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札幌出身・東京在住(釧路に単身赴任していましたが2014/4月に東京に戻りました)のあきっくと申します。 生観戦デビューは1999年8月15日の大分戦@厚別。 夏休みに札幌に帰省したときでした。 以来「仕事のしわ寄せは平日に」をモットーに、週末にコンサを追いかけるための生活をしています。 2001年夏にJ村でユース(特に石郷くん)を見てユースに傾倒。 いわゆるユースヲタなんだろうと自覚するこのごろ。 詳しい自己紹介と私宛のメールアドレスは「ごあいさつ」のカテゴリから、シーズンごとのトップチーム関連、ユースチーム関連別の主なエントリの目次は「まとめ・目次」のカテゴリから、エントリーナンバー順の全エントリーリストは「全エントリーリスト」のカテゴリからどうぞ。 2010/02/07からツイッターを始めてみました。 ユーザー名は akikconsa です。ユースの試合を見に行ったときは気が向けばつぶやいているかもしれません。 コンサU-18選手の背番号一覧表を作りました(2015/4月版)。ユース観戦のお供に、こちらからご自由にお持ちください。 →http://www.evernote.com/l/APefpdtBmUJCBo1gGdT_yWpEMjGm6cvq_oQ/
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2009年02月08日
たじさんのところで辞書チェックをやっていて、面白そうだったので私も試してみました。 (ノブリンとカズの名前、こっそり直して使わせてもらっています。>たじさん) さて、どうなるか?! <入力>・・・・・・・・・・・<正解>・・・・<私の結果> いしざきのぶひろ・・・・・・・石崎信弘・・・・石崎信弘 ○ さとうゆうや・・・・・・・・・佐藤優也・・・・佐藤優也 ○ よしひろみつゆき・・・・・・・吉弘充志・・・・吉弘光之 × しばたしんご・・・・・・・・・柴田慎吾・・・・柴田慎吾 ○ そだゆうし・・・・・・・・・・曽田雄志・・・・ソダユウシ× みのわよしのぶ・・・・・・・・箕輪義信・・・・箕輪義信 ○ にしじまひろゆき・・・・・・・西嶋弘之・・・・西嶋弘之 ○ ふじたせいや・・・・・・・・・藤田征也・・・・藤田征也 ○ すなかわまこと・・・・・・・・砂川誠・・・・・砂川誠 ○ いしいけんご・・・・・・・・・石井謙伍・・・・石井謙伍 ○ くらいとん・・・・・・・・・・クライトン・・・クライトン○ みやざわひろき・・・・・・・・宮澤裕樹・・・・宮澤裕樹 ○ なかやまげんき・・・・・・・・中山元気・・・・中山元気 ○ だにるそん・・・・・・・・・・ダニルソン・・・ダニルソン○ ちょうそんふぁん・・・・・・・チョウソンファン・町村ファン × あらたにひろき・・・・・・・・荒谷弘樹・・・・荒谷弘樹 ○ おかもとやすあき・・・・・・・岡本賢明・・・・岡本賢明 ○ はがひろのぶ・・・・・・・・・芳賀博信・・・・芳賀博信 ○ きりの・・・・・・・・・・・・キリノ・・・・・キリノ ○ うえさとかずまさ・・・・・・・上里一将・・・・上里一将 ○ たかはらとしやす・・・・・・・高原寿康・・・・髙原俊康 × にしだいご・・・・・・・・・・西大伍・・・・・西大伍 ○ いわぬましゅんすけ・・・・・・岩沼俊介・・・・岩沼俊介 ○ よこのじゅんき・・・・・・・・横野純貴・・・・横野純貴 ○ ほったしゅうへい・・・・・・・堀田秀平・・・・堀田修平 × うえはらしんや・・・・・・・・上原慎也・・・・上原慎也 ○ ふるたひろゆき・・・・・・・・古田寛幸・・・・古田寛幸 ○ ひきちゆうや・・・・・・・・・曵地裕哉・・・・曵地裕哉 ○ じゃーん! 28人中、正解が23人! 82%の正解率です。 そんななか、在籍年数長いのに正解できなくってごめんよ・・ソダン。 多分私、ソダンのことを漢字フルネームで書いたことがないんだと思う。 吉弘みっちゃんはもう不可抗力ってことで許してもらおうw 正解率が高かったのは、たぶんひらがなをフルネームで一気に変換したからだと思います。名字と名前を別々にやると変換違いが増えたと思うな。 ・・と思ったら!! 名字を変換してから続けて名前を入れても、ちゃんと変換するじゃないですか。 西嶋と書いてからひろゆきを変換すると西嶋弘之 古田と書いてからひろゆきを変換すると古田寛幸 佐藤でゆうやは佐藤優也 曵地でゆうやは曵地裕哉 ATOK2006、なかなか賢いです。 堀田くんが修平になっちゃったのは、ふだん堀田くんとばかり書いていて、秀平と書いたことがないからなんでしょうねえ。 しゅうへいと言えば修平(松原修平)のことですし。
2009年02月04日
先日の練習試合・大宮戦の純貴ゴールについて。 携帯オフィシャルのキャンプレポートでは、右サイドをあがった征也のアーリークロスから純貴が左からゴールを決めたとしか分からなかったのですが、スポ紙の報道によれば鮮やかなループシュートだったそうですね。 →【道スポ】横野 鮮やかループシュート
試合前、「今季初ゴールを決めます」と力強く宣言していたFW横野は、値千金の1点となる見事なループシュートを決め、石崎監督に初勝利をプレゼント。
そしてシュート直後の純貴の後ろ姿の写真には
<<技ありのループシュートで石崎・札幌“初得点”を決めた横野(背番号27)>>
というキャプションが。 この練習着は確かに27だけど、純貴の今年の背番号は24だったはずじゃないかい? ・・というツッコミはおいといて、純貴の鮮やかなループシュートといえば思い出すシーンがありました。 ユースのころ、純貴のプレースタイルは前線で体を張ってポストにボール奪取にがんばる、ゴール前にあがったクロスには体ごとゴールに突っ込むような勢いで飛び込む、スルーパスに合わせて抜け出して豪快に蹴りこむ、など、力強く泥臭いゴールが多いイメージでした。 それが3年生になる年の春に純貴がイギョラ杯予選リーグで見せたループシュートはとっても鮮やかで、目の前で見れたせいもあって、今でも忘れられないゴールです。へえ、こういうこともできるんだ(感嘆)。って。 →この試合の後半25分のゴールです。 動画でお見せできないのが残念ですが。 ゴール前で落ち着いてああいう判断ができるところや、そのアイディアを実現する技術があってのゴールですから、きまったときの「やってやった!感」は大きかったです。 この大会での純貴のゴールといえば、決勝戦でも見せた超ロングシュートゴール!も印象的でした。私は決勝戦のしか見ていませんが、準決勝でもFKからロングシュートを決めたそうでした。 →決勝戦の様子はこちら 新境地をいろいろと見せられ、純貴がなんだかすごい成長してる~とワクワクした大会でした。 今もさらに成長中のようですね。ますます楽しみです♪
2009年02月02日
今日はグアムで、ノブリンが監督に就任してから初めての練習試合がありました。 今の時期、チームによってコンディションはまちまちだし、そもそもノブリンもグアムでは練習試合を1試合もやりたくないと言っていたほどの位置づけだし、結果はどうでも・・と思っていたのですが、純貴がゴールを決め、しかもそれで勝ったとなれば、おのずと笑みもこぼれてくると言うもので。 オフィシャルで発表された結果を見ながらにまにましていたら、まもなくアップされた携帯オフィシャルの試合レポには、とても心に響くことばがありました。 ノブリンが試合開始に先立って選手に言ったというその言葉。
やってきたことにチャレンジして行こう!
失敗してもどんどんチャレンジして、失敗したら次頑張っていこう!
なんというポジティブさ。 まるでユースくんたちにかける言葉のような(爆)。 監督が変わり、選手たちにしてみれば誰が試合出場のポジションを掴むか横一線。誰もが監督に自分の良さをアピールしたい気持ちでいっぱいのはず。 そんなときに例えばただ「思い切ってやれ!」とだけ言うのと比べると、なんと選手のチャレンジする勇気を引き出す言葉でしょう。 こんな言葉を聞いたら、選手たちはキックオフイベントでノブリンに「この世界、目立ってなんぼ」と言われた(意訳)ことと相まって、じゃあやってやろうじゃないの!と奮い立つ気持ちになりますよね。やっぱり人たらしだわあ、ノブリン。もしかして、というか、多分、どの監督も同じようなことを言っていたのかもしれません。でもなぜかノブリンの言葉は、こうやってキャンプレポートを伝える人の言葉とか、あるいはスポーツ新聞記事のなかで、選手たちに対してだけでなくビシバシと私たちサポのもとにも伝わってきます。 たぶんノブリン自身が記者やレポーターにアピールするものがあるのかもしれませんね。 こうやってノブリンの言葉にのせられて、煽られて、サポもみんな気持ちよく過ごしながら、辛いはずの苦境でも乗り越えていけるのかもしれないなあ・・と期待に胸をふくらませてしまいました。 まるで辛いことでもキツさや痛みを感じないまま過ごしてしまうような、ノブリンモルヒネとでもいうようなこの魔力。うっとり。 すっかり夢見心地になってしまいますが、でもノブリンに乗せられノブリンの力だけに頼っているのでは、ノブリンが去った後はまた同じことの繰り返しになりかねません。自分自身でも自立して自力で勇気を奮い立たせることができなければ。と自戒してしまうあたり、やっぱりサポも伊達にいろんな経験をしてきたわけでもないなあ(自画自賛)。 なんだか何が言いたいのか自分でもよく分からなくなってきましたが、とにかく ノブリン、大好き! と改めて思った夜でした。
2009年01月31日
ユースの新チームも始動し、そろそろ今年の育成部スタッフ決定のお知らせがオフィシャルに載るころだよなあと思いつつ待っている日々です。 例年いつごろだったっけ?と思い、オフィシャルサイトのニュース欄を遡ってみました。 アーカイブとして残っているのが2004年以降なので、分かるのは2004年以後のものだけですが。 【育成スタッフ決定】 2008/01/25 2008コンサドーレ札幌 育成部コーチングスタッフ決定のお知らせ 2007/01/11 2007年 コンサドーレ札幌 育成部 コーチングスタッフ決定のお知らせ 2006/02/02 2006年 コンサドーレ札幌ユース組織コーチングスタッフ決定のお知らせ 2005/02/05 コンサドーレ札幌・旭川ユース、ジュニアサッカースクール コーチングスタッフのお知らせ 2004/01/29 コンサドーレ札幌ユース・U-12/U-15/U-18 コーチングスタッフのお知らせ 2004/01/10 コンサドーレ旭川ユース・U-15コーチングスタッフのお知らせ 見出しの体裁が年によっていろいろなのがなんとも・・ですが(笑)。 こうやって見ると、今年はいつもより遅いんじゃないか?!と思っていましたがそうでもなかったんですね。2004年は旭川ユースが発足した年ですが、旭川の体制が一足先に発表されていたんですね。
これまた待ち遠しいスローガン決定はいつごろだったろうと、ついでに見てみました。 【スローガン決定】 2008/02/15 2008コンサドーレ札幌 クラブスローガン決定のお知らせ・・・Progress 2007/02/18 2007 コンサドーレ札幌クラブスローガン 決定!!・・・POEWR to 1 2006/02/02 2006 コンサドーレ札幌クラブスローガン決定のお知らせ・・・闘 2005/02/18 2005 コンサドーレ札幌 クラブスローガン決定のお知らせ・・・真っ攻勝負! 2004年のニュースリリースは見あたりませんでした。 確かこの年は 全力蹴球 で、蹴の字の点が「ゴールをはずさないで真ん中へ行くように」と文字の右上じゃなく真ん中に配置されたデザインだったはず。その説明がサポ集会であったと聞いた覚えがあるので、発表されたのはその後だったのでしょうね。それとも特別な発表はなかったのかな。 これからすると、今年のスローガン発表はもうちょっと先かもしれません。
ちなみに、ドールズのメンバー発表はこんな感じ。 【ドールズメンバー決定】 2008/02/18 コンサドーレ札幌 オフィシャルダンスドリルチーム 『コンサドールズ』 2008年メンバー決定のお知らせ 2007/02/06 コンサドーレ札幌オフィシャルダンスドリルチーム『コンサドールズ』2007メンバー決定! 2006/01/26 コンサドーレ札幌オフィシャルダンスドリルチーム『コンサドールズ』2006メンバー決定! 2005年や2004年のニュースリリースは見つけられませんでした。 ドールズのメンバーがオフィシャルで発表されるようになったのは2006年からだったのでしょうかね。 こちらもそろそろかな? メンバーの2次募集があったようだから、もうちょっとかかるのかな。
2009年01月28日
<今年のギャンブル。ここまでのまとめ> 2008/12/21ころ (←勝負に出る) よし!熊本に行くのは2/21~23日にしよう。23日は休みをとるぞ! ↓ 2009/1/8 (←1敗確定) スポニチでFC東京とのPSMがありそうという報道あり。 ええええ~~!熊本行く予定の日にはチームは沖縄?! 熊本行きの日程を1週間前倒しにする。 詳しくは→このエントリ ↓ 2009/1/13 (←勝ったようなもん?) 熊本行きをずらして空いたところに、鹿島vs水戸のPSMがあることが判明。 ついでにちばぎんカップはその翌日であることが判明。 どちらも行ける! 詳しくは→このエントリ ↓ そして今日 (←・・やっぱり、負けでしょうね。) 清水オフィシャルサイトで 春季キャンプ(鹿児島市)のスケジュールについて
エスパルスの春季キャンプスケジュールが決定しましたので、下記のとおりお知らせいたします。
(中略)
《2月14日(土)》
・トレーニング 9:00(ふれあい)
・練習試合 vs コンサドーレ札幌 13:30 kick off (ふれあい)
・練習試合 vs ヴォルカ鹿児島(九州サッカーリーグ) 15:30 kick off (ふれあい)
鹿児島ですか!!! 宮崎から鹿児島ならまだしも、熊本から鹿児島へはかなり遠いです。 飛行機は羽田から熊本往復でとってあるし・・・。 休みをとれるのは14・15の土日だけだし・・・。 どうしよ、どうしよ。(T_T) 会場の「鹿児島ふれあいスポーツランド」は、地図で見たら鹿児島中央駅から5~10キロの範囲内みたいなので、とびきり辺鄙なところじゃなさそうなのは救いですが、それにしても鹿児島とは。 たぶん私のことだから(←病気を自覚している)なんとか鹿児島へ行くと思うんですけど、これでもし翌日(15日)はオフ、なんてことになったら打撃大きすぎだな・・。
2009年01月27日
今週号のサッカーマガジンに見開き2ページで大伍のインタビューが載っていました。チームをひっぱる中心選手になる決意を述べています。頼もしい♪スーツ姿の写真も載っているのですが、なんだか高校生の制服みたいに見えるのはどうしてだろう~~。 去年は試合のたびにスーツを着ただろうし、もうずいぶん着慣れているはずだと思うのに。 でも改めて顔つきをみてしみじみしてしまいました。 ほんとにたくましい、しっかりした「男の顔」になったなあと思って。 大伍を初めて見たとき、中3のころの大伍は、それはそれはあどけない可愛い顔をしていました。そして高校生になってもそのまま相変わらず可愛いまんまで。 なんだか大人っぽくなってきたなと思ったのは、高2の後半だったでしょうか、高3になってからだったでしょうか。急激に背が伸びたなと気がついたのと同じころ、顔つきもずいぶん男臭くなってきたわと感じたのでした。 男臭さは出てきたけれど、でも可愛らしさは相変わらず保ったままだわ・・・と妙に感心したりして。 プロ選手になるころには(以前と比べると)十分男っぽく、大人っぽくなったと思っていましたけれど、今振り返ってみると、2007年シーズンの終盤でも、試合に出始めたころでも、表情には今とは全然違う子供っぽさを残していますよね。 骨格も筋肉も顔つきもちょうど大人に変わるころで急激に変化する年頃なのでしょうが、それだけではなく、チームでの役割や地位、自信等が大伍の顔つきを大きく変えたんだろうなあと、勝手に想像してしみじみしてしまったのです。 このままずっと素敵に年を重ねてね。 …と、まるでおじさまに対して言うようなことを思ってしまいました。 髪型はちょっと考えた方がいいと思う・・。
秘蔵(?)写真・可愛いかったころの大伍(高2)(2004/11/14 JユースFC東京戦@江戸川)
【2009/1/31追記】 上の写真の大伍の可愛さに衝撃を受けた、とコメントをいただいたので、 調子に乗って写真を追加しちゃいます。 (本人に断ってはいないけど、もしまずかったら言ってください。 …とここで言っても聞こえないことを承知で言う(笑)。) 【高1】(2004/2/1 FC東京U-18との練習試合@検見川?) 大伍が高1のときの冬遠征です。 9番をつけているのはどうしてだったか覚えていないけれど、3年生が引退した後の空き番号を適当につけていたのかな。 このころは背番号が試合ごとにまちまちだった気がします。 【高2】
(2004/9/5 Jユース市原戦@宮の沢) この日は担架隊だった大伍。ハーフタイムにボールで遊んでいました。
(2004/10/14 JユースFC東京戦@宮の沢) この日は道具係だった大伍。 試合後にボトルの回収に行っておしゃべりして戻ってくるところ。 【高3】
(2005/5/8 プリンスリーグ第2節札幌山の手高戦@夕張) 高3になると出場機会が多くなりました。 先制点を決めた征也と抱き合って喜んでいます。
同じ試合で、大伍もゴールを決めました。 サポのコールに応える大伍。 6-0の勝利でした。
2009年01月26日
少し前にノブリンが選手を名前で呼んだ第1号が宮澤くんだと報じられていましたが(→こちら)、ノブリン命名のニックネーム第1号が純貴ですって。 しかもそれが まろ ですって(笑)。
札幌石崎監督によるニックネーム1号がFW横野になった。「横野のまゆ毛が薄くて気になっとった。あれは“まろ”じゃ」。この日の監督の一言で早くもニックネームとして定着した。
これがどんどん浸透して、いずれ私も「純貴」じゃなくて「まろ」と表記する日がくるのかどうか定かではありませんが、なんであれ監督にイジられるというのは良いことですね(←ほんとか?)。 これで私の心配事項がひとつ減った気がしました。 ヒロの呼び名について、西嶋ヒロくんとどう呼び分けるのだろう?と心配だったのですが、しかもヒロはグアムキャンプに行っていないので、その間にノブリンにヒロ=西嶋と刷り込まれたらどうしようと思っていたのですが(←私にとっては注記なしの「ヒロ」は古田寛幸の方のヒロね。当然ながら。)、ノブリンがそんなふうにどんどんニックネームで呼ぶのなら、心配いらないかもですね。 どちらかが、あるいは両方が、「ヒロ」じゃなくニックネームで呼ばれるようになるかもしれないし。 謙伍は日焼け止めを持参したはずなのに日に日に焦げていっているようですが、征也が腰痛で休んだり、その他にも別メニューの選手が増えてきているようですが、全体に楽しい雰囲気できついトレーニングをがんばっているようすが伝わってくるのが嬉しい限りです。 なるべくリタイアしないでしっかり体を鍛えられるように、みんながんばれ~。
2009年01月25日
キックオフイベントで一大旋風を巻き起こしたグアムドールズですが、あの衣装はどうしてるんだろう??という疑問を前のエントリで書きました。 その秘密がドールズブログで明かされましたね。→こちら なんと! あの衣装は手作りだったそうです。 胸のロゴやエンブレムも、背中のロゴも、肩口の金モールも、全部ドールズとドールズスタッフによる手作り!!ですって。 すごいですねえ。 私は背中のドールズのロゴはもしかして自分たちでプリントしたのかな?と思いましたが、胸のコンサロゴやエンブレムはもともと付いている、コンサのグッズのTシャツとかトレーナーを加工したのかと思っていました。 それが全部、マジックペンで描いて塗ったものだったなんて。 ファンをこれだけ楽しませてくれたことについて、グアムドールズとして踊った当の選手たちよりもむしろドールズに感謝しなければなりませんね。 というわけで、改めて衣装を見直してみました。 前面はこの
宮澤くんグアムへ留学中の曽田さんの胸の部分をアップにするとこんな感じ。 コンサドーレ札幌のロゴとエンブレム。これがマジックで書いたものだなんて。 金モールが縫いつけられているのも分かります。
背中はしっかり写っているのがなく、これがやっとでしたが
アップにするとこんな感じ。 ドールズのロゴが描かれています。 kappaのオミニもあるらしいですが、これではよく見えませんね。 奥の背中にかすかにオミニの足の部分が見えているでしょうか。 こんな素晴らしいできばえのこの衣装。 ぜひ大切にとっておいて、またの機会に活用をお願いします(笑)。
そして私は、1月22日に開催されるプレシーズンマッチのチケットを買ってきました。 すいません、北谷じゃなくて日立台です。ファンクラブ会員向け先行販売では予定枚数があっというまに売り切れたということだったので、一般販売の初日(昨日)に念のため電話予約してから買いにいくか~と思って午前中にぴあに電話してみたら、なんとまあ、SAシート(メインスタンドの両端)もバックスタンドも「予定枚数が終了しました」と言われるじゃありませんか! 焦って、やむを得ず「ちばぎんシート」(メインスタンド中央の指定席)を張り込んでしまいました。でも後から見たら、売り切れだったのは千葉側だけで、柏側の席はメインもバックもどこもまだ自由に買えるようです。 なんだ~、確かに新居目当てではあるけれど、席は別に柏側でもよかったのに~。…と後から思いましたけど、ま、指定席でよかったかもしれません。 一昨年のちばぎんカップ@日立台のときは、キックオフぎりぎりくらいにのんびりと行ったらゾーン指定のSA席はすでに埋まっていて、雨の中空席を探したり席詰めをお願いするのも面倒だったので、一番後ろに並んで立ち見をしたのでした。他にも立ち見をしている人がけっこういました。 雨が降っていたので、立ち見だと傘をさせたからまあよかったですけど。 今年は指定席だからゆっくり行っても座って見れるでしょう。 そして画像をもうひとつ。
申し込んでいた水戸のファンクラブ会員証(プラスチック製)が送られてきました。 水戸オフィシャルサイトから申し込んだだけでまだ会費も支払っていないのに、こんなりっぱなカードが送られてきて恐縮しちゃう感じです。 入会金と会費はコンビニ収納用紙が別途送られてくるからそれで支払うみたいです。 「2009年度のイヤーブック等も2月の発送を予定しております。今しばらくお待ちください。」とあるので、イヤーブックは別途販売じゃないんですね。クラブによっていろいろなんだなあ。
2009年01月20日
昨夜は夜遅く帰ってきてそのまま倒れ込むように寝てしまい、今朝も慌ただしく家を出たため、キックオフイベントの様子を報じる楽しい記事を読めていませんでした。 で、今日帰宅してから改めて、昨日の記事と今日の記事をチェックしたのですが。 昨日のスポニチの記事のなかに、見逃せない一言が混じっているじゃありませんか! こちら→女装ダンス「グアムドールズ」デビュー?! なんと!
チームのダンスドリルチーム「コンサドールズ」をヒントに、「グアムドールズ」がこの日のイベントでお披露目された。発案者のMF岡本、FW横野を中心に、DF柴田、MF西、DF堀田、FW宮沢の6人が金髪女装。華麗?な踊りを披露した。
純貴がグアムドールズの発案者(のひとり)?!! てっきり、ヤスと大伍が中心になって、嫌がる後輩たちを無理に参加させたのかと思っていましたよ。ドールズといえば大伍の守備範囲ですし。 だけど違ったのねー。 どうりで純貴はノリノリで肌を露出していたわけだ。 ええ、見逃しませんでしたよ。 純貴ってば、ステージ上で、踊り終わってから個別インタビューを受けるまでの待ち時間の間にシャツをぐいぐいとたくし上げて、おなかやセクシーな(?)ウエストラインの素肌がたくさん見えるようにシャツを絞っていましたもの。それも、2回も! 「アタシ、体には自信があるの。見て♪」ビームが全身から発射されていましたねえ(笑)。 私たちはその様子を見て「純貴~~っ(げらげら)」と大笑いでした。 グアムドールズはダンスの振り付けとか、集合写真を撮るときのポーズの決め方が本職ばりで、あれは絶対にコンサドールズ(←本物の)から指導を受けたのだろうと思うのですが、純貴やヤスが指導をお願いしに行ったのでしょうか。相手はやはり、桜子ちゃんでしょうか? などなど、楽しい想像もふくらみます。 間近で見ていた曳地くんとヒロがどう思っていたかも、想像すると楽しいというか恐ろしいというかw たぶんユースのころは、あの2人にとって純貴は頼もしい先輩だったと思うのですよ。それがあのような姿になって・・。 「よし、俺も来年やってやる!」と決意してくれていたことを祈ります(笑)。 不思議だったのは、グアムドールズが着ていたシャツは背中に DOLLS とプリントされており、あれはたぶんドールズ用のトレーナーじゃないかと思うのですが、選手たち、とりわけ肩幅の広い純貴でも着れるサイズのがあるんでしょうか。それがとっても驚きでした。 それともあれは、ドールズ本人だけじゃなく、関係者(家族とかファンとか?)にも着てもらえるようにいろんなサイズがあったりするのでしょうか?? 今年のキックオフイベントは、このグアムドールズだけじゃなく、全体の進行の盛り上がりも、来ているサポたちの表情も集まった人数も、なんだか去年より盛り上がっている感じで、みんなが伸び伸びと楽しんでいる感じがしました。思わず「なんだか、みんな実はJ2の方がなんだか伸び伸びしてるんじゃないの?」などと不謹慎なことを言ってしまいました。(←自分を基準にするなって?) 私自身の気持ちを分析してみると、もちろんJ1にあがって定着したいという気持ちはありますが、それは強くなりたいという一般的な希望と同義のこと。少なくとも、J2に落ちることやJ2で戦うことが「地獄」とか「この世の終わり」だという感覚はないみたいです。 これって、いいことなのか?悪いことなのか? 向上心をなくすのはまずいけれど、楽しむところは楽しんじゃってもいいんですよね?
2009年01月18日
楽しかったです!キックオフイベント。 羽田でゆっくりしてからいつもより遅めの飛行機に乗り、新千歳空港に着いてからさらに余裕かましてお昼を食べたり。せっかくだからやっぱりラーメンですね。旭川の醤油ラーメンです。 まだ昼前だというのに横に何か液体が写りこんでいるのは見なかったことにしてください。 でも冬だということをうっかり忘れていました。 夏と同じ気分でバスの所要時間を考えていたら、空港からドームまでほぼ1時間かかったのでちょっと焦りました。 先に入っていたサポ仲間たちと合流して、あけましておめでとうの挨拶をして。 少ししたらもうイベントが始まりそうです。
元ジェッター3のシンヤさんの歌から。
大型ビジョンには KICK OFF 2009 と映し出されています。
そしていよいよイベントの始まり。 まずはドーレくんが登場します。
ドールズとドーレくんのダンス EXILE風味ですか?
ドールズのダンスは特に近くで見ると迫力ありますよねえ。
MCはグッチーさんです。 安心して任せられる(←偉そう)そのしゃべりは気持ちよく場を盛り上げてくれます。
選手たちが新しい背番号順に登場して、コーチングスタッフが登場して、最後に監督が登場。一番歓声が大きかったんじゃないかしら。 人気あるわあ、ノブリン。 赤黒のネクタイも素敵ですね。
そして社長の挨拶です。 なんだか新しいこともいろいろやっていこうという意欲を感じました。 なんだかいい雰囲気です。
健作登場。 クラッキのブログに「乱入(笑)しに行きたいと思っています」と自分で書いていましたから、健作がステージに乱入してくることは予想済みでした。が、この出で立ちは予想外でした。すげー。 現役時代は「お洒落」を売りにして、自分でも「ジャニーズ健ちゃん(ジャニ健)」と言ってた人なのに、ここまで体を張って場を盛り上げようとしてくれるなんて。 その是非はともかく(笑)、健作のコンサに対する愛情には感動しましたよ、ええ。 ありがとう健作。
新加入選手のトークショーは、まずは外国籍の3人から。 事前の情報量が少ないだけに、その場で話を引き出すのは簡単ではないのでしょうけど、さすがグッチーさんは手慣れたものです。 そして次は箕輪、マコ、元気、荒谷の強面衆(?)のトークでした。通訳が要らないスムーズな話題展開は楽しかったですし、マコがいじられて笑うシーンも多かったんですけれど、写真を1枚も撮っていないあたり、我ながらかなり偏向していますね。(←開き直り)
続けてルーキー3人のトークになると、バシャバシャ撮ってるし。 それにしても3人とも格好いいですねえ。
ヒロは発言内容も話しっぷりも
ふてぶてしく堂々として頼もしかったです。あんなに(良い意味で)気が強いんだとちょっと感心しました。考えてみれば、プレーを見ていればそうだろうとは思いますけどね。途中から監督も加わって話が続きます。 ずいぶん厳しい練習のようですよ。 しっかりがんばってね。
グッチーさんが、ここで新加入の選手たちに間近でドールズのパフォーマンスを見てもらいましょうと話を振り、スペースを作るためにステージに端に各自椅子を動かしました。 ドールズが登場して踊っている(←写真なし)ところへ、どやどやとダンサーたちが乱入。
グアムからやってきた「グアムドールズ」だそうです。 先頭きってステージにあがってきた柴ちゃんの笑みが可愛かったです(笑)。
ラインダンスだってやります。
キャプテンのジェニファー(写真中央)は、ヤスのキャラクターそのもので賑やかにみんなを率いていました。
大伍(右から2人目)はこれまた可愛らしく。よく似合っています。 でも一番きれいだったのは純貴(右端)です。化粧すると妖艶な色気がありました。ちょっと肌の露出が過剰な気もしますが(笑)。 そんな純貴は名前を聞かれて最初「エジソン」と答え、別れの寂しさを思い出したのかちょっと間があいて、「しゃれになりませんね」と自分でツッコミを入れていましたけど。
キャプテン・ジェニファー(ヤス)が「あー!ドーレくんだー」とドーレくんを発見し、一緒に写真を撮ってもらうことに。 柴ちゃんが携帯をグッチーさんに渡し、みんなでポーズを決めたところを写してもらいます。
同様に監督とも一緒に。 ノブリン、金髪美女(?)に囲まれて満面の笑みでした。思っていたよりもずっとノリがいい人ですわ、ノブリン。
セクシーな格好で「今年の抱負」を述べる純貴
1年前には「人見知りが激しく、記者会見での声も小さくて困った」と言われていた選手だったはずが・・。 成長の跡が見えると喜んでよいのでしょうか。 ステージでのトークショーがあまり途切れなく続き、しかも私としては絶対に聞き逃せない新人たちの番が後の方だったので、結局ステージの前に張り付きっぱなしでした。智樹がスーツ姿で端の方にいたよと聞いたのに、見にいけなかったのが残念でした。どれどれ?と双眼鏡で覗いてみて睦史の姿を見れたのは嬉しかったですが。 こうして見ると、OBとしてステージを盛り上げてくれている健作だけじゃなく、睦史とか智樹とか、いろんなところでじわじわとコンサ育ちの人材の層が厚くなってきているんだなあと思いました。
今季のユニの発表です。 1stユニ、2ndユニ、GKユニ、練習着をそれぞれモデル役で着てステージに並びました。 オフィシャルパートナーの紹介は、まずは胸のニトリから。 ニトリが目立つようポーズしますが、柴ちゃんはせっかくだけど意味ないですねw
白い恋人は背中に
袖にはサッポロの☆ パンツにはJALのロゴがついているのだけど、そして選手たちはロゴが見やすいようにセクシーポーズをとってくれたのだけど、位置関係からうまく写真に撮れませんでした。
練習着にはJR北海道。柴ちゃん、やっと出番です。
これはKappaブランドを展開しているフェニックスの紹介のつもりで、肩のオミニを示しているポーズです。 カズが何度もセクシーポーズをキメたり、退場するときに観客に向かって投げキッスをしたり、なんだかイメージ変わったような気がしました。去年の終盤に試合に出るようになって一皮むけたのかしら? もしかしてカズもグアムドールズを一緒にやりたかったとか?(笑) 征也はそういうの嫌がりそうだけどw、謙伍はもともと「コンサドールズに入団し、あ、いや、」の人なのに今回はやらなかったのね。コンサドールズではなくてグアムドールズだから?
最後に選手とスタッフ全員がステージに集合して
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締めは監督の挨拶です。 「1、2、3、ダーッ!」 「元気ですかー!」など 猪木風でまとめたノブリンでしたが、もしかしてそのマフラーはそのための小道具だったのかしら。 小道具まで用意して、ノリノリですね、ノブリン。 監督の明るいキャラが周囲に伝わったのか、選手も集まったサポーターもみな明るい顔をしているように思いました。 私は自分が楽しいものだから、みんなも楽しいように見えるだけかもしれませんけれど。 今年は楽しい年になりそうと期待を抱かせてくれる今季のスタートでした。
夕食もまた千歳空港で。スープカレーで北海道を満喫です。
2009年01月18日
おはようございます。羽田空港にいます。 今日はキックオフイベントが楽しみで早起きしてしまいました! ・・・というわけではないんですが、ついいつものように朝早い便を予約していたのでいつものように朝早く家を出たところ、途中でそういえば、と思い至りました。 今日は入場が13:30からだったんだわ。ファクトリーでのシーズンシート販売会には行っていないから優先入場チケットももらっていないし。 ならば、今から行ったら早すぎるじゃないの。寒風の中で待たなければならないじゃないの。 というわけで羽田で時間つぶしのネットサーフィンをしています。 道新webには昨日開催されたマスコミ向け懇談会でノブリンが爆笑トークを繰り広げたという記事が載っており、思わず笑顔になって読んでいたのですけど。 この記事→【道スポ】石崎監督、マスコミ向け懇親会で爆笑トーク きょうファン感 ゆうべ温泉決起集会に参加した人から「監督がサプライズゲストで参加していてね、監督のこと、女性は『ノブリン』と呼んでもいい(本人談)んだって」と聞いていたのでこうやって私は安心して「ノブリン」と書いているわけですが、その話がマスコミとの懇談会でも出ていたのですね。 で、ちょっと待った~!!
さらに柏時代、女性サポーターに付けられた愛称「のぶりん」について
いや、それ、違うでしょ。 少なくとも私の知る限り、ノブリンが柏の監督になるもっと前、柏の前のヴェルディのコーチや清水のコーチよりも前の、川崎の監督になる前に、大分時代に鳥日新聞がノブリンのことをノブリンと呼んでいましたよ。 だって私はあのサイトでノブリンのことを知ったのですもの。 ノブリンは鳥日新聞の掲示板に自ら書き込みをなさっていたほど鳥日新聞編集部(←男性だと勝手に思い込んでいます)とは蜜月な時を過ごしていたのに、もし本当に柏の女性サポがノブリンと呼び始めたと思っているのだとしたら、あのころの(第三者から見て)甘い思い出はもう忘れてしまったのかしら。いやん、冷たいわあ。 それともこの記事を書いた道スポの記者の取材力と理解力がすっとこどっこいだったのかしら。 (軽薄な軽口を叩いてるのは浮かれているからです。すみません。) というわけで(?)きっと監督は、面と向かって呼びかけられるときには男性から「のぶりん♪」と呼ばれるのは気恥ずかしいと思っただけで、ネット上で表記するだけなら男性でも女性でもノブリンでかまわないと思っていらっしゃると勝手に解釈することにします。 だってネットなら男性か女性かなんてわかりませんものね。 つうか、実際に呼びかけるときに「ノブリン」と呼ぶサポなんていないでしょ、普通(笑)。 いえ、私は女性ですよ。一応。女でありさえすればトシは関係ないと読んでいいんですよね? すいません、では、浮かれ気分で行ってきま~す。
2009年01月12日
ノブリンこと石崎新監督の就任会見も明日に迫り、いよいよ新シーズンの始動が近づいてきました。 そういえば毎年キックオフイベントのころには、このブログで新シーズンへ向けた抱負めいたことを書いてきたんだっけなあ・・と、過去のエントリを振り返ってみました。すると、あれこれと書いていたのは去年と一昨年で、その前のシーズンには特に何も書いていませんでした。 2006年当時はブログを始めてまだ間もないころでしたから、そういうことを思いつかなかっただけかもしれません。でも今思うと、特に書くこともなかったから書く気にならなかったのだという気がするのです。逆に言えば、去年や一昨年のシーズン前には、あれこれ書き連ねなければいられないほど思い詰めていたのだと思いました。 今年は、去年や一昨年とは打って変わって、非常に気楽な気持ちです。 だからあんまり書くこともないんですけど(笑)、まあ新年の恒例行事みたいなものと思って今の気持ちを書き留めておくことにします。 (例によって長いので注意w)
お察しになっている方も多いと思いますが、この2年間私は、チームの姿と自分の素直な気持ちに折り合いをつけるのに苦労していました。 苦労をしていたというより、途中からは折り合いをつけるのを諦めてしまったという方が正しいかもしれません。嫌なことは考えないよう、見ないようにしてきました。 「メンタル弱いよ。それでもサポ? 不甲斐ない。」 と言われれば、 「そのとおりです。申し訳ありません。」というしかありません。 私にとって自分の気持ちと折り合いがつかない部分がどこだったかといえば、とりあえずJ1昇格を目指す、あとのことは後で考える。と思っているとしか思えなかったクラブの方針でした。 クラブの財政破綻を契機として、コンサドーレの将来像を見据えリスタートした2004年以降の強化方針を転換するもののように私には思えました。後先考えずにとりあえず今ある力をすべて「J1に昇格する」ことだけに注ぎ込むようなやり方では、長期的にみると消耗・疲弊するばかりではないかと、とても不安でした。 三浦監督は、HFCの意向に沿い、HFCの期待に応える働きをしてくれているのだと理解しつつも、選手の力を底上げするよりも、むしろ選手の力を伸ばすことを犠牲にしてでも今できることを組み合わせて最大限の力を引き出すことに比重が置かれているように思い、ただガツガツ局地的にぶつかり合うだけみたいなサッカーが私にはおもしろいと思えなかったことと相まって、なじめない思いを抱き続けていました。 このあたりの私の気持ちは去年のシーズン初めにも書いています(ちょっと表現をマイルドに粉飾してるかもw)。 →2008シーズンを前に思うこと そしてこの思いは、ヤンツー時代に私が思っていたことのちょうど裏返しでした。先日たまたま昔の観戦記を見直していたら、このときも同じことを考えていたんだ、と自分の成長しなさぶり(?)に思わず苦笑するほどでした。 たとえばこれです。→完敗ではあったんだけど(2006/10/18の第45節横浜FC戦@三ツ沢の観戦記) ヤンツーさんから三浦さんに監督が替わったときには、こんなことを考えていました。 →柳下監督に育てられた3年間 HFCは今季も三浦さんに続投をお願いするつもりだった(というか、した)とのことですので、HFCの方針が変わったのか意図しない方向へぶれたのか私には理解できませんけれども、とにかく今季はノブリンがコンサの監督に就任することになりました。 ノブリンの最近のインタビューを読む限り、ノブリンのもとで今季から作っていくサッカーは、これまでとはかなり違ったものになるのではないかと想像しています。 サッカーマガジンでのインタビューについては以前のエントリで触れましたけれど、首都圏で販売されているサッカー専門紙「エルゴラッソ」にも先日インタビューが載っていました(1/12・13日号 653号)。主な内容は柏での3年間の総括なんですが、今後のことにも多少触れてありました。 その中で、私の琴線に触れたのはこんな部分です。
うふふふ、楽しみですね。 J2の戦いの厳しさも、J1のおもしろさと難しさも、酸いも甘いも噛み分けた経験豊かな監督がこんなことを考えながらチームを率いてくれるかと思うとしびれます。くーっ。 もちろん、言ったとおりのことができりゃ苦労しないよというか、そのまますぐに実現できるとは思っていません。でも目指すところが共感できるというのは嬉しいじゃありませんか。 「『勝ってくれ』とは言われても『おもしろいサッカーをしてくれ』と言われたことはない。」と言い切られてしまうよりも(爆)。 こうやってノブリン札幌に期待を抱いてワクワクできる状況になって、私はようやく三浦監督に感謝することもできるようになってきました。 コンサの選手たち(の一部)やサポにJ1の世界を直に見せ、触れさせてくれたこと。届かない世界でもないし、かと言って簡単な世界でもない。それを実感できたことはとても貴重です。三浦さんだからこそできたことだとも思っています。また、真摯に、誠実にコンサのことに取り組んでくれたことには敬意を抱いています。特に去年はさぞやつらいこと、理不尽な思いをすることがたくさんあったでしょう。それでも投げ出さずに1年間やり遂げてくれたことは貧乏チームにとってはとてもありがたいことでした。 さて、シーズン前は夢が広がりますが、ただ現実の積み重ねは地味でつまらないものでもあるんですよね。 私が「とても好きだった」と振り返るヤンツー時代だって、当時の観戦記を読み直せば、試合についてはけっこう文句を言ってるもの、私(笑)。 きっとノブリンサッカーについてもあれこれ言うんでしょうね。 でもそれもサッカーの楽しみ。 本当に楽しみです。 今年のシーチケはまだ手元にないからしっかり見ていませんが、昨日の販売イベントで買ったシーチケをアップしてくれているブログなどを見ると、赤黒のサッカーボールの下に RE START という文字が書かれているんでしょうか? やっぱり今季はリスタートなのかな。 楽しみです。
2009年01月11日
1-5で惨敗した相手の監督から「札幌のサッカーはギャンブルサッカー」と冷たく言われたり、監督が「外国人は宝くじのようなもの」と評するなど、サッカーとギャンブルは切り離せないものですが(←違)、サポもときにはリスクを負って勝負に出ることがあります。 正月気分も抜けてそろそろ仕事も本格稼働になってきたか・・と思われた先日木曜日の午後、私のもとにあるサポ仲間から「ギャンブルに負けたようですよ・・」と連絡が入りました。貼り付けてある新聞記事は携帯からは読めなかったので詳細不明でしたが、悪い知らせであることはすぐに察しがつきました。 え~~!と思ったものの、ちょうど打ち合わせに入るところだったので「え、どうしよう?」と役にも立たない短い返信だけして席を立ったところ、夕方席に戻ったときにはすっかり善後策の調査・検討も終わっていました。ありがとう(笑)。 このハタチのサポ友さんとはなぜかここ数年シーズン前のキャンプ見学をご一緒しており(←アクシデントにより行けなくなった年を含む)、今年のキャンプもどちらともなく「今年はどうします?」という話になっておりました。せっかく行くのだから土日だけじゃなくできればもう一日くらい延泊したいという野望もあり、休みのとれそうなところを勘案して2/21~23日に熊本キャンプへ赴くべく、キャンプ日程も分からないうちから見切り発車で特典航空券の手配を済ませておりました。 ところが、その日にチームは沖縄行きのビンゴ!ですって。 FC東京が沖縄で開催するプレシーズンマッチの相手に我が札幌を選んでくださり(?)そのためにコンサは熊本から沖縄(北谷)へ行くそうです。当のFC東京もその直前まで宮崎でキャンプだそうですけど。 →(東京中日新聞の記事)FC東京 沖縄でプレシーズンM 2月22日 札幌と ・・・・。(涙) 仕方ないので予定を1週間前倒しにして、2/14・15日に熊本へ行ってきます。その前後にはどうしても休暇はとれないので2日間だけですけど。 でも過去に
という、ギャンブルに負け続けた(一部は自滅?)歴史を考えると、今年の熊本キャンプは2/12からですから少なくとも14・15日にオフになることはなかろうと、それだけは今から勝ったつもりでいます。 ヒロはキャンプ日程の半分くらいに参加予定とのこと(報道)ですが、うまくヒロの参加時期にあたればいいなあ。 そしてもちろん!ユース選手のキャンプ参加もぜひ!たっぷりと。 というわけでユースの関東遠征があるなら、できればこの週を避けてくださいね♪(←自己中)
2009年01月06日
寂しいニュースが続きます。 今日はアイカーの現役引退の発表がありました。
相川進也選手 現役引退のお知らせ
2009年01月06日
◆2008シーズンFC岐阜に期限付き移籍をしていました 相川進也選手が現役を引退することになりました。
■相川選手のコメント:
『サポーターの皆さん、7年間いつも応援していただきありがとうございました。現役を退くことになり、これから違う道に進むこととなりましたが、札幌で培った経験を活かして頑張っていきたいと思います。ありがとうございました。』
アイカーもまだ25歳です。 早すぎる・・とも思うけれど、プロになってまもなくから時々長引く怪我をしていたし、岐阜へ行ってからも怪我で出れない時期もあったようだから、そういう事情もあるのかもしれないと想像したりしました。 アイカーのゴールは鮮烈で、豪快で、印象的なものが多くて。 リーグ戦のデビューとなったルーキーイヤー・2002年秋のヴェルディ戦@東京スタジアムでは、後半から交代で入ってすぐに素晴らしいミドルシュートを決めて、鮮やかなデビューを飾ったんでしたね。あの年は新居もデビュー戦の鹿島戦@函館で初ゴールを決めているし、なんとも幸先がよいものだと思いました。 新居とアイカーは仲良しで、キャンプ中に一緒に美容室に行って髪を金色と銀色に染めてもらったりしていましたね。遠征先の駅や空港の売店でも2人が仲よさげに寄り添って一緒に買い物をしている姿をみかけたりしました。そういえばアイカーは空港で「●●便で●●へお越しの相川進也様。当機はお客様のご搭乗をお待ちしています」と呼び出されていたことがあったっけなw(←時効ですよね?) アイカーが岐阜に行ってしまってから、私は自分がかなりアイカーに愛着をもっていたことに気づくことになりました。(こんなふうに→私はそんなにアイカーが好きだったのか) 生アイカーを見たのは、去年の春に岐阜と名古屋のプレシーズンマッチを見に行ったのが最後になりました。 引退のコメントに「これから違う道に進むこととなりましたが、札幌で培った経験を活かして頑張っていきたいと思います。」とあることからすると、今後はサッカーとは違う仕事をすることになるのでしょうか。 なんであれ、今後のアイカーの人生が幸せなものでありますようにと心から祈ります。 そういえばうちの母は、おととし初めてユニに選手の背番号を入れようかなと言いだし、気づいたら11番をつけていたんでした。 このニュースを聞いてどうしてるかな。電話してみようかしら。
2009年01月05日
今日の夕方、オフィシャルで智樹についての発表がありました。
鈴木智樹選手 現役引退 及び当クラブ強化部スカウト担当(育成)就任のお知らせ
2009年01月05日
◆コンサドーレ札幌 鈴木智樹選手が現役を引退し、当クラブの強化部スカウト担当(育成)に就任することになりました。
■氏 名: 鈴木 智樹 Tomoki SUZUKI
■生年月日: 1985年 6月8日 (23歳)
■選手歴: コンサドーレ札幌ユースU-15→コンサドーレ札幌ユースU-18→コンサドーレ札幌
■出場記録:
<2004>札幌… J2 27試合0得点 /天皇杯 0試合0得点
<2005>札幌… J2 20試合0得点 /天皇杯 1試合0得点
<2006>札幌… J2 31試合2得点 /天皇杯 1試合0得点
<2007>札幌… J2 0試合0得点 /天皇杯 0試合0得点
<2008>札幌… J1 0試合0得点 /カップ戦 0試合0得点 /天皇杯 0試合0得点
■鈴木選手のコメント:
「サポーターの皆さん、コンサドーレ札幌の選手としてプレーした5年間、いつも温かなご声援本当にありがとうございました。現役を退き、これからはクラブのフロントの一員として、コンサドーレ札幌のチーム強化に携わっていけるように頑張りたいと思います。今後とも、よろしくお願いします。」
移籍先が見つかるには少し時間がかかるかもしれない、だからオフィシャルから発表になるまで気長に待とうと思っていた私にとって、今日のこの発表は、思ったよりも早く、しかも望んではいなかったニュースだったので、ショックでした。 帰りの電車の中で、無念だったろうなあと智樹の心中を想像すると胸がいっぱいになり、夜道を家まで歩きながら泣けてきてしまいました。
昨シーズンもなかばを過ぎ、智樹の試合出場の気配はなく、シーズン末には戦力外になるかもしれないという懸念がいよいよ現実味を帯びてきたころ、私は漠然と「中学生のころからコンサで育ち、あたりにその名をとどろかせた有望選手で、トップでも出場記録がかなりある選手なのだから、HFCとしても引退後の智樹には何らかの仕事を提供するのだろうな」と思っていました。もちろんそれはいずれ将来の話、ですけど。 正直に言うと「睦史があの若さでコンサのスクールコーチをやっているのだから、もしかして智樹も睦史と一緒にコーチをやることだってあるかもしれない。」と考えたりもしました。智樹がどこへも行かずコンサに残ってくれるのも悪くはないなと思ったりして。 けれど、それはあくまでも実際に智樹が「契約満了」と言われる前に考えた話でした。いざ実際に「コンサの選手としての契約が終了します」ということが明らかになると、私は、コンサの選手じゃなくてもかまわないから智樹がプレーしているところをまだ見ていたいと心から思いました。 選手として生活を律していくのは大変な努力が要ることでしょうし、すぐに移籍先も見つからないかもしれない。地域リーグとかででも、バイトしながらでも、石にかじりついてもサッカー選手を続けていきたいという執念が智樹にあるのかどうかわからない。たとえ当面のプレー場所が見つかったとしても、その先の生活の保障があるわけじゃない。 だから、サッカー選手としてプレーを続けて欲しい、プレーを見たい、というのはファンのエゴだということは承知しています。 でもやっぱり、まだ23歳だし、大学卒でJ入りした選手ならばまだやっとルーキーイヤーが終わったばかりの年。サッカー選手としてはいよいよこれからという年です。残念ながら三浦監督が率いるコンサドーレでは力を発揮できなかったけれど、智樹のあのキラキラエレガントなプレーが輝ける場所はきっとどこかにあるはずと思うのです。 智樹だってたぶん、できるものなら現役を続けたかったことでしょう。 でもそれがうまくかなわないから、今回の結論になったのでしょう。 智樹がそれがよいと思って決断したことなら、それが一番よかったのだと私も(頭では)思います。今後もコンサのために智樹が力を発揮してくれるのは嬉しいことだし、子供たちにプロ選手の技術を教えてあげられる人が身近にいるのはコンサのためにも、北海道のサッカー界にとってもよいことだと思います。 だからいずれ気持ちを切り替えて、智樹の未来を応援したいと思います。どこにいたって、何をしていたって、智樹は智樹だし。溺愛しているし。 でもやっぱり今夜は、無念な気持ちと悔しい気持ちがないまぜになってなんとも凹むなあ・・・。
【2009/1/6 12:30 追記】 新聞報道によれば、トライアウトに参加後、智樹には複数のオファーがあったそうですね。どこのカテゴリのチームかは不明ですが。 となると現役続行するかどうかはあくまで智樹の判断だったわけだ。 ・・なら、仕方ないですね。受け容れるしかないか。 (ほんとはもっともっとプレーが見たかったんだよ~~ヽ(`Д´)ノ )
【2009/1/13追記】 智樹好き仲間である「しまりすごはん」のしーちゃんさんが智樹の引退に向けての気持ちを書いていらっしゃいます。 まるで私の言いたいことを全部言ってくれてる。ってくらい共感しました。読んで泣きましたよ、ええ。 ↓ 北の宝石。(「しまりすごはん」しーちゃんさん) ちなみに、しーちゃんが触れていらっしゃる、私も『北の宝石』のダンマクが好きという話は→このエントリの真ん中あたりに出てきます。
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プロフィール
札幌出身・東京在住(釧路に単身赴任していましたが2014/4月に東京に戻りました)のあきっくと申します。 生観戦デビューは1999年8月15日の大分戦@厚別。 夏休みに札幌に帰省したときでした。 以来「仕事のしわ寄せは平日に」をモットーに、週末にコンサを追いかけるための生活をしています。 2001年夏にJ村でユース(特に石郷くん)を見てユースに傾倒。 いわゆるユースヲタなんだろうと自覚するこのごろ。 詳しい自己紹介と私宛のメールアドレスは「ごあいさつ」のカテゴリから、シーズンごとのトップチーム関連、ユースチーム関連別の主なエントリの目次は「まとめ・目次」のカテゴリから、エントリーナンバー順の全エントリーリストは「全エントリーリスト」のカテゴリからどうぞ。 2010/02/07からツイッターを始めてみました。 ユーザー名は akikconsa です。ユースの試合を見に行ったときは気が向けばつぶやいているかもしれません。 コンサU-18選手の背番号一覧表を作りました(2015/4月版)。ユース観戦のお供に、こちらからご自由にお持ちください。 →http://www.evernote.com/l/APefpdtBmUJCBo1gGdT_yWpEMjGm6cvq_oQ/
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