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プロフィール

2004年に家族3人で登録したOSCです。 結成当初にもう一家族が加わり、二家族を中心に応援しています。 昨年四方田修平監督の下、11年ぶりにJ1残留を達成した。 今年は、ミハイロ・ペトロビッチ監督を向かえ、J1定着を目指しているチームを後押ししていきます。 07年は、アウェイ愛媛戦で西大伍決勝ゴールで、アウェイ戦の戦績は3勝2敗と勝ち越した。 10年から加入した、13番内村圭宏を応援しております。 11年アウェイ最終戦に、湘南戦に参戦し勝利できたことで昇格を確信、内村がチーム得点王となる活躍もあり、J1に昇格を決めました。 12年は、J1定着のため応援を続けてきたが、結果は早期の降格してしまった。 13年は、中山引退し、沢山の主力選手がチームを離れたが、ユースから6人が昇格した。 財前新監督の下、J1再昇格に向けて応援したが、あと一息のところでプレーオフを逃す。 14年は、5年ぶり愛媛から石井謙伍が復帰、ユースから2人と大学を経て2人、菊岡・GK金山、薗田、都倉が加入し、2年目の財前監督に昇格を託し、7月小野伸二が加入したが成績が振るわずシーズン途中からバルバリッチ監督に交替したが、リーグ戦最後の4試合をすべて引き分けで終わり、10位でシーズンを終えた。 15年は、稲本潤一、ナザリト、ニウド、具聖潤が加わり、昇格に向けて良い補強ができたが、この年も、成績が振るわずシーズン途中で、バルバリッチ監督から四方田監督に交代し、2年連続のシーズン途中での監督交代となった。 監督が交代しても、チームの成績は振るわず、2年続けて10位で終わった。 砂川誠(シーズン途中で岐阜にレンタル移籍)が12年半の在籍を持って引退した。(榊翔太が海外にシーズン途中で完全移籍) 16年は、古田寛幸・ナザリト・ニウド・前田俊介・菊岡拓朗・薗田淳が戦力外となった。 昨年チーム創設20周年で、チーム名が北海道コンサドーレ札幌と変わり、ブラジル人選手3人FWヘイス・MFジュリーニョとマセード、そしてDF増川隆洋を神戸から補強、シーズン途中に菊地直哉を獲得して、最終戦でJ2優勝しJ1に昇格を決めました。 昨年は、仙台からMFキムミンテ・FW金園英学、神戸DF田中雄大、鳥栖MF早坂良太、横浜FM MF兵藤慎剛、大宮MF横山知伸を移籍で獲得し、ユースからDF濱大耀とFW菅大輝が昇格してシーズン途中でチャナティップとジェイを補強し、5度目のJ1を戦い、11位で残留を果たした。 今季は、石井健伍・上原慎也・金山隼樹・杉山哲・増川隆洋・櫛引一紀・マセード・前貴之がチームを去り、川崎からMF三好康児・浦和からMF駒井善成・広島からFW宮良拓実・京都からGK菅野孝憲・愛媛からMF白井康介を獲得、ユースからFW藤村怜が昇格した。 今年は、ペトロビッチ監督の超攻撃的サッカーに、選手たちは苦労しそうですが、どんな成績であろうとこれまでどおり、J1定着のため、チームをしっかりサポートしていきたい。 また、Fリーグのエスポラーダ北海道も09年から応援しており、14番神敬治を応援しておりましたが、昨季限りで退団しました。 昨年エスポラーダの成績は振るいませんでした。 来季は多くの主力選手が退団したこともあり、どんな試合ができるかわかりませんが、これまで同様しっかり応援して行きたいと思います。 OSCの名前 “Consa 勝利 De-Shiori's”の由来は、ふたりの「しおり」たちが勝利に貢献するようにと思いつけたのだが、ふたりのしおりたちも既に社会人となり、なかなか試合に来られなくなりました。

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ファン拡大に一役

2006年05月13日

サポータのみなさんは、コンサドーレ札幌のファン拡大に、日夜活動していることと思います。

私も、その一役を担ってみました。


それは、昨年の11月頃までに遡ります。

私の会社(実は会社ではない)職場では、ファン獲得いや顧客獲得(この顧客という言い方も相応しくないが)のために、広報誌を年4回発行しております。

本来は、別な人がその広報誌の作成の中心となってやっておりました。
私はその広報委員会の委員として、アイデアを出したり内容の校正をしたりしていました。
しかし、中心となった人が病気療養のため、長期に休んでしまったため上司であった私と、もう一人の部下が中心となって作成することとなりました。

その広報誌は、その号で21号目であり、新たな紙面の構成になり、企画内容及び記事の配置を変更することになったのです。

そして、それまでの(20号)広報誌にはなかった、新しいコーナーを設けることになりました。

そのコーナーとは、趣味・写真・エッセイ・随筆など自由なコーナーでした。
そこで、職員に募集を掛けたところ、応募総数は何と「0」
うちの職員は、結構というかまったくというか、消極的な結果が現れてしまったのです。

とはいっても、応募者0だからといって、そのコーナーを別なものにすることは出来ないとの使命感(格好つけてしまいました)から、私が記事を書くことにしました。

みなさんは、私のブログを読んで、こいつ文才ないなとお思いでしょう。
そのとおりです。
ですが、気持ちのこもった文章は書こうと心がけております。
ちょっと、広報誌の件から離れてしまいました。(~_~)

そこで本題です。
私が、一番ハマっているコンサドーレのことを書こう。
そうです。
公然とコンサドーレのことを、宣伝できるチャンスです。
少しでもファン拡大に役立てればと思い、書いてみました。

発行は2月初めでしたが、発行後は業界紙を発行している新聞社にも、送っていたために、業界紙から取材を受けることになったのです。

ただ、どちらかというと消極的な私ですが、ことコンサドーレのことになると、結構積極的になります。
そこで、その取材を受けたのです。
やはり、そこでもファン拡大の一役をかうことができるのであればと、直ぐに決断しました(かなり積極的)

そして、業界紙に取材された内容が掲載されました。
さすがに新聞記者は、記事をまとめるのが上手いですね! (それが仕事です)

新聞の記事に対する反響が、現れ始めました。
得意先の方に、コンサドーレのファンなのですね。
と声を掛けられたり、会話の幅が広がったのです。

結果、取材を受けて良かったと思っています。

私のファン拡大(コンサドーレ布教)の活動をしています。


post by consa.kazu

05:21

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