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札幌出身・東京在住(釧路に単身赴任していましたが2014/4月に東京に戻りました)のあきっくと申します。 生観戦デビューは1999年8月15日の大分戦@厚別。 夏休みに札幌に帰省したときでした。 以来「仕事のしわ寄せは平日に」をモットーに、週末にコンサを追いかけるための生活をしています。 2001年夏にJ村でユース(特に石郷くん)を見てユースに傾倒。 いわゆるユースヲタなんだろうと自覚するこのごろ。 詳しい自己紹介と私宛のメールアドレスは「ごあいさつ」のカテゴリから、シーズンごとのトップチーム関連、ユースチーム関連別の主なエントリの目次は「まとめ・目次」のカテゴリから、エントリーナンバー順の全エントリーリストは「全エントリーリスト」のカテゴリからどうぞ。 2010/02/07からツイッターを始めてみました。 ユーザー名は akikconsa です。ユースの試合を見に行ったときは気が向けばつぶやいているかもしれません。 コンサU-18選手の背番号一覧表を作りました(2015/4月版)。ユース観戦のお供に、こちらからご自由にお持ちください。 →http://www.evernote.com/l/APefpdtBmUJCBo1gGdT_yWpEMjGm6cvq_oQ/
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2008年02月28日
ちょっと前の話ですが、ムラこと村田達哉さんがHFCの強化部担当スカウトに就任すると発表されました。 オフィシャルの発表にしては珍しく「就任しました」ではなくて「就任することになりました」というあたりや、ニュースのタイトルが「スカウト担当に就任!」となっているあたり、このニュースをいち早くサポーターに知らせたいという担当者の気持ちが現れているような気がしました。 99年の中ごろから本格的にコンサの試合を見始めた私にとって、もしかしてムラは、選手としてはコンサでの全盛期を過ぎていた姿しか知らないのかもしれません。 ピッチ上にいる姿より、忍者姿で出演していた白い恋人のCMの方がずっと強い印象が残っているくらいですから。 でも、そんなコンサを見始めたばかりの私にも、ムラがいかにサポーターに愛されている選手であるか、いかにコンサドーレを愛していることを真っ向から表現してくれる選手であるのかは、とても強く伝わってきていました。サポーターと強い絆で結ばれている、ある意味特別な選手、という認識でいました。 2000年は試合に出場する機会にも恵まれず、シーズン終盤にはどんなにコンサドーレを愛してくれている選手であってもコンサを去らなければならない日がくるのだという冷徹な事実を、初心者サポの私につきつけることになったあの年。 天皇杯での室蘭の光景は、忘れられないものでしたね。 室蘭入江のピッチの、バックスタンドの後ろにそびえる山。あの山の中腹に、大きな背番号15のユニが出現しました。 USの方たちがムラの惜別のために作って貼ったものだったと思います。 どれだけ愛されている選手だったのか。もう、それを見て目がうるうるですよ。 岡田監督もそのあたりの情には通じていたのでしょう、ムラは試合に出場し、サポーターはその姿を目に焼き付けることができました。 試合後のゴール裏サポーターとの別れの挨拶の光景は、眺めているだけでも涙を誘うものでした。 ムラは、必ず札幌に帰ってくると約束してくれました。 本音ではこのままクラブに残ってくれたら嬉しいんだけど・・・。でも選手としてもう少しサッカーを続けるなら、その後は必ず札幌に戻ってきてね・・・。 そう思いながら送り出した仙台への移籍。 そしてムラと再会したのは1年以上が経過してからの高知春野での仙台戦でした。 試合終了後、ムラはわざわざ仙台のユニを脱いで、コンサのゴール裏に挨拶に来てくれたんですよね。 仙台の選手であるにもかかわらず、その仙台に負けた直後であるにもかかわらず、ゴール裏のコンササポはムラのコールで沸き返りました。 宮の沢の練習場が新しくできて、梟巣の壁にサポからのカンパのタイルを募集したとき。ムラも一口乗ってくれ、ムラのタイルはNo.15のタイルナンバーで宮の沢の壁を飾りました。 私にとって、札幌を離れてからも折に触れて札幌愛を感じさせてくれる選手の筆頭は、宏太とムラでした。ノノはコンサに残ってくれたので別格ですけどね。 そう遠くない将来にきっとコンサに戻ってきてくれるだろう。 そんな私の勝手な期待と予想に反して、ムラの仙台在籍年数はかなり長くなりました。選手として活躍し続けているのは嬉しいけれど、なんだか寂しい。そんな身勝手なサポ心(笑)。 なのに仙台を戦力外になって現役を引退したとき、コンサじゃなくて仙台のスタッフになってしまいました。 現実はいつも思い通りにいくものではない、あのときの熱い気持ちや約束は美しい思い出の1ページになってしまうのか。それでもいいか。あのときは確かに絆を感じたし、幸せだったのだから。 すっかりそんなふうに思っていたところに、いきなりあのニュースですよ。 驚きましたねえ。嬉しさがこみあげましたねえ。 引退後もコンサのことが好きで、コンサを気にかけてくれたり、コンサのために働いてくれる人がいる。 ムラのほかにも真っ先に浮かぶのはノノですが、この春現役を引退した健作も、ノノの会社で働きながらコンサのためにできるこをしたいと言ってくれています。 選手が代わり監督が代わり。何も残っていないと思っていたコンサの歴史にも、少しずつ積み重ねられてきたものがあったのですね。 そう改めて認識した、嬉しいできごとでした。
ひとみ
Re:ムラが帰ってくる日
2008/02/28 08:35
村田さんのこと、激しく同感です。 オフィシャルにコメントが載っているのも嬉しかったです。 あきっくさんのようなサポーターが居てくれるからこそ、 こうして帰ってきてくれたんだなぁとも思います。
あきっく
Re:ムラが帰ってくる日
2008/02/28 23:32
>ひとみさん ひとみさんも同じでしたか。 ほんと嬉しかったですよね。 ”私のようなサポーター”って、どういう意味を含んでいるのか激しく謎ですけれども。 好きなものはいつまでも好きだと思い続ける執念深さ、かなあ(笑)。
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