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札幌出身・東京在住(釧路に単身赴任していましたが2014/4月に東京に戻りました)のあきっくと申します。 生観戦デビューは1999年8月15日の大分戦@厚別。 夏休みに札幌に帰省したときでした。 以来「仕事のしわ寄せは平日に」をモットーに、週末にコンサを追いかけるための生活をしています。 2001年夏にJ村でユース(特に石郷くん)を見てユースに傾倒。 いわゆるユースヲタなんだろうと自覚するこのごろ。 詳しい自己紹介と私宛のメールアドレスは「ごあいさつ」のカテゴリから、シーズンごとのトップチーム関連、ユースチーム関連別の主なエントリの目次は「まとめ・目次」のカテゴリから、エントリーナンバー順の全エントリーリストは「全エントリーリスト」のカテゴリからどうぞ。 2010/02/07からツイッターを始めてみました。 ユーザー名は akikconsa です。ユースの試合を見に行ったときは気が向けばつぶやいているかもしれません。 コンサU-18選手の背番号一覧表を作りました(2015/4月版)。ユース観戦のお供に、こちらからご自由にお持ちください。 →http://www.evernote.com/l/APefpdtBmUJCBo1gGdT_yWpEMjGm6cvq_oQ/

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征也のレッドカード

2007年07月13日

カナダでのU-20W杯、日本は決勝トーナメント・チェコ戦で負けてしまいましたね。あのチームはやっているサッカーもチームの雰囲気もとても素敵で見ていてほんとワクワクしましたから、もう少し長く見たかったです。残念。
征也もそこそこ試合に出れて、チームの一員として充実した日々を送れただろうと思うので、コンサに帰ってきてどんな姿を見せてくれるのか楽しみです。

チェコ戦は日本時間ではお昼のキックオフでしたから、せっかくの生中継を楽しむことはできませんでした。お昼休みに実況スレを追って、前半のうちに2-0でリードしている状態で午後の仕事に入ったわけですが。たぶん勝ったかな、征也の出場はあったのだろうか、と夕方席に戻ってから確認してみたら・・・。
え?何?もしかして負けたの?
しかも征也がレッドカード?!ええーー?
最初は征也が退場になって数的不利になって、それで負けてしまったんだろうか?とハラハラしましたが、事情を追っていくと、どうやら征也の退場は延長戦を終えてこれからPK戦に入るってとこでらしい。ファールされて相手に報復してしまったらしい。
カードの原因が報復と聞いて、不謹慎かもしれないけど思わずにやりとしてしまいました。忘れていた懐かしいことを思い出したような気持ち。
・・ああ、征也。やっちまったか。

今はすっかり優等生の雰囲気を身につけている征也ですが、ユースのころはけっこうカードゲッターだったんですよね。
それもプレーで荒い接触をして、というのよりは、審判に異議を言ってしまったり、時間稼ぎのつもりが遅延行為をとられたり、という種類のカードが多かったような気がします。それだけ試合全体の流れを読みながら今はどういう時間帯かを考えてプレーできる大人っぽさを備えていたということでもあるのですけど。
征也のカードについて印象深い最初の思い出は、2003年のJユース川崎戦でです。秋に栗山で行われた試合でした。
当時征也は高校1年生。
確かこの年私は北海道プリンスリーグを見に行っていなかったので、それまでに征也を見たのはJ村でのクラセン3試合(征也はFWをやっていた)、ビッグスワンで新潟に虐殺された翌日のサテライト仙台戦@宮の沢(ご存じ征也2得点)、U-16代表合宿での練習試合(U-16日本代表vsFC東京U-18)くらい。特段気が強い子だとは思っていませんでした。
ところが栗山で見た征也は。
栗山はピッチのすぐ脇で試合を見ることができるので、試合中の選手たちの声もよく聞こえます。
1年生の征也はFWとして謙伍と2トップを組んで出場していたのですが、攻め込んでペナルティーエリア内で倒されてしまいます。ところが審判はファールをとらず、そのままプレイを続行させます。それを不満に思ったのか征也は、芝生に尻もちをついて座ったままの格好で、審判を見上げて、審判に向かい「おいっ!」と大きな声。見ていた(聞こえた)私たちは、思わず目が丸くなりました。
ユースの試合ではプロとは違って審判に文句を言うことはあまりなく、なんとなく「大人と子供」みたいな雰囲気があるんですよね。なのに華奢な征也がそういう態度をとるとは意外でした。
審判は征也に歩み寄り、イエローカードを提示。
うむ。やむを得まい。そりゃそうだ。
そう思いました。

その件で征也のことを「きかん気なんだな、この子」と思い、だからというわけでもないでしょうが、その後たびたび征也の気性の荒さが出てしまうシーンを目撃することになります。といってもさっきも言ったように乱暴をするんじゃなくて、つい文句を言ってしまうという形でなんですけどね。

プレーに波があることや無駄なカードをもらってしまうことは、以前は征也の課題だと思っていたはずなんですが、そういえばすっかり忘れていました。
ずいぶん大人になって成長していたんだな・・・・。
今後もどんなふうに成長する姿を見せてくれるのか、ほんと楽しみです。

それにしても、カナダでの征也のあれは、ほんのちょっとぺちっと頭にさわったくらいじゃないの。「報復」つったって、その昔W杯で退場になったオルテガの頭突きとか、湘南戦でノノさんがやっちゃった頭突きとは違うよね。あんなんで退場にするなんて、なんて審判(以下略)。
PK戦で征也がいたら心強かったと思う。と架空のことを考えてみる。
私の見ている限りでは、征也はこれまでに一度もPKを失敗したことないもの。強心臓。頼もしい。

征也のPKの頼もしさについては→このエントリでも。


post by あきっく

07:10

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行ってらっしゃぁ~~い!

2007年07月03日

いそやんがカナダへ向けて飛び立った。
その昔、チームメイトみんなの長袖ユニを運んでコパアメリカへ行ったコータを追って、単身パラグアイまで飛んでしまったときに比べれば、カナダの西海岸はそう遠い街ではないのかもしれないけれど、でも思い立って実行してしまう彼女の決断力と実行力にはつくづく感服し、尊敬する。
道中事故のないよう気をつけて、思いっきり楽しんできてね。いそやん。

あなたががんばっている姿を直に見るためだけに貴重な休暇と時間とお金を費やしてカナダへ向かってしまう人がいるくらいだもの、意気に応えてきっと自分の輝きを十分に発揮してくれますよね、征也征也が代表メンバーに選ばれそうだという雰囲気になってきたとき、ちょうど縁があって私は、恥ずかしながら初めての「オリジナル応援グッズ」というのを作ってもらうことになって。
ごくシンプルなものなんだけど。
 ↓こんなの。

20070703-00.jpg
(できあがり想像図・笹姐さん作)

それが先日完成して、そしたらいそやんがこの旗をカナダへ持って行ってくれると言うの。
なんて嬉しい。
私の応援する気持ちまで一緒に連れて行ってもらえる気分。
応援している人がたくさんいるからね、伸び伸び思いっきりプレーしてきてね、征也順序が狂って私が最初に手に入れたオリジナル応援グッズは征也の日の丸になってしまったけれど、他の名前の日の丸を作る機会も鋭意募集中ですからねっ。自分にも機会があるのを忘れてないよね?>昔日の丸を背負ったことがあるアナタも、まだない人も。



post by あきっく

19:50

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1回休み

2007年07月02日

先週はさんざんな1週間になりました。

熱が出て味スタに行けなかった日曜日の夜、やっぱり熱は下がらないまま。持ち帰っていた仕事というのは月曜日に面談の予定が入っている案件の準備だったのですが、これはもうできないと前夜のうちに腹をくくりました。準備なしではお会いできないから申し訳ないけれど予定はキャンセルさせてもらうことにしよう、それでもここで無理して明日出勤することすらできなくなって明日の予定全件がキャンセルになるよりマシ・・・。
わりと辛いことは先送りな自分に甘い言い分ですが、でも、全体を見通した優先順位のつけ方って大事ですよね(言い訳)。

そうやって覚悟を決めて早々に休んだわけですが、月曜になっても熱はひきません。明け方、このままでは日中きついだろうと思い、ふだん頭痛薬として使っている解熱剤を飲んであと一眠りすることにしました。仕事の書類を持ち帰っているので、とりあえず一度は出勤しないとみんなが困る。暑いんだか寒気がするんだかよく分からない変な汗をかきつつ、こういうときの満員電車は堪えます。無駄に持ち帰った書類がずっしりと重いです(涙)。
「もしも季節外れのインフルエンザか何かで『他の人に伝染すと困るから即刻帰りなさい』と言われたら全部キャンセルして帰ろう・・」と思っていたのですが、医務室で診てもらってもそうは言われませんでした(残念)。炎症反応は出ているけれど細菌性のものかウィルス性のものか不明なので抗生剤の処方はひとまず待って、とりあえず安静にして様子をみるのが一番、と言われたけれど・・・。
あいにく月曜日は夕方までぎっしりと予定が入っていたので(1件はキャンセルしたけど・・・汗)辛いながらも予定をこなし、翌火曜日は午後2時過ぎに早退。ここでしっかり休んだら楽になるかなーと期待したものの、やっぱり解熱剤が切れると熱が上がる状況は好転せず。
「昔と違って回復が遅くなったよなあ・・・。」となんだかトシを痛感します(涙)。
水曜日からは抗生剤も処方され日中はだいぶ楽になってきましたけど夜中には相変わらず38℃を超える状態で草津戦の録画を見る元気も出ません。
木、金あたりでようやく平熱に戻りました。でも、抵抗力が落ちているのか、上あごの裏というか上前歯の裏あたりのやけどがそのまま口内炎のようになり、食べ物を食べるときにしみて痛い(涙)。
いいさ、どうせゼリーのようなものやヨーグルトくらいしかあんまり食べたくないし・・。

そんなこんなで這々の体でようやく週末になだれこんだので、楽しみに予定していた宮の沢でのサテライト鹿島戦もキャンセルせざるを得ませんでした。

先週日曜日の味の素スタジアムでの生観戦に続き、水曜日の草津戦のテレビ観戦も実質1回休み。速報で結果を追っただけでした。
週末は帯広でプリンスリーグの2戦があり、とても大事な試合だったのですが、遠く東京から念じるのみ。でも、2戦ともしっかり勝ってくれたので何よりです。洋平ちゃんがずいぶん得点しているし!
昨日のサテライト鹿島戦も大勝していましたね。
ユアスタでの仙台戦に引き続き、昨日も智樹がキャプテンだったそうで。どういう修行なのですか?とも思いますが(笑)、期待に応えられるようしっかりがんばって欲しいと思います。きのうはけっこう生き生きとプレーできていたそうで。「声だしがやっぱり課題」という指摘も仄聞しましたけれど。とにかくがんばれ。


こうやって体調を崩して改めて痛感したのですが、コンサ一色に塗りつぶされていると思っていた私の生活でも、いろんな余裕がなくなるとコンサに振り向ける関心が薄くなるんだなあということが分かりました。
いつもなら帰宅が深夜になってもとりあえずコンサ関係のサイトはひととおりチェックして、情報収集とくつろぎのひとときを怠らないのですが、具合が悪いとそれどころじゃなく寝よう・・という気分になります。食べ物を食べても美味しく感じないので、この食いしんぼの私が食べることにも関心がいかなくなります。お酒なんてもってのほか。
スタジアムで美味しくビールを飲み、祝勝会で飲み食いするのも、まずは元気じゃないとままならないんだと実感しました。
そしてもうひとつ意外だったのは。私の中で仕事に対する比重がけっこう重いんだなということ(爆)。
なるべく仕事に穴を空けずにめいわくをかけないようにしたい・・と予想以上に強く思ったのに加え、自分の机ではぐったりしていても人に会うときには明るく張りのある声を出すようにして熱く語っている自分を発見したりして(どれだけできていたか心許なくはありますが)、「へえ、私もけっこうプロ根性あるじゃん。」と自画自賛したくらいにして。
咳とか鼻水などの他の症状がなく、単に身体の抵抗力が落ちたことにより発熱しているという状態だったので、自分がキツイ以外にさしたる症状がなかったせいかもしれませんけれど。

今回のことで「身体が資本」ということを痛感したので、とりあえずこの週末は家でゆっくり過ごして、今後もあまり無茶をせずに過ごしていきたいと思っています。
これからプリンスリーグは大詰め、その後はJ村でのクラセンも待っているとなると・・。、無理をしないようにスケジュールを間引こうと思うとテレビで見られる試合(←つまりはトップの試合のこと)はテレビで見る・・ってことか?(爆)


わ、そうこうしているうちに征也が出場だ。
攻勢に進めるチームを見ていて唯一の心配は、あのゴールパフォーマンスを征也が一緒にやれるのか??ということでしたが、照れながらもなんとか一緒にやっていたようで一安心(笑)。
途中出場にしてはよい感じでプレーに入っていけていたようですね。
次はスタメンだといいなあ・・。

…って言ってる間に、もう行かなきゃ!
見直さないままですがとりあえず送信。


post by あきっく

07:34

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なぜ札幌を愛してしまったのか

2007年05月26日

笹姐さんの問いかけに答えて、みなさんいろいろ綴っていますね。
私も改めて今の気持ちをまとめてみようと思いました。

チームに興味をもったきっかけは、自己紹介のエントリでも書いているとおり望郷の念からだったのですが、その後時期を追って、いくつかハマりこんだポイントを振り返ってみます。


興味を持ち始めた時期(1998年)
当時は福岡在住でした。故郷を離れてすでに早数年でしたけれど、東北や関東に住んでいたときと比べて九州は故郷から格段に「遠いところ」でした。思わずこみ上げる望郷の念。札幌や北海道につながるものが恋しく感じました。
特別サッカーに関心があるわけではありませんでしたが、ワールドカップの余韻だったのか土曜日のスーパーサッカーは普通の娯楽番組の感覚で毎週見ていました。そこで報じられるその節の試合結果。一覧で表示される対戦結果の中でも、とりわけ札幌の結果に強い関心を持っている自分に気がつきました。
毎週コンサの試合結果に一喜一憂。でも逆にいえば、スーパーサッカーで放送される結果を見るまでは試合結果も知らず、いつ試合があるのかも把握していませんでした。
スポーツを観戦に行くことになじみがなかったので、スポーツはテレビで見るものという感覚。生まれてこのかたスポーツを生で観戦したのって、子供のころ親がたまたまチケットをもらったからと言って数回連れて行ってくれた雪印のアイスホッケーの試合、大人になって関東で暮らすようになってから映画や遊園地に行くのと同じような気分で見に行ってみた横浜球場での横浜とどっかの試合(プロ野球)、福岡に住んでからは年に1,2回行ってみた福岡ドーム(プロ野球)くらいのものだったでしょうか。
博多の森でアビスパ福岡とコンサのリーグ戦があると知ってもスタジアムに行くことは思いもよらず、自宅で地元局の地上波生中継放送で観戦しました。スカパーは存在自体知らず。
スーパーサッカーの崖っぷちランキングでハラハラしつつ、参入戦の様子はアビスパとフロンターレの試合はテレビで見ましたけど、他の試合は放送があったのか覚えていない。12/5室蘭での札幌vs福岡の参入決定戦は、福岡でも放送されたので、自宅でドキドキ手を握りしめながら観戦しました。負けて残念でしたけど泣くほどではなかった。

■生観戦したいと思い出したころ(1999年前半)
1998年は、自分からは何も調べようとせず、テレビ番組や中継告知CMで自然に知る限度のコンサ情報(勝敗)で満足していましたが、J2に降格した1999年は、そういう「自然に得られる情報」は皆無になりました。試合翌日の一般紙朝刊で試合結果を知ろうと思っても確か載っていなかったような気がします。スポ紙を買う発想もなかったし。それで、インターネットなら試合当日のうちに結果速報が見れるのではないかと思いつき、速報しているサイトを探しているうちに吉原宏太の個人ファンサイトを見つけました。活況だったそこの掲示板は、私にとって初めて知るコンサ情報、サッカー情報の宝庫。一気に引き込まれ、毎日サイトをチェックするようになりました。そうしているうちに「スタジアムにサッカーを見に行く」ということがそんなに高いハードルじゃないんだなと思えてきて。福岡での試合はないので、夏休みに札幌に帰省したら一度見に行ってみようと思い始めました。テレビで見れないから見に行くしかない。まだスカパーのことは知らなかった私です。
コンサとは別に、コータファンサイトはコータの五輪一次予選での活躍に沸き返り、私も五輪予選の試合は大興奮でした。おかげでコータと同年代の選手のことを一気に覚えましたねw
コンサの生観戦デビューは1999/8/15の大分戦。テレビで見る試合とは別物と思うほどのサッカーの躍動感、迫力に圧倒され、興奮し、サッカーってこんなにおもしろいものなのかと驚きました。ルールもろくに知らなかったんですけどね。そして壮観なゴール裏。大きなフラッグがずら~~と並び、一斉に振られ、はためくさまは、私にとって新しい世界でした。サッカーの面白さとゴール裏のサポーターの迫力を見に、また来たい!!と強く思いました。
それからしばらくのことを初期のエントリで書いていますので、よかったらそちらをどうぞ。(自己紹介エントリ末尾にリンクをまとめてあります。)

■チーム愛を自覚したころ(1999年末~)
1998年に初めてテレビでコンサの試合を見たときに気になった選手がコータだったし、その後コンサ情報を得るのもほとんどコータのファンサイトだったため、初期の私にとってはコンサ=コータで渾然一体でした。分ける必要がなかったから。でも1999年末にコータがどうやらコンサから移籍しそうだということになって。漠然と、「コンサの選手だからコータを好きになったのであって、コータが移った先のチームを応援することにはならないだろうな」と予想はしていたのですが、いざ現実にコータ移籍に直面してみると、それはもう、悲しくて悲しくて・・・。いい大人がいったい何ごと?と自分でも驚くほどに声をあげて大泣きしてしまいました(汗)。
でもその「悲しさ」は、コータに捨てられ、出て行かれたことの悲しさです。私は明確に自分の位置をコンサに置いていたんだ、と、後から気がつきました。
2000年になって、確かナビスコだったと思うけれど、コンサがガンバと対戦して、コータも出場したことがありました。新宿のスポーツカフェに集まってみんなで厚別での試合を見た覚えがあります。どっちを応援しようか複雑な心境になるかなと思っていたら、なんのなんの。コータはコンサの選手のじゃまをする単なる対戦相手にすぎませんでした。対戦中コータがシュートをはずすと、心に一点の曇りもなく嬉しかったですもんね(笑)。

■増える人の輪(2000年~)
コータファンサイトの掲示板でのやりとりをきっかけに、1999年終盤から少しずつサポーターの知り合いができはじめていましたが、1999年末に初めてサポ宴会に参加して、その後2000年にはあちこちのスタジアムに行くようになったことで知り合い、友人がどんどん増えました。顔と呼び名は知っているものの、本名も仕事も住所も詳しくは知らないようなサポ仲間が集まって、車に乗せていってもらって数時間コンサ話だけで盛り上がって遠征したり宴会をしたり。
こういう友人たちと知り合ったことが、深みにはまる第2ステップでしたね。

■クラブ状況に対する関心(2002年~)
コンサを見に行くようになってしばらくは、試合に行って、応援して、楽しんで、ということだけで過ごしていましたが、岡田監督が退任したころから、クラブの経営方針や将来の展望についても関心を向けるようになりました。
その前から、後援会やファンクラブへの入会や、サポーター持株会への参加(いわゆる「エメ基金」のときw)するなど「コンサはお金がないチームだからサポーターが出すお金も大事」との意識は持っていましたが、単にお金を出して気が済むだけじゃなくて、クラブのあり方にも思いをめぐらすようになったのです。何か役に立つことができるわけでもなく、ただ勝手に考えているだけですけどね。
これはもう、いわゆる「病膏肓に入る」っていう状態ですよね。
目の前の試合の勝敗や、1シーズンの成績(J1に昇格するか、とか、J1に残留できるか、とか)だけじゃない、もっと長いスタンスでチームとクラブを見たい気持ちになり、この時期に私の中にしっかりとコンサドーレが根を張ったのだと思います。
もう身体の細胞のひとつひとつにコンサが張り巡らされて一体化しているので、死なない限り私からコンサを除去することはできないでしょう。

■まとめ
うわ、長くなっちゃった。
簡単にまとめると、
きっかけ → 郷土愛
リピーターになった理由 →ゴール裏のサポーターとサッカーの魅力
はまった理由 →サポ仲間の存在
染まりきった理由 →「サポがチームを支えなきゃ」勝手な使命感

こんなとこでしょうか。


post by あきっく

12:37

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あっという間の1週間

2007年05月19日

ついこの間札幌から(正確には浜厚真から)帰ってきたと思ったのに、征也の動向に気を取られているうちにもう明日は・・・じゃなくて、日付が変わっているからもう今日は、また札幌です。
サッポロビールサンクスマッチとか、ドーレくん携帯アクセサリープレゼントとか、ドームで初めて水戸に勝てるかとか、炎の宴初勝利なるか!とか、楽しみはいろいろありますけれど、なんと言っても楽しみの本番は、翌日宮の沢でのサテライトvsユースU-18の練習試合ですよね?ぐふふふふ。
これを楽しみにこの1週間を乗り切ってきたといっても過言じゃありませんもの。

来週水曜日の湘南戦@平塚。午後のアポイントがどうしても避けられなかったので半日休暇は無理だなあとほとんど諦めていたのですが、ここにきてラッキーな方向へ急展開。午後の予定が短時間で終わる可能性が高くなってきました。
うまくすると早退できるかも・・・。ラッキー!
キックオフに間に合うように着けるといいなあ。
定時だとどうがんばっても後半半ば過ぎにしか着けないくらいの距離なんです。うちの職場から平塚は。

でも、福岡行きはキャンセル必至になりました・・・。(涙)


post by あきっく

01:03

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お昼ごはん

2007年05月12日

通勤途中で立ち寄るファミリーマートでいつも気になっていたので、ついに買ってみた。
これ ↓

20070512-02.JPG

味の方は・・・。
ま、あえてもう1回買う気にはならないな(爆)



post by あきっく

13:52

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一区切り

2007年04月02日

以前に内示は受けていましたが、今日正式に異動の辞令をもらって、明日からは違う職場に通うことになりました。
今回の異動はぎりぎりまで仕事に追われていたので(←といいながらイギョラ杯や室蘭にはしっかり行っていましたけど)、今日になってから机の片付けなどでバタバタです。なんとかそれでも後任者への引き継ぎメモを用意し、机周りの片付けと掃除を済ませて帰ってくることができました。やれやれ。

というわけで今日の夕食は家の近所のステーキハウスで一人お疲れさま会。
先日夫に「ハンバーグが美味しかったよ」と聞いてランチに行ってみたとき、扱っている生ビールが☆SAPPORO BEERなのをめざとくみつけて「今度は夜にこよう」と思っていたんです。
(自分に)お疲れさま会なので、ハンバーグじゃなくてちょっとリッチにステーキを注文。
 
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3年前に今の職場に赴任したときは、ちょうどヤンツーさんの”アクションサッカー”構築が始まったところでした。私も、受け身で待ったり流されたりするのではなく、自分から先を考えて動く『アクション仕事』をしようと決意してみたものでした。どれだけ実現できたか忸怩たる思いですけど(汗)。

明日からは、赤い人たちの街での仕事が始まります。
どんな生活になるかは未知数ですが、仕事を通じて少しでも社会に貢献でき、私自身も成長できるように過ごしたいなあと決意を新たに致しました。
あ、でも身体の成長は No thank you ね。(爆)



post by あきっく

21:07

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無念ですが・・

2007年03月20日

前節の徳島戦に引き続いて、明日の湘南戦も参戦断念になりました・・・。(T_T)
家に引きこもって仕事の合間に大人しくテレビ観戦します。
飛行機キャンセル2回分で1回分の遠征ができますね。はぅ。
でも仕事に穴明けちゃったら失うものは遠征1回分どころじゃ済まないので仕方ない。と自分に言い聞かせています。
返す返すもケツ火体質せっぱ詰まるまでなかなか本気で取り組めない自分の性格が恨めしい。

明日は水曜日だし、私は行けないし、智樹、どんどんゴールしちゃってね~~!!(←自棄)


post by あきっく

12:54

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テンプレート

2007年03月16日

コンサドーレオフィシャルブログが始まって、私がこのブログを始めて以来、ずっと同じテンプレートを使っていましたが・・。
新しく追加されたのを見て、つい変えてしまいました。
これを選んだ理由は。・・・お察しください(笑)。
カズがを指さしているデザイン(これにもひっそり智樹がいるw)や、ドールズのデザインにも惹かれたんですけどね。


post by あきっく

21:03

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赤い街への潜入

2007年03月15日

春の異動で、4月から赤い人たちの街にある職場に移ることになりました。
夫が今の仕事で身動きとれない状態のせいか、私はここ数年、通える範囲での転勤ばかりです。
職場の後輩(←レッズサポ)に「あそこに行くからには、4月からは宗旨替えしないとねー。」とからかわれ、内心「そういうあなただって多摩にいながら赤くなっているくせにぃ~」と思いつつ「だいじょぶ、だいじょぶ。コンサマフラー巻いて歩いて混じってたってわかりゃしないって!」と軽口を叩いたのですが、そういえば本当にコンサマフラーを巻いて赤い人たちに混じったことがあるのを思い出しました。


2000年6月4日。初めて間近に接するレッズサポにドキドキしながら、私たちは開場を待つ駒場の列に並んでいました。開場の数時間前からもうすごい人波。きちんと待機列を仕切り誘導する手慣れた運営に感心しつつ、行き交う人々を眺めていると。レッズサポのしているマフラーがコンサのマフラーとほんとそっくりなんですね。携帯ストラップやバッグについているバッジや小物がいろいろ違いますから、そこはサポ同士、どっちのサポかは一目で分かりますけれども、こと首もとに巻いているマフラーに限っていえば、パッと見で区別がつかないことがありました。赤と黒を基調にしたマフラーはそれほど似た雰囲気でした。もちろん広げれば一目瞭然なのでしょうが。

あの日あのぎゅうぎゅう詰めの駒場の「檻」の中で、地鳴りのようにうねって湧き上がって鳴り響いて四方八方から圧倒してくる浦和サポの応援に痺れた私は、後日「浦和サポの友達から大宮との試合の駒場バックスタンドのチケットが手に入ったんだけど、行く?」というサポ仲間の誘いに、迷わず「行く!!行く!!」と答えていました。あの浦和サポの雰囲気を間近で感じてみたかったし、ホーム側から「檻」がどんなふうに見えるのかも見てみたかったから。

私たちは、駒場のバックスタンドに座るからにはそれなりに周囲になじむ格好をしなければならないと思いました。当時(今もでしょうが)駒場のチケットはサポでも入手が困難で、発売日にはみんなチケットをとろうとやっきになるという貴重品。行けなくなった浦和サポの友人に譲ってもらったとはいえ、他サポがのうのうと混じり込んでいるのは、行きたくてもいけない浦和サポにとっては気分がよくないだろうと考えたからです。
それと、正直にいうと、コンサのマフラーをしてあの中に混じってみたい。といういたずら心もありました。
かくして私たちコンササポ4人は、わくわくドキドキしながら駒場のバックスタンドに潜入することになりました。

当日の天気は小雨。コンサマフラーはいいとしても(爆)、コンサのカッパはまずかろう。思いっきりConsadoleとロゴが入っているし。
行く途中コンビニで透明のカッパを購入。普段着の上にカッパを着込み、首もとには少し覗く赤黒マフラー。完璧。もちろん携帯からドーレくんははずして(笑)。
あとはプレーを見ながら周囲と反対の反応をしないように気をつけるだけだ。これが実は難しいんですね。だって当時の浦和はコンサと首位を争うライバルで、コンサからすると大宮が勝っても別にどうってことないけど(失礼)、レッズとは勝ち点差を広げておきたいですから。

ちょうどその試合はレッズのペトロビッチが退団前の最終試合になるそうで、試合後には退団セレモニーが予定されていました。
対戦相手は三浦監督率いる大宮。Jリーグでの埼玉ダービーが行われた最初の年でしたね。あのころの大宮サポは2つか3つくらいのグループに分かれて応援していて、コンサとの対戦のときにも向かい側で繰り広げられる分裂応援に不思議な心持ちがしたものでしたけど、その日駒場で見た大宮サポもあの狭い檻の中できっちり半分ずつに分かれて別の応援をしていて、思わず笑いそうになりました。

試合が始まる少し前に「今日は高円宮殿下がおいでになっています」というアナウンスが流れ、「ああ、だからやたら警備員が多かったのか」と合点がいきました。コンサの試合のときと比べてずいぶん密度の濃い配置で警備員が並んでいて、大宮ってそんなに(警備的に)警戒する相手なのかなあ??と不思議だったもので。
タイトル戦でもなんでもないふつうのしかもJ2のリーグ戦を観に来るなんて、やっぱりサカオタ殿下なんだなあと感心しました。

当時は三菱自動車のリコール隠しが社会問題になっていたころで、大宮サポが試合開始前に三菱自動車を揶揄する「おたくのパジェロ、だいじょうぶ?」というダンマクを広げました。それに腹を立てたのか、ハーフタイムにレッズサポ数人がアウェイの檻に駆け寄り、柵をよじ登ろうとしたところ、宮様のために(?)配置されていた大量の警備員が一斉に集まってきてあっという間に取り押さえられていました。役に立ってよかった。

試合の方は、フラット4の3本ラインできれいに並んだ大宮がレッズの攻めを封じ込め、逆に大宮がひょっこりと1点をとってそれを守りきり、1-0で大宮が勝ちました。大宮のゴールのとき思わず喜びそうになって互いに押さえる私たち。すぐそばにいた人にはばれたでしょうね。マフラーのせいじゃないと思いますね(笑)。

せっかくの退団セレモニーだというのに負け試合になって気の毒だね♪と思いつつ退団セレモニー見物していると、周囲の浦和サポの反応がおもしろかったです。
「1年でJ1復帰」が当然の浦和にとって、負け試合はそんなに許されるものではない状況ですから、サポは試合結果には大不満。退団セレモニーのペトロビッチがグラウンド周囲を歩いている間もサポはブーイングの嵐です。2階席から物を投げ入れる人もいます。でも試合結果とは別に、ペトロビッチには思い入れがあるのでしょう、彼が近づいてくるスタンドの一角だけでは拍手が起こります。で、通り過ぎると再びぶーーぶーー。当人たちはそれどころじゃない心境とは思いますが、高みの見物の他サポにとってはおもしろかったです。

地鳴りのようなあのレッズの応援を近くで体感してみた感想ですが、やっぱりあれは檻の中で聞く方が迫力ありますね。
檻の中では、東西のゴール裏はもちろん、バックスタンドもメインスタンドもスタジアム全体がうねるような熱い応援のかたまりのように感じましたけど、バックスタンドに入ってみると、そんなに熱々ばかりでもなかったです。ま、私たちのような他サポも入り込んでるからか。
そしてバックスタンドホーム側から眺める駒場のアウェイの「檻」は、思ったよりもずいぶん小さい(狭い)ものでした。
あそこにぎゅうぎゅうに詰まって応援して、そして勝ったのか~。と思うと感慨深かったです。


さて、私の4月からの生活はどんな感じになるでしょうか・・・。


post by あきっく

23:46

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門仲のロッキー

2007年01月28日

昨夜はサポ友達との「新年会」改め「飲み会」に行ってきました。
幹事さんから「新年会じゃなくて飲み会にしました」という連絡をもらい「新年会と飲み会はどう違うの?」と聞いたら、新年会はあらかじめ会費とかの設定があるけれど飲み会なら集まって適当に注文するってことなんだって。
実際どれほど違うのかわからん!(笑)
メンバーも変わらないし場所はいずれにしてもロッキーだし。
でも、ただ参加させてもらうだけの私にはわからない手間が設定する側にはいろいろあるんでしょうね。いずれにしても幹事さんありがとうございます。

ロッキーというのは、江東区・門前仲町(もんぜんなかちょう)にある私たちがいつも行くお店です。東京メトロ東西線の門前仲町駅2番出口を出て右手の小路を少し入ったところにあり、テーブルが3つとカウンター5席ほどの小さな居酒屋です。
出てくるビールはもちろん☆SAPPORO。



今日集まったのは、主に私がコータファンサイトの掲示板に触発されてスタジアムに行き始めたころに知り合った関東サポの人たちで、特に2000年シーズン初めに福岡から東京に越してきてから仲間に入れてもらって、試合に飲み会にとご一緒させてもらいました。
試合の流れではなくこの仲間と都内で飲むときは、いつもこのロッキーなんですよね。場所もお店も説明要らずなので便利です。
去年(ちゅうか一昨年)もここでした。

そういえばいつだったか、道内の人たちも集まっての大規模な新年会(?)をこの近くにあるロッキーの姉妹店でやった覚えがあるなあ。
懐かしい。でしょ?>関係者の方々

 



ずいぶん久しぶりに会った人もいて、昔話や今の話で大いに盛り上がりました。
酔っぱらいの電話襲撃を受けた人もいたような・・・・。該当者の方、スミマセン。m(_ _)m



post by あきっく

05:26

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年末年始のサッカー三昧

2006年12月20日

昨夜とその前の晩ほぼ徹夜状態で頑張った甲斐があって(←せっぱ詰まらないとできない性格)、なんとか今年の仕事のヤマは越えました。ヽ( ´ー`)ノ
あとは予定どおり残りの仕事が進めば、仕事納めの前からぽちぽち休暇がとれそうです。

ということで、年末年始の私のサッカー観戦カレンダー(予定)

12/22(金)10:30 【練習試合】U-16日本代表候補×立正大学@埼スタ第3G
12/23(土)13:00 【天皇杯】準々決勝 甲府×コンサ@ユアスタ
12/26(火)詳細不明 コンサユースU-18道外遠征覗き見 @神栖??
12/27(水)詳細不明 コンサユースU-18道外遠征覗き見 @神栖??
12/29(金)13:00or15:00 【天皇杯】準決勝 相手未定×コンサ@エコパor国立
12/31(日)12:10 【高校選手権】武南(埼玉)×四中工(岐阜)@埼スタ
01/01(月)14:00 【天皇杯】決勝 相手未定×コンサ@国立
01/02(火)14:10 【高校選手権】前橋育英×那覇西@市原臨海
01/03(水)12:10 【高校選手権】室蘭大谷が勝ち残った場合@駒沢
01/03(水)14:10 【高校選手権】静岡学園が勝ち残った場合@駒沢

すごーい。
ここまでサッカー漬けの年末年始は初めてです。
Jユースサハラカップの決勝戦とか高円宮杯U-15の決勝トーナメントがあればもっとスケジュールが詰まったのに・・・。
夫の仕事の調整がつかないことにして夫の実家への帰省を1月半ばにずらしてもらった甲斐があった ヽ(゚∀゚)ノ
どうぞこのスケジュールがフルでこなせますように・・・。特に29日と元日!!
なもなも。


post by あきっく

20:32

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目標設定の適正値?

2006年12月11日

週末の余韻の幸せ感に包まれながらも仕事再開となった方が多いだろう月曜日。
みなさまいかがお過ごしですか?
私は今日、通勤の電車の中などでぼんやり空想に浸って口元を緩めたりしておりました。
とりあえずは次の準々決勝を楽しみに待ち、一日でも長く今の選手とヤンツーさんのチームを見ていられますように・・という思いがベースにあるのですが、やっぱり夢想しますよね?元日の国立。

去年までの私にとっては、元日の天皇杯決勝は、お正月のほろ酔い気分でテレビを眺めながら、あそこに「うちのチームの応援」でいられる人たちは幸せ者だよなあ・・。と、手の届かない憧れとして、他人事として思うものでした。
でも今年は、高い高い目標であると分かってはいるものの、自分の現実の目標として、元日に国立でコンサの応援をしたいと強く願っています。
ひとつは、自分もあの憧れの幸せ者になってみたいという思い。
そしてもうひとつは、あの場所で、みんなで声を合わせて

♪ハッピーバースデイトゥーユー、ハッピーバースデイトゥーユー、
♪ハッピーバースデイ、ディアヤンツー
♪ハッピーバースデイ、トゥーユー♪

と思いっきり歌いたいという気持ち。
後者の方が思いとしては強いかな。


でもね、私の妄想目標はそこまで止まりで、それ以上に

大塚塾長とかハガーが満面の笑みでカップを頭上に高々と掲げ
アイカーやカガケンが茶目っ気たっぷりの笑顔でメダルをかじり
表彰台を降りてからみんなで笑いながら押し合いながら記念写真に収まって
やおらヤンツーさんの胴上げが始まる・・・

というところまではなかなか行き着かないのですよね。
むしろ
準優勝だったら、大伍は中学のときと高校のとき、プロになってから、と、3種類制覇のシルバーコレクターか・・。
なんて思ってしまったりしてw

賞金を考えると、準優勝の5000万円と優勝の1億円ではえらい違いですし、優勝した場合に出るゼロックスカップは出るだけでも賞金がもらえるとのことですから、そりゃあ優勝した方がいいに決まってるのですけれども。

みなさまは正直なところ目標をどこに置いてらっしゃいますか?

いいから、夢見てないで仕事しろ・・って?


post by あきっく

20:08

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結婚記念日

2006年12月01日

今年はオフィシャルで契約満了の選手が発表されましたね。
プロのチーム、プロの選手である以上はやむを得ないことと分かりつつも、お別れは寂しいものです。縁あってコンサに在籍し私たちを喜ばせてくれた選手。これからの人生の幸せをお祈りします。
HFCの財政状態がかなり厳しいとのことだったので、正直もっとたくさんの選手たちに0提示があるかと半ば覚悟していたので、思ったより少なかったのはちょっとホッとしました。移籍だので悲しい思いをするのはこれからかもしれないですけどね。


そんななか今日は私たちの結婚記念日でした。
15周年はクリスタル婚というようです。
今夜は夫がレストランを予約していてくれて、優雅なお食事を楽しんできました。


私たちは学生と社会人の中間のような研修時代に知り合い、今の職場に正式採用されたのとほぼ時期を同じくして結婚しました。互いの生活習慣や常識の違いをすりあわせていく試行錯誤の家庭のスタートと、知らないこと覚えることがたくさんの仕事のスタートが重なったので、初めのころはもうしっちゃかめっちゃかでしたね。
配属された部署は違いましたが、互いの部署で飲んでいる席に誘ってもらったり、同期の新人としてまとめて面倒見てもらったりして、当時の職場の人たちは私たち夫婦両方のことを知っている方が多かったです。
そのころの私たちのキャラというか役割分担としては、体育会系のノリで飲みに誘われたら絶対に断らず、最後までとことんついていくやんちゃ系の夫と、そんな夫を寛大に許し「お小遣い足りなくなっちゃったからボーナス払いで貸して」と言われれば文句を言いながらも貸してあげるしっかりものの妻、という構図だったのです。いや、実際にそうだったかどうかは別として、あくまでもキャラ設定としては(笑)。コンサに出会う前の私は、一応まっとうに普通の生活をしていましたので。

2000年4月に転勤で福岡から東京に戻ってきたころから夫の仕事が忙しくなり、特にここ3~4年は見るも無惨な状態です。休日もほとんどとれないほど。それと並行するように私はコンサ中毒の度を深め・・・。ご承知のとおり、毎週のようにコンサを追って出かけています。
「仕事で疲れて帰ってきたときに、私が鬱々として『仕事と私、どっちが大事なの?』と文句ばっかり言ってるよりも、機嫌良くひとりで遊んで過ごしている方がずっといいよね?」と夫には恩着せがましく言っており、夫もそう思っているようなのですが、私の行動ぶりを知る世間はそうは見てくれないようで・・。夫のことを直接知らない、私の今の職場の人には「○○さん(←私)のご主人って、よっぽど忍耐強いというか、本当に偉いよね~~。」と時々言われます。そういうとき私は、私がもっぱら持ち上げられ役で夫が落とされ役だった若い頃を思い出し、遠い目になったりします。

ということで、ここをご覧になっていて「この人、結婚しているらしいのにこんな風に毎回コンサの遠征に出かけていて、家庭は大丈夫かしら?」と心配してくださっている方がもしいらしたとしたら、なんとか無事やっておりますのでどうぞご安心ください(爆)。

そういえば去年の結婚記念日は、夫が時間をやりくりしてレストランを予約してくれたのに、その前々日に私が大荷物を持ったまま転んで手だけじゃなく顔まで擦りむき、とてもワインを楽しむどころじゃないという状態になってしまったんだっけ。残念ながらレストランはキャンセルしたんだったなあ。あれからもう1年か。
だから去年の最終戦は、目の下のあたりの頬が赤剥けでファンデーションも塗れない状態のままドームに行く羽目になりました。(それでも行くのをやめようとは思わなかった。)
鏡を見ない限り自分では惨状が見えないから平気なものでしたが、傷口じゅくじゅくの見苦しい姿を否応なしに見せつけられた方々、改めてあの節は申し訳ありませんでした。m(_ _)m

今年の最終戦はどんな試合になるかなあ。
ヤンツーさんのリーグ最終試合を勝って締め、暖かい気持ちでサンクスウォークを見守りたいものです。
頼むよ!選手たち。
アイカーと新居の元仲良しコンビ対決も楽しみです。負けるな!アイカー!



post by あきっく

21:39

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元気のでるお守り

2006年11月25日

鬼門の笠松で勝った後、ドームの大入りのお客さんの前でヴェルディに勝って、前から欲しかったベンチコートも買って、明日はコンサがまだ勝ったことのない日立台のホーム最終戦で紙吹雪を撒く予定らしい柏サポの前で柏が自動昇格じゃなくノブリンポジションをゲットするお手伝いをしてサンクスウォークの雰囲気をぶちこわしにするのは楽しそう!と気合いが入る試合だというのに、気分は晴れないままでした。
そのひとつには週明けまでに仕上げなければならない仕事が残っているという理由もあるのだけれど。

でも今日宮の沢に行ってきたという笹姐さんの話の中に10年後に再びヤンツーさんに率いられているコンサのくだりがありまして。
そうだよなあ。鳥栖の松本育夫監督も、代表のイビチャ・オシム監督も65歳の今でも監督をやっているのだもの。いま46歳のヤンツーさんが10年後に再びコンサの監督をやっている可能性はあたりまえにあり得る。
そのころにはうちのチームもずいぶんたくましく強くなって、お金もそこそこあって、すっかり老練になったヤンツーさんが13年前に種を蒔いたアクションサッカーでJ1優勝をめざしたりするんだ。
なんなら連覇でもいいですけど(笑)。
そんな想像(妄想とも言う)をしたら、なんだか元気が出てきました。
J1優勝に向かってひた進む10年後のヤンツーコンサのキャプテンは、ヤンツーベイブス1期生で12歳からずっと赤黒のユニを着ている31歳の智樹。「僕はコンサしか知らないから世間が狭くて」と謙虚に笑いながら、でもコンサ愛溢れるその情熱はチームをまとめて熱く引っ張っていってくれます。
その姿に「あの子供っぽかった智樹がねえ・・・。」と昔を知るサポは胸を熱くして涙を浮かべたりするのです。
もちろん他のヤンツーベイブスもみんなそろってチームで活躍・・・といきたいけれど、コンサのサポとして冷静に考えると、今の若手メンバーのみんながみんなコンサで主力としてがんばっているということだとチームの世代交代がうまくいっていないことになるから、それも困る話だ。困ったな。じゃあ、幾人かは選手として、幾人かはコーチに転身したりしてコンサに残り、中にはライバルチームの大黒柱になっている人もいたりして、優勝を争う大一番でまたドラマが生まれるのだ。
すごいね。空想だとなんでもできるね(笑)。

でも、本当にそんなふうにチームが一歩ずつ前進していけるように、私たちはしっかり見守って、チームに対してできることはしていかないとね。運営会社がHFCであることには必ずしもこだわらないけど、コンサドーレ札幌というチームとして長く続いていけるようにするのはもちろん、今進めている「札幌スタイル」のサッカーの確立をこれからも後押ししていかなければなりません。「札幌スタイル」の形は時流に合わせて少しずつ変わっていくでしょうが、芯を無くして右往左往することがもうないように、よくよく見つめていかなければなりません。今日はきのうの続きだし、明日は今日の続き。こうしてる間にも毎日時は流れていくんだわ。落ち込んでいる暇なんてないですね。
さあ、まずは明日、鬼門をまた一つ制覇だ!

2004年にもしみじみ思ったけれど、「希望」というのは人間を元気にしますわ。パンドラの箱に最後に残っていたというのが分かる気がします。


そして今日私はもうひとつ元気になるお守りを手に入れました。
まずはこれ↓



天皇杯5回戦のチケット。
ちゃんとコンサドーレ札幌vsアルビレックス新潟と表示されています。
うふふふふ。

そしてお守りというのはこれ!



じゃーん!
天皇杯決勝戦のアウェイ側自由席のチケットですよ。
決勝戦は事前にチケットが完売してしまいますからね、行くならあらかじめ買っておかないと。

その前に不要になっちゃったらどうするのって?
そしたら帰り道で対戦相手のサポに譲るさ。あははー。



post by あきっく

20:33

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