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当ブログは、ただのサッカー好きが、地元北海道のプロサッカーチームであるコンサドーレ札幌の情報を中心に、サッカーの話やそうでないものをチラシの裏的に書いたものです。 “whiteowl”の由来は、“ドーレくん”から何となく。 特に、サッカーの戦術やプレーに興味があり、他のスポーツも観ます。空手は、黒帯。 最近は、気分転換も含めて、スタジアムの色々なこところで観てます。 始めは純粋にサッカーだけに興味があったのですが、このチームは経営がもっとしっかりしないと強くならないと感じるようになってからは、HFCの経営に関する記事も書いてます。 尚、記事が長いのはデフォルトです(-"-;A ... コメントについて: 当ブログでは、長文コメント大歓迎です。 頂いたコメントに、すぐ反応できない場合が多くて申し訳ないのですが、極力返事をする方針です。 ただし、感情的なコメント、悪意が感じられるものについては、スルーするかブログ主権限において削除する場合があります。 ※当ブログはリンクフリーですが、コメント欄にでもこそっと書き込んで頂けると嬉しいです。

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八百長の徹底追及に“正義”はあるのか?

2011年02月07日

昨年は、ちょっとした“正義”論ブームでした。

きっかけは、NHK教育で放送されていた「ハーバード白熱教室」という番組。

アメリカの政治哲学者サンデルが、
嬉しそうに功利主義者、リバタリアンをこきおろす番組・・・
解決の難しい社会問題を題材に、社会的“正義”とは何かを考えさせる番組でした。

前回の記事に頂いたコメントやトラバを読みながら、何か似てるなぁと(笑)


ただ、今回の八百長問題に関して、“どや顔”で“国民の期待を裏切った責任”とかいって、
相撲協会を追及するマスコミに正義はないと、私は思うわけです。






まず、なぜ私が、相撲の八百長は大した問題じゃないと割り切れるのかと言えば、

“相撲はスポーツではない” と思っているからです。


相撲も体を動かすという意味ではスポーツかもしれませんが、
競技としてのスポーツは明確なルールが決まっていて、
そのルールの中で競われるから意味がある。

確かに、相撲にもルールはあります。

しかし、相撲をスポーツとして考えた時に最大の問題となるのは、

“ドーピング” です。

大麻問題の時に話題になりましたが、相撲はドーピング検査をしていない。


これは、もし筋肉増強剤を大量に投与して勝っている力士がいたとしても、
取り締まることが出来ないということを意味しています。
ドーピングは相手と示し合わせているわけではないので、八百長ではないのでしょうか。

そもそも、あれだけの体重を維持するために、かなり体に負担がかかっています。
ある意味、あの異常ともいえる体重そのものがドーピングと言えないこともない。

ここに歯止めがない状態で、他のスポーツと同列に語っても虚しいだけだと思うからです。


誤解のないように書いておきますが、私は、相撲のことをさげすんで、
スポーツではないと言っているわけではありません。

スポーツの文化は西洋の文化です。

例えば、柔道はオリンピック競技となり国際的に広まりましたが、
次第にルール化され、日本古来の武道の精神は次第に薄れていっています。

国際的に普及したいのなら、曖昧な部分を普遍的なルールとして明文化して
相撲もスポーツ化すればいい。

しかし、相撲を日本の伝統文化とするなら、スポーツ化するなどもってのほかで、
むしろ清濁含めて今ある形を保護しなければ、相撲の文化は失われていくだけです。

きれいな部分だけ残すことなど本当に出来るのでしょうか?


マスコミが、そこまで考えて相撲の八百長を批判しているとは思えません。






また、先日取り上げた道新の卓上四季の記事のように、
徹底的に八百長にまつわる真実を追及した結果に“正義”があるとも思えません。


例えば、過去の八百長まで追及した結果、
郷土の英雄の偉大な記録に泥を塗り、おとしめ、多くの国民の失望を生み、
その結果、大相撲の人気が失墜する結果になったとしてまで追及する
“真実”とやらに、一体どれ程の価値があるというのでしょうか。

多くの人を失望させ、多くの人間を不幸にするかもしれない真実の追及に
一体どんな意味があるというのでしょうか。

意味があるというのなら是非教えていただきたい。






ただし、これが政治や経済の問題なら話は別です。

例え、相撲の八百長で金銭がやり取りされていたとして、我々に大きな実害はない。

一方、政治経済の問題は、我々の税金の使われ方など実害があるわけです。


まだ、マスコミが、全ての不正を許せないという高尚な理想の下に
記事を書いているのなら理解もできます。

そういう意味では、週刊誌の方が一貫性がある(笑)

しかし、実害のある方の追及は腰砕けで、
実害のない相撲に対しては国民の名を語って正義を振りかざす。


“強きを助け、弱きを挫く” という姿勢に、
どうしても“正義”があるとは思えないんですよね。





post by whiteowl

15:00

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本当のことを本当に知りたいの?

2011年02月04日

今話題になっている大相撲の八百長報道に、大いに違和感がある。

その論調の典型として、道新の“卓上四季”に登場していただきましょうか。
(※卓上四季 八百長(2月4日) )

>日本相撲協会の放駒理事長は大相撲の八百長疑惑について「過去には一切なかったことで新たなことだと認識している」と語った。そのまま信じる人がいるだろうか

本文でも触れられているように、“八百長”の語源はそもそも相撲から。
(※参照: http://ja.wikipedia.org/wiki/八百長 )


火のないところに煙は立たない。八百長にまつわる“隠語”も存在する。
確かに、過去にも“一切なかった”とは考えにくい。


しかし、私が非常に疑問に思うのは、この先だ。

>根治を目指すならば、大相撲にかかわる者全員が体ではなくて心を裸にし、真実を語ることから始めなくてはならない。

相撲をスポーツや政治と同列のものとして語るなら正論のように聞こえるが、
果たして、相撲に関しても国民は本当に真実を知りたいのだろうか?

もし、相撲界の暗部が白日の下に晒されることになり、
その結果、大相撲を巡る過去の数々の栄光も、
実は八百長の上に成り立っていたという事実が暴露されることになるとしても、
そのことを望んでいるのだろうか?






そもそも、“八百長”の定義も曖昧だ。

処分するとしても、皆が納得できるラインなど存在しないだろう。


例えば、勝ち越しや負け越しが決まった力士が、
千秋楽を7勝7敗で迎えた力士に勝ちを譲ることも八百長なのか。


そして、若貴の兄弟対決となった、1995年11月場所千秋楽。(※以下、wikipediaより引用。)

>前場所まで4連覇中だった横綱・貴乃花が四つに組んだ後これといった攻めもなく下手ひねりに敗れる。八百長とはいわないまでも、やはり勝負に徹しきれない心理もあったのではないかという見方は当時から強かったため問題視されることは無かったが、貴乃花が引退後にこれをふりかえって「やりにくかった」と発言、八百長を認めたとの誤解を招いて問題化した。


↑のような話は、むしろ、日本人的には美談なのではないか。
相撲において、“日本人的なもの”が最も残っている部分ともいえる。

古典落語でも、「人情相撲」はむしろ“美談”とされてきた歴史もあるようだ。



行き着くところは、横綱白鵬が警鐘を鳴らしているが、
“日本人は相撲をどうしたいのか?”ということ。

全く人情味の感じられない、常にガチンコの勝負を力士に求めているのだろうか?

つまり、相撲を日本の伝統文化から、
西洋のルール化された“スポーツ”にしてしまいたいのだろうか。

理想とされる綺麗にルールが整備された相撲は、果たして魅力的なのだろうか。

マスコミは、そこまで考えて批判しているのだろうか。


大相撲協会が、今後調査をして、
この問題を今だけの問題、一部の力士のみの問題とすれば、
角界には自浄能力がないとされるだろう。



サントリー CM動画

>「色んなことがこんがらがってこうなっているんだから、今すぐはムリだ!改革すればしたで、それを批判するくせに。ぜいたく言うな!」


缶コーヒーのCMじゃございませんが(笑)。




post by whiteowl

17:00

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ポスト“以心伝心”。

2011年01月31日

延長後半、李の芸術的なボレーでアジア杯優勝を決めた日本代表。

オーストラリアの徹底的なロングボール攻めに苦しめられ、
何度も危ないシーンもありました。


日本が優勝した要因は様々あるでしょうが、私は今大会を通じて↓、

現場での問題解決能力。 -日本代表ヨルダン戦- 2011年01月10日

>現場の選手が、それを共有してその場で問題を解決する能力があるか

という点が大きかったのではないかと思っています。


若手も多かった今回のアジア杯のメンバーでしたが、
W杯経験者がうまくチームを継承して、引っ張っていったんではないでしょうか。






例えば、

今野が出した×マーク ザック監督第2案と選手の提案が一致し決勝点に[ 2011年1月31日 スポニチ ]

>岩政が第4審判に連れられピッチに入ろうと準備をした次の瞬間、今野が両手で×マークを出した。それを見た指揮官は岩政をいったんベンチに呼び戻し、コーチ陣と協議。同時に選手も試合を進めながら話し合いを持ち、遠藤が選手の総意として代替案をベンチに伝えた。

あの時点で、怪我以外で今野を代えるというのは考えにくかったので、
あの“×”の意味がわからなかったんですが、そういうことだったようです。


日本では、“監督の権威”ばかりがクローズアップされ、
上に逆らうことなど、(部下である)選手にできるわけがないと言われますが、
あの場面は、現場の判断が優先されたシーンでした。

前提として、監督と選手の間に信頼関係がないと出来ないことでしょうが、
どちらか一方からではない双方向のコミュニケーションが成り立っていると感じました。

それ以外のシーンでも、TV番組で名波さんも言ってましたが、
選手がコミュニケーションをとっている姿が散見されました。



日本は伝統的に相手の気持ちを慮る“以心伝心”の文化と言われますが、
その文化は次第に薄れていっていると感じています。

余談ですが、日本の伝統的な武道でも、本来の相手の動きに合わせるより、
フェイントを仕掛けるなど、積極的に自分から相手に働きかける方が主流になってきています。

懐古主義で古き良き日本の伝統の復活を望むのもいいですが、
世界に自らをアピールするためにも、以心伝心を補うために、
“関西のおばちゃん並み”の自己主張も必要になってくるのではないでしょうか(笑)。



さて、“あっちのチームは声出しちゃいけないルールでもあるのかい?”
っていわれちゃったこともあるくらい、昔から大人しいと言われている札幌の選手。


今年の補強は、その辺りも考慮されていたようにも感じますが、
今までのイメージを払拭できるくらい、変われますか。




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16:30

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常識を疑え!

2010年12月27日

最近、ニュースを見ていて、ちょっと空恐ろしいと思ったことがある。

しかも、そのニュースを伝える当の本人たちは、いたって真剣だから余計に怖い。


それは、アメリカのクリスマス商戦を伝える某国営放送のニュース。

アメリカ国民が、以前のように“クレジットカード”を使って買い物をしないので、
米国の本格的な景気回復は程遠いという話。


一見当然に聞こえる、この話。

でも、要は、米国民が、以前のようにクレジットカードを使って、
じゃんじゃん借金して買い物しないから、景気回復しないというわけ。


(・-・)・・・ん?


でも、以前が異常で、むしろ、今が正常な“経済”のあり方なんじゃないの?と。


まあ、確かに、米国の個人消費の冷え込みの原因はそうなんでしょうが、
他国民がじゃんじゃん借金することで自国の輸出が増えて、
それで景気回復するってのは、いかがなものかと思うわけですよ。


まして、アメリカの自己破産者は年間約150万人。
(※日本は、最近増加しているといわれるものの約30万人。)

日本人じゃなくてアメリカ人だから、
たくさん借金して、たくさん消費して、自己破産しても、
自分の国の景気さえ回復すればいいってことなら、もっとひどい話。


それを、某国営放送が、当然のことのように報道するんだから、
世の中、よく検討もせず、これが常識だとか言ってることは、
まず疑ってみることが大事だと思うわけです。







ちなみに、日本語の“経済”は、中国の古典に由来する“経世済民”。

文字通りには「世を經(おさ)め、民を濟(すく)う」の意味。

http://ja.wikipedia.org/wiki/経世済民




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15:00

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視聴率は、統計的にあやしい数字。

2010年11月08日

フジ・サンケイグループは、やっぱりスポーツに力入れてるよね(笑)。
庶民には、“パンとサーカス”を与えとけば事足りるって思ってるのか(笑)。

2夜連続で、日付変わるくらい日本シリーズ中継しちゃった(笑)。


ヽ(゜▽゜*)乂(*゜▽゜)ノ アッパレ!


ガキの頃から応援している、
我が愛しの中日ドラゴンズは、優勝を逃してしまいましたが、
シーズン3位のチームが勝つとは、パ・リーグ強いっすわ。

ゲーム差みてもわかりますが、パ・リーグは各チームの戦力が拮抗してます。
ほぼ3(4?)球団で優勝争いをしているセ・リーグとは違うって事でしょう。

今年の交流戦も上位はパ・リーグのチームばかりでした。

今まで日陰の存在だったパ・リーグが盛り上がるのは、
日本のプロ野球のためにはいいんじゃないでしょうか。







さて、フジが連夜5時間以上も生中継して、
その視聴率がどうだったのか気になるところではありますが(-"-;A ...

先日、ナビスコ杯決勝の視聴率が、3.5%で大丈夫か?って書いたんですが、
その後、ご指摘もあって、ちょっと調べてみたんですが、
視聴率について色々と面白いことがわかりました。


まず、関東地区で、ビデオリサーチ社の視聴率調査に協力している家庭って、
実は、たったの600世帯しかなかったんですね。
(※株式会社ビデオリサーチ社)


関東圏だけで、大体3000万人くらい住んでると言われてますから、
ワタクシ、少なくとも千単位だと思ってました(-"-;A ...

(ちなみに、北海道は、札幌地区のみで200世帯です。)


つまり、視聴率調査でナビスコ杯決勝を見た家庭は、

600×0.035=21

で、21世帯で観ていたという計算になります。


ちなみに、EBTさんが、同時間帯にTBSでやっていた、
東日本実業団女子駅伝が4.8%と教えてくれたのですが、

600×0.048=28.8


視聴率が1%以上違っても、見ている世帯の数は10も変わらないってことなんです。


つまり、調べている家庭数が少ないので、常に数%の誤差がある。
(※標本誤差(ビデオリサーチ社))


視聴率って絶対正しいかのように報道されてますが、
200世帯の方は、もっと誤差が大きいと思われます。

この数字が絶対視されて、番組が打ち切りになったりすることを考えれば、
もっとちゃんと調べてるもんだとてっきり思ってたんですが、
ずさんもいいとこですね、コレ(笑)。

しかも、日本では、視聴率調査をしているのは、
ビデオリサーチ社一社しかなく、その過程は公開されていません。
(つまり、もし、数字をごまかしたとしてもわかりません。)


視聴率は、目安程度にはなると思いますが、数%は誤差の範囲ですから、
視聴率が1、2%違うとか上がったとか言うことには、ほとんど意味がないです。

そんな統計的にあやしい数字に、一喜一憂するのもアホらしい(笑)。


ただ、この状況があまり問題になってないことを考えると何かあるんじゃないですかねぇ。




post by whiteowl

18:00

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話題先行ではなく。

2010年10月29日

昨日、今日と、すっかり早稲田の斉藤佑樹の交渉権を獲得した
ファイターズに話題をもってかれてしまった北海道。

まあ、そりゃ、ファイターズの斉藤とイーグルスの田中が、
北海道の札幌ドームで対決なんて、既に話題性十分過ぎでしょう(笑)。

ファイターズはもうオフだっていうのに、話題には事欠かないですね(;´Д`A ```


こちとら、まだシーズン中だっていうのに、コンサドーレの話題といえば、
岩沼と征也が復帰したかと思えば、
また、近藤が怪我で長期離脱?とかですからね(-"-;A ...






そんな中、道新のGK高原の記事。

コンサドーレ倶楽部 GK高原に安定感 昨季3番手、今季フル出場 (2010/10/28)


今季の高原は、GKマニアじゃなくても(笑)、
もっと評価されていい選手だと本当に思いますね。


特に、前節の富山戦の終わりら辺に打たれたドフリーのシュートを止めたりとか、

まあ、その前に、あの位置でドフリーになってるのが問題なんですが・・・

富山戦は、向こうがGKのミスで失点してるだけに、
GKの差で勝ったといっても過言じゃないでしょう。


苦労人というイメージが地味なのか、GKというポジションが地味なのか、
今までは、何でか高原にスポットが当たってこなかったんですが、

あと、芳賀とかね(-"-;A ...

話題先行じゃなくて、きちんと実力のある選手を評価する記事が、
今後も増えていくといいですね。




post by whiteowl

17:00

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悲観主義者(ペシミスト)の方々へ。

2010年10月26日

最近、俺、不思議なことがあるんですよ。

世の中、なんでこんなに悲観主義者(ペシミスト)が跋扈しているのかと(-"-;A ...


例えば、

HFCはもうアカンから、Jリーグに頼んで親会社見つけてもらえ!
っていってるのかと思ったら、
それはどうも無理っぽいから、今度はJリーグに泣きついて社長を派遣してもらえ!
って意見を変えて平気な顔をしていたり。
(※でも、まだ、経営破綻してないのに、なんでJリーグがでしゃばってくるの?)


某 “サッカー” 解説者さまは、
コンサの試合より、レラカムイの試合の方が観てて楽しいって発言してみたり。


ある人は、勝てない勝てないって文句言ってたかと思ったら、
今度は、勝っても、難癖付け始めるし。


悲観主義者の方々は、現実否定的なネガティブなことを撒き散らして、
自分の言う通りになったら、ホレみたことか、俺の言ったとおりだろうといい、
自分の言う通りにならなくても、私の心配は杞憂であったと一緒に喜ぶ。
(※どっちに転がっても、お得。)


そして、一番ずるいと思うのは、まあ、批判は私もするのでいいとしても、

“実効性のある”“前向きな”提案を
“ほとんど”しないで文句ばっか言うところ。






そこで、悲観主義(ペシミズム)を得意のウィキペディアで調べてみたんですよ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/悲観主義


>悲観主義(ひかんしゅぎ)とは、ペシミズム(pessimism)の訳語の一つ。厭世観(えんせいかん)とも。語源はラテン語で最悪のものを意味する pessimum に由来する。

元来は哲学の分野で用いられる語で、この世界は悪と悲惨に満ちたものだという人生観をさす。反対語は楽天主義(オプティミズム)である。世界は盲目的な意志によって動かされているとするショーペンハウアーの思想が悲観主義の代表である。

悲観主義はしばしばうつ状態に伴って現れ、自分自身・世界・将来についての悲観的考えが支配的となる。認知療法では、患者の悲観的考えを同定しその妥当性を再検討することを治療技法として行う。また、アドレリアンは子供の発達において励ましが不可欠であることを説き、不用意な批判がペシミズムを招き、発達を阻害することの危険性を説いている。

(※使える辞書が良い辞書です(笑)。)


\_( ・_・)ハイ ココテストニデマスヨー


>この世界は悪と悲惨に満ちたものだという人生観をさす。

悲観主義者の皆さんの過去に、一体、何があったのでしょうか(-"-;A ...



>悲観主義はしばしばうつ状態に伴って現れ、自分自身・世界・将来についての悲観的考えが支配的となる。

辞書がそう申し上げておりますので、自分が悲観主義者だという自覚症状がある方は、
もしかしたら、“うつ”かもしれませんから、一度、病院に行かれることをお薦めします。



>認知療法では、患者の悲観的考えを同定しその妥当性を再検討することを治療技法として行う。

“その妥当性の再検討”って、俺、知らないうちに認知療法してたんですね(笑)。



>子供の発達において励ましが不可欠であることを説き、不用意な批判がペシミズムを招き、発達を阻害することの危険性を説いている。

励ますことが必要で、不用意な批判は悲観主義を招くので、子供の発達を阻害するんだって。

悲観主義者の方々、わかりましたか?


辞書って、本当に、示唆に富んでますね。
悲観主義者が跋扈するのも何となくわかったような気がします。

今回も勉強になりました!




post by whiteowl

16:30

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どこかで聞いたことがある話。

2010年10月25日

※以下の記載は全て架空のものです、実在する団体・個人等とは何の関係もありません。

(※オオドサさんのとこから、コピペ(-"-;A ...)


平日の昼下がり、とあるスーパーで奥様二人(奥様A以下A、奥様B以下B)が、
週末あったフィギュアスケートについておしゃべりを始めましたよ。

では、ちょっと聞き耳を立ててみましょう。(←某ラジオ番組風。)







A:あら、ちょっと奥様、こんにちは。
  週末にやってた、フィギュアスケート観ました?
 (※右手首でアタックしながら。)

B:真央ちゃん、8位だったわねぇ。
  今年のオリンピックで、真央ちゃん、銀メダルだったのにね。

A:どうしちゃったのかしらねぇ。

B:今シーズンから、コーチが代わったって聞いたわよ。

A:銀メダリストを8位にするなんて、そのコーチ、一体普段何を教えているのかしら真央ちゃんに才能があることは間違いないんだから、
  急にジャンプが飛べなくなるなんて、きっとそのコーチが悪いのよ。

B:コーチが代わってから、ジャンプの改良に取り組んでるって聞いたけど?

A:そうかもしれないけど、結果を出すのがコーチの仕事じゃないの?
  こんな成績じゃ、真央ちゃんがかわいそうよ。

B:でも、日本では実績を残しているコーチって聞いたけど・・・。

A:日本では、実績を残したのかもしれないけど、世界のトップクラスでは通用しないのよ。
  世界で戦うには、コーチも外国人じゃないと。

B:真央ちゃんは、前のタラソワさんよりやりやすいっていってるみたいだけど?

A:じゃあ、きっと真央ちゃんと今のコーチとの相性が良くないのね。
  
B:相性が悪いんじゃ、仕方がないわよねぇ。
  それは、実際に付き合ってみないとわからないもの。

A:私もうちの旦那と、結婚して一緒に住むようになってから色々と気がついたもの。

B:あら、うちもよ。

A&B:オホホホ(爆)。(※左手を口元に添えて。)







(・-・)・・・ん?



似たような話を、どこかで聞いたことがあると思ったのは
気のせいでしょうか(苦笑)。




post by whiteowl

14:00

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“最近の若いもん”のために。

2010年10月22日

世の中、空前の

“コミュニケーションブーム” と言ってもいいんじゃないでしょうか。


最近、世の中で起こっている悪いことの原因の1つは、
家族とか、職場とか、地域とかで、
このコミュニケーションが少なくなってきたからだと言われるくらいです。

コミュニケーションの大切さに疑問を持つ人はいないでしょう。


だから、


“最近の若者は礼儀も知らん。会っても挨拶もしない。”とか、

自分とか自分の子どものことは棚に上げて、
“親の顔が見たいものだ。”なんて発言する大人も多い。


で、大体、こういう時、槍玉にあげられるのは若い世代です。


一方的にいわれるのもかわいそうなので、
最近の若いもんのためにそんなに若くない私が、反撃する知恵を与えたいと思います。

(注:ただし、無闇に私の真似をするとおぢさん世代の
“逆ギレ”を招くおそれがありますので、自らの責任で行ってください。

また、その行為によって、その後の出世などに支障がでるような場合は、
こちらがぐっと堪える度量を示すことも大切です。)






大辞泉によれば、コミュニケーションとは、

>コミュニケーション【communication】1 社会生活を営む人間が互いに意思や感情、思考を伝達し合うこと。言語・文字・身振りなどを媒介として行われる。「―をもつ」「―の欠如」

2 動物どうしの間で行われる、身振りや音声などによる情報伝達。

◆「コミュニケーション」は、情報の伝達、連絡、通信の意だけではなく、意思の疎通、心の通い合いという意でも使われる。「親子の―を取る」は親が子に一方的に話すのではなく、親子が互いに理解し合うことであろうし、「夫婦の―がない」という場合は、会話が成り立たない、気持ちが通わない関係をいうのであろう。

(◆の部分が使えます。使える辞書が良い辞書です(笑)。)


ここで、注意したいコミュニケーションの正しい解釈は、ココ↓


>「親子の―を取る」は親が子に一方的に話すのではなく、親子が互いに理解し合うこと

>「夫婦の―がない」という場合は、会話が成り立たない、気持ちが通わない関係をいう


\_( ・_・)ハイ ココテストニデマスヨー


大事なところは、

“一方的で気持ちが通わない意思の伝達は、コミュニケーションとはいわない”

という点です。


いいですか、反撃したい皆さん、ココを使うんですよ。(笑) 


つまり、例えば、親から子どもに“勉強しなさい!”って一方的に言ったり、
上司が部下を一方的に叱ったり、サポが監督や選手を一方的に叱咤激励するのは、
コミュニケーションとは言わないわけです。

こういった時、こちらは相手と“本当のコミュニケーション”をとるために、
『一方的にいうのは、コミュニケーションとは言わないんですよ』
と優しく指摘してあげましょう。

それで、向こうが“口答えするんじゃない”とか
“屁理屈言わないの”と切れるのは、向こうが悪いです。
正に、逆ギレです。コミュニケーションをとることは大切なはずです。
“正義”は我々にあります!


要は、世の中で、あれだけ諸悪の根源みたいに
“コミュニケーションの大事さ” が力説され、
また、日頃から本人たちもおそらくそう言ったり思ったりはしているはずなのに、

実は、当の本人たちが、本当のコミュニケーションを求めてないんじゃないかと思う訳です。

だから、世の中、良くなるどころか悪くなっていくわけですね(笑)



実際、どこかのおぢさんもそうですが、
歴史小話とか昔の自慢話とか成功体験とかが好きなおじさんて、
一方的に話すことをコミュニケーションだと勘違いしてますよね。(笑)

だから、こちらから積極的に“本当のコミュニケーション”をとろうとして、
それ事実と違いますよとか、今は昔と違いますよって、
こっちは親切心で教えてあげているのにウザがられる(笑)。



と下の世代から言われない様な、おじさんに私はなりたい。(←宮沢賢治風。)




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15:00

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夢のない社会。

2010年09月28日

東京でニュースを読んでるときは真っ白だった、NHKの登坂アナウンサーの髪が、
最近、札幌に移ってきて黒くなってるのが気になるwhiteowlです。

(※NHK札幌放送局 アナウンサー・キャスター)

白黒で斑になるくらいなら染めれば?と思うものの、地毛で真っ黒になるのを楽しみに待つ日々です(笑)。

まあ、東京がどんだけ辛かったのかと(笑)。







さて、話は変わって、

“明日の100円”と“今日の10円”(理想と現実)のお話の続き。


昨年公開の『沈まぬ太陽』で、

http://ja.wikipedia.org/wiki/沈まぬ太陽

渡辺謙が演じる恩地と三浦友和が演じた行天という役が、
正に理想と現実の狭間に揺れる人間模様をあらわしています。

若かりし頃は、お互い組合運動という理想に燃えながら、
厳しい現実を前にして、片や組織から煙たがられて爪弾きにされ、
片や長いものに巻かれて出世していく。

映画では、行天が悪者にされ、恩地がヒーローってことになってますが、
どう考えても、世間一般の評価は、勝ち組は行天で、負け組みが恩地。

恩地なんか融通の利かないただの頑固親父(笑)。
それに比べて、行天は柔軟に対応して、世の中を上手く渡り歩いて出世した。


でも、映画でも一つのテーマになってますが、今までの日本を作ってきた人たちが、
その世の中を上手く渡り歩いて出世した人たちだとすれば、
頑固親父的な理想もなく、拝金主義の場当たり的な対応をしてきたことが、
今の日本の閉塞的状況を招いている遠因になっているんじゃないでしょうか。


今の子どもたちに将来の夢をきいたら、ほぼ間違いなく皆、
「金持ち」になりたいって言いますよ(苦笑)。

サッカー選手とか野球選手になりたいって子どもも、
よくよく話を聞いていけば、たくさんお金がもらえる職業だからって大体言います。

こういう子どもを量産するのは、
やっぱりこういう日本社会をつくってきた
今までの大人たちに原因があるんじゃないでしょうかねぇ。




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14:30

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