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プロフィール
札幌出身・東京在住(釧路に単身赴任していましたが2014/4月に東京に戻りました)のあきっくと申します。 生観戦デビューは1999年8月15日の大分戦@厚別。 夏休みに札幌に帰省したときでした。 以来「仕事のしわ寄せは平日に」をモットーに、週末にコンサを追いかけるための生活をしています。 2001年夏にJ村でユース(特に石郷くん)を見てユースに傾倒。 いわゆるユースヲタなんだろうと自覚するこのごろ。 詳しい自己紹介と私宛のメールアドレスは「ごあいさつ」のカテゴリから、シーズンごとのトップチーム関連、ユースチーム関連別の主なエントリの目次は「まとめ・目次」のカテゴリから、エントリーナンバー順の全エントリーリストは「全エントリーリスト」のカテゴリからどうぞ。 2010/02/07からツイッターを始めてみました。 ユーザー名は akikconsa です。ユースの試合を見に行ったときは気が向けばつぶやいているかもしれません。 コンサU-18選手の背番号一覧表を作りました(2015/4月版)。ユース観戦のお供に、こちらからご自由にお持ちください。 →http://www.evernote.com/l/APefpdtBmUJCBo1gGdT_yWpEMjGm6cvq_oQ/
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2010年02月06日
いやあ、はっきり言って、ごめんなさい! あんなふうに文句言いましたけど、すっかり楽しくなりましたね、チャオコン。 今日は動画で純貴が重大発表!!をしてくれました。 始まるのが楽しみです。 純貴が厳選した純貴の持ち味が発揮された写真とはどんなのかも楽しみです。 純貴の持ち味が詰まった写真を眺めながら、毎日ニマニマしつつPCに向かう日々が始まるんだわ♪ 厳しい練習や試合の合間に、純貴にとっても息抜きとなるような楽しい時間&空間となりますように。 楽しみに待ってます!
2010年02月06日
昨日(2/5金)発売のエルゴラッソ819号に 先日つま恋で行われた新人研修会の 一部始終レポがありました。
ホテルのバンケットルームみたいな大きな会場で講義を聴いている選手たちの写真があり、たくさんの人の中にヒロの顔を探したのですが見つけられませんでした。新しくJリーガーになる選手ってこんなに多いのね。横にガンバの宇佐美くんだけアップの写真もあるのですけど、目を瞑っているのだけどいいのだろうか・・(笑)
【直後に追記】
もう一度見てみたら、ヒロいました!!
前から2列目の席で真剣な顔をして聞いていました。いいねえー。
この大人数の中、コンサから参加しているのはヒロ1人だけなんですよね。1人だけというのは私がコンサを見るようになって以来初めてじゃないかしら。心細くなかったかなあと思ったけど、でも代表でのチームメイトとかもたくさんいるでしょうし、心配ないか。 レポには3日間にわたる研修の全スケジュール(時間配分や科目や講師も)など載っていて、興味津々で読みました。ドーピングとかルールテストとか危機管理とか契約制度とか税金とか、プロ選手として必要になる知識の講義のほか、「PRコミュニケーションセミナー」という科目があるのは他のメディアでも取りあげられていましたね。J'sGoalのフォトニュースでも荻原次晴さんのインタビューに答えるヒロのようすが載っていました。→こちら(ヒロの写真) このセミナーは2コマあって、全体で講演を聴いたあと、翌日は5グループに分かれ、実技を交えてマスコミ対応を学んだそうです。講師として来ていた5人の中にノノの名前もありました。そういえばフォトニュースにノノの写真もありました。→こちら(ノノの写真)(ノノは手広くお仕事してるなーと感心w) 詳しい内容を知りたいヲタな方は、どうぞエルゴラッソをご覧ください。バックナンバーを郵送してもらったり、ダウンロードしたりで、1部から購入可能みたいです。→ダウンロード版はこちらから ちなみに、その前の2月3日(水)発売号には、カラー1面でコンサのグアムキャンプレポ、その隣のページにグアムキャンプを取材したノノのインタビュー記事がありました。札幌、仙台、山形の3チームを見たそうで、けっこうえぐいこと言ってるしw って、まるでエルゴラッソの回し者のような今日の私。
2010年02月05日
や、実は、誰のお仕事なのかよくわかっていないのですが。 とりあえずグアムでお仕事中の平山さんに向かってお礼を言ってみました。もし他の方の担当されたお仕事だったらごめんなさい。その方に対するお礼でもあります。 きのうチャオ!コン(←コンサの携帯サイト)はやる気ないんじゃないの~?!って文句をぶつけるエントリを書いたら、まるで中の人に見られたかのようなグッドタイミングでチャオコンのトップがグアムでの写真に入れ替わっていました。 うふふ、嬉しい。 そしてさらに「コンサTV」では、グアム名物トローリーバスに乗って移動中の選手たちのようすを西嶋ヒロくんが撮影した動画が配信されています。選手たちの笑顔も嬉しいけれど、この動画の一番の見所は、撮影しながら「あおと~!もうすぐ帰るからね~~!」とカメラに向かって繰り返す(しかも2度もw)西嶋パパだというあたり。見ながら思わず吹き出しちゃったw 文句言うばかりじゃなく、楽しませてもらったら嬉しい気持ちもお伝えしなきゃと思って、さっそくここに書いてみました。 書いて伝わるのかどうかは知らないけど、まあ自己満足で(笑)。 また楽しいレポや写真や動画を期待してまーす。 どうぞよろしく~!! チャオチャオ(←浮かれてる)
2010年02月04日
1週間くらい前、私はかなり腹を立てていました。何に対してかというと、HFCの広報スタッフ(←名指しだ)に対して、です。 チームのためと思って加入はしていますけれど、コンサの有料携帯サイトはすっごく貧弱だとかねてから思っておりました。でも先日それがリニューアルされて、Ciao! Consadole チャオ!コンになり、先日のキックオフ2010会場でも チャオコンチャオコンチャオコンチャオコン・・と耳を引きつけるフレーズが繰り返し流れていました。今後の展開が期待できるかな・・?!と思いました。 だから私はそれからしばらく、楽しみにしながら毎日携帯サイトを見ていたのです。でも朝に夕にチェックしても、サイトを開くとトップページで真っ先に目に飛び込んでくるのは「ドリブルをしかける上里選手」の写真。 去年のドームでの開幕戦の写真ですよ?!そしてその下に「新コンテンツコンサTV」として昔のゴールシーンを「一挙3本配信中」の文字。それが来る日も来る日もずーっと変わらず(今もまだ変わってませんw)トップ写真に鎮座したままでした。 まあこんなもんだと半ば諦めている私たち重症サポはいいとしても、たとえばあのキックオフイベントでリニューアルを機に興味を持って携帯サイトに加入してみたり、ゴンちゃん騒ぎで「どんなもんかしら?」とコンサに興味を持って好奇心から覗いてみたりした人に、退会しないで続けてもらおうと思ったら、まずは最初の掴みが肝心でしょ。 それが何日もいつもいつも変わらない画面が出てくるようじゃ、すぐに飽きられてしまうだろうに、とやる気のなさ(?)が腹立たしかったのです。自分の経験からしても、ちょこちょこ変わっていればしょっちゅう覗いてみますもんね。 どことは言いませんが(←ご想像のとおり)よそのチームの携帯サイトはキャンプの写真をトップにおいています。 一方濃い人向けという点でも、あの練習レポは、ほんとにサポがこういうのを読みたいと思って書いているのかしら? 今日は午前、午後の2部練習をした。 午前中は石栗コーチのもとでフィジカルメニューで汗を流し、午後からは石崎監督のもとでフィジテクの後、○対○に分かれて~の練習をした。 全体練習の終了後、何人かの選手がシュート練習をしていた。 練習中の選手の写真が1~2枚。 毎日毎日ほぼ同じような内容。ほんとにこれ、読む人が楽しいだろうと思って書いてる? 読み手のことは関係なく、ただ仕事だからとりあえず書けば済むと思ってやってるだけなんじゃない? 練習レポを通じて、チームの状態やいま取り組んでいることを伝えたい、選手の魅力を伝えたい、こんなおもしろいことがあったよと伝えたいという気持ちがないんじゃない? コンサに対する愛が足りなくない? 仕事でやっていることだから愛を求めるのは筋違いかもしれないけど、ならばせめて「仕事として」成果を見せてよ。 と、非常に不満が高まっていたのです。 「キャンプムービー」は”準備中”のままでいつまで経っても始まる気配がないし。 広報の人もキャンプに帯同しているはずなのに、いったい彼の仕事って何をやっているんだろう? 十何行かの(毎日変わり映えのしない)チームレポートを携帯サイトに書いて、オフィシャルサイトのトップページにプロの写真家の撮った写真を1枚ずつ差し替えて。選手や監督に対するマスコミの取材希望があれば、練習の後にそれを仕切って。それで一日の仕事終わり? もしかしてエキップマネージャーと一緒に練習用具の準備や練習のお手伝いや練習着の洗濯や食事の世話までやっているとか?(←皮肉) 他と比較してもしょうがないけれど、例えば毎日午前練習のシーンを昼間のうちに動画配信するとか、監督の生の言葉や選手の生の行動も盛り込みながら生き生きとしたチーム情報を毎日数本届けてくれる広報日記があるチームもあります。無料のオフィシャルサイトで毎日写真つきの詳細なキャンプレポートを掲載しているチームもあります。人員や設備に余裕がないとはいえ、やっぱりやる気の問題も大きいんじゃないの~~?って、ああ、こうやって書いていても思いだして腹が立ってきた(笑)。 「もう、うっぷん晴らしに腹立ちをぶつけるエントリを書いてやる!!」と思いながら、だらだらしてそのままになっているうちに。 J'sGoalのキャンプレポートに→こんな写真(マイケルが降りてきたノブリンとスタッフたち)が載りました。 ノブリンの隣でノリノリでポーズを決めている広報の平山さんの姿を見たら、なんだか、ぶつけたかった怒りも引っ込んでしまうじゃない。
この写真の撮影のようすを伝える「宮の沢便り」(1/31)で、最後に「目指せ、フォトランキング1位!!!」と書いていましたけど、見事2/1と2/2の2日に渡ってアクセスランキング1位獲得でしたね。おめでとうございます!w
それですっかり腰砕けになりかけたところに、チャオコンでも動画配信がようやく始まって、大宮との練習試合での得点シーン(PKをとるまでの過程とPKを蹴るシーン)がアップされました。
やーねえ、これじゃ振り上げようとした拳が行き場を失って困る感じ(笑)
で、とうとう。昨日は。
バーベキューのときにステージにあげられて、ダンサーと一緒に踊るひっきーの姿を動画で配信するなんて。セクシーなダンサーに手を添えられて腰の振りを指導されているひっきーの様子が見られるなんて。
ツボを心得てます。
んもう、これじゃ私、完敗だわ・・と思いました。
これからもがんばってくださいね。平山さん。まだ不満がないわけじゃないけど。
【2010/02/05追記】 …って書いたら、翌日さっそく!!(喜) 私の喜びの声は→こちら
2010年02月02日
去年の1月、エルゴラッソのイヤーブックが欲しくて宅配に切り替えたのですが、あれから早1年。先日新聞受けにエルゴラと一緒にイヤーブックが差し込まれていて、ああそういえばと驚きました。忘れてたなんて薄情ですね、私。今の時期にチーム名鑑っぽいものが届くと、つい新シーズンに気持ちが向いているものですから新チームの情報を期待しちゃうのですが、これは表紙に2009とあるとおり、昨シーズンの総集編という感じの内容です。 や、私も、中身をぺらぺらっと見て初めて認識したのですけど。(なんかちょっと時期遅れみたいな気がしたのは内緒。)って、去年も同じことを感じていたのですね。忘れていたけど。 J1優勝チームから始まって成績順にチームが並んでいます。
J2の6位だったコンサは片面(1ページ)の扱い。 1年を総括する記事や、担当記者のアンケートコーナーに加えて、「心に残ったあの言葉」と題して各チームの担当記者が1年間の取材を通じて印象深かった言葉をとりあげています。コンサ担当の斉藤宏則さんが挙げた言葉は、ヒロの言葉でした。 8月にリーグ戦にデビューし、出場機会を掴んで、A契約の締結条件を満たす出場時間900分を超えたころ。A契約のことや、来季の年俸のことなど、答えやすくない質問を報道陣からされたときにヒロは、「高校3年生の今の時期は、純粋にサッカーを楽しめる最後の時間。だから、今は契約やお金のことは一切考えず、とにかく楽しんでプレーしたい。」と一蹴した。と斉藤さんは書いています。サッカーに対する情熱だけじゃなく、ヒロの頭の良さが感じられる答えでもありますね。 確かに、ユースの選手たちは、サテライトでもプロ選手に混じって試合に出ることを自分のために貴重な機会だととらえて喜んで張り切って出場します。それがトップのリーグ戦であればなおさらでしょうね。「お給料ももらわないでただ働きして・・。」というのはある意味正しいけど、その裏面には別の見方もあるというわけです。 (お給料もらっていないのに、ノノさんに「負けたら全員分の食事代を払う」ゲームに引き込まれたのは
おもしろかった気の毒だったけど。負けなかったからいいけど(笑)。) 「ご両親から貰う月3万円のお小遣いをやりくりしながらの寮生活を送った最後の高校生活。古田は全力で駆け抜けていった。」と斉藤さんはヒロの懸命な姿を爽やかに描写してくれています。斉藤さんの文章はいつも愛があって素敵だなあと思います。
2010年01月25日
謙伍と大伍が移籍してしまいユースからの昇格はなかったので、今年はコンサユース出身の選手が4人(征也、純貴、ひっきー、ヒロ)にまで減ってしまいました。だから実人数では勢力増大中ではありません。でも影響力はあるんだなあと思った話です。 CSでのヒロ・ひっきー・俊ぴーの対談と、スカパー!2009総集編での征也・純貴・裕樹の鍋座談会での話をまだひっぱります。 この対談で私がへーえと思ったのは、うちのユース出身の選手だけじゃなく、俊ぴーや裕樹くんといった高校サッカー部出身の選手も、親しい年上の選手を「くん」付けで呼んでいたことです。 裕樹くんはコンサに入ってすぐのころから征也のことを「征也くん」と呼んでいたのをインタビューか何かで見ました。 この、先輩を「くん」付けで呼ぶというのは、私がユースを見るようになって初めて知った習慣でした。私が学生のころは(←大昔だ)、特に中学生や高校生のころは、1歳や2歳の年齢差がたいそう大きな意味を持っていて、先輩に対する言葉遣いは同学年の友達に対するのとはまったく違うものでしたが、先輩への呼びかけは「~先輩」とか「~さん」でしたねえ。同級生なら(親しい人は愛称や呼び捨てだったりするけど)男の子は「~くん」、女の子は「~さん」付けでしたけど、先輩は男女とも「~さん」でした。男の先輩に「~くん」と呼びかけるのは、まるで同級生に対するみたいで失礼だと扱われたと思います。 社会人でもそうですよね。一般的に「くん」は目下の人に対する呼びかけにきこえて、会社であまり使われることのない呼び方だと思います。 けれどユースくんたちの場合、選手同士の会話、というか、試合中に呼び合っている言葉を聞いていると、明らかに「~くん」は先輩に対する敬称なのでした。同期や後輩は呼び捨てにするようでした。 へーえ、こういう言い回しもあるのかあと感心したものです。そしてその習慣は、コンサユースだけじゃなく、他のJチームのユースでもどうやら同様のようでした。 でもこの年代の選手たちがみんなそうというわけではなく、高校のサッカー部と対戦すると、相手チームでは「~先輩」だったり「~さん」付けで呼んでいたりするんですよね。学校によっていろいろなんでしょうけど。 高校のサッカー部からコンサに入ってきた選手、たとえばカズとか、ヤスや俊ぴーとか、裕樹くんとかは、チームで先輩のことを何て呼んでいたんでしょうね。たぶん先輩を「くん」付けで呼んではいなかったんじゃないかと想像するんですが。でもコンサに入ってからはすっかり「カズくん」「征也くん」「大伍くん」になっています。そして純貴やヒロやひっきーから「シュンくん」とか「ヤスくん」「ヒロキくん」と普通に呼ばれているようです。 カズや智樹の学年より下は、ユース出身の選手(柏ユースのほっちゃんも含む)の割合が圧倒的に多くなったし、サテライトや練習参加で現役ユースの選手と一緒にやる機会も多いから、ユースの先輩後輩がお互い知ってる同士で呼び合っているのを聞くと、それに影響されてそっちが主流派になるんだろうなと思います。 でも、智樹たちより前の年代の選手がどんなふうに呼ばれていたのか、思い出そうとしても思い出せないんですよね。謙伍がU-18時代の2年生のとき、テレビのインタビューで当時トップにいた新居のことを「新居くん」と呼んでいたのは見たことあるけど、たとえば市村とか尾崎とかアイカーとかが智樹やカズから何て呼ばれていたのか思い出せないのです。たぶんそもそも知らないんじゃないかと思います。若い年代の選手同士の生の会話が見聞きできるようになったのって「しまふく寮通信」以後のことなのかしら。と改めて思いました。 で、ふと思うのは、いま、謙伍や大伍が移籍した先でどうしてるだろう?ってこと。 大伍は何があっても動じないふてぶてしい感じ(笑)があるから全然心配していないけれど、たとえば謙伍が愛媛で今までどおりのつもりで「~くん」と年上の選手に呼びかけ、「なんだ?こいつ?」と思われたりしたら、どうしよう。とか。謙伍がそれを気にして心なしびくびくしちゃったりしないかしら?とか。 余計な心配ですね(汗)。がんばれ、謙伍。
2010年01月23日
さっき郵便受けを見てみたら、月刊コンサドーレ、じゃないや、CSの2月号が届いていました。 今月の表紙はこの3人。そして巻頭の BRAVE HEART INTERVIEW もこの3人! うち解けた雰囲気での屈託ない会話と写真を見て、今さらながら3人がすっかり大人っぽくなっていることに感心しました。 友達や親戚の子供にたまに会うと大きくなっているのにびっくりさせられますが、まさにそんな感じです。 俊ぴーなんて、すっかり先輩の貫禄です。 スカパー!のオフ企画「チーム総集編」にあった征也と純貴と裕樹くんの座談会でも、征也が鍋を囲みながら2人を引っ張って会話を進行させていたり、2人に対して妙に先輩っぽい態度で(笑)話していたり、を見たときも感慨深かったけれど。 ふつうの生活をしていたら大学生の年代の若者たち。 プロ選手として過ごすって、濃い時間なんだなあと思います。 そして今ごろはグアムで、さらに「濃い」時間を過ごしていることでしょうね。 きついだろうけど、がんばれ~~。 一段とたくましくなった彼らの顔を早くみたいです。
2010年01月20日
今週のサッカーダイジェストに載っていたゴンのインタビューは1月5日に東京で行われたものでしたが、そこでゴンは、移籍前の心境について「新しいチームでの準備は何をしているというわけではないけれど、気が焦っていて落ち着かない」という趣旨のことを話していました。 メディカルチェックの際の札幌でのインタビューでも同じようなことを言っていましたよね。 キックオフイベントでのようすが全国放送で流れたのを見て、ジュビロサポの人が「あそこまでやる隊長はジュビロではあんまり見たことがない。きっと一日でも早くなじめるよう、受け容れられるよう、努力しているんだと思う。」と言っているのも耳にしました。確かに、キックオフイベントでのゴンの表情は、どことなく緊張している感はありましたもんね。 あんなふうに聞く者の心をいっぺんに掴むような話ができるゴンちゃんでも、初めての移籍に際しては、緊張したりとってもがんばったりしてるんだー。と、改めて感心したのでした。 で、あのとき新加入選手のトークを見ていて思ったのですが、そういえば藤山もハンジェも今回が初めての移籍でしたもんね。今年は、経験豊富なベテランながらチームを変わるのは初体験という人をけっこう迎えるのだなあと思ったのでした。 同じように謙伍や大伍や柴ちゃんも、今回初めての移籍を経験して、今ごろ緊張したり決意を新たにしているはず。 移籍関係でいうと、コンサで経験豊富な強者っていったい誰になるんだろう??と、興味をもって調べてみました。(オフィシャルなソースじゃなく記憶に基づいている部分も一部ありますので、違っていたらごめんなさい。) こうしてみると、今年のコンサは移籍経験の少ない選手が多いんだなあと思いました。
◆対象は、外国から移籍してきた選手を除く、今年コンサにいる選手・今年コンサから移籍していった選手・今年のキックオフイベントで壇上にあがったコンサ(東芝)選手OB、です。 ◆完全移籍もレンタル移籍も関係なく、正式な所属チームがどうなったかという形式は無視して、あくまでも「体が別のチームに移ったこと」を基準として移籍の回数を数えています。 ◆在籍年度に「途」とあるのはシーズン途中で移籍したという意味。所属年度の最初にYとある選手は、プロになるとき自チームのユースから昇格したという意味です。
<5回>
<4回>
<3回>
<2回>
<1回>
<0回>
2010年01月19日
ニュースで報じられていますし、JALのサイトにもお知らせが載っていますが、JALが今日、東京地裁に会社更生手続開始の申立てをしたとのことです。そして東京地裁は、今日のうちに更生手続の開始決定をしたのですね。すでにスポンサー企業と弁護士が管財人に就任して、通常どおりの営業が続けられているとのことです。 ご存じのとおり、JALは、サッカーチームを札幌に招致しコンサの創立に深く関わった方の縁もあって、コンサができたころからのスポンサーです。長い間コンサを金銭的に支援してくれただけでなく、役員の出向など人的な交流もありました。高知春野で行われたコンサのホームゲームや、丸亀で行われた天皇杯の試合のときなど、サポを乗せるチャーター便を飛ばしてくれたこともありました。 そんなJALが深刻な経営危機に陥り、ここしばらくは再建の方法がいろいろ取り沙汰される事態になっていました。 会社がそんな状態でJALにコンサのスポンサーを続けてもらえるのかしら・・と心配しましたけれど、一昨日、2010年もコンサのオフィシャルパートナーとして支援していただけるとの発表があって、改めてありがたいと思ったところでした。だってアウェイの試合でもキャンプでも、どこへ行くにも飛行機に乗らずには行けない地理的条件にあるコンサですからね。航空会社がスポンサーについてくださるのはクラブにとってはかなり助かるはずです。 たぶん、JALとしても、コンサを支援することがJALの営業戦略上も悪くはないとの経営判断があってのことと思いますが、その期待に応えコンサの支援を続けてもらえるよう、私たちサポががんばる番だぞと思いました。 ここ数年私は、JALに乗るとき、意識して赤黒い格好をしています。「コンササポだからJALに乗っています。」とJAL関係者の方たちにアピールする気持ちからです。 このあいだキックオフ2010のために札幌へ向かったときは、羽田空港の第1ターミナル(JALが発着するターミナル)がいつもよりもがらーんとしているのが気になりました。手荷物検査も、売店も、トイレさえも、どこも並ばずにすむほどでした。きっと経営不安がJALの利用客を減らしているんだろうなあと思うと、働いている方たちはさぞや悲しく、不安に感じているだろうと胸が痛みました。第1ターミナルに来る人が減ると、第1ターミナルにテナントして入っている売店やレストランもお客が減って、「こんなことなら第1ターミナルから撤退して(ANAが発着する)第2ターミナルに移りたい」と言い出すお店も出てくるのではないかしらと、余計な心配もしてしまうほどでした。 今回のJALの会社更生手続きは、これまでの一般的な会社更生の事案と違い、支援するスポンサー企業(というか企業再生支援機構)も再建への枠組みも、大口債権者を交えてすべて事前に調整済みのプレパッケージ型での手続きです。裁判所を利用するのは、手続の透明性確保のためと、任意でやるには細々と手間がかかって大変な部分だけ法の強制力を使ってすっぱり迅速に進めるためなのだろうなと想像しています。だからきっと、あとは予定どおり迅速に再建手続きが進むはずと期待しています。 大事なのは、通常の営業をしっかりと続け、これまでどおりお客さんに利用してもらえることだろうと思います。 だから、私たちコンササポは、こういうときこそJALを積極的に利用して、JALの再建を支援していきましょう。(ひいてはコンサのために。) JALが無事に再建でき、業績が回復したあかつきには、きっとそんなコンササポの心意気に応えてこれまで以上の厚いスポンサードをコンサに向けてくれるはず・・。との下心を抱いて(笑)。 今年の開幕戦はアウェイの鳥栖戦ですって。 さ、みなさん、コンサとJALを応援するため、さっそく鳥栖行きの飛行機(もちろんJAL便)をポチッと予約しましょう! って、まだキックオフの時刻が不明なのでした(爆)。
【おまけ】![]()
いつだったか遠征先の空港でみつけたネックストラップ。 まるでコンササポ仕様です。 遠征時には携帯電話をぶら下げて愛用しています。
2010年01月18日
2010/01/17(日)14:00~(の予定だったけど遅れ気味で進行)@札幌ドーム コンサドーレ札幌 キックオフ2010 今年もキックオフイベントにはもちろん行くつもりで楽しみにしていたのですが。何やら例年とは違い、ゴン効果?でものすごく混みそうです。 これは「早め行動」の方がいいかなあと思っていたところ・・・。 当日になってみると札幌は大雪ですって。 飛行機の運航状況を確認すると「羽田に引き返したり函館空港に着陸するかもしれない」との条件付き運航になっています。そのうえ千歳からの高速道路も通行止め?? とりあえず行ってみるしかありません。 遅めに着くと入場待ちの列で時間がかかるかもしれないと不安ですが、なんとか高円宮杯(U-15)の成績報告の時間には間に合いますように・・。(←かなり大事)千歳空港からの高速バスが全便運行中止だったり、快速エアポートも本数が間引かれたうえかなりの遅れが出ていたりで普段より大幅に時間がかかりましたが、なんとか開始前にドームの中に入ることができました。よかったよかった。
間に合ったとホッとしたところで、まずは腹ごしらえ。何も食べないで来たからおなか空いていたの。 人でごった返す売店前をずらりと見比べ、列の短かったパスタ屋さんにしました(消極的理由でごめん)。なんだか久しぶりだわ。 食べ終えてスタンドから芝生に降りていくと、コンサの携帯サイトがリニューアルされたというチラシをもらいました。どれどれ・・?とサイトを確認してみると。ほんとだ、新しくなってる! これまでジェフの携帯サイトや新潟の携帯サイトを見る機会があって(理由は聞かないで・・・)、その内容の充実度に驚き、コンサの携帯サイトはコンテンツも内容もなんと貧弱なこと・・と悲しく思っていただけに、リニューアルは嬉しいことでした。この機会にたくさん加入者が増えるといいですね。うまくやればHFCにとってかなりの収入源になりそうですものね。
ステージではグッチーさんがMCを務めていました。(写真ぼけてますけど) 嬉しい。 グッチーさんの進行がいちばん楽しく、安心して見ていられますもんね。
ステージはこんな感じ。 そろそろ始まりそうです。
さあ、いよいよ始まります! 札幌U-15の高円宮杯(U-15)準優勝の報告です。
大型ビジョンの映像は決勝戦のキックオフ前の集合写真から始まりました。そして夢実くんのゴールシーンと、サポの近くへ駆けよってみんなで大喜びする歓喜のシーン。きゃあ~、ゆめみぃ~! 何度見ても楽しいシーンです。
そして表彰式でキャプテンの堀米くんが準優勝の賞状をもらったシーンです。 ここまでを大型ビジョンの映像で見たあと、ステージに選手が登場しました。
キャプテンの堀米くんと、大会得点王に輝いた2人・神田夢実くんと下田康太くんです。
(写真左から、ゴメス、夢実、しもっこ) グッチーさんがひとりひとりにマイクを向けて、それぞれコメントを聞きました。3人とも、準優勝は悔しかったけど誇らしいとも思う、よい経験になった、これを活かしてこれからユースやトップでがんばっていきたいと力強く話してくれました。 そうねえ、あなたたちがトップで活躍してくれたらもう・・(!)と、将来を夢見てほわわわ~んとなってしまいましたよ。
大型ビジョンには名前の字幕つきでアップで映し出されています。 堂々としていて素敵ねえ~~。 でもね、ごく一部で(?)こうやって盛り上がって興奮しておりましたけれど、この時点では「まだメインイベントが始まっていない」という認識の方が多かったようで。 すぐ前で立ち止まったまま座る席を探している人や、伸び上がって知人を探している人や。視界が遮られることがひんぱんで大変でした。ぶー。 そしてここからは、誰もが本番が始まったと認識するステージの開始になります。
まずはドールズとドーレくんの登場。 いつものようにキレのあるダンスを披露します。 ドーレくんのステージ上での2回連続側転もありました。 そして選手が背番号順にひとりずつ登場して。 あれ?10番はキリノじゃなかったの? 14番はヒロじゃなかったの?(笑) でも22番を空けてあるのは(14番もだけど)クラブの意思を感じて粋な計らいだと思ったし、ヒロキくんが11から10になった以外には番号の変更がなくて、これはこれでいいかもしれない。 9番目に登場したゴンは、さすがの存在感でしたね。マコが若手扱い(←自分で)になっていたのは笑いました。確かに、ゴンさんの前ではみんな若者だわw
選手たちがステージ上に勢揃い。 向かってステージ右側に並んだ選手たち。
こちらは左手の選手たち。
そして中央に監督・コーチ陣。 ムラがコーチ用の練習着を着ているのはなんだか感無量です。
開会にあたっての社長の挨拶
今年は岳也も来ていて、MCのお手伝いやアトラクションに参加して会場を盛り上げていました。こういうのも嬉しいことですね。
で・・、健作。 今年もこういう路線で来るだろうとは思っていましたけれど。 「周囲に何を言われてもブレずにやりきる。」というのがモットーだそうです。これもコンサに対する愛情だと思うと嬉しい限りです・・。たぶん。 というか、去年のアレで周囲に「何か」は言われたわけね(笑)。
全身像はこんな感じです。 「リオのカーニバル」をイメージした衣装だそうです。もっと鮮明にご覧になりたい方は、ご本人のブログへぜひどうぞ。 そんな「リオからいらした方」も同席して行われた新加入選手4人(フジくん、ゆうすけ、うっちゃん、ハンジェ ←各人の「呼ばれたい名前」による)のトークが終わったあと、次はプログラムによるとドールズとスペシャルゲストによる出し物です。 「スペシャルゲスト」って、やっぱりグアムドールズだよね?という大方の事前の予想どおり
今年もグアムからグアムドールズのみなさんがいらしてくださいました。今年はキャプテンのジェニファーがソロで(というより『ピンで』という表現の方が似合う感じw)ダンスをしたり、それがまあ懐かしい「フラッシュダンス」の音楽だったり、ジェニファーがドールズと一緒にラインダンスをしたり、小芝居があったあとでみなさん登場です。 みんながだだだっとステージにあがってきたので、今年はヒロやひっきーもメンバーに入っているのか?に当初気を取られて、少し違う感じの衣装を着ているメンバーのことは何気なく見過ごしていたんです。
「わー、ほっちゃん、可愛い(*^_^*)」とか、「ヒロ、すっごい美人」とか。純貴はやっぱり裸体美をアピールだわwとか。 で、はじっこにいるのは、あれ誰だろ? あれ、なんだか、まるで(自粛)みたいに見えるんだけど。まさか。え? ええっ~? 信じられない気持ちで双眼鏡を覗くとやっぱりどう見てもまちがいありません。今年はメンバーに入っていないと思っていたキャサリンがいました。ああ、よく見たら衣装もオレンジ色です。
この写真ではよく見えませんが、キャサリンが手に持っている白いポンポンが膝元に揃えられていて、それがまるでバレエの白鳥の湖でオデットが着るチュチュみたいに見えて、キャサリンってば、オレンジ色だけじゃなくてスワンまで意識した衣装を着ているのか~~って、それは早とちりだったのですが(笑)。 道新の黒田伸さんのブログの写真→http://blog.hokkaido-np.co.jp/kuroshin/%E3%82%B3%E3%83%B3%EF%BC%95.JPG だと、キャサリンの様子が白と金色のきれいなポンポンまでよく見えますのでそちらをご覧になってみてください。この衣装もドールズのお手製かしら。愛だわねえ。 それにしても大伍は、新潟の広報日記によれば、1/11夜に新潟に着いて、1/12からはもうクラブハウスでトレーナーの元でリハビリトレーニングを開始していたはずなのに。それからも連日クラブハウスに通い、広報さんには「大伍」と呼んでもらうほどうち解けていたはずなのに。車を持ってきていない大伍をリハビリ仲間の三門くんが面倒みてくれて、あちこち連れ出したり一緒にごはんを食べたりしているようだったのに。三門くんがコンサに練習生として来てしまふく寮に泊まっていたときは大伍はプロ選手で三門くんは練習生だったけど、プロ同士になってみると三門くんの方が大伍よりも年上なのね。と思ったりして、先日移籍が決まったときの決意はどこへやら、私も案外しつこく大伍の動静を追いかけていたわけですが、ということは、大伍はわざわざこのイベントに参加するために札幌にいったん戻ってきたのかしら? そう思ったとき、正直に言うと、飛び上がってしまいそうなほど嬉しかったです。 大伍の気持ちは嬉しくて嬉しくて心が弾んでしまうけれど、でも、このことを新潟サポが知ったら不愉快に思うんじゃないか、不愉快とまではいかなくても「ふーーん。」としらけて大伍を応援する気持ちが薄れてしまうのではないかしらと心配になったり。 きっとそういうのは覚悟のうえで新潟できっちりやるべきことをやるのだという大伍の決意の表れだとは思います。 というわけでサポにとってはこのグアムドールズのパフォーマンスは非常に心打たれる場面だったのですが、マスコミの方たちはとっても現金でした。ステージ前に林立するカメラは、最初にセットされたままこのあたりまではすっかり無人状態で放置されています。
ところで大伍がこの時期に札幌にいた理由がゴンちゃん(ゴン中山じゃなくて権東勇介)のブログ→こちらを見てわかりました。キックオフイベントの前日に智樹の結婚式があったのねえ。大伍はきっとそのためにいったん帰札したのねえ。(智樹、おめでとう~~。)
式次第によると、この次がゴンのトークショーということになっています。カメラマンたちは所定位置に戻ってきているかな?と後ろを振り向くと。案の定、報道のビブスをつけた人たちがずらりと壮観なほど鈴なりになっておりました。ほほーぅ。ゴンちゃんだけが目当てというのもちょっと寂しい気がしたり。全国ネットでコンサのことが流れることを考えればぜいたくは言えないけれど。で、権東勇介じゃないゴンちゃんの方は、健作が用意したという長髪のカツラをかぶり、ノノまで金髪のカツラ(健作がかぶっていたもの?)をかぶって登場して、まったく変にテンションあがった状態でグアムドールズとの撮影会となったのでした。 報道陣(とサポ)向けのサービスショットタイムでもあったようですw ノノとゴンちゃんのトークは、頭の回転が速い同士、かけあいも楽しくさすがでしたね。あのノノすら口を挟む余地があまりないゴンのトークはおそるべしですねw ああいうゴンちゃんの姿勢にうちの若手選手たちも刺激を受けて、きっと引き締まったシーズンになるだろうと思うと、とっても楽しみになりました。 その次のノブリンとノノの「ワシならやれる」コーナーは、私はステージの前を離れて会場を歩き回りながら見ていたので写真はありませんけど、ノブリンってば、「リオから来た人」の羽根飾りをつけ、赤毛のかつらをかぶり、マイケルジャクソンばりのダンスをしながらの入場でした。やっぱノブリン素敵だわ~。
イベントの締めくくりは、今年のユニフォームのお披露目です。 1stユニのモデルはカズでした。 事前に話題になっていた、赤から黒へストッキングの色が変わるというのに思わず注目です。 真っ黒かと思ったら、赤い色が案外目立っています。 優也が着ていたGKユニのストッキングの後ろ(ふくらはぎ部分)にはドーレくんの眼がついていたのですが、これにも着いているのかよく見えませんでした。ドーレくんの鋭い眼がこれにもついているといいなあ。
2ndユニを着るモデルは裕樹くんです。 見た瞬間、あ、かっこいい!と思いました。去年ちばぎんカップを見に行ったとき、ジェフの2ndユニがかっこいいなあと思い、これのコンサバージョンだったら赤黒のラインが入るのかなと夢想したのですが、まさにそんな感じです。去年のジェフと比べるとコンサの方が少しラインが太いかな。 いい感じじゃないですか。 コンサオフィシャルサイトのトップページの写真では背面のサッポロビール様のロゴが見えるように征也がモデルを務めているんですが、背番号の下に入る名前は今年はFUJITAじゃなくてSEIYAになっています。ということは、例えばカズはKAZUかしら。 ヒロはどうなるだろう?というのが私の目下の関心事です。HIROだといいんだけど。西嶋にはぜひNISHIJIMAにしていただいて。(←おい)
GKユニのモデルは優也。 遠目にはわからないけれど、うっすらと地模様の?縦縞が入っているそうです。そしてストッキングの背後にはドーレくんの鋭い眼光がついていて。
練習着のモデルは俊ぴー。 ストッキングが派手ですw
エルムソーイング様からは新しいスーツを提供してもらったそうで、そのお披露目もありました。前のスーツは厚手のフラノ地でしたから、今度は春夏物ということかしら。 さすがかっこいいですね。
そして選手全員が1stユニに着替えて壇上に並び
みんなかっこいい。
締めはノブリンの挨拶。
ドールズも壇上の列に加わりました。
楽しい時間はこうしてお開きになったのでした。 いよいよ新シーズンの始まりです。 楽しいシーズンになりますように。みんな、張り切っていきましょう。
2010年01月13日
昨日のニュースによれば、 「日本サッカー協会の犬飼基昭会長は12日に開かれた常務理事会で、Jリーグのシーズンを秋に開幕して翌春閉幕する「秋春シーズン制」(秋春制)導入について再提案したことを明らかにした。」 のだそうです。元記事はたとえば→時事通信 スポニチニュース 2011年シーズンから実行できるように常務理事会で検討を重ねるのだそうです。 え゛~~?またーー?? と私も思いました。 去年Jリーグ将来構想委員会が「導入しない」との結論を出したはずなのに、また同じことを持ち出したのでしょうか。 実は、同じことを持ち出したのかどうかもよく分からないんですよね。前回の議論のときに具体的にどんなことが実現のメリットとされていたのか、それに対して実現を妨げる要因としてどんなことがあったのか、議論の内容が私たち一般市民には明らかにされていないからです。 ふつうの社会に起こる紛争や問題であれば、いったん議論や裁定を経て結論が出されたことについて再度議論の対象とするためには、たとえば前提となっていた事情自体が変わったとか、問題解決のための新しい方法や新たな問題が見つかったなど、これまで議論の対象に含まれていなかったことを付け加えて考えるとどうなるかという側面がない限り、同じことを持ち出しても相手にされないはずです。 今回の犬飼会長の提案はそれとは違うのでしょうか。 私も確か秋春制について考えてみたことがあったよなーと思って過去のエントリを探してみると、一昨年の8月に書いていました。 これです→もしも秋春制になるのなら あのころは、犬飼さんが提案する秋春制の内容がどういうものになるのか具体案がわからないままであれこれ空想してみたものでした。あれから1年半が経ちましたが、やっぱりその具体的内容が分からないままです。だから議論が深まったという気がしません。 調査するとか検討すると言っていても、何のためにどんなことを目指しているのか、実現の障害としてどんな問題があるのか、その問題解決のためにどういう方法がありうるのか、調査や検討の対象・内容がさっぱり明らかになりません。 検討や調査の具体的中身がわかれば、私たち雪国の暮らしを知る者、雪国にあるチームを応援するものとして、どんな問題があるのか、それは本当に解決が不可能な問題なのか、あれこれ知恵を絞ることもできるだろうに。 やみくもに反対!と言うだけじゃなくて、どこがどう問題なのか、秋春制を導入することにより得られる利益(それが私たちの利益じゃないにしても)と対比させつつ考えることもできるのに。 どうしてそれがないまま、「調査検討する」ということだけの繰り返しになるのかしらねえ。単なる蒸し返しならダメだ!(費用と時間の無駄だ)と強く言える立場の人はいないのかしら。 まったく解せないことです・・・。
2010年01月11日
昨日の告白(?)で勢いがついてしまい、シーズンオフの自分語り第2弾です。 大分トリニータが財政問題でクラブ存続の危機に立たされています。 私が初めてコンサドーレの試合を、というより、サッカーの試合を生で観戦したのは1999年の夏でした。夏休みに札幌の実家へ帰省した機会に厚別へ行ったときです。そのときの対戦相手が大分でした。大分との試合を選んで行ったわけじゃなくて、たまたまその時期に試合があったのが大分戦だったという理由ですけれど。 そしてそのときにサッカーの試合とコンサドーレに魅了されてしまった私は、当時福岡に住んでいたものですから、その後鳥栖との試合と大分との試合を見に鳥栖スタジアムや大分市陸へ出かけていきました。ですから大分は私にとって、わりとなじみの深いチームだったのです。
このあたりの思い出話はこのブログを始めたころに書いています。
→1999年第21節 大分戦@厚別
→1999年第24節 鳥栖戦@鳥栖スタジアム
→1999年第29節 大分戦@大分市陸
2000年になって東京に引っ越し、それとともに私は全国各地のアウェイにもホームの試合にもガンガン出かけていくようになるわけですが、2000年のコンサにとって大分はほんとにギリギリの身を削る戦いを強いられるライバルでした。(これは多分その前からずっとそうだったのでしょうが、私が知るようになったのはこの年からということで。) 6月の晴れた厚別で、アジアの大砲こと高木琢也が(キーパーに対するファウルじゃないの?と思うような)ゴール前の競り合いでボールを落とし、それを播ちゃんが拾って延長Vゴールを決めた試合。あのときの厚別の空気を今でもはっきりと覚えています。 また、8月2日水曜日の大分市陸での試合は、播ちゃんの誕生日でした。その前節7/29の浦和戦では、真っ赤に染まった満員の厚別で、龍ちゃんと健作のゴールで浦和に逆転勝ちをするという大興奮があり、その熱気とチーム連勝記録の更なる更新への期待を抱えて大分に乗り込んだのですが、平日ということもあってかスタジアムはがらーんとしていました。メインスタンド以外、両方のゴール裏もバックスタンドもすべて芝生席だったように思います。私たち数少ないコンササポは、芝生のバックスタンドのアウェイ側で応援していたわけですが、すぐ目の前でプレーしていたサイド(ウイングって言うの?)の若い池内が、サポに「池内~!走れ~!休むな~!」って檄を飛ばされ(?)て、大きな目をちょっとおどおどさせるような表情をしていたのが懐かしく思い出されます。 大分側のサポーター席(←芝生だから席はないけど)には、ボールの着ぐるみを着たボールくん(←と私たちが呼んでいたサポ)もいたなあ。 その試合は0-1でコンサが敗れ、コンサの連勝記録もそこでストップしてしまった(←今の基準で言うとその前に室蘭で浦和と引き分けた時点でストップしたことになるけれど、当時の意識ではこの試合でストップでした。)わけですが、コンサのDF森くんのオウンゴールによる勝利だというのに大分サポの喜びようはそれはそれは大層なものでした。 その夜大分の居酒屋での宴会(残念会)では、同じ店に居合わせた大分サポの人たちが「あの札幌に勝てて本当に嬉しかったから」と言って、私たちに関サバと関アジのお造りを差し入れてくれました。そのお店の関サバ・関アジは私たちが注文しようとしても無理だったので、みんな大喜びで大分サポのご厚意に甘え、美味しいお刺身を食べながら大いに飲んで食べて大分サポとも交流して、負け試合の憂さをすっかり晴らして大分から帰ってきたのでした。 2000年シーズンが終わるとその後しばらく大分とは接点がなくなりました。2002年にコンサがJ2に降格した際に大分とはすれ違いになったので。その間私は大分のことはほとんど意識することもなく長い時間が過ぎました。なぜ新潟に対する意識とは違ったのか、自分でもよくわかりませんけれど。 2008年にJ1で久しぶりに対戦するまでの間、大分との接点は、天皇杯で対戦した2回だけですかね。2002年シーズン後の天皇杯でビッグアイで対戦し、翌年監督に就任する予定のジョアンの目の前で0-5で虐殺されたときと、2004年の天皇杯のとき熊本で対戦し、ゴンちゃん(中山ゴンじゃなくて権東勇介)のゴールで勝ってベスト8進出を決めたとき。 2008年に大分がナビスコカップで優勝したときは、あの大分がねえ・・と感慨深いような眩しいような気分になりましたけれど、なんか素直に「おめでとう」と思いました。地方クラブの雄として大分を讃え、「それにひきかえコンサは・・」みたいな論調に対しては「うるせー。」と思いましたけれど。 あのような喜びがあっただけに、その1年後に急転直下なこの状況では、大分サポは心の準備もなく、さぞやつらい思いをしていることと思います。 あのとき居酒屋で大喜びで祝勝会を開いていた大分サポの人たちや、ボールくんになって周囲の笑いをとり雰囲気を明るくしていた大分サポの人。そして当時楽しく読んでいた「鳥日新聞」の中の人。 あの人たちは今ごろどんな気分で過ごしているだろう・・と、ふと思ったりします。 大分トリニータを取り巻く状況はかなり厳しいようですから、他サポが軽々しく言えることではないですが、チームを支える地域とサポの人たちが「チームをなんとしても存続させたいんだ」という強い意欲があるならば、なんとかうまくいきますようにと遠くから祈っています。
2010年01月10日
これはエルムソーイングさまのスーツが届いたことを書いたエントリの、付け足し部分です。 本体エントリを書いてからちょっと日が経ってしまったので、書き忘れ部分を別エントリで付け加えることにしました。 本体エントリは→こちらです。 何を書き忘れたかというと、↑のエントリの3枚目にあるエルムソーイングネームタッグの下の白いタッグ。 ここにはエルムソーイングさまこだわりの「スーツ着こなしのための5箇条」が縫いつけられています。 英語で書かれているので、意味を読み取るのは自己責任ということにして(爆)原文そのままを書き写しておきます。 にやりとする洒落が効いているところもいいですね。 5 Rules for Care of Your Suit Do not wash regularly. this leads to loss shape Do not store in places of high temperature and humidity. Be sure to iron trousers along crease Do not play soccer, etc. in suit. Always wear suit in a dignified manner.
2010年01月10日
まずは一言。元気、湘南への移籍決定おめでとう! どうなっているのかなあと心配していたのでとても嬉しかったです。しかもJ1! いやあ、よかったよかった。
そして本題。 ここを長くご覧になっている方なら、私がアルビレックス新潟に対して複雑な感情を抱いていることを気づいていらしたことでしょう。複雑とは言っても、その大半は「嫉妬」とか「妬み」「僻み」であることは自分でも分かっているんですけど(笑)。 そんな新潟に対する思いですが、実は最近ようやく払拭できそうな気配です。この際きれいに昇華するために、今までどんな気持ちを抱いていて、なぜそんなことになったのか、ここでぶっちゃけてしまおうと思いました。本来チラシの裏にでも書いて自分の机の中にしまっておくべきことですのに、ブログで赤裸々に公開するのははしたないかなあとも思いましたけど、他サポの方がここをご覧になることはあまりないだろうと(←根拠ないけど)決めつけて、突っ走っちゃいます。
そもそもなぜ私が新潟を意識するようになったのかという経緯から。 私がコンサの試合を生観戦するようになったのは99年シーズンの途中から。本格的に見るようになったのは2000年からでした。2000年といえばコンサが岡田監督のもと破竹の勢いでJ2を勝ち進んだ年です。新潟との対戦成績は、3/30の第1クール@室蘭は3-0、5/27の第2クール@新潟市陸は1-0、7/9の第3クール@厚別は2-1(延長戦)、11/19の第4クール@新潟市陸は2-1でいずれもコンサが勝っています。新潟と4試合やって勝ち点11ゲット、落とした勝ち点はわずかに1です。特に第4クールの対戦はリーグ最終節だったのですが、4試合を残す時点ですでにリーグ優勝を決めていたコンサは、その後洋平や名塚など古傷を抱えた主力選手は試合に出ないで治療体制に入り(名塚はもっと前から出ていなかったな)、エメルソンは帰国しているなど、最終節に臨んだのはメンバー落ち感ありありのチームでした。それでも試合の終盤に播ちゃんが2ゴールを決めて逆転勝利してしまいました。最終節を勝つというのはリーグ戦の締めくくりとして気分がよいものだなと思いながら、意気揚々と帰ってきたのを覚えています。 観客動員でも、この年のコンサは、厚別開幕の湘南戦や夏の浦和戦@厚別で当日券が売り切れ、入場できない人が出るなど、厚別がパンパンにはち切れそうに真っ赤に染まる試合もありました。ホームでもアウェイでも動員では(浦和は別格としても)他のJ2チームには負けない、J1チームに伍しても相当なものだとの自負がありました。一方新潟は、まだビッグスワンが出来る前で、新潟市陸をホームスタジアムとしており観客動員は3000人程度、ホームゴール裏の隣にある市庁舎の外壁を利用してビッグフラッグ飾っているのが(室蘭入江の裏山に貼ってあるダンマクのように)壮観でしたけど、それ以外はごく普通のJ2のチームという印象でした。や、浦和にはやたら大勝するという特徴はありましたけどね(笑)。つまり私にとってライバル視するようなチームではない、いわば「格下」のチームのような認識だったのです。 だからコンサがJ1にいた2年間のブランクを経て2003年に再び新潟と対戦するようになったとき。彼我の立場が逆転していることを正視して受け容れるのはちょっと大変でした。観客動員では、コンサがJ1での厳しい戦い(つか、負け続け)の中ドームバブルも終焉して観客をじりじりと減らしていたのに対し、新潟はビッグスワンに4万を超える観客を集め、新潟市陸で開催する試合でも1万数千人の動員があるなどまさに勢いに乗っている時期でした。2003年の新潟は、ホーム22試合で667,447人(試合平均30,339人)を集めるという驚異的な観客数になっています。対するコンサは、2001年にJ1(ホーム15試合)で、浦和(年間400,799人)、鹿島(336,377人)、横浜Fマリノス(334,698人)、に続く4番目(333,425人、試合平均22,228人)の動員を誇りましたが、2003年(J2)はホーム22試合で236,861人(試合平均10,766人)でした。J2で2番目とはいえ、新潟の約3分の1です。 試合成績でも昔の幻想を打ち砕く結果でした。4/5の第4節@新潟市陸は前年未消化分の出場停止がようやく明けた俺王さまが出場し、岳也のゴールで1-0で勝ち、5/31の第15節@ドームはホベルッチの2ゴールで2-0で勝ちましたけれど、リーグ戦としてはコンサは勝ったり負けたりして成績がふるわないのに対し、新潟は着々と勝ちを積み重ねていました。そしてとうとう8/2の第26節@ビッグスワンで。コンサは新潟に1-5の大敗(しかもコンサのゴールは新潟のオウンゴール)を喫し、ジョアンは翌日に辞任してしまうし、新潟の反町監督には試合後の監督会見でわざわざ「札幌のサッカーはギャンブルサッカー」と揶揄されました。それが正鵠を射ているだけに、コンササポのハートは深くえぐられ、傷つきました。反町さんに対してあのときのことを根に持っているコンササポは多いと思います(笑)。 あの日ビッグスワンに向かう試合前のシャトルバスの中で。J1昇格が現実的な視界に入り弾む気持ちで試合に向かっている新潟サポに囲まれて、私は内心で「今が一番楽しい時期だよね。この先J1に上がったら苦労が増えるんだから。今のうちに多いに楽しんでおけばいいさ。」と妙に上から目線で負け惜しみを毒づいていました。「今は勝っているから招待券で盛り上がっているけど、この先負け続ける日々が続き客もだんだん減っていくから。そんな中でどこまで踏ん張れるか、クラブもサポも地力を問われるようになるんだから。」「新潟程度のチーム力では、J1へのキップは多分J2との往復切符でしょ。1年目はなんとか残留できても2年目以降は難しいと思うよ。J1昇格は『地獄への道の一里塚』なんだよ。」と。まるで絵に描いたような負け惜しみ。 そして新潟は2003年にJ2優勝を果たし、J1へと昇格していきました。 2004年のコンサは、五段階計画のもと、クラブの財政再建とチームの地場育成の目標へ向けて出直すシーズンになりました。自分たちのことで精一杯ではありましたが、横目で新潟の様子を窺うと。なんと2004年のJ1は、翌年のチーム数を16チームから18チームに増やすため自動降格枠はないということじゃありませんか。最下位の1チームだけがJ2の3位チームと入れ替え戦を行い、それで負けた方がJ2ということにするのだそうです。つまりJ1からJ2への降格枠がふだんは2であるのに対して、この年だけは特例で0.5になるということです。「んまー!新潟はなんて運がいいんでしょ。(ぶっちゃけ、ずるい!)」と思いました。J1チームとしてまだ不安定な昇格初年度に、降格の不安をさほど気にせずに戦えるなんて。コンサが初昇格したときなんて、前年の対戦ポイントと通算するという理不尽な(と思っている)制度で年間14位だったにもかかわらず参入戦に回されたのと比べると、なんという運のよさ。それだけでもう、嫉妬しましたね(笑)。 2004年、コンサはJ2最下位で終わり、新潟は無事J1に残留しました。反町監督が現実的な手法で進める戦い方に「ブラジル人3人だけに頼るサッカー。そのうちメッキがはがれて地金が出るよ。今年は運がよかったね。」と妬んでみても、J1残留という結果は厳然です。この年新潟には、征也とU-16日本代表でチームメイトだった河原和寿(早生まれなので学年は征也の1つ上)が新人で加入しました。新潟出身でもない年代別代表歴のある有望新人が新潟に入るのもJ1効果なんだろうなあと思いました。 2005年、私の当初の予想(?)では地金が出て真価が問われるはずの年でしたが、新潟は相変わらずビッグスワンを満員の観客で埋め、2004年の試合平均37,689人を更に上回り、1試合平均40,114人という驚異的な数字で、浦和をも上回る年間681,945人の観客を集めました。そして更に羨ましいことに新潟は、コンサとは違って(爆)、大観衆で埋まるホームの試合で勝ち続けました。これはもう、いくら僻んでみたところで、新潟はコンサより一段上の存在になってしまったと認めざるを得ませんでした。たまに新潟がホームで負けたと知ると、ちょっと溜飲を下げたりして。なんとも心の狭いことで済みません。 この年新潟は再びJ1残留を果たし、J2に降格した柏から、柏の主力選手であった矢野貴章と永田充を引き抜きました。どちらも新人のころ鳴り物入りで柏に入団した有望若手選手で、柏のJ2降格というアクシデントでもなければ新潟に移籍するとは考えられなかった(←私には)選手でした。自チームの未来を託す若手有望選手が引き抜かれていくことの痛みは身に沁みて分かるだけに、「あの新潟」が引き抜く側に回っていることに羨望というか、非難めいた気持ちというか、なんとも屈折した思いを抱いたものでした。「狡猾にも人の弱みにつけこんで!!」という気持ちです。 2006年もJ1に残留し、もはやJ1に定着したというべきだろうなあという立場になった新潟は、この年のシーズン末には今度はJ2に降格した福岡から千代反田を獲得しました。千代反田は東福岡高校から筑波大に進み、ユニバ代表など大学サッカーでは華やかに活躍し、Jチーム多数から引く手あまたと思われたのに地元の福岡に入ったという選手でしたから、福岡サポの思い入れはさぞやと思うだけに、チームの降格に乗じてこれを引き抜く新潟に対してやはり口の端が歪むような感情を否めませんでした。 しかも対戦時などに接したりブログ等で見聞する新潟のサポーターたちはみんな素朴で無邪気な「いい人」たちでした。それが故に持ちあわせている無神経さに、私のイライラはますます募りました。この点に関しては「(コンササポの気質と似ているから)同族嫌悪でしょ。」とサポ仲間に指摘されたことがあります。まさしくそのとおりだと思っています(笑)。 それでも、新潟に対して私が「上から目線」を保てる残された最後の領域が、育成年代の土壌でした。少し前の時代には、J村で行われるクラセンなどでも北信越地方のクラブの弱さは目をひくほどでしたし、新潟のユース・ジュニアユースも弱小チームというイメージでした。年代別代表に選出される選手もいないし、トップチームに昇格する選手もほとんどいないというイメージ。「トップチームがいくら補強で選手を獲得しても、クラブの基礎となる肝心の土壌がしっかりしないんじゃねえ。」というのが私の負け惜しみの最後の砦でした。 ですが近年、新潟の下部組織から年代別代表に選ばれる選手がけっこういます。そのうえ2008年の高円宮杯(U-15)準決勝でコンサ札幌U-15が新潟ジュニアユースに負けたり、去年の国体サッカー少年の部1回戦で北海道が新潟県に負けたりしたときの私の悔しさは想像できますでしょうか。ま、あれだって、「フィジカルコンディションと若い年代特有の波で負けただけ」とか「長岡ビルボードの川口くんひとりにやられただけ」と相変わらず内心で負け惜しみを言っておりますけれど(笑)。 とまあ、ここまでこんなふうに新潟に対して(一方的に)妙な対抗意識を抱きつつ過ごしてきたのですが、さらに大伍にもレンタルとはいえ新潟に移籍する決断をされました。もうかなわないや。どうしようもない。 近年は彼我の立場の差を痛感し、諦観にも達していたのですけどね。 けれど今季の新潟はなんだか大変な状況に見舞われています。 札大を中退して20歳でJ2新潟に入り、以後ずっと新潟でプレーし、2006年途中からは正GKとして活躍してきた北野貴之が大宮へ完全移籍したのを始め、DF松尾直人、MF松下年宏、DF千代反田充と、主力選手の完全移籍での流出が続いています。しかも彼らは単年契約だったのでクラブに違約金も入らないそうです。 また、あれだけ隆盛を誇った観客動員にも翳りが出始めているようです。確かに、Jリーグ公式サイトによれば2009年の新潟の観客動員は568,582人(試合平均33,446人)で、平均4万人を超えた2005年をピークに年々減り続けているんですね。そのうえ招待券で入場する観客の多さが客単価を引き下げていて観客数のわりにクラブの懐事情は厳しいそうです。 他所から引き抜いた選手は、より好条件のチームがあればそちらへ引き抜かれていってしまうのも仕方がないことだよなと(冷淡に)思うものの、今年新潟で戦う大伍のことを思えば、あまりにもチームの戦力が貧弱になってしまうのは困ります。大伍には悲惨に打ちのめされる経験じゃなく、勝負を挑んで勝ったり負けたり通用したり課題が見つかったりの経験を重ねる中で、強くなっていって欲しいから。負けが込んでストレスが溜まった新潟サポに大伍が八つ当たりされるようなことになったら嫌だし。ましてや他サポから「降格請負人」みたいなレッテルを貼られたりしたら!(むきーっ!) 大伍ががんばれば出場機会を得られる程度の戦力の中で、大伍がJ1で活躍する状況を願っている私としては、新潟がこの後順調に今年の戦力を整え、順調にシーズンのスタートを切れることを祈らずにはいられません。 シーズンが始まってからも、(大伍が出場機会を得ている限り)新潟の勝利を心の底から願わずにはいられません。 ですから今となっては、これまで新潟に抱いていた鬱屈した感情はすべて吹き飛んでしまいました。 これからはフラットな目線で、素直に本心から新潟がんばれ!と応援できそうな気がします。「J2常連のチームのサポに『フラットな目線で』と言われても・・・。」と新潟サポは思うでしょうけどね(笑)。
ずいぶんあけすけに書いてしまいました。 万万が一新潟サポの方がご覧になってて気分を悪くしたらすみません。 コメント欄にその旨書いていただけたら真摯に謝らせてもらいますので。(←開き直り?) 実はもうひとつ、反町さんに対しても屈折した感情を抱いていたのですが、別の理由でこちらも解消されつつあります。 その話は次の機会にでも。
【2010/01/31追記】 反町さんに対する感情が豹変した理由は→こちらです。
2010年01月07日
オフィシャルサイトにシーズンシート発売開始のお知らせが出ました。→こちら ゴンの移籍加入でコンサに関心を寄せる人も増えているようですから、シーズンシートもたくさん売れるといいですね。 今年のシーチケ(とどうしても言ってしまう)のデザインも同時に発表されています。席種がどーんと目立つデザインになっていて、チケットチェックをするCVSの方たちには助かるんじゃないでしょうか。これまでは「見分けるの大変だろうなあ・・・」と思うデザインの年もありましたもんね。 でもそれより私が注目したのは、このデザインをした上田亮氏のコメント、チケットのデザインに組み込まれた『言葉』でした。 デザイン写真でははっきりとは見えませんが、なんとなく見える文字の形?から推測するに、並んだ言葉は券種の順に対応しているのですよね? つまり、 ゴールドシート LOVE「昔は選手が好きだった、今はサッカーが好きだ。」 SS席 SUPPORT「あと少しという時、ほんの少しだけ背中を押せた気がする。」 S席 SHINE「ボールを失う、でもその前に仕掛けた勇気をちゃんと見ている。」 SA席 SWEAT「汗をかいているのは選手と、そして、」 SB席 SING「90分走るあなたのためにうたう。」 B席 BEGIN「キックオフの数時間前から、戦いは始まっている。」 学生チケット IMAGINE「負けた日でも帰り道が楽しい、そんな試合もある。」 この言葉を見たとき、クラブやチームがサポーターに対して求めているものを感じ、そしてコンサドーレという存在が成熟しつつあるのを感じました。 シーチケを買うくらいコンサに関心があり応援する気持ちがあるサポーターは、選手たちがプレーする姿を、サッカーのゲームをしっかり見て、理解して、質の高いスタジアムの雰囲気を作り上げる責任があるんだというメッセージです。 考えすぎかもしれないけど。でもサポとしてはそうありたいと思いました。 特に私が惹かれたのは、S席の言葉ですよ。表面的には、結果的に失敗したプレーかもしれない。でもそこで単に表面だけを見て「ああああ~~」とため息をついたり「何やってんだよー!」非難するだけじゃなく、なぜそういうプレーを選択したのか、どういう意図だったのか、そういう部分までをしっかり見て、素敵だと思うプレー(チャレンジ)には素敵だと受け止めているよというメッセージを送ることのできるサポーター(観客)になりたいなと思いました。 そういう人が多くなれば、選手も手が抜けないはずです。そしてより質の高いプレーにチャレンジする勇気も湧いてくるはずです。 この言葉があんまり素敵だったので、いつものSA席のチケットじゃなくてS席のチケットを買いたいと思ったほどでした。いや、SA席にしますけど。 学生チケットの言葉も素敵ですね。 勝ち負けはもちろんある。勝てば嬉しいし、楽しさも増大する。でも、負けた場合でも全く無というわけではない。楽しい試合だってある。 逆に言うと、それだけプレーやゲームの質が求められ、見られているということですから、選手に課されるハードルも高くなるということです。 選手も、監督やスタッフも、HFCの中の人たちも、サポーターも、みんなこれまでより一歩高いところへ。がんばって行こうぜ~~。 ・・と、シーチケのデザインひとつからそこまでのメッセージを感じてしまうのは、妄想はなはだしいですかね(笑)。 どうかたっくさんチケットが売れますように。パン!パン!(←柏手)
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プロフィール
札幌出身・東京在住(釧路に単身赴任していましたが2014/4月に東京に戻りました)のあきっくと申します。 生観戦デビューは1999年8月15日の大分戦@厚別。 夏休みに札幌に帰省したときでした。 以来「仕事のしわ寄せは平日に」をモットーに、週末にコンサを追いかけるための生活をしています。 2001年夏にJ村でユース(特に石郷くん)を見てユースに傾倒。 いわゆるユースヲタなんだろうと自覚するこのごろ。 詳しい自己紹介と私宛のメールアドレスは「ごあいさつ」のカテゴリから、シーズンごとのトップチーム関連、ユースチーム関連別の主なエントリの目次は「まとめ・目次」のカテゴリから、エントリーナンバー順の全エントリーリストは「全エントリーリスト」のカテゴリからどうぞ。 2010/02/07からツイッターを始めてみました。 ユーザー名は akikconsa です。ユースの試合を見に行ったときは気が向けばつぶやいているかもしれません。 コンサU-18選手の背番号一覧表を作りました(2015/4月版)。ユース観戦のお供に、こちらからご自由にお持ちください。 →http://www.evernote.com/l/APefpdtBmUJCBo1gGdT_yWpEMjGm6cvq_oQ/
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