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コンサの応援は、岡田監督のころから。 はじめは頂き物のSS席で。 すぐに、選手とサポと皆が一体になる楽しさにはまりました。 コンササポの温かさに惹かれて、次第にS席からSBへ、そしてゴール裏へと移動。 ついでに、すみかまで移動してしまったので、アウェー中心となった今は、少ない人数で団結する楽しさを味わっています。 困るのは、旦那もサポなので、グッズを買うのも、遠征するのも、コンサに関しては誰も止めてくれる者がいないこと。 札幌にもなんとか年数回里帰りして、ホームの雰囲気をうれしがってます。
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2011年09月05日
今となっては、もうすっかりスタメンに定着し、なくてはならないコンサのメンバーですが、ジオゴ選手が加入するというニュースが流れた当時、その経歴が、短期にあちこちのチームを渡り歩いていたということで話題になったことがありました。 大丈夫だろうか?何か問題でもあるんだろうか? コンサは、シーズン途中でやってくる外国人選手に、今まであまりいい思いをしてないということもあって、考えるのはネガティブな方向ばかり。 しかし、やってきたのは、すごく気のよさそうな、ご近所だったらおつきあいしたくなるようなお兄さん。(きっと重たい荷物なんかにこにこしながら持ってくれる) しかも、入ってすぐから、前からせっせと守備はしてくれるし、連携もばっちり、すでに得点も2点、すっかりコンサのやりかたもマスターしてます。 まるでもう長くコンサにいる選手みたいです。 こんなにはやくなじんだ外国人選手も珍しい! しかし、そうなると、今度は、どうしてこんなにいい選手が、今まであちこちを渡り歩いて来たのだろう?と言う新たな疑問がでてきます。 アメリカなんかでは、よりよい、あるいはより自分に適した職場を求めて職場を変わることが普通ですけど、もしかしてそう言う感覚だったのかな? もしそうだったら、コンサは結構あってるんじゃない? とにもかくにも、コンサには、是非とも定着してね!
2011年09月04日
勝っていても難しい顔のときもある石崎監督が、昨日は、割と温和な顔で試合を見ていたのは、試合後の監督インタビューでも言ってたように、ハーフタイムに選手自身から、「切り替えよう」という話が出て「切り替えられた」ことも有ったんじゃないかなと、思いました。 石さんは、今までも、試合の勝ち負けよりも(は、ちょっと言い過ぎか)、自分たちの目指すサッカーができているかどうかの方を問題にしてきたので、ここにきて、やっと、石崎サッカーを実現できるようになる手応えがつかめてきたんじゃないでしょうかねえ。 どんなことしたとしてもJ1にあがれないと元も子もないんだという意見もよくきかれますが、成長しているかどうかが一番の関心事というのは、これから長く底力をもってコンサが生き残っていくためにも、大切な事だと思います。 石さんはこれまでも大分や柏でたくさんの選手を育ててきましたけど、ようやく、コンサもその1つになりつつあるのかな、と思うと、昨日の勝利はさらに嬉しく感じます。
2011年09月03日
ほんと、苦しい試合でしたねえ。 まさに最後まで息のつけない試合。 今日の水戸戦は、台風の影響で試合にならないくらいの風雨になるかも?と心配でしたが、それはなんとか回避できたものの、試合前に降った雨で芝はたっぷりと水を含んで、特に、重戦車の近藤選手には足にまとわりつくような重たいピッチはかなりきつそうでした。 ほかの選手も、近藤選手ほどではないにしても、かなり動きにくい思いをしたのでしょうね。 疲労感も普段以上かと。 ジオゴ選手が得点(すばらしい流れ!)した頃までは、そのぬれたピッチも視野に入れたようなプレーを展開していたコンサなのに、その後、セカンドボールがとれなくなって、ほとんど水戸のペースで試合が運ばれ前半終了間際に失点、失点の時間帯も悪く、どうなるかとひやひやしながら見ていましたが、それでもなんとか砂川選手がこぼれ球を決めて勝ち点3をとれたのは、ちょっと前までのコンサでは考えられないことでした。 今期の~いやこの2年間の積み重ねがものを言っているのでしょうが~コンサの進化には驚かされます。 この頃は毎回、今回はどんな試合をみせてくれるのか、置かれている順位もいい位置にきて、内容、結果ともに結構楽しみです。 それにしても砂川選手は、やっぱりベテランですねえ。 パスのセンスや正確さは言うまでもなく、こういう日の試合のペース配分もしっかりわかっていた印象でした。 前回の振り向きざまのシュートといい、いつまでたっても、これでいいと言うことなく、向上心を持ち続けている結果なのでしょうね。 見習わなきゃ! さて次は、栃木戦。 上位との対決は、今のコンサの実力を試せるいいチャンスですよね!
2011年08月31日
福島に住んでいるおかげで、あれ以来、随分放射線のこと勉強しました。 原発事故のあったはじめの頃は、専門家でさえいろんな見方があって、いったいどれが本当なの?とか、ウソなのかも?とか、疑問の目で見始めると、ほんとうにどうすればいいのか、しかし、周りがわいわいいっている間にも、現実に放射線は福島の地に降っているわけで、いち早く真実を知りたいと言うあせりもでる、苦しい時期でした。 当時のことを今振り返って分かったのは、放射線の専門家といってもいろいろだということ。 一般のお医者さん(あまりご存じないことも)、長崎や広島、チェルノブイリで被爆者の治療に当たってきたお医者さんや研究者、実際放射線を扱ってる技師さん、放射線を使っている研究者、さらには、物理学者、放射線の社会的な影響を実地で研究する学者、もっとさらには環境保護団体、等々・・。 その方々の中にも、多分、実際に研究をしている方もいれば、机上の理論派の方もいるでしょうし、もう様々。 当時、いったいどれが真実?という思いをしたのは、おそらく、いつもそのうちの1人の専門家の話だけが伝えられたからではと思います。 そして、専門家同士でも意見交換の機会がなかったために、それは1つの専門分野からみた話だけにとどまってしまったこと。 先ほど「クローズアップ現代」で、南相馬に戻ってきている妊婦さんの話がありましたが、被曝はできる限り低くするべきである一方、実際には放射線がどれくらいなら危険か、どれくらい以下は影響がないとされるのか、そして避難している方々にとって、元の場所に戻るか戻らないかはメリットデメリットのバランスで決めるべき事など、前にシンポジウムで聞いた先生方のお話と一致していて、今はかなり、日本の中でも考え方がまとまってきたんだなと感じました。 同じ疑問にたいして、誰の話を聞いてもほぼ同じこたえ、というのは安心できます。 もともと自然界には放射線が存在し(しかも地域によって差)、年間に浴びる放射線量の上限1ミリシーベルトより常時高いところもあります。 (だからもちろん、0には絶対なりません!福島であろうと、他県や外国であろうと。) でも、煙草や受動喫煙や、野菜不足、運動不足(=これが400ミリシーベルト/年にも値すると言うのは驚き)、化学肥料や農薬など、これまで気を付けないと行けないこととされてきたことをおろそかにしてまで放射線を気にするというのはずっと危険だというのが、今の放射線のレベルです。 常にバランスを考えて予防することが大事。 いろんな先生のお話を聞く機会があるのも、今の福島の利点です。 もし福島県でそういう教育がもともとあってたら、これほどパニックにならずにすんだかもしれないと思うと、ほんとうは、今原発がある場所の方々も勉強しておいて絶対損はないと思います。 もっとも、頭で分かっていることと、気持ちで納得していることは往々にして別です。 だから、今でも辛い思いをしている方もたくさんおられます。 相手は目に見えませんし、徐々に減っているとはいえ24時間存在し、かなり普及してきた線量計とはいえ、各個人が持ち歩いているわけではないですから、そんなことを心配していると、人によっては、もう病気になるくらいのストレスだと思います。 実際に経験されると分かりますが(もちろん、経験しないに越したことはないですが!)、私はもともと文系ですけど、これを頭でだけでなく気持ちでも理解するにはかなりサイエンティストになったつもりにならないと行けないようです、見かけ倒しでも。
2011年08月30日
旅費、宿泊費の心配なしで、ニセコのコッテージに1ヶ月滞在なんてこと提示されたら、行きます、行きます!ですよねえ。 実は、それをやってきたのが、今日一緒に働いたボラ仲間。 被災地の子供を北海道に招待という話はニュースで聞いたこと有りましたが、個人でもそういうのやってたんですね。 知りませんでした。 まあ、うちは、1ヶ月も福島を離れたら、戻ってきたとき、旦那が失職していることは確実なので、たとえ知ってても無理、せいぜいコンサに楽しい試合をみせてもらって気分転換ってところでしょうか。(たのむよ!コンサ) 彼女は、結構放射線に神経質になっていたので、1ヶ月離れて暮らせたのは、良かったんじゃないかと思います。 「大変だったのよお(多分お孫さんの世話)」なんていってましたが、少しは、リフレッシュできたんじゃ。 やっぱり、今誰もが気分転換の機会は必要だし、可能な人は思いきってそうした方がいいんです。 でないと、福島全体が深い悲しみや苦しみに耐えてきた反動で、互いを傷つけあうような殺伐とした方向や、生きにくい方向に進んでしまいそうで。 なんか、そういうのちょっとこの頃感じるんです。 せっかく共に生き延びた仲間なのに。 そうそう、今年は野菜は遅すぎて無理だったので、ひまわりと朝顔を植えたんですが、やっと咲いてくれました。![]()
でも葉っぱは元気よくしげってる朝顔のほうは、まだ咲かないんです。 やっぱり蒔くのがおそかったのかなあ。 ゆっくりでもいいから、顔をみせてよね。
2011年08月30日
今の福島県の立場ととく。 その心は、 どちらも周りからさんざ言われて、結局収拾は自分でつけねばならぬ。 予想できていたことだけど。 だったら、自分(たち)で冷静に考える時間を持たせてほしかったよなあ。 (菅さんの辞任と、汚染廃棄物中間貯蔵施設を福島県でというニュースで) いいえ、そうなるだろうとは思っていたし、そうするしか方法はないと思います。 でも、事実以上に怖がらせるだけ怖がらせて、はいあとは、自分たちでお願いね、といわれて、わかりました、とはいえないのは当然です。 さんざん苦しんだ福島が、とうてい、一筋縄で受け入れることはできません。 菅さん、お疲れ様。 大地震に続く国で初めておこった大事故、誰もやったことがないものに対処するのに、誰であろうとも試行錯誤だらけのはず、ましてや期待通りこたえることなんてありえない、ただ冷静に足場になるだけ。
2011年08月28日
やっとみました、岡山戦。 パスは特に前半、珍しく(失礼!)いいのがおおくて、中盤でボールもよくとれてました。 お、今日はいい感じ、と思って見始めました。 胸のエンブレムに手を置いて試合開始を迎えた近ちゃんの、相変わらずの力強いプレーにわくわく、砂川選手の振り向きざまのシュートにはびっくり!(あんなことできるんだ~とベテラン相手になんとご無礼な!)。 やっぱり応援したいのはコンサ、コンサじゃないと駄目だわ、なんて思いながらみてました。 しかし、なかなかとれない1点。 そして、それまで自分たちのペースができていたところで相手に1点とられて、平常心を保てなくなったのか、動きが悪くなりました。 逆に岡山は1点とって、自由に動けるように。 失点したんですから、まったく動揺しないわけはないですが、それと同時に、これまでの連勝とともに、今回前半も自分たちの力が出せていたこと、うまくいってるときにそれを継続させる難しさも選手の皆さん、感じていたんじゃないでしょうかね。 みているほうも最後まで、辛抱すればいつかは点が、と願ってましたが、今回それに及べなかったのは、多分、疲れだと思います。 連戦の疲れ、ジオゴ選手の場合は、日本への旅の疲れや時差ぼけによるリズムの狂いが今頃ちょっとでてきたかなと感じました。 体もでしょうが、頭もうまく働かなくなりますもんね。 交代の選手が、もう少しひっかきまわしてもよかったかも。 ともあれ、負けたのは残念だけど、まだ、コンサはやっと上向き調子になってきたばかり。 こんなこというと、常勝チームを慰めているような感じでなんですが、負けも必要、糧とすればいいわけですよね。 でもね、元気はもらいました。 「うまっ」「そうそう!」「あああー!」「おっしい!」「あっちさ、あっち(サイドチェンジね)」「まけてよお(オフサイドとられて)」「わっ!」と、サッカーみているときって、やたら元気なんですよねえ。
2011年08月25日
私が使ってるメール箱は、パスリストに載せていても迷惑メールにはじいてしまうことがあって、さらに毎日迷惑メールとしてはじかれる数は膨大でチェックしていてもいい加減くたびれてしまうため、時々、ええっ!と思うようなメールを見逃していることがあります。 先日の地震でボストンの友人たちにメールした返事で、在住時におなじ研究室にいた人(といってもだいぶ身分は上の人ですが)が亡くなっていたことを知りました。 「メール出したよね?」という内容でしたが、どうもこれもはじかれてしまってたようで・・・。 ボストンの水族館では、ほんとにいろんな人によくしてもらいました。 いくら感謝してもしきれないくらい。 彼もそんな一人。 お酒が大好きできさくで陽気、研究室で開いたクリスマスパーティーにはお手製のエッグノックをもってきてすすめてくれたり、水族館ガイドの勉強中、分からないことをおそわったり。 家の屋根から落ちて、松葉杖で来たこともあったなあ。 そんなときでも笑ってました。 地震後、彼の消息を教えてくれた友人は、かなり深刻な糖尿病を患ってるといってましたが、こんなに急に訃報を聞くとは思っても見ませんでした。 まだ若いのに。 アメリカにいた頃、もちろんイヤなことも経験しましたが、そんなことほとんど無に思えるくらい、私はいつも善良な友人や知人に囲まれてました。 どんなときも気持ちを明るくポジティブに生きていく強さを教えてくれたと思います。 いま思うととても幸せなことでした。 絶対に忘れません。
2011年08月25日
先日、アメリカ東部で地震があって、昔そういえば、モントリオールに住んでいた頃、外をトラックが走ったかな?というくらいの地震(うちのネコは何も気にせず眠ったままでした)で、その後数日間は大騒ぎだったのを思い出して、日本のように耐震性のある建物でもないだろうし、地震になれてない彼の地ではさぞや、と友人たちにメールしました。 しかし、そんなに心配するほどでもなかったようで。 地震に気づいたのは、2時間後だった(たぶんニュースか、誰かから聞いたか)という返事とか。 それより、週末に仕事をかねてバカンスにたつフランス行きのときに来そうなハリケーンが心配だとか。 高い建物にいたら気づいたかもとか。 そうかそうか、ボストンじゃたいしたことなかったのね。 「大きな地震のあとは余震が続くかもよ」というのは要らぬ脅しになっちゃいました。 でもよかった。
2011年08月21日
中3日ですから、もちろん疲れもあったと思います。 モチベーションの高かった千葉戦の次の試合という、ちょっと難しい試合でもあったと思います。 前半の最初の数分は、かなりよくマイボールにできていて、お?今日も元気?と思いましたが、やがて京都の若い力に押されはじめ、すばやいチェックに後手後手、攻撃もできずに1点取られてしまいました。 しかし、そういうときしっかり耐えたのはさすが! 今日の勝利は、自分たちの流れになるまで、1失点のままで待てたことが大きかったと思います。 それができるようになったのも、やっぱり力量だと思います。 感無量。(ちょっとオーバー・・) そして後半になって、ジオゴ選手の落ち着いた個人技で1点決めて同点に。 前にダニルソン選手を思い出すと書きましたが、やっぱり彼はFWですねえ! 来日して3度目の試合で得点なんて、タイミングもグッドでした。 (あのやわらかな鳥のパフォーマンス、ジオゴ選手のプレースタイルそのものですね) 2点目は、今日も相変わらずがんばっていた(そしてうまいよなあ・・思わずプレーを見ながら「うま!」ということ幾度)近藤選手のところに、これまた砂川選手のどんぴしゃのパスから。 京都の若い力はほとんど衰えませんでしたが、コンサが得点したころからは、若干それに焦りが加わったのもやはり若いチームだと思います。 (実際、ちょっと前、「平均年齢が○○才」と、いつも試合で若さが強調されていたときのコンサを思い出しました) でもそこはそれ、今まで耐えてきたパワーでもって何とか踏ん張りそのまま試合終了。 最後まで、見ているほうも気を抜けない試合でしたが、こういう試合に勝てたことは大きいですよね!
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コンサの応援は、岡田監督のころから。 はじめは頂き物のSS席で。 すぐに、選手とサポと皆が一体になる楽しさにはまりました。 コンササポの温かさに惹かれて、次第にS席からSBへ、そしてゴール裏へと移動。 ついでに、すみかまで移動してしまったので、アウェー中心となった今は、少ない人数で団結する楽しさを味わっています。 困るのは、旦那もサポなので、グッズを買うのも、遠征するのも、コンサに関しては誰も止めてくれる者がいないこと。 札幌にもなんとか年数回里帰りして、ホームの雰囲気をうれしがってます。
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