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当ブログは、ただのサッカー好きが、地元北海道のプロサッカーチームであるコンサドーレ札幌の情報を中心に、サッカーの話やそうでないものをチラシの裏的に書いたものです。 “whiteowl”の由来は、“ドーレくん”から何となく。 特に、サッカーの戦術やプレーに興味があり、他のスポーツも観ます。空手は、黒帯。 最近は、気分転換も含めて、スタジアムの色々なこところで観てます。 始めは純粋にサッカーだけに興味があったのですが、このチームは経営がもっとしっかりしないと強くならないと感じるようになってからは、HFCの経営に関する記事も書いてます。 尚、記事が長いのはデフォルトです(-"-;A ... コメントについて: 当ブログでは、長文コメント大歓迎です。 頂いたコメントに、すぐ反応できない場合が多くて申し訳ないのですが、極力返事をする方針です。 ただし、感情的なコメント、悪意が感じられるものについては、スルーするかブログ主権限において削除する場合があります。 ※当ブログはリンクフリーですが、コメント欄にでもこそっと書き込んで頂けると嬉しいです。

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“絶望=苦悩-意味”

2009年06月10日

昨日、NHKの番組「爆笑問題のニッポンの教養」を見ていたら、東大教授の福島智さんだった。

福島さんは、先天性ではないが、目も見えず耳も聞こえない。


自身について、宇宙空間に放り出されたような孤独を感じると言っていたが、
後天的な障がいであるために、尚更、その想いは強いのではないかと感じた。

自分なら、目か耳のどちらかが不自由になっても絶望するに違いない。
そして、自分が「生きる意味」を強烈に考えるだろう。


“絶望=苦悩-意味”


ユダヤ人で、第2次世界大戦中、アウシュビッツの強制収容所に入れられていた、
ロゴセラピーという心理療法の創始者、ヴィクトール・フランクルの言葉だそうだ。

絶望とは、意味のない苦悩。苦悩することに意味がないこと。


逆に、上の式の“意味”を左辺に移項すれば、“絶望+意味=苦悩”になる。

つまり、絶望することにもし意味を見出せれば、それは絶望ではなくなるということ。



¢(ーー;メモシトク・・・






自分に与えられた環境が当たり前になってしまうと、それに有り難味を感じられなくなる。
しかし、その環境を奪われてしまうとその有り難味を痛感する、
というか、せざるを得なくなる。

その結果、有り難味を知っている人間の方が、有り難味を感じていない人間より、
「生きる」ということを強烈に意識するかもしれないと太田さんは言ってたんだと思う。

もしそうだとすれば、所与の環境を奪われたことによって、
そのこと自体は不幸なことかもしれないが、
その環境を持っている人間より、より良く生きる可能性があると。

その一方で、そうだとしても福島さんは全員がそうなるわけじゃないし、
絶望した人間が積極的な意味を見出すなんて並大抵のことじゃないと言ってたんだと思う。



(-ω-;)ウーン、他の色々なことにも言えそうですよね。



爆笑問題が“お笑い芸人”であることが免罪符になって、
何でそんなアホな質問をするの?みたいなタブーがないから、
この番組、よっぽどどっかの偉い教授同士の会話を聞くより面白い。



post by whiteowl

12:40

コメント(5)

この記事に対するコメント一覧

チームがある限り

Re:“絶望=苦悩-意味”

2009/06/10 16:14

なんとなくわかるような気がします。 人は時々「自分はなんてノンキに幸せに暮らしていたんだ」と思わされる時期があります。 まぁ私自身今そんな感じなのですが。でもこんな時期に見えることは忘れちゃいけないことが多い気がします。いつかまたノンキな時期がきても、「あの時をわすれないぞ!」と思えるように成長していたいですね。 生きていることはなんつーか、辛くて楽しい。そして健康な私は辛かろうが幸せじゃないかという結論にたどりつけました。 ありがとうございます。

whiteowl

Re:“絶望=苦悩-意味”(チームがある限りさんへ)

2009/06/11 13:19

「絶望+意味=苦悩」っていうのが、良い言葉だなぁと思ったので、 備忘録的にブログにしてみました。 この手の話に答えはないので、 私のブログを読んで何かを感じてもらえたのなら、嬉しい限りです。

yoonP

Re:“絶望=苦悩-意味”

2009/06/15 22:46

■「絶望=苦悩-意味」  両辺に、「-1」をかけると、  「望み=意味-苦悩」 ※「絶望=-望み」 ■「意味」を多く見出せば、  そこに、「希望」が見えて、  さらには、「大きな願望」が、  見えてくるのでしょうね。 ■自分とは、何か、  自分は、この世で、何をすべきか、  という意味をしっかり持っている人は、  「大きな望み」を持ち、  「苦悩」を乗り越えていくんですね。 ■人間とは、意味を見出す生き物。  意味とは、関係性。  自分が、この世界と、  どのような関係であると位置づけるか、  それが、生きて発展する推進力「望み」に  なるのだなぁと思いました。

yoonP

Re:“絶望=苦悩-意味”

2009/06/15 22:59

■追記 ■意味づけに、  楽観的意味づけ(プラス思考)  悲観的意味づけ(マイナス思考)  があると思いました。  「絶望=苦悩-意味」での  「意味」は、楽観的意味づけですね。 ■人は、自分と世界に意味を見出し、  そこから望みをつくり出し、  そして、行動する。  それが、有意義と思える唯一の生き方なのかなぁ  と思いました。 ■「絶望=苦悩-意味」に、  人間らしい尊厳のある生き方が、  シンプルに表現されていると感じました。

whiteowl

Re:“絶望=苦悩-意味”(yoonPさんへ)

2009/06/19 14:36

何か、普段はサッカーブログなんですが、哲学的なブログになってますね(笑)。 >自分とは、何か、 >自分は、この世で、何をすべきか、 >という意味をしっかり持っている人は、 >「大きな望み」を持ち、 >「苦悩」を乗り越えていくんですね。 私は、自分とは何か?ということは、常に問い続ける必要があると思っています。 その問いが常になければ、「大きな望み」が、 間違っていたとしてもそれに気付くことが出来ないからです。 また、「望みを持つ」=「苦悩を乗り越える」ことには、 即繋がらないと考えます。 福島さんが言っていた、そもそも絶望から全員が希望を見出すわけではないという言葉や、 例え、「望み」を持っていたとしても、苦悩を実際に乗り越える作業はやはり辛いものです。 生き方を見つけることも大事ですが、 それを実践していこうとすることとセットなのかなと思います。

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