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札幌出身・東京在住(釧路に単身赴任していましたが2014/4月に東京に戻りました)のあきっくと申します。 生観戦デビューは1999年8月15日の大分戦@厚別。 夏休みに札幌に帰省したときでした。 以来「仕事のしわ寄せは平日に」をモットーに、週末にコンサを追いかけるための生活をしています。 2001年夏にJ村でユース(特に石郷くん)を見てユースに傾倒。 いわゆるユースヲタなんだろうと自覚するこのごろ。 詳しい自己紹介と私宛のメールアドレスは「ごあいさつ」のカテゴリから、シーズンごとのトップチーム関連、ユースチーム関連別の主なエントリの目次は「まとめ・目次」のカテゴリから、エントリーナンバー順の全エントリーリストは「全エントリーリスト」のカテゴリからどうぞ。 2010/02/07からツイッターを始めてみました。 ユーザー名は akikconsa です。ユースの試合を見に行ったときは気が向けばつぶやいているかもしれません。 コンサU-18選手の背番号一覧表を作りました(2015/4月版)。ユース観戦のお供に、こちらからご自由にお持ちください。 →http://www.evernote.com/l/APefpdtBmUJCBo1gGdT_yWpEMjGm6cvq_oQ/

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大伍の移籍と思い出の品

2011年03月17日

2010年シーズンが終わったあと、征也がアルビレックス新潟へ、大伍が鹿島アントラーズへ、それぞれ完全移籍しました。
どちらもコンサのユース育ちで、しかも同期の2人です。
ユースのころから織り重ねてきた思い出のたくさんある思い入れのある選手が、同時に2人完全移籍でいなくなるというのは、事情はよくわかるしあたりまえだし仕方ないし、選手としての今後を応援したいという気持ちを十分に抱きつつも、私にとってはかなり切ない出来事でした。
それで2人の移籍にまつわる私の思いを綿々と書き連ねてみようと思ったのです。しかも同時に2人とも完全移籍とはいっても、経緯や私の心の動きが微妙に違う部分もあったので、その2つを対比するように別々のエントリを2つ同時に書いてみようと思っていたのです。
移籍の発表があったころは、まだ私の感情の波も高く揺れていたし、仕事も忙しくてゆっくり気持ちを落ち着ける余裕が持てなかったこともあって、つい伸び伸びになってしまっていました。
そのうちにキックオフイベントを迎えて、それどころかキャンプも終わってシーズンが開幕してしまいました。
いくらなんでも今さらだよなあ・・・と、これらのエントリはお蔵入りになる雰囲気でした。

ところが東北で大震災が起き、第1節を終えただけでリーグは中断することになり、なんだかチームはまた振り出しに戻った雰囲気で。この隙に書きかけのエントリを書いてみようかとも思いました。
でもあんな未曾有の大災害を目の当たりにした後になると、元気で生きていられて、サッカーをやれるなんて、それだけで十分幸せなことだという気持ちが強くなり、「移籍して切ないけど、でも応援する(涙)」モードのお涙頂戴話(?)なんて薄っぺらに感じる感覚になってしまいました。

なので予定を変更です。
途中まで書いた部分は消しはしないまでも、続きは書くのをやめて、最後におまけ話として付け加えるつもりだった「それぞれにまつわる思い出グッズ」を披露するエントリにしてしまいます。
移籍に関する思いは、今後別の機会で書く気になれば書くかもしれませんけれど。(鮮度がぐっと落ちてるからきっと書く気にならないと思います。)
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大伍の移籍に関して書きたかったあらすじはこんな感じです。


  • 大伍が「新潟に完全移籍の方向でほぼ決定」と最初に報じられたのは2010/11/28のこと。福岡戦の後のホテルでそのニュースに接したのだった。新潟に残ることは予想していた事態とはいえ、完全移籍になるとはあまり思っていなかったこともあって、それが大伍のためだとは思ってもものすごく悲しい気持ちになった。
  • 週明けにも正式発表になるかのように書いてあったので、その日がくるのをびくびくしながら重苦しい気持ちで過ごして1週間が過ぎた。するとその後情勢が変わり?大伍は新潟ではなくて鹿島へ完全移籍する可能性が高いと報じられた。
  • 正直に言うと、それを見た瞬間、私の胸の中に立ちこめていた霧がパーッと晴れて、とっても清々しい気持ちになった。新潟への完全移籍と違って、鹿島への完全移籍となれば、それはもう単純に嬉しかった。我ながらはしたないほどの気持ちの変化。(新潟ごめん。と、とってつけたようにw)
  • 大伍が1年前にレンタルで新潟に移籍したときは、こんなふうに思っていた。これは当時本心だったし、大伍もたぶん本心からこう考えていただろうと信じている。
  • でも2010年シーズンが進み、コンサのJ1昇格が難しい状況になるにつれて、来年大伍はどうするだろうと頭をよぎるようになった。頭の中では「J1で活躍しているのにJ2のチームに帰ってくるわけはない」と思いつつも、胸の隅のどこかで、でもひょっとして帰ってきて「俺がコンサをJ1に上げる」と言ってくれる事態だってもしかしてもしかすると絶対にないとは言い切れないかも・・と期待してしまう気持ちが混じっていたかもしれない。
  • 頭の中ではわかっていても、あの可愛い可愛い大伍が、コンサ愛をサポにもまっすぐに示してくれた大伍が、「うちの子」じゃなくなってしまうなんて想像するだけで胸が引きちぎられるような痛みを感じてしまうので。
  • だけどほんとは知っていた。大伍の上昇志向(「向上心」と言ってもいい)は山瀬と同様、サッカーが好きで、もっとうまくなりたいと真摯に思っている選手のそれだから、うまくなるチャンス、高いレベルでプレーするチャンスを放棄してコンサに戻ってくるようなことはない。いくらコンサを愛していても。山瀬が移籍したときはそこがどうしても本当には理解できず、どうしてもコンサが「捨てられた」感を抱いてしまった。でも今ならわかる。「捨てる」のとは違うのだということがわかるようになった。
  • 大伍が新潟にいったばかりのころ、新潟のチーム誌に載ったインタビューを読んだら、そこで大伍は、「移籍は大きな決断でしたか」と聞かれて「悩んだ部分ありましたが、心の奥では新潟から話がきた時点で、行くと決めていました。」と答えていた。正直頭をガーンと殴られたようなショックを感じたけれど、でもそれが向上心の現れなのだとも思った。

新潟プレビュー誌
大伍が語ってるとこ

  • そもそも大伍は、前にも書いたことがあるけれど、ユースからトップに昇格するとはほとんど想定していなかった。トップに昇格しないユースくんたちは、中には大学でのプレーを見ることのできる選手もいるけれど、サッカーをやっているのを見ることはできない選手もいるし、どういう進路に進んだのかさえわからないままになってしまう選手も少なくない。そんなユースくんたちの卒業を見送るのはほんとに名残惜しく寂しいもの。大伍もそういう「お別れ」をするはずの選手だった。それと比べると、今回の移籍による「お別れ」は、より華やかな舞台でサッカーで活躍しているところを応援し続けることができるお別れなんだもの、なんと幸せなことか。そう思ったら全然平気。
  • 「完全移籍」で行ってしまうのは、なんだか予想していた以上にレンタルとは違う気持ちがして、我ながらびっくりの寂しい気持ちになったけど、考えてみればコンサとの契約が切れれば移籍もありうるという意味では今レンタルで行こうが完全移籍で行こうが同じだもんね。コンサでプレーするわけじゃないという点でも同じだし。なら完全移籍の方がいいじゃない。きっぱりとして。違約金ももらえるし。
  • 大伍がコンサに少しでも多くの違約金が入るようにとこだわってくれたというのを聞いて嬉しかった。
  • そして大伍が「現役の最後は札幌で」と望んでくれたというのも嬉しかった。征也が同じようなことを言ったときはカチンときたのに、大伍のは嬉しかったのは自分でもうまく説明できないけれど。大伍はJ2のコンサに戻ってコンサでプレーすることを現実の選択肢に考えてくれたという話を聞いたからかもしれない。それだってどこまで現実感のある話か、征也だって同じかもしれないのになんだか征也に悪いけど(笑)。やっぱり移籍先が「鹿島さま」の威力だろかw
  • 大伍の移籍が正式発表になったときのエントリは→こちらです。
  • アジアカップに出場するA代表の予備登録メンバーの中に入ったりして進化著しい大伍。代表の練習にも参加しました。この先が楽しみ。

大伍はシーズン前に怪我をしてしまって、水戸とのPSMにも名古屋とのゼロックスカップにも間に合わず、鹿島のユニを着てピッチに立つ大伍の姿はまだ見ずじまいです。そのまま地震によってリーグは中断され、鹿島も被害が大きくていったん活動停止になってしまったけれど、でもそのうちに鹿島で活躍する大伍の姿も見れるでしょうから、それを楽しみに待つことにします。
大伍はいったん札幌に戻ってきているそうですね。コンサの練習に混じったりすることがあったらそれもまた楽しいのに。


【大伍にまつわる私の思い出グッズはこれ】

2003年に私のバースデープレゼントに、サポ仲間が私の喜びそうなものを考えてくれて。
その結果がこれでした。




大伍に初めてもらったサイン?
コンサの「全選手名鑑」表紙に、なんと当時高1の大伍のサインをもらってくれたのでした(爆)。
誕生日プレゼントだからと頼んだのでしょうね。「おめでとう」の言葉も添えてくれています。
このころ大伍はまだユースの試合に出ることもなく、トップに昇格する可能性なんて全然考えてなかったころなのに、なのにサインをもらうのに大伍をチョイスする(私たち仲間内での)人気っぷり。
やっぱりこのころから末恐ろしい小悪魔だったのですわw




2003年、コンサが初めてサテライトリーグに参加した年に、サテライトの観戦の便宜にということだと思うけれど、宮の沢のコレクションハウスでユースの選手たちも全カテゴリー全員写真つきで収められている全選手名鑑が発行されました。1部100円でした。
当時はシーズン初めに出るオフィシャルガイドブックには、ユースの選手たちは3年生と2年生しか載らず、新1年生の名前や写真はないままでした。だからシーズンが始まってから、ユース全員を含めた全選手の名鑑を改めて作る必要があるとなったのでしょう。
当然私はすでにこの名鑑は手に入れていましたけれど、サポ仲間は、サインをもらう色紙代わりにと宮の沢でもう1冊新しいのを買って、サインをもらってプレゼントしてくれたというわけです。
ユースの選手にサインを頼む方も、それに応じてサインする方も、どうかしてると思うけど(笑)。
そしてそれを喜ぶだろうと思われている私もどうかと思うけど(笑)。




ちなみに、中に載っている大伍はこんなです。
高1のころだねえ
なんて可愛い。
征也もいます。

U-18の選手の中には智樹もエビも謙伍も野田くんもいます。睦史も。
トップだとまだ洋平も森くんも今ちゃんも健作もいたころですよー。懐かしいですね。


征也の移籍に関するエントリは→こちらです。



post by あきっく

04:30

コメント(3)

この記事に対するコメント一覧

雁来 萌

Re:大伍の移籍と思い出の品

2011/03/17 08:01

不自由な生活にお見舞い申し上げます。 朝起きてビックリしました。 思い詰めて早まったことを、と。 てっきり、移籍した選手達の思い出の品々を売りに出して、その売り上げをそっくり募金するのかと・・昨日エントリーされた話と直結してしまって。

仁徳

Re:大伍の移籍と思い出の品

2011/03/17 12:36

はじめまして。 いつも楽しく読ませていただいてます。 札幌サポです。 昨日、宮の沢に行ったら・・・いました!! 大伍ーーーーーーーーーーーーー。 さずがに戦術練習には参加できませんが、 ボール回しをしていました。

あきっく

Re:大伍の移籍と思い出の品

2011/03/17 19:25

>雁来 萌さん きゃあ。そんな殊勝なこと全然思いつきませんでした。(だめじゃん) 被災者の人たちに比べるべくもありませんけど当社比で言えば今までよりずっと不便な生活をしていると、早寝早起きする、電気や水や食べ物を大切にするなど、シンプルで大切なことに気づかされました。 >仁徳さん ようこそ、コメントありがとうございます。 大伍いたんですねー。 さすがに戦術練習とはいきませんか(笑)。 大伍にとってトレーニングの場所を提供してもらえるのはありがたいでしょうが、チームのみんなも、鹿島の話を身近に聞いたりして、思いがけない交流の機会になりましたね。 ひとり鹿島の練習着を着ているんだろうかとか、サインは鹿島仕様になっているんだろうかとか、へんなところで興味津々です(笑)。

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