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札幌出身・東京在住(釧路に単身赴任していましたが2014/4月に東京に戻りました)のあきっくと申します。 生観戦デビューは1999年8月15日の大分戦@厚別。 夏休みに札幌に帰省したときでした。 以来「仕事のしわ寄せは平日に」をモットーに、週末にコンサを追いかけるための生活をしています。 2001年夏にJ村でユース(特に石郷くん)を見てユースに傾倒。 いわゆるユースヲタなんだろうと自覚するこのごろ。 詳しい自己紹介と私宛のメールアドレスは「ごあいさつ」のカテゴリから、シーズンごとのトップチーム関連、ユースチーム関連別の主なエントリの目次は「まとめ・目次」のカテゴリから、エントリーナンバー順の全エントリーリストは「全エントリーリスト」のカテゴリからどうぞ。 2010/02/07からツイッターを始めてみました。 ユーザー名は akikconsa です。ユースの試合を見に行ったときは気が向けばつぶやいているかもしれません。 コンサU-18選手の背番号一覧表を作りました(2015/4月版)。ユース観戦のお供に、こちらからご自由にお持ちください。 →http://www.evernote.com/l/APefpdtBmUJCBo1gGdT_yWpEMjGm6cvq_oQ/

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拓馬のトップ帯同発表

2011年03月31日

ちょっと前のことになりますが、オフィシャルで拓馬のトップチーム帯同が発表されました。→コンサドーレ札幌U-18 荒野拓馬選手 トップチーム帯同のお知らせ

◆この度、コンサドーレ札幌U‐18所属の荒野拓馬選手(札幌工業高校2年)が、高校3年進級を機にトップチームのトレーニングなどすべての活動に帯同することになりました。

リリースされた内容を見ると、拓馬は所属チームはU-18でありながらもトップにも登録して(2種選手として)、練習等の実際の活動はトップで行うということですね。新聞報道によるとすでにしまふく寮にも入寮済みとか。
これは一昨年のヒロと同じような感じだなと思いつつも、ヒロのときとは微妙に違う部分もあるので、どこが同じでどこが違っているのか比べてみたくなりました。(ひゃー、くだらねー。)

以下、しょーもない話だからたたみますわ。


ヒロのときのオフィシャルでのニュースリリースは→こちら

◆違いとしてまず最初に思いつくのは発表の時期です。
ヒロは、2008/12/15でした。ひっきーのトップ昇格内定発表と同じ日付です。
これに対して拓馬は、2011/3/28。
もうシーズンも開幕して、今年のチームはとっくに始動済みです。震災の影響で中断していますけれども。
この時期に発表になったのは、トップのチームの都合云々じゃなくて、拓馬の学校の手続きとの兼ね合いだったのかな?と勝手に想像してみたり。

◆次にオフィシャルで発表された内容。というか表現。
ヒロは「古田寛幸選手 2009トップチーム登録のお知らせ」という見出しで発表されていました。これに対して拓馬は「トップチーム帯同のお知らせ」です。
2種選手がトップ登録されるのは何もヒロが初めてだったわけじゃなくて、それまでも年に数人ずつ毎年登録されていたわけですが(Jリーグ公式サイトを見ればわかります)、特にHFCからオフィシャルで発表はありませんでした。なのにヒロについてわざわざ「トップ登録します」と発表するということは、しかもこれから登録するということを発表するのは、いかにも「これまでとは違うぞ」という感覚を抱かせました。ただそれは、そういう前提を知ったうえでこの発表に接すればそう思うわけですけれど、単にこの発表の直接の内容だけでは「だから何?」ってものですよね。「登録します」というだけであれば。
つまりこの発表内容は、このニュースでほんとに伝えたい内容とは乖離していたとも言えるわけです。
これに対して拓馬の場合は「トップチームに帯同します」と発表されていますから、チーム登録がどうなっているかという形式の問題じゃなくて、拓馬自身がトップチームで活動するという実態を直接に発表する内容になっています。拓馬の場合トップ登録は去年すでにされていて、実際に公式戦にも出場しているくらいですから、今さら「登録します(しました)」と発表されても「・・それで?」となりますもんね。ヒロと同じ表現で発表したのでは役に立たないから、こういう発表になるのは必然だったとも言えますけど。

◆本人のコメント、プレーの特徴の紹介
ヒロの発表のときには、本人のコメントがついていました(しかもヒロはコメントの中で「トップチームに昇格することができて」と言っています)。また、リリース中でプレーの特徴も紹介されていました。より「トップチームの選手」扱いだったと思います。
これに対して拓馬の場合は、本人のコメントもなく、プレーの特徴の紹介もなく。未だ正式な(プロ選手に近い)扱いではないよ、という感じがしますね。
ちなみに、ヒロは2009年シーズン前にこうして「トップチーム登録のお知らせ」があったものの、2010シーズン前にプロ契約をしたときには何もお知らせがありませんでした。つまりヒロについては他のユース出身選手と違って、正式な「トップチーム昇格のお知らせ」がないままでした。(←これちょっとひどいと思いません?)
拓馬の場合は来年もしトップチームに昇格するとなれば、きちんとしたお知らせが改めて出るだろうと思っていいかしら。

◆あと、些細なことですが、拓馬の方が学校名が明記されていますね。
ヒロも発表時点で在籍していた高校名(厚別高校)は書かれていますけれど、転校先は「通信制高校」とあるのみで学校名まで書かれていませんでした。
これに対して拓馬は現在の在籍校のみならず「通信制のウィザス高校に転校」すると書かれています。ヒロの転校先もウィザス高校だったことは、当時のヒロのインタビュー映像(ぞっこんか何かだったかな?)の中でヒロが学校に提出したプリントをパラパラ見せるシーンがあって、そこに「ウィザス高等学校」と名前のある受付日付ゴム印が押されていたから分かりましたけれど(←そんなとこまでチェックするな?w)。

そしてチーム始動後の発表だから当然だけど、それだけの理由じゃないかもしれないけど、
◆ヒロは「トップ昇格済みの選手」と同様の扱いでキックオフ2009にルーキーとして参加していました。また、シーズン前の熊本キャンプにも参加していました(グアムは学校の都合で参加していなかった記憶)。
拓馬はキックオフ2011には参加していませんし、キャンプにも帯同していません。キックオフ2011の時点ですでに拓馬の背番号27は決まっていたような目撃情報もありましたけれども。


というわけで、全体的にはヒロの方が「トップ昇格」に近い扱いがされていたのだなと思います。
けれどヒロは当初、ふだんの活動はトップに合流してトップで行うけれど、試合出場機会を確保するためにユースの試合にも出る予定と言われていたんですよね。現にJ村で行われるクラセンの全国大会には出る予定でした。少なくとも1週間前の時点では。ところがその後トップの試合にベンチ入りすることになってJ村には行かずじまいになりましたけれど。
その後ヒロはトップで出場機会を得て、ユースの試合には結局1試合も出ることなくシーズンを終えました。
拓馬についてはその点何も報道されていませんけれど、どういう構想なのでしょうね。籍だけはユースにあるけど(つまりプロ契約はしないからお給料はもらえないけど)ユースの試合には出る予定なしということなのかな。
陽輔の場合は、トップの試合にデビューした後も、スケジュールが許す限りユースの試合にも出ていました。練習も、トップの練習に参加したりユースの練習に参加したり、だったんじゃないかな。寮にも入らず転校もせずにユースとトップの掛け持ちというハードな状態でしたもんね。
そう考えると、拓馬は、ヒロの扱いと陽輔の扱いの中間って感じですね。
トップに完全合流するし寮にも入るけどトップの選手扱いはしないよ、という。
これが単に「トップの選手として戦力的にはアテにするけど、お給料は払わないからね」というためだけじゃないことを祈ります(爆)。


せっかくトップに完全合流するのですから、拓馬はしっかりトップで出場機会を掴んでくださいね。
ユースでもトップでもどっちの試合にも出ないのでは(私が)つまらないですからね~。


コンサU-18 関東遠征日程

2011年03月29日

チャリティーマッチが待ち遠しくてそわそわするこのごろですが、ユースがトップの偵察の目を逃れて?チームの準備をするために(冗談ですよ)、関東に遠征する予定だそうです。イギョラ杯も中止になってしまったし、外でサッカーやる機会を確保しなきゃ、ですもんね。
噂を聞きつけ、詳しい時刻や会場をHFCに教えていただきました。
チャリティーマッチには行けない関東在住サポの方、ユースくんたちのプレーを見るチャンスですよ~~。
(ただしユースの遠征の常ですが、状況次第で予定の変更等もあり得ますのでご承知おきください。)


03/31(木)15:00 vsジェフ千葉U-18 @フクアリサブグラウンド

4/1(金)13:00 vs順天堂大学 @順天堂大グラウンド

(順大サッカー部サイトで調べたところ、順大Gはさくらキャンパスにあると思われます。)

4/2(土)11:00 vsマリノスユース @マリノスタウン


1年生は帯同せず、2、3年生だけの遠征だそうです。
B戦の予定もないそうです。


post by あきっく

15:05

ユース コメント(2)

U-18の選手たち【2・3年生】(2011/3月版)

2011年03月29日

去年の高円宮杯(U-18)の前に、せっかくの札幌開催だから少しでも多くの方に興味をもってもらえたらと思ってユースの選手の紹介エントリを書いたところ、(一部の方に)思いのほか喜んでいただけました。
なので今年も高円宮杯プレミアリーグのホームの試合が始まる前ころに、今年版の紹介エントリを書いてみようかと考えていたのです。
そのころなら、シーズン前の遠征を何度か経て1年生も見ることができるし、プレミアリーグは多分グラウンドコンディションを考えると最初は何試合かアウェイの試合からだろうから、公式戦で新しい背番号も分かるだろうし・・と思っていました。
ところが大震災の影響で、イギョラ杯も中止になってしまったし、例年なら今ごろ組まれているはずの1年生も加わっての遠征も未だないようです。そのうえプレミアリーグ・イーストの開幕もいつになるのかわからなくなってしまいました。

でも、今週末に「東北地方太平洋沖地震」復興支援チャリティイベントでトップvsU-18の試合が組まれていることですし、せっかく見るならユースくんたちの名前を知って見たいとリクエストもあったことですので(笑)、とりあえず2、3年生だけの暫定版選手紹介をしたいと思います。
チャリティーマッチでは去年の背番号のままなのか新しい背番号をつけるのかわかりませんが、新しい背番号は(私には)まだわかりませんので、とりあえず参考までに去年の背番号を書いておくことにします。たぶん試合前にメンバー発表のアナウンスがあると思うので、背番号はそのときに忘れずにチェックしてくださいませ。
ポジションも、予想スタメンも、はっきり言ってよくわかりません(爆)。私が見たのはまだ今年のチーム作りが始まったばかりの時期でしたので。
なので、ポジションも参考までにという程度で、先入観なくご覧になってみてくださいね~。

というわけで、言い訳たくさんしてから以下スタートです。

学年は4月以降の新学年、身長/体重は去年の高円宮杯(U-18)パンフレットに記載されているデータ(濱下くんと小野くんは去年のプリンスリーグのデータ)です。
呼び名は選手たちが呼んでいるのを聞いて私が勝手に判断したもので、間違っているかもしれません。プレーの特徴等の説明は、あくまでも私の素人目で見た独断・主観ですからね~。
去年からよく試合に出ていた選手に関しては、去年の紹介エントリもどうぞ併せてご覧ください。
正面を向いたちゃんとした写真はオフィシャルの選手紹介ページでご確認くださいませ。
【2011/04/07追記】
JFAのプレミアリーグ特設サイトで今年の背番号がわかりましたので、付け加えておきます。


阿波加俊太  阿波加 俊太(あわか しゅんた)

  背番号   :21
  去年の背番号:30
  ポジション :GK
  生年月日  :1995/2/7
  身長/体重  :185/74
  学年    :2年生
  経歴    :空知FC→札幌U-15→
  呼び名   :あわか


年代別代表の合宿等にも何回か招集されている選手です。
これまでの起用法を見ていると、今年の試合にスタメンとして主に出場するのは阿波加くんだろうと思われます。
長身を生かした安定したキャッチングと落ち着いたコーチング。バランスのとれたGKだと思って見ています。



今岡亮介  今岡 亮介(いまおか りょうすけ)

  背番号   :1
  去年の背番号:21
  ポジション :GK
  生年月日  :1993/4/28
  身長/体重  :178/70
  学年    :3年生
  経歴    :サフォークランド士別→旭川U-15→
  呼び名   :りょうすけ、いまおか


GKに転向したのは旭川U-15に入ってからのことと聞いた覚えがあります。GKは出場機会を得るのが厳しいポジションですが、重ねた努力がきっと実を結びますように。お母さんが時折紹介してくれる彼のエピソードはどれも優しくて、好青年だなあとしみじみ思います。




渡邉周平  渡邊 周平(わたなべ しゅうへい)

  背番号   :16
  去年の背番号:16
  ポジション :GK
  生年月日  :1994/2/9
  身長/体重  :185/75
  学年    :3年生
  経歴    :星置FC→札幌星置中→
  呼び名   :なべ、わたなべ


くりっとした瞳の長身GKです。
去年は怪我でリハビリ・別メニューが多かったのかな。プレーをしているところを見る機会が少なかったのけど、今年は元気でたくさん出られるといいね。




小山内貴哉  小山内 貴哉(おさない たかや)

  背番号   :2
  去年の背番号:2
  ポジション :DF
  生年月日  :1993/6/15
  身長/体重  :176/67
  学年    :3年生
  経歴    :札幌U-12→札幌U-15→
  呼び名   :たかや


主なポジションは右SB。どんどん駆け上がってバンバンクロスを入れます。チームのチャンスのかなりの割合が彼のオーバーラップとクロスから生まれると言っても過言ではないでしょう。
コンサユース伝統の「超攻撃的SB」を存分にご堪能ください。
端整な顔をして実はハードファイターです。がっつり痛そうなファウルを受けることが多いのですが、もしかして彼もがっつりやっているのかもしれない・・と思ったりするこのごろ。




永井晃輔  永井 晃輔(ながい こうすけ)

  背番号   :4
  去年の背番号:20
  ポジション :DF
  生年月日  :1993/4/18
  身長/体重  :178/66
  学年    :3年生
  経歴    :滝川FC→札幌U-15→
  呼び名   :ながこう、こうすけ


主なポジションはCB。今年のコンサU-18のキャプテンです。
呼び名の「ナガコウ」は、チームに複数の「こうすけ」がいたので区別するためだろうと思われます。今年は「こうすけ」は1人になりましたけど、やっぱり「ナガコウ」と呼ばれることが多いみたい。
去年試合に出始めたころは右SBをやったりしていましたが、その後CBに定着。大きな声でたくさん指示を出してみんなをまとめるDFリーダーです。奈良くんと組むときは、ナガコウが右CB、奈良くんが左CBという組合せが多いかな。
去年1年、彼がどんどん自信をつけてどんどんたくましくなっていく様子は、見ていて本当に楽しい限りでした。
奈良くんとのコンビネーションもいい感じで、うまくカバーし合って守備の網を何層にも重ねます。ナガコウの右足から繰り出されるぎゅいーんとピンポイントでチャンスの匂い漂うフィードも必見です。




奈良竜樹  奈良 竜樹(なら たつき)

  背番号   :3
  去年の背番号:5
  ポジション :DF
  生年月日  :1993/9/19
  身長/体重  :180/70
  学年    :3年生
  経歴    :北見ブルーサンダース→北見小泉中→
  呼び名   :なら


強靱なフィジカルと鋭い眼光で相手のチャンスをことごとく潰す鉄壁CBです。
以前は奈良くんと言えば「ヘディング最強」「空中戦全勝」。どんなボールも空中ではね返す屈強DFのイメージでした。フィジカルの強さで相手をライン際に追い込んでラインを割らせたりもお手の物でした。
でも、今はそれだけじゃありません。
相手がどこへ攻めようとしても「残念そこは奈良くんだ」となるポジショニングで相手ボールを絡め取ったり、縦パスをスパスパ通して攻撃の起点となったり、ときにはドリブルで真ん中をぐいぐいあがったり。
一皮剥けてさらにパワーアップした「ニュー奈良くん」。
今年も必見です。
今年のゼロックスカップの前座で行われた【NEXT GENERATION MATCH】にU-18Jリーグ選抜チームでフル出場しました。




前貴之  前 貴之(まえ たかゆき)

  背番号   :8
  去年の背番号:14
  ポジション :DF、MF
  生年月日  :1993/9/16
  身長/体重  :172/62
  学年    :3年生
  経歴    :札幌U-12→札幌U-15→
  呼び名   :たか、たかゆき


主なポジションは左SBとかボランチとか。と言いつつ、今年の貴之はどこで使われるか見当がつきません。そのくらいどのポジションもきっちりできるユーテリティープレイヤーです。
拓馬がトップ帯同になってボランチが空くからそこをやるかもなあとも思うし、悠斗がボランチに移って貴之は左SBかもしれないとも思うし。いずれにしても、確かな技術に裏打ちされたボールコントロールと惜しみない運動量で、ぴりっとスパイシーな「美味しいショートパス」をどんどん出してくれる貴之は、チームにとってとても貴重な存在です。
今年は弟の寛之くんが札幌U-15から昇格してきました。
ちゃんと見分けられるだろうか・・・。ちょっと心配です(爆)。




山下泰明  山下 泰明(やました やすあき)

  背番号   :12
  去年の背番号:22
  ポジション :DF
  生年月日  :1993/5/23
  身長/体重  :172/62
  学年    :3年生
  経歴    :美瑛サッカー少年団→旭川U-15→
  呼び名   :やす


主なポジションはSBやSH。去年前半の大活躍ぶりと比べると、最近はちょっと出場機会が減っていたかな。
左右のSBとして出ることが多いのですが、もともとの持ち味の攻撃力に加え、危ない!ってところでチームを救ってくれる守備がほんとにありがたく、頼もしいです。
旭川ユースからU-18に進んだ選手が、今年はとうとうヤスくんと亮介くんの2人だけになってしまいました。後輩、欲しかったよねえ。




小野能寛  小野 能寛(おの よしひろ)

  背番号   :
  去年の背番号:32
  ポジション :DF、MF
  生年月日  :1994/9/23
  身長/体重  :184/69
  学年    :2年生
  経歴    :東橋サッカー少年団→クラブフィールズU-15→
  呼び名   :おの


主なポジションは右SBと右SHかな。
小野くんのプレーは去年の春先にちょっと見たことがあったものの、しっかり見れるようになったのは最近でした。2月の広島遠征のとき、長身の小野くんがボールを持ってる相手選手にすいっと近づいていって、次の瞬間には小野くんが前を向いてフリーでボールを持ってるというシーンを何度も見ました。背が高いのは知ってたけど、こんなふうに動きが速くてボール奪取の特技があるとは知らなかった~と感心したのでした。
これから要注目です!




永坂勇人  永坂 勇人(ながさか ゆうと)

  背番号   :20
  去年の背番号:28
  ポジション :DF
  生年月日  :1994/5/22
  身長/体重  :180/70
  学年    :2年生
  経歴    :真栄少年団→札幌U-15→
  呼び名   :ながさか(・・多分)


長身のCBです。見たところ180センチよりももっとあるんじゃないかなあ。札幌U-15在籍中の中3のときにFWからCBに転向したそうですが、私が知っている永坂くんはDFになってからの永坂くん。
1年生だった去年は、まだCBとしての経験を積んでいる最中って感じかな。今年はポジションを掴み取りたいですね。かと言って3年生の選手たちもやすやすと明け渡すつもりはないでしょうけどね(笑)。ファイト!




荒野拓馬  荒野 拓馬(あらの たくま)

  背番号   :10
  去年の背番号:10
  ポジション :MF
  生年月日  :1993/4/20
  身長/体重  :178/62
  学年    :3年生
  経歴    :東川下サッカー少年団→札幌U-15→
  呼び名   :たくま


去年、クラブの最年少記録を更新してのJデビューを果たしました。
今年は名実ともにチームの柱に・・と思ったら、ユースは卒業ですか。トップで経験を積むのは拓馬のためには何よりですが、ユース好きとしてはもうちょっとこのチームでの拓馬も見ていたかったな・・と戯言を言ってみたり(笑)。
今年のU-18の副キャプテンです。
主なポジションはボランチ。でもサイドでもFWでも出ることもあります。
拓馬のプレーで(私が)痺れるところは、ひょいひょいと独特のリズムのドリブルで相手を次々に抜いていくところとか、人を喰ったようななんともいえない間合いで、相手のタイミングをずらして浮き球パスを繰り出すところです。あのひょうひょうとした風貌と相まって「くーーーーっっ!!」と何度にやけて歯を食いしばったことか。←変人
ああいうプレーがトップでも炸裂できたら素敵ですね。がんばって。
それと、ようやくヒロと一緒のチームでプレーできるようになってよかったね(笑)。




堀米悠斗  堀米 悠斗(ほりごめ ゆうと)

  背番号   :6
  去年の背番号:24
  ポジション :DF、MF
  生年月日  :1994/9/9
  身長/体重  :165/57
  学年    :2年生
  経歴    :札幌U-12→札幌U-15→
  呼び名   :ゆうと、ゴメス


主なポジションはボランチ、左SH、左SBです。
コンササポの間では「ゴメス」として知られている選手。でも去年の3年生が卒業したら、2月の広島遠征で見たときにはゴメスと呼ぶチームメイトがずいぶん減ってしまっていました。「ゆうと」と呼ぶ人が多いみたいです。四方さんも指示を出すときに「ゆうと」と呼んでいました。だから私も今年は「悠斗」と呼ぶことにします。ついゴメスと言ってしまうこともありますがw
去年の10月~11月、AFC U-16選手権 ウズベキスタン2010でU-16日本代表の一員として活躍しましたから、その姿をご覧になった方も多いでしょう。小柄だけどパワーとスタミナ豊富な魅惑のレフティ・テクニシャンです。
去年はチームでは左SBをやることが多かったですが、今年の遠征ではボランチに入ることが多かったです。(ボランチの一希が怪我をしていたせいもあるのかもしれません。もしかして拓馬が抜けた後のことも考えていたのかな?)
魔法の左足から繰り出すパスやドリブルも魅惑的なのですが、悠斗の一番凄いところは、90分を通じてずっと集中力を切らさずに、ピッチの至るところどこにでも顔を出して危なそうなところをカバーし、相手ボールを奪い取ってそこから自分たちの攻撃につなげることができるところ。そして攻撃に転じるときにも、ちょっとしたフェイントを入れたり切り返しをしたりと細かい工夫を怠らず、遅い時間帯になっても雑にならず、粘りとファイト溢れるプレーをずっと続けられるメンタルとフィジカルのタフさにあるんじゃないかと思っています。
はっきり言って、見たら惚れるよ(笑)。
でも残念ながら、4/3のチャリティーマッチのときはU-17日本代表のメキシコ遠征に行っているため不在です。次の機会を楽しみにお待ちください。

【2011/9/5追記】
2011/8/13(土)からしばらく(1週間くらい?)、ゴメスはトップの練習に参加しましたが、そのとき最初の自己紹介で、自ら「ゴメスと呼んでください。」と言っていたそうです。なので私も今後は大手を振って「ゴメス」と書くことにします。面と向かってはなかなか呼べないでしょうけどねw





神田夢実  神田 夢実(かんだ ゆめみ)

  背番号   :14
  去年の背番号:25
  ポジション :MF、FW
  生年月日  :1994/9/14
  身長/体重  :170/55
  学年    :2年生
  経歴    :札幌U-12→札幌U-15→
  呼び名   :ゆめ、ゆめみ


主なポジションは右や左のSHです。FWで出ることもあります。
夢実も去年のAFC U-16選手権 ウズベキスタン2010でU-16日本代表の一員として活躍した選手。そのうっとりとするファンタジスタぶりには、テレビの前で歓声をあげた方も多かったんじゃないでしょうか。
ひとりで2人を相手にしても難なくボールをキープして抜いてしまうテクニックとか、遠目のボールでも足を伸ばしてうまくコントロールしてしまうところとか、プレーの端々に「うめえぇっ(←はしたない)」と唸ってしまう要素が満載で、見ていてほんとに面白い選手です。
札幌ユースの歴史の中で何年かに1度ずつ現れる、光り輝く「札幌的正統派変態アタッカー」です。ひらめきとかアイディアを含めて、まさに「天才型」のイメージ。
けれど夢実は、天才型だけに(?)プレーにムラがあるのですわ。もしかするとスタミナのせいなのかもしれませんけれど。
試合の途中でポカッと集中が切れたようなプレーをしてみたり、あれ?なんだかテンション下がってきてる?と思うような状態になってしまったり。(ジーノ?)
そういうところを含めてもなお余りある魅力を備えた選手ですが、もし夢実が1試合続けてずっとハイクオリティな状態を維持できるようになったら、どんなに素晴らしい世界が開けるか・・・と、想像するだけでうっとりしてしまいます。




中川雄貴  中川 雄貴(なかがわ ゆうき)

  背番号   :15
  去年の背番号:23
  ポジション :MF
  生年月日  :1994/1/20
  身長/体重  :162/55
  学年    :3年生
  経歴    :滝川FC→札幌U-15→
  呼び名   :なか、なかがわ


主なポジションは左右のSHです。小柄できかん気な顔つきの超絶テクニシャンです。右利きだと思うけど(←左利きなんですって!今まで私は何を見てたの?って感じで大汗です。)、右足でも左足でも同じようにプレーできるように思います。怪我に悩まされたのか去年や一昨年はあまりプレーを見る機会がなかったのですが、去年末のGO FOR 2014 CUPあたりから再び楽しませてもらっています。
このところ、例えばGO FOR 2014 CUPで試合を見てるサポ仲間とか、例えばトップの練習に参加してプレーしているところを見たサポ仲間から、「あの子、なんていう選手?」と聞かれることがかなりありました。それだけ目を惹くプレーをしているのでしょう。
走りながら前を向いたまま足先でボールをすっと止めて、アウトサイドで舐めるようにしてピンポイントパスを繰り出すエロさときたら・・!
試合を見るとき、ナカが目の前に来る位置にいる方はラッキーです。ナカの色気ムンムンな変態技を余すことなく堪能できるでしょう。




中原彰吾  中原 彰吾(なかはら しょうご)

  背番号   :17
  去年の背番号:27
  ポジション :MF
  生年月日  :1994/5/19
  身長/体重  :174/58
  学年    :2年生
  経歴    :札幌U-12→札幌U-15→
  呼び名   :しょうご


主なポジションは右SHやボランチです。
私が彰吾を初めて見たのは札幌ドームのトップの試合での前座試合でした。ピッチを2面使って2試合同時に進行しているジュニア年代の選手たちの中で、コンサU-12でひときわ目立つプレーをしていた長い髪を後ろでしばってる選手。大型ビジョンに大写しになったとき「女の子かしら?」と思いました。家に帰ってからオフィシャルガイドブックを見て「中原彰吾くんっていうのか」と知ったのですが。
札幌U-15で久しぶりに姿を見たときにはしっかり男の子になっていて感心しましたが(笑)、ここ最近はとみに背が高くなり、胸や肩や体つきもムキムキになって、むしろたくましい部類の選手になっています。相変わらずふっくらほっぺの可愛い顔してますけど。
彰吾は涼しい表情のまま、エグい角度とスピードの鬼パスを左右に繰り出し、サイドの選手を全速力で走らせて、素晴らしいチャンスを演出します。可愛い顔してどSなところは、きっと大伍の仲間なんだろうと思います。




深井一希  深井 一希(ふかい かずき)

  背番号   :5
  去年の背番号:26
  ポジション :MF
  生年月日  :1995/3/11
  身長/体重  :170/60
  学年    :2年生
  経歴    :札幌U-12→札幌U-15→
  呼び名   :かずき


主なポジションはボランチです。
一希も去年のAFC U-16選手権 ウズベキスタン2010のU-16日本代表で活躍しましたから、もうみなさんご存じでしょう。
一希のプレーの特徴は、相手の攻撃の芽を摘む守備力と、ボール展開の視野の広さでしょう。
去年の12月半ばに代表合宿で怪我をして、しばらくは別メ調整だったのかな。去年末のGO FOR 2014 CUPのときは遠征に帯同していませんでした。でも2月の広島遠征には途中から参加していましたから、きっともう大丈夫だろうと思います。復調した一希の素敵プレー、見るのが楽しみです。




津川暢彰  津川 暢彰(つがわ のぶあき)

  背番号   :13
  去年の背番号:19
  ポジション :MF
  生年月日  :1993/5/3
  身長/体重  :172/66
  学年    :3年生
  経歴    :苫小牧FC→あつまスポーツクラブU-15→
  呼び名   :のぶ


主なポジションはSHやSBだと思います。どっちかというと守備より攻撃で印象に残る選手です。っていうか、うちのチームのサイドの選手はみんなそうか(笑)。
去年はノブくんのプレーを見る機会があまり多くありませんでした。しっかりとした技術に裏打ちされた安定したプレーがチームに安心感を与えてくれるので、今年はノブくんのプレーがたくさん見られるといいなと思っています。




濱下賢  濱下 賢(はました けん)

  背番号   :
  去年の背番号:31
  ポジション :MF
  生年月日  :1994/9/21
  身長/体重  :174/64
  学年    :2年生
  呼び名   :けん
  経歴    :石狩FC南線キッカーズ→アンフィニMAKI.FC→


主なポジションはSHやSB・・と思います。
ここ最近は濱下くんのプレーを少ししか見れませんでした。だからごめんなさい、濱下くんの最近のようすはまだよくわかっていません。去年の春の(1年生の最初の)広島遠征のときには、攻撃的なサイドの選手としてブイブイ言わせてた(←古すぎ)印象だったんですけどねえ。
今年はどんなプレーが見れるかな。楽しみにしています。




近藤勝成  近藤 勝成(こんどう かつなり)

  背番号   :9
  去年の背番号:11
  ポジション :FW
  生年月日  :1993/4/8
  身長/体重  :178/70
  学年    :3年生
  経歴    :大谷地サッカー少年団→札幌U-15→
  呼び名   :なり、かつなり


主なポジションはFWと、時々SHです。
今年のU-18の副キャプテンです。
1年生のころから試合に出ていたわりに、去年の前半は、ナリはちょっと不調なのかしら?元気ないなあと思う感じでした。でも去年の終わりころからまたモリモリ調子をあげてきている感じで、嬉しく頼もしく見ていました。ゴリゴリ系のストライカーと思っていましたが、相手に囲まれてもするりと抜け出したり、ゴール前で小洒落たパスを出したり、あら、ナリってこんなこともできるんだ?!と楽しい驚きがいっぱいでした。
今年はチームの軸として、このまま調子をあげて、どんどんゴールを量産してください。




榊翔太  榊 翔太(さかき しょうた)

  背番号   :11
  去年の背番号:18
  ポジション :FW、MF、DF
  生年月日  :1993/8/3
  身長/体重  :164/58
  学年    :3年生
  経歴    :清水サッカー少年団→清水中→
  呼び名   :しょうた


主なポジションは、FW。でも左SHもやるし左SBもやります。
去年の選手紹介で翔太のことを「どのポジションでも翔太に共通するのはその運動量とスピード」と書きましたが、その思いは今も変わっていません。というか、ますます磨きがかかった気がします。
圧倒的なスピードでピッチを駆け回り、スペースに出たボールは翔太が拾って独走するし、相手がチャンスを作ろうとすると翔太があっという間に戻って詰めているし、その状態が90分続くのですから対峙する相手選手はたまったもんじゃないだろうと思います。
翔太のガッツ溢れるプレーは見る者の心を打ち、ハートを鷲づかみにされますので、翔太ファンのサポが多いのもよ~くわかります。ギャルサポが多いかどうかはわかりません(笑)。




下田康太  下田 康太(しもだ こうた)

  背番号   :18
  去年の背番号:29
  ポジション :FW
  生年月日  :1994/4/14
  身長/体重  :180/72
  学年    :2年生
  経歴    :石狩FC南線キッカーズ→札幌U-15→
  呼び名   :しもだ、しも、しもっこ


主なポジションはFWです。
がっちりとした体躯の長身ストライカーですから、しもっこのポストプレーはロングボールを競り合って味方に落としてというのが多いかと思うでしょう?
ところがそうじゃありません。相手を背負いながらも体勢を保ち、来たボールを胸で柔らかくトラップして足元でコントロール。そのまま反転して自分でゴールへ向かったり、味方にパスを出したり。強さだけじゃなく足元の巧さ、柔らかさも併せ持つのがしもっこの魅力だと思います。
四方さんは褒めるときには「しもっこ、今のいいぞ~!」などと言い、ふだんは「しも、もっと翔太の動きをよく見て連動しろ」のように呼び、ダメ出しのときは「しもだぁ~っ!!」と呼ぶように思うのは気のせいでしょうか。




鈴木貴大  鈴木 貴大(すずき たかひろ)

  背番号   :7
  去年の背番号:17
  ポジション :FW
  生年月日  :1994/3/30
  身長/体重  :165/55
  学年    :3年生
  経歴    :アンフィニMAKI.FC→アンフィニMAKI.FC→
  呼び名   :ターボ


主なポジションは、FWとSH。
「ターボ」の名のごとく、スピード豊かな飛び出しが特徴の選手です。
しばらく怪我をしていたようで、去年のJユースの深川での試合で久しぶりに姿を見た後、年末のGO FOR 201CUPにも2月の広島遠征にもいなかったなあ。
でも先日トップの練習に参加していたと聞いたので、もう大丈夫なのかな。ターボが相手選手を置き去りにして突っ走る姿を早く見たいです。 



post by あきっく

08:00

ユース コメント(7)

気にしないでと言われても・・(超私信)

2011年03月27日

ブラックコンサドーレ日記』のブラコン2号さんがですね、自分とこにコメント欄をつけてないのに私に質問してるんです。
しかも「いーの、投げてみたかっただけ。気にしないで。」って言ってるんです。
でもその質問内容ってば、うずうずしてどうしたって答えたくなるような内容なんです。
うきーーーっ!!
どうすればいいの~~~!!
とジタバタした末、ここで勝手にお答えすることにしました。(爆)
イケズなブラコンさんはトラックバックもできない仕様にしてるので、このエントリに気づくかどうかは知らない。
いいの、自己満足だから。気にしないで。←真似っこ


ご質問の内容は「2009年6月28日(日)のサテライトの試合に出ていた『ミツ』と呼ばれるユースの選手は誰か?」というものでございます。

じゃじゃーん。
答えは、工藤光輝(みつてる)くんです。
ちなみに、この試合の私の観戦記は→こちらです。
ミツはヒロと一緒の学年で、コンサU-18では主にFWでプレーしていました。
くりくりの坊主頭で泥臭くゴールに突進していくそのプレースタイルは、特におばさまたちのハートを射抜き、1年生のころから「ミツ~!」とどす黄色い歓声があがるようなマダムキラーな選手でしたの。
ブラコンさんたちに「応援してね」と教えてくれたというその女性も、きっとミツにやられてしまったひとりなのでしょう(笑)。
ミツは高校時代の3年間をしまふく寮で過ごした寮生なので、村野さんの本「しまふく寮通信」でも3期生のページにイラストが載ってますよ~。

ミツがどんなキャラだったかと言えば、→こんなふうにゴールを決めたときにチームメイトにぼこぼこにされるような、愛され(笑)キャラです。
そして去年の12月に久しぶりに会った大学生のミツは→こんなふうに大人っぽくなってました。

・・というところで。
あー、満足した(笑)。


高円宮杯U-18プレミアリーグ ~尚志高校(福島)がんばって~

2011年03月26日

一昨年のシーズン後か去年のシーズン前あたりから、高校生年代のサッカー記事などで「現状方式の高円宮杯U-18は2010シーズンで終わりになるらしい」との話が断片的に出ていました。毎年9月から10月にかけての週末に集中的に開催されていた高円宮杯(U-18)が1年を通じたリーグ戦方式に変わるらしいという話です。
でもそれ以上の詳しい話は何もないまま2010シーズンが始まり、そして終わりました。なぜ何も発表にならないのだろう? 内容がまだ定まっていないのだろうか? 育成年代の改革(?)は前会長の犬飼さんがかなり力を入れていたそうなので、犬飼さんが退任したことで方針が変わったとかあったのかしら?と邪推したりもしました。
というわけで、今年のシーズンがもう始まるというのに、今年の試合がどうなるのか未だオフィシャルな概要発表などはないままなのですが、3/17に行われたJFA理事会の資料と昨日発行のエルゴラ記事で明らかになった現状での内容をまとめておきたいと思います。

まずはJFA理事会の資料から。
 →平成22年度 第11回理事会 協議事項 (2011.3.17)


協議事項はPDFファイルになっています(→こちら)が、ここの「11. 高円宮杯U-18 全国リーグ新名称の件」に今年の全国リーグのことが触れられています。
正式に決まったのはまだ名称だけのようですが、どういう構想になっているかは関連資料の図解がわかりやすかったです。→関連資料No.6(PDF)


ピラミッド構造

まずはすべてのリーグに「高円宮杯U-18サッカーリーグ(年号)」という統一した冠名がつき、その後にそれぞれのリーグの名前が続きます。
たとえば今年コンサドーレ札幌U-18が参加する全国リーグは「高円宮杯U-18サッカーリーグ2011 プレミアリーグ・イースト」という正式名称になったということですね。
リーグの構造としては、一番下に47都道府県別の「都道府県リーグ」があり、その上に全国を9地域に分けた「プリンスリーグ」、そしてその上に全国を東西に分けた「プレミアリーグ・イースト」「プレミアリーグ・ウエスト」があって、イーストとウエストの優勝チームが対戦する「チャンピオンシップ」があるという形になっています。
都道府県リーグとプリンスリーグの間、プリンスリーグとプレミアリーグの間には、それぞれ昇格降格があるようです。入れ替えは地域ごとの枠(たとえば北海道のチームなら北海道のチームとの入替戦とか)があるのかしら?それともリーグの成績で決める(たとえば下位2チームが入替・・・どこと?)のかしらなど、疑問点はたくさん残ったままですが。
この図では、プレミアリーグは黄色、プリンスリーグは赤、都道府県リーグは青の枠線で囲ってありますが、これって各リーグのシンボルカラーなのかしらね。

北海道のプリンスリーグは単一リーグでしたが、チーム数が多い地域ではプリンスリーグも1、2部制がとられているところもあります。というかそっちの方が多いかも。その下の都道府県リーグも1、2、3部に分かれていたり。関東なんて、あの柏ユースでさえ何年も何年も千葉県リーグからプリンスリーグにあがれなくて、今年ようやくプリンス2部への昇格を果たしたんだったかな、そんな感じだったと思います。
都道府県リーグにはBチームやCチームのエントリーも可能で、たとえば前橋育英高はAチームが関東プリンス1部に、Bチームが群馬県リーグ1部に、Cチームが群馬県リーグ2部にエントリーしているのだそうです。部員数が多いから選手の出場機会は大切ですもんね。


北海道の場合は、プリンスリーグの下に道北・道央・札幌・道東・道南の各ブロックに分かれたブロックリーグがあって、各ブロックリーグから勝ち上がったチームとプリンスリーグの下位チームで決勝大会を行い、翌年度のプリンスリーグ昇降格チームを決めるという方式でした。
ここでいうブロックリーグが上の図の「都道府県リーグ」に相当するものでしょう。名前はどうなるのかなあ。



プレミアリーグの内容について、昨日発行のエルゴラッソ990号にもうちょっと詳しい話が載っていました。

興味のある方は、1部だけでも郵送してもらえますしダウンロード版もありますので紙面をご覧になってみてください。詳しくは→こちらから。
この号の内容はこちらでどうぞ。

プレミアリーグの参加チームは、去年のプリンスリーグの成績により以下の20チームとなりました。

<プレミアリーグ イースト>
コンサドーレ札幌U-18(北海道)
青森山田高校(青森)
尚志高校(福島)
FC東京U-18(東京)
流通経済大学付属柏高校(千葉)
浦和レッズユース(埼玉)
東京ヴェルディユース(東京)
三菱養和ユース(東京)
清水エスパルスユース(静岡)
静岡学園高校(静岡)

<プレミアリーグ ウエスト>
名古屋グランパスU18(愛知)
富山第一高校(富山)
セレッソ大阪U-18(大阪)
京都サンガU-18(京都)
サンフレッチェ広島ユース(広島)
広島観音高校(広島)
立正大淞南高校(島根)
愛媛FCユース(愛媛)
アビスパ福岡U-18(福岡)
東福岡高校(福岡)


エルゴラの本文記事と尚志高監督インタビューからうかがえるプレミアリーグの概要は

  • 10チームずつのH&A2回戦総当たり
  • 4月第2、3週での開幕が予定されていたが、大震災の影響で困難に。プレミアリーグイースト、関東プリンス、東北プリンスでは日程を再調整中(関東については5月開幕が濃厚、東北は依然不透明)
  • 尚志高と青森山田高のホームゲームはすべて7月以降となった
  • 4月の試合は全部なくなって5月スタートとなった(←これは尚志高校だけのことなのかリーグ全体なのか、文脈からは不明)
  • プレミアリーグ(尚志高ホーム)の試合は郡山のグラウンドでやろうとしている

育成年代の大会は、観る人のためのものじゃなくて、選手たちのために行われるものだから、観る側の都合で「日程発表早くしてくれ~~!」というのはわがままだとは分かっていますけれども、それにしてもやっぱり日程発表が待ち遠しい限りです。遠征の手配もあるし、トップの試合との重なり具合も気になりますしね・・・。


ところで、今回の大震災の被害の大きさがわかってくるにつれ、真っ先に私の頭に浮かんだのは「尚志高校、全国リーグだいじょうぶだろうか・・?」ということでした。
去年の東北プリンスリーグの結果、仙台ユースも含めて宮城県のチームは全国リーグにはないのは分かっていましたけれど、福島の尚志高校はもしかして大変なんじゃないだろうか?と。(青森山田は大丈夫だろうと思ってました。)
今回のエルゴラッソに1ページを割いて載っている尚志高校・仲村監督のインタビュー記事を読むと、やっぱり大変な状況のようです。胸が痛む内容になっています。地震の被害だけじゃなく、福島県の場合は(風評被害も含めた)放射線の怖さという見えない敵の、今後も長く続くだろう影響が暗い影を落としているようです。
それでもなお、福島の人たちに明るい話題を届けたい、サッカーの持つパワーをいまこそ発揮したい、と語る仲村監督を、そして福島県のサッカー指導者、選手たちのみなさんを、サッカー好きのひとりとしてなんとか後押ししたいなあと思いました。
とは言ってもできることで思いつくのは、尚志高校ホームの試合には大勢のコンササポも駆けつけて、思いっきり応援して、コンサの選手たちも素晴らしいプレーを発揮して(きっちり勝ち点3をもぎとって)、充実した濃~いサッカーシーンをみんなで楽しむんだってことくらいですけどね。

この監督のインタビュー記事は、育成年代のサッカーに興味のある方のみならず、震災の被害とサッカーの関係について関心のある方なら必読ものだと思います。ぜひぜひご覧になってみてください。ダウンロード版なら147円で今すぐ読めます。
購読方法は→こちらから。 



post by あきっく

12:30

ユース コメント(14)

「倒れた人の分まで走るのが、サッカーだ」

2011年03月18日

今日であの大地震発生から1週間が経ちました。
被災地の状況はまだ大変ですが、それでも少しずつ救援の手が届き始めているようです。ライフラインが復活した地域も出てきました。
私の住む首都圏も、停電や電車の間引き運転など不便はありますが、それでもだんだん慣れてきました。もちろんそうなるには多くの人の不眠不休の尽力があったからですけど。

被災者の受けた悲劇的な被害を思うと胸が痛みますし、今なお心配な状況は続いていますけれど、直接その救護救援に力を発揮することはできない私たちは、これから長期戦になるだろう復興への道のりへ向けてそろそろ前を向くころかなと思います。
できるだけ「日常」の世界に戻り、できることをやりましょうよ。
選抜高校野球は開催できるようで、よかったですね。高校球児にとって一生に一度になるかもしれない甲子園での大会がなくなってしまったら気の毒でしたから。被災した地域の高校が活躍したりしたら、みんな元気になるし、泣きますね。
プロ野球もできるならすぐに開幕するのも大いにけっこうだと思うんですよ。
電力供給に問題のない会場だけでの開催ならば。

Jリーグも早く開催できるようになりますように・・・と祈っています。

ところで冒頭のタイトルは、セルジオ越後さんのコラムの中の一文です。
「元気な人は、行動するべきだ。それぞれの立場で、どんどん働くべきだ。」と呼びかけています。
→【セルジオ越後コラム】すべての日本人へ「倒れた人の分まで走るのが、サッカーだ」

1人負傷者が出たからといって、勝負を諦めるのか? 10人でも勝利を目指して戦い続ける、倒れた人の分まで走るのが、サッカーだ。
悲しみを超えて、みんなで立ち上がろう。

サッカー人らしい、なんてかっこいいフレーズ!
ほんとにそうですよね。
今は走れなくなっている被災地の方の分まで
みんな、がんばりましょう。


コンサドーレは明日、トップの選手、スタッフ、フロントスタッフ、ドールズ、アカデミーの選手、スタッフ、みんな総出で募金活動をするそうですね。
ユースもやるならぜひ私も飛んでいって協力したい・・と思いましたが、その分の交通費を寄付した方がいいと思い直して(笑)、私の気持ちをサポ仲間に託すことにしました。
たくさん集まりますように。
そしてコンサドーレに対する注目もたくさん集まりますように。
コンササポじゃない人が偶然通りかかって「あ、募金してるなら協力しようかな」と思って近寄っていき、募金箱のところにいる○○とか、☆☆とか(←お好きな選手名をお入れください)を間近に見て、あまりのかっこよさに心を奪われて、「きゃー、あの選手なんていう人~~?」「今度試合を見に行ってみよう~~」ってなる可能性だって大いにありますもんね。

そういう意味でもみんながんばって。
ファンを増やすチャンスです(笑)。


被災地の方になるべく早く、安心した笑顔が戻りますように。


大伍の移籍と思い出の品

2011年03月17日

2010年シーズンが終わったあと、征也がアルビレックス新潟へ、大伍が鹿島アントラーズへ、それぞれ完全移籍しました。
どちらもコンサのユース育ちで、しかも同期の2人です。
ユースのころから織り重ねてきた思い出のたくさんある思い入れのある選手が、同時に2人完全移籍でいなくなるというのは、事情はよくわかるしあたりまえだし仕方ないし、選手としての今後を応援したいという気持ちを十分に抱きつつも、私にとってはかなり切ない出来事でした。
それで2人の移籍にまつわる私の思いを綿々と書き連ねてみようと思ったのです。しかも同時に2人とも完全移籍とはいっても、経緯や私の心の動きが微妙に違う部分もあったので、その2つを対比するように別々のエントリを2つ同時に書いてみようと思っていたのです。
移籍の発表があったころは、まだ私の感情の波も高く揺れていたし、仕事も忙しくてゆっくり気持ちを落ち着ける余裕が持てなかったこともあって、つい伸び伸びになってしまっていました。
そのうちにキックオフイベントを迎えて、それどころかキャンプも終わってシーズンが開幕してしまいました。
いくらなんでも今さらだよなあ・・・と、これらのエントリはお蔵入りになる雰囲気でした。

ところが東北で大震災が起き、第1節を終えただけでリーグは中断することになり、なんだかチームはまた振り出しに戻った雰囲気で。この隙に書きかけのエントリを書いてみようかとも思いました。
でもあんな未曾有の大災害を目の当たりにした後になると、元気で生きていられて、サッカーをやれるなんて、それだけで十分幸せなことだという気持ちが強くなり、「移籍して切ないけど、でも応援する(涙)」モードのお涙頂戴話(?)なんて薄っぺらに感じる感覚になってしまいました。

なので予定を変更です。
途中まで書いた部分は消しはしないまでも、続きは書くのをやめて、最後におまけ話として付け加えるつもりだった「それぞれにまつわる思い出グッズ」を披露するエントリにしてしまいます。
移籍に関する思いは、今後別の機会で書く気になれば書くかもしれませんけれど。(鮮度がぐっと落ちてるからきっと書く気にならないと思います。)
-
大伍の移籍に関して書きたかったあらすじはこんな感じです。


  • 大伍が「新潟に完全移籍の方向でほぼ決定」と最初に報じられたのは2010/11/28のこと。福岡戦の後のホテルでそのニュースに接したのだった。新潟に残ることは予想していた事態とはいえ、完全移籍になるとはあまり思っていなかったこともあって、それが大伍のためだとは思ってもものすごく悲しい気持ちになった。
  • 週明けにも正式発表になるかのように書いてあったので、その日がくるのをびくびくしながら重苦しい気持ちで過ごして1週間が過ぎた。するとその後情勢が変わり?大伍は新潟ではなくて鹿島へ完全移籍する可能性が高いと報じられた。
  • 正直に言うと、それを見た瞬間、私の胸の中に立ちこめていた霧がパーッと晴れて、とっても清々しい気持ちになった。新潟への完全移籍と違って、鹿島への完全移籍となれば、それはもう単純に嬉しかった。我ながらはしたないほどの気持ちの変化。(新潟ごめん。と、とってつけたようにw)
  • 大伍が1年前にレンタルで新潟に移籍したときは、こんなふうに思っていた。これは当時本心だったし、大伍もたぶん本心からこう考えていただろうと信じている。
  • でも2010年シーズンが進み、コンサのJ1昇格が難しい状況になるにつれて、来年大伍はどうするだろうと頭をよぎるようになった。頭の中では「J1で活躍しているのにJ2のチームに帰ってくるわけはない」と思いつつも、胸の隅のどこかで、でもひょっとして帰ってきて「俺がコンサをJ1に上げる」と言ってくれる事態だってもしかしてもしかすると絶対にないとは言い切れないかも・・と期待してしまう気持ちが混じっていたかもしれない。
  • 頭の中ではわかっていても、あの可愛い可愛い大伍が、コンサ愛をサポにもまっすぐに示してくれた大伍が、「うちの子」じゃなくなってしまうなんて想像するだけで胸が引きちぎられるような痛みを感じてしまうので。
  • だけどほんとは知っていた。大伍の上昇志向(「向上心」と言ってもいい)は山瀬と同様、サッカーが好きで、もっとうまくなりたいと真摯に思っている選手のそれだから、うまくなるチャンス、高いレベルでプレーするチャンスを放棄してコンサに戻ってくるようなことはない。いくらコンサを愛していても。山瀬が移籍したときはそこがどうしても本当には理解できず、どうしてもコンサが「捨てられた」感を抱いてしまった。でも今ならわかる。「捨てる」のとは違うのだということがわかるようになった。
  • 大伍が新潟にいったばかりのころ、新潟のチーム誌に載ったインタビューを読んだら、そこで大伍は、「移籍は大きな決断でしたか」と聞かれて「悩んだ部分ありましたが、心の奥では新潟から話がきた時点で、行くと決めていました。」と答えていた。正直頭をガーンと殴られたようなショックを感じたけれど、でもそれが向上心の現れなのだとも思った。

新潟プレビュー誌
大伍が語ってるとこ

  • そもそも大伍は、前にも書いたことがあるけれど、ユースからトップに昇格するとはほとんど想定していなかった。トップに昇格しないユースくんたちは、中には大学でのプレーを見ることのできる選手もいるけれど、サッカーをやっているのを見ることはできない選手もいるし、どういう進路に進んだのかさえわからないままになってしまう選手も少なくない。そんなユースくんたちの卒業を見送るのはほんとに名残惜しく寂しいもの。大伍もそういう「お別れ」をするはずの選手だった。それと比べると、今回の移籍による「お別れ」は、より華やかな舞台でサッカーで活躍しているところを応援し続けることができるお別れなんだもの、なんと幸せなことか。そう思ったら全然平気。
  • 「完全移籍」で行ってしまうのは、なんだか予想していた以上にレンタルとは違う気持ちがして、我ながらびっくりの寂しい気持ちになったけど、考えてみればコンサとの契約が切れれば移籍もありうるという意味では今レンタルで行こうが完全移籍で行こうが同じだもんね。コンサでプレーするわけじゃないという点でも同じだし。なら完全移籍の方がいいじゃない。きっぱりとして。違約金ももらえるし。
  • 大伍がコンサに少しでも多くの違約金が入るようにとこだわってくれたというのを聞いて嬉しかった。
  • そして大伍が「現役の最後は札幌で」と望んでくれたというのも嬉しかった。征也が同じようなことを言ったときはカチンときたのに、大伍のは嬉しかったのは自分でもうまく説明できないけれど。大伍はJ2のコンサに戻ってコンサでプレーすることを現実の選択肢に考えてくれたという話を聞いたからかもしれない。それだってどこまで現実感のある話か、征也だって同じかもしれないのになんだか征也に悪いけど(笑)。やっぱり移籍先が「鹿島さま」の威力だろかw
  • 大伍の移籍が正式発表になったときのエントリは→こちらです。
  • アジアカップに出場するA代表の予備登録メンバーの中に入ったりして進化著しい大伍。代表の練習にも参加しました。この先が楽しみ。

大伍はシーズン前に怪我をしてしまって、水戸とのPSMにも名古屋とのゼロックスカップにも間に合わず、鹿島のユニを着てピッチに立つ大伍の姿はまだ見ずじまいです。そのまま地震によってリーグは中断され、鹿島も被害が大きくていったん活動停止になってしまったけれど、でもそのうちに鹿島で活躍する大伍の姿も見れるでしょうから、それを楽しみに待つことにします。
大伍はいったん札幌に戻ってきているそうですね。コンサの練習に混じったりすることがあったらそれもまた楽しいのに。


【大伍にまつわる私の思い出グッズはこれ】

2003年に私のバースデープレゼントに、サポ仲間が私の喜びそうなものを考えてくれて。
その結果がこれでした。




大伍に初めてもらったサイン?
コンサの「全選手名鑑」表紙に、なんと当時高1の大伍のサインをもらってくれたのでした(爆)。
誕生日プレゼントだからと頼んだのでしょうね。「おめでとう」の言葉も添えてくれています。
このころ大伍はまだユースの試合に出ることもなく、トップに昇格する可能性なんて全然考えてなかったころなのに、なのにサインをもらうのに大伍をチョイスする(私たち仲間内での)人気っぷり。
やっぱりこのころから末恐ろしい小悪魔だったのですわw




2003年、コンサが初めてサテライトリーグに参加した年に、サテライトの観戦の便宜にということだと思うけれど、宮の沢のコレクションハウスでユースの選手たちも全カテゴリー全員写真つきで収められている全選手名鑑が発行されました。1部100円でした。
当時はシーズン初めに出るオフィシャルガイドブックには、ユースの選手たちは3年生と2年生しか載らず、新1年生の名前や写真はないままでした。だからシーズンが始まってから、ユース全員を含めた全選手の名鑑を改めて作る必要があるとなったのでしょう。
当然私はすでにこの名鑑は手に入れていましたけれど、サポ仲間は、サインをもらう色紙代わりにと宮の沢でもう1冊新しいのを買って、サインをもらってプレゼントしてくれたというわけです。
ユースの選手にサインを頼む方も、それに応じてサインする方も、どうかしてると思うけど(笑)。
そしてそれを喜ぶだろうと思われている私もどうかと思うけど(笑)。




ちなみに、中に載っている大伍はこんなです。
高1のころだねえ
なんて可愛い。
征也もいます。

U-18の選手の中には智樹もエビも謙伍も野田くんもいます。睦史も。
トップだとまだ洋平も森くんも今ちゃんも健作もいたころですよー。懐かしいですね。


征也の移籍に関するエントリは→こちらです。



征也の移籍と思い出の品

2011年03月17日

2010年シーズンが終わったあと、征也がアルビレックス新潟へ、大伍が鹿島アントラーズへ、それぞれ完全移籍しました。
どちらもコンサのユース育ちで、しかも同期の2人です。
ユースのころから織り重ねてきた思い出のたくさんある思い入れのある選手が、同時に2人完全移籍でいなくなるというのは、事情はよくわかるしあたりまえだし仕方ないし、選手としての今後を応援したいという気持ちを十分に抱きつつも、私にとってはかなり切ない出来事でした。
それで2人の移籍にまつわる私の思いを綿々と書き連ねてみようと思ったのです。しかも同時に2人とも完全移籍とはいっても、経緯や私の心の動きが微妙に違う部分もあったので、その2つを対比するように別々のエントリを2つ同時に書いてみようと思っていたのです。
移籍の発表があったころは、まだ私の感情の波も高く揺れていたし、仕事も忙しくてゆっくり気持ちを落ち着ける余裕が持てなかったこともあって、つい伸び伸びになってしまっていました。
そのうちにキックオフイベントを迎えて、それどころかキャンプも終わってシーズンが開幕してしまいました。
いくらなんでも今さらだよなあ・・・と、これらのエントリはお蔵入りになる雰囲気でした。

ところが東北で大震災が起き、第1節を終えただけでリーグは中断することになり、なんだかチームはまた振り出しに戻った雰囲気で。この隙に書きかけのエントリを書いてみようかとも思いました。
でもあんな未曾有の大災害を目の当たりにした後になると、元気で生きていられて、サッカーをやれるなんて、それだけで十分幸せなことだという気持ちが強くなり、「移籍して切ないけど、でも応援する(涙)」モードのお涙頂戴話(?)なんて薄っぺらに感じる感覚になってしまいました。

なので予定を変更です。
途中まで書いた部分は消しはしないまでも、続きは書くのをやめて、最後におまけ話として付け加えるつもりだった「それぞれにまつわる思い出グッズ」を披露するエントリにしてしまいます。
移籍に関する思いは、今後別の機会で書く気になれば書くかもしれませんけれど。(鮮度がぐっと落ちてるからきっと書く気にならないと思います。)


【以下は征也の移籍に関する書きかけ部分です。】


もう来週にはリーグ戦が開幕するし、うちのチームもよそのチームもすっかり陣容を整えていて、まさに今さら・・・な感じなのですが、征也と大伍の移籍はクラブにとって(そして私にとっても)「新しい時代の幕開け」という気がするので、それを受け止めた私の心境を書き留めておこうと思います。
もっとも移籍が発表された当時と違ってもうすっかり感情の波はおさまっているし、熱く語ろうにもほとぼりも冷めてしまっているのですけどね。ここまで放置したのは意図したわけじゃなかったけど、かえってよかったかも?(笑)。


去年の12月23日に征也がアルビレックス新潟に完全移籍することがコンサと新潟双方のオフィシャルで発表されました。
■コンサ公式
コンサドーレ札幌 藤田征也選手 アルビレックス新潟へ完全移籍のお知らせ
◇この度、コンサドーレ札幌の藤田征也選手がアルビレックス新潟へ完全移籍することが決定しましたのでお知らせします。
■氏 名:藤田 征也  Seiya FUJITA 背番号 7
■ポジション:MF
■身長/体重:175cm/63kg
■生年月日:1987年6月2日(23歳)
■出身地:北海道札幌市
■経 歴:SSSJrユース-コンサドーレ札幌ユース・U-18
■出場記録
年度/所属/カテゴリー/リーグ戦/カップ戦/天皇杯
<2005>札幌…J2/1試合0得点/-/0試合0得点
<2006>札幌…J2/30試合0得点/-/4試合0得点
<2007>札幌…J2/39試合7得点/-/0試合0得点
<2008>札幌…J1/19試合0得点/3試合0得点/0試合0得点
<2009>札幌…J2/47試合3得点/-/0試合0得点
<2010>札幌…J2/30試合3得点/-/1試合0得点
藤田征也選手のコメント
『この度、アルビレックス新潟へ移籍することとなりました。ユース時代を含め、コンサドーレ札幌で8年間プレーしてきました。育ててもらった札幌でこのままプレーし続けたいという思いを強く持っていましたが、サッカー選手としての短い選手生命を考え、1年でも早くJ1の舞台でプレーしたいという気持ちは抑えることができず、移籍を決断致しました。
今まで自分を育ててくれたクラブ、そして応援してくださったサポーターの皆さまには言葉では言い表せないくらい感謝の気持ちでいっぱいです。コンサドーレというチームで育ってきた誇りを胸に今後とも自分らしく、一生懸命プレーしていきたいと思います。本当にありがとうございました。』



■新潟公式
コンサドーレ札幌から藤田 征也選手 移籍加入のお知らせ 
■コメント
このたび、アルビレックス新潟に加入することになりました藤田です。
自分にとって初めての移籍となりますが、1日でも早くチームや環境に慣れ、自分の力を最大限に発揮して新潟の勝利に貢献できる選手になりたいと思います。これから宜しくお願いいたします。


征也の移籍が急浮上したときには動揺して→こんなエントリを書きましたが、私は征也がユースにいるころから、征也に「コンサのバンディエラになって欲しい」と思ったことは一度もありませんでした。
征也はコンサユースに入るとき、他にもJリーグの数クラブからユースへの加入を勧誘され、実際に練習にも参加してみた末に地元のコンサユースに入ることにしたのだと報道されていたほどの、いわば鳴り物入りでコンサユースに入った選手でした。ですから私も初めて征也を見たときに「へえ、この子か・・」と特別な眼差しで見つめたものでした。
そんな凄い選手なら、コンサのトップに昇格しても一生をコンサで過ごすことはなく、いずれはもっと強いクラブ(できれば海外のチーム)に飛び立っていくだろうと思いましたし、そんなふうに順調に育っていって欲しいと願いました。
クラブも征也の育成にはけっこう気を遣っていたんじゃないかなと今振り返ってみて思います。1年生の早い時期からすぐに試合に出たのは珍しいことではないとしても、素晴らしく上手くて尖った我の強いプレーをしていた征也を、伸び伸びとうまくチームの中で力を発揮させながら、いろんなポジションを体験させてプレーの幅を広げたり。なんと言っても私から見て圧巻だったのは、3年生になって征也をキャプテンに据えたことです。前にも書きましたけれど。あれは本当に驚きました。するとあんなに制御不能なほど「瞬間湯沸かし器」に見えた征也が、チームへの責任感溢れるプレーで引っ張る頼もしい選手に変貌したんですよねー。

でもプロ選手になってからの征也は、ギラギラした野心的なところが薄くなってスピードとスタミナで攻守に貢献する「使いやすい」「計算できる」選手になりました。プロ選手として生き抜いていくための素養として大事な部分なのでしょうね。あとはこれという「武器」を磨いて、さらに大きく開花していく一歩手前まで来ているのじゃないかなあと(素人の上から目線で)思っていたところの移籍でした。
この移籍がいい刺激と触媒になって、一気に大開花することを祈っています。
<書きかけここまで>

この後

  • いったん「残留宣言」「チーム愛から残留を選んだ」みたいな記事が出てその直後の移籍劇だったから、ショックが大きかったよ。
  • 当初の「コンサに残る」方向が、自分の意思で(複数の選択肢から)それを選んだんじゃなくて、オファーがないからそれしかなかったからという状況だったなら、たとえ流れから仕方なかったのだとしてもあんな記事を書かせちゃダメだよ。そこはプロとしてしたたかにならなきゃ。
  • 結局、プロ選手としての自分の立ち位置とか行く末に対する見通し、覚悟が甘かった部分があるんじゃないかな。厳しいようだけど。
  • などと苦言を(恨み言を?)呈してから、けれど移籍の決断はあたりまえだし、むしろ「残留宣言」の方が意外だったし、向上心をギラギラさせる征也を嬉しく思うよ。
  • ただ、移籍先が新潟というのがねー。しかもポジションも移籍の経過も完全に「大伍の後釜」「大伍の代わり」みたいな位置づけなのに、それを征也が受け容れるとはちょっと意外だったわー。もしかして征也のプライドがその選択を拒否するかもと思った。だってユースのころからの征也と大伍の位置づけを思えばねえ。そんなこと言ってられないほど「時間がない」と急ぐ気持ちだったんだろうね。内田篤人とか香川とか同年代の選手の活躍ぶりを見ていると無理もないと思うけど。
  • けどコンサが今この位置にいるのは、征也を初めとする主力選手たちのせいでもあるだろ、責任とってよ、と言いたい気持ちもある。正直に言うと。言っても仕方ないから言わないけど。(←言ってる。)
  • 移籍先が同じ新潟でも、去年の大伍の移籍のときとは何だか違う感じ。完全移籍のせいかもしれない。チームの想定外の、慰留を振りきっての急な移籍だからかもしれない。こうなったらきっぱりと送り出して、振り向くなと言いたいし、追いかけてもいかないよ、というような気持ち。だから戻ってくるところがあると思わないで。戻ってくるとも言わないで。
  • 「いつか札幌に戻って恩返ししたい」というようなコメントは言って欲しくない。だってコンサが下で、征也のいるチームの方が上、という立ち位置にずっといるつもりは(サポとしては)ないから。戻ってきたいと言われても、それが「温情による恩返し」になるとは限らない、それどころか、有力選手がコンサに入りたいと思ってもそう簡単に入れるわけではないチームになっているかもしれないのだから。少なくともサポとしてはそれを目指すんだから。
  • もしも今後、征也の進む道とコンサの進む道が縁あって交わることがあって、そのときにコンサに移籍するタイミングがあったりしたら、それはそれで感慨深いと思うし嬉しいと思うけどね。でもそれはコンサとは関係なかった他の選手と何ら変わらない一般的な可能性の話。
  • だから後ろを振り向かず、覚悟を決めて、大きく羽ばたいていけるようがんばって。きっとこの移籍の刺激は、ぴりっと征也のサッカー人生を引き締めて、一皮剥けて大きく成長するための良い触媒になる気がする。だからがんばれ~。

とまあ、順不同ですがこんな内容を詰め込むつもりでした。


征也に関する思い出グッズはこれ。




征也のJデビュー
ユース時代にJデビューを飾った試合の、まさに出番を待つ征也の後ろ姿を撮った写真に、後からサインをもらったものです。
あれから100試合かあ。って思いながらこんなエントリ→100試合おめでとうも書いたんだったわ。






征也に初めてもらったサイン
そしてこれは私が初めてもらった征也のサインです。とはいっても自分でサインしてもらったのではなく、後から色紙をいただいたものなのですけど。
サインの日付は2006年のキックオフイベントの日です。色紙の上の部分には私の本名が入っているので隠しちゃってますw
この年私は、晴れてプロ選手になった征也のお祝いに・・と思ってユース時代に撮り溜めた征也の写真をアルバムにまとめ、キックオフイベントの日に持参して、HFCの人に託して渡してもらったのです。
そしたら征也がそのお礼にと思ったのか、当日家に帰ったあと色紙にサインして、関係者を通じて後でプレゼントしてくれたのでした。
これいただいたときはかなり舞い上がったっけ(笑)。
今と比べるとあのころの私はずいぶんウブというか、慎ましやかだったかもしれない。今はすっかり図々しくなって

この先征也がすっごい大選手になって、この色紙がますますお宝グッズになる日を楽しみにしてますからねー。
今年の開幕戦でのさっそくのゴールおめでとう。移籍後すぐに結果を出して、ほっとしただろうなと思ったところで中断になってしまいましたが、この先もきっと順調にやっていってくれると思っています。
なんせ私の素人目線からは、征也はすっかり大人の選手になってもうすぐ大開花する寸前って匂いを発していましたからね。できればうちにいるときに大開花して欲しかったんだけどね(笑)。


大伍の移籍に関するエントリは→こちら



つらい状況だけど、悪いことばかりじゃない

2011年03月16日

3/11(金)に起きた東北太平洋沖大地震の被害は本当に甚大です。
地震って地面が揺れることによる直接の被害(家屋の倒壊など)もさることながら、それに伴って起きる津波や火災などの威力もそれに劣らずというか、それ以上に恐ろしいものなのだなあと今さらながらに認識しました。
今回はそれに加えて地震・津波によって福島にある原子力発電所が受けた損傷も憂慮すべき状態のようで。なんとか事態が好転しますようにと祈る思いです。
そして災害現場での救助・救援をはじめ、少しでも多くの人を助けようと危険で辛い作業に従事されている多くの方々に、ほんとうにありがたいと感謝の思いを改めて強くしています。

首都圏に住む私の日常生活も、けっこう影響を受けています。
東京電力の供給電力量が不足することにより計画停電とか、その影響での電車の運休とか。通勤がままならなくなるのは困ったものです。電力不足はこの先も長期間にわたって続くと思うので、停電は避けられないとしても電車の運行はなんとか回復して欲しいなと願っています。
なぜか過剰反応で食べ物や日用品の買い占めも起きているようで、スーパーでも買い物も不自由な感じになって目を丸くしているのですが、ま、これはすぐに元に戻るでしょう。


大災害の被害で辛い話や悲しい話や胸が痛む話があふれていますが、そんな中でも人の優しさや思いやりが感じられてほろっとすることもけっこうありました。あちこちでそんな素敵な話が紹介されていますよね。
もしかするとこんな場面にならなければ見聞きすることもなかったかもしれない「ちょっといい話」。こんなことにならず、見聞しないで済む方がよかったには違いありませんが、起きてしまった悲惨なことがらの中で明るい救われる話を聞くのは希望の灯火だなあと思いました。


私が八軒中学校の出身であることは以前のエントリで書きましたが、そのエントリに八軒中学校サッカー部の息子さんをお持ちの方がコメントを寄せてくださったことがありました。私の後輩にあたる生徒さんになりますね。
私のその後輩くん・・・と呼ぶのも面映ゆいほど年は離れていますけど、中学1年生かな、2年生かな、の彼が、今回の震災でたいそう心を痛めて自分に何かできないかと考えたそうです。
そんな彼の真摯な思いに心打たれて、昔のエントリのコメント欄でひっそりやりとりしているだけではもったいないと、ここで新しいエントリにしてご紹介しちゃいます。
不正確になるといけないので、要約じゃなく、やりとりとそのままここにコピーしますね。



【以下はコメント欄でのやりとりのコピペです】

◆2011-03-13 18:07 の「まま」さんの書き込み
地震大変な事になりましたね。息子が少年団の時に選抜で青森の子のホームステイがありました。私も観光の引率などしました。息子の友達は連絡がとれないらしくあせっています。私たちに何が出来るのか息子に問われてもなにも出来ない自分がいます。今私たちに何が出来るのでしょうか。暗い文章ですみません。

◆2011-03-14 02:42 の私のお返事
>ままさん
それは心配ですね。
私もどうしていらっしゃるか気になっている方がいるのですが、どうすることもできず、ただご無事でありますようにと念じています。
いま私たちができることは、自分たちの日常の営みを続け、被災者の状況に関心を持ち続けることじゃないでしょうか。直接物理的に役に立つ救助救援はその道のプロにお任せするしかないでしょうが、しばらく経って現地の必要なもの、私たちにもできることが明らかになったら、そのときにできる協力をすればいいんじゃないかなと思います。
復興はたぶん長い時間がかかるから、すぐ忘れてしまうのではなく「少し愛して。なが~く愛して。」(←古っ)の心持ちで。

◆2011-03-14 22:55 の「まま」さんの書き込み
ありがとうございます。大きな体で泣きながら出来ることの模索をしている息子の姿は胸が痛みますが今わたしたちに出来る節電をしつつ彼の中でも答えが出るよう見守ってゆきたいと思います。どうか被災地の皆様今も救済に尽力されてる皆様に遠くはあっても確かな道程がありますように。中学生の息子に人として一番大事な事を教えてもらったきがします。そちらも大変だとおもいます。その中で返事をして頂いて感謝の念に耐えません。

◆2011-03-15 12:02 の私のお返事
>ままさん
私の後輩のサッカー少年くんは、大きな体と優しい心の持ち主なのですね。素敵だわ。
ツイッターでみかけた心温まるお話がありました。
ぜひ息子さんに読んでもらってくださいな。
そして勇気凛々でいっぱい勉強してサッカー(に限らないけどw)をしていっぱい青春を楽しんで、さらに素敵な若者になっていってねとお伝えください。
http://chodo.posterous.com/45938410

◆2011-03-16 16:18 の「まま」さんの書き込み
昨日卒業式でした。送る側で早く帰宅した息子が大きいダンボールを持って私に着いてきてと言うので何と無く察してはいたものの知らん顔で一緒に近所のゲーム店に行きました。彼は自分のこずかいで貯めたほとんどを売り彼にとっては大金なそれを自分の財布に入れることも無く横の募金箱に入れました。店員さんも驚いたらしく私に大丈夫かと尋ねましたが息子がハイと笑って二人でみせを出ました。私も募金しましたが横を歩いていた息子は自分の記憶にあるよりずっと大きかったです。皆大人になるんですね。



(このあとのやりとりは省略)

こういう若者がいるって、とっても素敵ですね~。
八軒中学校サッカー部をますます応援しちゃいます。
今年もまたサッカーに、ボールパーソンに、思いっきりがんばって欲しいです。


post by あきっく

22:30

日常 コメント(8)

サッカーのある日常の幸せ

2011年03月12日

昨日、最初に大きな地震が起こったときは、職場で仕事の打ち合わせをしていた最中でした。
前日にも「あら・・?なんだか揺れてない?」と言い合う程度の地震があったところだったので「今日もまた地震?」と顔を見合わせながら、横揺れがしばらく続いているのを感じました。なかなか揺れがおさまらず、それどころか揺れがだんだんと激しくなってきたので、これは大きな地震なのかもしれないと思いました。横揺れで部屋の壁がミシミシいっている感じで、下から突き上げるような揺れはなかったので、震源地は遠そうだ、それでこんな揺れだとしたら、震源地に近いところはかなり揺れただろうなと思いました。
とりあえず部屋のドアを開けて退出口を確保したうえで状況を見守ることとし、揺れがおさまった後も断続的に余震が続くため、外に出ていた方がいいだろうということになりました。寒いことは寒かったけど、それでもお天気のよい日の明るい時間帯で助かりました。

職場の建物は水が出なくなってトイレも使えなくなり、あたり一帯が停電しているようで、待っていてもなかなか復旧する兆しがありませんでした。まだ明るい時間だったから落ち着いていられましたけれど。
横須賀市の防災広報が津波への警戒を呼びかけていました。職場のあるあたりは海から1.5キロほど離れた高台の上なので津波は大丈夫だろうと思っていたのですが、あとで知った仙台の津波の被害状況からすると、津波の威力はそんなレベルじゃなかったのですね・・・。

電車は全線止まっているようでした。
電車が動いてくれないと、ふだん電車で片道2時間弱かけて通勤している私は、りっぱな帰宅難民です。横須賀中央駅に行ってみましたけれど、駅自体も停電しているし、電車はいつ動くようになるか復旧の見通しが立たないとのことでした。駅は停電していましたが、幸い駅周辺の商店街や街灯や信号は明るくきちんと動いていました。
早い段階でチャオコンからJリーグ全試合中止のお知らせメールが届いたので、それでかなり余裕をもってその後の行動を考えることができました。物事の重大さ、優先度合いの判断が違うでしょと思われるかもしれませんが、変な話、ほんとにこれで気持ちのゆとりができたのです。我ながら困ったちゃんですね。
駅ビルも駅周辺のお店も続々と早めに閉店し、駅前には行き場所のない人がおおぜい立っていました。タクシー乗り場やバス乗り場にも長い列ができていましたけれど、バスもタクシーもまったく見かけませんでした。だから道路は空いていました。
午後7時を回るころ、小学校を避難所として開放するので帰れなくなった人は避難所にも案内しますとの呼びかけがありました。
結局私は、職場近くに住む同僚が家に車をとりにいって都内まで送ってくれて、そこからまた別の人がリレーして車で家の近くまで送ってくれて、というご厚意で昨夜12時ころに帰宅することができました。首都高は閉鎖されていましたけれど、それ以外の高速道路やバイパスは通れる区間もあり、一般道は信号も平常どおり動いていました。渋滞している部分もありましたけれど、どの車も落ち着いて譲り合っての運転で、殺気だった雰囲気はなかったです。歩道には、歩道を埋め尽くすくらいたくさんの人がぞろぞろと歩いていました。みんな歩いて帰るんだなあと心の中でエールを送りました。コンビニの明るい光は救いだったんじゃないでしょうか。ちゃんと営業しているのには感動しました。商品がどれほど残っていたかはわかりませんけれど。

家に着くと、積んでいた雑誌の山が崩れて床に散乱していましたけれど、それ以外は被害はなく、水も電気もガスも無事でした。ありがたかったです。余震が続いているのは気持ち悪かったですね。まだ余震は続いていますね。
家につくまでは携帯やiPhoneの電池容量が心配で各地の被害状況はあまり見ていなかったものですから、仙台や福島の悲惨な映像は帰宅して初めて見ました。ひどいらしいとは聞いていたけれど、これほどとは・・と言葉を失いました。

都内で仕事中だった夫や横浜に住む妹家族や札幌の実家とは、携帯のメールで連絡をとることができていました。かなり遅れて届く状況でしたが。
通話は無理でしたね。
夫は仕事の都合でまだ帰れないようですが、彼の職場はいざとなれば家まで歩いて帰れる距離なので、まあ大丈夫でしょう。

東京電力によると、今日の夕方以降には電力不足になることが予想される事態だそうですね。電気を切実に必要とされる方に少しでも届くように、節電に努めようと思います。
幸い今日もよく晴れています。
お日様の恵みに感謝しつつ、明るいうちにできることを済ませておきたいと思っています。
お互い知恵を絞って、電気や水などなるべく節約して過ごせるように備えておきましょうね。


愛するチームの動向に一喜一憂し、あのプレーが素敵だったと喜び、無様に負けたといってがっくりし、好きな選手が移籍してしまったと悲しみ、次の試合こそはと期待に胸躍らせる。
そんな日常がどんなに幸せなことだったか・・と改めて痛感した出来事でした。

災害に遭われた方がひとりでも多く助かりますように。
少しでも早く穏やかな日常を取り戻せますように。
災害地の救助や救援のために働いてくださっている方々、ライフラインの確保をはじめ人々の日常の暮らしを守るために働いてくださっている方々、本当にありがとうございます。


post by あきっく

11:45

日常 コメント(11)

ヒロと山瀬

2011年03月10日

「山瀬」と言ってもマリノスサポーターからすれば「功治?幸宏?どっち?」でしょうが、コンササポにとってはただ「山瀬」といえば「山瀬功治」に決まってます。
そして、「ヒロ」と言えばコンササポーターにとってもいろいろあるのかもしれませんが、私の場合、「ヒロ」といえば古田寛幸に決まってます。(や、実を言うと前寛之の可能性も出てきたのだけども、それはまだおいといて。)

今年のオフィシャルガイドブック巻頭に、北海道出身選手6名の座談会がありました。ユース出身選手4名と、らんた出身選手2名での対談です。オフィシャルガイドブックにはまだ読んでないページもあるというのに、ここはもう何遍読んだことか(笑)。
いろいろ盛りだくさんな興味深い話をしていますので、まだ読んでない方はぜひ手にとってご覧になっていただきたいのですが、その中に、ヒロが当時憧れていた選手が山瀬だったという話が出てきました。
「へーえ、ヒロは山瀬が好きだったのか~」と感心するのと同時に、ヒロがドリブルでゴールへ向かって突進していく姿がそういえばなんだか山瀬を彷彿とさせるわ、とも思いました。
ヒロのドリブルの方が山瀬よりちょっと軽やかですけれどね。

山瀬がうちにいたころってヒロはどのくらいの歳だったんだろ?と指折り数えてみました。
ヒロが札幌U-15に入った年が2004年になりますから、山瀬がコンサに入った2000年にはヒロは小3です。ちょうど東川下少年団に入って本格的にサッカーを始めた年です。
ということはヒロが4年生のときに山瀬が新人王をとり、5年生のときには山瀬が10番を背負って名実ともにチームの大黒柱になりシーズン中に大怪我をして・・・という時期にあたるんですね。
宮の沢で1人遅くまで居残り練習をしているのを見たというのはどの年なんでしょう。2年目あたりかしら?

ヒロが初めてコンサのアカデミーの存在を知ったのは赤池さんに誘われたときということですから、ヒロが5年生のときのはずです。赤池さんはヒロのプレーを見ててっきり6年生だと思って「来年は絶対にうちにきてね」と誘ったところ、ヒロが困惑して「僕まだ5年生だから・・・」と答えたエピソードがあるらしいので。ということは、ヒロはもしかしてコンサのアカデミーを知る前から宮の沢でコンサの練習を見ていたのかしら・・・。


山瀬は高卒ルーキーの年にキラリ☆と輝く活躍を見せて、2年目にはJ1でチームの主力選手として活躍し、そして3年目には押しも押されもせぬ中心選手の貫禄を見せていました。クラブはこの年山瀬に日本人選手初の10番を与え、地元出身の輝かしいスター選手、クラブの宝という扱いでした。
振り返ってみれば、ヒロも今年3年目にあたります。ヒロの場合は1年飛び級でトップに昇格したので、同じ3年目でも山瀬より年はひとつ下になりますけれど。
そしてヒロも今年はまさしく「チームの顔」ともいうべき扱いですよね。HFCはヒロを前面に押し出してコンサドーレを売り出しています。あれだけプレーが魅力的で、目を惹くようなイケメンで、しっかりとした受け答えができて、「年代別代表選手」の箔があって、しかも小さなころからコンサ育ちの地元っ子となれば、クラブの営業的にもこれ以上ないでしょ。というくらい好条件が揃ってますもんね。


クラブの営業だけじゃなく、チームにとっても、今年ノブリンは攻撃の大事な部分を担う選手としてヒロに期待しているところ大のようです。
もちろんサポも!
そして本人も、自分が中心となってチームを引っ張っていこうという自覚と責任と意欲をしっかりともっているようで、頼もしい限りです。

山瀬は不運なことに3年目に、プレーが輝きを放っていた時期に怪我をしてしまい、その後もかなり苦労をしました。
ヒロにはそんな不運がありませんように、順風満帆で充実したプレーがずっとずっとできますようにと祈りつつ。
ヒロがひっぱるコンサを隅々までしっかり見て、喜んだり笑ったり泣いたり怒ったりしながら熱く応援して。
ヒロと一緒に過ごす幸せな時間を存分に味わいつつ、今年のシーズンを思いっきりコンサと一緒に歩んでいきたいなあと、そんなふうに思いながらオフィシャルガイドブックを眺めるのでした。


【ヒロと山瀬のこと以外でこの座談会で印象に残ったエピソード追記】

  • 純貴が裕樹くんに対して「部活と違ってユースは上下関係にうるさくないし・・」みたいな光線を発していたようですが、そうは言いながらユース出身選手が互いを呼ぶ呼称がみなきっちり先輩・後輩の関係を明確にしていたのはちょっと笑えました。さすがにこの年代の子たちって1歳2歳の差でも大きいのよねー。
  • 純貴がユースにいた3年間、らんたとの公式戦(つまりプリンスですよね?)が3回とも引き分けだったとは意外でした。札幌第一にはなんとなく苦手意識があったのですが、らんたにも勝ってなかったのねー。
  • 陽輔がいたフォーザFCって名門クラブだったのね。というか少年団と比べるとクラブチームって強豪なイメージなところが多いのかしら。陽輔はヒロより1コ下だけど、その陽輔が10番を背負っているフォーザと対戦するときヒロが「緊張していた」というのもなんだか微笑ましかったです。ということは、そのときって実は拓馬もいたのかしら。
  • ヒロはオフィシャルサイトの選手プロフィールでも自分のベストゲームに「小4のときのフォーザ戦」を挙げています。どんだけフォーザを意識してたんだろう(笑)。そしてどんだけスペクタクルな試合だったんだろう。陽輔は対談の中で小2のときに少年団からフォーザに移ったと話してますから、ということはこのときに小3だった陽輔も対戦相手にいたんでしょうね。

第21回国際親善ユースサッカー大会 イギョラ大会

2011年03月07日

◆ 第21回国際親善ユースサッカー大会 イギョラ大会
主催:(財)東京都サッカー協会・東京朝鮮中高級学校サッカー部OB会
期間:2011年3月19日(土)~3月21日(月)


第21回イギョラ杯ポスター
  今年もコンサU-18は
  イギョラ杯に参加するようです。
  在日本朝鮮人蹴球協会の
  オフィシャルサイトで
  大会要領が発表されました。
   →こちら
  今はまだピッチに雪が積もっている
  札幌では外でのサッカーが
  できない選手たち。
  こういう遠征の機会に
  久しぶりの広々したサッカーを
  思いっきり楽しみ
  個人の力を伸ばすとともに
  高円宮杯U-18プレミアリーグに
  向けてよい準備を重ねていって
  欲しいと思います。

  そして「ユースを見てみたいけど
  なかなかチャンスないんだよね」と
  思っている関東在住サポの皆様、
  ユースくんたちの活きの良い
  プレーを生で見るチャンスです!


  3月の3連休は、
  ユースの選手たちのプレーで  
  コンサの未来を見つめてみませんか?



◆参加チーム 
グループA:東京朝鮮高校(東京)、韮崎高校(山梨)、尚志高校(福島)、青森山田高校(青森)
グループB:朝鮮高校選抜、都立駒場高校(東京)、浦和レッズユース(埼玉)、コンサドーレ札幌U-18(北海道)
グループC:FC東京U-18(東京)、駒澤大学高校(東京)、鹿島学園高校(茨城)、八千代高校(千葉)
グループD:成立学園高校(東京)、流通経済大学付属柏高校(千葉)、矢板中央高校(栃木)、三菱養和SCユース(東京)


試合の日時・組み合わせは、朝鮮高級学校サッカー部のサイトにはまだ去年のものしかありませんでしたが、日韓サッカーの架け橋Between日記というブログで組み合わせ表を貼ってくれています。 →こちら

◆コンサU-18の試合日程
(予選リーグ)
3/19(土)16:00 vs浦和ユース @駒沢公園第2グラウンド
3/20(日)10:30 vs都立駒場高校 @朝鮮大学校グラウンド
3/20(日)14:00 vs朝鮮選抜 @朝鮮大学校グラウンド

(決勝トーナメント)
3/21(月祝)9:00~ 会場・対戦相手とも、1、2日目の戦績次第

このほかにもB戦があるようですが、コンサU-18はB戦を組めるだけの人数がいるのかな?
このあたりはちょっと見当がつきません。
もしB戦も見れたらラッキーということで。

去年の暮れの GO FOR 2014 CUP に引き続き、また優勝の笑顔が見れたら最高ですね。
そうじゃなくても、みんなが思いっきり伸び伸びサッカーをやって、自分の長所を磨き、課題を克服するための良い機会になるといいなあと思います。
あー楽しみ!


【2011/03/15 23:30追記】
残念ながら大会の中止が正式に決定されたようです。
仕方ないですね。都内はまだ余震が続き、停電もあり、電車の運行もかなり乱れていますから・・。
ユースくんたちは外で伸び伸びサッカーする機会が減ってしまったけれど、うまくトレーニングを積めますように。(トップと試合する?)
札幌の雪も早く溶けますように。
地震も地震の影響も早くおさまりますように。



post by あきっく

19:12

ユース コメント(7)

【第1節】純貴のゴールがっ、見たいのっっっ!!(半ギレ)

2011年03月07日

2011/03/05(土)14:00 @ニンジニアスタジアム
J2 第1節
コンサ 0-2(0-1、0-1)愛媛FC
得点者:ジョジマール(愛・16分)、赤井秀一(愛・56分)
試合結果詳細→ 札幌公式 J'sGoalサマリー



大伍の初ゴールの楽しい思い出はあるものの、それ以外はなんだか悲しい思い出が多い愛媛。2006年の→このときとか。テレビで見てただけだけど「唐紙事件」もここだったわ。そもそも愛媛だけじゃなく四国全体が相性よくないんでしたっけ?
でもリーグ開幕戦となれば話は別です。新しい年の始まりだもの。過去は過去。新しいストーリーをここから作っていかないとね!(←スタジアムでのコールリーダーの受け売りw)




うわじま牛鬼まつり
と、やや勇んで松山空港に降り立つと、なんだかぼよ~~んとしたものが出迎えてくれました。
「牛鬼」だそうです。



牛鬼の全身
全身像はこんな感じ




みこしの先導をするそうです
説明文もありました。
うわじま牛鬼まつりでは、この牛鬼が御輿を先導するのだそうです。
健作もこの牛鬼を見て育ったのかしらん。






Match Cityは松山市
今回の Match City は「松山市」だそうで、スタジアムの周囲には松山市の名産品やグルメなどのお店が出ていました。





鯛めしとかたこめしとかみかんとか
鯛めしとかタコめしとか。みかんもあります。
そういえばここでは、きれいな色の貝殻に見とれたり(中身も美味しかった)、売店の人からオレンジをサービスしてもらったり。試合外のことではよい思い出がたくさんありますわ。





なんか目を惹きました
お、なになに?
「水軍カレー」とな?? (←珍しいものにすぐ惹かれる)





忽那水軍カレー だそうです
「忽那(くつな)水軍カレー」とあります。
瀬戸内の水軍は村上水軍だけじゃないのね。
ふつうのカレーが300円、あわび1個まるごと乗ったのが800円ですって。





あわびあり、の方で
で、ここはやっぱりあわび入りでしょう。
ごはんがほんのり色づいているのは愛媛県産のオレンジ果汁で炊き込んであるんですって。
食べてみるとカレー自体がさっぱりとした酸味のあるトマト系?(もしかしてオレンジ?)の味だったせいか、ごはんのオレンジ味は感じませんでした。
あわびは・・・。うん、話のタネにはいいよね。
カレーとあわびは同じお皿には乗っているけど別々の食べ物、という感じでした(笑)。





アウェイ側売店のビールは
ビールはどこも「アサヒスーパードライ」なんですが。アウェイ側の売店だけは、こんなことになっていましたよ。
さすがです!!
「これ、コンササポ向けに特別にですか?」と聞いてみたら「そうです」との答え。そして「さっきからサッポロしか売れないんです(笑)」と笑っていました。
見るとケースの中ではスーパードライも一緒に冷やされてはいるのですけど、そりゃそうですよね。
私が最初にここを通りかかったときには買いに来たサポに「サッポロですか?」と確認してから黒ラベルの缶をプシュっとしてたお兄さんも、後で買いに行ったときには「ビール2つ」とかしか言わないサポにも自動的に次々と黒ラベルの缶を開けてました。きっと「やっぱりサッポロ置いといてよかった~~」と思っていたに違いありません(笑)。





クラブコンサドーレの対応ですね
そんなアウェイ側入り口の横には「クラブコンサドーレ」の対応と思われる係の方も。お疲れさまです。
私は無事カードを受け取れていたので、チケットもぎりのところでワンタッチパスの機械にカードをかざし、ぽろろろ~ん、という反応音にちょっと感動してみたり。






コンササポのエリア
コンササポはアウェイ側ゴール裏のバックスタンド寄りに固まるようです。ここのスタジアムはそういえばホーム側とアウェイ側はふつうとは逆でしたね。入り口から遠い側がアウェイ側へと途中で変わったんでした。
ゴール裏のスタンド下に得点ボード?(←こちらからは見えないので表示内容不明)と思われる電光掲示板が置いてあって、そこの上のエリアは入いれないようにロープが張ってあります。
なので向こう側のエリアに入りきれないサポは立ち入り禁止区画よりこちら側に座っていたのですが。
後でコールリーダーが、たぶん一緒に応援しようと呼びかけるためだと思うけど、「このあたりにいる方たちは、やっぱりふだん座って観戦するという方が多いんでしょうか?」と聞きにきてくれて「あっちに入れないからここにいる」という人がけっこう多いのを知ると、席に広げていた大型フラッグをはずしてサポエリアを広げてくれました。
ぞろぞろそちらへ移るコンササポ。
アウェイ側チケットの前売販売数に比べて、予想以上に多くのコンササポが集まったみたいです。






ひっきーがんばれ
目の前ではGKが練習中。
ホスンとひっきー。どっちが出てもJ初出場ですもんね。しかも開幕スタメンという晴れ舞台で。
ホスンも応援してるけど、どっちかといえばひっきーが出場するのを見たかったなあ。と、ユース出身選手びいき丸出しなことを思いつつ、ひっきーもいずれチャンスがあるかもしれないのだからがんばれ~~と内心で声援を送ります。
や、もちろん、ホスンもがんばれ~、ですよ。






愛媛サポ
正面に見える愛媛サポ。
愛媛サポはどっちかというとメインスタンド寄りに集まっているのかな?






オ~レくんたち
ピッチ上には愛媛のマスコットたち。
オ~レくん、たま媛ちゃん、伊予柑太の3人です。
伊予柑太ってGKだったのね。
ドーレくんの「くん」がひらがなであるように、オ~レくんの「~」は「ー」じゃなくて「~」なのがこだわりだったと思うけど、変換は面倒です。愛媛サポは単語登録してるのかしら。





私は赤フラッグエリア
USの方たちが小旗をたくさん持ってきてくれて、選手入場時には小旗を振って迎えようとのことでした。サポエリアの左側半分が黒、私たちがいる右側半分エリアは赤色のフラッグです。
青い空によく映えるわ。







選手入場のときにフラッグを振って
選手入場時にはサポエリアの中央はビッグフラッグ(アウェイ用)が下からするするとサポを覆い、その両側にはみ出した部分のサポは最初からフラッグを振ります。
そしてフラッグが降ろされた後はフラッグに覆われていたエリアのサポもそれぞれ赤と黒のフラッグを振るという段取り。
どんな感じに見えていたのかな。
開幕のお祝い気分が盛り上がりました。
たすき、ダンマク、たくさんの小旗、フリーペーパー。重いでしょうにたくさんの物を運んできてくれたUSの若者たちに感謝です。





【そして始まった試合の感想】

  • スタンドがピッチから遠くてしかも傾斜が緩かったものですから、プレーは見えにくいところもありました。特に向こう側のゴールあたりの距離感はよくわかりませんでした。前半は向こうのゴールに向かってコンサが攻める側です。もうかなりゴールに近づいていると思ってもまだ距離があったりしたのかな。
  • 新しい選手も含めて選手の顔は覚えたつもりでいましたが、実際に試合でプレーしている姿はまた別ですね。遠くて小さいせいもありますが、最初のうちは誰が誰やら・・・。「23って誰だっけ?」としばらく考えてしまいました。変だなあ、少なくとも今日のスタメンの選手でわからない選手はいないはずなんだがなあ・・と不審に思いつつ双眼鏡で覗いてみると、やだ、山下じゃない。ノブリンが「タツ」と呼び、私も先日熊本キャンプで見て「いい感じ(*´Д`)」と思ってた山下じゃないの。彼はすっかりレギュラー組の認識だったので、なんとなく3とか4とか5とかの若い番号だと思っちゃっていました。そういえば23だったんだわ。じゃあ3って誰だったろう・・?と思って「あ、チアゴ・・(爆)」。
  • そんな山下のプレースタイルは、やっぱり私の好きなタイプだわ(はあと)と思いました。ああいう風に足元も巧くて粘りもあるタイプのDF、好きです。河合キャプテンと良いコンビだと思いました。
  • 俊ぴーの「6」はすんなり目になじんだんですが、そして右サイドのマコはマコで間違えようもなかったのですが、向こうの方でプレーしている選手の中にふとした拍子にちらりと「7」という番号が見えて。正直に言うと一瞬「・・あれ?征也はもういないのに・・?」と思ってしまいました。胸の奥がチリっとした気がしました。次の瞬間「あ、純平だ。そういえば純平が『7』だった。」とすぐにわかりましたけど。そして「純平が『7』だから安心。」と暖かい安堵感が胸を満たしましたけど。今年はキックオフ2011に行けなかったので頭の中の背番号切り替えがまだ完了していなかったのでしょうか。キャンプでは選手たちは番号をつけていませんでしたからね。
  • ブルーノっていい感じでボールに絡んだりパスを出したりするのね、とか、芳賀ちゃんは相変わらずどこにでも顔を出してくれて頼もしいわ、とか、新旧の選手が混ざり合った新鮮さを感じる場面もあるのですが、「なんだかゴール前でのチャレンジが少ないんじゃない?」と去年と同様のじれったさを感じる場面も多くて・・。や、きっと、向こう側のゴール前の距離感がよくわからないせいだと思うんですけど。きっと「そこでぐいっと前へ!」と思う場面でもまだ距離があってそんなタイミングではないのかもしれない・・。そう自分に言い聞かせます。現実逃避ですか?
  • 前線でもうちょっと、あと何秒かでもボールがキープできればねえ。って見ていてため息が出そうになります。
  • 新旧の選手によるちぐはぐさもまだ解消できてない感じでしたね。ちょっと悲しかったのは、河合さんのパスが強くて速くて。それに対応できず、受け手の準備が遅れてうまくトラップできなかったりタッチラインを割ってしまったりした場面が散見されたのは切なかったです。いずれJ1で戦って、アジアへも行くことを目標としているチームの選手なら、強くて速いパスをびしっびしっと通していかなきゃね。(がんばれ俊ぴー。)
  • 相手GKに片手で弾かれてしまったけれど、左サイドからぐいーんと枠へ飛んだシュートは惜しかったですね。いいシュートでしたよね。あれ、誰のシュートだったんだろう。位置からいうと純平かうっちー・・?(録画見て確認しなきゃ。)
  • マコの切り返しは、もしかして新技が繰り出されていませんでした? クイッとした切り返しで相手を振り切るシーンが2回くらいあって、素敵だったわ(はあと)。
  • 愛媛の選手たちはプレスが速かったですね。コンサの選手たちにどんどんチェックにきて、パスの出しどころだけじゃなく受け手の足元からも、ボールをカットしたりパスの軌道をずらしたりしていました。それでコンサはパスをつなげられず・・。リズムを維持できなかったように見えました。
  • 私たちに近い側にはジョジマールと、27番くんがいて、嫌らしい危ない香りを漂わせていました。あのキレのある27番くんはもしや・・・とスタメン発表メールを確認してみたら、やっぱり今年マリノスからレンタルで愛媛に来た齋藤学くんでした。マリノスユースのころから有名だった彼を私が初めて見たのは2008年6月にみなとみらいであったサテライトのマリノス戦だったかな。それからまもなく彼は2種登録選手としてJデビューし、その対戦相手はコンサだったと思います。余談ですけどその試合は→こんな感想になる結果だったようです。よく覚えてないけど齋藤くんにけっこう活躍されたような印象がある・・・。さらに余談ですけど謙伍ブログのテンプレートのトップ写真はあのサテライトのときにみなとみらいで撮影したんだと思います。この試合で謙伍はゴール決めてたのねw いい気分での撮影だったのかな。(しかしなぜみなとみらいで・・?という疑問は当時も今も残るw)
  • すげー話が逸れたけど、その齋藤学くんですよ。出場機会を求めて愛媛にレンタル移籍したのでしょうけど、こうやって主力選手として活き活きと試合をひっぱる経験を重ねるとぐーんと成長するでしょうね。がんばってね、コンサとの対戦以外でね。
  • そして前半がまだ半分もいかないうちに、あれ?オフサイドだと思ったらオフサイドじゃなかったんじゃない?と、ゴール裏からはオフサイドかどうかなんてハナから分からないのでそこには関心はなく、ただ分かるのは「選手はオフサイドだと思って反応を止めたようだ!まずっ!!」ということのみ。そしてまずっ!と思ったとおりあれよあれよときれいに突進されて最後はパスでかわされて、失点してしまいました。
  • 先制点を奪われたのはそりゃがっくりはしましたけれど、そんなにがっくりというわけでもなかったんですよ(←どっちさ)。こちらから見える範囲に時計がないから時間はよくわからないけど、まだ前半の途中だし少なくとも後半は丸ごと残っているのだし。これから、これから。
  • それに前半はコンサがあちら側へ攻めているのでチャンスなのか、どんだけ惜しいチャンスになりかけなのかがよく分からなかったけれど、後半はこちら側へ攻めてきてくれるもんね。後半に純貴が出たら、純貴のJ初ゴールと、もしかしたら2点目だって、こちらサイドでよく見れて、一躍試合のヒーローになるところだって見れるもんね。・・・そんな期待が胸一杯にありましたから。





純貴、おねがい!
ハーフタイムにアップするベンチメンバーたち。
純貴頼むからね!!
じーーーーーっと熱い(?)視線を送っていました。





つば九郎
でも実は見つめていたのは純貴だけじゃなくて。
ハーフタイムにヤクルトスワローズのマスコット「つば九郎」が場内を回っていました。なんでも、ヤクルトスワローズのグッズが詰まったバズーカ砲を客席に向かって発射するのだそうです。
なんでつば九郎が??と不思議でしたが、ヤクルトとカープの試合があるらしく、今日からチケット発売と言ってました。その宣伝なのかな?





後ろにいろいろ引き連れて
つば九郎の後ろにはいろんなの(←失礼)がぞろぞろついて歩いています。愛媛のマスコットたちの他に、なんか兜をかぶったのがいますよ。ひこにゃんとも違いますよね?どこかのゆるキャラなのかな。






こっちにも来た
つば九郎がこっちにも来ました。
最初にコンササポ席に向けて放ったバズーカ砲は、高くあがってそのままスタンドの手前に落ち、サポからブーイングを受けていました(笑)。





一平くんはいないの?
一平くんはいないのぉ?と思ったけど、J'sGoalのフォトニュースを見たら一平くんはすでに担架で運ばれて退場していたのね。





フラメンコ?
応援バナーを持って歩く人たちは・・・・フラメンコの衣装かしら。
どういう関係か説明あったのかもしれませんが、聞いていませんでした。謎です。



【ということで後半です】

  • 後半、ときどきいい感じで攻めてきているんじゃない?という雰囲気になりました。そんなときにゴールのすぐ前まで迫ってきて、わ!チャンス!!という形で最後はマコがゴールに押し込んだゴール。でもオフサイドだって言われて、うん。確かにオフサイドだったかもしれない。残念。ここでゴールが決まっていれば勢いが出ただろうになあ。
  • そのほかにもあと少しで押し込めそうな惜しいシーンもあったのですよ。むしろどうして押し込めないのかと思うほどの。ゴールのすぐ目の前で、蹴り入れればゴールだ、と思うものの、蹴っても蹴っても相手選手にぶつかってしまったりして・・。
  • なのに相手のゴールはなぜかすんなり決まる気がする・・。遠い方だからやっぱり詳細はわからないけれど(爆)、ぐいんと伸びたシュートがコンサのゴールに吸い込まれていきました。あれ、思ったより距離のあるところから打たれた意外なシュートだったんだろうか・・?なんだか無防備な場面で決められてしまったように遠くのゴール裏からは見えました。これも録画を見て確認かな。(しないかも。)
  • 正直、1点目のときより2点目のときはかなーりがくっときました。でも落ち込んでいても始まらないし、自分たちで気持ちを引き揚げていかないとね! そう思って自分を励ますようにコールしましたよ。たぶんみんな同じような気持ちかな。選手たちもここで下を向かないで気持ち盛り上げていって挽回してね。
  • 見える範囲に時計がないので何分だったか分からなかったけれど、まだ残り時間がけっこうあるはずと感じる時間帯に、ベンチで白いユニに24の背中が見えました。あ!!!純貴が出る!!!
  • どぅーさんより先に純貴が出るのはちょっと意外でしたけど(え?)、でも確かにこの停滞感が漂う前線に勢いを出すには純貴が適任だと思う。そしてこの状況で、純貴はきっとやってくれる!!と思いました。やってやる!気に満ち溢れていると思うし。なんとかしなきゃ!ってチームのためにも自分のためにも思い詰めていると思うし。そんな期待で私はもう、ベンチから4審のところへ向かおうとしている純貴に向かって「純貴~~~~~!!!」でした。頼む~~~(>_<)って気持ち。
  • そんなサポの期待を背負って、純貴は(当初は)期待を裏切らないプレーを見せてくれました。前線で張ってボールを落としたり、少し低い位置までボールを受けにいって相手をもつれ合いそうになりながらも足を伸ばして前にボールを送ったり。純貴と連動してうっちーも活き活きと動き出したような気がしました。よおし!純貴素敵!このままガンガンいっちゃえ!ゴールも決めてヒーローになっちゃえ!! ・・と思っていたのですけど。
  • 中盤にあるボールを呼びながら純貴が前でがーーーーっと駆け上がって、でもボールは出てこなくて中盤の低い位置で回されて・・というシーンがあった後くらいから、純貴があんまりボールに触れなくなりました。どうしてかよく分かりませんでしたけど。チアゴが入ったのとどっちが先だったろう。純貴がボールにうまく絡めなくなったからチアゴが入ったんだったか。チアゴが前線に張って「チアゴ大作戦」だったのには驚きましたが、確かにチアゴはよいターゲットにはなっていましたね。高さがあるし、どっしりとして相手に競り負けないし。でもそれで純貴の役割ははっきりしなくなったのかなとも思いました。純貴とチアゴがかぶりそうになることもあって。チアゴが落としたボールを純貴が拾ってゴールへ向かう役目なのかなとも思いましたが、チアゴの競り合いは、やっぱりFWのポストプレーとは感触が違うような気がします。味方の攻撃につなげるために落とすというより前ではね返してしまっているような(汗)。DFの性かしら?
  • ターゲット役としてチアゴがいて。その後どぅさんも入って。純貴はまさか遠慮したわけじゃないと思うけど、まさかそんな短い時間でスタミナが切れたわけでもないと思うけど、結局そのまま純貴のキラキラプレーをあんまり見ることができないまま試合終了になってしまいました。なんか変だ!純貴のゴールが見れるとばかり思っていたのに!!
  • 「勝手に期待していただけだ」と言われればそれまでなんですが、私はこのときけっこう本気で憤慨していました。「純貴!!見せてよ!ゴール!!」「なんだかうまくいかなくて弱気な雰囲気になっているチームにガツンと勢いをつけるゴールを決めてよ!純貴がチームを助けてくれるんでしょう??」
  • もしかして純貴に対してあんなふうにプリプリ憤慨した気持ちになったのって初めてかもしれない。すごーく身勝手なのは(振り返れば)よく分かってますが、でもやってくれるはずと思ってるから。身勝手でもこれからも期待しちゃう(北海道弁で「しらさる」)から。
  • 2点をリードした愛媛は余裕で?途中から謙伍を出して、さらには地元出身の福田健二をも出しちゃう祝祭ぶり。って言ったら福田に失礼かしら。これ以上謙伍に「恩返しゴール」を決められちゃかなわないと思っていたら、謙伍と俊ぴーがやり合っている場面とかはあったけど、謙伍にゴールは決められずには済みました。謙伍はコンサとの試合以外でたくさん点をとりなさい。
  • かくして、今年も黒星スタートとなってしまいました。開幕のこの時期、長期間のキャンプで疲労も蓄積していて、コンサは確かに辛い時期なのです。それはわかるから、だから顔上げてやっていこうか。シーズンは始まったばかりだから。
  • あ、ひっきーを押しのけてwスタメンで出場したGKホスンですが。2失点はしたものの、なかなかいいんじゃない?と思いました。守備範囲広く守れるところや、キックがいい感じ。初出場で緊張したことと思いますが不安にならずに見ることができました。でもひっきーにもいずれチャンスが来るかもしれないから。2人ともこれからも切磋琢磨してがんばってね。





試合が終了して整列して挨拶をした後、選手たちはサポのところへ向かって来てくれました。それを迎えるサポ。開幕戦にいいところなく完封負けして、どんな顔して選手を迎えよう・・・。
純貴には「絶対ゴール決めてね~!」って伝えたい気もするし・・。
気持ちがまだ決めきらないうちにコールリーダーが先導してみんなに提案したのは、赤と黒の小旗を振ってチャントを歌って選手を迎える方式でした。
そっか、それもありだね。今シーズンは今始まったところだし。
赤黒の小旗が振られ、歌っているサポに向かって、選手たちが向かってきてくれました。先頭で来るのはやっぱり芳賀ちゃん。こういうときの芳賀さんはほんとに格好いい。
選手たちはサポに向かって整列して一礼して、そして引き揚げていきました。表情とかはよく見えなかった。純貴に「ゴール決めてねーー!」と叫んでみたけど、聞こえなかっただろうな、きっと。






罰走? とか言っちゃいけません
試合終了後の挨拶を終えてから、選手たちは再びピッチに出てきてサポの見えるところでクールダウンを始めました。
古邊コーチの方針かしら?
サッカー部の罰走?と思ったのは内緒です。
選手がピッチにいると応援せずにはいられないサポの性・・・というか、選手に対する意地とか勝負みたいな気持ちで、選手がクールダウンをしている間もチャントを歌い続けるサポ。
正直言うとねー、こんなとき選手が、例えば純貴がもう一度サポの方に寄ってきて、サポの顔を見上げてくれたり胸のエンブレムを叩いてみせたりしてくれたら、どんなにか来週へ向けての気持ちが高まることか・・と思ったりもしましたよ。選手とサポの絆も深まるような気がして。一方的な思い込みかもしれないですけどね。
でも選手は誰も近寄ってきてはくれず、最後までピッチに残ってしばらく斉藤トシさんだったか赤池コーチだったか他の誰かだったか忘れてしまったけれど誰かスタッフと話していた河合キャプテンが、引き揚げるときにサポの方へ向かって一礼してからロッカールームへ向かってくれたのがかろうじての救いとなりました。
ま、来週はホームですからね。そこから本当のスタートですね。


そういえばコンサの選手じゃありませんけど、チャントを続けるサポのところへ近づいて挨拶をしてくれた選手がいました。
斉藤トシさんと一緒にゴール裏に近寄ってくる紺色のジャージを着た人。坊主頭だったので最初「あれ?ツムさん?なぜこんなところで・・?」と不思議に思っていたら、ツムさんじゃなくて吉弘でした。
わざわざ挨拶に来てくれたのね。試合に出たかったでしょうね。
早く治って活躍できますように・・・(コンサ戦以外で)。


サポにはそれでも遠征の楽しみがありますからね。選手はその点やっぱり気の毒かも。


変わった名前だ
飲みに行く途中で通りかかった「労研饅頭」という名前に惹かれ・・。
なあに?珍しい名前。





こういうのです
こういう素朴なおまんじゅうでした。
昔懐かしい、おかあさん手作りのおやつのような味わいでした。(←食べたらしい)





登録商標ですって
登録商標なんですって。






赤黒い「しのび」
仲間のひとりがあらかじめサッポロビールを飲めるお店を調べていてくれて。そのうちの1軒に来てみました。
奇しくも赤黒い看板です。「忍(しのび)」というお店です。
コンセプトは「大人の隠れ家」らしいのですが、でもそれにしても入り口があまりにもしーーーんとしたたたずまい。入り口から覗いてみても奥への階段が真っ暗だし、もしかして閉まっているんじゃないだろうか。
でも看板に灯りはついているし・・・。とりあえず階段登ってみようか。おそるおそる進んでいきます。





怪しい・・・
階段もとっても暗いの。怪しい雰囲気です。

閉まってるのでは・・と思えた真っ黒い木の扉を押してみたら(私じゃなくて先頭を行っている勇気あるサポ仲間がw)、予想に反して?扉が開いて、中から「いらっしゃいませ~~」と元気な声が聞こえました。
なーんだ、やってるのね。






黒ラベルで乾杯
というわけで、無事、黒ラベルで乾杯。
「ヱビスビールあります。」もあったけど、今日は黒星だから★黒ラベルだねと自虐ネタを言いつつ。
負けた夜なのに、それでもやっぱり黒ラベルは美味しいのでした。




ここのお店だけじゃなく、松山の繁華街にはなんだかずいぶん赤黒の配色の看板やのぼりが目についた気がします。それに反応する性だからでしょうか。



坂の上の雲のまち 松山
「坂の上の雲」のまち 松山
と書かれている愛媛銀行も




愛媛銀行も赤黒
ほらこれも赤黒でした。




【おまけ】
ホテルに戻る途中でアーケード街を通ったら、本屋さんがまだ開いていました。そういえばサッカーaiに征也のインタビューが載ってるらしく、見たかったけれど今週は本屋さんが開いている時間帯に帰れず、まだ見てなかったわ。ちょっと寄ってみようかな。
スタジアムから帰りのバスを待つ間、手持ち無沙汰で他の試合の結果を見ていたら。新潟が3-0で勝っていて征也もゴールを決めていたのを思い出し・・。そっか、開幕戦でさっそくゴールを決められたのか。よかったね。サポにも認められるでしょうし、本人も安心しただろうな。そう思って胸がチリっと痛んだ気がしたのを思い出しました。正直征也のインタビューはあんまり読みたい気分じゃなかったのだけれど、でもJ2のイケメン特集もあるはずだからそっちは見たいな。
と内心でぐだぐだ言いつつ結局買ってホテルに戻りましたよ。




J2のイケメンたち
うちからはきっと純貴かヒロのどちらかだろうと予想していたのですが、思ったとおり。
純貴でした~。
だからさー、やっぱりゴールを頼むね、純貴。(←しつこい)


祝杯じゃないのがいけなかったのか、久しぶりのアルコールで花粉症の目のかゆみが悪化していて、翌日はあまり歩き回りたくない気分でした。なのでホテルでゆっくりしてまっすぐ空港へ向かい、空港でブランチにしましょ。
じゃこ天うどんにも惹かれるけど、おなかがすいたからもうちょっとしっかりしたものを食べたいな。
鯛茶漬けもいいな・・・と思いつつメニューを眺めて決めたのはこれ。






ひゅうが飯
「ひゅうが飯」ですって。
ごく普通の鯛のお刺身定食?と思いますでしょ。
それがちょっと違うみたいです。






お刺身定食と違うのは
そばちょこのような器に入ったたれに、薬味(刻み海苔・ごま・小口切りのねぎ)と卵の黄身を入れておいて






どんぶりにしていただくんですって
鯛のお刺身はごはんに乗せて
そのうえから薬味入りのたれをかけて、混ぜてどんぶりにしていただくのだそうです。
味は、そうですねえ。わかりやすく例えるなら「薬味入りのたまごかけごはんに鯛のお刺身を載せた感じ」でした(爆)。美味でございました~。
でもこれを食べるために来年もまた来たい!とは思えない微妙な乙女サポ心です。



赤黒連盟の素敵なチラシ

2011年03月02日

サポ有志が作って配ったり配るのを呼びかけたりしている赤黒連盟さんの今年バージョンのチラシ第1号ができあがったとお知らせがありました。

チラシ活動の趣旨を説明したり印刷用データを格納してある赤黒連盟のサイトは→こちらです。

サポ有志があらかじめ紙に印刷したものをシースペースや宮の沢や試合会場に大量においてあるので、そこから誰でも自由に持ち帰ってポスティングとか人目につく場所に貼ったりとかお友達を誘うのに使ったりできます。
チラシを取りにいけなくても、データをダウンロードして自分の好きなサイズで印刷することもできます。

今年のチラシデザインの「素敵ポイント」は、赤黒連盟ブログにもありますように、

  • HFCの協力でエンブレムとコンサドーレロゴが使えるようになったこと
  • チラシ裏面に初めての方でもわかりやすい試合当日の流れの説明があること

じゃないかなーと勝手に思っています。
制作者さんブログによると、Flickerのチラシ画像を直接リンクしてブログ内に貼ることも(一般的には)できるそうなのですが、このコンサドーレオフィシャルブログのシステムでは本文中にタグを貼るのはできないみたいなので、残念ながらふつうに画像を貼り付けるのでがまんです。
細かいところまで見れるほどきれいに大きく貼ることができませんので、どうぞみなさま各自ダウンロードして、その目で工夫内容をとくとご覧になってみてください。
そしてチラシ活動の普及と、チラシそのものの拡散に、ぜひぜひご協力いただけると幸いです。

・・・え?そういう自分は何してるのかって?
こうやって「チラシ活動そのものの宣伝」もりっぱな普及活動になるんですって。(爆)
少しでも多く人目に触れることが大事ですから。
ほんとはね、こんな偏り濃いめなところじゃなくて、もっと広い範囲の人がご覧になるような場所で宣伝した方が効果的なんでしょうけどね。


チラシ13号 表面

秀逸な裏面

カラー版も



15周年ユニ♪

2011年03月01日

今日の午前中仕事の区切りで席に戻ったら、メールの着信があったようで机の上に置いた携帯がチカッとしてました。
開いて見てみたら・・。
「宅急便お届けのお知らせ」
「お届けに参りましたが、ご不在でしたので持ち帰りました。」って。
商品は宅急便コレクト(代引き)ですって。
・・ということは!!
わー、レプリカユニだわ。もう届いたんだ~。
思ったより早かったぁ~。


弾む気持ちで今日明日あさってあたりの仕事の予定を目まぐるしく確認します。確実に早く帰れそうな日はいつだろう。
段取りを考えて、持ち帰れる作業は持ち帰って・・。
・・・。
今日だわ!今日早く帰っちゃおう!!

そう思い至るとそのまま携帯電話から今日の夜の時間帯に再配達の指定をして、午後はすごい勢いで仕事片付けて(笑)、そして首尾良くさっさと帰路に。無事予定時刻には家に着くことができました。
途中でちゃんと現金も用意して。
待つことしばし。
しばらくして宅急便がやってきました。わーい。わーい。

ということで、私の今年のユニはこれです。
じゃじゃーん!!




純貴ユニ!
やっぱりこれでしょ。
なんたって名前が JUNKI に変わったんですもの。これははずせませんよね。
(カーテンレールに引っかけてるから斜めになってるけど気にしないで (>_<) )
これを着て今年24ゴール決めるはずの(←勝手にハードルを上げてる)純貴をバリバリ応援しちゃいますからねー。








・・・と言いつつ、
「夫の分も」という名目でやっぱりこれも。







ヒロユニ
だって15周年なんですもの。
そのメモリアルな15番になったんですもの。
この白いユニのモデルをしてたんですもの。


というわけで、15周年豪華バージョンレプリカをホーム&アウェイ両方ゲットしてしまいました。くふふふ。
どちらも金色がふんだんに使われていたり、細かいところで凝っていて、ふだんの年とは感じが違う豪華な仕上がりになっています。
ホームユニの方は先日ゼロックスのときに現物を近くで見ていたから分かっていたのですが、アウェイユニの白い生地も雪の結晶の地模様があるのですね。





白い雪の結晶
白い生地に地模様。素敵だわぁ。
真っ白な生地が素敵なので、ファンデーションがついたりしないよう脱ぎ着に気を遣いますね。飾っておく用かも~。(←え?)