特徴のあるGKなら素人目にも「こんなGKだよ」って言えるでしょう? でも阿波加くんはそんな派手さはないように見えます。そしてきっと、そんなふうに派手なことはしないで済むのが安定したGKということなんだろうなあ・・と思います。あらかじめ良いポジションをとって、味方を動かして危険な芽を摘んで、何気なくボールを抑える。たぶんそういう感じなんだろうと思います。ここはGK好きなひとみさんのご意見をぜひ伺ってみたいですわ~。(^_^;) 時々(1試合に1回くらい?)ドキッとするようなキャッチミスとか、キックミス?とかも見せてくれるのですが、それもご愛敬かな(笑)。 恵まれた長身と、この年代のGKとしては国内外で十分な実績を積んでいる阿波加くんが、トップチームでもコンサの守護神として君臨してくれる日を楽しみに待ちたいと思います。GKは試合出場がひときわ難しいポジションだけど、焦らず、たゆまず、精進していってね。期待しています。
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プロフィール
札幌出身・東京在住(釧路に単身赴任していましたが2014/4月に東京に戻りました)のあきっくと申します。 生観戦デビューは1999年8月15日の大分戦@厚別。 夏休みに札幌に帰省したときでした。 以来「仕事のしわ寄せは平日に」をモットーに、週末にコンサを追いかけるための生活をしています。 2001年夏にJ村でユース(特に石郷くん)を見てユースに傾倒。 いわゆるユースヲタなんだろうと自覚するこのごろ。 詳しい自己紹介と私宛のメールアドレスは「ごあいさつ」のカテゴリから、シーズンごとのトップチーム関連、ユースチーム関連別の主なエントリの目次は「まとめ・目次」のカテゴリから、エントリーナンバー順の全エントリーリストは「全エントリーリスト」のカテゴリからどうぞ。 2010/02/07からツイッターを始めてみました。 ユーザー名は akikconsa です。ユースの試合を見に行ったときは気が向けばつぶやいているかもしれません。 コンサU-18選手の背番号一覧表を作りました(2015/4月版)。ユース観戦のお供に、こちらからご自由にお持ちください。 →http://www.evernote.com/l/APefpdtBmUJCBo1gGdT_yWpEMjGm6cvq_oQ/
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