スポンサーリンク

2020年05月29日

いい加減、学習すべき

ついにリーグ戦開始日が決まりましたね!
ほっとしました。

でも、北海道も、まだまだ油断できない状況。
コンサはどうするのか?札幌に残るのか、どこかへ移動するのか。
どちらにしても経済的にもメンタル面でも大変そう。
北九州でも第二波になってしまったし、サッカーを観戦できるのは嬉しいけど、まだ素直には喜べないですね。

それにしても、政府って学習しない!
コビッド19の第一波が始まったとき、あれだけ、初動の鈍さが露呈したのに、まだ今回の北九州は「第二波じゃない」などと菅さん、平気で言っている。
信じられない。
また同じ波を(いや今度はもっと大きくなるかもしれないと言われているのに)繰り返すつもりでしょうか。
情けない。

コロナの専門家会議の議事録をとってない、というのも、専門家の意に反して無理押ししたのかとか、なにか隠したいためか?と疑ってしまいそうです。

現実をちゃんと見つめて正直になってほしい。

ただ、国と違って、多くの地方自治体の長はしっかりしているということが今回わかったので、それだけが頼りです。
今回の騒動がなかったら、政治家ってこんなものなのね、という不信感ばかりのままだったろうなと思うと、それがわかったのは大きな収穫です。

posted by じゅうよっつ |19:24 | 考えごと |

2020年05月07日

マスク何枚もってますか?

はい、これを英訳しましょうって感じのタイトルですが。

例のアベノマスク、まだうちには届いていませんが、実はガーゼのマスクは私、もう何年も就寝用に愛用しています。
口呼吸する癖があるので、マスクして寝ると体が冷えなくていいんです。

でもガーゼマスクって洗えますけど、洗っていくとだんだんゴムの部分が伸びてくるんですよね。
そして、何層にもなっているなかにゴミも溜まってきます。

安倍さんがつけてるマスク、いつも真っ白、アイロンかけたみたいにきれいだなあ、ゴムもしっかりしてるし・・・あれはきっと私達にくださる”2枚”なんて量じゃなさそう。
何枚お持ちなんでしょうか。

冗談はさておき。

コビッド19に世界中が翻弄され始めてから1つわかったことは、国に税金を払うより地方自治体に払う方がよっぽど住民のための仕事をしてくれる!ということです。

国は、お友達やメンツには惜しげも無くお金や言い訳をつかうけど、こと国民の大事となるときれいな言葉は残すが、実質は「それは地方でやってね」と逃げてしまう。
国と地方ではコスパは大違い。

国は、専門家委員会に丸投げしたり、地方自治体が迫ったから緊急事態宣言を出したといってみたり、他人のせいにすることばかり。
国がお金の出しどころなので、そこからもらっている方は遠慮がちに構えずを得ないわけですが、お金を持っていなければ、もはや、なんもありがたさをも感じません。
(そのお金だって、私たちの税金ですけどね!)

何が違うかといえば、何を一番に考えているか。
自分の政治生命が一番か、自分の政治生命をかけても住民を守る責任を果たすのが一番か。
どんな仕事でもそうですが、ちと大げさに言えば命をかけてやっているかどうかは、見ればわかります。

コビッド19がまだ中国や韓国でのみ話題になっていた頃、国は経済活動を優先する余りに、なかなか入国制限や外出自粛に動き出さず、さらに自粛をはじめてもそれについての補償も自治体に放り投げ、多くの国民を不安にするはめになったわけですが、なんとか体裁だけを繕うやり方が、結局は、最後の最後のぎりぎりになって、守りたかった経済活動を含めたすべてを失うことになるとは考えなかったんでしょうかね。

やっぱり政治家も若い人のほうが決断力あっていいなあと思うこの頃。

posted by じゅうよっつ |19:54 | 考えごと |

2020年01月18日

政治家の目的は

高校の世界史の先生は、「世界史なんぞは、自分で勉強するものだ」と言って、いつも面白い世間話ばかり。
おかげで授業は、ほとんど進まずでした。

その先生が話してくれた一つに、「イギリスの政治家は給料が低いんだ。だから、ほんとうに政治家になって世の中のために働こうと言う志のある人しか政治家にならない」と言ってたのを覚えています。

今、特に自民党では、保身に走る政治家の、誰が聞いても摩訶不思議な言い訳や、様々な病気療養が流行ってますが、「今年から国会議員のお給料は世間一般並になります」ということになっても、「それでも政治家やりたい」と残る人って、どれくらいいるのかなあと考えてしまいます。

もしかして半分くらい残るでしょうか?
そんなにいないかも?
でもそんな人だけにしぼって、政治をやってもらいたい。

それ、試す価値ありそうな気がする、いや試してみたい、今日この頃です。

posted by じゅうよっつ |19:46 | 考えごと |

2019年04月02日

踊りたくない

なにか大勢がわいわいやっていると、よくも悪くも、気後れして一歩引いてしまう自分がいます。
だから、流行にはついていけず、ずっと遅れます。
ただ、何か問題がないか、考える時間はあります。

今回の新元号もそうです。
「平成最後の・・」という文句をさんざん聞き飽きていたこの数ヶ月。
今度はきっと「令和最初の・・」という言葉を聞き飽きるんだろうなあ、くらいにしか思えません。

誤解ないように言いますと、天皇陛下やそのご家族のお話や行動には共感を持っています。
(これは右とか左とか関係なく、お人柄というものです)

でも、新元号を決めるのはあくまで政治的なもの。
(政治的でなければ、親が子の名前を決めるのと同じ、皇太子が自分で名前を決めて問題ないはずですし)
新元号が決まるんだというなにか実態のないけど喜ばしい感じのものに対して、政府が日本国中を踊らせているような印象を受けます。

オリンピックと同じです。
スポーツという純なものを盾に、政治が動いている。

私にはどちらもやっぱり素直に喜べません。

posted by じゅうよっつ |20:20 | 考えごと |

2019年01月08日

不毛な争い

このところ毎日のように放送されている韓国駆逐艦から自衛隊機がレーダー照射を受けたという問題について、韓国と日本の言い争いを見ていると、なんだか子供が「誰々ちゃんが先に叩いた」「違う、誰々ちゃんだ」(←日本と韓国)と先生(=対外国)に言いつけて、自分の正当性を主張しているのと重なってきて、もういいかげん聞き飽きてきました。
どうやっても埒のあかない議論に思えるんですよねえ。

効果があるとすれば、国民の反日感情、反韓感情をそれぞれに煽ることができるくらいでしょうか。
それが政府の政策に役に立つことはあるかも。

今回のことに限らず、何かにつけて、お互い、相手の言ったことに「いや、そうでない」と難癖つける。
隣同士なのに、なんとか仲良くする方向に進みたいと考えているとは思えないのが、とても不思議です。

posted by じゅうよっつ |19:45 | 考えごと |

2018年11月18日

マスコミの正義

このごろずっと、アメリカのCNNが面白いので、見ていました。
トランプさんと真っ向からやりあっている。
あれだけ卑劣な手段で脅されても、公平な目とやり方で彼を批判している。
すごいと思います。さすが。

それに比べて、日本のマスコミの政府への遠慮しいしいはなんとも情けない。

先日来、麻生氏演説「人の税金で大学に」という記事が出てます。

彼の言ってることはいうまでもなく的外れな批判ですが、記事の弱気具合がなんとも情けない!
麻生さんの失言・暴言癖はもう慣れっこだということかもしれませんが、マスコミがそれを認めてはいけない。
「不適切だとの指摘も浴びそうだ。」と結ぶのでなく、ここは「不適切だ」と結ぶべきところ。
そして、どうしてそういう事を言うのか、どうしてそれが正しくないことなのかを詰めるべきところ。

自分の身が危ないところはそっとしておいて、美味しいところだけつつくというのは、本来の仕事ではないはず。
もっとマスコミとしてのやるべきことに誇りを持ってほしいです。

posted by じゅうよっつ |17:03 | 考えごと |

2018年10月07日

隣国への配慮

俳優の国村隼、「自衛隊の旭日旗論争、望ましくない」
で国村さんが言ってることに同感。

自衛隊として旭日旗を掲げないことはありえないという気持ちも理解できないことはないですが、その旗を過去の戦争で被害にあった韓国(あるいはそれを見てきた他の国)がどう思うかもまた、十二分に配慮しないといけないこと。

このニュースを聞いたとき一番に思ったのは、もしドイツの自衛隊(があるのかどうか知りませんが、そういった国の代表が、という意味で)が、ナチスの旗と同じ模様の旗を掲げていたとしたら、ドイツ国民はみなれているとしても、他の国民がみてどう感じるか?
その意図は全く違います、と説明があったとしても、多分、え?ドイツって危ないかも、と少なからず脅威をかんじそうです。

幸い、ドイツはよその国民にたいしても、自分たちがしたことについても、謙虚な気持ちを持っている印象なので、そんなことはおこらなさそうですけど。

自分中心でかんがえていると、対外的に見て、危ないことになってることは世界を見回しても、あちこちで起こっていることだと思えます。

どうも日本って、あるいは日本政府って、といったほうがいいのか、韓国や北朝鮮、中国と仲良くやっていきたいという気持ちが薄い感じがします。
それが国民全体に伝播しているような。

でも、お隣さんと仲良くやっていくことって国でも個人でも、大事なことです。
そこが始まりですもん。

posted by じゅうよっつ |13:50 | 考えごと |

2018年09月12日

地球規模で考える

昨日、東京オリンピックのためのテストセーリング大会の開会式で、イルカショーが行われて大会参加者に不愉快な思いをさせたというニュースがでてました。

イルカショーの是非については別の機会で、として、今どきこんなことを世界大会でやるということに呆れました。

今の時代、イルカを水族館で飼うということ自体、世界的に見て、どれほど異様なことなのか、関係者はおそらく理解してなく、ただセーリングのイメージからイルカのショーを思いついたのだと思います。
でも、せめて、水族館の職員からは、それやばいでしょ、という疑問の声を上げるべきでした。

それと同じことは、日本に限らず、どこの国のどんな考え方や情報にだって起こりえるんじゃないかと思います。(以下の文章は”情報”にしてますが”考え方”についても同じです)

井の中の蛙、という言葉どおり、一国(あるいは一地域)から出る情報が、世界的にどのような位置にあるものなのか、わからない場合が多いです。
つまり、偏った情報になる可能性が大いにあります。

今回問題になったイルカの飼育の話だと、多分、関係者の方々は、それを非難しているのは一部の過激な環境保護団体だけなのだろうと考えていたと思います。
だから、一般人にとっては、どこの国の人でも問題ないだろうと。

よく言われている環境保護のスローガンに、「地球規模で考え、地元で行動しよう」というものがありますが、情報についても、同じことが言えそうで、情報はできるだけいろんな側面から見てみることが必要なんでしょうね。
今のネットやテレビで国際ニュースを受信しやすい時代では、そんなに難しいことではないはずですし。

もしかして、このニュースを見て、「別に違法でもないことをやってるのに文句を言わないでくれ」と反感を持つ方もいたかもしれませんが、ずっと以前、日章旗を掲げたサッカーの日本サポの応援に不快感を覚えた相手国のときと同じ、だからやっていいということにはなりません。
むしろ、それならやめましょうというのが大人。
どこの国も独立独歩やっていけるところはなく、常に相手を考えないといけないんですから。

偏った情報は、国家的(あるいは地域的)に何かを進める時に、時に進めやすく、住んでいる人にとって納得しやすい場合もありますが、それで間違った方向に進んでしまう危険な場合もありそうです。(戦争とか・・)

posted by じゅうよっつ |19:24 | 考えごと |

2018年09月08日

これから

今回の北海道の地震で、被害はもちろん、その後、食料が不足したり、同じ商品ばかりの並んだコンビニ(それでもありがたかったですけど!)や、ガソリンに大行列したりする風景が、2011年の福島と重なって、自分にまだ引きずってる部分があったんだといまさらながら感じています
とても他人事には思えない。

完全に元に戻ることはなかなかだけど、日本だったら内地からの物資や援助も徐々に届くし、必ず、立ち直れます。
(って、引きずってると言っときながら、説得力ないですけどね!)

2011年当時、「いったいいつくらいまで、大きな余震に(気持ちも物も)備えないといけないのかな」というのが、一番知りたかったことでした。
誰も答えるのが無理なことだとはわかっていても、人間、いついつまで耐えてくださいと言われれば割とそうできるけど、いつまでかわからないと言われれば精神的にとてもつらいものです。

で、やはり大きな余震には、しばらく、例えば1か月、2か月、1年、正確には言えないけど、心と物の準備はしておいたほうがよかったように記憶しています。
当時一度、コンサの試合をテレビで見ているときに地震が来て、家具を抑えながら見ていたのを思い出しました。
それくらいのことができるくらい、余震は結構あったのだと思いますが、地震に慣れて見くびるのはまずいけど、慣れてました。

もちろん、今回の地震もそうだ、とは言えないわけで、そんな怖い思いはもうない、あるいはあまりないことを願ってますけど、そういう理由で、片づけはほどほどにしておいたほうがいいです。
落ちたものは、元に戻すとまた余震の時に落ちる可能性もありますし(あれって、気力が萎えます)、しばらくはぐうたらを決めておいたほうがいいかも。


福島では、緊急のものはすんでますが、まだ、震災後の建物の修復が続いています。
仮設もまだのこっています。家を建てるなんて、なかなか、人生2度もできることじゃないですもんね。あと除染もあってるし。

多分、北海道でも、その前の台風で大被害をうけた関西や四国、中部にしても、完全に元に戻るというのは、インフラは戻っても、なかなか長い時間がかかるんじゃないかと思います。

でもあの当時、Jリーグの試合はしばらく止まってましたが、チャリティの試合が仙台であって、久々にサッカーを見た時の嬉しさは忘れられません。
日本中いろんなところで、心配していただきましたが、災害にあって苦しい時に、苦しいところをすぎればその向こうにはそれまでの日常があるんだという光のようなものがみえることも必要だったんだと思います。
だから、日常に戻れるところから今まで通りの生活に戻っていくもことも、苦しんでいる人に手を差し伸べることになるんじゃないかなと思います。

posted by じゅうよっつ |13:18 | 考えごと |

2018年09月02日

翁長さんの仕事

翁長沖縄知事の奥さんのインタビュー。

多くの政治家が、ここまでの覚悟をもって、住民や国民、地域や国のことを思って働いていたら、この国は、もっとクリーンで、もっと多くの人がずっと心穏やかに幸せになりそう。
(それに比べてなんだ、この政府の卑怯な上から目線の脅しは!!と思った。)

政治に限らず、どんな仕事であっても、命をかけて真摯に全うする姿勢、そんな仕事を見つけたことも含めてすごいことだな。

働き方改革とかで、時短や休みが増えることばかりに目が行ってしまいますけど、実際になにかを動かしている人って、そういうのに関係なく影となり働いている気もします。
まあ実際、そういう恩恵をこうむれるのは、大企業だけで、アリのようにコツコツ働くほとんどの人間には関係ないことなのでしょうけど。

posted by じゅうよっつ |18:30 | 考えごと |