2014年09月10日
ちょんまげ隊の被災地支援報告会(3)
避難所については多くの人が想像できると思う。 地震、津波、台風、大雨、土砂災害…日本列島は今日もこの時間も誰かが避難生活をしている。もしかしたら、明日は我が身かもしれない。 ツンさん達が取材した被災地のお母さん達は家が流された。 だから、彼女達にとっての「快適」というのは、屋根があって雨風をしのげるところである。これにマットレスがあれば「快適」だという。 だが、ツンさんは言う。プライバシーの無い体育館が「快適なはずがない」。 「パーテーション(目隠し)が必要なのです」 お母さん達は「便利になっていき、快適にはなってきた。だけれども一体いつまでここで生活しなければならないのか」と嘆く。 仮設住宅も実は長屋造りで、隣とはベニア一枚隔てただけらしい。これでプライバシーなどあるわけもない。 みんながみんなメンタルが強いわけではない。自殺者もいるだろう。 ふるさとを奪われたショックは我らには想像ができない。 福島などは故郷を離れて北海道に移住するような行動的な人達もいるが、事情があって(お墓を守るとか)故郷を離れられない人もいる。 漁師は海を離れられない。奥尻島の住民もそうだった。 どんなに津波が猛威をふるっても、そこで生活するには津波と戦う勇気もいる。問題はどうやって逃げるかだ。 牡鹿半島で見た光景。 ここで子ども達を山に誘導するのは大変だ。 先生達の苦労を思った。 大きな揺れを感じた後だ。恐怖で足はすくんでいる。場合によっては広いグランドで待機していても不思議ではない。 たまたまそこを通りかかった漁師が先生と生徒に教えた。逃げないと津波に飲まれる。 東北のあちらこちらでこういう光景が繰り広げられた。逃げても逃げても波が追いかけてきた。息を切らし高台に上がった者。逃げている最中に波にさらわれた者。溺れかけながらも生還したもの…。 一瞬の判断と、先人たちの知恵と、周囲の人の忠告を聞ける謙虚さと…。 災害から身を守るのは、「知る」ことから始まるのでないか。 ベガルタ仙台の試合でヴィッセル神戸が激励の横断幕を出して話題になった。 被災者だからこそ東北に訴えたかった。必ず復興してくださいと。 神戸の人達は知っていた。 サッカーによって笑顔が戻ること。サッカーが楽しめる日常が再びやってくることを。サッカーに夢中になる喜びが震災の悲しみを忘れさせてくれることを。誰よりも知っていた。 支援者たちが震災の地で驚かされるのは、被災地の子ども達が明るかったことだという。笑い声に驚いたという。 ちょんまげ隊は「この指とまれ方式」だという。その都度その都度参加者を募り解散するのだという。長続きするコツなのかもしれない。 サッカー観戦、クラシック鑑賞の他に大阪のサポーターは「お好み焼き」で支援し、ヨガ教室は「健康体操」と言えば参加者が増えたという。避難所にはいろいろな人達が各々の特技を持ち込み活気づけたようだ。 趣味や同好会のコミュニティは年齢・性別・職業などの壁を越える。Jリーグのサポーターも大きな一つの誇らしいコミュニティだと思う。そして全国にクラブがある分、どの年も被災地が必ず存在していくだろう。日頃から繋がっていることが重要なのではないか。それはメンタルの部分でもノウハウの部分でもいい。同じ趣味(サッカーが好き)というだけで素直に耳を傾けられるのではないだろうか。 ユアスタで掲げられたヴィッセルサポーターのダンマクには、カタカナで 「トモに」 という文字が使われた。「共に」と「友に」 をかけた秀逸な幕だった。
この項おわり。 ちょんまげ隊の被災地支援報告会(1~3完) http://www.consadole.net/odo5312/article/5115(1) http://www.consadole.net/odo5312/article/5116(2) 次回は、伊藤壇選手とツンさんのトークショーをレポートします。
posted by odo5312 |19:32 | 日本代表 | コメント(0) | トラックバック(0)