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プロフィール
札幌出身・東京在住(釧路に単身赴任していましたが2014/4月に東京に戻りました)のあきっくと申します。 生観戦デビューは1999年8月15日の大分戦@厚別。 夏休みに札幌に帰省したときでした。 以来「仕事のしわ寄せは平日に」をモットーに、週末にコンサを追いかけるための生活をしています。 2001年夏にJ村でユース(特に石郷くん)を見てユースに傾倒。 いわゆるユースヲタなんだろうと自覚するこのごろ。 詳しい自己紹介と私宛のメールアドレスは「ごあいさつ」のカテゴリから、シーズンごとのトップチーム関連、ユースチーム関連別の主なエントリの目次は「まとめ・目次」のカテゴリから、エントリーナンバー順の全エントリーリストは「全エントリーリスト」のカテゴリからどうぞ。 2010/02/07からツイッターを始めてみました。 ユーザー名は akikconsa です。ユースの試合を見に行ったときは気が向けばつぶやいているかもしれません。 コンサU-18選手の背番号一覧表を作りました(2015/4月版)。ユース観戦のお供に、こちらからご自由にお持ちください。 →http://www.evernote.com/l/APefpdtBmUJCBo1gGdT_yWpEMjGm6cvq_oQ/
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2005年12月31日
トップチーム 2005/11/19 ドームで京都戦 2005/11/23 第42節甲府戦の収穫 2005/11/27 鳥栖戦と博多の夜
ユース 2006/06/28 2005/7/30 クラセン大宮ユース戦@J村の思い出話 2006/07/02 2005/7/31 クラセン神戸ユース戦@J村の思い出話 2006/07/04 2005/08/02 クラセン清水ユース戦@J村の思い出話 2005/11/18 育成普及部ブログスタート 2005/11/20 Jユースサハラカップ 水戸戦@笠松 2005/12/07 昇格内定発表
2005年12月30日
年の瀬ですが、空気を読まず昔の思い出話のエントリです。
私のコンサ観戦3戦目、2戦目に続き、今回は初観戦の思い出を。
プロフィールにもちょっと書きましたが、私のコンサ初生観戦は1999年8月15日。厚別での大分戦でした。
こういう経緯でコータのファンサイトでコンサ情報に触れるようになった私は、掲示板に集う人たちが当たり前のようにスタジアムで試合を観戦している様子を見聞きして、サッカーをスタジアムで見ることは「特別な」ことではないんだと知りました。
いずれにしてもそのころはテレビで試合を見れなくなっていましたから、この際スタジアムに行ってみようと思いました。
観戦のターゲットを帰省時の厚別に定め、それでもなんとなく一人で行く勇気はなくて、「今度帰ったときに厚別にコンサドーレの試合を見に行きたいと思っているんだけど、一緒に行かない?」と実家の母を誘いました。
しかも「丸井さんでチケット買えるみたいだから、買っておいてくれる?」と頼むおまけつきで(爆)。
コータ掲示板での情報によると、「ゴール裏」と呼ばれるB自由席はサポーターが立ってコールをしながら応援する席だそうで、初心者が見るにはメインスタンドかバックスタンドがいいそうです。バックスタンドだと、テレビで見ているのと向きは逆になるけど見やすさはほとんど変わらず、メインよりチケットは安く、しかも雨が降らなければ試合開始前にビッグフラッグの下敷き!になる楽しみもあるそうです。
ということで、私と母は、厚別のバックスタンド、S指定席を観戦デビューの席に決めました。レプリカなどの観戦グッズは何も持っていなかったけれど、手持ちの赤か黒っぽい服を着ていけば十分楽しめるということだったので安心でした。でもせっかくだから厚別の売店でメガホンなどの観戦グッズと「コンサの赤いカッパ」は買おうと決めていました。試合開始の1時間前くらいに着くように行くと、買い物をしたりコンサドールズのパフォーマンスを楽しんだり、お弁当を食べながら選手の練習のようすなども楽しめてオススメとのことでした。これ、知らなければ、映画館に行くときのように、試合開始に間に合う程度のギリギリに行くところでした。そういう性格なので(笑)。
当日は晴れたいいお天気でした。試合開始1時間前くらいにスタジアムに着くと、周囲は笑顔の人たちで賑わっており、ワクワク感が高まります。
着席して周囲をキョロキョロしながら眺めていると、しばらくしてゴール裏サポーターのコールが始まり、ゴール裏に何本となくビッグフラッグが立ち並び、豪快に振られ、はためきます。その迫力は私の想像をはるかに超えるものでした。待ちに待った選手入場のときには、ゴール裏に赤と黒のハートが人文字で浮かび上がり、それに見とれる間もなくスルスルと前の方からビッグフラッグが上がってきてあっという間に私たちの上にも覆い被さり、視界は旗の白地の布越しに差す太陽の光だけになり、すごい「非日常」の「お祭り気分」に包まれます。
でも、試合内容はほとんど覚えていないんですよね。
前半1-0でリードして折り返したものの、後半に相次いで失点し、1-2のまま試合終盤を迎えます。せっかくの初観戦だけど、負けるのかな・・と思ってしょんぼりしながら見ていたら、後半ロスタイムにせっきーのゴールで追いつきました! いえ、それまで選手もほとんど分からず(コータくらいしか)せっきーも当然知らなかったのですが、そのときに覚えました!
ロスタイムに追いついてノリノリで延長戦に入ったら、もう負ける気しないや!と根拠なく興奮していたら、そのとおりVゴールを決めてコンサの勝ち!
今思えば選手の特徴も試合の勘所も何も分からないままの観戦でしたが、非常に楽しい気分で帰り道についたのでした。
私の初観戦の印象は、ゴール裏のサポーターが織りなすスタジアムの迫力と、応援しているチームが勝つことの喜びでした。
その後わたしはさらにコンサの世界にはまっていったのですが・・。このとき私につきあってコンサ観戦デビューした母は、この年はその後スタジアムに行くことはなかったものの、2000年になるとコンサ観戦のためにしょっちゅう帰省するようになった娘に触発され、父を誘って2人で観戦に出かけるようになりました。2001年になると両親そろってシーズンチケットを買い、毎試合観戦するようになり、室蘭や函館にも行くようになりました。サッカーにもスポーツにも全く興味のなかった父は、今ではサポートシップスポンサーをやっています。
娘の影響力って凄いですよね(違)。
2005年12月24日
みなさん仕事関係の忘年会は平日にすませ、ゆうべはあちこちでコンサ関係の忘年会が行われていたようですね。
ホームではヨーデル山本さん主催の恒例の忘年会があったようですし、
関東ではパフィさん幹事のバスツアー忘年会が。
こちらを拝見したら、ずいぶんと盛り上がったようす・・・。いえ、見なくても想像はつきましたけど(笑)。
アウェイの忘年会は、もちろん私もぜひ参加したいところでした。
ところがしばらく忙しい日々が続いてサイトのチェックを怠っており、気づいたときには参加申し込みの締め切り日を過ぎていたという、私にとっては痛恨の件でしたの。
しまったなあ・・と残念な気持ちを抱えつつ、でもきのうは一日中熱を出して寝込んでいてどうせ行けなかっただろうからそういう運命だったんだ(大げさ)と思ったり。
今日は少し熱も下がり、かなり気分がよくなってきました。
年末に向けて、年賀状とか大掃除とかそういうことは忘れて、思い出シリーズをまた書こうかな。
keiさんも地道な更新が一番と言っていたしw
2005年12月18日
関東在住のサポ仲間友人と、「忘年会」と題して飲んできました。
私が東京に越してきてから親しくさせてもらっている友人たち。
詳しく言わずともあそこと分かる「いつもの」お店(当然サッポロビール)で時間を忘れて楽しい時間を過ごしてきました。
こういうとき、ほんとにコンサは私の生活を豊かに彩ってくれているよなあと実感します。
コンサが生み出しているのは北海道の経済効果だけじゃないです。
ありがとう、コンサドーレ。
2005年12月10日
甲府がJ1昇格を決めましたねえ。 いやー、すごい派手な試合でした。 甲府と言えば、近年はすっかり分が悪かったのは忘れて、かつての「地雷」と呼ばれてた弱小チームだったの印象が強いのに。 財政難からチーム存続の危機に揺れて、私も存続署名や募金に協力したほどだったのに。 地道にがんばっていれば報われる日がくるかもしれないんですねえ。 がんばっても報われるとは限らない、とか、J1昇格が新たな茨の道のスタートラインに過ぎないかも、とかは今日くらいは言わない約束で。 来年はあの灼熱の小瀬へ行かなくてもいいんだな。ほんと暑かったよ小瀬は。 柏の途中交代で小林祐三くんが出てきて、懐かしい思いで姿を見ました。 れっきとしたプロ選手でしかもよその選手なのに、つい小林祐三くんと言ってしまうのは、やっぱり高校生のときに名前を覚えた選手だから。 智樹が高3の5月にU-18代表合宿によばれたとき、ヴェルディユース、FC東京U-18との練習試合を見に行ったんですよ。 よみうりランドでは、先に着いていた某アウェイサポ友人(最近パパになったハタチの方)の横のスペースに入れてもらって比較的見やすい位置から見れたんですが、 よみうりランドのピッチはご存じのように周囲の柵ごしに立ってみる感じで、微妙に目の高さにある柵の上縁がじゃまっぽい。 何枚かは写真も撮りたいし、と背伸びして苦労していたら、隣にいたご夫妻が「ここにどうぞ」と立っていた木のベンチのスペースを詰めて空けてくださいました。 「すみません。ありがとうございます。」とお言葉に甘えてベンチの上に立つと、視界を遮るものがなく、とっても見やすかった。 肝心の智樹はその試合に出てなかったんですけど。 ハーフタイムにそのご夫婦に「お子さんがサッカーやってるんですか?」などと話しかけられ(爆)、「いえ、応援しているチームのユースの選手がいるもんですから」などと会話をしていると、そのご夫婦は実は小林祐三くんのご両親でした。 小林祐三くんは静岡学園の中心選手で年代別代表としても有名な選手でしたけど、こうやってご両親はふつうに柵越しに立って見てるんだなあと感心しました。 その日の小林祐三くんはサイドでキレキレなプレーを発揮していましたから、正直そのとき、ベンチを譲ってくれた方が小林祐三くんのご両親でよかったと、胸をなでおろしました。だって一緒に見ていた某サポ友人と私は、智樹の出ていない気軽さで(腹いせに?)それまでかなり本音の会話をしながら見ていたもので。小林祐三くんに関してはプレーに感心する内容だったはずですが、そうではない選手も中にはいましたのでね(笑)。 小林祐三くんは高校は静岡学園ですが、中学時代はアイカーと同じ上里FCに所属しています。というのは、その試合ですっかり小林祐三くんに惚れ込んだ某サポ友人から聞いて知りました。経歴を調べてみるとそのとおりですね。アイカーが中3のときに小林祐三くんは中1です。 ちなみに小学校時代の松林少年SCというのは、東京は多摩地区の奥の方にある羽村市のクラブチームですね。で中学時代の上里FCは埼玉県児玉郡上里(notうえさと)町。上里町は埼玉の中でも群馬に近いところですが、羽村からの位置関係だとどうなるのだろう?よく分からない。 今日の試合にもあのご両親は行っていたのでしょうか。 来年、智樹やアイカーと小林祐三くんが対戦したら感慨深いなあと思います。
ということで、出場しなかったよみうりランドでの智樹の写真(ハーフタイムにピッチで練習している後ろ姿)を掘り出して載せてみよう。17番のビブスをつけた坊主頭が智樹です。
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