2012年10月30日
石さん
石さんのことはコンサドーレの監督に就任するまでほとんど知りませんでした。 2008年シーズン。 ようやく念願のJ1昇格を果たしつつも1年で降格。 「あぁまた1からやり直しか」 「チームは一体どうなるのだろう」 監督は別れの時ゴールネットにネクタイを結んで去り、私たちは取り残された気分でした。 そんな時やたら笑顔が印象的なおじさん(スイマセン)が寒い北海道にやってきました。 知的な雰囲気の前監督に比べ、このおじさんは自分のことを「ワシ」と言い、キャンプでは誰よりも日焼けして現地住民のようになってしまう。 なにより「若手の育成に定評」と聞きサッカー知らずの私でさえ「よし!今のコンサには石崎監督が適任」と太鼓判を押したのでした。 そして石さんはチームや選手にだけではなくサポーターにも「一緒に戦おう」と言ってくれました。 そんな風に言われたら、もう、ねぇ~(笑) やるっきゃないでしょ! 大好きなコンサドーレのために私たちが出来ること。 できるだけスタジアムに足を運ぶ。 結果に一喜一憂しない。 選手を。チームを。仲間を信じて共に戦う。 ピッチとスタンド、場所は違えど目指すのは勝利。 たくさん考えて、気付いて。 たくさんコンサドーレと向き合った4年間でした。 監督2年目のシーズンが終わる時「石さん辞めちゃうの?」と思った瞬間がありましたね。 ケガ人に苦しみメドのついた選手が去り、チームの成績を思うと石さんとしても「残るべきか去るべきか」悩んだのだろうと思います。 むしろ去る気持ちに傾いていたのだろうと。 ちょうどその年のホーム最終戦ではサポーターとチームスタッフがハイタッチをするという機会があり、たくさんのサポーターから声をかけられ決心したと後に石さんは語ってましたね。 もちろん私も石さんの作るチームをもっと見たいと思ったし、石崎コンサで昇格したいと心から願いました。 そして何より昇格を目指してきた選手を成長途中のままにしてほしくなかった。 3年目は選手も監督もサポーターも「今年がダメなら後はない」という覚悟で『Challenge for Smile~全ての人の笑顔のために~』のスローガンのもと、一丸となって挑みました。 そして4年ぶりのJ1復帰。 難しいシーズンになるのは予想していたけれど、予想以上で。 みんなで出口のないトンネルに入ってしまいました。 ようやく出てみたらJ2・・・ 目指した出口とは違っていたけど、何もかも失ったと思うのは淋しすぎます。 どんな経験も宝です。 それが苦しいものでも辛いものであっても、これからの自分の中の財産。 そして何より「J1昇格」という喜びを味わったことを忘れたくないのです。 2012シーズンも残り4試合。 コンサドーレ札幌をよろしくお願いしますね、石さん。 そして石さんを支えてくださったご家族、奥様にも感謝です。 寒い北海道での生活を好きになってくれたこと、本当にありがとうございます。