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コンサの応援は、岡田監督のころから。 はじめは頂き物のSS席で。 すぐに、選手とサポと皆が一体になる楽しさにはまりました。 コンササポの温かさに惹かれて、次第にS席からSBへ、そしてゴール裏へと移動。 ついでに、すみかまで移動してしまったので、アウェー中心となった今は、少ない人数で団結する楽しさを味わっています。 困るのは、旦那もサポなので、グッズを買うのも、遠征するのも、コンサに関しては誰も止めてくれる者がいないこと。 札幌にもなんとか年数回里帰りして、ホームの雰囲気をうれしがってます。
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2012年01月16日
北海道は大雪だそうで! 大雪には慣れているはずの岩見沢で、JRや公共の交通機関が止まっているなんて、はんぱない量なんですねえ。 私は生まれも育ちも九州だったので、ある日、うっすら積もった雪のためにJR(当時は国鉄)が止まったのを、山陰から出張できていた代理店の方が、「これくらいで止まってたら、やっていけません」と言ってたのを思い出します。 とうとう、今ちゃんのガンバへの移籍が発表になりましたね。 噂はもうずっと前からでてましたが、ここまで発表が延びたのは、やはり情にあつい今ちゃんだから、考えに考えたすえってことでしょうか。 もうFC東京も長かったですもんね。 そろそろ新天地でがんばるのが、より上を目指すためにはいいのかも。 そう言う時期ってありますよね。 それを逃さないのは大事だし。 そして、昨日から皆さんのブログで拝見している、キックオフイベント。 うちもいよいよ新メンバーが揃って、活動開始! しかしまあ、いきなり大雪で歓迎とは、北海道らしい。 まだ加入があるのかもですが、今季は、かなり日本人で揃いましたよね。 さあまた、新メンバーの顔覚えなきゃ~。
2012年01月14日
ジオゴ選手はきっと、お金さえあれば、残ってもらうところだったのでしょうけどねえ。 彼のコメントを読むと、なんか切ないですね。 そういえば、彼はいいパフォーマンスなのに、どうしてどこのチームでも短期で終わってるのかなと、コンサで活躍し始めた頃、経歴をみて不思議に思ったんですけど、結局、コンサも1シーズンで離れることになってしまいました。 ほかのチームでも、故障がおおかったりしたんでしょうか。 うちでは、チームのやり方にはすぐにフィットしてくれましたけど、あれはやはり、いろんなチームを渡り歩いた彼だからできたのかも。 外国人がシーズン途中で入ってすぐにフィットしたのなんて、あまりなかったですもんね。 結果、コンサは調子を出し始めて、J1に。 いいおじさん風(ずっと年下なのに御免なさい!ジオゴ選手)だったのも、渡り歩いた苦労人のなせるわざだったのでしょうか。 どことなくアウミール選手を思い出させて、札幌が好きになってくれて、そのうち札幌でブラジル料理店を開くなんてことになったりして・・なんて勝手な想像をしたこともありました。
2012年01月13日
近頃また、地震が増えてきたような気がしますが、コンサの15周年は祝っても、こればっかりは1周年に向けての準備なんてことは御免被ります。 やめてね、地底の大ナマズさま。 内閣改造の発表があってましたが、ほんとうに、野党も与党もなく、一致協力して復旧に力を注いで欲しいと、もうずっと願っているのですが。 こんな非常事態なんだからもちろん、やってくれるだろうと、当初は思っていたのですが。 自分たちのやってきたことを省みないで相手に文句ばっか言ってないで、そうしてくれることを望みますが、所詮福島は東京から新幹線で2時間離れた所としか、政治家の先生方は考えてくれてないようで、どうも緊急性を感じないんですよね。 毎月、11日になると「震災から何ヶ月」というニュースのフレーズがおきまりになってきたのがむなしく響きます。 我々国民にしたってそう。 いざ自分に負担が降りかかりそうになると、政治が悪いとか東電に責任をとらせようとか、誰かを責めることで、逃げてる気がします。 自分が選んだとか選んでないとか、そう言う問題でなく、日本に住んでいる限り、日本にあるものは、それをかえることができなかったと言うことを含めて自分たちの責任です。 ある程度の負担はしようがないことだと、思うんです。 少なくとも、毎日お米を食べて、寒くないくらいに洋服を着て、そこそこ健康で過ごせているなら、少々の負担は、そうできないで苦しんでいる人たちのために受け入れるべきです。
2012年01月08日
実は・・と改まるほどでもないことなんですが・・札幌にいる頃に、甲状腺に腫瘤がみつかって、毎年札幌に来ているのは、その当時からお世話になっている病院で定期的な検査をしてもらうためでもあります。 (もっとも近年は、もう一つの大きな目的~言わずとしれた~のほうがメインになりつつあったりしますが!) お優しい皆さんは、あら気の毒にとか思ってくださる? いえいえ、んな必要はありません。 ということを本日はお話したくて。 甲状腺の腫瘤というのは、害も含めて、なにも自覚症状がありません。 だから私も、いつからあるのか分かりません。 もしかしたら子供の頃からあったのかも。(家系もあるし) 見つかったのも、おそらく、ほとんどの方の場合と同じく、別の検査でたまたまです。 もしその検査をしてなかったら、一生知らないままだったと言うことも十分考えられます。 細胞診をして悪性か良性かをみてもらうときに、先生が言った言葉。 「信じてもらえないかもしれませんが、もし悪性(つまり癌)だったとしても、甲状腺の場合、たいしたことないんです。」 あ、そうなのね、と思いました。 おかげで当時、パニクったり気を落とした事もありませんでした。 結果、良性だったわけですが、いまだ、病気だとさえ思ったことがありません。 ただ毎年、急に大きくなってないか、増えてないか、検査するだけ。 そしてここからは福島の話。 今はほとんど放射線関係の番組は見ないですけど、昨日、たまたまつけたテレビで、福島から避難(札幌に?)されてる母子の取材があってました。 お子さんに甲状線腫がみつかったということで、お母さんが、事故の頃外で遊ばせたのがいけなかったのかと、悔やんでらっしゃるところでした。 番組では、お医者さんは「いぼのようなもの、心配しないで」と言ってらっしゃいましたが、お母さんにしてみれば、いぼでもお子さんにあるというのはつらいことです。 でもそれをコメントする番組側の人間が、一緒に悩んでいるのを見て、同情はこのお母さんをいっそう心配にはさせるけど、一時の安心も与えないよなと思いました。 多分テレビをみていた福島県人にも、暗澹たる思いを抱かせたのではと思います。 コメントによって、このお医者さんのせっかくの診断が台無しにされたことにもなります。 極端に聞こえるかもしれませんが、それくらい、今の福島や県外に避難されてる方々の放射線に対する不安は大きく敏感で、そのためいとも簡単に、危ないという方向には向かってしまうんです。 この番組のように、福島の外で作ると、地に足がついていない事が多いです。 それは、仕方のないことでもあります。 (福島の地に足をつけて同じことをやってるどこかのローカル紙は論外!) ただ、もし自分がそこにすんでいたらどうするか?こういえばどんな風に感じるか?と置き換えて考えるくらいは、倫理観として持っていて欲しいところ。 芸能人のゴシップじゃないんですから、関心さえ集めればいいという姿勢はこの際、すっぱりやめてもらって。 福島には、ここに住んで懸命に放射線の実態について安心してもらおうと活動している方々(研究者、お医者さん、ローカル局など)もおられるのに、ようよう明かりが見えたと思っても、危ないという一言で、その活動はほとんど無になってしまいます。 階段を昇っては落ち、昇っては落ち。 そういうことをしていると、だんだんと、安心してもらおうとがんばる気持ちって、薙いでしまわないか、心配です。 でもそれでは福島が、虚につぶされてしまう、それは許されない。 でもまた、昇ると容赦なく押し寄せる大きな波。 そういう矢面(”危ない”という方々と違って、まさに矢面)で活動をされている方々に感謝すると共に、不必要で不親切な外圧には負けまいと、私は思います。 負けますまいや!福島県人。 ほかの病気と同じように、どこにすんでいたって、一定の割合で、甲状線腫のある人はいます。 実際、甲状腺の検査なんて普通はしないので、福島県の子供を対象とした検査で異常が見つかると、それが正常な割合で起こったものでも、特別なもののように取り沙汰される可能性は大いに考えられます。 科学的な理解を抜きにして、情に訴えることが先走っている報道は、福島で生きている人間には害になりかねません。 全国で見ても、やっぱり福島はと、風評被害をさらに強めていくことになってしまいます。 ほんとうは、数値と知識さえあれば、ほかは必要ないんですよね。 福島に必要なのは、悲劇のヒロインを作る応援じゃなくて、自立するための支援です。
2012年01月07日
もちろん、尚志を応援してました。 前半は果敢に攻め、積極的にシュートを打ててましたが、1点入れられてからは、相手の四日市中央工がリズムにのってきて、ちょっと自分たちのペースを取り戻す隙を与えてもらえなかったですね。 残念ですが、1点はかえせたし、精一杯やったんですから、これで良し! ところで福島というと、今は、形容詞のように震災、原発事故をつなげて伝えられますけど、それ自体は伝えて欲しいんですけど、それをドラマ化してしまわれることにはどうも、抵抗を感じます。 映画じゃないんですから。 2時間で終わらないんですから。 涙、涙の感動の物語でなく、生きてるうちに終わるかどうかも定かでない(たぶん終わらない)、泥臭い実生活です。 そうそう、もういい加減、「がんばろう福島」もやめてほしいです。 いつまでがんばればいいのさ?と反論したくなります。 こういうスローガンって、気持ちを前に進めるためには大事。 いいかげん、更新しないと~!
2012年01月01日
天皇杯で、今ちゃんの大きな姿を見て感動して、おせちの写真撮ったの忘れてました。 まあ、こちらは別に、成長はしてないですけど・・・。 豚の角煮+玉子(今年は八角などの香辛料で中華味)、ぶりのみそ漬け、筑前煮(煮すぎて梅の花の形のニンジンが・・)。 向こうのお皿が、大根とスモークサーモンとクリームチーズのサラダ、カブと干し柿のなます、ドレッシングに漬けたスティック野菜を粉チーズでまぶしたもの、ブロッコリー。 それと相変わらずお餅が多くてはみ出したお雑煮(ダシは鶏ガラとおせちの作成ででたいろんな端切れ野菜たち)。 二人分で塩分3g弱でした。
2012年01月01日
FC東京は、やはりJ1の格ですねえ。 今日のタイトルとは逆に、天皇杯ではほんとは、若い京都のほうを応援していたんですけど・・・。 2点目のセットプレーでの失点のあと、京都のたて直しがあまりうまくいかなかったのが、京都がその後失点を重ねた元になったように見えました。 あの辺は、コンサにも覚えがありますけど、若いチームの場合、なかなか難しいところですよね。 うまくいっているときは、いいんですけど。 ところで、来季は、ガンバへの移籍が取り沙汰されている今ちゃんですけど、彼は、コンサにいるときから良さそうな選手でしたけど、人間的に、どんどん成長してる感じがしますねえ。 移籍がほんとかどうかはまだ分かりませんけど、しっかりキャプテンとして、FC東京に天皇杯初優勝の成績を残すなんざ、さすがです。 コンサにいた頃は、まだ若くて自分のプレーで手一杯だったでしょうし、それでも、あの無言のがんばりは、彼よりずっと年輩の私にもいつも見習うべきところを示してくれてましたけど、今の今ちゃんは、威風堂々、プレーでもチームをとりまとめる役としても、誰もが認めるキャプテンですね。 どんなことでもそうでしょうけど、ある程度はできるとしても、やはり最後は、人間としてどうかというところが、大成の鍵になりそうな気がします。 でも今ちゃんのことですから、まだまだと思っていることでしょうし、きっとこれからも伸びていくし、楽しませてくれる選手に違いないですが! あ、忘れてました! 明けましておめでとうございます。 今年もよろしくお願いします。
2011年12月30日
今年ももうすぐ終わり、いろんなことありました、良いことも悪いことも。 どちらにしろ、今年は極端が多かったです。 激動の2011年というところでしょうか。 この一年で考えたことの1つに、肯定し続けることの難しさと、それを否定することのたやすさがありました。 サッカーでも、仕事でも、放射線の問題でも、生き方でも、いろんなことに当てはまります。 否定することはたやすい。 根拠はなくとも、感情に訴えればいい。 けれど、肯定には、理性が必要です。 これが、なかなか前にはでてきてくれない。 人間は感情の生き物ですものね。 でも、まず否定する前に、いろんなことをいろんな方向から長い目で冷静に理解していこうとすることは、ベターな選択をするために決して無駄にはならないと思った1年でした。 それに、否定することで、誰かが大切にこつこつと築いてきたものを一瞬にしてこわしてしまうようなことをすることが、人と人のつながりで成り立つ世界で、人間的な行動とは思えないという理由もあります。 今年の漢字じゃないですが、今年は、人の人の”絆”もたしかに感じた年でしたが、同時に、逆にもろく崩れかけている部分も感じた年でした。 ここから先は31日分。 今日になって読み返しましたが、どうみても言葉足らずですよねえ・・・。 う~ん、表現に困ってます。 要するに、なんちゅうか・・・。 このままきれいにまとめちゃいけないって思いが強いです、今年は。 これから、行く年来る年なんかで、「被災地は・・・」なんて風景もでるのでしょうが、行く年も、来る年も、雪も、雨も、お正月の晴れ晴れした風景も、何も納めてはくれません。 おさまるようにみえるけれど・・・。 福島では今、例年にない、いろんな複雑な風景が見えます。 ちょっと先行きが心配な感じです。
2011年12月27日
今日は今年最後のボラのあと、仲間と病院の食堂でお寿司なんか食べてダベリングしたので、帰りが遅くなってしまい、旦那が携帯に電話をくれたときは、まだ、帰宅途中の車の中でした。 もちろん、電話にはでられませんでしたが、この時期に、こんな時間に電話をくれるなんて、もしかして、コンサの選手の移動かな?と思った勘は当たってました。 帰ってから、旦那に電話すると、仕事中だしなかなかでてくれない。 なので、ネットで道新をみると、果たして、山下選手のC大阪への移籍が記事になっていて、こちらのサポの皆さんのブログでも、もう大騒ぎでした。 しかし、勘は当たりましたが、山下選手とは思ってもみませんでした。 どっちかというと、絶対残ってくれる選手、という裏打ちのない確信を持ってましたし。 でも今季、心臓の精密検査で試合にでられなかったことのあった山下選手、「異常なし」といわれたとはいえ、私も同じような覚えがあるのですが、多分、「正常ではない」と言われたはずで、健康診断では毎年引っかかるだろうし、何より、そう言う場合、自分の家族、両親や兄弟、友人がそばにいる環境の方を選ぶのは当たり前のように思います。 それに、札幌だと寒い! さらに、夏にアウェーに移動すると、いきなり気温差10何度というところでプレーしないと行けない。 いずれも、サッカー選手のような体を酷使する方の場合、心臓にはかなり負担になるような気がします。 山下選手がセレッソに、という記事を読んで、そんなことをぼやっと考えていました。
2011年12月26日
今でも、時々、福島の町では、自衛隊の車をみかけます。 時に、何台か連なって。 よく同じ方向に行くので、多分、その先が集合場所かなにかになっているのだと思います。 今回の、震災、原発事故で、自衛隊にたいする思いは、大きく変わりました。 震災と事故直後、「復興支援」の段幕をかけた自衛隊の車が通るのを、どんなに頼もしく感じたことか。 「宜しくお願いします、ありがとうございます」と、旗でも振りたいような気持ちで、走っていく車を目で追っていました。 きっと、被災した方だったらどなたもそんな思いで見ていたのではないかと思います。 そんな自衛隊も、もう撤収なのですね。 ほんとに、お世話になりました。 どんなに心強く感じたことか! ありがとうございました!
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コンサの応援は、岡田監督のころから。 はじめは頂き物のSS席で。 すぐに、選手とサポと皆が一体になる楽しさにはまりました。 コンササポの温かさに惹かれて、次第にS席からSBへ、そしてゴール裏へと移動。 ついでに、すみかまで移動してしまったので、アウェー中心となった今は、少ない人数で団結する楽しさを味わっています。 困るのは、旦那もサポなので、グッズを買うのも、遠征するのも、コンサに関しては誰も止めてくれる者がいないこと。 札幌にもなんとか年数回里帰りして、ホームの雰囲気をうれしがってます。
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